第18話

文字数 8,688文字

 …菊池重方(しげかた)…

 恐ろしい男だ…

 私は、あらためて、思った…

 あの女傑の昭子が警戒するのが、よくわかる…

 私が、そんなことを、考えていると、近くで、ナオキが、ニヤニヤと、笑っていることに、気付いた…

 「…どうしたの? ナオキ…その顔…なにが、嬉しいの?…」

 「…綾乃さんの顔…」

 「…私の顔?…」

 「…綾乃さんは、敵というか、自分に立ち向かってくる相手が、強ければ、強いほど、燃えるというか…」

 ナオキが、苦笑する…

 「…そんなベッドに横たわったまま、まだ歩くこともできないのに、表情だけは、戦闘態勢といおうか…」

 私は、ナオキの言葉に、

 「…」

 と、絶句した…

 同時に、思った…

 同じことを言う…

 あの諏訪野マミと同じことを言う…

 私の表情を見て、ナオキもまた同じことを言った…

 つまりは、諏訪野マミも、藤原ナオキも、思うことは、同じ…

 私、寿綾乃を見て、同じことを、思ったのだ…

 …戦士?…

 あるいは、

 …戦闘員?…

 つまり、戦いに、心躍らせる…

 私自身は、そんな気持ちは、毛頭ないが、二人とも、同じように、私を評価するということは、やはり、誰の目にも、私、寿綾乃が、戦闘要員? だと、思うのかもしれない…

 私自身は、そんなことは、思ったことはないが、私が、信頼する、身近な二人が、同じように、思っている以上、それが、私、寿綾乃という女の評価なのかもしれなかった…

 はっきり言って、単純に、ひとを貶(おとし)める発言を連発して、他人の悪口ばかり口にしている、人間が、言えば、なにを言われようと、まったく気にしない…

 歯牙にもかけない…

 なぜなら、大抵は、そんな人間は、コンプレックスの塊の人間が、大半だからだ…

 学歴が、低い…

 ルックスが、悪い…

 家が、貧乏…

 いわゆる、誰が見ても、他人様から、劣っているのが、すぐにわかるコンプレックスを抱えている…

 すると、自意識が過剰になる…

 いや、

 おそらくは、本心では、自分が、他人様よりも、劣っているのが、わかっているから、自分を守るべく、自分が、優れている点を周囲にアピールするか、他人の悪口を言い続けるしか、ないのかもしれない…

 誰が、見ても、劣っている…

 だが、

 それを認めることが、嫌だ…

 できない…

 だから、自分は、優れていると、吹聴する…

 が、

 他人は、当然のことながら、誰も、その人間を評価しない…

 評価するのは、同じように、コンプレックスを抱えた、仲間のみ…

 まるで、傷を舐め合うがごとく、コンプレックスを抱えたもの同士集まる…

 そんな人間が、なにを言おうと、私は、なにも気にしない…

 否、

 私のみならず、大半の人間が、気にしないであろう…

 コンプレックスが、性格の悪さに繋がり、似たような仲間を作る…

 いわゆる、劣った集団が出来上がる…

 会社でいえば、藤原ナオキが、会社を立ち上げたITバブルのときのように、景気が良いときは、それでも、会社に入社できるが、景気が悪くなれば、すぐにオサラバ=リストラとなる…

 誰が見ても、いっしょにいるのが、嫌だからだ…

 そんな人間が、なにを言おうと、なにをしようと、大方の人間は、気にしないが、この二人は、違う…

 諏訪野マミと、藤原ナオキは、違う…

 私の信頼する、この二人が、私を、

 …戦闘要員?…

 と、認定した以上、私は、ずばり、戦闘要員? なのかも、しれなかった…

 信頼する二人が、そう評価する以上、それを否定することが、できなかった…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…綾乃さん…怒った?…」

