第10話

文字数 8,811文字

 無用の恨みを買ったかもしれない…

 佐藤ナナと、長谷川センセイが、私の診察を終えて、病室を出るときに、佐藤ナナが、再び、私に射るような視線を浴びせることで、あらためて、気付いた…

 無用の恨みは、買わないに限る…

 敵は、作らないに、限る…

 それは、人間関係の鉄則…

 人間関係の基本だ…

 そんな、当たり前のことを、忘れていたわけじゃないが、つい、調子に乗ったというか…

 長谷川センセイをからかい過ぎた…

 しかも、その長谷川センセイを好きな佐藤ナナの前で、長谷川センセイをからかったのは、まずかった…

 あの可愛らしい、佐藤ナナが、射るような視線で、私を見た…

 一体、なぜ?

 なぜ、こんなことを、したんだろう?

 自分でも、不思議だった…

 私、寿綾乃は、人一倍、人間関係に気を付けて、生きてきたつもりだ…

 なぜなら、私は、天涯孤独の身…

 ずっと、高校時代から、一人で、生きてきた…

 だから、人一倍、人間関係に気を付けてきたつもりだった…

 無用の敵を作らない…

 ライバルを作らない…

 それが、私の生きる基本だった…

 それが、入院したことで、崩れたというか…

 まるで、ホルモンのバランスが崩れたように、これまで、気を付けていたことに、気をつけなくなった…

 やはり、これは、私、寿綾乃が、もはや、秘密を抱える身ではなくなったことが、大きいのかもしれない…

 私は、思った…

 以前は、私の正体が知られることに、神経質なまでに、気を付けていた…

 ちょうど、それは、仮面ライダーや、ウルトラマンの正体が、知られることを、恐れるように、気を付けていた…

 しかし、ユリコが、私の正体を、暴露した…

 その結果、私が、寿綾乃を自称する女に過ぎないことが、バレた…

 それで、肩の荷が下りたというか…

 内心、いつ、バレるか、常に怯えていた…

 その怯えがなくなった…

 私の正体は、すでにバレた…

 だから、気にする必要が、なくなった…

 それゆえ、警戒心がなくなり、私の行動が、変化したというのが、真実なのかもしれない…

 ふと、思った…

 誰にも、言えない、大きな秘密を抱えた状態から、その秘密がバレる…

 だから、もはや、なにも、怖いものはない…

 それゆえ、心に余裕が生まれ、行動が変化したのだろう…

 しかし、それにしても、我ながら、調子に乗り過ぎたのかもしれない…

 なにしろ、あの佐藤ナナが、まるで、私をライバル視するように、射るような視線を、私に浴びせるとは、思わなかった…

 あんな、可愛い顔をした女のコが、私を睨みつけるとは、思わなかった…

 と、ここまで、考えて、ふと、気付いた…

 諏訪野伸明のことだ…

 当然のことながら、諏訪野伸明は、私の正体について、すでに知っているに違いない…
 
 にもかかわらず、それについて、一度も言及しなかった…

 それは、やはり、諏訪野伸明の優しさなのだろう…

 それを思えば、藤原ナオキも、また、同じ…

 私の正体について、なにも、語っていない…

 それは、ちょうど、仮面ライダーや、ウルトラマンの正体が、わかっても、言及しないのと、同じだった…

 私は、優しさの中にいる…

 あらためて、思った…

 あらためて、気付いた…

 
 なりすまし…

 あらためて、考える…

 私の本当の名前は、矢代綾子…

 寿綾乃ではない…

 それに、気付いたのは、藤原ナオキの前妻、藤原ユリコだった…

 ユリコが、私の正体を探るため、出身地に行き、調べたのだ…

 私は、うまくやってきたつもりだった…
 
 抜け目なく、立ち回ったつもりだった…

 しかし、それがいけなかった…

 自分で言うのも、なんだが、私は、傍から見て、頼りがいがあるらしい(笑)…

 一人で、生きてゆけると、思われてるらしい(笑)…

 私自身は、そんなこと、まったく考えたこともないが、そうらしい(笑)…

 そして、お金にも、執着がない(笑)…

 そう見られてるらしい(笑)…

 そして、そんな私が、結果的に、藤原ユリコから、夫のナオキを奪った…

 それが、誤算の始まり…

 私自身は、ユリコから、ナオキを奪うつもりは、なかったが、そうは言っても、それは、言い訳…

 後の祭りに過ぎない…

 結果的に、私はユリコのいた位置についた…

 藤原ナオキの実質的な妻であり、ジュン君の母親という位置に、だ…

 だが、

 なぜ、私が、そんなことをするのか、ユリコは、訝った…

 疑問に感じた…

 お金にも、男にも、執着しない、私が、ユリコから、ナオキを奪った…

 それが、不思議で仕方がなかったのだ…

 しかし、私にも事情があった…

