第47話

文字数 8,544文字

 …五井情報…

 私は、その会社の名前は知らなかったが、五井の関連会社であることは、その会社の名前に五井の冠=名がついているので、わかった…

 そして、五井情報は、五井物産の子会社であることを知った…

 …仕掛けてきた…

 私は、とっさに思った…

 米倉平造の狙いが、わかった…

 最初、米倉は、五井の関連会社の株を買ったと、聞いた…

 五井の力のない分家の人間から、株を買い、自分の会社に組み込むと思った…

 見せかけた…

 が、

 それは、フェイクだった…

 その証拠に、一定数の株を買っても、その後、その会社の株を買いますことは、なかった…

 狙いは、別にあったのだ…

 いわば、陽動作戦…

 私が、以前、思ったように、米倉平造は、本来の狙いを隠すべく、わざと、他の五井の会社に狙いを定めたように、見せかけたのだ…

 やはり、噂通り、したたかな男だった…

 そして、気付いた…

 あの菊池リンの電話の意味、をだ…

 おそらく、私の予想通り、菊池リンは、米倉平造に頼まれて、私に、電話をした…

 私に、諏訪野伸明から、手を引いてもらいたいためだ…

 そして、同時に、五井南家の血を引く、佐藤ナナを、五井本家に嫁がせる…

 そうすることで、今回の五井の騒動に終止符を打つことができる…

 伸明を頂点とする、五井本家が、本家に歯向かう他の分家の動きを封じることができるからだ…

 つまりは、すでに、わかっているように、五井南家の背後に、米倉平造がいる…

 五井情報は、五井物産の子会社…

 それを、米倉平造が手に入れたということは、通常ありえない…

 だから、普通に考えれば、五井本家と、なんらかの取引をしたに違いない…

 五井情報は、非上場で、株は、すべて、五井物産が、持っている…

 おそらく、米倉平造は、五井の関連会社で、非上場で、力のある企業、将来性のある企業を狙っていたに違いない…

 非上場の方が、株の売り買いに、便利だからだ…

 株式が、一般に公開してない以上、その会社の株を全額購入すれば、容易に、自分のものにできる…

 そのメリットがある…

 だから、米倉平造が目をつけたのは、わかるが、米倉平造が、どういう条件で、五井情報の株を譲り受けたか、わからない…

 五井南家が、本家の側に立つことで、五井の内紛を終息させる…

 それは、わかる…

 だが、五井一族でもない、米倉平造に、なにができるのか?

 それが、わからない…

 が、

 結果だけ見れば、明らかに、米倉の勝ち…

 米倉は、五井情報を手に入れた…

 これは、一体、どういうことか?

