第47話
文字数 8,544文字
…五井情報…
私は、その会社の名前は知らなかったが、五井の関連会社であることは、その会社の名前に五井の冠=名がついているので、わかった…
そして、五井情報は、五井物産の子会社であることを知った…
…仕掛けてきた…
私は、とっさに思った…
米倉平造の狙いが、わかった…
最初、米倉は、五井の関連会社の株を買ったと、聞いた…
五井の力のない分家の人間から、株を買い、自分の会社に組み込むと思った…
見せかけた…
が、
それは、フェイクだった…
その証拠に、一定数の株を買っても、その後、その会社の株を買いますことは、なかった…
狙いは、別にあったのだ…
いわば、陽動作戦…
私が、以前、思ったように、米倉平造は、本来の狙いを隠すべく、わざと、他の五井の会社に狙いを定めたように、見せかけたのだ…
やはり、噂通り、したたかな男だった…
そして、気付いた…
あの菊池リンの電話の意味、をだ…
おそらく、私の予想通り、菊池リンは、米倉平造に頼まれて、私に、電話をした…
私に、諏訪野伸明から、手を引いてもらいたいためだ…
そして、同時に、五井南家の血を引く、佐藤ナナを、五井本家に嫁がせる…
そうすることで、今回の五井の騒動に終止符を打つことができる…
伸明を頂点とする、五井本家が、本家に歯向かう他の分家の動きを封じることができるからだ…
つまりは、すでに、わかっているように、五井南家の背後に、米倉平造がいる…
五井情報は、五井物産の子会社…
それを、米倉平造が手に入れたということは、通常ありえない…
だから、普通に考えれば、五井本家と、なんらかの取引をしたに違いない…
五井情報は、非上場で、株は、すべて、五井物産が、持っている…
おそらく、米倉平造は、五井の関連会社で、非上場で、力のある企業、将来性のある企業を狙っていたに違いない…
非上場の方が、株の売り買いに、便利だからだ…
株式が、一般に公開してない以上、その会社の株を全額購入すれば、容易に、自分のものにできる…
そのメリットがある…
だから、米倉平造が目をつけたのは、わかるが、米倉平造が、どういう条件で、五井情報の株を譲り受けたか、わからない…
五井南家が、本家の側に立つことで、五井の内紛を終息させる…
それは、わかる…
だが、五井一族でもない、米倉平造に、なにができるのか?
それが、わからない…
が、
結果だけ見れば、明らかに、米倉の勝ち…
米倉は、五井情報を手に入れた…
これは、一体、どういうことか?
わからない…
考え込んだ…
そして、それは、夜になって、藤原ナオキが、家に帰ってきて、わかった…
私は、ナオキに、会うと開口一番、聞いた…
「…ナオキ…今日、ニュースで見たけど、五井情報が、米倉の大日グループに売却されるって…」
「…ああ、今日は、その話で、持ちきりさ…」
ナオキが、疲れ切ったように、言った…
「…とにかく、今日は疲れた…風呂に入って、出てから、一杯やりながら、話そう…」
ナオキが言ったので、私は、ナオキが、風呂から出るのを、待つことにした…
私は、ダイニングで、ナオキが風呂から、出るのを待った…
その間、さまざまなことが、脳裏に浮かんだが、私は、あえて、考えないことにした…
考えれば、切りがないからだ…
だから、あえて、明日、なにを食べようとか、どうでも、いいことを、考えることにした…
まだ、退院したばかりの身だから、本当は、たいして、食べれない…
だが、なにを食べたいとか、どうでもいいことを、わざと考えることで、五井のこと、米倉のことを、考えることはなくなったからだ…
そんなことを、考えている間に、ナオキが、風呂から出てきた…
私は、本当は、一刻も早く、ナオキから、話を聞きたかったが、あえて、自分からは、なにも言わなかった…
ナオキが、自分から、話し出すのを、待った…
ナオキは、風呂上りのビールをおいしそうに飲みながら、
「…準備OK…」
と、言った…
「…さあ、綾乃さん、なんでも聞いてくれ…」
私は、なにを聞くべきか、迷ったが、まずは、
{…米倉は…米倉平造の目的はなに?…}
と、聞いた…
なにより、そのことが知りたかった…
米倉は、五井情報を手に入れた…
それが、最初から、米倉平造の目的だったか、どうか、怪しいからだ…
私の質問に、ナオキは、ちょっと、考え込んでから、
「…米倉はハイエナだ…」
と、断言した…
「…ハイエナ…それは、どういう?…」
「…米倉平造は、自分が手に入れることができる企業を片っ端から、調べている…それは、業種も業界も関係ない…将来、有望で、いずれは、大きく化ける企業を狙っている…」
「…」
「…今回は、たまたま、それが、五井の関連会社だっただけだ…」
「…」
