第35話
文字数 8,252文字
いよいよ、私の退院が近づいた…
現実になった…
「…いよいよですね…」
病室で、佐藤ナナが、私に言った…
「…ありがとう…佐藤さんにも、お世話になったわ…」
私は、言った…
言いながら、最後まで、この佐藤ナナの正体が、わからないと思った…
おそらく五井一族であることは、わかる…
私が以前、佐藤ナナの正体が、五井一族であることに触れると、文字通り、彼女の顔色が変わった…
だから、彼女の両親のどちらかが、五井一族であることに、間違いはない…
だが、その先が、わからなかった…
あるいは、永久にわからないかもしれない…
私は、彼女の顔を見ながら、そんなことを、考えた…
「…寿さんは、退院して、どうするんですか?…」
「…どうするって?…」
「…そのカラダで、一人暮らしですか?…」
「…いえ、以前、いっしょに住んでいた方が、当面の間、いっしょに、住んで、私の面倒をみてくれるといってくれて…」
さすがに、藤原ナオキの名前は出せなかった…
この佐藤ナナも、藤原ナオキのことは、知っている…
だから、藤原ナオキの名前を出すわけには、いかなかった…
「…そうですか?…」
佐藤ナナの顔が、パッと、華やいだ…
「…だったら、心配して、損しました…」
「…心配? …どうして、心配なの?…」
「…だって、寿さんって、なんか、親元から、会社に通ってるイメージが、皆無ですから…誰が見ても、一人暮らしのイメージっていうか…」
「…」
「…要するに、しっかりし過ぎているんですよ…親元から、会社に通ってると、どうしても、親に甘えてるイメージが、想像できますが、寿さんには、そんなイメージがまるでない…かといって、結婚しているイメージもまるでない…だから、一人暮らしかと…」
私は、佐藤ナナの意見に驚愕したというか…
もっともだと思った(笑)…
一方で、今まで、そんなことを、誰にも言われたことのないことを、考えた…
果たして、どうして、言われたことがなかったのか?
言いづらい?
それとも、
誰が見ても、一人暮らしに見えるのか?
謎だった(笑)…
所詮、自分のことは、自分では、わからないものだ…
よく、どんな職場でも、学校でも、変わり者と呼ばれる人間がいるが、当人に聞けば、誰もが、自分が、そんなに他人と変わっているとは、思わないと、答えるに違いない…
多少は、違っていると、思う程度だ…
だが、傍から見れば、誰が見ても、変人…
変わっている…
世の中、そういうものだ(笑)…
「…とにかく、安心しました…これで、気持ちよく、寿さんを、この病院から、送り出せます…」
佐藤ナナが、ニコニコ笑う…
それから、
「…寿さん…」
と、言いながら、私に顔を近づけた…
私は、驚いた…
一体、なにをするのだろう?…
佐藤ナナの浅黒いが、若く、華やかな顔が、私の顔の真横にあった…
これでは、まるで、キスをする距離だ…
「…もっと、弱くなってください…」
「…弱く?…」
…一体、どういう意味だろう?…
いや、
どうして、看護師が、患者に弱くなって、なんて、言うのだろう?
「…寿さんは、強すぎます…そんなんじゃ、寿さんに、頼る、弱っちい男しか、寄って来ませんよ…」
と、佐藤ナナが、私の耳元で、囁いた…
私は、唖然とする…
私は、驚いて、佐藤ナナを見た…
「…弱い女には、強い男が、守ってあげようと、やって来る…強い女には、弱い男が、守ってもらいたくなって、やって来る…」
佐藤ナナが、笑う…
「…だから、強い男を狙うときは、弱い女を演じる…真逆に、弱い男を狙うには、強い女を演じる…母の教えです…」
佐藤ナナが、笑った…
「…寿さんは、強すぎます…だから、男は、寿さんを対等のパートナーとして見るか、寿さんに、面倒をみてもらうかのどちらかになる…」
「…」
「…別に、今の時代、女が、指導力を発揮して、男を引っ張るのは、当たり前かもしれませんが、それは、結婚してからで、いいんじゃ…」
佐藤ナナが笑った…
と、いうことは、どうだ?
諏訪野伸明も、藤原ナオキも、私を頼っている?
