第45話

文字数 8,010文字

 寿綾乃…

 思えば、この名前で、生きて、すでに人生の半分を占めた…

 最初は、この名前が嫌だった…

 本物の寿綾乃を知っていたからだ…

 それゆえ、寿綾乃になりすます自分が嫌だった…

 だから、それまでと、違い、誰も私を知らない地で、寿綾乃として生きた…

 すると、当たり前だが、誰もが、私を寿綾乃と思って接する…

 すると、名前の無意味さを、思った…

 どんな名前でも、変わらない…

 私が、山田花子でも、なにも、変わらない(笑)…

 名前が、ただのナンバーと同じに思えた…

 ただ、他人と区別するために、あるに、過ぎない…

 それを、考えると、寿綾乃でも、矢代綾子でも同じと思った…

 名前に、意味はない…

 あるのは、ただ、他人と区別するためのもの…

 刑務所の囚人の番号と同じだ(笑)…

 それと、似たように、本当は、お金持ちで、あるとか、ないとかも、同じだと思った…

 本当は、その人間を評価するのに、お金持ちか、否かは、関係ない…

 たとえば、学校で、勉強ができたり、スポーツができたり、するのが、能力であり、それが、評価であるはずだ…

 あとは、外見…

 美人や、イケメンに生まれたり、背が高く、生まれたりして、異性にモテる…

 あるいは、真逆に、ルックスが、悪く、背も低く、生まれ、異性にモテない…

 それも、評価…

 そして、中身=性格…

 面白かったり、話題が豊富だったり、真逆に、いつも他人の悪口を言ったり…

 それで、中身=性格がいいか、悪いか、判断する…

これも、評価だ…

 なにを言いたいかといえば、諏訪野伸明は、そんな評価をしてもらいたいのでは?

 と、思った…

 自分が、お金持ちであることは、忘れて、素の部分で、評価してもらいたいのでは?

 そう、気付いた…

 これは、おそらく、お金持ちゆえの悩み…

 自分が、お金持ちであるがゆえに、異性にモテたりすることが、嫌だったのでは?

 そう、思った…

 そういえば、以前、これとは、真逆のことを、諏訪野伸明は、私に言ったことがある…

 いわく、

 「…若い頃に、ボロいクルマに乗れば、金持ちのくせに、わざと、あんなボロいクルマに乗って…」

 と、嫌みを言われ、

 真逆に、

 「…高級車に乗れば、お金持ちであることを、ひけらかして…」

 と、嫌みを言われる…

 要するに、なにをしても、気に入らない…

 文句を言われる…

 そして、それは、諏訪野伸明自身のキャラクターや、能力とは、一切関係がない…

 ただ、単純に、諏訪野伸明が、金持ちであることが、気に入らないのだ…

 自分より、はるかに、金持ちの家に生まれたことが気に入らないのだ…

 それは、なぜか?

 突き詰めて考えれば、それは、嫉妬に他ならない…

 人間は、嫉妬の生き物…

 ルックスでも、勉強でも、お金持ちでも、自分が、手が届かないものを、持っている人間には、嫉妬する人間が多い…

 学生のうちは、いざ知らず、社会人になっても、アイツは、東大を出てと、周囲のものが、妬む話を聞くことは、枚挙にいとまがない…

 要するに、コンプレックスだ…

 自分にないものを、持っているのが、羨ましいのだ…

 だから、邪魔をしたり、嫌がらせをしたり、しようとする…

 が、

 それをしても、会社でも、学校でも、逆転は、まずない…

 これが、現実…

 頭がいい人間が、頭の悪い人間が、数多くいる職場に配属されれば、大抵は、遅かれ早かれ、会社を辞めるし、残った、頭の悪い人間は、景気が悪くなれば、すぐにリストラされる…

 誰が見ても、評価は、同じだからだ…

 例外は、ほぼないに違いない…

 それと、同じで、諏訪野伸明は、ただ、自分だけで、評価してもらいたかったのでは?

 今さらながら、思った…

 金持ちであることは、除いて、五井家の一員ではない、ただの諏訪野伸明として、見てもらいたかったのでは?

