第64話

文字数 7,159文字

 私が、そのニュースを知ったのは、偶然…

 まさに、偶然だった…

 昼間、なにげなく、自宅で、パソコンを開いて、ネットを見ていた…

 すると、ヤフーニュースに載っていたのだ…

 高雄組組長…高雄雄二…

 長身の銀行員のような男だった…

 一見すると、まるで、お堅い銀行員…

 が、

 しかし、その正体は、ヤクザだった…

 しかも、大物ヤクザ…

 いわゆる、経済ヤクザだった…

 昔ながらの、ドンパチの抗争をするヤクザではない…

 株や土地を動かして、大金を得る経済ヤクザ…

 いわば、スマートな紳士だった…

 それゆえ、抗争とは、無縁どころか、知的な匂いすらした…

 そもそも、暴力を使わないからだろう…

 見た目が、ヤクザとは見えない…

 暴力とは、無縁…

 が、

 その高雄組組長は、山田会という、広域暴力団の組長だった…

 しかも、大物組長…

 それが、なぜ、気になったかといえば、重方(しげかた)…

 菊池重方(しげかた)に、関わった人物として、警察で、聴取を受けていると、載っていたからだ…

 菊池重方(しげかた)は、菊池冬馬の父…

 五井家当主、諏訪野伸明の母方の叔父であり、母、昭子や、叔母の和子の弟でもある…

 当初は、この重方(しげかた)こそが、主人公というか…

 重方(しげかた)を中心に話が、動いていた…

 が、

 なぜか、最近は、めっきり、影が薄くなったというどころではなく、すっかり、消えてしまった…

 重方(しげかた)は、自民党の大場派に所属する現職の国会議員であり、大場派の幹部でもある…

 しかしながら、その地位に満足せず、自ら、派閥を立ち上げようとして、失敗…

 政界に、すっかり、身の置き所がなくなった…

 重方(しげかた)の力の源泉は、五井家の人間であること…

 五井家の関連企業の会長でもあり、大金を動かすことができる…

 その金を狙って、有象無象の国会議員が、重方(しげかた)にすり寄って来て、本人も調子に乗り、菊池派の立ち上げを目論んだが、失敗した…

 原因は、五井家の女帝、昭子が、大場派の領袖、大場小太郎に、今後、五井家は、重方(しげかた)を、推さないと、ハッキリと、断言したからだ…

 重方(しげかた)は、五井家あっての重方(しげかた)…

 菊池重方(しげかた)だった…

 その重方(しげかた)が、持つ、五井家の金こそが、皆の狙いだった…

 が、

 そもそも、五井家は、政治に関わらないことを、家訓としていた…

 いや、

 政治に関わらないのではない…

 一族から、直接、議員になるのを、禁じていたのだ…

 議員になれば、有象無象…

 言葉は悪いが、どこの馬の骨とも、わからない人物と関りを持つことになる…

 その結果、危なげな輩(やから)と、交流を持ち、五井家の金を奪われるかもしれない…

 だから、ご先祖様は、議員になることを、禁じた…

 が、

 重方(しげかた)は、その掟を破った…

 そして、おそらくは、ただの国会議員でいる間は、まだ昭子も、大目に見たが、自分の派閥を持ちたいと、言い出したことで、重方(しげかた)を、五井家から、追放した…

 二度と、五井家に戻らせないと、内外に見せしめにした…

 重方(しげかた)の行動が、五井家に重大な危険をもたらすかもしれないと、判断したためだ…

 事実、今、このヤフーニュースを見る限り、その予想は、当たったと言える…

 この高雄組組長が、重方(しげかた)と、どう関わったかは、わからないが、そもそもヤクザと繋がりを、持つのは、困る…

 下手をすれば、重方(しげかた)を通じて、五井家の金を、この高雄組組長が、狙ってきては、困るからだ…

 だから、議員にさせない…

 五井家の人間は、議員になることを禁ずる…

 当たり前のことだった…

 私は、そのニュースを、見ながら、そんなことを、考えた…

 同時に、冬馬…

 菊池冬馬のことを、思った…

 なぜなら、重方(しげかた)は、まだ一度しか、会っていない…

 だから、冬馬の父とは、知りながらも、どんな人物か知らないし、なにより、私と関係が薄かったからだ…

 たまたま、今、警察で、聴取されている、山田会の高雄組組長という大物ヤクザの名前が、ヤフーニュースで、出て、その中に、重方(しげかた)の名前が出て、驚き、興味を引いたが、私は、肝心な重方(しげかた)に、一度しか、あったことがなかった…

