第99話

文字数 8,602文字

 私は、唖然とした…

 いや、

 私だけではない…

 ここにいる、ユリコと、佐藤ナナもまた、同じだった…

 同じように、唖然としていた…

 今、目の前で、起こったことが、理解できないというか…

 あまりにも、突然のことで、うまく頭の整理ができなかった…

 だから、私たち3人が、全員、沈黙した…

 沈黙したままだった…

 正直、なにを話していいか、わからなかったからだ…

 すると、いつのまにか、さっきまで、昭子の座っていた席に、和子が、着いた…

 正真正銘の五井の女帝が着いた…

 そして、言った…

 「…ユリコさん…藤原ユリコさん…でしょうか?…」

 さっきまでの昭子に比べれば、穏やかな口調で、和子が、口を開いた…

 「…ハ、ハイ…」

 ユリコが、戸惑ったような声で、言った…

 「…姉から、事前に聞いています…アナタが、所有する五井造船の株を、1・5倍で、五井は、買い取ります…それで、いいでしょう…」

 穏やかだが、有無を言わせぬ口調だった…

 が、

 ユリコは、

 「…」

 と、黙ったままだった…

 やはり、納得できなかったのだろう…

 当たり前だ…

 ユリコは、購入額の3倍で、五井に買い取れと、言っていたのだ…

 1・5倍では、その半分…

 儲けも、たいしたことはない…

 それを思えば、ユリコが、返事をしないのも、もっともだった…

 そんな返事をしないユリコに、

 「…ユリコさん…」

 と、和子が、続けた…

 「…身の丈に合った生き方をしなさい…」

 と、一転して、強い口調で、言った…

 「…背伸びは、しない…」

 と、続けた…

 「…これ以上、五井に手を出せば、市場から、事実上、アナタを締め出すことも、可能なのですよ…」

 和子が、脅した…

 文字通り、脅迫した…

 ユリコの表情が、固まった…

 文字通り、固まった…

 たしかに、五井が全力を傾ければ、ユリコのような投資ファンドは、市場から、姿を消したとしても、おかしくはない…

 ユリコは、投資ファンドの代表だが、所詮は、他人のふんどしで、相撲を取るようなもの…

 誰かから、資金の供給を受けて、市場に投資する…

 それで、儲ける…

 だから、極端な話、ユリコに金を預けるなと、力のあるものが、厳命すれば、ユリコは、商売にならない…

 そして、五井のような巨大な財閥ならば、それが、簡単にできる…

 ユリコは、それを悟っていた…

 和子は、さらに、追い打ちをかけた…

 「…高雄さん…山田会の…」

 と、いきなり、言った…

 ユリコの表情が、さらにこわばった…

 「…高雄さんは、手を引くと言ったそうですね…」

 「…」

 「…すぐにでも、返金しなければ、なりませんね…高雄さんは、経済ヤクザとして、名を馳せてますが、当たり前ですが、ヤクザです…投資したお金が返せなければ、どうなるか? わかりますね?…」

 穏やかに、言った…

 ユリコの顔から、サッと血の気が引いた…

 顔面蒼白になった…

 「…高雄さんと、中国政府との間で、仕手戦を演じて、五井造船の株を吊り上げ、売り抜けるのが、ユリコさんの描いたシナリオだったかもしれないけれども、なんなら、五井が空売りを仕掛けて、今日から、五井造船の株を下げても、構わないんですよ…」

