第14話

文字数 8,361文字

 菊池重方(しげかた)…

 冬馬の父…

 今、私の入院している、この五井記念病院の理事長の実父…

 一体、どんな人物なんだろう?

 考える。

 普通なら、身近にスマホがあれば、それで、検索して、調べるのだが、今は、それもできない…

 なにしろ、今の私は、病院のベッドで、寝ているだけの身だ…

 冷静に考えれば、癌の治療中で、しかも、クルマに撥ねられて、入院している…

 そんな患者が、五井家のゴタゴタに、夢中になっている現実が、おかしい…

 笑える…

 もっと、自分のことを、考えろと、自分自身に突っ込みたくなる(笑)…

 だが、見方を変えれば、それだけ、私のカラダの状態が、良い証拠…

 なにしろ、ジュン君の運転するクルマに撥ねられて、二か月が、経っている…

 それに、長谷川センセイに言わせれば、私は、クルマに撥ねられても、打ちどころが、よかったらしい…

 頭を打たなかったのが、良かったそうだ…

 意識はなかったが、すでに、二か月経っている…

 だから、その間にも、カラダの方は、順調に回復していた…

 だから、五井家のゴタゴタを考えられる…

 五井家のゴタゴタに頭を悩ますことができた…

 こういっては、なんだが、入院しているということは、結構、退屈なものだ…

 これは、今回、入院して、初めて、わかった…

 意識がないときは、いい…

 問題は、意識が回復してから…

 どんな入院患者も、いつも、寝ているわけではない…

 普通の患者は、当然、起きている時間も長い…

 すると、退屈になる…

 病室にテレビは、あるが、あまり見る気にはなれない…

 だから、空想するというか…

 とにかく、ベッドの上で、横になりながら、ボンヤリと、アレコレ考えることが多い…

 過去のこと…

 現在のこと…

 そして、

 将来のこと…

 その他、諸々(もろもろ)だ…

 私にとって、失礼ながら、五井家のゴタゴタは、退屈しのぎといっては、なんだが、頭を巡らすのに、最高だった…

 考えることができた…

 それがなければ、退屈で、退屈で、仕方がなかったのかもしれない…

 五井家の方々には、申し訳ないが、それが、真実でもあった…

 五井家のゴタゴタは、傍から見れば、ワイドショーを見るような、面白さがあった…

 私は、寝ながら、それを考えた…


 諏訪野マミが、病室を訪ねてきたのは、それから、すぐだった…

 諏訪野マミは、建造が、外に作った子供だった…

 いわゆる、婚外子…

 諏訪野伸明の腹違いの妹ということになる…

 諏訪野マミの母親の五十鈴(いすず)は、銀座に小さな店を持ち、そこで、初めて、私は、諏訪野伸明と、出会った…

 いや、

 初めてではない…

 諏訪野伸明は、最初、建造の葬儀の後に、FK興産の社長室にやって来た…

 これが、初めて会ったとき…

 いや、これも違う…

 本当は、諏訪野建造の葬儀で、会ったのだが、忘れていた…

 私は、彼女を見て、それを思い出した…

 「…元気? …寿さん?…」

 それが、彼女の第一声だった…

 諏訪野マミは、小柄…

 身長は155㎝程度だった…

 歳は、35歳と私より、年上…

 にもかかわらず、若い…

 そして、派手というか、若作りといおうか…

 35歳にもかかわらず、普段は、ミニスカを穿いていた…

 しかも、それが、おかしくない…

 似合っている…

 それは、小柄だから…

 私は、思った…

 歳を取ると、大柄な女より、小柄な女の方が、若く見えることが、ままある…

 要するに、子供っぽいのだ…

 もちろん、大人っぽい女性では、いくら、小柄でも、ダメだが、諏訪野マミは、そうでは、なかった…

 そして、エネルギッシュだった…

 だから、35歳にもなって、ミニスカが似合った…

 そして、なにより、私は、この諏訪野マミが、好きだった…

 それは、諏訪野マミも、同じ…

 私を好きだった…

 つまりは、互いに相手に好感を持っていた…

 これは、間違いはない…

 そして、それは、私と、諏訪野マミが、共に負い目を抱えていたから…

 私は、寿綾乃を自称する女に過ぎなかったし、片や、諏訪野マミは、建造が、外に作った愛人の子供…

 五井家で、浮いている存在だった…

 その負の共通点が、二人を結び付けたというのが、正しいのかもしれない…

 彼女の来訪は、ある意味、一番嬉しかったかもしれない…

