第41話

文字数 8,611文字

 「…別れる? …伸明さんと?…」

 思わず、諏訪野マミの言葉を、繰り返した…

 それから、眼前の諏訪野マミの顔を見た…

 ずばり、凝視した…

 冗談を言っていると、思ったからだ…

 「…冗談…冗談ですよね?…」

 思わず、繰り返した…

 「…冗談じゃないわ…」

 諏訪野マミが、真剣な表情で、語る…

 「…それで、今日は、冬馬に来てもらったの?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 言いながら、もしかしたら、ボディガードという意味かな? とも、思った…

 いきなり、私に別れ話を振り、私が半狂乱にでもなって、暴れ出す心配でも、したのかな? と、思った…

 そう、考えると、笑えると言うか…

 おかしくなった…

 諏訪野マミが、もしかしたら、私をそういうふうに見ているのかと、思ったら、笑えた…

 私が、そんな女に思えるのだろうか?

 「…誤解しないで、寿さん…」

 いきなり、諏訪野マミが、言った…

 「…誤解?…」

 「…私は、いえ、五井家は、寿さんに、なにか、不満があるわけじゃないの…」

 「…」

 「…原因は、五井家の対立…」

 「…対立?…」

 「…今、五井家で、深刻な対立が生じているの…」

 「…」

 「…五井の末端というと、失礼だけど、分家のそのまた分家というか…本家とは、遠い人間の何人かが、米倉平造に株を売って…それで、五井家が今、揺れてるの…」

 「…」

 「…五井家は、皆、五井家の関連会社の株を持っている…それは、本家が一番持っているし、分家もまた、相応に持っている…五井には、五井保存会という団体があるの…」

 「…五井保存会?…」

 「…要するに、持ち株団体ね…」

 「…」

 「…その五井保存会の株を、五井一族が、それぞれ、保有している…そして、その比率は、一族の身分と言うか、立場で決まる…」

 「…立場?…」

 「…五井一族といえば、五井十三家…簡単にいえば、五井本家と、他の分家の十二家だけど、その十二家もまた、対等じゃない…」

 「…対等じゃない?…」

 「…わかりやすくいえば、先祖の息子や娘が13人いて、公平でいるわけじゃない…途中で、孫や、その子孫が、枝分かれして、その一部が、正式に、五井の分家として、認められたっていうこと…つまり、最初のご先祖様の娘や息子と、途中で、分家として、正式に認められた一族とは、五井家でも立場が違う…」

 「…」

 「…変な話…全体を100とすれば、本家は、30、それ以外の70を残りの分家で分ける…そして、その70もまた、五井の東西南北の分家は、10ずつで、合わせて、40…さらに、残りの30を、8家で分けるんだけど、それもまた血で、分けるから、30を対等に分けるわけじゃない…」

 「…」

 「…そして、五井に生まれたものは、その身分で生きてゆく…変な話、五井の末端で、生まれようと、能力があれば、会社で、出世はできる…でも、五井一族の序列は変わらない…」

 「…それは、どういうことですか?…」

 「…能力があれば、五井の大きな関連会社の社長になることもできる…でも、五井一族の序列は変わらない…例えば、昔でいえば、公家がいい例ね…天皇が一番で、その下に、九条、二条、一条、近衛、鷹司の五摂家がある…そして、その下の無名の公家たち…例えば、明治維新で、活躍した岩倉具視なんて、下級公家だったけど、その後、能力があったから、政府で、偉くなった…それと同じ…」

 「…」

 「…だから、変な話、五井の主要な会社の社長になっても、五井一族としては、序列は一番下ってこともある…」

 「…」

 「…だから、不満が出る…」

 「…」

 「…不満の下地が整っている…」

 「…」

 「…能力があるのに、どうして、五井家では、序列が一番下なんだとか…真逆に、同じ五井一族なのに、どうして、課長止まりなんだとか…とにかく、不満の種を持つ者を探せば、切りがない…」

 「…」

 「…そして、不満を持つ一部が、米倉平造に株を売った…」

 「…」

 「…誰だって、五井一族に生まれ、五井関連の会社でいて、出世できなければ、周囲の物笑いの種になるし、不満は持つ…そんな人間を探して、米倉平造は、そのひとたちから、五井の株を高値で、買ったの…」

 私は、その話を聞きながら、諏訪野マミの隣の菊池冬馬を見た…

 それなら、なぜ、菊池冬馬は、五井記念病院の理事長になれたかのか、不思議だったからだ…

 冬馬は、失礼ながら、決して、有能とは、思えない…

 なにより、私と、同じ32歳…

 32歳で、五井記念病院という大病院の理事長になれたのだ…

 五井家の中で、五井記念病院の理事長というのは、名目だけで、実質、権限は与えられないと、いっていたが、それでも、五井一族の中では、優遇されてるに違いない…

 なぜなのだろう?