…そんなバカな…
私は、考えた…
「…それとも、寿さん…弱い男に君臨して、意のままに操りますか?…」
その言葉で、ピンときた…
この佐藤ナナが、なにを言いたいのか、ピンとした…
…試している?…
私が、諏訪野伸明と結婚して、五井の財産を狙っているか、どうか、試している…
それが、わかった…
佐藤ナナの狙いが、読めた…
そして、佐藤ナナの背後に誰がいるのか、想像がついた…
「…そういうこと…」
私は、言った…
「…そういうことって、どういうことですか?…」
「…佐藤さん、アナタが、誰の命令で、私の動静を窺っているのか、やっと、わかった…」
私は、笑った…
途端に、佐藤ナナの顔から、笑顔が消えた…
笑いが消えた…
「…バカね…私にカマをかけようとするなんて…十年早いわ…」
「…」
「…昭子さんね…伸明さんの母の…」
「…」
「…佐藤さんの背後にいる女性…」
私の言葉に、佐藤ナナが、固まった…
文字通り、私の顔に、顔を近づけたまま、固まった…
「…以前も言ったように、アナタが、五井一族の人間であることは、想像がついた…だけど、誰の命令で、私の動静を見張っているのか、までは、わからなかった…」
「…」
「…以前は、あの冬馬理事長の指示で、見張っているのかと、思ってたけど、それは、違った…」
「…」
「…いえ、そもそも、冬馬理事長に、ひとを動かせる権限はない…五井記念病院の理事長の肩書は、名目だけ…実権は、ないに、等しい…」
「…」
「…だから、佐藤さんが、冬馬理事長から、指示を受けて、私の動静を見張ることは、できるけれども、それは、佐藤さんが、一般の看護師だから…」
「…」
「…でも、今の質問で、アナタが、昭子さんの指示で、動いているのが、わかった…いえ、そもそも、アナタが、冬馬理事長の力で、この五井記念病院に看護師として勤めることができるはずがない…冬馬理事長の力では、難しいに違いない…」
「…」
「…でも、昭子さんの指示なら、簡単…冬馬理事長が、名目だけの理事長と知った時点で、佐藤さんが、冬馬理事長と、別の人間の力で、この五井記念病院に、看護師として、勤務できたと、考えなければ、ならなかった…」
「…」
「…それが、今になってわかったというのは、私のトロさね…」
私は、笑った…
佐藤ナナは、固まったままだった…
「…諏訪野昭子さんは、伸明さんのことが、心配なのでしょう…自分の息子が、どんな女と、結婚するのか、心配なのでしょう…だから、私を監視した…その気持ちはわかる…」
が、
私の言葉に、佐藤ナナが、笑った…
ニコッと、楽しそうに笑った…
「…寿さん…案外、トロいんですね…」
「…トロい? …どうして?…」
今度は、私の顔色が変わった…
まさか、佐藤ナナが、反撃するとは、思ってもみなかった…
「…五井家の内紛…私が、この病院に、来た時点で、始まってるんですよ…」
「…どういう意味?…」
「…いえ…っていうか、本当は、寿さんが、この五井記念病院に運び込まれた時点で、始まってるんです…」
佐藤ナナが、笑って、私から、離れた…
「…どういうこと?…」
「…菊池リンさんは、寿さんを、この五井記念病院に入院する手筈を整えました…その時点で、寿さんは、五井記念病院の監視下に置かれた…」
「…」
「…そして、五井記念病院の理事長は、前五井東家、菊池冬馬…その冬馬は、菊池リンと、婚約と噂されてます…菊池リンは、現五井東家当主…」
「…」
「…これが、どういうことか、わかりますか?…」
「…」
「…要するに、この病院は、五井東家の支配下にあるということです…」
「…」
「…そして、昭子さんも、五井東家出身…菊池リンさんの祖母の和子さんも、同じ…菊池重方(しげかた)さんは、二人の弟…これは、どういう意味か、わかりますか?…」
「…すべて、五井東家の人間…」
「…そうです…ですから、五井家の内紛の正体は、五井本家と、それ以外の五井十二家の争いじゃありません…」
「…どういうこと?…」
「…五井家の内紛とは、五井東家が、五井本家を乗っ取ろうとしていて、それに、当主の伸明さんが、反発していることです…」
「…反発…」
驚いた…
が、
今、聞いた佐藤ナナの言葉が、本当なら、驚くが、反面、あり得るとも、思う…
なにしろ、五井本家は、すべて、五井東家の人間で、固めてある…
五井本家という名目でありながら、実質は、五井東家の人間ばかり…
これでは、五井本家が、格下の分家である、五井東家に乗っ取られると、思っても、不思議ではない…
「…どうして、伸明さんが、反発しているって、わかるの?…」
「…寿さん…それが鈍いんですよ…」
「…鈍い?…」
「…だって、伸明さんが、寿さんと結婚することが、反発の証(あかし)です…本当なら、伸明さんは、菊池リンさんと、結婚するべきです…五井東家出身の菊池リンさんと、伸明さんが、結婚すれば、事実上、五井本家は、五井東家だらけになる…事実上、五井東家が、本家になるということです…」
仰天の展開だった…
だが、
考えてみれば、当たり前だった…
その可能性に気付かなかった…
言われてみれば、関係者、全員が、五井東家の人間…
今は、五井本家といえども、その出身は、五井東家の人間…
そんな状況下で、伸明が、菊池リンとの結婚を拒否…
私との結婚を望むのは、五井東家に対する裏切りとも、抵抗ともいえる…
なぜなら、伸明の母、昭子は、五井東家の出身…
当然、本心では、伸明は、自分の出身の、五井東家出身の菊池リンと結婚させたかったに違いない…
だから、あえて、五井東家の菊池リンとの結婚を拒否したともいえる…
「…でも、どうして?…」
私は、言った…