 私も聖人君子ではない…

 生きてゆくには、お金が必要…

 まして、ひとりぼっちの私は、自分で稼がなくてはならない…

 藤原ナオキは、身近に頼れる存在だった…

 それが、一番の原因だった…

 しかし、それをユリコは、不審に思った…

 その結果、ユリコは、私の故郷を探り出し、私が、従妹の綾乃と入れ替わったことを、確信した…

 死んだのは、矢代綾乃…

 生きているのは、矢代綾子…

 だが、それを逆にして、役所に届け、故郷を後にした…

 理由は、簡単…

 綾乃は、五井一族の血を引く娘だった…

 片や、私は、平凡…

 なにも、なかった…

 だから、死んだのは、綾乃ではなく、綾子とした…

 そして、故郷にいれば、それがバレるから、上京した…

 それが、寿綾乃の真実だった…

 矢代姓だった母が死に、親戚の寿姓を名乗った…

 それが、寿綾乃の誕生だった…

 私は、それを考えた…

 そして、綾乃を名乗ることで、やがて、莫大な遺産が手に入るかもしれないが、同時に、五井一族の騒動に巻き込まれることを、母は危惧していた…

 誰もが、見ず知らずの人間が現れて、

「…私は、五井家の一族の娘です…だから、遺産を下さい…」

とでも、言えば、仰天する…

同時に、争いに巻き込まれるに決まっている…

一族のお金を巡るゴタゴタに巻き込まれることに決まっている…

それを、察知した母は、強い男を探しなさいと、私に遺言した…

この場合の強さとは、当然のことながら、腕力ではない…

お金を持っている男…

社会的地位を持っている男に、他ならない…

お金持ちの争いに巻き込まれることがわかっている以上、自分を守ってくれる、別のお金持ちの男を探すのが、一番だからだ…

それを死ぬ間際、母は私に伝えた…

そして、それが、私が、五井一族と繋がりを持つ、端緒になった…

そして、今、すでに、私が、五井一族と、なんの血縁関係がないことがわかったにも、かかわらず、相変わらず、その五井一族と繋がっている…

それを思えば、実に不思議…

不思議な関係だった…

五井家の若き当主、諏訪野伸明を介して、五井記念病院に入院している…

本当ならば、泥棒ではないが、私を犯罪者扱いしても、おかしくはないにも、関わらず、それをしない…

まあ、私としても、五井家の財産を積極的に獲りに行ったわけでも、なんでもなかったからかもしれない…

ただ、母は死ぬ間際に、私が、お金持ちの一族の争いに巻き込まれるかも、と仄めかしただけだ…

ハッキリと、五井の名前は、口にしなかった…

ただ、母は、私、綾子は平凡だが、従妹の綾乃は、お金持ちの血を引く娘…

だから、綾子が死んだことにして、綾乃が生きていることにすれば、私に将来、有利に違いない…

それが、母が、私に残すことができる、唯一のことだったのかもしれない…

そして、その結果、私は、こうして、五井一族の知己を得た…

五井家の若き当主、諏訪野伸明に気に入られた…

これは、まさに僥倖(ぎょうこう)…

ありえないことだった…

そして、一方で、私は、いみじくも、母が予言したように、五井一族のゴタゴタに巻き込まれてる…

すでに、私が、五井家の人間でないとわかったにもかかわらず、相変わらず、巻き込まれている…

これは、皮肉でなくて、なんだろう?…

まさに、寿綾乃を名乗った天罰…

見方によっては、天罰に他ならなった…


 菊池リンの祖母…諏訪野和子が、見舞いにやって来たのは、それから、数日、経ってからだった…

 諏訪野和子…

 以前、一度会っただけだが、女傑だった…

 私、寿綾乃など、及びもしない、女傑だった…

 五井一族は、実は、女が動かしている…

 以前、会ったとき、彼女は、そう言った…

 歴史は、夜、作られるという映画の題名ではないが、犯罪の陰に女ありという言葉と、同じく、実は、表に立つのが、男でも、実質は、女が陰で、男を動かしている…

 あるいは、男を操っているという例は歴史をひもとくもなく、枚挙にいとまがない…

 近いところでは、ルーマニアのチャウシェスク元大統領が、妻のエレナの言いなりだったのが、良い例だろう…

 私は、彼女の来訪に、驚いたが、同時に、以前、私が、彼女と会ったときに、私を評して、

 「…寿さん…アナタには、五井の血が流れている…」

 と、言ったことを、思い出していた…

 私が、一人で生きて行ける強い女であることを、見て、同じように、強い、五井の女の血が、流れていると、思ったのだ…

 それは、彼女の間違いだったが、彼女が、私を評価してくれたことに、間違いはなかった…

 だから、そんな彼女が、私の見舞いに来たのには、驚いた…

 同時に、怯えた…

 一体、なにを目的に、やって来たのだろう?