 不思議だった…

 そして、つい、目の前の冬馬の顔を凝視してしまった…

 すると、冬馬もまた、話の流れで、どうして、私が、冬馬を睨むのか、わかったようだ(笑)…

 「…寿さんは、ボクが、どうして、五井記念病院の理事長になれたのか、不思議なようですね…」

 冬馬が口を開いた…

 が、

 私は、

 「…」

 と、答えなかった…

 まさか、その通りですとは、口が裂けても、言えないからだ(笑)…

 「…ボクが、五井記念病院の理事長になれたのは、ボクが、五井東家出身だからです…」

 「…五井東家出身だから?…」

 「…さっき、マミさんが言った五摂家を例に取れば、五井東家は、その五摂家に相当します…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…頂点に天皇家…これが、五井では、五井本家…そして、その下に、五井東家、五井西家、五井南家、五井北家の4家がある…これは、他の分家よりも格上…だから、若いボクでも、特別に、五井記念病院の理事長になれた…」

 「…」

 「…といっても、名目だけ…権限はない…」

 冬馬は、苦笑する…

 「…それでも、他の分家の人間にすれば、正直、恵まれてる…」

 「…」

 「…なにより、五井本家の昭子さんは、父の姉…ボクにとっては、叔母だ…だから、なんだかんだいっても、ボクを優遇してくれた…」

 「…」

 「…だけど、そんな優遇が、気に入らない五井一族もいる…」

 「…」

 「…そんな優遇が気に入らない五井一族が、束になれば、やはり、脅威になるというか…下手をすれば、五井を二つに割りかねない…」

 私は、冬馬の言葉がわかったが、すぐに、冬馬の言葉が、これまでの言動と矛盾することに、気付いた…

 なぜなら、冬馬は敵方…

 いわゆる、五井本家に歯向かう敵方の人間だったはずだ…

 現に、現当主の諏訪野伸明の母、昭子を敵視していた…
 
 それが、今は、一転、本家寄り…

 五井本家を擁護する立場に立っている…

 これは、一体、どういうことなのか?

 疑問に思った…

 「…失礼ですが…」

 私は、質問した…

 「…冬馬さんは、五井本家に弓を引く立場では、なかったんですか?…」

 私は、ハッキリと、口にした…

 「…現実に、冬馬さんは、伸明さんの母親の昭子さんと、ウマが、合わないようですし…」

 これは、曖昧にぼかした…

 まさか、互いが、互いを、忌み嫌ってるとは、言えなかったからだ(笑)…

 私の直球の質問に、冬馬は、苦笑した…

 「…随分…ハッキリ、言いますね…」

 冬馬が笑った…

 「…たしかに、あの昭子叔母は、嫌いです…でも、五井が割れるのは、もっと、困る…」

 冬馬が、真顔で言った…

 「…五井が割れる?…」

 「…米倉平造が、五井の株を手に入れた…アレは、五井に対する宣戦布告です…」

 「…宣戦布告?…」

 言いながら、この冬馬は、随分大げさな言葉を使うなと、思った…

 いくらなんでも、宣戦布告は、大げさすぎる…

 が、

 冬馬は、真剣だった…

 それは、隣にいる、諏訪野マミも同じだった…

 「…宣戦布告って、言葉が、大げさすぎると、寿さん、思ったでしょ?…」

 諏訪野マミが、ずばりと、私の心の内を読んだ…

 が、

 さすがに、それに対して、

 「…」

 と、なにも、言わなかった…

 答えようが、なかったからだ…

 「…でも、これは、まさしく五井に対する宣戦布告…米倉平造は、五井の株を買い占め、五井の関連会社を乗っ取ろうとしている…それに、一部の五井の人間が、便乗して、五井の力関係を変えようとしているの…」

 「…力関係?…」

 「…さっき、寿さんに言った、五井本家を頂点とする力関係…五井本家が頂点にあり、次に、東西南北の五井の分家がある…残りの8家は、その下…その力関係を変えようとしているの…」

 ということは、不満を持つ者は、やはり、五井の分家の立ち位置が低い8家だろうか?
 