「…どうして、伸明さんは、菊池リンさんとの結婚を嫌がったの…」
「…お父様です…」
「…お父様?…」
「…亡くなった先代当主、建造さんが、自分を、当主に推してくれた恩義です…」
「…」
「…伸明さんが、自分と血が繋がっていないにもかかわらず、後継者として、推してくれた…自分の血が繋がった息子の秀樹さんが、いるにもかかわらずです…」
「…」
「…伸明さんは、菊池リンさんを決して、嫌いではありません…でも、菊池さんと結婚すれば、五井本家が、すべて、五井東家の人間になってしまう…それを嫌がったんです…」
佐藤ナナが説明する…
…なるほど…
…そういうことか?…
だんだん、わかってきた…
諏訪野伸明は、亡くなった建造を、尊敬している…
血が繋がってないにもかかわらず、自分を後継者に推してくれた建造を、尊敬している…
建造のためにも、五井東家出身の菊池リンと、結婚はできないと、思ったのだろう…
それでは、五井本家は、実質、五井東家の人間だらけになってしまうからだ…
…五井の歴史は、闘争の歴史…
一族の争いの歴史であると、以前、諏訪野伸明は、私に告げた…
五井は、皆、姓が違う…
姓が、バラバラ…
それゆえ、他の一族に比べ、団結心が、弱い…
劣っている…
だから、争いになる…
通常ならば、本家が、圧倒的な力を持っていれば、他の一族が、本家に立ち向かうことが、できず、争いが起きない…
言葉は、悪いが、本家が弱いから、争いになるのだ…
これは、ちょうど、徳川幕府と、その前の室町幕府と、比べれば、よくわかる…
徳川幕府は、圧倒的に、徳川将軍家が、強いから、争いが、起きなかった…
他の外様大名が、連携して、団結しなければ、徳川将軍家を、倒せないからだ…
それゆえ、争いが、起きなかった…
が、
その前の室町幕府は、違う…
室町幕府は、将軍の足利氏の力が、弱かった…
もっと、はっきり言えば、徳川将軍家のように、足利将軍家が、他の大名と比べても、抜きん出た存在ではなかった…
だから、連合政権というか…
有力大名が、力を合わせて、足利幕府を支えていて、足利将軍家は、その中で、一番力があるが、決して、突出して、力があるわけではなかった…
それゆえ、歴代の足利将軍家は、他の有力大名を討伐して、自分の力を誇示した…
そうしなければ、他の有力大名に対して、自分の力を見せつけることができないばかりか、下手をすれば、自分が格下になる恐れすら、あったからだ…
そして、それは、五井も同じだった…
室町幕府と同じだった…
本家=将軍家の力が、突出して、強いわけではない…
だから、先代の諏訪野建造、義春の兄弟は、自分の好きな女と、結婚ができなかった…
自分の意志を貫くことができなかった…
それは、何度もいうが、室町幕府の足利将軍家と同じ…
徳川将軍家の将軍ならば、他の大名に気兼ねなく、自分の結婚相手を選ぶことが、できるが、足利将軍家では、できない…
どうしても、他の有力大名の意見を聞かざるを得ない…
なぜなら、本家=将軍家の力が、弱いからだ…
だから、他の有力大名の顔色を窺わざるを得ない…
五井一族も、それと同じ…
本家の力が弱かった…
だから、伸明の父、建造は、本家の力を強くしようとした…
が、
結局、今、五井本家は、五井東家に乗っ取られようとしている…
考えてみれば、伸明の母、昭子も、建造の弟、義春の結婚した相手、昭子の妹、和子も、五井東家の人間…
伸明が、和子の孫、菊池リンと結婚すれば、文字通り、五井本家は、事実上、五井東家の人間だらけになる…
伸明が、それを嫌ったのは、よくわかる…
だが、だとしたら、どうだ?
それが、本当ならば、どうだ?
五井家の争いとは、現当主の諏訪野伸明と、それ以外の人間の争いということか?
もっと、はっきり言えば、五井本家内で、伸明と、それ以外の争いということか?
さらにいえば、要するに、伸明が、菊池リンと結婚しないから、内紛になったともいえる…
伸明が、菊池リンと、結婚することで、文字通り、五井本家は、実質、分家の五井東家に乗っ取られるからだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…五井の反乱の原因は、当主の伸明さんです…」
と、佐藤ナナが、私の心の中を、見透かすように、断言した…
「…伸明さんが、母親の昭子さんの言うことを聞かない…それが、原因です…」
「…」
「…昭子さんは、伸明さんが、菊池リンさんと結婚して、事実上、五井東家が、五井本家を、乗っ取る形にしても、五井本家の力を強めようとしている…それに、伸明さんが反発して、他の五井の分家と連携している…それが、反乱の内訳です…」
佐藤ナナが、告げた…
私は、驚いたが、かといって、たいした、驚きはなかった…
すでに、佐藤ナナのこれまでの説明で、あらましは、わかったからだ…
なにより、諏訪野伸明は、父の建造を尊敬している…
だから、伸明にとって、菊池リンと結婚して、五井本家が、事実上、五井東家に乗っ取られる形になることは、どんなことがあっても、避けなければ、ならない事態に違いない…
それは、伸明が、菊池リンを好きか、否かは、関係がない…
おそらく、五井本家の力を強めることには、賛成だろうが、事実上、五井本家が、五井東家に乗っとられる形になることが、嫌なのだろう…
私は、悟った…
そして、そこまで、考えると、色々、見えてくるものが、あった…
これまで、わからなかったことが、わかってきた…
五井の騒動の裏が、読めてきた…
五井東家を、追放された、菊池冬馬が、五井東家を継いだ、菊池リンと結婚する…
これは、一体どういう意味か?