 「…」

 「…もちろん、短期ですが…そうなれば、ユリコさんは、高雄さんに借りた、百億だか、二百億だかの金は、返せないでしょう…すると、どうなるかは、わかりますね…」

 明らかな脅しだった…

 ユリコは、なにも、言えなかった…

 ただ、顔面蒼白のまま、下を向いていた…

 「…もう一度、言います…ユリコさん…五井造船の株は、五井が、買い取り金額の1・5倍で、買い取ります…それで、いいですね…」

 和子が、念を押した…

 最後通牒だった…

 「…ハイ…わかりました…」

 ユリコが、下を向いたまま、蚊の鳴くような声で、答えた…

 敗北宣言…

 完全なユリコの敗北宣言だった…

 私は、それを唖然として、見ていた…

 いや、

 私だけではない…

 それは、同席した佐藤ナナも、同じだった…

 明らかに、それまでとは、違った緊張した表情になった…

 佐藤ナナの褐色の肌が、緊張のため、変色していた…

 「…佐藤さん…」

 「…ハイ…」

 「…さっさと荷物をまとめて、五井から出てゆきなさい…」

 佐藤ナナが、和子の言葉に、

 「…エッ?…」

 と、絶句した…

 言葉もなかった…

 「…五井には、アナタも、重方(しげかた)も必要ありません…居場所を用意するつもりもありません…」

 和子が、冷酷に、宣言した…

 「…これも、すでに姉の昭子と相談したうえでの、決定です…伸明の了承も得ています…」

 和子が、告げた…

 佐藤ナナが、ユリコ同様、下を向いたまま、悔しそうに、唇を噛んだ…

 もしかしたら、佐藤ナナの方が、ユリコよりも、悔しいのかもしれない…

 ふと、思った…

 なぜなら、佐藤ナナの方が、ユリコよりも、はるかに、若い…

 ユリコは、40代前半…

 片や、佐藤ナナは、半分の23歳…

 当然、自分の実力がわからない…

 だから、簡単に、五井に潜り込めると、思った可能性が、高い…

 若いから、経験がない…

 だから、なんでも、簡単に考えるからだ…

 だから、ユリコよりも、屈辱が大きい可能性が高い…

 老練なユリコは、自分の実力がわかっている…

 だから、自分の実力以上のことは、しない…

 撤退すべきときは、潔く撤退する…

 負けは負けだからだ…

 だが、若い佐藤ナナに、それが、理解できるか、わからない…

 いや、

 たぶん、理解できないであろう…

 私は、思った…

 そんなことを、考えていると、今度は、

 「…寿さん…」

 と、和子が、私の名前を呼んだ…

 「…ハイ…」

 「…すでに、姉の昭子が言ったように、一刻も早く、オーストラリアに、向かいなさい…」

 「…」

 「…五井西家の長谷川センセイが、すべての準備を整えて、待っています…」

 和子が、優しく、語りかけた…

 が、

 私は、疑問だった…

 すでに、私のカラダに巣くった癌細胞は、消滅させることができないほどだと、他ならぬ、長谷川センセイ自身が、私に告げていた…

 長谷川センセイは、癌の専門家ではないが、外科医…

 だから、長谷川センセイの言葉に、ウソがあるとは、思えないからだ…

 だから、

 「…でも…」

 と、つい、口に出した…

 「…でも…なんですか?…」

 「…本当に治るのでしょうか?…」

 私は、訊いた…

 「…すでに、完治は、難しいと、ほかならぬ長谷川センセイから、以前、言われました…」

 私の質問に、

 「…それは、わかりません…」

 と、和子が、答えた…

 「…ただ、西郷輝彦さんの例で、わかるように、オーストラリアでは、今、日本で、認められていない、最新の癌治療が、行われています…それに賭けてみることです…」

 「…」

 「…はっきり言って、寿さんの癌が、なくなくかどうか、わかりません…ただ、一つ言えることは、おそらく、これが、最後のチャンスかもしれないということです…」

 「…最後のチャンス…」

 「…伸るか反るか、やってみなければ、わかりません…人生は、チャレンジ…チャレンジの連続です…ただ、待っていても、幸運の糸を手繰り寄せることは、できません…」

 「…」

 「…人生は、チャンレンジあるのみです…」

 和子が、繰り返した…

 私は、その言葉に納得した…

 たしかに、和子の言う通り…

 ビビっていても、仕方がない…

 どうにもならないと、嘆いているよりも、1%でも、可能性があるのならば、それに賭けてみることだ…

 結果をウジウジ考えても、仕方がない…

 なるようにしか、ならないからだ…

 「…費用は、すべて、五井が、持ちます…」

 和子が、続けた…

 「…これは、昭子の置き土産です…」

 「…置き土産?…」

 「…姉の昭子は、本当は、伸明と寿さんを結婚させたかった…これは、私も同じ…」

 「…でも、できなかった…これは、そのお詫びです…だから、遠慮なく、受け取って欲しい…」

 私は、この言葉に、素直に答えることができなかった…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 「…アナタが生きることが、私と、姉の昭子の希望です…当然、伸明も…」