「…米倉平造は、五井にターゲットを絞った…それは、五井が団結力が弱いことを、知っていたからだが、それより、なにより、菊池重方(しげかた)氏と、知り合ったことが大きい…」
「…菊池重方(しげかた)…菊池冬馬のお父様…」
「…そう…彼と知り合い…さまざまな情報を手に入れた…いや、情報だけではない…人脈も、だ…」
「…人脈?…」
「…米倉平造は、五井家の主だった人間とは、場を作って、話したと言う…当たり前だが、誰かが、間に入らなければ、会ってはくれない…菊池重方(しげかた)氏は、それにうってつけの人物だった…」
言われてみれば、当たり前だった…
菊池リンとの会話で、すでに、米倉平造は、五井家の主だった人間には、会ったと言っていた…
それには、当然、介在する人間が、必要…
その介在する人間は、当然、五井家の人間…
五井家の人間に会うのは、五井家の人間に紹介してもらうのが、一番…
だから、本当は、菊池リンでも、諏訪野マミでも、菊池冬馬でも、構わない…
だが、その三人は、皆、若い…
諏訪野マミは、35歳…
菊池冬馬は、私と同じ32歳…
そして、菊池リンに至っては、まだ大学を卒業したばかりの23歳だ…
この三人の若さでは、仲介者として、不適格…
若すぎる…
それに比べ、菊池重方(しげかた)は、60代半ばだから、十分な年齢だ…
国会議員もしており、箔がついている…
だから、同じ一族でも、まさに仲介者に打ってつけだ…
私は、思った…
思いながらも、その点に気付かなかった、己の未熟さを思った…
考えれば、当然…
当たり前のことだ…
なにより、尾羽打ち枯らした=落ちぶれた重方(しげかた)は、利用できる…
重方(しげかた)は、五井家を追放になった身…
落ちぶれた人間は、藁をもつかむ…
困った人間は、藁をもつかむ…
米倉平造は、それを狙ったのだろう…
私は、ようやく気付いた…
「…米倉平造は、菊池重方(しげかた)の後ろ盾になり、さまざまなことを、重方(しげかた)から、聞きだした…その一つが、五井南家の血筋を持つ者が、ベトナムにいるかもしれないという噂だ…」
「…ベトナム?…」
「…そう…ベトナムだ…五井南家の人間が、ベトナムで、女遊びをして、現地に子供を作った…その噂を聞き込んで、米倉平造は、現地に顔を聞く、友人、知人を探して、佐藤ナナを探し出した…」
私は、その話を聞きながら、おかしいと、思った…
それでは、遅すぎる…
菊池重方(しげかた)が、五井家を追放されてから、佐藤ナナを探し出したのでは、遅すぎる…
辻褄が合わない…
なぜなら、佐藤ナナは、私が、五井記念病院に入院したときの担当看護師…
まだ、今回の五井の騒動が起きる前から、いた…
ということは、どうだ?
米倉平造は、すでに、今回の騒動が起きる前から、佐藤ナナに目をつけていたということか?
いや、
そうではない…
すでに、佐藤ナナが、五井記念病院に勤務するという事実が、すべてを現わしているのではないか?
どういうことかというと、すでに、佐藤ナナの正体を知り、佐藤ナナを、五井記念病院に、看護師として受け入れた…
そういうことだ…
そして、肝心の佐藤ナナ本人は、おそらく、なにも知らない…
自分が、五井家に縁のある人間であることを、知らないに違いない…
知っていれば、諏訪野伸明や、藤原ナオキと知り合いであった、私を妬まない…
二人の有名人というか、著名人というか、お金持ちと知り合いである、私を、佐藤ナナは、羨ましがった…
もっとも、佐藤ナナから、すれば、それは、当たり前…
いや、佐藤ナナに限らず、誰もが、彼女の立場ならば、私を羨むに違いない…
私にしても、同じ立場ならば、私を羨んだ…
ただ、それを口にするか否か…
態度に示すか、否かの違いだ…
佐藤ナナは、それを口にした…
が、
それが、全然、嫌ではなかった…
それは、おそらく、佐藤ナナの人柄だろう…
ベトナム人とのハーフゆえに、色は、褐色で浅黒いが、目鼻立ちが整った美人で、なにより、派手だった…
純粋な日本人にはない、華やかさがあった…
だから、羨むことを、口にしても、全然嫌ではなかったし、むしろ、好感が、持てた…
純粋な日本人ではないから、素直に、自分の感情を口にしたと、思ったのだ…
そんな佐藤ナナが、演技をしているとは、思えなかった…
だから、絶対に、佐藤ナナが、自分が五井家に縁のある人間だと、知っていたとは、考えにくい…
そう考えると、きっと、彼女の正体を知った人間が、あらかじめ、すべて、お膳立てしたということになる…
そして、もしかしたら、それが、米倉平造なのかもしれない…
私は、思った…
私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん…どうしたの?…」
と、聞いた…
私は、
「…ナオキの話を聞きながら、米倉平造が、佐藤ナナさんに目を付けたのは、いつなのか? と、考えたの?…」
