第3話
文字数 5,514文字
…無明の闇と言う言葉がある…
今の私は、まさに、それだった…
カラダもそうだが、精神が落ち込んでいる…
これまでの自分の人生をゆっくりと、見つめ直すというか…
それには、病院のベッドが、好都合だった…
なにもすることがないから、つい過去のことを考える…
今さら、どうにも、ならない過去のことを考える…
私、寿綾乃の人生を考える…
今さら、どうにも、変えられない過去のことを、考える…
虚飾に彩られた、寿綾乃の人生…
自分でいうのも、なんだが、その美しいルックスと、中身は、比例しない…
いや、むしろ、比例する人間の方が、世間には、少ないに違いない…
東大出のイケメン…
そんな人間は、世の中に、極めて、稀…
映画や小説の中にしか、存在しない…
虚構の中にしか、存在しない…
仮に、存在しても、今度は、中身=性格が問われる…
頭が、良く、ルックスも良ければ、性格が傲慢になる…
謙虚さが、なくなる…
子供の頃から、
…頭がいい…
…ルックスがいい…
と、周囲から、持ち上げられてる…
すると、どうなる?
調子に乗る…
それだけだ…
これに、金持ちが加われば、最強…
最強だ…
最強の鼻持ちならない人間が、出来上がる…
そんなものだ…
私、寿綾乃は、ルックス一本(笑)だが、それでも、周囲には、明らかに、私を煙たがる人間が、存在した…
私が、別段、その人間たちに、なにかをしたわけではない…
それでも、私を敵視した…
要するに、私のルックスが、妬ましいのだ…
私の美貌が、羨ましいのだ…
平凡なルックスに生まれた、自分と、私を比べる…
すると、私を羨ましくて、仕方がない…
だから、敵視する…
残念ながら、世の中には、そんな人間が、一定数、存在する…
世間で言われるほど、人間は、善良なものではない…
その実例だ(笑)…
私が、そんなことを、考えていたときだった…
バタンと、ドアが開き、看護師の女性が、一人、入って来た…
「…失礼します…」
私は、驚いた…
が、
当たり前のことだ…
ここは、病室…
私は、ベッドの上…
看護師が、定期的に、診察に来るのは、当然だった…
「…寿さん…こんにちは…」
「…こんにちは…」
私も、挨拶を返す…
「…やっと、目が覚めましたね…」
看護師の女のコが、嬉しそうに、言った…
私は、ベッドに横になりながら、その看護師の容姿を採点した(笑)…
身長は、私と同じくらいだが、目が大きく、澄んでいる…
そして、愛くるしいが、なんとなく華やか…
よく見ると、肌の色が、若干、濃い…
おそらくは、両親のどちらかが、東南アジア系の人間ではないか?
私は、そう直観した…
それゆえ、目鼻立ちという基本的なパーツが、まるで、造形品のように、綺麗に、作られてる…
日本人では、あまり見かけない…
一言で言って、美人…
可愛いが、華やかさも、持つ、美人だった…
「…寿さん…眠っているときも、美人でしたが、目を開けると、とっても綺麗…」
看護師の女のコが、言った…
が、
やはり、美人の女のコに、言われると、恐縮するというか…
嫌みなのか?
とも、思える…
邪推する…
しかし、その看護師を見ると、純粋に、言っているようだ…
「…ありがとう…」
…本当は、アナタの方が、美人よ…
と、つい、言いたくなった…
なにより、若い…
32歳の私より、十歳ぐらい若いのではないか?