 と、気付いた…

 だったら、さっき言った、

 「…若い頃に、ボロいクルマに乗れば、金持ちのくせに、わざと、あんなボロいクルマに乗って…」

 と、嫌みを言われ、

 真逆に、

 「…高級車に乗れば、お金持ちであることを、ひけらかして…」

 と、嫌みを言われる…

 これは、なんなのかと、思ったが、冷静に考えると、これは、悪口だから、覚えているのだろうと、気付いた…

 誰でも、そうだが、嬉しいことよりも、辛い経験をした方が、覚えているものだ…

 諏訪野伸明のように、長身のイケメンであれば、女にモテるのは、当たり前…

 女にモテたことよりも、友人、知人に、金持ちだからと、悪口を言われた経験の方が、強く、心に残っているに違いない…

 要するに、

 「…諏訪野クン…カッコイイ…」

 と、学生時代に言われた記憶より、

 「…あの野郎…金持ちアピールしやがって…」

 と、言われた記憶の方が、強く心に残っているに違いない…

 私は、そう思った…

 そして、今さらながら、何度も言うことだが、私が、すでに、癌に冒され、そう長く生きれないと、覚悟していたゆえに、諏訪野伸明が、お金持ちでも、忖度しなかった…

 それゆえ、伸明は、私を気に入ったのだろう…

 素の伸明を、私が見てくれたと、思って、嬉しかったのだろう…

 と、思った…

 それが、私が、五井記念病院に入院して、思ったよりも、長く生きれるかもしれないことが、わかり、欲が出た…

 欲が出た結果、諏訪野伸明と、結婚するかもしれないと、考え、それまでと、同じように、諏訪野伸明と接することができなくなった…

 金目当て…

 自分でも気付かないうちに、態度にそれが出たのかもしれない…

 それに、気付いた伸明は、私に幻滅し、腹違いの妹の諏訪野マミと、菊池冬馬に頼んで、私から、結婚を辞退するよう、依頼した…

 その方が、角が立たないと、判断したのだろう…

 私は、そう思った…

 そして、そう思うことで、自分自身に、幻滅した…

 あらためて、自分自身が、嫌になった…

 これほど、自分で、自分を嫌になったことは、珍しい…

 思えば、それは、余裕が出来たから、だと、気付いた…

 それまでの私は、生きるのに、一生懸命だった…

 矢代綾子から、寿綾乃になっても、生活は楽にならなかった…

 だから、生活をするのに、一生懸命だった…

 それが、同居するナオキが成功し、徐々に生活レベルが上がって、お金の心配をしなくなった…

 すると、今度は、ナオキがあっちの女、こっちの女と、手を出し、私は、それに振り回され、しまいには、ナオキは、家を出て、ジュン君と二人暮らしになった…

 つまり、別の意味で、忙しくなった(笑)…

 そして、病気…

 すべてが、安定したかと思えば、今度は、病気だった…

 そんなこんなで、さまざまなことに、振り回され、私は、その対応に手一杯だった…

 だから、余裕がなかった…

 それが、一転、ジュン君にクルマではねられ、五井記念病院に入院して、余裕が生まれた…

 これは、実に皮肉な結果だった…

 病院に入院することで、生活に余裕ができ、思ったよりも、長く生きられることがわかった…

 だから、欲が出た…

 自分でも、気付かないうちに、欲が出た…

 それゆえ、それを諏訪野伸明に見透かされ、振られた…

 そういうことだろう…

 そう、考えると、ため息が出た…


 諏訪野伸明が、本当に結婚するか、どうかは、わからなかったが、家にやって来たナオキが、面白いことを言った…

 「…綾乃さん…今日、小耳に挟んだんだが…」

 と、前置きして、言った…

 すでに、私は、諏訪野伸明との結婚は、ないと思って、ナオキに、戻ってくれるよう、告げた…

 なにしろ、私は病み上がり…

 一人で、生活するのは、厳しい…

 誰かが、そばにいてくれるに、限る…

 そして、この世の中で、もっとも、私を、わかってくれるのは、やはり、ナオキだった…

 だから、すでに、伸明との結婚は、なくなったと判断した私は、ナオキを呼び寄せた…

 結婚がなくなった以上、他人の目を気にする必要は、なくなったからだ…

 結婚するかもしれない以上、他人=ナオキとの同居は避けなければ、ならなかったが、今は、それもなくなった…

 そういうことだ…

 「…なにを、小耳に挟んだの?…」

 「…諏訪野さん…包囲網に囲まれてるらしい…」

 「…包囲網? …なにそれ?…」

 「…五井家が、今、分裂騒動にあることは、綾乃さんも、知ってるだろ…諏訪野さんも、それに対応して、アレコレ、対策を練っているんだけど、自分が、やりたいことと、周囲が、諏訪野さんに求めていることが、違って…」