 だから、実感が湧かないというか…

 息子の冬馬や、伸明など、五井家の人間を通じて、思いやるというか、考えるだけだ…

 ただ、やはり、伸明や、昭子にとって、重方(しげかた)が、大物ヤクザと関係があったかもしれないというのは、ショックだったろうと、思った…

 まさに、まさか、だ…

 天下の五井家の人間が、大物ヤクザと接点を持つ…

 まさに、あっては、ならない事態だった…

 それは、極端な例を上げれば、五井を窓口に、経団連など、日本の財界にまで、大物ヤクザが、触手を伸ばす、きっかけを作ることになるかもしれなかった…

 そして、もしかしたら…

 もしかしたら、案外、そのことを、昭子が掴んでいたのかもしれないと、ふと、思った…

 重方(しげかた)だけ、追放して、息子の冬馬は、五井家に復帰させようとした…

 これは、誰が、どう考えても、おかしい…

 だったら、なぜ、冬馬の父、重方(しげかた)は、五井に、復帰させようとしなかったのか?

 重方(しげかた)は、昭子と和子の一卵性姉妹の弟…

 だから、ある意味、甥の冬馬よりも、可愛いに違いない…

 歳も、昭子と和子よりも、十歳年下…

 普通、十歳も年下の弟ならば、姉は、可愛がるものだ…

 まして、女は、可愛がるものだ…

 通常、男である兄よりも、女である姉のほうが、弟や妹を可愛がるものだ…

 しかし、昭子にそれは、当てはまらない…

 明らかに、重方(しげかた)を、嫌っていた…

 そして、その息子である、冬馬をも嫌っていた…

 これは、やはり、重方(しげかた)の性格によるものだろうか?

 考えた…

 昭子は、重方(しげかた)が、歳の離れた弟にも、かかわらず、重方(しげかた)の性格が、許せないのだろうか?

 議員になるな!

 と、厳命しても、それを無視する…

 それが、有せないのだろうか?

