第50話
文字数 7,989文字
「…彼女は、変わってしまった…」
諏訪野伸明は、繰り返す。
「…以前は、天真爛漫で、誰からも、愛されるキャラクターだった…僕自身、歳が違うから、彼女と結婚するのは、躊躇ったが、人間的には、好きだった…ところが…」
「…」
「…あの佐藤ナナの存在が、明るみになるにつれ、リンちゃんは、変わってしまった…」
「…変わった? どうして?…」
「…あの佐藤ナナさんは、リンちゃんのライバルなんです…」
「…ライバル?…」
「…佐藤ナナさんは、ベトナム人とのハーフだから、褐色の肌の持ち主だが、イメージは、菊池リンと、重なる…どちらも、愛くるしくて、誰からも好かれるキャラ…だから、対抗心を燃やしたというか…」
「…」
「…彼女を追い落とすとまでは、言わないが、リンちゃんが、彼女の邪魔をしようとしたことは、間違いない…」
「…邪魔?…」
「…寿さんに対してもですが…」
「…私に対して?…」
「…おそらく、リンちゃんは、寿さんが、最初から、佐藤ナナさんが、五井南家の血筋を引く人間だと知っていると、邪推したのだと思います…」
「…邪推?…」
「…そう…邪推です…五井記念病院に入院して、担当した看護師が、五井南家の血筋を引く女性とは、出来過ぎている…だから、最初から、寿さんは、知っていると、思ったのだと思います…」
「…」
「…五井の歴史は、抗争の歴史です…」
突然、伸明が言った…
「…一族の争いの歴史です…」
「…」
「…だから、一族の争いの中で、消えていった家や、新たに他の分家から、枝分かれして、正式に、五井一族と認められた分家もある…五井一族のメンバーは、その都度、変わる…でも、五井本家と、東西南北の分家だけは、変わらない…」
「…」
「…ただ、中身と言うか…本家もそうですが、分家もまた、他の分家の者が、養子に入ったりして、事実上は、血の系統が、変わってくる…だから、今回も、冬馬…菊池冬馬を五井東家から、追い出して、五井東家の当主を、菊池リン…リンちゃんに、継がせて、その夫として、冬馬を、東家に復帰させるなんて、離れ業というか…通常、ありえないというか、考えられないこともできる…」
「…」
「…でも、それが、リンちゃんには、気に入らないらしい…」
「…どうして、気に入らないんですか?…」
「…やはり、佐藤ナナ…彼女の存在でしょう…」
「…佐藤さんの?…」
「…佐藤ナナは、言葉は悪いが、いきなり、出てきた…にもかかわらず、五井本家の養女となることが、決まった…つまり、扱いは、リンちゃんよりも、上になった…」
「…」
「…こちらとしては、リンちゃんが、五井東家の当主となることで、バランスをつけたつもりだったが、リンちゃんは、納得しなかった…」
そう言われれば、わかる気がする…
いや、
気がするのではなく、わかる…
誰でも、いきなり現れた人間が、自分より、上にランク付けされれば、面白いはずがない…
そういうことだ…
いくら、バランスをつけたといっても、佐藤ナナの方が上…
これでは、菊池リンが、面白いはずがない…
と、同時に、どうして、菊池リンが、五井東家当主になったのか?
今さらながら、わかった…
女の、しかも、まだ大学を卒業したばかりの23歳の菊池リンが、なぜ、五井の重要な分家の当主になれたのか?
わかった…
すべては、佐藤ナナのため…
佐藤ナナを、本家の養女として、迎えるためだった…
「…だから、菊池さんは、変わった…」
私は、まるで、諏訪野伸明の言葉を奪うように、結論づけた…
諏訪野伸明は、無言で、頷いた…
私は、そんな伸明を見ながら、そこまでして、佐藤ナナを五井本家に養女として、迎えること…
つまりは、五井南家を本家側につかせることが、重要なのか?
と、思った…
まったくの門外漢の私には、見当もつかないが、やはり、重要なのだろう…
今、諏訪野伸明が、言ったように、五井南家を本家側につかせることで、五井本家は、一族内で、イニシアチブを握ることができる…
つまりは、なにをするにしても、一族で、意見が通りやすいということだ…
それが、重要なのだろう…
五井は、十三家…
仮に、それぞれの分家の代表が、13人集まって、アレコレ、自分の意見ばかり、主張すれば、まとまるものも、まとまらない…
だから、13人といっても、差をつける…
本家と、東西南北の分家…
その他の分家と、だ…
13人が、平等では、話が決まらないからだ…
だから、誰もが、本家になりたいし、東西南北の分家になりたいに違いない…
その本家にしても、30%の力しかない…
東西南北の分家は、10%ずつ…
合わせて、70%…
その%は、五井保存会の株の所有率…
それで、力関係を決める…
思えば、絶妙な配分だと思う…
この配分では、本家といえでも、一家だけでは、主導権を握れず、他の分家と、力を合わせるしかない…
つまりは、本家の独走を許さず、さりとて、本家は、他の分家に比べ、有利な力を持つ…
そういうことだ…
しかしながら、本家だけでは、一族をリードできない…
他の分家と力を合わせるしかない…
本家にとって、悩みどころだが、本当は、これが理想なのかもしれない…
なぜなら、本家が圧倒的な力を持てば、他の分家は、本家の家臣に過ぎなくなってしまうからだ…
本家が、絶対的な力を持てば、他の分家が、
…それはおかしいから、やめろ!…
と、口を挟むことができなくなる…
おそらく、五井の先祖は、それを恐れたのだろう…
私は、思った…
しかしながら、そんなご先祖様が、考えた五井の統治システムが、今、諏訪野伸明を苦しめているとは、皮肉に他ならない…
ある意味、本家の独走を許さない、画期的なシステムが、本家の人間を苦しめているとは、まさに、皮肉だ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
なぜ、この伸明は、そこまで、本家の力を強化したいのだろう?…
もしかしたら?