 わからない…

 考え込んだ…

 そして、それは、夜になって、藤原ナオキが、家に帰ってきて、わかった…

 私は、ナオキに、会うと開口一番、聞いた…

 「…ナオキ…今日、ニュースで見たけど、五井情報が、米倉の大日グループに売却されるって…」

 「…ああ、今日は、その話で、持ちきりさ…」

 ナオキが、疲れ切ったように、言った…

 「…とにかく、今日は疲れた…風呂に入って、出てから、一杯やりながら、話そう…」

 ナオキが言ったので、私は、ナオキが、風呂から出るのを、待つことにした…

 私は、ダイニングで、ナオキが風呂から、出るのを待った…

 その間、さまざまなことが、脳裏に浮かんだが、私は、あえて、考えないことにした…

 考えれば、切りがないからだ…

 だから、あえて、明日、なにを食べようとか、どうでも、いいことを、考えることにした…

 まだ、退院したばかりの身だから、本当は、たいして、食べれない…

 だが、なにを食べたいとか、どうでもいいことを、わざと考えることで、五井のこと、米倉のことを、考えることはなくなったからだ…

 そんなことを、考えている間に、ナオキが、風呂から出てきた…

 私は、本当は、一刻も早く、ナオキから、話を聞きたかったが、あえて、自分からは、なにも言わなかった…

 ナオキが、自分から、話し出すのを、待った…

 ナオキは、風呂上りのビールをおいしそうに飲みながら、

 「…準備OK…」

 と、言った…

 「…さあ、綾乃さん、なんでも聞いてくれ…」

 私は、なにを聞くべきか、迷ったが、まずは、

 {…米倉は…米倉平造の目的はなに?…}

 と、聞いた…

 なにより、そのことが知りたかった…

 米倉は、五井情報を手に入れた…

 それが、最初から、米倉平造の目的だったか、どうか、怪しいからだ…

 私の質問に、ナオキは、ちょっと、考え込んでから、

 「…米倉はハイエナだ…」

 と、断言した…

 「…ハイエナ…それは、どういう?…」

 「…米倉平造は、自分が手に入れることができる企業を片っ端から、調べている…それは、業種も業界も関係ない…将来、有望で、いずれは、大きく化ける企業を狙っている…」

 「…」

 「…今回は、たまたま、それが、五井の関連会社だっただけだ…」

 「…」

 「…米倉平造は、五井にターゲットを絞った…それは、五井が団結力が弱いことを、知っていたからだが、それより、なにより、菊池重方(しげかた)氏と、知り合ったことが大きい…」

 「…菊池重方(しげかた)…菊池冬馬のお父様…」

 「…そう…彼と知り合い…さまざまな情報を手に入れた…いや、情報だけではない…人脈も、だ…」

 「…人脈?…」

 「…米倉平造は、五井家の主だった人間とは、場を作って、話したと言う…当たり前だが、誰かが、間に入らなければ、会ってはくれない…菊池重方(しげかた)氏は、それにうってつけの人物だった…」

 言われてみれば、当たり前だった…

 菊池リンとの会話で、すでに、米倉平造は、五井家の主だった人間には、会ったと言っていた…

 それには、当然、介在する人間が、必要…

 その介在する人間は、当然、五井家の人間…

 五井家の人間に会うのは、五井家の人間に紹介してもらうのが、一番…

 だから、本当は、菊池リンでも、諏訪野マミでも、菊池冬馬でも、構わない…

 だが、その三人は、皆、若い…

 諏訪野マミは、35歳…

 菊池冬馬は、私と同じ32歳…

 そして、菊池リンに至っては、まだ大学を卒業したばかりの23歳だ…

 この三人の若さでは、仲介者として、不適格…

 若すぎる…

 それに比べ、菊池重方(しげかた)は、60代半ばだから、十分な年齢だ…

 国会議員もしており、箔がついている…

 だから、同じ一族でも、まさに仲介者に打ってつけだ…

 私は、思った…

 思いながらも、その点に気付かなかった、己の未熟さを思った…

 考えれば、当然…

 当たり前のことだ…

 なにより、尾羽打ち枯らした=落ちぶれた重方(しげかた)は、利用できる…

 重方(しげかた)は、五井家を追放になった身…

 落ちぶれた人間は、藁をもつかむ…

 困った人間は、藁をもつかむ…

 米倉平造は、それを狙ったのだろう…

 私は、ようやく気付いた…

 「…米倉平造は、菊池重方(しげかた)の後ろ盾になり、さまざまなことを、重方(しげかた)から、聞きだした…その一つが、五井南家の血筋を持つ者が、ベトナムにいるかもしれないという噂だ…」

 「…ベトナム?…」

 「…そう…ベトナムだ…五井南家の人間が、ベトナムで、女遊びをして、現地に子供を作った…その噂を聞き込んで、米倉平造は、現地に顔を聞く、友人、知人を探して、佐藤ナナを探し出した…」

 私は、その話を聞きながら、おかしいと、思った…

 それでは、遅すぎる…

 菊池重方(しげかた)が、五井家を追放されてから、佐藤ナナを探し出したのでは、遅すぎる…

 辻褄が合わない…

 なぜなら、佐藤ナナは、私が、五井記念病院に入院したときの担当看護師…

 まだ、今回の五井の騒動が起きる前から、いた…

 ということは、どうだ?

 米倉平造は、すでに、今回の騒動が起きる前から、佐藤ナナに目をつけていたということか?

 いや、

 そうではない…

 すでに、佐藤ナナが、五井記念病院に勤務するという事実が、すべてを現わしているのではないか?