要するに、五井東家を追放された、前の五井東家の菊池冬馬を救っているのだ…
結婚することで、追放された冬馬を救おうとしているのだ…
おそらく、諏訪野伸明が、菊池リンと結婚しないと、昭子に宣言したのだろう…
それゆえ、菊池リンを有効活用しようとした…
菊池リンが、一族の菊池冬馬と、結婚することで、菊池冬馬を救うことができる…
つまりは、昭子は、冬馬を見捨てて、いない…
いや、
冬馬ではない…
五井東家を優遇している…
そして、それを、他の一族が、見抜いている…
これでは、騒動が起きないはずがない…
私は、思った…
が、
同時に、どうして、そこまでして、五井東家を優遇するのか?
謎がある…
いや、
謎ではないのかもしれない…
五井家は、五井十三家…
本家とその他、十二家…
そして、事実上、五井東家が、五井本家を仕切っている…
だから、諏訪野伸明と、菊池リンが結婚することで、すべて、五井東家の人間が、本家を仕切れば、いいと、考えているのかもしれない…
そして、伸明は、それに異を唱えている…
事実上、五井東家に本家が、乗っ取られる事態に、他の十一家が、反発すると、恐れているのかもしれない…
「…五井は、一つ…それが、五井の家訓です…」
いきなり、佐藤ナナが言った…
「…でも、一つじゃないから、一つって言うんですよね…どこかの会社の社是じゃないけれども、大きすぎて、バラバラで、統率ができないから、あえて、一つと、言っているに過ぎない…」
「…」
「…本当は、バラバラだから、一つって、言わないと、会社が、まとまらないから…」
佐藤ナナが笑った…
たしかに、その通り…
その通りだ(笑)…
一つじゃないから、あえて、一つと言う…
仲が良くないから、みんな仲良く、というのと、似ている…
私は、思った…
が、
すると、菊池重方(しげかた)は、どうなる?
菊池冬馬の父、重方(しげかた)は、どうなる?
重方(しげかた)の、五井家での立ち位置が気になる…
今、佐藤ナナが、言ったことが、本当なら、五井家は、いや、五井本家は、事実上、分家の五井東家が、本家を乗っ取る形で、五井本家の力を強めようとしている…
そして、そのことに、伸明は、反発している…
伸明が、反発する理由は、ただ一つ…
亡くなった先代当主、建造の恩義に報いるためだ…
建造もまた、本家の力を強めるために、尽力した…
が、
建造の立場にたってみれば、本家の力を強めるためとはいえ、事実上、五井東家の人間に、五井本家を乗っ取られる形になるのは、避けたいに違いない…
それを、思った、伸明は、菊池リンとの結婚ではなく、私、寿綾乃を選んだに違いない…
伸明が、菊池リンと結婚することは、事実上、五井本家が、五井東家に乗っ取られる形になるからだ…
だからか?
私は、突然、気付いた…
先日、会った、菊池リンは、かつて、私の知っている、菊池リンではなかった…
私には、なぜ、彼女が変貌したのか、わからなかった…
が、
今、佐藤ナナが言ったことが、本当ならば、わかる…
つまりは、菊池リンは、かつての菊池リンではない…
今の菊池リンは、五井東家当主…
そして、諏訪野伸明のお嫁さん候補…
以前も、伸明のお嫁さん候補だったが、今とは、立場が違う…
今は、五井東家当主…
いや、
当主以前に、伸明と結婚して、五井本家の力を強めようとしている…
が、
伸明は、それに反発している…
五井本家の力を強めるのは、賛成に違いないが、事実上、五井東家に乗っ取られる形になるのが、嫌なのだろう…
私は、思った…
そして、ふと、疑問に思った…
なぜ、伸明の母、昭子は、それほど、本家の力を強めようとするのだろうか?
事実上、五井東家が、仕切る形になることに、反発する伸明の気持ちは、わかるに違いない…
にもかかわらず、本家の力を強めようとする…
いや、
本家だけではない…
五井東家を追放した、冬馬を、菊池リンの結婚相手として、五井東家に復帰させる…
これは、五井東家を、従来通り、五井東家の人間で、運営させることになる…
つまりは、五井東家の人間で、五井の中枢を固めることになる…
なぜ、そこまでするのか?
ひょっとして?
ひょっとして、もしや、五井は、どこかと、戦争をするのではないだろうか?
戦争というと、大げさだが、抗争するのではないか?
それゆえ、本家の力を強めようとしているのではないか?
手っ取り早く、身内を固めようとしているのではないか?