もしかしたら?
なにか、一族が、反対するかもしれないことを、やりたいからかもしれない…
私は、考えた…
通常ならば、一族が反対して、できないことを、なにか、やりたいのかもしれない…
そう、気付いた…
そして、もしかして、それは、私との結婚かも?
私、寿綾乃との結婚かも?
そう、思った…
同じ五井一族でもなんでもない、私との結婚が、通常ならば、五井一族が、了承するはずもない…
しかしながら、五井南家が本家側につけば、推しきれると、思ったのかもしれない…
いや、
私との結婚に限らず、何事も、一族で、了承を取ろうとするたびに、いつも、紛糾していては、堪ったものではない…
そういうことだろう…
それを回避するために、佐藤ナナを本家に養女として迎える…
そういうことだろう…
私は、思った…
と、同時に、なぜ、米倉平造に、五井情報を格安で、譲ったのか?
ふと、疑問に思った…
米倉平造は、たしかに、ベトナムで、五井南家の血を引く、佐藤ナナを見つけ、五井本家に差し出すというと、語弊があるが、橋渡しを務めたかもしれない…
が、
たかだか、それだけのことで、どうして、五井家は、米倉平造に五井情報を格安で、譲ったのか?
謎がある…
だから、私は、しばし、迷ったが、伸明に、
「…ひとつ、お聞きしていいですか?…」
と、聞いた…
「…なんですか?…」
「…さきほどの五井情報の件ですが、どうして、五井家は、米倉平造に、格安で、譲ったんですか?…」
「…それは、さっきも言ったように、米倉平造氏が、佐藤ナナさんを、ベトナムで、見つけてくれて…」
「…でも、それにしても、大きな会社を格安で、譲るほどのことですか? 格安というのは、十億、二十億、安いのではないでしょう…五十億、百億、安く譲ったのでしょう…」
私の質問に、目の前の伸明は、言葉を失った…
「…たしかに…寿さんの言うことは、わかる…」
ゆっくりと、言った…
「…寿さんが、不思議に思っても、おかしくはない…」
「…」
「…佐藤ナナ…彼女は、米倉平造氏の養女だったんです…」
「…エッ? …養女?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
「…自分の養女にすれば、他家に養女にやるときでも、自分の意見が、重要になる…あらかじめ、それを見越して、米倉平造は、佐藤ナナを、自分の養女にしたんです…」
「…」
「…実に、したたかな男です…すべてを見越して、あらかじめ、できる手は打っておく…米倉は、彼の代で、飛躍的に成長しました…その一端が、垣間見えます…」
「…垣間見える? …どうして?…」
「…佐藤ナナさん…彼女をベトナムで、見つけ出し、日本で生活させる…その面倒を米倉平造は見ました…当然、お金がかかります…そして、佐藤さんの面倒を見ても、佐藤さんが、必ずしも、将来役に立つか、どうかは、わかりません…」
「…」
「…それが、わかっていても、金をかける…生活の面倒を見る…しかも、彼女は、必ず、将来役に立つと信じて、養女にまで、しています…」
「…」
「…なかなか、できることじゃない…奇貨居くべしと言う言葉がありますが、まさに、彼はそれを実践しています…養女にすることで、五井家としても、佐藤ナナのみならず、その養父となった、米倉平造とも、交渉せざるを得なくなった…その交渉の過程で、五井情報の名前が出た…」
「…」
「…いわゆる、交換条件です…佐藤ナナさんを、五井家に養女として、差し出すことを、条件に、五井情報を、米倉に格安で、譲る条件を出されました…言葉は悪いですが、米倉平造が、ただの佐藤ナナさんのスポンサーならば、そこまで、することはないです…ただ、佐藤ナナが、正式に、米倉平造の養女となっていた…これがネックというか…五井家に養女として、迎えるに当たり、義理の父親となっている、米倉平造の意向を無視できなくなった…そういうことです…」
仰天の事実だった…
たしかに、この伸明が言う通り、米倉平造が、ただの佐藤ナナのスポンサーならば、たとえ、彼女を、五井家に養女として、迎えるとしても、米倉平造に発言権はない…
…せいぜい、佐藤ナナの来日時の恩人という程度の立ち位置に過ぎない…
なにより、佐藤ナナが、五井家の養女になろうが、どうしようが、米倉平造には、なんの権限もない…
ところが、彼女を事前に、養女としていたならば、話は変わる…
いわば、娘さんを五井家にもらいたいと、伸明は、米倉平造に頼まなければ、ならなくなる…
養父となる、米倉平造の意向を無視できなくなる…
そういうことだ…
それが、わかっているからこそ、米倉平造は、佐藤ナナを、養女にしたのだろう…
なんと、ずるがしく、したたかな男だろう…
そして、なんと有能な男だろう…
私は、思った…
と、同時に、気付いた…
佐藤ナナが、米倉平造の養女ならば、佐藤ナナの本名は、どうなのだろう?