 「…私が、生きることが、希望…」

 「…寿さん…」

 「…ハイ…」

 「…生きていて、なにが、一番楽しいか、わかりますか?…」

 いきなり、凄い質問だった…

 …生きていて、なにが、楽しいか?…

 そんなこと、いきなり、言われても、わからない…

 私が、戸惑っていると、

 「…私の答えは、生きがいです…」

 「…生きがい?…」

 「…誰かに、愛される…誰かに、頼られる…必要とされる…会社でも、学校でも、家庭でも、同じ…誰かに、なにかを求められることほど、嬉しいものはない…」

 「…」

 「…今、出て行った、姉の昭子には、それが、なかった…」

 「…」

 「…本来は、昭子が、五井の女帝だった…それに、ふさわしい能力もあった…」

 「…」

 「…ただ、幸か不幸か、伸明をお腹に、宿した状況で、五井本家の建造さんと、結婚せざるを得なかった…それで、昭子の人生が狂った…」

 「…」

 「…自分の能力をどこに発揮していいか、わからなくなったんです…」

 「…」

 「…思えば、不幸な人生です…」

 「…」

 「…それに比べ、寿さんは、恵まれている…」

 「…私が、恵まれている?…」

 「…寿さんの事実上のパートナーだった、藤原さんや、伸明にも、頼られている…必要とされている…」

 「…」

 「…そして、それが、生きること…寿さんに、なにか、あれば、悲しむ人間が、何人もいる…これ以上、自分が生きていて、嬉しいことはないと、私は、思いますよ…」

 和子が、説明した…

 実に、よくわかる説明だった…

 十二分に、納得のできる説明だった…

 私は、思った…

 そして、それを最後に、まもなく、五井本家を、出た…

 すでに、話はなかった…

 私、ユリコ、佐藤ナナと、和子の間に、話は、なかった…

 だから、これ以上、この場に、留まる意味は、なかった…

 ただ、別れ際に、ユリコが、

 「…ナオキによろしく…」

 と、はにかんだような、笑いで、私に告げた…

 ユリコは、藤原ナオキの元の妻…

 しかしながら、自分の産んだジュン君を、ずっと、ナオキの子供だと、偽っていた…

 しかし、それが、ウソだと、わかった…

 私が、暴露したのだ…

 だから、今さら、ナオキに会わす顔が、なかったのかもしれない…

 私は、思った…

 一方、佐藤ナナはというと、最後まで、硬い表情のままだった…

 さもありなん…

 五井家から、出て行けと、命じられたのだ…

 五井家の養子縁組を解くと、宣言されたのだ…

 嬉しいわけは、なかった…

 表情が、硬いのは、当たり前だった…

 結局、その日は、私は、ユリコと、佐藤ナナと、そんな感じで、別れた…

 私は、一人ぼっちで、帰路に着いた…

 五井家に、用意されたクルマで、自宅まで、送ってもらった…


 家に帰ると、早速、荷造りをしようと、思ったが、体力が、続かなかった…

 すでに、疲労困憊の状態だった…

 当たり前だが、私は、病人に近い…

 癌患者だ…

 だから、普段は、めったに家から出ない…

 外出しない…

 それが、今日は、五井本家まで、出向いた…

 いくら、用意されたクルマで、送り迎えをしてもらっても、疲れて、当たり前だった…

 だから、荷造りは、諦めて、ベッドに横になった…

 すると、まるで、スイッチを切ったように、眠りに落ちた…


 目が覚めると、辺りは、すでに暗かった…

 すでに、夜になっていた…

 私は、起き上がった…

 やることがある…

 諏訪野伸明に連絡を入れるのだ…

 「…伸明さん?…早く出て…」

 と、スマホの電話を入れながら、私は、願った…

 一時も早く、伝えたいことがある…

 が、

 背後に、ふと、誰かの気配を感じた…

 振り返ると、昭子が、鬼の形相で、睨んでいた…

 「…やっぱり、アンタが、スパイだったのね?…」

 昭子が、断言した…

 私は、恐怖で、震えた…

 ガクガクと、全身が震えて、カラダが、動かなかった…
 
 そこで、ハタと、夢が醒めた…

 
 目が覚めて見ると、

 …一体、どうして、そんな夢を見たのだろう?…

 自分でも、不思議だった…

 これでは、まるで、私が、五井の獅子身中のスパイ…

 誰かに、命じられて、五井にスパイとして、潜り込んでいたようだ…

 が、

 その理由は、すぐにわかった…

 誰か、近くで、話している声が聞こえてきた…

 聞き覚のある声…