 そう、考えたからだ…

 ただの見舞いにやって来たわけでは、当然、ない…

 目的がある…

 私は、病人なので、当たり前だが、体力がない…

 だから、昼夜を問わず、寝ていることが多い…

 だから、ふと、周囲に、ひとの気配を感じて、目が覚めた…

 すると、和子が、座っていた…

 私は、驚くと、同時に、怯えた…

 和子の実力は、わかっている…

 …一体、なんのために?…

 …なにを目的に、私の元にやって来たのか?…

 頭を巡らせながら、

 「…お久しぶりです…」

 と、言って、ベッドから、起き上がろうとした…

 今の私の体力では、ベッドの上で、起き上がるのが、限界…

 まだ、歩くこともできない…

 たとえ、杖を使っても、無理…

 が、

 和子は、そんな私を見かねてか、

 「…そのままで…」

 と、言って、ベッドから、起き上がろうとする、私を制した…

 それから、

 「…初めまして…」
 
 と、挨拶した…

 …初めまして?…

 一体、どういうことだろう?

 私は、考えた…

 今、目の前にいる、70代の高齢の女性は、諏訪野和子…

 一度、会っただけだが、間違いはない…

 覚えている…

 それが、どうして、初めまして、なんだろう?

 私は、思った…

 だから、

 「…以前、一度ですが、お会いしてます…」

 と、私が、抗議? すると、

 「…私は、諏訪野伸明の母、昭子です…寿さん、いつも、息子がお世話になっております…」

 と、ベッドに横になったままの私に、腰を折って、丁寧に、頭を下げた…

 「…諏訪野さんのお母様?…」

 私は、驚いた…

 同時に、気付いた…

 容姿が、妹の和子に、そっくり…

 瓜二つだ…

 これは、彼女たちを知らなければ、間違いなく、騙されるというか…

 同一人物だと、思われる…

 それほど、似ている…

 と、ここまで、考えて、それは、和子に一度しか、会ってないからだ、と、思った…

 考えを変えた…

 もしも、日常で、頻繁に出会う環境ならば、すぐに違いがわかるかもしれない…

 誰もが、人形のように、瓜二つの人間は、いない…

 人間は、どこか、違うものだ…

 以前、アメリカの高齢の双子の姉妹が、若い頃に、互いのボーイフレンドと、姉妹が、入れ替わって、デートして、相手のボーイフレンドが、最後まで、気付かなかったと、笑ったが、それは、相手が若いから…