本当に、佐藤ナナの名前が本名なのだろうか?
それとも、通名…
一般に使われてる名前に過ぎない?…
本名は、別にある?
たとえば、歌手の和田アキ子のように…
和田アキ子は、自ら認めたように、通名…
本名ではない…
かといって、芸名でもない…
通名…
通常、使用している名前だ…
本名は、別にある…
そういうことだ…
だから、今度は、それを聞いた…
「…ということは、佐藤ナナという名前は、通名ですか? …本名は、米倉ナナ?…」
「…おっしゃる通りです…佐藤ナナは、通名…戸籍上は、米倉ナナです…」
伸明が、告げる…
そして、それを知ると、色々見えてくるものがあったというか…
果たして、米倉平造が、五井情報を手に入れたことだけで、満足するか、そんな疑問も、脳裏に、よぎった…
が、
さすがに、それを口にすることは、できない…
そんなことを、思っていると、
「…米倉平造は、したたかな男です…」
と、伸明が、繰り返した…
「…が、同時に、自分を知っている男です…」
「…自分を知っている? …それは、どういう…」
「…自分の限界…自分になにができて、なにができなくて…その限界を知っている…だから、やみくもに、なにかをしかけてくる心配はない…だから、その点では、安心できる…」
「…安心?…」
「…米倉平造も経団連に加入している、一流の経営者です…自分もその自覚があるし、周囲の目もある…だから、どこまで、やっていいか、あるいは、これ以上は、やっては、まずいという線引きが、できる…それを、考えれば、たしかに抜け目のない男だが、極めて、常識人ですから、恐れることはない…」
「…」
「…むしろ、恐れなくちゃならないのは、佐藤ナナ…彼女かもしれない…」
「…どうして、佐藤さんなのですか?…」
「…彼女は、ベトナム生まれ…日本人じゃない…」
「…どういうことですか?…」
「…ルールと言うか…日本人ならば、ここまでは、OKだけど、これ以上は、NGというルールが、口に出さなくても、なんとなくわかる…でも、それが、来日して、数年では、わからない…いい例が、大相撲の横綱の白鵬や朝青龍です…」
「…白鵬や朝青龍?…」
「…土俵の上で、強いから、横綱になれたんですが、やはり、どこまで、やっていいか、わからない部分がある…最初から、日本生まれならば、たとえ、肌の色が、違っていても、言葉にしなくても、ここまでは、やっていいが、これ以上は、ダメということが、基準としてわかる…」
「…」
「…具体的には、ただ強ければいいものじゃないし、たとえ、勝つにしても、ルールには、違反してなくても、変化するとか、正々堂々勝負しないと、ブーイングが起こる…つまりは、どこまで、やっていいのかが、わからない…」
「…」
「…その匙加減というか、バランスが、外国人には、わからない…まあ、これも、ボクや寿さんが、ベトナムに行っても同じで、現地のひとが、目を潜めるようなことをしがちです…」
「…」
「…だから、どうしても、彼女が、心配になる…彼女を養女にしたのは、母の昭子や、妹の和子叔母様にも、了承してもらったんですが、やはり、不安がある…」
「…」
「…それが、杞憂に終われば、いいんでしょうが…」
伸明が、言った…
たしかに、伸明の言うことは、わかる…
要するに、文化が違えば、ルールが違うということだ…
ベトナムでは、OKなことも、日本では、NGということはあるし、その逆もあるだろう…
そして、その違いが、難しい…
だから、やっていいことと、やってはいけないことの区別がつかないから、周囲が混乱する…
白い目で見る…
そういうことだ…
だから、それを考えれば、伸明が、佐藤ナナを恐れる気持ちもわかる…
こちらが、考えること以上のことを、なにか、しでかすかもしれないからだ…
私は、思った…
「…でも、佐藤さんなら、大丈夫じゃ、ないんでしょうか…」
私が、言うと、伸明が、反論した…
「…とんでもない…」
「…とんでもない?…」
「…菊池リン…リンちゃんがよい例です…まさか、佐藤さんに、あんなにも、対抗心を燃やすとは、思わなかった…まさに、ひとは、見かけによらないというか…リンちゃんを、子供の頃から知っているボクの目からしても、ありえない変化というか…」