「…いつ? …それは、どういう?…」
「…彼女は、五井記念病院で、私に担当看護師だった…でも、それは、偶然じゃない…五井記念病院の菊池冬馬理事長を通じて、佐藤ナナを、私の担当にしたに決まっている…私の担当になることで、諏訪野伸明を筆頭とした五井家の人間と知り合いになれる…それを狙ったんだと思う…」
「…」
「…そして、もっと言えば、米倉平造が、佐藤ナナに目をつけたのは、いつなのか? ということ…ベトナムにいたときに、すでに目をつけていて、うまく彼女の周囲にいる人間を使って、日本に看護師として、やって来るように、お膳立てをしたというか、道を作ったと考えても、おかしくはない…」
私の言葉に、ナオキは、考え込んだ…
「…つまり、綾乃さんは、時間をかけて、ずっと前から、米倉平造は、今回の件を仕組んでいたと…」
「…そう考えるのが、正しいんじゃ…私が入院した病院の担当看護師が、偶然、五井南家に縁のある人間だったなんて、でき過ぎでしょ? そんな偶然は、世の中にあるけど、これは、偶然とは、思えない…」
「…たしかに…」
ナオキは、頷いた…
「…世の中に、偶然はある…でも、やはり、そう偶然が続くとは、思えない…綾乃さんの入院した病院の看護師が、五井家に関係がある人間だったなんて、普通は、考えられない…わざと、したに決まっている…」
「…でしょ?…」
「…おそらく、手品の種だと思う…」
「…どういう意味?…」
「…手品師=マジシャンは、いつも、自分の身の回りに、手品の種を仕込んでいる…マジシャンは、誰かに会えば、いつも、手品を見せてと、せがまれるからね…それと同じで、あの米倉平造は、あらゆるところに、アンテナを張り、もし、役に立てば、と、用意しているんだと思う…」
「…どういう意味?…」
「…たとえば、ベトナムで、五井の血を引く佐藤ナナさんを見つけたとする…でも、それが、将来、なんの役に立つか、わからない…でも、例えば、そのまま、ベトナムで、埋もれさせるのは、なんだから、うまく周囲の者に、日本に行って、看護師の資格を取れば、いいと勧めさせる…」
「…」
「…そして、今回のように、五井に混乱が起きれば、うまく利用できる…つまり、仕事のアイデアじゃないが、とりあえず、唾をつけとくというか…将来、役に立つか、どうか、わからないものでも、手をつけとくというか…きっと、その中でも、実際、役に立つものは、百に一つかもしれない…でも、手を打っておけば、なにかの役に立つかもしれない…そういうことだと思う…」
「…偶然は、偶然には、起きないということ?…」
「…その通り…いかに、奇跡を望んでも、奇跡は起きない…奇跡を起こすために、あらかじめ、手を打っているんだと思う…」
私は、ナオキの言葉に、文字通り、考え込んだ…
おそらく、ナオキの言う通りだろう…
偶然、佐藤ナナが、私の担当看護師になるわけはないし、偶然、佐藤ナナが、看護師を志願して、日本にやって来るわけもない…
あらかじめ、誰かが、その道を作った…
そして、仮に、その道を作って、費用を負担したとしても、将来、佐藤ナナが、自分の役に立つか、どうかは、わからない…
その点では、アイドルと似ている…
私は、とっさに、思った…
事務所に所属させ、金をかけて、アイドルとして、売り出しても、人気が出るか、どうかは、わからない…
だが、売り出すには、当然、莫大なお金がかかる…
売り出す人間は、とりあえず、自分の目で見て、将来、売れるであろうと、考え、売り出す…
しかし、実際は、売れるか、どうかは、わからない…
それと似ている…
おそらく、米倉平造もまた、同じように、どこかで、将来、自分の役に立つかもしれない人間に、金を援助したり、しているのだろう…
その中で、役に立つものは、稀だけれども、たとえば、百人に一人は、役に立つ…
そう思っているのだろう…
仕事でも、なんでも、やってみて、ものになるのは、案外数えるほど、少ないものだ…
極論をいえば、宝くじは、買わなければ、当たらない…
そういうことだ…
金をかけ、少しでも、将来、自分の役に立つ可能性があるのならば、本人が気づかずとも、面倒を見る…
そういうことだろう…
と、そこまで、考えて、気付いた…
米倉平造の狙い、をだ…
米倉平造は、最初、五井の関連会社の株を、五井の傍流の一族から買ったと言っていた…
しかしながら、結果的には、五井情報を手に入れた…
五井情報は、五井の直接の基幹産業ではないが、五井物産の子会社であり、将来、有望な会社であることは、誰の目にもわかる…
その五井情報を手に入れたということは、親会社の五井物産の株を持つ、五井一族、いや、五井本家となんらかの取引をした可能性が高い…
そうでなければ、米倉平造が、五井情報を手に入れられるはずがないからだ…
そして、その取引の内容とは?