そして、華やか…
東南アジア系の血が混じっているので、若干、肌の色が黒いのは、難点だが、なにより、目鼻立ちが、一つ一つ、整っていて、それでいて、愛くるしい…
…勝負あった!…
彼女と、比べて、圧倒的に、私の負けだった…
完敗だった…
私は、それを悟った…
が、
眼前の看護師の女のコは、そうではなかったらしい…
「…藤原ナオキさんが、よくいらっしゃいました…」
楽しそうに言う…
「…テレビで、見たことは、ありますが、実物は、もっと素敵ですね…」
私は、その言葉に、どう言っていいか、わからなかった…
だから、
「…」
と、黙った…
そして、問題は、その後だった…
「…諏訪野伸明さんも、この病室にやって来られたことがあります…」
思いがけないことを、言った…
思わず、耳を疑った…
「…諏訪野さんが…?…」
「…ハイ…」
東南アジア系のハーフの女のコが、楽しそうに、言う…
…どうして?…
…どうして、この看護師の女のコが、諏訪野伸明さんを知っているのだろう?…
私は、考える…
諏訪野伸明氏は、今は、五井財閥の総帥…
まだ、四十代前半の、五井財閥の、若き総帥だ…
父の死後、ライバルだった弟の秀樹氏の自殺で、その座に就いた…
しかしながら、藤原ナオキのように、テレビに出る人間ではない…
それが、なぜ?
「…なぜ、アナタが、諏訪野さんを?…」
眼前の看護師に聞いてみた…
「…それは…」
眼前の美人の女のコは、いたずらっぽく笑いながら、
「…それは?…」
「…それは、この病院のオーナー一族だからです…」
「…オーナー一族って?…」
思いもかけない言葉だった…
「…この病院は、五井記念病院です…」
「…五井記念病院?…」
呆気に取られた…
ということは?
ということは、どうだ?
私が、答えを出す前に、
「…諏訪野伸明さんが、この病院の理事長と、何度か、この病室にやって来ました…寿さんって、ホント、凄いひとなんですね…あんな凄いひとと知り合いなんて…しかも、諏訪野さんって、藤原ナオキさんに、負けず劣らずのイケメンですよね…しかも、もの凄いお金持ち…まるで、漫画に出てくる主人公みたい…」
眼前の美貌の看護師が言う…
…それは、偶然…
…偶然、知り会っただけ…
私は、そう、この眼前の看護師に伝えたかった…
しかし、そう言っても、おそらく、信じては、もらえまい…
人生は、偶然…
偶然の出来事の連発…
それこそ、上流社会の人間のみが出入りするバーやクラブに、自分が出入りするような身になっても、大抵は、何度か、男女の関係になって、終わる…
それが、現実だ…
それを、この美貌の看護師に説明しても、頭では、理解できても、
…でも…
と、言いたくなるに違いない…
まして、眼前の看護師は美人…
私の美貌ならば、もしかして、と、思っても、不思議ではない…
大抵の男は、どんな美人でも、何回か、寝れば、その目的を果たした、と、考えるのが、大半…
要するに、その美人と、セックスをするのが、目的であり、その延長線上に、結婚はない…
そんな単純なことが、わからないのが、大半…
なまじ、美人に生まれたゆえに、必要以上に、自分の美貌に、自信を持つ…
それゆえ、目の前の現実を受け入れられない…
簡単に言えば、
…私は、違う…
と、言いたくなっている…
信じたくなってくる…
が、
眼前の美貌の看護師は、違った…
「…私は、色が黒いから…」
と、恥ずかしそうに、言った…
「…寿さんが、羨ましい…」
と、笑った…
…そうか?…
…この美貌の看護師は、肌の色が黒いのが、コンプレックスなんだ!…
と、気付いた…
東南アジア系と日本人とのハーフだから、純粋の日本人ではない…
それゆえ、純粋の日本人ではありえない、華やかさと美貌を、持つが、その代わり、肌の色が黒い…
それが、この娘のコンプレックスなのだろう…
が、
おそらく、そのコンプレックスが、強みになる…
私は、思った…
そのコンプレックスゆえに、それほどの美貌を持っていても、プライドが高くならないに違いない…
だから、冷静に、自分の価値を推し量ることができる…
なにより、その美貌で、看護師をしていること自体が、それを現しているのではないか?