 私は、ふと、思った…

 その8家のうちの、数家が、米倉平造に五井の株を譲ったのだろうか?

 そう、気付いた…

 「…それは、ひょっとして、今、マミさんが、言った、五井家での立場が弱い8家が、結託して、力関係を変えようとしているんですか?…」

 私の言葉に、諏訪野マミは、驚いた…

 「…やっぱり、寿さんは、鋭い…」

 と、目を大きくして、声を上げた…

 「…でも、寿さん、結託はしていない…」

 「…結託していない?…」

 「…まだ、米倉平造に株を売ったのは、2家だけ…8家のうち、2家だけ…それも、五井本体の株、五井保存会の株ではなく、関連会社の株…」

 「…それは、一体、なにが、違うんですか?…」

 「…五井本体の株は、五井家のみ、持っている株…だから、五井一族以外は、誰にも、渡さない…それに比べ、関連会社の株は、一族が、それぞれ一部は、保有しているけど、全員が、所有しているわけではない…例えば、五井海運は、五井家でも、五井西家が、単独で、一部の株を持っている…これは、五井西家のご先祖様が、明治時代、五井海運の基礎を興したから…決して、五井本家とは、関係がない…それと同じで、本家とは別に、他の一族も、五井の関連会社の株をそれぞれ、持っている…それを、米倉平造に売ったわけ…」

 なるほど、そういうことか…

 諏訪野マミの説明で、よくわかった…

 たしかに、五井家の一族といえども、五井の根幹をなす、主要な会社の株を単独で、もたせないように、工夫しているのだろう…

 根幹は、あくまで、五井保存会という団体で、それが、持ち株団体であり、それを頂点にして、五井を支配している…

 だから、その根幹の五井保存会の株を誰にも、売るわけにはいかないし、売らせない仕組みを作っているのだろう…

 それが、五井一族が、五井グループの会社を支配する根幹だからだ…

 だから、たとえ、五井の主要企業、五井物産や、五井鉄道もまた、各一族が、単独で、株を所有することはあっても、それはあくまで、その一族が、その関連会社の株を持っているに過ぎず、たとえ、その株を売ったところで、五井一族が、その主要な会社の支配権をなくすことが、ないように、株をコントロールしているに違いなかった…

 別の言い方をすれば、各分家が、単独で、持っている会社の株で、その株を売れば、五井が経営権を放棄するような形の会社は、末端の小さな企業に違いない…

 私は、考えた…

 と、同時に、気付いた…

 一体、この諏訪野マミは、なにを恐れているのだろう?

 今、諏訪野マミが、言った、五井一族の中で、下位の分家は、五井の中で、力が、弱い…

 諏訪野マミの言葉を借りれば、下位の8家は、五井の全体の3割の株を握っているに過ぎない…

 だから、たとえ、8家が結託しても、大勢に影響はない…

 なにしろ、全体の30%に過ぎない…

 しかも、その中のたった2家が、米倉平造に、株を売ったに過ぎないではないか?

 それが、どうして、宣戦布告なんだろう?

 私は、考えた…

 「…ですが、米倉平造が買ったのは、こういってはなんですが、五井の関連会社の株で、しかも、五井の主要な事業には、関係がないんじゃ…」

 「…寿さん…あまい…」

 すかさず、諏訪野マミが反論した…

 「…これは、蟻の一穴よ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…最初は、小さなことでも、気付いたら、大変なことになってるってこと…今は、五井の末端の2家が、米倉平造に株を売っただけだけれども、放っておけば、この2家に続いて、株をよそに売る分家が続出しても、おかしくはない…昭子さんは、それを恐れているの…」

 「…」

 「…そんなことが続けば、五井は、崩壊する…元々、団結力が弱い一族だから、なにかあったら、弱いというか…それだから、本家と、東家が、一体化して、それが、一族の中心になって、五井を守るのが、昭子さんの構想だったんだけど…」

 私は、それを聞きながら、それだから、五井一族に反乱の芽が、生じたのだろう?