私が、考えていると、ナオキが、
「…米倉平造は、その奇跡を起こしたということさ…」
と、笑った…
「…どういうこと?…」
「…五井南家…南家に本家側に立ってもらう道筋をつけた…その見返りに、本家側が、影響力を持つ、五井物産の子会社である、五井物産を米倉平造に格安で、売らざるを得なくなった…」
「…」
「…要するに、米倉平造は、五井本家に、恩を売ったわけだ…その見返りに、五井情報を、格安で、譲ってもらった…米倉の最初からの目的は、五井情報にあったんだ…」
驚いた…
驚愕した…
まさか、最初から、米倉平造が、五井情報を狙っているとは、思わなかった…
「…五井情報は、五井物産の子会社…そして、五井物産は、五井本家の力が強い…最初から、交渉条件として、五井情報の取得を米倉は狙ってたんだと思う…」
「…最初から?…」
「…あの手の男は、情報収集に余念がないよ…バカじゃないから、最初から、狙いはつけとく…そして、自分の身の引き方もね…」
「…どういうこと?…」
「…最初から、ここまでと決めて、それを達成したら、迷わず、手を引く…戦争じゃないが、大勝ちをすれば、実は、もっといけるんじゃないかと、誰もが考える…でも、それは、やめて、あえて、当初の予定通りに、する…なかなか、できることじゃない…」
「…ナオキ…今の話、誰から、聞いたの? … もしかして?…」
「…そのもしかしてさ…」
「…諏訪野伸明さん?…」
「…その通り…今日、電話で、話した…」
その言葉に、驚きは、なかった…
ナオキが、ここまで、五井の内情を知っているわけがない…
誰か、五井の内情に詳しい人間に、裏話を聞いたと思えばいい…
そして、この藤原ナオキが、もっとも、その裏話を聞ける相手が、諏訪野伸明だった…
藤原ナオキと、諏訪野伸明は、ウマがあうというか…
傍から見ていても、気が合うのが、わかった…
だから、ナオキは、諏訪野伸明から、情報を得たと思った…
また、もし、諏訪野伸明でなければ、情報を得るのは、諏訪野マミ以外しか、思い浮かばなかった…
が、
ナオキは、諏訪野マミが苦手…
以前、雑誌の対談で、ナオキは、諏訪野マミと知り合い、諏訪野マミは、一方的に、ナオキに交際を宣言した…
本当は、諏訪野マミの狙いは、菊池リン同様、私だったが、そんなことは、当時、わからなかった…
五井一族の血を引くかもしれない私が目当てであり、諏訪野伸明と交際することで、伸明の秘書である、私に近付けると、踏んだのだ…
そういった事情で、諏訪野マミは、一方的にナオキに交際宣言をして、近付こうとしたが、それは、裏目に出た…
なぜなら、ナオキは、基本的にオタク…
内気だ…
だから、自分にグイグイ来る女は、苦手だった…
おとなしい藤原ナオキは、基本的に、同じようにおとなしい女が好き…
自分にグイグイ来る積極的な女は、大の苦手だった…
だから、ナオキが、諏訪野マミに連絡するはずがない…
だとすれば、ナオキに他に親しい五井家の人間はいない…
菊池冬馬とは、面識があるか、どうも、怪しいぐらいだ…
私は、考える…
だから、ナオキが、諏訪野伸明から、情報を得たのは、ある意味、当たり前だった…
当たり前の出来事だった…
が、
その伸明と私は、まだ、正式に別れてない…
少なくとも、形では、別れてない…
私は、病院に入院中だったし、諏訪野伸明は、五井家の内紛や、仕事で、忙しかったから、最近は会うこともできなかった…
だから、私としては、諏訪野マミや、菊池冬馬、菊池リンの話からも、自分から、身を引くつもりだったが、肝心の伸明は、どう考えているか、わからない…
文字通り、謎だった…
一体、伸明は、どう考えているのだろう?
眼前の藤原ナオキは、当たり前だが、今日、諏訪野伸明と、話した以上、当然、私のことも、話したはずだ…
一体、伸明は、私のことを、どう言ったのだろう?
聞きたくなった…
「…ナオキ…伸明さんは、私のことを…」
私が言うと、ナオキが、私の言葉を遮った…
「…当然、言ったさ…」
ナオキが、ニヤリとした…
「…一体、なんて?…」
私が、力なく聞くと、
「…綾乃さんは、ひどい女だ…こんなにも、ボクが、悩んでいるのに、電話の一本も寄こさないと、嘆いていたよ…」
「…本当?…」
「…ウソ…」
ナオキが、笑った…
私は、唖然として、ナオキを見た…
まさか、こんな場面で、冗談を言うとは、思わなかった…
なにより、頭に来た…
私が、今、もっとも、心を悩ませてることで、冗談を言われるとは、思わなかったからだ…
「…ナオキ…アナタ、ひどい人ね…」
「…どうして?…」
「…私が、こんなにも、悩んでいるのに、私をからかって…」
私が、不満をぶつけると、
「…悩んでいるのは、諏訪野さんも、同じだ…」
と、ナオキが、言った…
「…綾乃さんも、大変だが、諏訪野さんも、大変だ…だけど、どんなに大変でも、連絡ぐらいは、取った方がいい…そうしないと、色々、誤解が生じる…」
「…でも、伸明さんは、忙しいだろうから…」
「…それでも、電話一本、メール一本を送れば、相手が、自分を忘れてないことが、わかる…」
「…それは、そうだけど…」