美貌を武器にするのではなく、手に職をつけるために、看護師という職業に就いている…
…叶わない…
それを考えると、つくづく自分と比べて、偉いと思ってしまう…
この眼前の看護師の大げさにいえば、偉大さを思った…
私では、叶わない…
あるいは、これが、世代の差なのかとも、思う…
が、
この娘の場合は、失礼ながら、肌の色だろう…
肌の色に、コンプレックスを持つことで、冷静になれる…
それが、この娘の強みに違いない…
どんな人間も、長所と短所を持ち合わせている…
ただ、美人という長所が、あまりにも、大きい場合は、短所が、見事に、隠れる(笑)…
街を歩いていて、思わず、振り返って、二度見、三度見、したくなる美人が、稀にいるが、その美人を見れば、大抵が、中身より、その美しいルックスに、ただ、惹かれる…
わかりやすい例えで、言えば、タレントの佐々木希さんのような、美人を、目の当たりにすれば、中身が、どうとか、こうとか、思わない…
中身=学歴や性格は、とりあえず、置いておいて、ただ、憧れる…
つまり、中身にいささか、問題があっても、美人という長所が、中身=短所を、覆い隠す…
そういうことだ(笑)…
そして、周囲が、ちやほやする…
だから、自分自身が、中身=学歴や性格が、明らかに他人に劣ろうと、気にならなくなる…
美人と言う、長所が、短所をすべて、覆い隠すからだ…
その結果、大抵が、傲慢な人柄になる…
周囲の人間が、おおげさにいえば、お姫様扱いすることで、増長する…
当たり前のことだ…
だが、この眼前の美貌のハーフの看護師の女のコには、その心配はないのかもしれない…
肌の色の黒さが、コンプレックス=短所となることで、美人であるにもかかわらず、増長することは、なくなる…
この美貌の看護師にとっては、コンプレックスだろうが、それゆえ、調子に乗ることはない…
むしろ、肌の色の黒さに感謝しなければ、ならない…
私は、そう、思った…
なにより、看護師という手に職を付ける仕事を選んだことで、この美貌のハーフの娘の堅実な性格を、推測できた…
そして、そんなことを、考えていると、
「…なにを、見てるんですか?…」
と、美貌の看護師が、私に聞いた…
私は、一瞬、躊躇ったが、
「…そんなに、美人で、可愛いのに、看護師という堅実な職業を選ぶなんて、偉いな…と…私なんて、アナタの足元にも及ばない…」
私の告白に、美貌の看護師が、目を丸くした…
それから、
「…そんな、からかわないで、下さい…」
と、怒った…
「…からかう?…別に、私は、からかっては…」
「…寿さんのような美人に、そんなことを、言われること、自体が、からかっていることです…」
憤懣やるかたない、口調だった…
だから、私は、
「…からかっているつもりはないわ…でも、アナタの気に障ったのなら、謝ります…申し訳ありませんでした…」
私は、その美貌の看護師に謝った…
が、
私の謝罪は、美貌の看護師の想定外だったようだ…
「…そんな…困ります…」
美貌の看護師が、当惑した…
「…寿さんのような美人に、謝られては、困ります…」
「…困る? …どうして?…」
「…美人で、藤原ナオキさんや、諏訪野伸明さんのような大金持ちと知り合い…そんな寿さんに、謝られては、困ります…私、どうして、いいか、わからない…」
美貌の看護師が、戸惑った様子で、呟く…
「…だったら、私は、どうすれば?…」
私は、言った…
「…アナタと同じく、私もどうしていいか、わからない…」
私は、返した…
お互いが、お互いを、無言で、見返した…
と、そのときだった…
「…寿さん…目が覚めたんだって…」
突然、声がした…
振り向くと、そこには、藤原ナオキが、立っていた…
いきなり、病室に入って来たのだ…
私は、眼前の美貌の看護師とのやりとりに、夢中で、気付かなかった…
それは、この看護師の娘も同じだった…
「…数日前に、病院から、連絡があったから、すぐに、飛んで来たかったけど、色々、仕事が忙しくて…」
と、まるで、少年が、言うように、息せき切って、しゃべった…
私は、唖然とした…
子供…
まるで、子供だ…