ふと、そんな考えが、脳裏をよぎった…
それが、一番考えられる理由だった…
現実になった…
「…いよいよですね…」
病室で、佐藤ナナが、私に言った…
「…ありがとう…佐藤さんにも、お世話になったわ…」
私は、言った…
言いながら、最後まで、この佐藤ナナの正体が、わからないと思った…
おそらく五井一族であることは、わかる…
私が以前、佐藤ナナの正体が、五井一族であることに触れると、文字通り、彼女の顔色が変わった…
だから、彼女の両親のどちらかが、五井一族であることに、間違いはない…
だが、その先が、わからなかった…
あるいは、永久にわからないかもしれない…
私は、彼女の顔を見ながら、そんなことを、考えた…
「…寿さんは、退院して、どうするんですか?…」
「…どうするって?…」
「…そのカラダで、一人暮らしですか?…」
「…いえ、以前、いっしょに住んでいた方が、当面の間、いっしょに、住んで、私の面倒をみてくれるといってくれて…」
さすがに、藤原ナオキの名前は出せなかった…
この佐藤ナナも、藤原ナオキのことは、知っている…
だから、藤原ナオキの名前を出すわけには、いかなかった…
「…そうですか?…」
佐藤ナナの顔が、パッと、華やいだ…
「…だったら、心配して、損しました…」
「…心配? …どうして、心配なの?…」
「…だって、寿さんって、なんか、親元から、会社に通ってるイメージが、皆無ですから…誰が見ても、一人暮らしのイメージっていうか…」
「…」
「…要するに、しっかりし過ぎているんですよ…親元から、会社に通ってると、どうしても、親に甘えてるイメージが、想像できますが、寿さんには、そんなイメージがまるでない…かといって、結婚しているイメージもまるでない…だから、一人暮らしかと…」
私は、佐藤ナナの意見に驚愕したというか…
もっともだと思った(笑)…
一方で、今まで、そんなことを、誰にも言われたことのないことを、考えた…
果たして、どうして、言われたことがなかったのか?
言いづらい?
それとも、
誰が見ても、一人暮らしに見えるのか?
謎だった(笑)…
所詮、自分のことは、自分では、わからないものだ…
よく、どんな職場でも、学校でも、変わり者と呼ばれる人間がいるが、当人に聞けば、誰もが、自分が、そんなに他人と変わっているとは、思わないと、答えるに違いない…
多少は、違っていると、思う程度だ…
だが、傍から見れば、誰が見ても、変人…
変わっている…
世の中、そういうものだ(笑)…
「…とにかく、安心しました…これで、気持ちよく、寿さんを、この病院から、送り出せます…」
佐藤ナナが、ニコニコ笑う…
それから、
「…寿さん…」
と、言いながら、私に顔を近づけた…
私は、驚いた…
一体、なにをするのだろう?…
佐藤ナナの浅黒いが、若く、華やかな顔が、私の顔の真横にあった…
これでは、まるで、キスをする距離だ…
「…もっと、弱くなってください…」
「…弱く?…」
…一体、どういう意味だろう?…
いや、
どうして、看護師が、患者に弱くなって、なんて、言うのだろう?
「…寿さんは、強すぎます…そんなんじゃ、寿さんに、頼る、弱っちい男しか、寄って来ませんよ…」
と、佐藤ナナが、私の耳元で、囁いた…
私は、唖然とする…
私は、驚いて、佐藤ナナを見た…
「…弱い女には、強い男が、守ってあげようと、やって来る…強い女には、弱い男が、守ってもらいたくなって、やって来る…」
佐藤ナナが、笑う…
「…だから、強い男を狙うときは、弱い女を演じる…真逆に、弱い男を狙うには、強い女を演じる…母の教えです…」
佐藤ナナが、笑った…
「…寿さんは、強すぎます…だから、男は、寿さんを対等のパートナーとして見るか、寿さんに、面倒をみてもらうかのどちらかになる…」
「…」
「…別に、今の時代、女が、指導力を発揮して、男を引っ張るのは、当たり前かもしれませんが、それは、結婚してからで、いいんじゃ…」
佐藤ナナが笑った…
と、いうことは、どうだ?
諏訪野伸明も、藤原ナオキも、私を頼っている?