 藤原ナオキや、諏訪野伸明と、違った意味で、私は、彼女の来訪が、嬉しかった…

 ある意味、同士というか…

 なんとなく、そんな結びつきを彼女に感じた…

 もちろん、これは、私が一方的に、彼女に感じただけ…

 彼女、諏訪野マミは、違うかもしれない…

 だが、諏訪野マミが、私を嫌いではないことに、確信を持てる…

 誰でも、そうだが、自分を好きだか、嫌いだかは、言葉にせずとも、なんとなくわかるものだからだ…

 「…元気じゃないですよ…」

 それが、私が、彼女に返した言葉だった…

 「…クルマに轢かれて、元気なわけ、ないじゃないですか?…」

 私が、答えると、諏訪野マミは、嬉しそうだった…

 「…それは、そうね…」

 彼女の声が弾んだ…

 「…でも、寿さん…顔色がいい…血色がいいから、大丈夫ね…」

 彼女は、嬉しそうだった…

 きっと、私が、思ったよりも、元気だったのが、嬉しいのだろう…

 彼女は、私が、事故にあって、入院したことを、喜ぶような人間では、なかった…

 それは、ユリコ…

 藤原ユリコの役割…

 しかしながら、本来、私が、事故に遭って、喜ぶユリコだったが、その事故を起こした張本人が、自分の息子では、それを喜ぶわけには、いかなかった…

 だから、私に下手に出た…

 本当ならば、私が、入院して、もっとも、喜ぶユリコだったが、息子のジュン君が警察に自首して、拘置所で、今は裁判を待つ身…

 そして、裁判では、当たり前だが、被害者の言葉が重要になる…

 犯罪被害者が、

 …犯人を極刑にして下さい…

 と、いうか、

 …犯人を、私は、許すので、刑は穏便に願います…

 と、いうか…

 それが、大事だ…

 いわば、ユリコから見れば、私が、人質を取ったのと同じ…

 私が、裁判で、ジュン君を庇えば、ジュン君の刑が軽くなる…

 それが、わかっているから、ユリコは、私に、立ち向かわなくなった…

 これは、まさに、僥倖(ぎょうこう)…

 最大の僥倖(ぎょうこう)だった…

 ユリコとの争いで、私は、心身ともに、疲れ切っていたからだ…

 私は、それを思った…

 「…マミさん…今日は、一体どうして?…」

 「…伸明さんから、連絡を受けて…」

 「…伸明さんから?…」

 「…ええ…母の店に、伸明さんが、やって来て…私に、寿さんの見舞いに行ってもらいたいと…」

 諏訪野マミの母、五十鈴(いすず・源氏名)は、銀座で、小さなクラブを開いていた…

 諏訪野伸明は、その店の常連だった…

 私も、何度か、店を訪れたことがある…

 だから、彼女の言葉に、私は、納得した…

 「…それと、私は、やっぱり、寿さんに、会いたかった…」

 「…私に? ですか?…」

 「…私は、寿さんが、好き…」

 諏訪野マミが、いきなり言った…

 「…だから、生きていてくれて、よかった…」

 嬉しそうに、言った…

 「…私も、です…」

 私も返した…

 「…私も生きて、諏訪野マミさんに、再び会えて、嬉しいです…」

 「…そう、ありがと…」

 諏訪野マミが、若干、はにかんだような、笑顔を見せた…

 やはり、諏訪野マミも、私が、生きていて、嬉しいのだろう…

 思えば、なんとなく、彼女と私は、気が合った…

 だから、私が生きていることが、なにより、嬉しいのだろう…

 私は、そんなことを、考えた…

 「…寿さんには、早く元気になって、欲しい…」

 「…元気に、ですか?…」

 「…そう…元気になって、伸明さんを、支えて欲しい…」

 そう言ったときの、諏訪野マミの表情が、暗くなった…

 明らかに、表情に暗い影を落とした…

 私は、それを見て、

 「…五井家の内紛ですか?…」

 と、直球で、聞いた…

 諏訪野マミは、黙って、頷いた…

 無言のまま、首を縦に振って、頷いた…

 「…五井十三家…」

 彼女は、いきなり、言った…

 「…五井十三家?…」

 「…五井には、四百年の歴史がある…だから、分家が、本家を支えるという構図がある…それが、代々、続いている…」

 「…」

 「…でも、実際には、本家の当主の座を巡って、争いが、繰り返されてる…伸明さんの弟の秀樹さんも、そう…叔父の義春さんも、そう…」

 「…争いは、絶えない…そして、今度は、菊池重方(しげかた)…本家の当主、諏訪野建造の妻、昭子さんと、建造の弟、義春さんの妻、和子さんの実弟…五井東家の菊池重方(しげかた)が、反旗を翻した…」