日本中に名の知れた、FK興産社長であり、テレビのニュースキャスターも務める、著名人の藤原ナオキが、まるで、子供のように、はしゃいで、言う…
しかも、私が、美貌のハーフの看護師と、話している最中にも、かかわらず、だ…
「…ナオキ…私は、今、この看護師の女性と、お話中なの…彼女に、失礼よ…」
私は、まるで、子供を叱るように、言った…
すると、見る見る、藤原ナオキが、シュンとなった…
まるで、青菜に塩というか…
途端に、元気をなくした…
「…すまない…寿さんが、目が覚めたと聞いたから、つい…」
と、私に詫びた…
「…詫びる相手が間違っているでしょ?…」
私が、指摘した…
「…ナオキ…アナタが詫びるのは、私ではなく、この看護師の方…」
そう、指摘して、美貌の看護師を見た…
すると、彼女は、目を丸くしていた…
目を丸くして、立ち尽くしていた…
私とナオキのやりとりに、目を丸くして、驚いていた…
私は、なんと声をかけていいか、わからなかった…
すると、
「…寿さん…すごい…」
と、いきなり、美貌の看護師が、声を出した…
「…藤原ナオキさんを叱るなんて…」
そう言って、絶句した…
「…凄い…凄すぎる…」
まるで、見てはいけないものを見たような、感想だった…
私は、思わず、この美貌の看護師の前で、
「…ナオキ…」
と、呼んだことを、悔いた…
これでは、まるで、藤原ナオキと、男女の関係にあったことを、この娘の前で、暴露するようなものだからだ…
が、
その心配は、杞憂だった…
この看護師は、私が、藤原ナオキを
今の私は、まさに、それだった…
カラダもそうだが、精神が落ち込んでいる…
これまでの自分の人生をゆっくりと、見つめ直すというか…
それには、病院のベッドが、好都合だった…
なにもすることがないから、つい過去のことを考える…
今さら、どうにも、ならない過去のことを考える…
私、寿綾乃の人生を考える…
今さら、どうにも、変えられない過去のことを、考える…
虚飾に彩られた、寿綾乃の人生…
自分でいうのも、なんだが、その美しいルックスと、中身は、比例しない…
いや、むしろ、比例する人間の方が、世間には、少ないに違いない…
東大出のイケメン…
そんな人間は、世の中に、極めて、稀…
映画や小説の中にしか、存在しない…
虚構の中にしか、存在しない…
仮に、存在しても、今度は、中身=性格が問われる…
頭が、良く、ルックスも良ければ、性格が傲慢になる…
謙虚さが、なくなる…
子供の頃から、
…頭がいい…
…ルックスがいい…
と、周囲から、持ち上げられてる…
すると、どうなる?
調子に乗る…
それだけだ…
これに、金持ちが加われば、最強…
最強だ…
最強の鼻持ちならない人間が、出来上がる…
そんなものだ…
私、寿綾乃は、ルックス一本(笑)だが、それでも、周囲には、明らかに、私を煙たがる人間が、存在した…
私が、別段、その人間たちに、なにかをしたわけではない…
それでも、私を敵視した…
要するに、私のルックスが、妬ましいのだ…
私の美貌が、羨ましいのだ…
平凡なルックスに生まれた、自分と、私を比べる…
すると、私を羨ましくて、仕方がない…
だから、敵視する…
残念ながら、世の中には、そんな人間が、一定数、存在する…
世間で言われるほど、人間は、善良なものではない…
その実例だ(笑)…
私が、そんなことを、考えていたときだった…
バタンと、ドアが開き、看護師の女性が、一人、入って来た…
「…失礼します…」
私は、驚いた…
が、
当たり前のことだ…
ここは、病室…
私は、ベッドの上…
看護師が、定期的に、診察に来るのは、当然だった…
「…寿さん…こんにちは…」
「…こんにちは…」
私も、挨拶を返す…
「…やっと、目が覚めましたね…」
看護師の女のコが、嬉しそうに、言った…
私は、ベッドに横になりながら、その看護師の容姿を採点した(笑)…
身長は、私と同じくらいだが、目が大きく、澄んでいる…
そして、愛くるしいが、なんとなく華やか…
よく見ると、肌の色が、若干、濃い…
おそらくは、両親のどちらかが、東南アジア系の人間ではないか?