…そんなバカな…
私は、考えた…
「…それとも、寿さん…弱い男に君臨して、意のままに操りますか?…」
その言葉で、ピンときた…
この佐藤ナナが、なにを言いたいのか、ピンとした…
…試している?…
私が、諏訪野伸明と結婚して、五井の財産を狙っているか、どうか、試している…
それが、わかった…
佐藤ナナの狙いが、読めた…
そして、佐藤ナナの背後に誰がいるのか、想像がついた…
「…そういうこと…」
私は、言った…
「…そういうことって、どういうことですか?…」
「…佐藤さん、アナタが、誰の命令で、私の動静を窺っているのか、やっと、わかった…」
私は、笑った…
途端に、佐藤ナナの顔から、笑顔が消えた…
笑いが消えた…
「…バカね…私にカマをかけようとするなんて…十年早いわ…」
「…」
「…昭子さんね…伸明さんの母の…」
「…」
「…佐藤さんの背後にいる女性…」
私の言葉に、佐藤ナナが、固まった…
文字通り、私の顔に、顔を近づけたまま、固まった…
「…以前も言ったように、アナタが、五井一族の人間であることは、想像がついた…だけど、誰の命令で、私の動静を見張っているのか、までは、わからなかった…」
「…」
「…以前は、あの冬馬理事長の指示で、見張っているのかと、思ってたけど、それは、違った…」
「…」
「…いえ、そもそも、冬馬理事長に、ひとを動かせる権限はない…五井記念病院の理事長の肩書は、名目だけ…実権は、ないに、等しい…」
「…」
「…だから、佐藤さんが、冬馬理事長から、指示を受けて、私の動静を見張ることは、できるけれども、それは、佐藤さんが、一般の看護師だから…」
「…」
「…でも、今の質問で、アナタが、昭子さんの指示で、動いているのが、わかった…いえ、そもそも、アナタが、冬馬理事長の力で、この五井記念病院に看護師として勤めることができるはずがない…冬馬理事長の力では、難しいに違いない…」
「…」
「…でも、昭子さんの指示なら、簡単…冬馬理事長が、名目だけの理事長と知った時点で、佐藤さんが、冬馬理事長と、別の人間の力で、この五井記念病院に、看護師として、勤務できたと、考えなければ、ならなかった…」
「…」
「…それが、今になってわかったというのは、私のトロさね…」
私は、笑った…
佐藤ナナは、固まったままだった…
「…諏訪野昭子さんは、伸明さんのことが、心配なのでしょう…自分の息子が、どんな女と、結婚するのか、心配なのでしょう…だから、私を監視した…その気持ちはわかる…」
が、
私の言葉に、佐藤ナナが、笑った…
ニコッと、楽しそうに笑った…
「…寿さん…案外、トロいんですね…」
「…トロい? …どうして?…」
今度は、私の顔色が変わった…
まさか、佐藤ナナが、反撃するとは、思ってもみなかった…
「…五井家の内紛…私が、この病院に、来た時点で、始まってるんですよ…」
「…どういう意味?…」
「…いえ…っていうか、本当は、寿さんが、この五井記念病院に運び込まれた時点で、始まってるんです…」
佐藤ナナが、笑って、私から、離れた…
「…どういうこと?…」
「…菊池リンさんは、寿さんを、この五井記念病院に入院する手筈を整えました…その時点で、寿さんは、五井記念病院の監視下に置かれた…」
「…」
「…そして、五井記念病院の理事長は、前五井東家、菊池冬馬…その冬馬は、菊池リンと、婚約と噂されてます…菊池リンは、現五井東家当主…」
「…」
「…これが、どういうことか、わかりますか?…」
「…」
「…要するに、この病院は、五井東家の支配下にあるということです…」
「…」
「…そして、昭子さんも、五井東家出身…菊池リンさんの祖母の和子さんも、同じ…菊池重方(しげかた)さんは、二人の弟…これは、どういう意味か、わかりますか?…」
「…すべて、五井東家の人間…」
「…そうです…ですから、五井家の内紛の正体は、五井本家と、それ以外の五井十二家の争いじゃありません…」
「…どういうこと?…」
「…五井家の内紛とは、五井東家が、五井本家を乗っ取ろうとしていて、それに、当主の伸明さんが、反発していることです…」
「…反発…」
驚いた…
が、
今、聞いた佐藤ナナの言葉が、本当なら、驚くが、反面、あり得るとも、思う…
なにしろ、五井本家は、すべて、五井東家の人間で、固めてある…
五井本家という名目でありながら、実質は、五井東家の人間ばかり…
これでは、五井本家が、格下の分家である、五井東家に乗っ取られると、思っても、不思議ではない…
「…どうして、伸明さんが、反発しているって、わかるの?…」
「…寿さん…それが鈍いんですよ…」
「…鈍い?…」
「…だって、伸明さんが、寿さんと結婚することが、反発の証(あかし)です…本当なら、伸明さんは、菊池リンさんと、結婚するべきです…五井東家出身の菊池リンさんと、伸明さんが、結婚すれば、事実上、五井本家は、五井東家だらけになる…事実上、五井東家が、本家になるということです…」
仰天の展開だった…
だが、
考えてみれば、当たり前だった…
その可能性に気付かなかった…
言われてみれば、関係者、全員が、五井東家の人間…
今は、五井本家といえども、その出身は、五井東家の人間…
そんな状況下で、伸明が、菊池リンとの結婚を拒否…
私との結婚を望むのは、五井東家に対する裏切りとも、抵抗ともいえる…
なぜなら、伸明の母、昭子は、五井東家の出身…
当然、本心では、伸明は、自分の出身の、五井東家出身の菊池リンと結婚させたかったに違いない…
だから、あえて、五井東家の菊池リンとの結婚を拒否したともいえる…
「…でも、どうして?…」
私は、言った…