「…」
「…なまじ、知っているから、余計に、驚きました…」
伸明が、力を込めて、力説する…
たしかに、伸明の言うことは、わかる…
なまじ、子供の頃から、知っているから、菊池リンの変貌が、驚きなのだ…
アイドル並みのルックスに、頼りない物腰というか…
つい、周囲の者が、面倒を見てあげたくなる、愛くるしく、頼りないキャラクター…
それが、誰かに嫉妬をメラメラと見せれば、見ている方が、驚く…
まさか、そんなキャラクターとは、思わなかったからだ…
まさに、これまで、見たことのない一面を見たという気持ちになる…
あるいは、すでに、その面は、菊池リンの、学生時代の友人、知人…
具体的には、中学や、高校、大学時代の友人、知人は、見たことがあったかもしれない…
クラスの人間は、知らずとも、仲がいい、友人たちは、知っていた可能性も高い…
なまじ、生まれが良く、ルックスもいい…
つまり、生まれつき、すべてを持って生まれてきている…
すると、大抵は、傲慢な人間が出来上がる…
ありていに、言えば、美人の女のコに、
「…あのコ、キレイね…」
と、言っても、大抵は、頷かないというか…
心の中では、面白くないと、思っている人間が、多い(笑)…
…自分の方が、もっと美人だとか…
…数年前ならば、私の方が上だったとか…
とにかく、自分と比べられるのが、納得しないというか…
それを見れば、つくづく、人間は、嫉妬の生き物ということが、よくわかる…
そして、それを思えば、以前、会社の人事担当者と話したことを、思い出した…
…採用面接で、なにが、わかるか?…
という話になり、その人事担当者が、
…なにもわからない…
と、返したからだ…
…なにも、わからないって?…
私は、その返答に唖然とした…
すると、その人事担当者は、こう言った…
…履歴書を見て、どこの高校や大学を出たか、見れば、その学校の偏差値を調べれば、その人間の頭がわかる…
…具体的には、偏差値60の高校を出て、偏差値55の大学に入学したとか…
…そういうことは、わかる…
でも、ただ、それだけ…
実際に、その仕事をやってみないことには、その仕事ができるかどうかは、わからない…
そう、言った…
当たり前のことだ…
そして、性格…
見るからに、真面目で、おとなしそうと思って、採用した人間が、平然と、仕事で、手を抜いたり、ウソの報告をしたり、する…
…一方、どう見ても、ヤンキーあがりの不良だが、仕事は真面目で、誠実な仕事をする…
こんな報告が、人事に上がって来る…
だから、見た目では、なにもわからない…
そう、人事担当者は、私に告げた…
それを、今、思い出した…
今さらだが、それを思い出した…
そして、それを思えば、私にしても、同じ…
学生時代の友人、知人と、いっしょに仕事をした覚えはない…
だから、仮に、仲が良かった、友人、知人と、いっしょに、仕事をすれば、今、言った、人事担当者と同じように、意外な一面を見るに違いない…
学生時代には、知らなかった一面が、見れるに違いない…
案外、ずる賢かったとか…
仕事が、遅いとか…
学生時代には、基本的に、学校の成績や、スポーツの成績、人間性しか、見ないし、見れない…
性格が、いいとか、悪いとかを、含めて、だ…
それが、見えなかった部分が、勉強ではなく、仕事をすることで、見えてくるのだろう…
私は、思った…
つまりは、フィールドが違えば、違う景色=人間性が、見えてくるということかもしれない…
私は、考える…
わかりやすい例えで、言うと、野球やサッカーをしても、わからなかったことが、水泳やフェンシングをしたら、見えたというか…
まったく、畑違いの分野だから、見えてきたということが、世の中には、あるからだ…
私が、そんなことを、考えてると、
「…つくづく、ひとは、わからない…」
と、伸明が、嘆いた…
「…だから、余計に不安に思うんです…」
伸明が、続ける…
「…佐藤ナナさん…彼女は、菊池リンに似ている…まさかとは、思うが、菊池リンと、同じように、こっちが、思ってもいない行動に出られでもしたら、困る…」
…なるほど…
…たしかに、そう言えば、わかる…
菊池リンと、佐藤ナナは、肌の色の違いはあれども、そのキャラが似ている…