私は、そう直観した…
それゆえ、目鼻立ちという基本的なパーツが、まるで、造形品のように、綺麗に、作られてる…
日本人では、あまり見かけない…
一言で言って、美人…
可愛いが、華やかさも、持つ、美人だった…
「…寿さん…眠っているときも、美人でしたが、目を開けると、とっても綺麗…」
看護師の女のコが、言った…
が、
やはり、美人の女のコに、言われると、恐縮するというか…
嫌みなのか?
とも、思える…
邪推する…
しかし、その看護師を見ると、純粋に、言っているようだ…
「…ありがとう…」
…本当は、アナタの方が、美人よ…
と、つい、言いたくなった…
なにより、若い…
32歳の私より、十歳ぐらい若いのではないか?
そして、華やか…
東南アジア系の血が混じっているので、若干、肌の色が黒いのは、難点だが、なにより、目鼻立ちが、一つ一つ、整っていて、それでいて、愛くるしい…
…勝負あった!…
彼女と、比べて、圧倒的に、私の負けだった…
完敗だった…
私は、それを悟った…
が、
眼前の看護師の女のコは、そうではなかったらしい…
「…藤原ナオキさんが、よくいらっしゃいました…」
楽しそうに言う…
「…テレビで、見たことは、ありますが、実物は、もっと素敵ですね…」
私は、その言葉に、どう言っていいか、わからなかった…
だから、
「…」
と、黙った…
そして、問題は、その後だった…
「…諏訪野伸明さんも、この病室にやって来られたことがあります…」
思いがけないことを、言った…
思わず、耳を疑った…
「…諏訪野さんが…?…」
「…ハイ…」
東南アジア系のハーフの女のコが、楽しそうに、言う…
…どうして?…
…どうして、この看護師の女のコが、諏訪野伸明さんを知っているのだろう?…
私は、考える…
諏訪野伸明氏は、今は、五井財閥の総帥…
まだ、四十代前半の、五井財閥の、若き総帥だ…
父の死後、ライバルだった弟の秀樹氏の自殺で、その座に就いた…
しかしながら、藤原ナオキのように、テレビに出る人間ではない…
それが、なぜ?
「…なぜ、アナタが、諏訪野さんを?…」
眼前の看護師に聞いてみた…
「…それは…」
眼前の美人の女のコは、いたずらっぽく笑いながら、
「…それは?…」
「…それは、この病院のオーナー一族だからです…」
「…オーナー一族って?…」
思いもかけない言葉だった…
「…この病院は、五井記念病院です…」
「…五井記念病院?…」
呆気に取られた…
ということは?
ということは、どうだ?