「…どうして? …綾乃さんから、連絡をできないわけでもあるの?…」
「…私が、伸明さんに、連絡を取るのは、迷惑でしょ?…」
「…どうして、迷惑なの?…」
「…だって、五井の内紛…私が、伸明さんの傍にいちゃいけない…伸明さんには、もっとふさわしいひとがいる…」
「…でも、それは、諏訪野さんが、綾乃さんに、言ったことでも、なんでも、ないでしょ?…」
「…それは、そうだけど…」
「…とにかく、会って、話してみることだよ…そうでなければ、互いに誤解が生じる…」
私は、ナオキの言葉に、
「…」
と、答えられなかった…
ナオキの言うことは、わかるが、これ以上、伸明に、私が、関わることは、彼にとって、良くないと、思ったのだ…
「…諏訪野さん…今度、この家にやって来るよ…」
思いがけない言葉を、ナオキが、言った…
「…今日、電話で、話した…」
私は、驚きで、目を丸くした…
文字通り、絶句した…
私は、その会社の名前は知らなかったが、五井の関連会社であることは、その会社の名前に五井の冠=名がついているので、わかった…
そして、五井情報は、五井物産の子会社であることを知った…
…仕掛けてきた…
私は、とっさに思った…
米倉平造の狙いが、わかった…
最初、米倉は、五井の関連会社の株を買ったと、聞いた…
五井の力のない分家の人間から、株を買い、自分の会社に組み込むと思った…
見せかけた…
が、
それは、フェイクだった…
その証拠に、一定数の株を買っても、その後、その会社の株を買いますことは、なかった…
狙いは、別にあったのだ…
いわば、陽動作戦…
私が、以前、思ったように、米倉平造は、本来の狙いを隠すべく、わざと、他の五井の会社に狙いを定めたように、見せかけたのだ…
やはり、噂通り、したたかな男だった…
そして、気付いた…
あの菊池リンの電話の意味、をだ…
おそらく、私の予想通り、菊池リンは、米倉平造に頼まれて、私に、電話をした…
私に、諏訪野伸明から、手を引いてもらいたいためだ…
そして、同時に、五井南家の血を引く、佐藤ナナを、五井本家に嫁がせる…
そうすることで、今回の五井の騒動に終止符を打つことができる…
伸明を頂点とする、五井本家が、本家に歯向かう他の分家の動きを封じることができるからだ…
つまりは、すでに、わかっているように、五井南家の背後に、米倉平造がいる…
五井情報は、五井物産の子会社…
それを、米倉平造が手に入れたということは、通常ありえない…
だから、普通に考えれば、五井本家と、なんらかの取引をしたに違いない…
五井情報は、非上場で、株は、すべて、五井物産が、持っている…
おそらく、米倉平造は、五井の関連会社で、非上場で、力のある企業、将来性のある企業を狙っていたに違いない…
非上場の方が、株の売り買いに、便利だからだ…
株式が、一般に公開してない以上、その会社の株を全額購入すれば、容易に、自分のものにできる…
そのメリットがある…
だから、米倉平造が目をつけたのは、わかるが、米倉平造が、どういう条件で、五井情報の株を譲り受けたか、わからない…
五井南家が、本家の側に立つことで、五井の内紛を終息させる…
それは、わかる…
だが、五井一族でもない、米倉平造に、なにができるのか?
それが、わからない…
が、
結果だけ見れば、明らかに、米倉の勝ち…
米倉は、五井情報を手に入れた…
これは、一体、どういうことか?
わからない…
考え込んだ…
そして、それは、夜になって、藤原ナオキが、家に帰ってきて、わかった…
私は、ナオキに、会うと開口一番、聞いた…
「…ナオキ…今日、ニュースで見たけど、五井情報が、米倉の大日グループに売却されるって…」
「…ああ、今日は、その話で、持ちきりさ…」
ナオキが、疲れ切ったように、言った…
「…とにかく、今日は疲れた…風呂に入って、出てから、一杯やりながら、話そう…」
ナオキが言ったので、私は、ナオキが、風呂から出るのを、待つことにした…
私は、ダイニングで、ナオキが風呂から、出るのを待った…
その間、さまざまなことが、脳裏に浮かんだが、私は、あえて、考えないことにした…
考えれば、切りがないからだ…
だから、あえて、明日、なにを食べようとか、どうでも、いいことを、考えることにした…
まだ、退院したばかりの身だから、本当は、たいして、食べれない…
だが、なにを食べたいとか、どうでもいいことを、わざと考えることで、五井のこと、米倉のことを、考えることはなくなったからだ…
そんなことを、考えている間に、ナオキが、風呂から出てきた…
私は、本当は、一刻も早く、ナオキから、話を聞きたかったが、あえて、自分からは、なにも言わなかった…
ナオキが、自分から、話し出すのを、待った…
ナオキは、風呂上りのビールをおいしそうに飲みながら、
「…準備OK…」
と、言った…
「…さあ、綾乃さん、なんでも聞いてくれ…」
私は、なにを聞くべきか、迷ったが、まずは、
{…米倉は…米倉平造の目的はなに?…}
と、聞いた…
なにより、そのことが知りたかった…
米倉は、五井情報を手に入れた…