 どういうことかというと、すでに、佐藤ナナの正体を知り、佐藤ナナを、五井記念病院に、看護師として受け入れた…

 そういうことだ…

 そして、肝心の佐藤ナナ本人は、おそらく、なにも知らない…

 自分が、五井家に縁のある人間であることを、知らないに違いない…

 知っていれば、諏訪野伸明や、藤原ナオキと知り合いであった、私を妬まない…

 二人の有名人というか、著名人というか、お金持ちと知り合いである、私を、佐藤ナナは、羨ましがった…

 もっとも、佐藤ナナから、すれば、それは、当たり前…

 いや、佐藤ナナに限らず、誰もが、彼女の立場ならば、私を羨むに違いない…

 私にしても、同じ立場ならば、私を羨んだ…

 ただ、それを口にするか否か…

 態度に示すか、否かの違いだ…

 佐藤ナナは、それを口にした…

 が、

 それが、全然、嫌ではなかった…

 それは、おそらく、佐藤ナナの人柄だろう…

 ベトナム人とのハーフゆえに、色は、褐色で浅黒いが、目鼻立ちが整った美人で、なにより、派手だった…

 純粋な日本人にはない、華やかさがあった…

 だから、羨むことを、口にしても、全然嫌ではなかったし、むしろ、好感が、持てた…

 純粋な日本人ではないから、素直に、自分の感情を口にしたと、思ったのだ…

 そんな佐藤ナナが、演技をしているとは、思えなかった…

 だから、絶対に、佐藤ナナが、自分が五井家に縁のある人間だと、知っていたとは、考えにくい…

 そう考えると、きっと、彼女の正体を知った人間が、あらかじめ、すべて、お膳立てしたということになる…

 そして、もしかしたら、それが、米倉平造なのかもしれない…

 私は、思った…

 私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、

 「…綾乃さん…どうしたの?…」

 と、聞いた…

 私は、

 「…ナオキの話を聞きながら、米倉平造が、佐藤ナナさんに目を付けたのは、いつなのか? と、考えたの?…」

 「…いつ? …それは、どういう?…」

 「…彼女は、五井記念病院で、私に担当看護師だった…でも、それは、偶然じゃない…五井記念病院の菊池冬馬理事長を通じて、佐藤ナナを、私の担当にしたに決まっている…私の担当になることで、諏訪野伸明を筆頭とした五井家の人間と知り合いになれる…それを狙ったんだと思う…」

 「…」

 「…そして、もっと言えば、米倉平造が、佐藤ナナに目をつけたのは、いつなのか? ということ…ベトナムにいたときに、すでに目をつけていて、うまく彼女の周囲にいる人間を使って、日本に看護師として、やって来るように、お膳立てをしたというか、道を作ったと考えても、おかしくはない…」

 私の言葉に、ナオキは、考え込んだ…

 「…つまり、綾乃さんは、時間をかけて、ずっと前から、米倉平造は、今回の件を仕組んでいたと…」

 「…そう考えるのが、正しいんじゃ…私が入院した病院の担当看護師が、偶然、五井南家に縁のある人間だったなんて、でき過ぎでしょ? そんな偶然は、世の中にあるけど、これは、偶然とは、思えない…」

 「…たしかに…」

 ナオキは、頷いた…

 「…世の中に、偶然はある…でも、やはり、そう偶然が続くとは、思えない…綾乃さんの入院した病院の看護師が、五井家に関係がある人間だったなんて、普通は、考えられない…わざと、したに決まっている…」

 「…でしょ?…」

 「…おそらく、手品の種だと思う…」

 「…どういう意味?…」

 「…手品師=マジシャンは、いつも、自分の身の回りに、手品の種を仕込んでいる…マジシャンは、誰かに会えば、いつも、手品を見せてと、せがまれるからね…それと同じで、あの米倉平造は、あらゆるところに、アンテナを張り、もし、役に立てば、と、用意しているんだと思う…」

 「…どういう意味?…」

 「…たとえば、ベトナムで、五井の血を引く佐藤ナナさんを見つけたとする…でも、それが、将来、なんの役に立つか、わからない…でも、例えば、そのまま、ベトナムで、埋もれさせるのは、なんだから、うまく周囲の者に、日本に行って、看護師の資格を取れば、いいと勧めさせる…」

 「…」

 「…そして、今回のように、五井に混乱が起きれば、うまく利用できる…つまり、仕事のアイデアじゃないが、とりあえず、唾をつけとくというか…将来、役に立つか、どうか、わからないものでも、手をつけとくというか…きっと、その中でも、実際、役に立つものは、百に一つかもしれない…でも、手を打っておけば、なにかの役に立つかもしれない…そういうことだと思う…」

