第3話

文字数 5,514文字

 …無明の闇と言う言葉がある…

 今の私は、まさに、それだった…

 カラダもそうだが、精神が落ち込んでいる…

 これまでの自分の人生をゆっくりと、見つめ直すというか…

 それには、病院のベッドが、好都合だった…

 なにもすることがないから、つい過去のことを考える…

 今さら、どうにも、ならない過去のことを考える…

 私、寿綾乃の人生を考える…

 今さら、どうにも、変えられない過去のことを、考える…

 虚飾に彩られた、寿綾乃の人生…

 自分でいうのも、なんだが、その美しいルックスと、中身は、比例しない…

 いや、むしろ、比例する人間の方が、世間には、少ないに違いない…

 東大出のイケメン…

 そんな人間は、世の中に、極めて、稀…

 映画や小説の中にしか、存在しない…

 虚構の中にしか、存在しない…

 仮に、存在しても、今度は、中身=性格が問われる…

 頭が、良く、ルックスも良ければ、性格が傲慢になる…

 謙虚さが、なくなる…

 子供の頃から、

 …頭がいい…

 …ルックスがいい…

 と、周囲から、持ち上げられてる…

 すると、どうなる?

 調子に乗る…

 それだけだ…

 これに、金持ちが加われば、最強…

 最強だ…

 最強の鼻持ちならない人間が、出来上がる…

 そんなものだ…

 私、寿綾乃は、ルックス一本(笑)だが、それでも、周囲には、明らかに、私を煙たがる人間が、存在した…

 私が、別段、その人間たちに、なにかをしたわけではない…

 それでも、私を敵視した…

 要するに、私のルックスが、妬ましいのだ…

 私の美貌が、羨ましいのだ…

 平凡なルックスに生まれた、自分と、私を比べる…

 すると、私を羨ましくて、仕方がない…

 だから、敵視する…

 残念ながら、世の中には、そんな人間が、一定数、存在する…

 世間で言われるほど、人間は、善良なものではない…

 その実例だ(笑)…

 私が、そんなことを、考えていたときだった…

 バタンと、ドアが開き、看護師の女性が、一人、入って来た…

 「…失礼します…」

 私は、驚いた…

 が、

 当たり前のことだ…

 ここは、病室…

 私は、ベッドの上…

 看護師が、定期的に、診察に来るのは、当然だった…

 「…寿さん…こんにちは…」

 「…こんにちは…」

 私も、挨拶を返す…

 「…やっと、目が覚めましたね…」

 看護師の女のコが、嬉しそうに、言った…

 私は、ベッドに横になりながら、その看護師の容姿を採点した(笑)…

 身長は、私と同じくらいだが、目が大きく、澄んでいる…

 そして、愛くるしいが、なんとなく華やか…

 よく見ると、肌の色が、若干、濃い…

 おそらくは、両親のどちらかが、東南アジア系の人間ではないか?

 私は、そう直観した…

 それゆえ、目鼻立ちという基本的なパーツが、まるで、造形品のように、綺麗に、作られてる…

 日本人では、あまり見かけない…

 一言で言って、美人…

 可愛いが、華やかさも、持つ、美人だった…

 「…寿さん…眠っているときも、美人でしたが、目を開けると、とっても綺麗…」

 看護師の女のコが、言った…

 が、

 やはり、美人の女のコに、言われると、恐縮するというか…

 嫌みなのか?

 とも、思える…

 邪推する…

 しかし、その看護師を見ると、純粋に、言っているようだ…

 「…ありがとう…」

 …本当は、アナタの方が、美人よ…

 と、つい、言いたくなった…

 なにより、若い…

 32歳の私より、十歳ぐらい若いのではないか?

 そして、華やか…

 東南アジア系の血が混じっているので、若干、肌の色が黒いのは、難点だが、なにより、目鼻立ちが、一つ一つ、整っていて、それでいて、愛くるしい…

 …勝負あった!…

 彼女と、比べて、圧倒的に、私の負けだった…

 完敗だった…

 私は、それを悟った…

 が、

 眼前の看護師の女のコは、そうではなかったらしい…

 「…藤原ナオキさんが、よくいらっしゃいました…」

 楽しそうに言う…

 「…テレビで、見たことは、ありますが、実物は、もっと素敵ですね…」

 私は、その言葉に、どう言っていいか、わからなかった…

 だから、

 「…」

 と、黙った…

 そして、問題は、その後だった…

 「…諏訪野伸明さんも、この病室にやって来られたことがあります…」

 思いがけないことを、言った…

 思わず、耳を疑った…

 「…諏訪野さんが…?…」

 「…ハイ…」

 東南アジア系のハーフの女のコが、楽しそうに、言う…

 …どうして?…

 …どうして、この看護師の女のコが、諏訪野伸明さんを知っているのだろう?…

 私は、考える…

 諏訪野伸明氏は、今は、五井財閥の総帥…

 まだ、四十代前半の、五井財閥の、若き総帥だ…

 父の死後、ライバルだった弟の秀樹氏の自殺で、その座に就いた…

 しかしながら、藤原ナオキのように、テレビに出る人間ではない…

 それが、なぜ?