 「…どういうこと?…」

 「…諏訪野さん自身は、自分の結婚に前向きじゃないらしい…」

 「…なに、それ?…」

 「…自分が、誰かと結婚することで、うまく、五井の分裂の危機を回避することに、消極的らしい…」

 「…」

 「…思うに、諏訪野さんは、お坊ちゃまだけど、芯はしっかりしている…ただのボンボンじゃない…それは、知り合って、接していて、わかった…綾乃さんだって、だから、諏訪野さんに惹かれたんだろ?…」

 「…ええ…」

 短く、答えた…

 まさか、本当は、金目当てだったなんて、口が裂けても、言えない(笑)…

 たしかに、諏訪野伸明は、好きだが、やはりというか、私は、伸明の背後に、五井を見ていた…

 だから、捨てられたんだ、と思う…

 だから、振られたんだ、と思う…

 それに、ようやく気付いた…

 「…諏訪野さん…綾乃さんと、会いたいんじゃ、ないかな…」

 いきなり、ナオキが、私の耳を疑うことを、言った…

 「…私に?…」

 「…そう…綾乃さんに?…」

 「…バカね…私は、諏訪野さんに、振られたのよ…」

 「…振られた? …どうして、それが、わかるの?…」

 「…だって、アナタも知ってる、諏訪野マミさんと、菊池冬馬さんが、私に会いに来て…」

 「…その二人が、綾乃さんに、なにを言ったか、知らないけど、綾乃さんは、まだ、諏訪野さんと、直接、話していないんだろ?…」

 「…それは、そうだけど…」

 「…悪い男では、ないと思うよ…諏訪野さんは…」

 いきなり、ナオキは、言った…

 「…綾乃さんを、からかったり、下に見るような人間ではないよ…」

 「…」

 「…なにしろ、ボクだって、ボクの好きな綾乃さんが、結婚するかもしれない男だ…どんな男か、冷静に見ている…少なくとも、綾乃さんが、人生を共にしても、後悔するような男ではないと、思うよ…」

 「…」

 「…もう少し、諏訪野さんを信じても、いいんじゃないかな…」

 私は、ナオキの言葉に、反論できなかった…

 たしかに、諏訪野伸明を信じてみたい…

 が、

 やはりというか…

 それはできなかった…

 諏訪野伸明から、連絡がない=別れた、と、判断したからだ…

 だから、

 「…ナオキ…もう、いいのよ…」

 「…なにが、いいの?…」

 「…諏訪野さんのことは、もういいの…」

 「…」

 「…彼のことは、もういいの…」

 私の言葉に、ナオキが、絶句した…

 しばし、考え込んだ…

 「…綾乃さん…どうして、そう思うようになったの?…」

 「…考えたの?…」

 「…なにを、考えたの?…」

 「…どうして、諏訪野さんに、振られたか?…」

 「…振られた? …でも、まだ決まったわけじゃ…」

 「…たしかに、まだ正式に、諏訪野さんに、振られたわけじゃない…でも、仮に、振られたとしたら、一体、自分のなにが、いけなかったか、考えたの?…」

 「…で、その結論は?…」

 「…欲が生まれたんだと、思う…」

 「…欲?…」

 「…そう…諏訪野さんと、出会った当時は、諏訪野さんと付き合いたいとか、結婚したいとかの欲はなかった…なにしろ身分は違うし、私は、病気持ち…とても、結婚なんて、真剣に考える余裕はなかった…でも、入院してから、違った…」