 と、ナオキが、私の顔色を窺うように、訊いた…

 「…いいえ…」

 私は、言った…

 「…ウソォ?…」

 ナオキが笑う…

 「…どうして、ウソなの?…」

 「…綾乃さんの顔が、怒ってる…」

 「…顔が?…」

 私が、唖然としていると、

 「…でも、ボクはその顔が好き…その表情が好き…」

 「…私の怒った表情が好き?…」

 「…その表情が凛々しくて、カッコイイ…まるで、戦場に赴く兵士みたい…」

 「…なにを、バカなことを、言ってるの…戦場に赴くのは、男…藤原ナオキ…アナタの役割…私は、女だから、それを見守るのが、私の役割…」

 私の言葉に、ナオキが笑った…

 「…綾乃さんに、それは、無理…」

 「…無理…どうして?…」

 「…その表情…生き生きしている…」

 「…どういうこと?…」

 「…綾乃さんが、どう否定しようと、綾乃さんは、戦士…だから、トラブルに、心躍らせる…」

 「…」

 「…そして、皮肉なことに、そのトラブルが、目の前に起こることによって、綾乃さんの病が、よい方向に向かってる…」

 「…どういう意味?…」

 「…目の前で、トラブルが起きることで、いつまでも、ベッドの上で、寝ていちゃ、ダメだと、自分自身に言い聞かせ、それが綾乃さんの闘争本能に、火が付ける…」

 ナオキの言葉に、私は、

 「…」

 と、唖然とした…

 と、同時に気付いた…

 言い得て妙…

 まさに、言い得て妙だ…

 たしかに、五井家の内紛を耳にしたことで、おおげさに言えば、私の闘争本能に火をつけた…

 いつまでも、こんなところで、ベッドの上で、寝ているわけには、いられないと、感じた…

 これは、事実…

 紛れもない事実だ…

 そして、その気持ちが、一刻も早く、退院したいという気持ちに変わった…

 いや、

 行きついたというか…

 とにかく、こんなところで、いつまでも、グズグズしているわけには、いかないと、思った…

 が、

 まさか、そんな気持ちが、私の病を良い方向に向かわせるとは、思わなかった…

 病=癌の方ではない…

 むしろ、交通事故…

 交通事故からの回復を言っているのだ…

 とにかく、いつまでも、こんなところで、寝ているわけには、いかない…

 現実は、まだベッドから起き上がることもできないが、気持ちだけは、上向いたというか…

 目標が出来た…

 それが、いい方向に作用するということだ…

 私は、思った…

 「…トラブルが、綾乃さんの病を回復させるのならば、もっと、トラブルが、続けばいい…五井家の内紛が、広がればいい…」

 ナオキが、言う…

 「…ナオキ…そんなことを言っちゃダメ…」

 「…どうして?…」
 
 「…他人様の不幸を願ってはダメ…人を呪わば穴二つという言葉があるように、因果応報というか…決して、良い結末を迎えない…」

 私の言葉に、ナオキは、子供のように、シュンとした…

 「…たしかに、綾乃さんの言う通り…我ながら、大人げなかった…」

 ナオキが口走る…

 「…申し訳ない…」

 「…わかれば、いいの…それとも、なにか、諏訪野さんに、恨みでもあるの?…」

 「…あるさ…」

 「…どんな?…」

 「…綾乃さんを、この僕から奪ってゆくこと…」

 ナオキが、微笑みながら、言う…

 これでは、その言葉が、本気か、どうか、わからなかった…

 たとえ、本気でも、どこまで、本気だか、わからなかった…

 「…また、冗談がうまくなったわね…」

 「…いや、冗談じゃない…」

 ナオキが、真顔になった…

 「…でも、嫌じゃない…」

 「…どういうこと?…」

 「…綾乃さんが、諏訪野さんと、結ばれて、幸せになれば、こんなに嬉しいことはない…」

 「…」

 「…自分が、惚れた女が、幸せになる…それを願うのが、本物の男さ…」

 ナオキが言う…

 私は、その言葉に、グッときた…

 文字通り、本心から言っているのが、わかったからだ…

 「…ナオキ…アナタ、女心をくすぐるのが、うまくなったわ…」

 「…どういたしまして…それは、テレビのおかげ…」

 「…テレビのおかげ?…」

 「…テレビで、キャスターを務めたおかげで、女にもてまくり…その結果、どう女の前で、いえば、カッコよく見せれるか、わかった…」

 ニヤニヤ笑って言う…

 しかし、私には、それがウソであることが、わかった…

 ただ、それを指摘するのも、大人げない…

 ナオキが、私を元気づけようとしているのが、一番の目的だと、わかっていた…

 そして、私の心の動きも…

 いい、悪いは、別にして、今、私の心は、諏訪野伸明に、向かっている…

 自分でも、それを、止めることができない(苦笑)…