アイドル並みのルックスを持ち、愛くるしい…
誰からも愛されるキャラ…
だからこそ、伸明が、佐藤ナナを恐れるのは、わかる…
せっかく、五井本家に、養女として迎えて、佐藤ナナが血を引く、五井南家を、味方にして、五井一族の主導権を握った…
それが、フイにされるような、ことをされては、困る…
まさかとは、思うが、佐藤ナナが、なにかを冒しては、困る…
なまじ、佐藤ナナと、菊池リンが、似ているから、心配なのだろう…
伸明の苦悩が、わかった…
諏訪野伸明は、繰り返す。
「…以前は、天真爛漫で、誰からも、愛されるキャラクターだった…僕自身、歳が違うから、彼女と結婚するのは、躊躇ったが、人間的には、好きだった…ところが…」
「…」
「…あの佐藤ナナの存在が、明るみになるにつれ、リンちゃんは、変わってしまった…」
「…変わった? どうして?…」
「…あの佐藤ナナさんは、リンちゃんのライバルなんです…」
「…ライバル?…」
「…佐藤ナナさんは、ベトナム人とのハーフだから、褐色の肌の持ち主だが、イメージは、菊池リンと、重なる…どちらも、愛くるしくて、誰からも好かれるキャラ…だから、対抗心を燃やしたというか…」
「…」
「…彼女を追い落とすとまでは、言わないが、リンちゃんが、彼女の邪魔をしようとしたことは、間違いない…」
「…邪魔?…」
「…寿さんに対してもですが…」
「…私に対して?…」
「…おそらく、リンちゃんは、寿さんが、最初から、佐藤ナナさんが、五井南家の血筋を引く人間だと知っていると、邪推したのだと思います…」
「…邪推?…」
「…そう…邪推です…五井記念病院に入院して、担当した看護師が、五井南家の血筋を引く女性とは、出来過ぎている…だから、最初から、寿さんは、知っていると、思ったのだと思います…」
「…」
「…五井の歴史は、抗争の歴史です…」
突然、伸明が言った…
「…一族の争いの歴史です…」
「…」
「…だから、一族の争いの中で、消えていった家や、新たに他の分家から、枝分かれして、正式に、五井一族と認められた分家もある…五井一族のメンバーは、その都度、変わる…でも、五井本家と、東西南北の分家だけは、変わらない…」
「…」
「…ただ、中身と言うか…本家もそうですが、分家もまた、他の分家の者が、養子に入ったりして、事実上は、血の系統が、変わってくる…だから、今回も、冬馬…菊池冬馬を五井東家から、追い出して、五井東家の当主を、菊池リン…リンちゃんに、継がせて、その夫として、冬馬を、東家に復帰させるなんて、離れ業というか…通常、ありえないというか、考えられないこともできる…」
「…」
「…でも、それが、リンちゃんには、気に入らないらしい…」
「…どうして、気に入らないんですか?…」
「…やはり、佐藤ナナ…彼女の存在でしょう…」
「…佐藤さんの?…」
「…佐藤ナナは、言葉は悪いが、いきなり、出てきた…にもかかわらず、五井本家の養女となることが、決まった…つまり、扱いは、リンちゃんよりも、上になった…」
「…」
「…こちらとしては、リンちゃんが、五井東家の当主となることで、バランスをつけたつもりだったが、リンちゃんは、納得しなかった…」
そう言われれば、わかる気がする…
いや、
気がするのではなく、わかる…
誰でも、いきなり現れた人間が、自分より、上にランク付けされれば、面白いはずがない…
そういうことだ…
いくら、バランスをつけたといっても、佐藤ナナの方が上…
これでは、菊池リンが、面白いはずがない…
と、同時に、どうして、菊池リンが、五井東家当主になったのか?
今さらながら、わかった…
女の、しかも、まだ大学を卒業したばかりの23歳の菊池リンが、なぜ、五井の重要な分家の当主になれたのか?
わかった…
すべては、佐藤ナナのため…
佐藤ナナを、本家の養女として、迎えるためだった…
「…だから、菊池さんは、変わった…」
私は、まるで、諏訪野伸明の言葉を奪うように、結論づけた…
諏訪野伸明は、無言で、頷いた…
私は、そんな伸明を見ながら、そこまでして、佐藤ナナを五井本家に養女として、迎えること…
つまりは、五井南家を本家側につかせることが、重要なのか?