私が、答えを出す前に、
「…諏訪野伸明さんが、この病院の理事長と、何度か、この病室にやって来ました…寿さんって、ホント、凄いひとなんですね…あんな凄いひとと知り合いなんて…しかも、諏訪野さんって、藤原ナオキさんに、負けず劣らずのイケメンですよね…しかも、もの凄いお金持ち…まるで、漫画に出てくる主人公みたい…」
眼前の美貌の看護師が言う…
…それは、偶然…
…偶然、知り会っただけ…
私は、そう、この眼前の看護師に伝えたかった…
しかし、そう言っても、おそらく、信じては、もらえまい…
人生は、偶然…
偶然の出来事の連発…
それこそ、上流社会の人間のみが出入りするバーやクラブに、自分が出入りするような身になっても、大抵は、何度か、男女の関係になって、終わる…
それが、現実だ…
それを、この美貌の看護師に説明しても、頭では、理解できても、
…でも…
と、言いたくなるに違いない…
まして、眼前の看護師は美人…
私の美貌ならば、もしかして、と、思っても、不思議ではない…
大抵の男は、どんな美人でも、何回か、寝れば、その目的を果たした、と、考えるのが、大半…
要するに、その美人と、セックスをするのが、目的であり、その延長線上に、結婚はない…
そんな単純なことが、わからないのが、大半…
なまじ、美人に生まれたゆえに、必要以上に、自分の美貌に、自信を持つ…
それゆえ、目の前の現実を受け入れられない…
簡単に言えば、
…私は、違う…
と、言いたくなっている…
信じたくなってくる…
が、
眼前の美貌の看護師は、違った…
「…私は、色が黒いから…」
と、恥ずかしそうに、言った…
「…寿さんが、羨ましい…」
と、笑った…
…そうか?…
…この美貌の看護師は、肌の色が黒いのが、コンプレックスなんだ!…
と、気付いた…
東南アジア系と日本人とのハーフだから、純粋の日本人ではない…
それゆえ、純粋の日本人ではありえない、華やかさと美貌を、持つが、その代わり、肌の色が黒い…
それが、この娘のコンプレックスなのだろう…
が、
おそらく、そのコンプレックスが、強みになる…
私は、思った…
そのコンプレックスゆえに、それほどの美貌を持っていても、プライドが高くならないに違いない…
だから、冷静に、自分の価値を推し量ることができる…
なにより、その美貌で、看護師をしていること自体が、それを現しているのではないか?
美貌を武器にするのではなく、手に職をつけるために、看護師という職業に就いている…
…叶わない…
それを考えると、つくづく自分と比べて、偉いと思ってしまう…
この眼前の看護師の大げさにいえば、偉大さを思った…
私では、叶わない…
あるいは、これが、世代の差なのかとも、思う…
が、
この娘の場合は、失礼ながら、肌の色だろう…
肌の色に、コンプレックスを持つことで、冷静になれる…
それが、この娘の強みに違いない…
どんな人間も、長所と短所を持ち合わせている…
ただ、美人という長所が、あまりにも、大きい場合は、短所が、見事に、隠れる(笑)…
街を歩いていて、思わず、振り返って、二度見、三度見、したくなる美人が、稀にいるが、その美人を見れば、大抵が、中身より、その美しいルックスに、ただ、惹かれる…
わかりやすい例えで、言えば、タレントの佐々木希さんのような、美人を、目の当たりにすれば、中身が、どうとか、こうとか、思わない…
中身=学歴や性格は、とりあえず、置いておいて、ただ、憧れる…
つまり、中身にいささか、問題があっても、美人という長所が、中身=短所を、覆い隠す…
そういうことだ(笑)…
そして、周囲が、ちやほやする…
だから、自分自身が、中身=学歴や性格が、明らかに他人に劣ろうと、気にならなくなる…
美人と言う、長所が、短所をすべて、覆い隠すからだ…
その結果、大抵が、傲慢な人柄になる…
周囲の人間が、おおげさにいえば、お姫様扱いすることで、増長する…
当たり前のことだ…
だが、この眼前の美貌のハーフの看護師の女のコには、その心配はないのかもしれない…