 たしかに、藤原ナオキは、好きだが、それは、妻や、恋人という関係よりも、むしろ、同士というか、昔からの仲間といった感情から…

 もはや、男女の感情ではない…

 それに比べ、私が、諏訪野伸明に感じているのは、男女の関係…

 ひらたく言えば、男として、諏訪野伸明を見ている…

 それに対して、藤原ナオキは、仲間、あるいは、同士として、見ている…

 その違いだ…

 どちらも、私にとって、大切な人間であることには、変わりないが、やはり、どうしても、感情としては、仲間よりも、恋愛感情が、勝つというか(笑)…

 優先するというか(笑)…

 思えば、藤原ナオキとは、すでに、十代のときから、男女の関係にあった…

 それを思えば、ナオキは、たしかに、大切な人間だが、今さらというのは、ある(笑)…

 いわば、藤原ナオキは、私にとって、昔ながらのパートナーというか、男女の違いはあれども、もっとも当てはまる言葉でいえば、古女房ともいうべき存在(笑)…

 ぶっちゃけ、使い古した古女房よりも、新しい方がいい…

 その方が新鮮だ…

 たとえ、年齢は同じでも、新しい方が新鮮に感じる…

 はっきり言えば、その感情は否定できない…

 それが、藤原ナオキと、諏訪野伸明の差…

 恋愛感情においては、どうしても、古いものより、新しいものの方が、新鮮というか…

 心惹かれることが大きい…

 古い人間は、どんなによい人間でも、今さら感がある(苦笑)…

 それは、どんな人間か、よく知っているからだ…

 それに比べ、新しい人間は、まだどんな人間か、わからない…

 だから、ときめく…

 ドキドキする…

 それが、恋愛の醍醐味…

 恋愛の楽しみに他ならない…

 まだ、どんな人間か、わからないから、ドキドキするのだ…

 どんな人間か、わかってしまったら、ときめきは、ない…

 あるのは、安定というか…

 十分、信頼できる相手であれば、それは、恋から、結婚に変わる…

 あるいは、結婚という形にならなくても、同居して、生活を始める…

 大抵は、そういう展開になるのが、大半だ…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 と、言うことは、どうだ?

 要するに、藤原ナオキと、諏訪野伸明を自分の中で、比べて、どうだ?

 それは、簡単にいえば、新旧の違いに、他ならないと、私は、言っているに過ぎない…

 恋愛は、優先順位というか…

 順番というか…

 つまりは、つねに、新しい方が、新鮮で、ときめくと言っているに過ぎない(笑)…

 突き詰めれば、ただの新しもの好き…

 昔から、恋愛を重ねる人間は、男女ともに、そういう傾向がある…

 要するに、なんでも、新しいものの方が、ときめく…

 興奮するのだ…

 それは、究極のところ、男でも、女でも、誰でもいいから、新しい人間と、一夜を共にすることに、行きつく…

 誰でも、いいから、それまで、寝たことのない男女と、寝る…

 セックスをする…

 詰まるところ、それが、目的…

 それが、辿り着く先に過ぎないからだ…

 一夜を共にすれば、目的を果たす…

 あるいは、私が、諏訪野伸明に対する感情もそれに近いかもしれない…

 私は、思った…

 私は、まだ、諏訪野伸明と、寝ていない…

 キスだけ…

 それが、究極のところ、藤原ナオキとの違い…

 藤原ナオキとは、すでに十代のときから、そういう関係だった…

 男女の関係だった…

 それを思えば、諏訪野伸明を私が、好きな理由は、まだ、彼と寝ていないから…

 それが、本当の理由だろうか?

 それが、まだ、私自身、気付いていない理由だろうか?

 思った…

 が、

 当然、答えはわからない…

 諏訪野伸明と、飽きるほど、カラダを重ねて、抱き合えば、わかるのか?

 飽きるほど、セックスをすれば、わかるのか?

 否…

 藤原ナオキ同様、今度は、その人柄を知って、同志となる…

 恋人関係でなく、同志となる…

 そうなるのか?

 わからない…

 それを言えば、究極のところ、一夜限りの関係が、例えば、3年、5年と続いたに過ぎない…

 なにを言いたいかと言えば、一夜で飽きるのか、3年で、飽きるのか、5年で、飽きるのかの違いに他ならない…

 それが、恋愛なのか?

 寿綾乃の恋愛なのか?

 一方で、そうも、感じる…

 セックスを目的として、繋がる関係に過ぎないのかもと、思う…

 それが、恋なのかとも思う…

 互いのカラダを重ねることが、恋の行きつく先なのかとも思う…

 それを、思えば、なんとも陳腐といおうか…

 まるで、いい歳をした男が、金に飽かせて、あっちの女、こっちの女と、寝ているのと、同じかも?