 声の主は、ナオキ…

 同居する、藤原ナオキだった…

 「…諏訪野さん…ご無沙汰しています…藤原です…」

 「…お久しぶりです…」

 「…寿綾乃に関する件ですが、今のところ、体調に、問題はありません…」

 …体調に、問題は、ない?…

 …一体、どういう意味だ?…

 「…そうですか?…」

 「…しかし、一体、諏訪野さんも、モノ好きというか…どうして、そんなに、寿のことを、気にするのですか? …すでに、結婚するつもりは、ないのでしょ?…」

 「…寿さんには、すでに藤原さんが、いるでしょ?…」

 「…」

 「…ボクは、ただ、彼女の体調が、気になるのです…ぜひ、オーストラリアで、完治してもらいたい…」

 「…」

 「…藤原さんが、いつも、寿さんのことを、連絡してくれるから、助かります…」

 「…いえ、こちらこそ、いつも、五井銀行に、融資を頂き、助かっています…」

 …なに、それ?…

 仰天した…

 …それって、まさか、ナオキは、諏訪野伸明さんに、私について、報告を入れていた…

 …融資の見返りに、私の動静を逐一、伸明に、報告していたってこと?…

 ウソォ!

 あり得ない…

 それが、本当なら、ナオキは、私の知らないところで、私の情報を、伸明に、売っていたことになる…

 FK興産の融資の見返りに、売っていたことになる…

 そんな…

 藤原ナオキが、そんな人間だったなんて…

 信じられなかった…

 いや、

信じたくなかった…

 だが、

 これが、現実だった…

 まごうことなき、現実だった…

 夢なら、覚めろと、心の中で、思ったが、夢ではなかった…

 「…でも…藤原さんが、こんなに、詳細に、寿さんのことを、報告してくれるとは、思いませんでしたよ…寿さんを、好きでは、なかったのですか? …」

 皮肉だった…

 が、

 その返答は、

 「…好きですよ…」

 と、いうものだった…

 「…エッ?…」

 電話の向こうで、伸明が、絶句したのが、わかった…

 「…なら、どうして?…」

 「…ボクと、暮らすより、諏訪野さんと、結婚する方が、幸せだからですよ…」

 「…」

 「…ボクは、所詮、ベンチャー企業の社長です…いつ、どうなるか、わからない…今もこうして、諏訪野さんに、会社の運営資金を、調達してもらってます…」

 「…」

 「…そんな、いつ、どうなるかわからない男と、いっしょに、いるよりも、諏訪野さんのような由緒あるお金持ちと、結婚した方が、幸せになれると、思う…」

 「…」

 「…ですが、そうはならなかったようで、残念です…」

 ナオキが、告げた…

 …私の幸せ?…

 …私の幸せのため?…

 …ウソォ!…

 なんとも、言えなかった…

 私の動静を諏訪野伸明に告げて、見返りに、五井銀行から、融資を得る…

 それが、私の幸せのため?

 本当に、そう思っている?

 心の底から、思っている?

 わからなかった…

 真実が、一体、なんだか、わからなかった…

 藤原ナオキにとって、会社が、大事か、私が、大事か、わからなかった…

 それとも、これは、二十代前半の会社に入社したての女の子が、付き合っている彼氏に聞く、

 「…私と、仕事のどっちが、大事なの?…」

 と、同じレベルの悩みなのだろうか?

 まったく、別のモノを同一に論じることと、同じなのだろうか?

 悩んだ…

 考えた…

 すると、

 「…ボクは、菊池リンさんと、結婚します…」

 という伸明の声が、聞こえた…

 …菊池リンと結婚?…

 ウソォ!

 驚いた…

 一体、どうして、伸明は、菊池リンと、結婚するのだろう?

 謎だった…

 そして、それは、ナオキも同じだったようだ…

 「…一体、どうして?…」

 ナオキが、焦ったように、訊いた…

 「…それは、藤原さん…ボクが、オヤジだからです…」

 「…オヤジ?…」

 「…40を過ぎて、お世辞にも、若くはない…最初は、リンちゃんを、昔から知っているから、親戚の子供ぐらいにしか、思ってなかった…でも、突然、リンちゃんと同じぐらいの年齢の佐藤ナナという、同じ五井一族の子が現れて、恥ずかしながら、その佐藤さんを、女として、見た、意識した…」

 「…」

 「…すると、その若さが羨ましくなった…それから、遅ればせながら、リンちゃんを女として、見れるようになった…同じ年代の藤原さんなら、ボクの気持ちをわかってくれると思う…」