「…どうして、伸明さんは、菊池リンさんとの結婚を嫌がったの…」
「…お父様です…」
「…お父様?…」
「…亡くなった先代当主、建造さんが、自分を、当主に推してくれた恩義です…」
「…」
「…伸明さんが、自分と血が繋がっていないにもかかわらず、後継者として、推してくれた…自分の血が繋がった息子の秀樹さんが、いるにもかかわらずです…」
「…」
「…伸明さんは、菊池リンさんを決して、嫌いではありません…でも、菊池さんと結婚すれば、五井本家が、すべて、五井東家の人間になってしまう…それを嫌がったんです…」
佐藤ナナが説明する…
…なるほど…
…そういうことか?…
だんだん、わかってきた…
諏訪野伸明は、亡くなった建造を、尊敬している…
血が繋がってないにもかかわらず、自分を後継者に推してくれた建造を、尊敬している…
建造のためにも、五井東家出身の菊池リンと、結婚はできないと、思ったのだろう…
それでは、五井本家は、実質、五井東家の人間だらけになってしまうからだ…
…五井の歴史は、闘争の歴史…
一族の争いの歴史であると、以前、諏訪野伸明は、私に告げた…
五井は、皆、姓が違う…
姓が、バラバラ…
それゆえ、他の一族に比べ、団結心が、弱い…
劣っている…
だから、争いになる…
通常ならば、本家が、圧倒的な力を持っていれば、他の一族が、本家に立ち向かうことが、できず、争いが起きない…
言葉は、悪いが、本家が弱いから、争いになるのだ…
これは、ちょうど、徳川幕府と、その前の室町幕府と、比べれば、よくわかる…
徳川幕府は、圧倒的に、徳川将軍家が、強いから、争いが、起きなかった…
他の外様大名が、連携して、団結しなければ、徳川将軍家を、倒せないからだ…
それゆえ、争いが、起きなかった…
が、
その前の室町幕府は、違う…
室町幕府は、将軍の足利氏の力が、弱かった…
もっと、はっきり言えば、徳川将軍家のように、足利将軍家が、他の大名と比べても、抜きん出た存在ではなかった…
だから、連合政権というか…
有力大名が、力を合わせて、足利幕府を支えていて、足利将軍家は、その中で、一番力があるが、決して、突出して、力があるわけではなかった…
それゆえ、歴代の足利将軍家は、他の有力大名を討伐して、自分の力を誇示した…
そうしなければ、他の有力大名に対して、自分の力を見せつけることができないばかりか、下手をすれば、自分が格下になる恐れすら、あったからだ…
そして、それは、五井も同じだった…
室町幕府と同じだった…
本家=将軍家の力が、突出して、強いわけではない…
だから、先代の諏訪野建造、義春の兄弟は、自分の好きな女と、結婚ができなかった…
自分の意志を貫くことができなかった…
それは、何度もいうが、室町幕府の足利将軍家と同じ…
徳川将軍家の将軍ならば、他の大名に気兼ねなく、自分の結婚相手を選ぶことが、できるが、足利将軍家では、できない…
どうしても、他の有力大名の意見を聞かざるを得ない…
なぜなら、本家=将軍家の力が、弱いからだ…
だから、他の有力大名の顔色を窺わざるを得ない…
五井一族も、それと同じ…
本家の力が弱かった…
だから、伸明の父、建造は、本家の力を強くしようとした…
が、
結局、今、五井本家は、五井東家に乗っ取られようとしている…
考えてみれば、伸明の母、昭子も、建造の弟、義春の結婚した相手、昭子の妹、和子も、五井東家の人間…
伸明が、和子の孫、菊池リンと結婚すれば、文字通り、五井本家は、事実上、五井東家の人間だらけになる…
伸明が、それを嫌ったのは、よくわかる…
だが、だとしたら、どうだ?
それが、本当ならば、どうだ?
五井家の争いとは、現当主の諏訪野伸明と、それ以外の人間の争いということか?
もっと、はっきり言えば、五井本家内で、伸明と、それ以外の争いということか?
さらにいえば、要するに、伸明が、菊池リンと結婚しないから、内紛になったともいえる…
伸明が、菊池リンと、結婚することで、文字通り、五井本家は、実質、分家の五井東家に乗っ取られるからだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…五井の反乱の原因は、当主の伸明さんです…」
と、佐藤ナナが、私の心の中を、見透かすように、断言した…
「…伸明さんが、母親の昭子さんの言うことを聞かない…それが、原因です…」
「…」
「…昭子さんは、伸明さんが、菊池リンさんと結婚して、事実上、五井東家が、五井本家を、乗っ取る形にしても、五井本家の力を強めようとしている…それに、伸明さんが反発して、他の五井の分家と連携している…それが、反乱の内訳です…」
佐藤ナナが、告げた…
私は、驚いたが、かといって、たいした、驚きはなかった…
すでに、佐藤ナナのこれまでの説明で、あらましは、わかったからだ…
なにより、諏訪野伸明は、父の建造を尊敬している…
だから、伸明にとって、菊池リンと結婚して、五井本家が、事実上、五井東家に乗っ取られる形になることは、どんなことがあっても、避けなければ、ならない事態に違いない…
それは、伸明が、菊池リンを好きか、否かは、関係がない…
おそらく、五井本家の力を強めることには、賛成だろうが、事実上、五井本家が、五井東家に乗っとられる形になることが、嫌なのだろう…
私は、悟った…
そして、そこまで、考えると、色々、見えてくるものが、あった…
これまで、わからなかったことが、わかってきた…
五井の騒動の裏が、読めてきた…
五井東家を、追放された、菊池冬馬が、五井東家を継いだ、菊池リンと結婚する…
これは、一体どういう意味か?