 と、自分自身を思う…

 自分自身を省みる…

 それが、寿綾乃の恋なのかとも思う…

 そして、それが、寿綾乃の恋とすれば、それは、なんとも安っぽく、哀れな恋だと、私は思う…

 が、

 同時に、それもあり、なのかとも思う…

 なぜなら、私、寿綾乃は、そんな大層な人間ではないからだ…

 立派な人間ではないからだ…

 まだ、一夜を共にしていない男と、寝ることが、恋と思う、愚かな女なら、それもありなのかとも思う…

 所詮、私は、その程度の人間に過ぎないからだ…

 私は、傍らの藤原ナオキを見ながら、そんなことを、考えた…

 
 そして、その日を境に、少しずつだが、私の体調が、見る見る回復した…

 劇的に回復したとは、いえないが、ベッドから起き上がることができ、少しだが、松葉杖を使えば、歩けるようにもなった…

 これは、奇跡…

 おおげさに言えば、奇跡に近かった…

 これまでは、ひとりでは、ベッドの上でも、起き上がることもできなかった…

 上半身だけでも、起き上がるのに、ひとの手を必要としていた…

 それが、自分一人の手で、ベッドから、降り、わずかだが、松葉杖をついて、歩けるようになったとき、思わず、私の目から、涙が、溢れ出た…

 これは、自分でも意外だった…

 まさか、こんなことで、自分が、泣くとは、思わなかった…

 自分が、涙を流すとは、思わなかった…

 「…まさに、鬼の目にも涙ですよね…」

 と、傍らにいた、看護師の佐藤ナナが、からかった…

 ひとりで、歩けたが、当たり前だが、介助者というか、傍らに付き添う人間がいた…

 私の場合は、これも、当然のことながら、その介助者は、看護師の佐藤ナナだった…

 なにしろ、彼女が、私の担当だからだ…

 担当の看護師だからだ…

 私が、転ばぬように、手を貸しながら、私は、ゆっくりと、病院の廊下を歩いた…

 初めて、歩いたときは、得も言わぬ感動を覚えた…

 当たり前だが、歩くことは、普通、誰でもできる…

 それが、できなくなったときから、再び、できるようになった…

 この嬉しさは、体験したものしか、わからない…

 誰もが、できたことでも、自分ができなくなった…

 その悔しさというか、驚きというか、こんなことも、自分はできなくなった…

 それが、哀れというか、自分自身、納得できなかった…

 いや、

 納得できるまで、時間がかったというべきか…

 が、

 とにかく、歩けるようになった…

 たとえ、数歩でも、自分の足で歩けるようになった…

 その事実が嬉しかった…

 その現実が、嬉しかった…

 だから、傍らの看護師の佐藤ナナに、

 「…鬼の目にも、涙ですね…」

 と、からかわれても、全然、平気だった…

 なにより、佐藤ナナが、愛くるしい…

 その可憐な容貌というと、言い過ぎだが、肌は浅黒いが、目鼻立ちが、キリっと整った、華のある顔から、出た、可愛い声は、とても、私をからかうような感じには、聞こえなかった…