 と、思った…

 昭子は、結果的に、自分の出身母体である、五井東家を中心に、五井家を支配している…

 となれば、他の分家が、面白いはずがない…

 仮に五井本家と五井東家が、合わさっても、諏訪野マミの説明では、五井保存会の株の40%に過ぎない…

 他の一族が、束になって、反乱を起こせば、五井本家と、五井東家が負ける…

 その可能性もある…

 おそらく、この冬馬は、その可能性に気付いて、この場にいるに違いない…

 この場にいることは、昭子さん=つまり、本家を支持することに他ならない…

 以前、この冬馬が、昭子は、嫌いだと公言した…

 しかしながら、この冬馬もまた、昭子と同じ、五井東家の人間…

 クーデターではないが、五井東家と、五井本家が主導権を握る五井の現政権が、崩壊すれば、自分の身も危うい…

 だから、仕方なく、昭子さんを支持しているのだろう…

 私は、思った…

 「…オレは、現実派だ…」

 いきなり、冬馬が、口を開いた…

 「…五井家あっての菊池冬馬だ…」

 冬馬が続ける…

 「…五井家があるから、生きてゆける…だから、ハッキリ言って、菊池リンと、結婚して、五井家に戻れるのならば、それでもいい…」

 冬馬が、以前とは、真逆のことを、言った…

 「…まさに、君子豹変す、だな…自分でも、恥ずかしいが、五井が割れるかもしれないとなれば、考えも変わる…」

 冬馬が断言した…

 たしかに、冬馬の気持ちはわかる…

 五井が、実際に、割れれば、冬馬の立ち位置が、どうなるか、わからない…

 なぜなら、冬馬は、五井東家出身…

 バリバリの主流派だ…

 それが、五井が割れれば、当然のことながら、主流派から、反主流派に転落する…

 現在の主流派は、五井本家であり、その五井本家は、事実上、五井東家であると、いってよい…

 伸明の母、昭子は、五井東家出身であり、すでに、亡くなった、前当主、建造の弟の義春もまた、妻は、昭子の一卵性姉妹の妹の和子であり、五井東家出身だった…

 つまり、五井東家以外は、傍流=反主流派ということになる…

 そして、主流派から、反主流派に転落することは、ちょうど、会社でいえば、リストラに相当するのだろう…

 あるいは、リストラ=クビとまでは、いかないが、会社でいえば、出世が断たれるのと、同じだろう…

 簡単にいえば、菊池冬馬の五井東家が、主流派から転落すれば、たとえば、以前のように、五井記念病院の理事長のような役職は、永遠に回ってこないのであろう…

 主要な要職は、他の五井の分家に奪われるだろう…

 その結果、日陰者に甘んじるしかない…

 それが、わかっているからこそ、冬馬は、昭子を支持する姿勢に転じたのであろう…

 なにしろ、五井東家が、主流派から、転落すれば、冬馬自身が、五井家に復帰することは、不可能に違いないからだ…

 また、それは、おそらく、五井本家も似たようなものなのかもしれない…

 いわば、五井本家たりとも、これまでのように、五井一族の中で、絶対的な存在では、いられないかもしれない…

 これまでとは、比較にならないほど、他の分家に忖度(そんたく)しなければ、ならなくなるに違いない…

 たとえば、絶対的な権力を有していた、徳川将軍家から、他の有力大名との連合政権に近い、足利将軍家のように、有力大名の中で、頭一つ抜け出た存在にしか、ならない可能性もある…

 それを、考えれば、この諏訪野マミや、菊池冬馬が、恐れる理由がわかる…

 昭子が恐れる理由がわかる…

 ということは、どうだ?

 要するに、私に手切れ金を渡すと言うことは、やはり、菊池リンを、諏訪野伸明と結婚させようとしているのだろうか?

 菊池リンが、諏訪野伸明と結婚することで、昭子の息子、伸明と、昭子の妹、和子の孫、菊池リンが、いっしょになる…

 つまりは、五井本家=五井東家が、完成する…

 事実上、五井東家が、本家と一体化する…

 そうしたいのだろうか?

 五井東家が、ひとつになって、反乱を起こす、他の分家を鎮圧したいのだろうか?

 考えた…

 だから、

 「…私に、伸明さんとの結婚を辞退して欲しいということは、やはり、菊池リンさんと、伸明さんを結婚させたいということでしょうか?…」

 ハッキリと、言った…

 すると、目の前の諏訪野マミと、菊池冬馬が、固まった…

 私は、やはりというか…

 当たり前だと思った…

 それ以外の選択肢が、思い浮かばなかったからだ…

 「…違いますか?…」

 私は、あらためて、言った…

 すでに、わかっていたことだが、確かめずには、いられなかったからだ…

 我ながら、バカげている…

 そんなことを、確かめずとも、わかっているではないか?