 「…偶然は、偶然には、起きないということ?…」

 「…その通り…いかに、奇跡を望んでも、奇跡は起きない…奇跡を起こすために、あらかじめ、手を打っているんだと思う…」

 私は、ナオキの言葉に、文字通り、考え込んだ…

 おそらく、ナオキの言う通りだろう…

 偶然、佐藤ナナが、私の担当看護師になるわけはないし、偶然、佐藤ナナが、看護師を志願して、日本にやって来るわけもない…

 あらかじめ、誰かが、その道を作った…

 そして、仮に、その道を作って、費用を負担したとしても、将来、佐藤ナナが、自分の役に立つか、どうかは、わからない…

 その点では、アイドルと似ている…

 私は、とっさに、思った…

 事務所に所属させ、金をかけて、アイドルとして、売り出しても、人気が出るか、どうかは、わからない…

 だが、売り出すには、当然、莫大なお金がかかる…

 売り出す人間は、とりあえず、自分の目で見て、将来、売れるであろうと、考え、売り出す…

 しかし、実際は、売れるか、どうかは、わからない…

 それと似ている…

 おそらく、米倉平造もまた、同じように、どこかで、将来、自分の役に立つかもしれない人間に、金を援助したり、しているのだろう…

 その中で、役に立つものは、稀だけれども、たとえば、百人に一人は、役に立つ…

 そう思っているのだろう…

 仕事でも、なんでも、やってみて、ものになるのは、案外数えるほど、少ないものだ…

 極論をいえば、宝くじは、買わなければ、当たらない…

 そういうことだ…

 金をかけ、少しでも、将来、自分の役に立つ可能性があるのならば、本人が気づかずとも、面倒を見る…

 そういうことだろう…

 と、そこまで、考えて、気付いた…

 米倉平造の狙い、をだ…

 米倉平造は、最初、五井の関連会社の株を、五井の傍流の一族から買ったと言っていた…

 しかしながら、結果的には、五井情報を手に入れた…

 五井情報は、五井の直接の基幹産業ではないが、五井物産の子会社であり、将来、有望な会社であることは、誰の目にもわかる…

 その五井情報を手に入れたということは、親会社の五井物産の株を持つ、五井一族、いや、五井本家となんらかの取引をした可能性が高い…

 そうでなければ、米倉平造が、五井情報を手に入れられるはずがないからだ…

 そして、その取引の内容とは?

 私が、考えていると、ナオキが、

 「…米倉平造は、その奇跡を起こしたということさ…」

 と、笑った…

 「…どういうこと?…」

 「…五井南家…南家に本家側に立ってもらう道筋をつけた…その見返りに、本家側が、影響力を持つ、五井物産の子会社である、五井物産を米倉平造に格安で、売らざるを得なくなった…」

 「…」

 「…要するに、米倉平造は、五井本家に、恩を売ったわけだ…その見返りに、五井情報を、格安で、譲ってもらった…米倉の最初からの目的は、五井情報にあったんだ…」

 驚いた…

 驚愕した…

 まさか、最初から、米倉平造が、五井情報を狙っているとは、思わなかった…

 「…五井情報は、五井物産の子会社…そして、五井物産は、五井本家の力が強い…最初から、交渉条件として、五井情報の取得を米倉は狙ってたんだと思う…」

 「…最初から?…」

 「…あの手の男は、情報収集に余念がないよ…バカじゃないから、最初から、狙いはつけとく…そして、自分の身の引き方もね…」

 「…どういうこと?…」

 「…最初から、ここまでと決めて、それを達成したら、迷わず、手を引く…戦争じゃないが、大勝ちをすれば、実は、もっといけるんじゃないかと、誰もが考える…でも、それは、やめて、あえて、当初の予定通りに、する…なかなか、できることじゃない…」