 今さらながら、年齢は、大切だと思う…

 若さは、大切だと思う…

 佐藤ナナが、皮肉を言っても、嫌にならない…

 これでは、まるで、私は、中年オヤジ…

 腹の突き出た中年オヤジが、会社の若い女のコを見て、デレデレしているのと、いっしょだ(苦笑)…

 つい、佐藤ナナを見ると、自分でも、そんな気持ちになる…

 だから、若さというのは、羨ましい…

 それが、あと何年続くか、わからないから、羨ましいのだ…

 そんなことを、考えていると、

 「…寿さん…」

 と、佐藤ナナが、声をかけた…

 「…なに?…」

 「…寿さん…私を好きみたいですね?…」

 佐藤ナナが、笑いながら、言う。

 私は、佐藤ナナに、いきなり、そんなことを、言われて、驚いた…

 が、

 それは、本心…

 否定できない…

 しかし、どうして、佐藤ナナが、そう思うのか、謎だった…

 だから、

 「…佐藤さん、どうして、そう思うの?…」

 と、訊いた…

 「…それは、簡単ですよ…」

 「…簡単って?…」

 「…寿さん…私を見る目が、優しいんですよ…」

 「…優しい?…」

 「…まるで、歳の離れた妹かなにかのように、優しい目で、私を見ている…」

 佐藤ナナが、ニヤニヤと、微笑みながら、説明する…

 私は、その佐藤ナナの言葉に、

 「…」

 と、言葉もなかった…

 文字通り、反論できなかった…

 たしかに、私は、佐藤ナナが好き…

 可愛いと思う…

 それが、あからさまに、表情に出ているのだろう…

 それは、否定できない…

 「…だから、私も、寿さんが好き…」

 「…私を好き?…」

 「…誰だって、自分を好きな人間を、嫌いなひとは、いないでしょ?…」

 佐藤ナナが、ニヤニヤ、笑う…

 …たしかに、その通り…

 …当たり前だ…

 自分を好きな人間がいて、その人間を嫌いになる、人間は、普通いない…

 わかりやすい例で言えば、男女の恋愛が、一番あてはまる…

 男が、女が好き…

 女が、男が好き…

 と、あれども、誰かが、自分を好きと、言ってくれれば、まず大抵の人間は、悪い気はしない…

 たとえ、言葉にせずとも、好きな態度を見せ、

 「…あの男のひと…いつも、寿さんを見ている…きっと、寿さんを好きなのよ…」

 と、でも、学校の友人でも、会社の同僚でも、私に告げれば、悪い気はしない…

 いわゆる、ストーカーで、粘着質な人間は、ごめんだが、普通に、私を好きだという態度を示せば、悪い気はしない…

 私が、それまで、その人間を、好きでも、なんでもなかったとしても、悪い気はしない…

 これは、誰もが、同じだろう…

 その通りだろう…

 ただ、あまりにも、しつこいと、困りもの…

 「…ボクと付き合って下さい…」

 と、言われ、こちらに、その気がないにもかかわらず、いつまでも、しつこく付きまとわれたら、困る…

 まあ、これも、また経験したものも、多いだろう(苦笑)…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…寿さんって、しっかりしているように見えて、意外と、わかりやすいというか、子供っぽいんですね…」

 佐藤ナナが、思いもかけないことを、口にした…

 …子どもっぽい?…

 …どうして、私が、子供っぽいんだろう?…

 「…佐藤さん…どうして、私が、子供っぽいの?…」

 私のガチな質問に、佐藤ナナが、笑った…

 「…だって、寿さん…簡単に、心が読める表情をするんだもの…」

 「…心が読める?…」

 「…私を可愛いと、思って見る表情が、すごく、わかりやいんですよ…寿さんって、落ち着いた大人の女性に見えますが、案外子供っぽいというか、わかりやすいひとなんだなって…」

 思いがけない言葉だった…

 まさか、私が、佐藤ナナを、愛くるしいと、思って見ていることが、彼女から見れば、そんなふうに、私を思っていたなんて、思わなかった…

 考えなかった…

 つくづく、人間は、わからない…

 ただ、可愛いと、思って見ていた、佐藤ナナが、こんなにも、鋭く、頭の回転が、速い娘だとは、思わなかった…

 佐藤ナナが、頭が良いのは、わかっている…

 外国生まれにも、かかわらず、完璧な日本語を話す…

 だから、頭がいいのは、わかる…

 だが、学問における頭の良さと、洞察力というと、おおげさだが、日常、使う、頭の良さは、違う…

 今、佐藤ナナが、いみじくも指摘したように、ちょっとした仕草で、相手の考えを、見抜くのが、日常の頭の良さ…

 たとえば、会社で、いえば、上司がなにを望んでいるか、あらかじめ、推測して、仕事を進めるのが、日常に発揮する頭の良さに他ならない…

 どんな人間も、誰が、なにを言うのか、日常、接していれば、大抵わかる…

 誰が、なにを、気にするか、わかる…

 だから、それに先んじて、上司が、なにをすれば、喜び、なにをすれば、失望するか、考え、行動することが、日常の頭の良さに他ならない…

 私は、それを思った…

 と、同時に、警戒した…

 菊池リンを思い出したのだ…

 思えば、菊池リンは、佐藤ナナと、まったく同じだった…

 その愛くるしいキャラクターから、私は、彼女に好意を抱き、警戒することなく、彼女に接した…

 その結果、私の行動は、容易に彼女に監視されることになった…

 それを、思い出した…

 …これでは、以前と同じになる…

 …菊池リンのときと、同じになる…

 私の頭の中で、緊急警報といおうか、サイレンのベルが鳴った(笑)…

 この佐藤ナナは、菊池リンと同じく、頭がいい…

 しかも、その頭の良さは、菊池リンと、同じく、その愛くるしい、顔の中に隠されている…

 だから、容易に見抜けない…

 油断すれば、あっさりと、こちらが、足元をすくわれかねない…

 その事実に気付いた…

 そう思えば、二度と同じ過ちは、繰り返さない…

 私は、それを心に刻んで、彼女に接すことにした…

                  
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