 「…それは、どうして?…」

 私は、聞いた…

 当たり前のことだ…

 「…どうして、反旗を翻したんですか?…」

 「…当主の代替わりが、ひとつの理由…」

 「…」

 「…誰だって、ずっと、十年、二十年も、当主を続けていれば、よほど、なにか、失敗しない限り、当主の座から、引きずり降ろされることはない…」

 「…」

 「…だから、父の建造が、亡くなって、伸明さんに、変わった今を狙った…」

 「…」

 「…そして、もうひとつは、政界の事情が、絡んでいる…」

 「…どういうことですか?…」

 「…菊池重方(しげかた)は、今、自民党で、菊池派を立ち上げようとしているの?…」

 「…派閥の立ち上げですか?…」

 これは、驚いた…

 菊池重方(しげかた)は、有力議員で、知名度もある…

 世間に知られてる、数少ない議員だ…

 誰でもそうだが、たとえ、大臣になっても、世間で知られている人物は、少ない…

 まして、顔と名前が一致する国会議員が、どれほど、いるだろうか?

 それを思えば、菊池重方(しげかた)は、紛れもない、有力議員のひとりだった…

 だが、菊池重方(しげかた)は、たしか、自民党の大場派に属しているはずだ…

 私の記憶に、間違いがなければ、そうだ…

 だから、聞いた…

 「…でも、菊池重方(しげかた)氏は、自民党の大場派に属しているんじゃ…」

 「…その通り…でも、独立志向というか…」

 「…独立志向? …ですか?…」

 「…独立志向というと、言葉はいいけど、要するに、自分が一番になりたいだけ…だから、そのためには、大場派を継ぐか、自分で、独立して、菊池派を立ち上げるか、その二択のひとつしかない…」

 「…」

 「…でも、それには、やはり、お金がかかる…」

 「…菊池重方(しげかた)は、五井関連の会長を、国会議員をしながら、兼務しているけど、やはり、それでは、大金は、動かせない…どうしても、金額が大きくなると、当主に相談しなければ、ならなくなる…だから、自分の一存で、大きな金額を動かすには、五井家の当主になるのが、一番…」

 「…」

 「…五井家では、重方(しげかた)の狙いを、皆、そう見ている…」

 なるほど、そういうことか?

 ようやく、合点がいった…

 私は、思った…

 要するに、菊池重方(しげかた)は、自分の派閥を持ちたいのだ…

 だから、そのために、金が必要…

 五井家の分家の身では、大きなお金が動かせない…

 だから、自分が、当主になって、今よりも、大きなお金を動かせる地位になりたい…

 そう考えて、五井家の当主の座を狙ったということか?

 そう言えば、先日、重方(しげかた)の姉、伸明の母、昭子が、この病室を訪れたとき、重方(しげかた)を評して、

 「…権力と金を欲しくなる…」

 と、呟いた…

 それは、こういう意味だったのか?

 今になって、みれば、わかる…

 あのときは、一般論を言っているに、過ぎないと思っていた…

 しかし、今、この諏訪野マミから、菊池重方(しげかた)が、国会で、自分の派閥を立ち上げようとしていて、そのために、金が必要となり、それを実践するため、五井家の当主の座を目指していると聞けば、誰でも、納得する…