 片や、

 息子の冬馬は、一目見て、なぜ、昭子が嫌うのか、よくわかる…

 冬馬の険のある目…

 あれが、嫌なのだろう…

 誰もが、そうだが、険のある目を持つ人間を好きな人間は、稀だ…

 険がある=性格に難があると思うからだ…

 事実、険がある目を持つ人間で、性格が良い人間は、稀だろう…

 目は、心のありようを示す…

 そして、それは、大抵当てはまる…

 大抵というのは、すべて、当てはまるわけではないからだ…

 稀に、当てはまらない場合もある…

 亡くなった俳優の安岡力也は、実は、若い頃は、所属するグループサウンズ内で、いじめられていた…

 いわゆる、コワモテのヤクザ系のイメージで、売っていたにもかかわらず、実は、おとなしい性格だったのだろう…

 亡くなって、月日が経ったので、もう話してもいいと、思ったのだろう…若い頃から、親交のあった野田義春という芸能プロダクションの社長が暴露している…

 そして、その当時の安岡力也の写真を見ると、それは、本当のことだろうと、思える…

 若き日の安岡力也が写る写真は、線が細く、長身のイケメンだが、いかにも、おとなしそうだ…

 だから、当時、いじめられていたといっても、驚かないが、問題は、いじめていた人間…

 これが、当時、安岡力也が、入っていたグループサウンズで、一番の年長で、一番おとなしそうに見える男が、いじめていたそうだ…

 それを、聞くと、つくづく人間は、見た目では、わからないと、実感する…

 そして、そんなことは、世の中にありふれている…

 が、

 やはり、少数派というか、例外…

 あまり、例がない…

 大抵は、見た目で、性格が悪いだろうと、判断されて、やはり、性格が、悪いと、後に接して、実感するものだ…

 だから、誰もが、皆、見た目で、ひとを判断するのだ…

 大方、見た目で、判断して、間違いは、ないからだ(笑)…

 そして、それは、あの冬馬にも、当てはまった…

 菊池冬馬にも、該当した…

 あの険のある目だから、ひとが忌避する…

 事実、伸明からは、一族の鼻つまみ者と、言われていたし、冬馬の学生時代の友人である、私の担当医である、長谷川センセイからも、良い評判が得られなかった…

 だから、当たり前だが、私も好きではなかった…

 冬馬と、何度か、会ったが、やはりというか…

 どうしても、好きになれなかった…

 そして、それは、なぜだか、考えた…

 あらためて、じっくりと、考えた…

 すると、やはり、あの外見に問題があると思った…

 伸明同様、長身のイケメンだが、やはり、あの険のある目がダメ…

 受け入れられない…

 それが、大きかった…

 率直に言って、冬馬と接していて、それほど、嫌な気持ちになった経験はない…

 が、

 やはりというか、あの目だから、受け入れられないというか…

 どうしても、足がすくむというと大げさだが、一歩引いてしまう…

 これも、また、当たり前かもしれない…

 防衛本能というと、大げさだが、ああいう目をした人間に、身近に接してはダメ! という、いわば、警告が、DNAレベルで、私の内面に、刻み込まれているのだ…

 いや、

 私だけではない…

 大抵の人間には、深く刻み込まれている…

 それゆえ、通常は、忌避されるのだ…

 私は、思った…

 そして、そんなことを考えていると、あの和子を思った…

 あの日、和子との面談で、冬馬のことに、ほとんど触れなかったからだ…

 話は、ほとんど、伸明を中心とした話…

 当たり前だが、私を呼び出した以上、どうしても、伸明の話が、中心になる…

 なぜなら、私が、伸明と結婚するかもしれないからだ…

 そして、リン…

 菊池リンが、佐藤ナナに対抗して、伸明と結婚すべく、動き出したと言った…

 そのために、冬馬は、自殺未遂に追い込まれた…

 五井東家当主、菊池リンと結婚するから、菊池冬馬は、五井家に復帰できる…

 が、

 その菊池リンが、伸明と結婚したら、自分は、戻るところがない…

 自分の席がない…

 自分は、あくまで、菊池リンの夫として、戻るのだ…

 菊池リンが、伸明と結婚すれば、戻る席がない…

 だから、冬馬が、将来を悲観して、自殺未遂を起こしたのも、わかる…

 が、

 その扱いが、軽かった…

 昭子は、ともかく、和子にとっても、軽いと、言わざるを得なかった…

 あの和子との話し合いの中でも、冬馬に言及することは、ほとんどなかった…

 だから、そもそも、和子にも、相手にされていない…

 最初から、眼中にない…

 だから、話のほか…

 相手にもしていないのだった…

 振り返ってみれば、それがわかる会話だった…

 和子との会話だった…

 冬馬の話題が少なすぎる…

 当たり前だが、誰も、冬馬に関心がないのが、わかる現実だった…

 私は、今さらながら、それを実感した…

 そして、それを思ったとき、ちょっぴり、冬馬に同情した…

 五井東家の御曹司に生まれ、普通にいけば、五井東家を継ぎ、なに不自由のない一生を送れたであろう…

 にもかかわらず、父の重方(しげかた)と、共に、五井家を追放された…

 叔母の昭子や和子の温情で、菊池リンの夫として、五井家に復帰できたと、思ったら、今度は、そのリンが、伸明さんを狙っている…

 だから、結婚は、解消というか…

 菊池リンと結婚して、五井家に復帰する計画は、泡と消えた…

 それを、考えれば、誰もが、冬馬に同情する…

 普通に考えれば、可哀そうと、思う…

 が、

 おそらく、誰も、そう思わない…

 実際に、冬馬を知れば、同情はしない…

 そうなって、しかるべき…

 大半の人間が、そう思うだろう…

 冬馬を知る大半の人間が、そう判断するだろう…

 つくづく、人徳がないというか…

 考えれば、考えるほど、惨めな人間だった…

 
 そして、その後、思いがけないことが起こった…

 リン…