 やはり、少しでも、年齢を重ねてくれば、姿形は、よく似ていても、なんとなく違いに気付くはずだ…

 私は、思った…

 思いながら、

 「…そうでしたか…失礼しました…寿…寿綾乃と申します…初めまして…」

 と、挨拶した…

 「…間違えるのは、無理もありません…妹の和子とは、双子…外見もこの通り、そっくり…」

 と、笑った…

 「…双子?…」

 「…そう…一卵性双生児の…」

 昭子が告げる…

 そして、その言い方を聞いて、たしかに、和子とは、別人だと、わかった…

 なぜなら、昭子は、柔らかい…

 物腰が、妹の和子と違って、柔らかい…

 妹の和子は、一度会っただけだが、女傑…

 女傑と言う言葉が似合う、女だった…

 てきぱきとした物言いで、態度も堂々としていた…

 しかし、今、目の前に現れた、昭子は、和子とは、真逆…

 外見こそ、瓜二つだが、中身が、真逆…

 おっとりとしている…

 だから、昭子と名乗ったのが、ウソではないと、私は確信した…

 そして、同時に、以前から、私は、一度、この昭子と会いたかったと、思っていたのを、思い出した…

 菊池リンの祖母…和子とは、一度だけだが、会った…

 和子は、先代当主、諏訪野建造の弟の義春の妻だった女…

 義春は、兄、建造の死去と共に、建造の後に、当主になることを、目論んで、それが、潰えると、自殺して、世を去った…

 が、和子は、その死に辛辣だった…

 そもそも器ではないにもかかわらず、五井家の当主を目指したと、笑った…

 つまりは、それほどの女傑だったということだ…

 そして、私は、その和子よりも、この昭子に会いたかった…

 亡くなった、建造の妻であり、諏訪野伸明の母…

 それが、どんな女性だか、知りたかった…

 それが、今、目の前に現れた…

 感無量というと、大げさだが、やはり、感動した…

 ずっと、以前から、会いたかった、その女性が、今、目の前に現れた…

 なんといっていいか、わからなかった…

 言葉もなかった…

 私は、つい、彼女を凝視してしまった…

 それは、彼女もまた同じだった…

 昭子もまた、私を凝視していた…

 私を観察していた…

 私を値踏みしていた…

 そして、お互いが、すぐに、お互いを観察していることに、気付いた…

 値踏みしていることに気付いたことで、少し恥ずかしくなったというか…

 照れ笑いを浮かべて、

 「…あらあら…なんだか、お見合いみたいになっちゃったわね…」

 と、昭子が笑った…

 「…ホント、その通りですね…」

 と、私も、笑った…

 笑うことで、お互い、肝胆相照らす仲になったといえば、言い過ぎだが、緊張はなくなった…

 「…一度、お会いしたかった…」

 昭子が言った…

 「…私も、です…」

 私も答える…

 「…和子が、寿さんについて、言ってました…」

 「…なにをでしょうか?…」

 「…あのような女性が、五井家にやって来るのはありがたいと…」

 最大限の誉め言葉だった…

 まさか、そんな誉め言葉をもらえるとは、思わなかった…

 私は、ただ、

 「…ありがとうございます…」

 と、言った…

 「…ですが、私は…」

 「…病気のことね…」

 と、昭子は、さばさばした口調で言った…

 「…気にすることないと言ってしまえば、他人事に過ぎない…でも、生きている限り、諦めては、ダメ…」

 「…」

 「…希望を捨ててはダメ…」

 昭子が、私を励ました…

 私の目にうっすらと、涙が流れた…

 見ず知らずの人間といっては、なんだが、初対面の人間に、こんなに励まされるとは、思わなかった…

 「…アナタの病気のことは、伸明から、聞いてます…」

 「…伸明さんから…」

 「…ええ…」

 「…でしたら、お母様から、言って頂けないでしょうか?…」

 「…なにをですか?…」

 「…伸明さんも、私を見舞いに来る時間があるなら、もっと、別のいいひとを探す時間にあてて欲しいと…」

 私の言葉に、昭子は、

 「…」

 と、絶句した…

 どう答えて、いいか、わからなかったのかも、しれない…

 それから、しばらくして、

 「…伸明もいいひとに、巡り会った…」

 と、口を開いた…

 「…ひとは、出会い…どんなに偉くても、どんなに頭が良くても、いいひとに、巡り会わなければ、人生はダメ…楽しめない…」

 「…」

 「…伸明もいいひとに、巡り会えた…」

 「…でも、私の命は…」

 「…それと、これとは、話が別です…ひとは、出会い…よいひとと巡り会わなければ、生きている意味がありません…」

 穏やかな物言いだが、しっかりと断言した…

 「…出会いというのは、男女を問わずです…ひとは、平等ではありません…少しでも、優れた人と出会い、援助、あるいは、応援してもらう…それが、どれほど、大切か、わからないひとは、この世の中に大勢います…でも、それは、単純に、そのような経験をしていないから…そのような方の人生は残念です…」