それが、最初から、米倉平造の目的だったか、どうか、怪しいからだ…
私の質問に、ナオキは、ちょっと、考え込んでから、
「…米倉はハイエナだ…」
と、断言した…
「…ハイエナ…それは、どういう?…」
「…米倉平造は、自分が手に入れることができる企業を片っ端から、調べている…それは、業種も業界も関係ない…将来、有望で、いずれは、大きく化ける企業を狙っている…」
「…」
「…今回は、たまたま、それが、五井の関連会社だっただけだ…」
「…」
「…米倉平造は、五井にターゲットを絞った…それは、五井が団結力が弱いことを、知っていたからだが、それより、なにより、菊池重方(しげかた)氏と、知り合ったことが大きい…」
「…菊池重方(しげかた)…菊池冬馬のお父様…」
「…そう…彼と知り合い…さまざまな情報を手に入れた…いや、情報だけではない…人脈も、だ…」
「…人脈?…」
「…米倉平造は、五井家の主だった人間とは、場を作って、話したと言う…当たり前だが、誰かが、間に入らなければ、会ってはくれない…菊池重方(しげかた)氏は、それにうってつけの人物だった…」
言われてみれば、当たり前だった…
菊池リンとの会話で、すでに、米倉平造は、五井家の主だった人間には、会ったと言っていた…
それには、当然、介在する人間が、必要…
その介在する人間は、当然、五井家の人間…
五井家の人間に会うのは、五井家の人間に紹介してもらうのが、一番…
だから、本当は、菊池リンでも、諏訪野マミでも、菊池冬馬でも、構わない…
だが、その三人は、皆、若い…
諏訪野マミは、35歳…
菊池冬馬は、私と同じ32歳…
そして、菊池リンに至っては、まだ大学を卒業したばかりの23歳だ…
この三人の若さでは、仲介者として、不適格…
若すぎる…
それに比べ、菊池重方(しげかた)は、60代半ばだから、十分な年齢だ…
国会議員もしており、箔がついている…
だから、同じ一族でも、まさに仲介者に打ってつけだ…
私は、思った…
思いながらも、その点に気付かなかった、己の未熟さを思った…
考えれば、当然…
当たり前のことだ…
なにより、尾羽打ち枯らした=落ちぶれた重方(しげかた)は、利用できる…
重方(しげかた)は、五井家を追放になった身…
落ちぶれた人間は、藁をもつかむ…
困った人間は、藁をもつかむ…
米倉平造は、それを狙ったのだろう…
私は、ようやく気付いた…
「…米倉平造は、菊池重方(しげかた)の後ろ盾になり、さまざまなことを、重方(しげかた)から、聞きだした…その一つが、五井南家の血筋を持つ者が、ベトナムにいるかもしれないという噂だ…」
「…ベトナム?…」
「…そう…ベトナムだ…五井南家の人間が、ベトナムで、女遊びをして、現地に子供を作った…その噂を聞き込んで、米倉平造は、現地に顔を聞く、友人、知人を探して、佐藤ナナを探し出した…」
私は、その話を聞きながら、おかしいと、思った…
それでは、遅すぎる…
菊池重方(しげかた)が、五井家を追放されてから、佐藤ナナを探し出したのでは、遅すぎる…
辻褄が合わない…
なぜなら、佐藤ナナは、私が、五井記念病院に入院したときの担当看護師…
まだ、今回の五井の騒動が起きる前から、いた…
ということは、どうだ?
米倉平造は、すでに、今回の騒動が起きる前から、佐藤ナナに目をつけていたということか?
いや、
そうではない…
すでに、佐藤ナナが、五井記念病院に勤務するという事実が、すべてを現わしているのではないか?
どういうことかというと、すでに、佐藤ナナの正体を知り、佐藤ナナを、五井記念病院に、看護師として受け入れた…
そういうことだ…
そして、肝心の佐藤ナナ本人は、おそらく、なにも知らない…
自分が、五井家に縁のある人間であることを、知らないに違いない…
知っていれば、諏訪野伸明や、藤原ナオキと知り合いであった、私を妬まない…
二人の有名人というか、著名人というか、お金持ちと知り合いである、私を、佐藤ナナは、羨ましがった…
もっとも、佐藤ナナから、すれば、それは、当たり前…
いや、佐藤ナナに限らず、誰もが、彼女の立場ならば、私を羨むに違いない…
私にしても、同じ立場ならば、私を羨んだ…
ただ、それを口にするか否か…
態度に示すか、否かの違いだ…
佐藤ナナは、それを口にした…
が、
それが、全然、嫌ではなかった…
それは、おそらく、佐藤ナナの人柄だろう…
ベトナム人とのハーフゆえに、色は、褐色で浅黒いが、目鼻立ちが整った美人で、なにより、派手だった…
純粋な日本人にはない、華やかさがあった…
だから、羨むことを、口にしても、全然嫌ではなかったし、むしろ、好感が、持てた…
純粋な日本人ではないから、素直に、自分の感情を口にしたと、思ったのだ…
そんな佐藤ナナが、演技をしているとは、思えなかった…
だから、絶対に、佐藤ナナが、自分が五井家に縁のある人間だと、知っていたとは、考えにくい…
そう考えると、きっと、彼女の正体を知った人間が、あらかじめ、すべて、お膳立てしたということになる…
そして、もしかしたら、それが、米倉平造なのかもしれない…
私は、思った…