 菊池リンと、会ったのだ…

 場所は、私の住む、マンションの近く…

 偶然というには、あまりにも、出来過ぎていた…

 おそらく、日々、私の動静を見張っていたのであろう…

 菊池リン自身が、直接、私の動静を見張っていずとも、興信所の探偵かなにかに頼んで、見張っていた可能性は、高い…

 そうでなければ、私の自宅近くで、偶然、会うことなど、ありえない…

 おそらくは、私の日々の動静から、何時ごろに、どこへ行くのか、見当をつけたに違いなかった…

 私は、まだ、五井記念病院を退院したばかり…

 当たり前だが、体調は優れない…

 が、

 一日中、家の中で、ゴロゴロしてばかりしていては、やはり、怠け癖というか…

 リハビリを兼ねて、毎日とはいわないが、二日に一度は、近所のコンビニには、行くようにしていた…

 そうしなければ、食べる物にも、困る…

 食べ物は、ネットで、注文したものもあったが、基本は、近所のコンビニで、買っていた…

 自宅マンションの近くに、スーパーがないのも、大きかった…

 今では、スーパーは、全国的に、郊外が主流…

 郊外に大規模な駐車場を持つ、ショッピングセンターの中核になっている…

 だから、私の住む、駅近くのマンションには、なかった…

 そして、なにより、私は、今、藤原ナオキといっしょに住んでいる…

 といっても、ナオキは、昼間は、基本、不在…

 外で、働いているからだ…

 だから、基本的には、ほぼ、私ひとりの食べる分だけ、買えば、良かった…

 だから、近くのコンビニで、十分だったのだ…

 「…綾乃さん…」

 私が、自宅のマンションを出て、道路を歩いていると、いきなり、背後から、声がかかった…

 私は、一瞬、声をかけてきた人間が、誰か、わからなかった…

 私は、友人や知人が、多い方では決してない…

 いや、私のように、地方出身者で、東京に住む人間で、友人、知人が、多い人間は、稀だろう…

 普通は、少ないに違いない…

 だから、街中で、声をかけられたのは、意外だった…

 そんな経験がない私だから、用心すれば、良かったのかもしれないが、つい、なにも、考えることなく、声のする方を振り返った…

 私の愚かさだった…

 振り返ると、

 そこには、リン…

 菊池リンの姿があった…

 「…き…菊池さん?…」

 思わず、突拍子もない声で、叫んだ…

 周囲にひとがいれば、思わず、私を振り返るほどだった…

 それほど、衝撃的だった…

 まさか、リンが…

 あの菊池リンが、私の前に姿を現すとは、思わなかった…

 おおげさにいえば、万感の思いで、菊池リンを見た…

 五井家が、私を、見張るために、私の動静を探るために、つけたスパイ…

 そして、ジュン君に、ジュン君が、ナオキの子供ではない事実を告げ、パニクッたジュン君が、私をクルマではねた原因を作った人物…

 そして、前回会ったときは、

 「…食えない女…」

 と、私を憎々しげに見て、呟いた女…

 会社にいるときは、私は、歳の離れた妹のように、彼女を可愛がり、溺愛した…

 が、

 その結果がこれだった…

 つくづく、自分自身の甘さを思い知らされた…

 だから、そういう意味では、恩人だった…

 自分自身の甘さを、思い知らせてくれた恩人だった…

 ごく短い瞬間だったが、そんなさまざまな感情を思い起こさせてくれた…

 まさに、万感の思いだった…

 劇的な再会だった…

 そして、そんな思いで、菊池リンを見ると、菊池リンは、以前の表情のままに、

 「…お久しぶりです…」

 と、愛くるしい笑顔で、私に語りかけた…

 それは、まるで、太陽のように、明るかった…

 天真爛漫というと、大げさだが、思わず、彼女が、これまで、水面下で、さまざまな工作を仕掛けてきたことを、忘れるほどだった…

 だから、それを念頭に置いて、

 「…ええ…久しぶり…」

 と、彼女に挨拶した…

 ただ、挨拶しただけでは、彼女のペースに引き込まれてしまう…

 そんな不安があった…

 彼女の武器は、その愛くるしさ…

 私は、彼女のさまざまな工作を、思い浮かべていたものの、それでも、つい、彼女に甘い顔を見せてしまいがちだった…

 そして、それこそが、武器…

 その愛くるしさこそが、菊池リンの武器だった…

 彼女の前では、男でも女でも、つい無防備になる…

 警戒を怠る…

 これは、男女どころか、年齢は関係ない…

 その愛くるしさに、ひとは、無防備になり、心を許す…

 思えば、ひとは、見た目に騙されるというか…

 ちょうど、菊池冬馬の真逆だった…

 険のある目を持つ、菊池冬馬を一目見れば、誰もが、警戒し、心を許さない…

 なにをしでかすか、わからないからだ…

 だから、警戒する…

 それに対して、冷静に考えれば、この菊池リンの方が、はるかに、手ごわい…

 つい、こちらが、警戒を怠り、油断するからだ…

 結果、彼女のペースにはまりかねない…

 彼女の狙い通りになりかねない…

 …この女に弱みを見せては、ならない…

 そんな思いを強くした…

 が、

 私のそんな思いとは、裏腹に、

 「…綾乃さん…退院できて、よかったですね…」

 と、菊池リンが、私に語りかける…

 すると、自分でも、ビックリするほど、官女の笑顔に、癒されるというか…

 「…つい…ありがとう…」

 と、返してしまった…

 自分でも、危ないと思っても、つい、気を許しかねない…

 考えように、よっては、この菊池リンこそ、強敵…

 私の一番の強敵かもしれなかった…

 私は、これまで、ユリコ…

 ジュン君の母である、ユリコを一番の強敵と、信じてきた…

 が、

 違うかもしれない…

 この菊池リンこそ、寿綾乃、最大の敵かもしれなかった…

 今さらながら、その思いを強くした…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み