肌の色の黒さが、コンプレックス=短所となることで、美人であるにもかかわらず、増長することは、なくなる…
この美貌の看護師にとっては、コンプレックスだろうが、それゆえ、調子に乗ることはない…
むしろ、肌の色の黒さに感謝しなければ、ならない…
私は、そう、思った…
なにより、看護師という手に職を付ける仕事を選んだことで、この美貌のハーフの娘の堅実な性格を、推測できた…
そして、そんなことを、考えていると、
「…なにを、見てるんですか?…」
と、美貌の看護師が、私に聞いた…
私は、一瞬、躊躇ったが、
「…そんなに、美人で、可愛いのに、看護師という堅実な職業を選ぶなんて、偉いな…と…私なんて、アナタの足元にも及ばない…」
私の告白に、美貌の看護師が、目を丸くした…
それから、
「…そんな、からかわないで、下さい…」
と、怒った…
「…からかう?…別に、私は、からかっては…」
「…寿さんのような美人に、そんなことを、言われること、自体が、からかっていることです…」
憤懣やるかたない、口調だった…
だから、私は、
「…からかっているつもりはないわ…でも、アナタの気に障ったのなら、謝ります…申し訳ありませんでした…」
私は、その美貌の看護師に謝った…
が、
私の謝罪は、美貌の看護師の想定外だったようだ…
「…そんな…困ります…」
美貌の看護師が、当惑した…
「…寿さんのような美人に、謝られては、困ります…」
「…困る? …どうして?…」
「…美人で、藤原ナオキさんや、諏訪野伸明さんのような大金持ちと知り合い…そんな寿さんに、謝られては、困ります…私、どうして、いいか、わからない…」
美貌の看護師が、戸惑った様子で、呟く…
「…だったら、私は、どうすれば?…」
私は、言った…
「…アナタと同じく、私もどうしていいか、わからない…」
私は、返した…
お互いが、お互いを、無言で、見返した…
と、そのときだった…
「…寿さん…目が覚めたんだって…」
突然、声がした…
振り向くと、そこには、藤原ナオキが、立っていた…
いきなり、病室に入って来たのだ…
私は、眼前の美貌の看護師とのやりとりに、夢中で、気付かなかった…
それは、この看護師の娘も同じだった…
「…数日前に、病院から、連絡があったから、すぐに、飛んで来たかったけど、色々、仕事が忙しくて…」
と、まるで、少年が、言うように、息せき切って、しゃべった…
私は、唖然とした…
子供…
まるで、子供だ…
日本中に名の知れた、FK興産社長であり、テレビのニュースキャスターも務める、著名人の藤原ナオキが、まるで、子供のように、はしゃいで、言う…
しかも、私が、美貌のハーフの看護師と、話している最中にも、かかわらず、だ…
「…ナオキ…私は、今、この看護師の女性と、お話中なの…彼女に、失礼よ…」
私は、まるで、子供を叱るように、言った…
すると、見る見る、藤原ナオキが、シュンとなった…
まるで、青菜に塩というか…
途端に、元気をなくした…
「…すまない…寿さんが、目が覚めたと聞いたから、つい…」
と、私に詫びた…
「…詫びる相手が間違っているでしょ?…」
私が、指摘した…
「…ナオキ…アナタが詫びるのは、私ではなく、この看護師の方…」
そう、指摘して、美貌の看護師を見た…
すると、彼女は、目を丸くしていた…
目を丸くして、立ち尽くしていた…
私とナオキのやりとりに、目を丸くして、驚いていた…
私は、なんと声をかけていいか、わからなかった…
すると、
「…寿さん…すごい…」
と、いきなり、美貌の看護師が、声を出した…
「…藤原ナオキさんを叱るなんて…」
そう言って、絶句した…
「…凄い…凄すぎる…」
まるで、見てはいけないものを見たような、感想だった…
私は、思わず、この美貌の看護師の前で、
「…ナオキ…」
と、呼んだことを、悔いた…
これでは、まるで、藤原ナオキと、男女の関係にあったことを、この娘の前で、暴露するようなものだからだ…
が、
その心配は、杞憂だった…
この看護師は、私が、藤原ナオキを