 たしかに、五井家の当主ならば、分家の身分より、大きなお金を動かせるに決まっている…

 それは、私でも、わかる…

 それを知って、あの昭子は、

 「…権力と金が欲しくなる…」

 と、辛辣に、重方(しげかた)を、批判したのだ…
 
 「…でも、大場さんは?…」

 私は聞いた…

 「…大場さんは、次期首相候補のひとり…とても、菊池さんに、派閥を譲らないんじゃ…」

 大場派の領袖、大場小太郎は、長らく、次期総理総裁候補の一人だった…

 ただ、正直、影が薄い…

 影が薄い=存在感がない、だ…

 大場小太郎は、戦前から代々続く、国会議員の家柄…

 間違いなく、政界の名門のひとり…

 にも、かかわらず、知名度が低かった…

 東大出のエリートで、頭も良く、背も高く、ルックスも申し分ない…

 おまけに、お金持ち…

 いわば、すべて持って生まれた人間だった…

 にもかかわらず、政界で、存在感は、希薄だった…

 これは、ある意味、皮肉…

 皮肉の極みだった…

 そして、私が、思うに、大場小太郎の最大の弱点は、華がないことだった…

 華=存在感がないことだった…

 要するに、目立たないのだ…

 イケメンだが、華がない…

 だから、目立たない…

 これに、尽きる…

 これは、女も同じ…

 美人でも、華がなく、目立たない美人もいる…

 それならば、華がなく、イケメンでも、美人でも、なくていいから、目立てばいいのだが、世の中、そうは、うまくいかない…

 ルックスがよくなくても、目立つ人間は、世の中に、ごまんといる…

 なにか、せずとも、なんとなく目立つのだ…

 元AKBの前田敦子など、その好例だろう…

 ブスではないが、容姿は平凡…

 可もなく、不可もない…

 だが、なぜか、目立つ…

 集団の中で、目立つ…

 一言でいって、存在感が、抜きん出ているのだ…

 そして、その存在感は、芸能界のみならず、政界でも、重要だった…

 とにかく、選挙で、選ばれる以上、目立たなければ、ならない…

 存在感が、なければ、ならない…

 要するに、ひとに、自分を覚えてもらうのが、最大の仕事だからだ…

 それを、考えたとき、大場小太郎は、残念ながら、華がなく、ひとの記憶に残らない人物だった…

 そこまで、考えたとき、

 「…たしかに、大場さんは、重方(しげかた)氏に、派閥は、譲らないでしょうね…」

 と、いきなり、諏訪野マミが、言った…

 「…だったら、重方(しげかた)氏は、自分の派閥を立ち上げるんですか?…」

 「…それは、わからない…でも…たぶん…」

 「…たぶん、なんですか?…」

 「…両方の道を模索しているんじゃないかな?…」

 「…両方?…」

 「…大場さんに、派閥を譲ってもらうか? …それとも、自分で、派閥を立ち上げるか? …その両方の道を模索しているんじゃないかな?…」

 たしかに、諏訪野マミの言うことは、わかる…

 仮に、菊池重方(しげかた)が、派閥の領袖を目指すので、あれば、そうするのが、一番…

 いわば、両面作戦で、どちらか、できる方を選択するのが、一番だからだ…

 「…ただ、重方(しげかた)氏が、大場派の跡目を狙うのは、私でも、わかる気がする…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…大場小太郎って、テレビでも、ときどき映るけど、とにかく目立たないのね…」

 「…」

 「…だから、次期首相候補の一人と、長年言われているにも、かかわらず、世間的な知名度は、イマイチ…それは、政界でも、わかっていて、大場派内でも、不満が、充満しているみたい…」

 「…」

 「…それで、その空気を察して、重方(しげかた)氏が、大場派を乗っ取ろうとしているみたい…」

 「…派閥を乗っ取る?…」

 「…具体的には、不満を持つ、大場派の議員とあれこれ、接触しているみたい…大場派は、60人いるでしょ? たとえば、その内、半分の30人でも、自分の味方にして、大場さんに、反旗を翻せば、残りの30人も、付いてくる…世の中、そういうものでしょ?…」

 「…そういうものって?…」

 「…ほら、会社でも、国会でも、同じだろうけど、誰もが、大場さんを慕って、大場派に入ったわけじゃないでしょ?」

 「…」

 「…だから、大場派の中でも、大場さんを本気で支えようと思っているひとたちは、ごく少数…たぶん、側近の数人でしょ?…」

 「…」

 「…重方(しげかた)は、それで、あれこれ、大場派の議員と接触して、密議を重ねている…クーデターじゃないけど、大勢の人間が集まれば、大場さんに、派閥を譲れと、迫るんじゃないかな?…」