と、思った…
まったくの門外漢の私には、見当もつかないが、やはり、重要なのだろう…
今、諏訪野伸明が、言ったように、五井南家を本家側につかせることで、五井本家は、一族内で、イニシアチブを握ることができる…
つまりは、なにをするにしても、一族で、意見が通りやすいということだ…
それが、重要なのだろう…
五井は、十三家…
仮に、それぞれの分家の代表が、13人集まって、アレコレ、自分の意見ばかり、主張すれば、まとまるものも、まとまらない…
だから、13人といっても、差をつける…
本家と、東西南北の分家…
その他の分家と、だ…
13人が、平等では、話が決まらないからだ…
だから、誰もが、本家になりたいし、東西南北の分家になりたいに違いない…
その本家にしても、30%の力しかない…
東西南北の分家は、10%ずつ…
合わせて、70%…
その%は、五井保存会の株の所有率…
それで、力関係を決める…
思えば、絶妙な配分だと思う…
この配分では、本家といえでも、一家だけでは、主導権を握れず、他の分家と、力を合わせるしかない…
つまりは、本家の独走を許さず、さりとて、本家は、他の分家に比べ、有利な力を持つ…
そういうことだ…
しかしながら、本家だけでは、一族をリードできない…
他の分家と力を合わせるしかない…
本家にとって、悩みどころだが、本当は、これが理想なのかもしれない…
なぜなら、本家が圧倒的な力を持てば、他の分家は、本家の家臣に過ぎなくなってしまうからだ…
本家が、絶対的な力を持てば、他の分家が、
…それはおかしいから、やめろ!…
と、口を挟むことができなくなる…
おそらく、五井の先祖は、それを恐れたのだろう…
私は、思った…
しかしながら、そんなご先祖様が、考えた五井の統治システムが、今、諏訪野伸明を苦しめているとは、皮肉に他ならない…
ある意味、本家の独走を許さない、画期的なシステムが、本家の人間を苦しめているとは、まさに、皮肉だ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
なぜ、この伸明は、そこまで、本家の力を強化したいのだろう?…
もしかしたら?
もしかしたら?
なにか、一族が、反対するかもしれないことを、やりたいからかもしれない…
私は、考えた…
通常ならば、一族が反対して、できないことを、なにか、やりたいのかもしれない…
そう、気付いた…
そして、もしかして、それは、私との結婚かも?
私、寿綾乃との結婚かも?
そう、思った…
同じ五井一族でもなんでもない、私との結婚が、通常ならば、五井一族が、了承するはずもない…
しかしながら、五井南家が本家側につけば、推しきれると、思ったのかもしれない…
いや、
私との結婚に限らず、何事も、一族で、了承を取ろうとするたびに、いつも、紛糾していては、堪ったものではない…
そういうことだろう…
それを回避するために、佐藤ナナを本家に養女として迎える…
そういうことだろう…
私は、思った…
と、同時に、なぜ、米倉平造に、五井情報を格安で、譲ったのか?
ふと、疑問に思った…
米倉平造は、たしかに、ベトナムで、五井南家の血を引く、佐藤ナナを見つけ、五井本家に差し出すというと、語弊があるが、橋渡しを務めたかもしれない…
が、
たかだか、それだけのことで、どうして、五井家は、米倉平造に五井情報を格安で、譲ったのか?
謎がある…
だから、私は、しばし、迷ったが、伸明に、
「…ひとつ、お聞きしていいですか?…」
と、聞いた…
「…なんですか?…」
「…さきほどの五井情報の件ですが、どうして、五井家は、米倉平造に、格安で、譲ったんですか?…」
「…それは、さっきも言ったように、米倉平造氏が、佐藤ナナさんを、ベトナムで、見つけてくれて…」
「…でも、それにしても、大きな会社を格安で、譲るほどのことですか? 格安というのは、十億、二十億、安いのではないでしょう…五十億、百億、安く譲ったのでしょう…」
私の質問に、目の前の伸明は、言葉を失った…
「…たしかに…寿さんの言うことは、わかる…」
ゆっくりと、言った…
「…寿さんが、不思議に思っても、おかしくはない…」
「…」
「…佐藤ナナ…彼女は、米倉平造氏の養女だったんです…」
「…エッ? …養女?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
「…自分の養女にすれば、他家に養女にやるときでも、自分の意見が、重要になる…あらかじめ、それを見越して、米倉平造は、佐藤ナナを、自分の養女にしたんです…」
「…」
「…実に、したたかな男です…すべてを見越して、あらかじめ、できる手は打っておく…米倉は、彼の代で、飛躍的に成長しました…その一端が、垣間見えます…」
「…垣間見える? …どうして?…」
「…佐藤ナナさん…彼女をベトナムで、見つけ出し、日本で生活させる…その面倒を米倉平造は見ました…当然、お金がかかります…そして、佐藤さんの面倒を見ても、佐藤さんが、必ずしも、将来役に立つか、どうかは、わかりません…」
「…」
「…それが、わかっていても、金をかける…生活の面倒を見る…しかも、彼女は、必ず、将来役に立つと信じて、養女にまで、しています…」
「…」
「…なかなか、できることじゃない…奇貨居くべしと言う言葉がありますが、まさに、彼はそれを実践しています…養女にすることで、五井家としても、佐藤ナナのみならず、その養父となった、米倉平造とも、交渉せざるを得なくなった…その交渉の過程で、五井情報の名前が出た…」
「…」
「…いわゆる、交換条件です…佐藤ナナさんを、五井家に養女として、差し出すことを、条件に、五井情報を、米倉に格安で、譲る条件を出されました…言葉は悪いですが、米倉平造が、ただの佐藤ナナさんのスポンサーならば、そこまで、することはないです…ただ、佐藤ナナが、正式に、米倉平造の養女となっていた…これがネックというか…五井家に養女として、迎えるに当たり、義理の父親となっている、米倉平造の意向を無視できなくなった…そういうことです…」
仰天の事実だった…
たしかに、この伸明が言う通り、米倉平造が、ただの佐藤ナナのスポンサーならば、たとえ、彼女を、五井家に養女として、迎えるとしても、米倉平造に発言権はない…
…せいぜい、佐藤ナナの来日時の恩人という程度の立ち位置に過ぎない…
なにより、佐藤ナナが、五井家の養女になろうが、どうしようが、米倉平造には、なんの権限もない…
ところが、彼女を事前に、養女としていたならば、話は変わる…
いわば、娘さんを五井家にもらいたいと、伸明は、米倉平造に頼まなければ、ならなくなる…
養父となる、米倉平造の意向を無視できなくなる…
そういうことだ…
それが、わかっているからこそ、米倉平造は、佐藤ナナを、養女にしたのだろう…
なんと、ずるがしく、したたかな男だろう…
そして、なんと有能な男だろう…
私は、思った…
と、同時に、気付いた…
佐藤ナナが、米倉平造の養女ならば、佐藤ナナの本名は、どうなのだろう?