 「…」

 「…ボクの中身は、ただの若い女が、好きな、中年のスケベオヤジですよ…」

 伸明が、自嘲気味に、言う声が、聞こえた…

 しかし、それが、伸明の本心か、否かは、わからなかった…

 ただ、伸明が、菊池リンと、結婚することが、五井の安定に繋がることは、たしか…

 五井は、同じ五井一族の者と、結婚する…

 それが、原則…

 その原則を当主自ら、破るわけには、いかないからだ…

 それが、わかっているのだろう…

 ナオキも、また、なにも、言わなかった…

 「…」

 と、無言だった…

 すると、少しの沈黙の後、

 「…藤原さん…」

 と、いう伸明の声が聞こえた…

 「…寿さんを幸せにしてください…」

 「…」

 「…共に、人生を歩んで、ください…」

 絞り出すような声だった…

 この声を耳にして、今さらながら、伸明が、私を好きだったんだと、思った…

 愛してくれていたんだと、思った…

 が、

 それに、返答した、ナオキの声は、

 「…わかりました…」

 と、機械のように、味気なく答えただけだった…

 これには、聞き耳を立てていた、私自身が、拍子抜けした…

 一体、これでは、ナオキが、本当に、私を愛してくれているのか、疑問だった…
 
 今の電話から、漏れ聞く会話を聞く限り、伸明の方が、私を愛していた…

 伸明の方が、信じられた…

 そう、思った…

 私と、同じ立場ならば、誰もが、そう思うに違いない…

 一体、ナオキは、私のことを、どう思っているのか?

 単なる、金づる?

 五井銀行から、融資を受けるための道具?

 それとも、本当に、愛している?

 心の底から、愛している?

 謎だった…

 これまで、私は、知らず知らずのうちに、ナオキと、伸明を秤にかけていた…

 両天秤にかけていた…

 が、

 それは、ナオキもまた同じだったかもしれない…

 ふと、気付いた…

 私を好き…

 愛している…

 その一方で、伸明=五井との融資の取引材料に使っている…

 そういうことだろう…

 そう思うと、落胆した…

 急速に、肩の力が抜けたというか…

 が、

 私が、それを怒ることはできない…

 ナオキを叱ることはできない…

 私もまたナオキを利用してきた…

 まだ高校生だった頃から、ナオキと男女の関係になり、今では、こうして、億ションにまで、住まわせて、もらっている…

 傍から見れば、どんなきれいごとを言おうと、社長の愛人だった…

 それ以外の言葉は、見つからなかった…

 愛人でなければ、すでに、結婚しているだろう…

 本当に、好きならば、結婚して、籍を入れているだろう…

 つまり、好きは、好きだが、その程度に、好きでしか、ないのだろう…

 今さらながら、気付いた…

 他人のことなら、そんなことも、わからないの?

 と、陰で、嘲笑するところだが、自分のこととなると、さっぱりわからない…

 バカな女…

 そして、

 バカな男…

 互いが、互いを利用して、生きている…

 そして、その事実に、二人とも気付かない…

 いや、

 気付かないフリをしている…

 バカなカップル…

 それに、気付くと、ため息が出た…

 そして、なんだか、すべてが、バカバカしくなった…

面白くなった…

 なんだか、これまで、真剣に悩んでいたこが、笑えた…

 すべては、コメディ…

 コメディ=喜劇に思えた…

 私の体調も、ナオキの会社も、すべてが、どうでもよくなった…

 ただ…

 ただ、自分の人生は、喜劇かもしれないが、もう少し、生きてみたくなった…

 これまでは、自暴自棄というか…

 癌になり、完治が絶望的と知ると、厭世的になった…

 ある意味、生きていることが、どうでもよくなった…

 なにより、どうせ長く生きれないだろうと、思った…

 が、

 今のナオキの態度を知るにつけ、もう少し、生きてみたくなった…

 ナオキも、そうだが、伸明の今後も知りたくなった…

 彼らを含めた、これまで知り会った五井一族…

 諏訪野マミ…

 佐藤ナナ…

 菊池重方(しげかた)…

 諏訪野昭子…

 諏訪野和子…

 彼ら、彼女らの行く末をみたくなった…

 いや、五井一族だけではない…

 ユリコも、ジュン君の行く末をみたくなった…

 ドラマや小説ではないが、この後、彼ら、あるいは、彼女らが、どんな人生を歩むのか、知りたくなった…

 そして、それこそが、私の生きる原動力になった…

 これまで、知り会った人々の行く末が、みたいと、心の底から、思うようになった…

 もう少し、生きてみたい…

 心底、そう思えるようになった…

 そして、それこそが、原動力…

 私の生きる原動力だった…

                 
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