 昭子が力を込める…

 私は、それを聞いて、

 …同じだ…

 と、思った。

 昭子の妹の和子と、同じ…

 物腰は和子と違って柔らかいが、中身は同じ…

 しっかりとしている…

 同じように、女傑という言葉が似合う…

 私は、思った…

 「…寿綾乃さん…」

 「…ハイ…」

 「…伸明をよろしくお願いします…」

 昭子が私に向かって、頭を下げた…

 「…とんでも、ありません…」

 私は、恐縮した…

 まさか、いきなり、諏訪野伸明の母に頭を下げられるとは、思わなかったからだ…

 まさに、想定外…

 想定外の出来事だった…

 …一体、どうすれば?…

 …一体、なにを言えば?…

 考えた…

 それから、

 「…私は、五井一族の血を引く者では…」

 と、言いかけた…

 まさか、私の正体は、わかっているに違いない…

 だが、

 万が一ということは、ある…

 だから、確かめた…

 確かめずには、いられなかった…

 「…それは、わかってます…」

 穏やかに、答える…

 「…ですが、私は…」

 私が、なおも、言いかけると、

 「…寿さん…」

 「…ハイ…」

 「…伸明が、言いませんでしたか?…」

 「…なにを、でしょうか?…」

 「…五井一族の歴史は、争いの歴史だと…」

 「…」

 私は、答えようがなかった…

 たしかに、諏訪野伸明は、今の昭子が言ったように、五井一族の歴史は、争いの歴史だと、私に言った…

 金持ちの争いの歴史だと…

 私は、それを思い出した…

 「…覚えがあるようね…」

 昭子が私の反応を見て、言った…

 「…だから、寿さん…アナタが、五井一族の血を引こうが、引くまいが、私には、なんの関係もありません…それは、伸明も同じ…」

 「…」

 「…優れた異性が目の前に現れて、自分を好きになって、くれる…これほど、嬉しいことは、男でも、女でも、滅多にありません…」

 「…」

 「…さっきも言いましたが、ひとは出会い…出会いが、すべてです…どんな美男美女に生まれようが、出会いがない、男女は、多いです…歳を取って、あと二十年、若く生まれて、彼と付き合いたかった…彼女と付き合いたかったと、いうのは、誰にもある話です…」

 「…」

 「…でも、伸明は、四十代で、寿さんに会った…これは、僥倖(ぎょうこう)…大げさにいえば、天が伸明に与えた僥倖(ぎょうこう)です…これを無駄にすれば、天にツバすることになります…」

 私は、彼女の話を聞きながら、以前、伸明が、私に話したことを、思い出した…

 伸明もやはり、ルックスで、苦労したらしい(苦笑)…

 諏訪野伸明は、長身のイケメン…

 それは、学生時代から、同じ…

 しかも、並みはずれたお金持ち…

 それゆえ、学生時代、友達ができにくかった、と、以前、私に告白した…

 金持ちの家に生まれたから、と、常に陰口を叩かれるから、わざと、ボロいクルマに乗る…

 すると、

「…アイツは、ホントは、物凄いお金持ちなのに、わざと、あんなボロいクルマに乗って、嫌みなヤツだ…」

と、周囲から、陰口を叩かれる…

ファッションも同じ…

ファッションにこだわらない、安ぼったい服を着れば、金持ちのくせに、貧乏人のフリをしていると、言われ、

真逆に、ブランドで、身を固めたファッションで、決めれば、金持ちが金にあかせて、服を買ってと、陰口を叩かれる…

つまりは、なにをしようと叩かれる…

伸明が、なにをしようと、叩かれる…

要するに、伸明が、気に入らないからだ…

抜きん出て、金持ちの伸明が気に入らない…

それが、理由…

伸明が、なにかしたのではなく、金持ちのボンボンであることが、気に入らない…

そして、気に入らない原因は、嫉妬…

ルックスが良く、お金持ち…

誰もが、羨むものを、持って、いる…

自分にないものを、持っている…

それが、気に入らない…

なにも持たない人間が、持っている人間を妬む…

攻撃する…

残念ながら、それが、現実…

悲しいかな、そんな人間が、世の中、ごまんといる…

それゆえ、人間関係に疲れたのだろう…

やはり、伸明と同じように、ルックスで、周囲から、妬まれた経験を持つ、私に、親近感を覚えたのかもしれない…

やはり、私も、このルックスゆえに、周囲から妬まれた経験がある…

美人には、美人の悩み…

お金持ちには、お金持ちの悩みがある…

共通するのは、周囲からの嫉妬…

その嫉妬に、どうやって、対処してきたか?

その嫉妬に、どうやって、向き合って、生きてきたか?

諏訪野伸明は、私、寿綾乃の中にそれを見たのだろう…

似た者同士…

その言葉が、一番、似合う…

お金とルックスの違いはあれども、周囲から、嫉妬される…

その経験を積んできたことを、見抜いたのだろう…

私は、思った…

が、それを、考えたとき、

「…この後、伸明は、寿さんの力が必要になるかもしれません…」

と、意味深なことを言った…

「…どういうことですか?…」

「…伸明は、今、五井家の内紛に悩んでます…ご存知ですね…」

「…ハイ…承知してます…」

「…そして、その内紛の主は、私の実家、五井東家です…これも、ご承知ですか?…」

「…ハイ…」

「…なら、話が早い…五井東家の当主、菊池重方(しげかた)は、私の弟…私と、和子の弟です…そして、重方(しげかた)の息子が、この五井記念病院の理事長、菊池冬馬…私の甥に当たります…」

仰天の事実を言った…

まさに青天のへきれき…

天が割れたような衝撃だった…

              
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