 「…なぜ、アナタが、諏訪野さんを?…」

 眼前の看護師に聞いてみた…

 「…それは…」

 眼前の美人の女のコは、いたずらっぽく笑いながら、

 「…それは?…」

 「…それは、この病院のオーナー一族だからです…」

 「…オーナー一族って?…」

 思いもかけない言葉だった…

 「…この病院は、五井記念病院です…」

 「…五井記念病院?…」

 呆気に取られた…

 ということは?

 ということは、どうだ?

 私が、答えを出す前に、

 「…諏訪野伸明さんが、この病院の理事長と、何度か、この病室にやって来ました…寿さんって、ホント、凄いひとなんですね…あんな凄いひとと知り合いなんて…しかも、諏訪野さんって、藤原ナオキさんに、負けず劣らずのイケメンですよね…しかも、もの凄いお金持ち…まるで、漫画に出てくる主人公みたい…」

 眼前の美貌の看護師が言う…

 …それは、偶然…

 …偶然、知り会っただけ…

 私は、そう、この眼前の看護師に伝えたかった…

 しかし、そう言っても、おそらく、信じては、もらえまい…

 人生は、偶然…

 偶然の出来事の連発…

 それこそ、上流社会の人間のみが出入りするバーやクラブに、自分が出入りするような身になっても、大抵は、何度か、男女の関係になって、終わる…

 それが、現実だ…

 それを、この美貌の看護師に説明しても、頭では、理解できても、

 …でも…

 と、言いたくなるに違いない…

 まして、眼前の看護師は美人…

 私の美貌ならば、もしかして、と、思っても、不思議ではない…

 大抵の男は、どんな美人でも、何回か、寝れば、その目的を果たした、と、考えるのが、大半…

 要するに、その美人と、セックスをするのが、目的であり、その延長線上に、結婚はない…

 そんな単純なことが、わからないのが、大半…

 なまじ、美人に生まれたゆえに、必要以上に、自分の美貌に、自信を持つ…

 それゆえ、目の前の現実を受け入れられない…

 簡単に言えば、

 …私は、違う…

 と、言いたくなっている…

 信じたくなってくる…

 が、

 眼前の美貌の看護師は、違った…

 「…私は、色が黒いから…」

 と、恥ずかしそうに、言った…

 「…寿さんが、羨ましい…」

 と、笑った…

 …そうか?…

 …この美貌の看護師は、肌の色が黒いのが、コンプレックスなんだ!…

 と、気付いた…

 東南アジア系と日本人とのハーフだから、純粋の日本人ではない…

 それゆえ、純粋の日本人ではありえない、華やかさと美貌を、持つが、その代わり、肌の色が黒い…

 それが、この娘のコンプレックスなのだろう…

 が、

 おそらく、そのコンプレックスが、強みになる…

 私は、思った…

 そのコンプレックスゆえに、それほどの美貌を持っていても、プライドが高くならないに違いない…

 だから、冷静に、自分の価値を推し量ることができる…

 なにより、その美貌で、看護師をしていること自体が、それを現しているのではないか?