 そう、自分自身に言いたくなった…

 が、

 意外にも、二人とも、ゆっくりと、首を横に振った…

 否定した…

 …エッ?…

 …違う?…

 まさかだった…

 「…リンちゃんじゃないんですか?…」

 思わず、口を開いて、聞いてしまった…

 「…彼女の可能性もある…」

 ゆっくりと、目の前の冬馬が口を開いた…

 「…可能性? 違うんですか?…」

 私の追及に、冬馬が、沈黙した…

 代わりに、諏訪野マミが、

 「…菊池リンと、伸明さんが結婚すると、五井東家だらけになる…すると、当たり前のことだけど、他の分家の反感を買う…」

 と、言いづらそうに、言った…

 「…だから、本当は、五井東家以外の分家の出身の人間の方がいい…当たり前よね…」

 「…他の分家…ですか?…」

 「…具体的には、五井東家と同等の3家…五井西家、五井北家、五井南家の出身の人間が、いい…伸明さんと、結婚することで、五井本家の人間になる…だから、主流派になるし、五井本家としても、味方になってくれるから、万々歳…すべてに、都合がいい…」

 「…そんな人間がいるんですか?…」

 私は、聞いた…

 聞きながら、そんな人間=女がいるのだろうか?

 疑問に思った…

 なぜなら、以前、亡くなった諏訪野建造が、菊池リンについて、一族のアイドルだと、言っていた…

 そして、伸明と、後継者の座を争った、弟の秀樹は、菊池リンと、結婚したがった…

 五井は、すでに、何度も説明したように、一族の間の結婚を推奨している…

 なぜなら、五井の歴史は、400年…

 血の濃さでいえば、もはや、他人に近い…

 だから、一族間の結婚を推奨する…

 結婚すれば、身近になるからだ…

 そして、以前、五井一族の身近な人間で、伸明や、秀樹に、ふさわしい年齢の女性は、菊池リンしかいないと言っていた…

 伸明は、40歳を超えているが、結婚する女性は、当然、若く、子供が産める女が、前提となる…

 いくら、一族の未婚の女でも、子供が産めない年齢の女は、問題外…

 すると、年齢は、どうしても、35歳ぐらいまでとなる…

 今の時代、40歳を超えて、子供を産む女性も少なくないが、やはり、確実に、妊娠できる可能性が高い女を選ぶとなると、どうしても、35歳ぐらいまでの女を選ぶのが、無難だ…

 私は、思った…

 そして、その条件を満たした唯一の女性が、菊池リンだったはずだ…

 それとも、菊池リン以外に誰かいるのだろうか?

 あのとき、建造も、伸明も秀樹も、他に、一族では、該当者は、いないと言っていた…

 それとも?

 私は、思った…

 それは、一族といっても、主要な一族、五井の分家の中でも、東西南北の4家を言っているに過ぎないのだろうか?

 他の力のない8家の分家では、そもそも、五井本家の当主の妻としては、ふさわしくないと、考え、最初から、問題外なのだろうか?

 私が、そんなことを考えてると、

 「…一人だけ、いる…」

 と、諏訪野マミが言った…

 「…一人だけ?…」

 「…そう、一人だけ…」

 「…でも、以前、伸明さんのお嫁さん候補は、菊池リンさん以外いなかったんじゃ…」

 「…そう、以前はね…」

 なんだか、奥歯に物が挟まったような言い方だった…

 「…最近、わかったの…五井家の人間が、外で作った人間で、その存在が、確認されたっていうか…」

 「…外?…」

 「…つまり、外国ね…」

 「…外国?…」

 「…日本以外に、女を囲っていて、それだから、五井本家どころか、当の分家の人間も、まったく、その存在を知らなかった…」

 「…そうですか?…そんな人間が?…」

 「…そんな人間って、寿さんも知っている人間よ…」

 「…私が知っている?…」

 驚いた…

 私が、知っている人間?
 
 一体、誰なんだろう?

 が、

 私が、聞くまでもなく、冬馬が、

 「…五井記念病院の寿さんの担当看護師、佐藤ナナ…彼女の父は、五井南家の人間です…」

 と、仰天の事実を告げた…

                
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