私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん…どうしたの?…」
と、聞いた…
私は、
「…ナオキの話を聞きながら、米倉平造が、佐藤ナナさんに目を付けたのは、いつなのか? と、考えたの?…」
「…いつ? …それは、どういう?…」
「…彼女は、五井記念病院で、私に担当看護師だった…でも、それは、偶然じゃない…五井記念病院の菊池冬馬理事長を通じて、佐藤ナナを、私の担当にしたに決まっている…私の担当になることで、諏訪野伸明を筆頭とした五井家の人間と知り合いになれる…それを狙ったんだと思う…」
「…」
「…そして、もっと言えば、米倉平造が、佐藤ナナに目をつけたのは、いつなのか? ということ…ベトナムにいたときに、すでに目をつけていて、うまく彼女の周囲にいる人間を使って、日本に看護師として、やって来るように、お膳立てをしたというか、道を作ったと考えても、おかしくはない…」
私の言葉に、ナオキは、考え込んだ…
「…つまり、綾乃さんは、時間をかけて、ずっと前から、米倉平造は、今回の件を仕組んでいたと…」
「…そう考えるのが、正しいんじゃ…私が入院した病院の担当看護師が、偶然、五井南家に縁のある人間だったなんて、でき過ぎでしょ? そんな偶然は、世の中にあるけど、これは、偶然とは、思えない…」
「…たしかに…」
ナオキは、頷いた…
「…世の中に、偶然はある…でも、やはり、そう偶然が続くとは、思えない…綾乃さんの入院した病院の看護師が、五井家に関係がある人間だったなんて、普通は、考えられない…わざと、したに決まっている…」
「…でしょ?…」
「…おそらく、手品の種だと思う…」
「…どういう意味?…」
「…手品師=マジシャンは、いつも、自分の身の回りに、手品の種を仕込んでいる…マジシャンは、誰かに会えば、いつも、手品を見せてと、せがまれるからね…それと同じで、あの米倉平造は、あらゆるところに、アンテナを張り、もし、役に立てば、と、用意しているんだと思う…」
「…どういう意味?…」
「…たとえば、ベトナムで、五井の血を引く佐藤ナナさんを見つけたとする…でも、それが、将来、なんの役に立つか、わからない…でも、例えば、そのまま、ベトナムで、埋もれさせるのは、なんだから、うまく周囲の者に、日本に行って、看護師の資格を取れば、いいと勧めさせる…」
「…」
「…そして、今回のように、五井に混乱が起きれば、うまく利用できる…つまり、仕事のアイデアじゃないが、とりあえず、唾をつけとくというか…将来、役に立つか、どうか、わからないものでも、手をつけとくというか…きっと、その中でも、実際、役に立つものは、百に一つかもしれない…でも、手を打っておけば、なにかの役に立つかもしれない…そういうことだと思う…」
「…偶然は、偶然には、起きないということ?…」
「…その通り…いかに、奇跡を望んでも、奇跡は起きない…奇跡を起こすために、あらかじめ、手を打っているんだと思う…」
私は、ナオキの言葉に、文字通り、考え込んだ…
おそらく、ナオキの言う通りだろう…
偶然、佐藤ナナが、私の担当看護師になるわけはないし、偶然、佐藤ナナが、看護師を志願して、日本にやって来るわけもない…
あらかじめ、誰かが、その道を作った…
そして、仮に、その道を作って、費用を負担したとしても、将来、佐藤ナナが、自分の役に立つか、どうかは、わからない…
その点では、アイドルと似ている…
私は、とっさに、思った…
事務所に所属させ、金をかけて、アイドルとして、売り出しても、人気が出るか、どうかは、わからない…
だが、売り出すには、当然、莫大なお金がかかる…
売り出す人間は、とりあえず、自分の目で見て、将来、売れるであろうと、考え、売り出す…
しかし、実際は、売れるか、どうかは、わからない…
それと似ている…
おそらく、米倉平造もまた、同じように、どこかで、将来、自分の役に立つかもしれない人間に、金を援助したり、しているのだろう…
その中で、役に立つものは、稀だけれども、たとえば、百人に一人は、役に立つ…
そう思っているのだろう…
仕事でも、なんでも、やってみて、ものになるのは、案外数えるほど、少ないものだ…
極論をいえば、宝くじは、買わなければ、当たらない…
そういうことだ…
金をかけ、少しでも、将来、自分の役に立つ可能性があるのならば、本人が気づかずとも、面倒を見る…
そういうことだろう…
と、そこまで、考えて、気付いた…
米倉平造の狙い、をだ…
米倉平造は、最初、五井の関連会社の株を、五井の傍流の一族から買ったと言っていた…
しかしながら、結果的には、五井情報を手に入れた…
五井情報は、五井の直接の基幹産業ではないが、五井物産の子会社であり、将来、有望な会社であることは、誰の目にもわかる…
その五井情報を手に入れたということは、親会社の五井物産の株を持つ、五井一族、いや、五井本家となんらかの取引をした可能性が高い…
そうでなければ、米倉平造が、五井情報を手に入れられるはずがないからだ…
そして、その取引の内容とは?