本当に、佐藤ナナの名前が本名なのだろうか?
それとも、通名…
一般に使われてる名前に過ぎない?…
本名は、別にある?
たとえば、歌手の和田アキ子のように…
和田アキ子は、自ら認めたように、通名…
本名ではない…
かといって、芸名でもない…
通名…
通常、使用している名前だ…
本名は、別にある…
そういうことだ…
だから、今度は、それを聞いた…
「…ということは、佐藤ナナという名前は、通名ですか? …本名は、米倉ナナ?…」
「…おっしゃる通りです…佐藤ナナは、通名…戸籍上は、米倉ナナです…」
伸明が、告げる…
そして、それを知ると、色々見えてくるものがあったというか…
果たして、米倉平造が、五井情報を手に入れたことだけで、満足するか、そんな疑問も、脳裏に、よぎった…
が、
さすがに、それを口にすることは、できない…
そんなことを、思っていると、
「…米倉平造は、したたかな男です…」
と、伸明が、繰り返した…
「…が、同時に、自分を知っている男です…」
「…自分を知っている? …それは、どういう…」
「…自分の限界…自分になにができて、なにができなくて…その限界を知っている…だから、やみくもに、なにかをしかけてくる心配はない…だから、その点では、安心できる…」
「…安心?…」
「…米倉平造も経団連に加入している、一流の経営者です…自分もその自覚があるし、周囲の目もある…だから、どこまで、やっていいか、あるいは、これ以上は、やっては、まずいという線引きが、できる…それを、考えれば、たしかに抜け目のない男だが、極めて、常識人ですから、恐れることはない…」
「…」
「…むしろ、恐れなくちゃならないのは、佐藤ナナ…彼女かもしれない…」
「…どうして、佐藤さんなのですか?…」
「…彼女は、ベトナム生まれ…日本人じゃない…」
「…どういうことですか?…」
「…ルールと言うか…日本人ならば、ここまでは、OKだけど、これ以上は、NGというルールが、口に出さなくても、なんとなくわかる…でも、それが、来日して、数年では、わからない…いい例が、大相撲の横綱の白鵬や朝青龍です…」
「…白鵬や朝青龍?…」
「…土俵の上で、強いから、横綱になれたんですが、やはり、どこまで、やっていいか、わからない部分がある…最初から、日本生まれならば、たとえ、肌の色が、違っていても、言葉にしなくても、ここまでは、やっていいが、これ以上は、ダメということが、基準としてわかる…」
「…」
「…具体的には、ただ強ければいいものじゃないし、たとえ、勝つにしても、ルールには、違反してなくても、変化するとか、正々堂々勝負しないと、ブーイングが起こる…つまりは、どこまで、やっていいのかが、わからない…」
「…」
「…その匙加減というか、バランスが、外国人には、わからない…まあ、これも、ボクや寿さんが、ベトナムに行っても同じで、現地のひとが、目を潜めるようなことをしがちです…」
「…」
「…だから、どうしても、彼女が、心配になる…彼女を養女にしたのは、母の昭子や、妹の和子叔母様にも、了承してもらったんですが、やはり、不安がある…」
「…」
「…それが、杞憂に終われば、いいんでしょうが…」
伸明が、言った…
たしかに、伸明の言うことは、わかる…
要するに、文化が違えば、ルールが違うということだ…
ベトナムでは、OKなことも、日本では、NGということはあるし、その逆もあるだろう…
そして、その違いが、難しい…
だから、やっていいことと、やってはいけないことの区別がつかないから、周囲が混乱する…
白い目で見る…
そういうことだ…
だから、それを考えれば、伸明が、佐藤ナナを恐れる気持ちもわかる…
こちらが、考えること以上のことを、なにか、しでかすかもしれないからだ…
私は、思った…
「…でも、佐藤さんなら、大丈夫じゃ、ないんでしょうか…」
私が、言うと、伸明が、反論した…
「…とんでもない…」
「…とんでもない?…」
「…菊池リン…リンちゃんがよい例です…まさか、佐藤さんに、あんなにも、対抗心を燃やすとは、思わなかった…まさに、ひとは、見かけによらないというか…リンちゃんを、子供の頃から知っているボクの目からしても、ありえない変化というか…」
「…」
「…なまじ、知っているから、余計に、驚きました…」
伸明が、力を込めて、力説する…
たしかに、伸明の言うことは、わかる…