 「…どう違ったの?…」

 「…癌は、末期で、手の施しようがないと思ったけど、そうじゃなかった…それが、わかると、欲が出てきた…」

 「…欲?…」

 「…思ったよりも長く生きれるかもしれないと、思ったら、結婚の二文字が現実になってきた…正直、諏訪野さんや、その母の昭子さんに、結婚うんぬんを言われても、最初は、実感がなかった…でも、病院に入院して、ただ、ベッドの上で、考えていると、結婚相手としては、諏訪野さんは、完璧だった…お金持ちで、イケメン…すべてを持ってる…それを考えると、諏訪野さんと、結婚したいと、思うようになった…それが、態度に出たんだと、思う…」

 「…」

 「…ナオキ…アナタもそうだけど、まだテレビのキャスターをする無名時代に、どこかで、女のコと会ったとするでしょ?…」

 「…綾乃さん…なにが、言いたいの?…」

 「…まあ、聞いて…その女のコが、最初は、ナオキのことを、ただのイケメンと思っていたのに、実は、上場企業の社長だと知った…すると、今度は、その女のコの態度が変わるでしょ?…」

 「…それは、あったね…」

 「…その女のコと、私は同じ…」

 「…綾乃さんが?…」

 「…きっと、入院して、アレコレ、考えるうちに、伸明さんと、結婚したい欲が出てきて、それが、態度に現れたんだと、思う…それで、伸明さんは、私が嫌いになって…」

 「…でも、それは、綾乃さんが、一方的に、思っているだけじゃ…」

 「…それは、そうだけど、自分が、そうじゃないかと、気付いたってことは、相手もまた、そう思ったんじゃないかな…」

 「…でも、ボクは、綾乃さんが、そんな女だとは、思えない…」

 「…きっと、それは、家族だからよ…」

 「…家族?…」

 「…ナオキ…アナタと、私、それにジュン君は、家族だった…だから、身近過ぎて、私のことが、わからなくなった…冷静に、評価できなくなった…」

 「…」

 「…仮に私と、ナオキが、兄妹だとしても、妹の私を冷静に評価できない…つまりは、妹だから、子供の頃から、知っている…だから、女として、見れない…それと、似ている…」