 美貌を武器にするのではなく、手に職をつけるために、看護師という職業に就いている…

 …叶わない…

 それを考えると、つくづく自分と比べて、偉いと思ってしまう…

 この眼前の看護師の大げさにいえば、偉大さを思った…

 私では、叶わない…

 あるいは、これが、世代の差なのかとも、思う…

 が、

 この娘の場合は、失礼ながら、肌の色だろう…

 肌の色に、コンプレックスを持つことで、冷静になれる…

 それが、この娘の強みに違いない…

 どんな人間も、長所と短所を持ち合わせている…

 ただ、美人という長所が、あまりにも、大きい場合は、短所が、見事に、隠れる(笑)…

 街を歩いていて、思わず、振り返って、二度見、三度見、したくなる美人が、稀にいるが、その美人を見れば、大抵が、中身より、その美しいルックスに、ただ、惹かれる…

 わかりやすい例えで、言えば、タレントの佐々木希さんのような、美人を、目の当たりにすれば、中身が、どうとか、こうとか、思わない…

 中身=学歴や性格は、とりあえず、置いておいて、ただ、憧れる…

 つまり、中身にいささか、問題があっても、美人という長所が、中身=短所を、覆い隠す…

 そういうことだ(笑)…

 そして、周囲が、ちやほやする…

 だから、自分自身が、中身=学歴や性格が、明らかに他人に劣ろうと、気にならなくなる…

 美人と言う、長所が、短所をすべて、覆い隠すからだ…

 その結果、大抵が、傲慢な人柄になる…

 周囲の人間が、おおげさにいえば、お姫様扱いすることで、増長する…

 当たり前のことだ…

 だが、この眼前の美貌のハーフの看護師の女のコには、その心配はないのかもしれない…

 肌の色の黒さが、コンプレックス=短所となることで、美人であるにもかかわらず、増長することは、なくなる…

 この美貌の看護師にとっては、コンプレックスだろうが、それゆえ、調子に乗ることはない…

 むしろ、肌の色の黒さに感謝しなければ、ならない…

 私は、そう、思った…

 なにより、看護師という手に職を付ける仕事を選んだことで、この美貌のハーフの娘の堅実な性格を、推測できた…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…なにを、見てるんですか?…」

 と、美貌の看護師が、私に聞いた…

 私は、一瞬、躊躇ったが、

 「…そんなに、美人で、可愛いのに、看護師という堅実な職業を選ぶなんて、偉いな…と…私なんて、アナタの足元にも及ばない…」

 私の告白に、美貌の看護師が、目を丸くした…

 それから、

 「…そんな、からかわないで、下さい…」

 と、怒った…

 「…からかう?…別に、私は、からかっては…」

 「…寿さんのような美人に、そんなことを、言われること、自体が、からかっていることです…」

 憤懣やるかたない、口調だった…

 だから、私は、

 「…からかっているつもりはないわ…でも、アナタの気に障ったのなら、謝ります…申し訳ありませんでした…」

 私は、その美貌の看護師に謝った…

 が、

 私の謝罪は、美貌の看護師の想定外だったようだ…

 「…そんな…困ります…」

 美貌の看護師が、当惑した…

 「…寿さんのような美人に、謝られては、困ります…」

 「…困る? …どうして?…」

 「…美人で、藤原ナオキさんや、諏訪野伸明さんのような大金持ちと知り合い…そんな寿さんに、謝られては、困ります…私、どうして、いいか、わからない…」

 美貌の看護師が、戸惑った様子で、呟く…

 「…だったら、私は、どうすれば?…」

 私は、言った…

 「…アナタと同じく、私もどうしていいか、わからない…」

 私は、返した…

 お互いが、お互いを、無言で、見返した…

 と、そのときだった…

 「…寿さん…目が覚めたんだって…」

 突然、声がした…

 振り向くと、そこには、藤原ナオキが、立っていた…

 いきなり、病室に入って来たのだ…

 私は、眼前の美貌の看護師とのやりとりに、夢中で、気付かなかった…

 それは、この看護師の娘も同じだった…

 「…数日前に、病院から、連絡があったから、すぐに、飛んで来たかったけど、色々、仕事が忙しくて…」

 と、まるで、少年が、言うように、息せき切って、しゃべった…

 私は、唖然とした…

 子供…

 まるで、子供だ…

 日本中に名の知れた、FK興産社長であり、テレビのニュースキャスターも務める、著名人の藤原ナオキが、まるで、子供のように、はしゃいで、言う…

 しかも、私が、美貌のハーフの看護師と、話している最中にも、かかわらず、だ…

 「…ナオキ…私は、今、この看護師の女性と、お話中なの…彼女に、失礼よ…」

 私は、まるで、子供を叱るように、言った…

 すると、見る見る、藤原ナオキが、シュンとなった…

 まるで、青菜に塩というか…

 途端に、元気をなくした…

 「…すまない…寿さんが、目が覚めたと聞いたから、つい…」

 と、私に詫びた…

 「…詫びる相手が間違っているでしょ?…」

 私が、指摘した…

 「…ナオキ…アナタが詫びるのは、私ではなく、この看護師の方…」

 そう、指摘して、美貌の看護師を見た…

 すると、彼女は、目を丸くしていた…

 目を丸くして、立ち尽くしていた…

 私とナオキのやりとりに、目を丸くして、驚いていた…

 私は、なんと声をかけていいか、わからなかった…

 すると、

 「…寿さん…すごい…」

 と、いきなり、美貌の看護師が、声を出した…

 「…藤原ナオキさんを叱るなんて…」

 そう言って、絶句した…

 「…凄い…凄すぎる…」

 まるで、見てはいけないものを見たような、感想だった…

 私は、思わず、この美貌の看護師の前で、

 「…ナオキ…」

 と、呼んだことを、悔いた…

 これでは、まるで、藤原ナオキと、男女の関係にあったことを、この娘の前で、暴露するようなものだからだ…

 が、

 その心配は、杞憂だった…

 この看護師は、私が、藤原ナオキを
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