 諏訪野マミが、驚くべきことを、言った…

 私は、唖然とした…

 なにより、病院のベッドに横たわっていて、聞く話では、なかった…

 「…一体、マミさん…アナタは、どこで、そんな情報を?…」

 「…これでも、色々、ルートを持っているの…」

 諏訪野マミが、意味深に言う。

 「…」

 「…私のことを、寿さんも、五井家で、浮きまくっているように、思っていたかもしれないけど、情報源はある…」

 「…情報源ですか?…」

 「…そう…情報源…ヒントは、五井十三家…」

 「…それは、どういう?…」

 「…五井家の人間は、思ったより、多い…なにしろ、五井には、400年の歴史がある…だから、それを支えるために、五井十三家があるんだけど、意外な人間が、五井と関わっているというか…」

 「…」

 「…これは、寿さんだから、言うけど、五井と三井の違いって、わかる?…」

 「…五井と三井の違い? …わかりません…」

 「…それは、そうよね? …いきなり、言われて、わかるはずもないわね…」

 「…要するに、名前よ…」

 「…名前? …ですか?…」

 「…三井家は、代々当主は、三井八郎右衛門と、名乗る…それが、原則…それに比べて、五井は、当主が、諏訪野姓…おかしいとは、思わない?…」

 …そう言われてみれば、たしかにおかしい…

 …どうして、なんだろう?…

 私は、考える。

 「…この五井記念病院の理事長の菊池冬馬も、姓は菊池…五井じゃない…どうしてだか、わかる?…」

 「…わかりません…」

 「…答えは、簡単…」

 「…簡単?…」

 「…五井は、三井の逆を言ったの?…」

 「…逆?…」

 「…普通なら、誰もが、同じ姓を名乗って、一族と認識する…でも、五井は、それと、真逆…わざと、姓をバラバラにしたの…」

 「…どうして、そんな真似を?…」

 「…今でいう、スパイ工作だと言われてる…」

 「…スパイ工作?…」

 「…苗字が違えば、誰が一族か、わからないでしょ?…」

 「…」

 「…だから、なにかと、都合がいい…ご先祖様は、そう考えたらしい…」

 「…」

 「…要するに、三井と真逆ね…普通なら、同じ姓を持つことで、一族を束ね、一致団結する…五井は、それとは、真逆に、苗字をわざと変え、さまざまな職場に、一族の人間を潜入させた…」

 「…潜入ですか?…」

 「…五井と名乗れば、誰でも、引くじゃない? …だから、わざと苗字を変えた…そうすれば、身分を偽って、色々な職場に潜入できるし、まさか、五井の人間とは、知らないから、いろんな情報を教えてくれる…ご先祖様は、それを考えて、苗字を変えさせたみたい…」

 考えてもみないことを言った…

 あまりにも、意外なことだった…

 「…だから、五井は、たぶん、誰もが知らないところに、五井一族がいる…そして、さまざまな情報を集め、なにかあったときは、一致団結する…ご先祖様は、それを目指したみたい…」

 「…」

 「…でも、それは、もろ刃の剣…」

 「…どうして、もろ刃の剣なんですか?…」

 「…それは、やっぱり、野球やサッカーじゃないけど、同じチームで、同じユニホームを着れば、仲間だと思う…それと、真逆で、同じ一族でも、苗字が、違えば、やはり、団結が弱いというか…」

 なるほど、諏訪野マミの言いたいことは、わかる…

 それを言えば、五井一族で、当主の座を巡る、ゴタゴタが、頻発するのも、団結心が、弱いからだろうと、推測できた…

 団結心が、強ければ、一族で、ゴタゴタは起きないに違いない…

 団結心が、弱いから、一族で、争いが、頻発するのだろう…

 そして、それを考えながら、気付いた…

 ということは、どうだ?

 五井は、皆、苗字が違う…

 ということは、どうだ?

 案外、身近に、五井一族の人間が、いても、おかしくはない…

 この病院もそうだし、国会議員もそう…

 どこに五井一族がいても、おかしくはない…

 私は、それに気付いた…

 なにしろ、苗字が違えば、誰が、五井一族か、わからない…

 忍者?
 
 とっさに、思った…

 五井一族のご先祖様は、忍者の一族の血を引くのではないか?

 忍者の末裔なのではないか?

 ふと、そんなことを、思った…

 発想が、商人ではない…

 むしろ、忍者…

 現代でいえば、スパイだ…

 それを思った…

                
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