 私の言葉に、ナオキは、黙った…

 そして、しばらくして、

 「…たしかに、ね…」

 と、呟いた…

 「…だから、そう考えれば、自分でも、どうして、振られたか、納得できる…そして、それが、事実じゃないとしても、自分でも、自分に驚いた…」

 「…驚いた? …なにに、驚いたの?…」

 「…自分が、こんなにも、お金に目がくらむ女だとは、思わなかった…」

 「…綾乃さんが、お金に?…」

 ナオキが、私の言葉に、目を丸くした…

 「…きっと、諏訪野さんが、五井家の人間じゃなかったら、私もここまで、惹かれなかったと、思う…」

 私の言葉に、ナオキが、黙り込んだ…

 考え込んだ様子だった…

 「…今度の件で、つくづく自分も、金目当ての平凡な女だと、気付いた…金目当てのバカな女だと、気付いた…それが、唯一の収穫ね…」

 私の告白に、ナオキは、言葉もなかった…

 黙り続けるしか、なかった…


 諏訪野伸明からは、その後も連絡はなかった…

 私はただ手持ち無沙汰に毎日を過ごした…

 いや、

 たとえ、諏訪野伸明うんぬんが、なかったとしても、私には、手持ち無沙汰に毎日を過ごすしかなかった…

 カラダが、回復していないからだ…

 病院から、退院して、まもないから、自宅で療養するしかなかった…

 ただ、やはり暇していたことは、たしか…

 だから、アレコレ、考えたのだ…

 そんなときだった…

 思いがけず、菊池リンから、電話があったのだ…

 これは、おおげさにいえば、驚天動地の出来事だった…

 まさか、菊池リンから、電話があるとは、思わなかった…

 「…綾乃さん…お久しぶりです…」

 スマホから、菊池リンの可愛らしい声が聞こえてきた…

 菊池リン…

 五井家が私に、つけたスパイ…

 私、寿綾乃が、五井家の血を引く人間だと、疑い、その動静を探るために、私につけたスパイだった…

 私は、愛くるしい、菊池リンに、すっかり、ガードをはずしたというか…

 警戒しなかった…

 それゆえ、丸裸にされた…

 私の会社での動静を探られ、私は、警戒することなく、彼女に接した…

 私は、それを思い出した…

 同時に、おそらく、この菊池リンが、ジュン君に、ナオキの実の息子でないことを、告げ、動揺した、ジュン君が、私をクルマで、はねた…

 その引き金を引いたのだと、思った…

 直接、ジュン君に、私をクルマで、轢き殺せと、命じたわけではないが、ジュン君が、ナオキの血の分けた息子でないことを教えたことで、気の弱いジュン君が、パニックになることは、わかっていたはずだ…

 私が、ジュン君に轢かれるとまでは、思ってなかったに違いないが、私の動静を、あのときも見張っていたことは、たしか…

 だから、それを見た、彼女は、急いで、五井記念病院に連絡して、私を、受け入れるように、指示した…

 その意味では、恩人だった(苦笑)…

 私が、ジュン君の運転するクルマで、惹かれる原因を作ったのは、間違いないが、同時に、いち早く救助する形になった…

 つまり、まるで、放火と消火を、ひとりで、やったようなもの…

 犯人であると、同時に、恩人だった…

 これを、考えると、複雑だった…

 怒っていいのか、感謝していいのか、わからない…

 少なくとも、彼女が、私が、ジュン君の運転するクルマに、はねられる原因を作ったのは、間違いは、ない…

 だが、もう少し、深く、考えれば、ただ、原因を作っただけ…

 ジュン君に、私をクルマで、轢けと、命じたわけでも、なんでもない…

 だから、彼女を恨むのは、筋違いかもしれない…

 だが、やはり、彼女を恨まないわけには、いかない…

 いくら、その後、迅速に、五井記念病院に、私を運ぶように、指示したとしても、だ…

 恨まないわけには、いかない…

 が、

 実際に、彼女の愛くるしい声を聞くと、恨むのが、困難だった…

 彼女の愛くるしい声を聞いただけで、彼女の、可愛い顔が、脳裏に思い浮かんだ…

 それは、あの、看護師の佐藤ナナ同様、誰もが、愛する顔…

 決して、憎めない顔だった…

 同時に、以前、五井記念病院に入院して、外に佐藤ナナと、散歩に出たときに、私に向かって、

 「…食えない女…」

 と、吐き出すように言ったことを、思い出した…

 あのときの、菊池リンは、別人…

 それまで、見たことのない、別人の菊池リンだった…

 私は、それを見て、当惑すると同時に、

 「…なぜ?…」

 と、思った…

 どうして、菊池リンが、こんなにも、変貌したのか?

 考えた…

 「…食えない女…」

 なんて、とても、愛くるしい菊池リンが、口にする言葉ではない…

 私にとって、菊池リンは、舌足らずの幼女のような存在…

 いや、

 私だけでなく、誰にとっても、菊池リンは、舌足らずの幼女を連想するような、愛らしく、頼りなく、それゆえ、守ってあげたくなるような存在だった…

 それが…

 私は、今、菊池リンからの電話を受けて、考える…

 考え続ける…

 それとも、それは、やはり、この私も、菊池リンのルックスに騙されているのだろうか?

 世の多くの男同様、彼女の可愛いらしく、頼りない、姿に騙されているのだろうか?

 そう、思わざるを得なかった…

 そう、考えざるを得なかった…

 なにより、あんなことを言われたにも、かかわらず、今、こうして、彼女からの電話を受けている…

 それが、彼女の魅力というか…

 まるで、私に向かって、

 「…食えない女…」

 と、呼んだことも、なかったことになっている(笑)…

 しかも、それが、全然、不自然じゃない…

 ある意味、人徳と言うか…

 あまり、お目にかかれないキャラクターだった…

 普通に憎むことができないのだ…

 大相撲でいえば、あの高見盛のようなものだ(笑)…

 心の底から、憎むことができないのだ(苦笑)…

 私は、思った…

 私が、そんなことを、考えてると、

 「…綾乃さん、アナタは、五井家をゴタゴタにした張本人です…」

 と、菊池リンが、いきなり、電話口で、言った…

                

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