要するに、五井東家を追放された、前の五井東家の菊池冬馬を救っているのだ…
結婚することで、追放された冬馬を救おうとしているのだ…
おそらく、諏訪野伸明が、菊池リンと結婚しないと、昭子に宣言したのだろう…
それゆえ、菊池リンを有効活用しようとした…
菊池リンが、一族の菊池冬馬と、結婚することで、菊池冬馬を救うことができる…
つまりは、昭子は、冬馬を見捨てて、いない…
いや、
冬馬ではない…
五井東家を優遇している…
そして、それを、他の一族が、見抜いている…
これでは、騒動が起きないはずがない…
私は、思った…
が、
同時に、どうして、そこまでして、五井東家を優遇するのか?
謎がある…
いや、
謎ではないのかもしれない…
五井家は、五井十三家…
本家とその他、十二家…
そして、事実上、五井東家が、五井本家を仕切っている…
だから、諏訪野伸明と、菊池リンが結婚することで、すべて、五井東家の人間が、本家を仕切れば、いいと、考えているのかもしれない…
そして、伸明は、それに異を唱えている…
事実上、五井東家に本家が、乗っ取られる事態に、他の十一家が、反発すると、恐れているのかもしれない…
「…五井は、一つ…それが、五井の家訓です…」
いきなり、佐藤ナナが言った…
「…でも、一つじゃないから、一つって言うんですよね…どこかの会社の社是じゃないけれども、大きすぎて、バラバラで、統率ができないから、あえて、一つと、言っているに過ぎない…」
「…」
「…本当は、バラバラだから、一つって、言わないと、会社が、まとまらないから…」
佐藤ナナが笑った…
たしかに、その通り…
その通りだ(笑)…
一つじゃないから、あえて、一つと言う…
仲が良くないから、みんな仲良く、というのと、似ている…
私は、思った…
が、
すると、菊池重方(しげかた)は、どうなる?
菊池冬馬の父、重方(しげかた)は、どうなる?
重方(しげかた)の、五井家での立ち位置が気になる…
今、佐藤ナナが、言ったことが、本当なら、五井家は、いや、五井本家は、事実上、分家の五井東家が、本家を乗っ取る形で、五井本家の力を強めようとしている…
そして、そのことに、伸明は、反発している…
伸明が、反発する理由は、ただ一つ…
亡くなった先代当主、建造の恩義に報いるためだ…
建造もまた、本家の力を強めるために、尽力した…
が、
建造の立場にたってみれば、本家の力を強めるためとはいえ、事実上、五井東家の人間に、五井本家を乗っ取られる形になるのは、避けたいに違いない…
それを、思った、伸明は、菊池リンとの結婚ではなく、私、寿綾乃を選んだに違いない…
伸明が、菊池リンと結婚することは、事実上、五井本家が、五井東家に乗っ取られる形になるからだ…
だからか?
私は、突然、気付いた…
先日、会った、菊池リンは、かつて、私の知っている、菊池リンではなかった…
私には、なぜ、彼女が変貌したのか、わからなかった…
が、
今、佐藤ナナが言ったことが、本当ならば、わかる…
つまりは、菊池リンは、かつての菊池リンではない…
今の菊池リンは、五井東家当主…
そして、諏訪野伸明のお嫁さん候補…
以前も、伸明のお嫁さん候補だったが、今とは、立場が違う…
今は、五井東家当主…
いや、
当主以前に、伸明と結婚して、五井本家の力を強めようとしている…
が、
伸明は、それに反発している…
五井本家の力を強めるのは、賛成に違いないが、事実上、五井東家に乗っ取られる形になるのが、嫌なのだろう…
私は、思った…
そして、ふと、疑問に思った…
なぜ、伸明の母、昭子は、それほど、本家の力を強めようとするのだろうか?
事実上、五井東家が、仕切る形になることに、反発する伸明の気持ちは、わかるに違いない…
にもかかわらず、本家の力を強めようとする…
いや、
本家だけではない…
五井東家を追放した、冬馬を、菊池リンの結婚相手として、五井東家に復帰させる…
これは、五井東家を、従来通り、五井東家の人間で、運営させることになる…
つまりは、五井東家の人間で、五井の中枢を固めることになる…
なぜ、そこまでするのか?
ひょっとして?
ひょっとして、もしや、五井は、どこかと、戦争をするのではないだろうか?
戦争というと、大げさだが、抗争するのではないか?
それゆえ、本家の力を強めようとしているのではないか?
手っ取り早く、身内を固めようとしているのではないか?
ふと、そんな考えが、脳裏をよぎった…
それが、一番考えられる理由だった…