私が、考えていると、ナオキが、
「…米倉平造は、その奇跡を起こしたということさ…」
と、笑った…
「…どういうこと?…」
「…五井南家…南家に本家側に立ってもらう道筋をつけた…その見返りに、本家側が、影響力を持つ、五井物産の子会社である、五井物産を米倉平造に格安で、売らざるを得なくなった…」
「…」
「…要するに、米倉平造は、五井本家に、恩を売ったわけだ…その見返りに、五井情報を、格安で、譲ってもらった…米倉の最初からの目的は、五井情報にあったんだ…」
驚いた…
驚愕した…
まさか、最初から、米倉平造が、五井情報を狙っているとは、思わなかった…
「…五井情報は、五井物産の子会社…そして、五井物産は、五井本家の力が強い…最初から、交渉条件として、五井情報の取得を米倉は狙ってたんだと思う…」
「…最初から?…」
「…あの手の男は、情報収集に余念がないよ…バカじゃないから、最初から、狙いはつけとく…そして、自分の身の引き方もね…」
「…どういうこと?…」
「…最初から、ここまでと決めて、それを達成したら、迷わず、手を引く…戦争じゃないが、大勝ちをすれば、実は、もっといけるんじゃないかと、誰もが考える…でも、それは、やめて、あえて、当初の予定通りに、する…なかなか、できることじゃない…」
「…ナオキ…今の話、誰から、聞いたの? … もしかして?…」
「…そのもしかしてさ…」
「…諏訪野伸明さん?…」
「…その通り…今日、電話で、話した…」
その言葉に、驚きは、なかった…
ナオキが、ここまで、五井の内情を知っているわけがない…
誰か、五井の内情に詳しい人間に、裏話を聞いたと思えばいい…
そして、この藤原ナオキが、もっとも、その裏話を聞ける相手が、諏訪野伸明だった…
藤原ナオキと、諏訪野伸明は、ウマがあうというか…
傍から見ていても、気が合うのが、わかった…
だから、ナオキは、諏訪野伸明から、情報を得たと思った…
また、もし、諏訪野伸明でなければ、情報を得るのは、諏訪野マミ以外しか、思い浮かばなかった…
が、
ナオキは、諏訪野マミが苦手…
以前、雑誌の対談で、ナオキは、諏訪野マミと知り合い、諏訪野マミは、一方的に、ナオキに交際を宣言した…
本当は、諏訪野マミの狙いは、菊池リン同様、私だったが、そんなことは、当時、わからなかった…
五井一族の血を引くかもしれない私が目当てであり、諏訪野伸明と交際することで、伸明の秘書である、私に近付けると、踏んだのだ…
そういった事情で、諏訪野マミは、一方的にナオキに交際宣言をして、近付こうとしたが、それは、裏目に出た…
なぜなら、ナオキは、基本的にオタク…
内気だ…
だから、自分にグイグイ来る女は、苦手だった…
おとなしい藤原ナオキは、基本的に、同じようにおとなしい女が好き…
自分にグイグイ来る積極的な女は、大の苦手だった…
だから、ナオキが、諏訪野マミに連絡するはずがない…
だとすれば、ナオキに他に親しい五井家の人間はいない…
菊池冬馬とは、面識があるか、どうも、怪しいぐらいだ…
私は、考える…
だから、ナオキが、諏訪野伸明から、情報を得たのは、ある意味、当たり前だった…
当たり前の出来事だった…
が、
その伸明と私は、まだ、正式に別れてない…
少なくとも、形では、別れてない…
私は、病院に入院中だったし、諏訪野伸明は、五井家の内紛や、仕事で、忙しかったから、最近は会うこともできなかった…
だから、私としては、諏訪野マミや、菊池冬馬、菊池リンの話からも、自分から、身を引くつもりだったが、肝心の伸明は、どう考えているか、わからない…
文字通り、謎だった…
一体、伸明は、どう考えているのだろう?
眼前の藤原ナオキは、当たり前だが、今日、諏訪野伸明と、話した以上、当然、私のことも、話したはずだ…
一体、伸明は、私のことを、どう言ったのだろう?
聞きたくなった…
「…ナオキ…伸明さんは、私のことを…」
私が言うと、ナオキが、私の言葉を遮った…
「…当然、言ったさ…」
ナオキが、ニヤリとした…
「…一体、なんて?…」
私が、力なく聞くと、
「…綾乃さんは、ひどい女だ…こんなにも、ボクが、悩んでいるのに、電話の一本も寄こさないと、嘆いていたよ…」
「…本当?…」
「…ウソ…」
ナオキが、笑った…
私は、唖然として、ナオキを見た…
まさか、こんな場面で、冗談を言うとは、思わなかった…
なにより、頭に来た…
私が、今、もっとも、心を悩ませてることで、冗談を言われるとは、思わなかったからだ…
「…ナオキ…アナタ、ひどい人ね…」
「…どうして?…」
「…私が、こんなにも、悩んでいるのに、私をからかって…」
私が、不満をぶつけると、
「…悩んでいるのは、諏訪野さんも、同じだ…」
と、ナオキが、言った…
「…綾乃さんも、大変だが、諏訪野さんも、大変だ…だけど、どんなに大変でも、連絡ぐらいは、取った方がいい…そうしないと、色々、誤解が生じる…」
「…でも、伸明さんは、忙しいだろうから…」
「…それでも、電話一本、メール一本を送れば、相手が、自分を忘れてないことが、わかる…」
「…それは、そうだけど…」
「…どうして? …綾乃さんから、連絡をできないわけでもあるの?…」
「…私が、伸明さんに、連絡を取るのは、迷惑でしょ?…」
「…どうして、迷惑なの?…」
「…だって、五井の内紛…私が、伸明さんの傍にいちゃいけない…伸明さんには、もっとふさわしいひとがいる…」
「…でも、それは、諏訪野さんが、綾乃さんに、言ったことでも、なんでも、ないでしょ?…」
「…それは、そうだけど…」
「…とにかく、会って、話してみることだよ…そうでなければ、互いに誤解が生じる…」
私は、ナオキの言葉に、
「…」
と、答えられなかった…
ナオキの言うことは、わかるが、これ以上、伸明に、私が、関わることは、彼にとって、良くないと、思ったのだ…
「…諏訪野さん…今度、この家にやって来るよ…」
思いがけない言葉を、ナオキが、言った…
「…今日、電話で、話した…」
私は、驚きで、目を丸くした…
文字通り、絶句した…