 「…ナオキ…今の話、誰から、聞いたの? … もしかして?…」

 「…そのもしかしてさ…」

 「…諏訪野伸明さん?…」

 「…その通り…今日、電話で、話した…」

 その言葉に、驚きは、なかった…

 ナオキが、ここまで、五井の内情を知っているわけがない…

 誰か、五井の内情に詳しい人間に、裏話を聞いたと思えばいい…

 そして、この藤原ナオキが、もっとも、その裏話を聞ける相手が、諏訪野伸明だった…

 藤原ナオキと、諏訪野伸明は、ウマがあうというか…

 傍から見ていても、気が合うのが、わかった…

 だから、ナオキは、諏訪野伸明から、情報を得たと思った…

 また、もし、諏訪野伸明でなければ、情報を得るのは、諏訪野マミ以外しか、思い浮かばなかった…

 が、

 ナオキは、諏訪野マミが苦手…

 以前、雑誌の対談で、ナオキは、諏訪野マミと知り合い、諏訪野マミは、一方的に、ナオキに交際を宣言した…

 本当は、諏訪野マミの狙いは、菊池リン同様、私だったが、そんなことは、当時、わからなかった…

 五井一族の血を引くかもしれない私が目当てであり、諏訪野伸明と交際することで、伸明の秘書である、私に近付けると、踏んだのだ…

 そういった事情で、諏訪野マミは、一方的にナオキに交際宣言をして、近付こうとしたが、それは、裏目に出た…

 なぜなら、ナオキは、基本的にオタク…

 内気だ…

 だから、自分にグイグイ来る女は、苦手だった…

 おとなしい藤原ナオキは、基本的に、同じようにおとなしい女が好き…

 自分にグイグイ来る積極的な女は、大の苦手だった…

 だから、ナオキが、諏訪野マミに連絡するはずがない…

 だとすれば、ナオキに他に親しい五井家の人間はいない…

 菊池冬馬とは、面識があるか、どうも、怪しいぐらいだ…

 私は、考える…

 だから、ナオキが、諏訪野伸明から、情報を得たのは、ある意味、当たり前だった…

 当たり前の出来事だった…

 が、

 その伸明と私は、まだ、正式に別れてない…

 少なくとも、形では、別れてない…

 私は、病院に入院中だったし、諏訪野伸明は、五井家の内紛や、仕事で、忙しかったから、最近は会うこともできなかった…

 だから、私としては、諏訪野マミや、菊池冬馬、菊池リンの話からも、自分から、身を引くつもりだったが、肝心の伸明は、どう考えているか、わからない…

 文字通り、謎だった…

 一体、伸明は、どう考えているのだろう?

 眼前の藤原ナオキは、当たり前だが、今日、諏訪野伸明と、話した以上、当然、私のことも、話したはずだ…

 一体、伸明は、私のことを、どう言ったのだろう?

 聞きたくなった…

 「…ナオキ…伸明さんは、私のことを…」

 私が言うと、ナオキが、私の言葉を遮った…

 「…当然、言ったさ…」

 ナオキが、ニヤリとした…

 「…一体、なんて?…」

 私が、力なく聞くと、

 「…綾乃さんは、ひどい女だ…こんなにも、ボクが、悩んでいるのに、電話の一本も寄こさないと、嘆いていたよ…」

 「…本当?…」

 「…ウソ…」

 ナオキが、笑った…

 私は、唖然として、ナオキを見た…

 まさか、こんな場面で、冗談を言うとは、思わなかった…

 なにより、頭に来た…

 私が、今、もっとも、心を悩ませてることで、冗談を言われるとは、思わなかったからだ…

 「…ナオキ…アナタ、ひどい人ね…」

 「…どうして?…」

 「…私が、こんなにも、悩んでいるのに、私をからかって…」

 私が、不満をぶつけると、

 「…悩んでいるのは、諏訪野さんも、同じだ…」

 と、ナオキが、言った…

 「…綾乃さんも、大変だが、諏訪野さんも、大変だ…だけど、どんなに大変でも、連絡ぐらいは、取った方がいい…そうしないと、色々、誤解が生じる…」

 「…でも、伸明さんは、忙しいだろうから…」

 「…それでも、電話一本、メール一本を送れば、相手が、自分を忘れてないことが、わかる…」

 「…それは、そうだけど…」

 「…どうして? …綾乃さんから、連絡をできないわけでもあるの?…」

 「…私が、伸明さんに、連絡を取るのは、迷惑でしょ?…」

 「…どうして、迷惑なの?…」

 「…だって、五井の内紛…私が、伸明さんの傍にいちゃいけない…伸明さんには、もっとふさわしいひとがいる…」

 「…でも、それは、諏訪野さんが、綾乃さんに、言ったことでも、なんでも、ないでしょ?…」

 「…それは、そうだけど…」

 「…とにかく、会って、話してみることだよ…そうでなければ、互いに誤解が生じる…」

 私は、ナオキの言葉に、

 「…」

 と、答えられなかった…

 ナオキの言うことは、わかるが、これ以上、伸明に、私が、関わることは、彼にとって、良くないと、思ったのだ…

 「…諏訪野さん…今度、この家にやって来るよ…」

 思いがけない言葉を、ナオキが、言った…

 「…今日、電話で、話した…」

 私は、驚きで、目を丸くした…

 文字通り、絶句した…

                 
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