なまじ、子供の頃から、知っているから、菊池リンの変貌が、驚きなのだ…
アイドル並みのルックスに、頼りない物腰というか…
つい、周囲の者が、面倒を見てあげたくなる、愛くるしく、頼りないキャラクター…
それが、誰かに嫉妬をメラメラと見せれば、見ている方が、驚く…
まさか、そんなキャラクターとは、思わなかったからだ…
まさに、これまで、見たことのない一面を見たという気持ちになる…
あるいは、すでに、その面は、菊池リンの、学生時代の友人、知人…
具体的には、中学や、高校、大学時代の友人、知人は、見たことがあったかもしれない…
クラスの人間は、知らずとも、仲がいい、友人たちは、知っていた可能性も高い…
なまじ、生まれが良く、ルックスもいい…
つまり、生まれつき、すべてを持って生まれてきている…
すると、大抵は、傲慢な人間が出来上がる…
ありていに、言えば、美人の女のコに、
「…あのコ、キレイね…」
と、言っても、大抵は、頷かないというか…
心の中では、面白くないと、思っている人間が、多い(笑)…
…自分の方が、もっと美人だとか…
…数年前ならば、私の方が上だったとか…
とにかく、自分と比べられるのが、納得しないというか…
それを見れば、つくづく、人間は、嫉妬の生き物ということが、よくわかる…
そして、それを思えば、以前、会社の人事担当者と話したことを、思い出した…
…採用面接で、なにが、わかるか?…
という話になり、その人事担当者が、
…なにもわからない…
と、返したからだ…
…なにも、わからないって?…
私は、その返答に唖然とした…
すると、その人事担当者は、こう言った…
…履歴書を見て、どこの高校や大学を出たか、見れば、その学校の偏差値を調べれば、その人間の頭がわかる…
…具体的には、偏差値60の高校を出て、偏差値55の大学に入学したとか…
…そういうことは、わかる…
でも、ただ、それだけ…
実際に、その仕事をやってみないことには、その仕事ができるかどうかは、わからない…
そう、言った…
当たり前のことだ…
そして、性格…
見るからに、真面目で、おとなしそうと思って、採用した人間が、平然と、仕事で、手を抜いたり、ウソの報告をしたり、する…
…一方、どう見ても、ヤンキーあがりの不良だが、仕事は真面目で、誠実な仕事をする…
こんな報告が、人事に上がって来る…
だから、見た目では、なにもわからない…
そう、人事担当者は、私に告げた…
それを、今、思い出した…
今さらだが、それを思い出した…
そして、それを思えば、私にしても、同じ…
学生時代の友人、知人と、いっしょに仕事をした覚えはない…
だから、仮に、仲が良かった、友人、知人と、いっしょに、仕事をすれば、今、言った、人事担当者と同じように、意外な一面を見るに違いない…
学生時代には、知らなかった一面が、見れるに違いない…
案外、ずる賢かったとか…
仕事が、遅いとか…
学生時代には、基本的に、学校の成績や、スポーツの成績、人間性しか、見ないし、見れない…
性格が、いいとか、悪いとかを、含めて、だ…
それが、見えなかった部分が、勉強ではなく、仕事をすることで、見えてくるのだろう…
私は、思った…
つまりは、フィールドが違えば、違う景色=人間性が、見えてくるということかもしれない…
私は、考える…
わかりやすい例えで、言うと、野球やサッカーをしても、わからなかったことが、水泳やフェンシングをしたら、見えたというか…
まったく、畑違いの分野だから、見えてきたということが、世の中には、あるからだ…
私が、そんなことを、考えてると、
「…つくづく、ひとは、わからない…」
と、伸明が、嘆いた…
「…だから、余計に不安に思うんです…」
伸明が、続ける…
「…佐藤ナナさん…彼女は、菊池リンに似ている…まさかとは、思うが、菊池リンと、同じように、こっちが、思ってもいない行動に出られでもしたら、困る…」
…なるほど…
…たしかに、そう言えば、わかる…
菊池リンと、佐藤ナナは、肌の色の違いはあれども、そのキャラが似ている…
アイドル並みのルックスを持ち、愛くるしい…
誰からも愛されるキャラ…
だからこそ、伸明が、佐藤ナナを恐れるのは、わかる…
せっかく、五井本家に、養女として迎えて、佐藤ナナが血を引く、五井南家を、味方にして、五井一族の主導権を握った…
それが、フイにされるような、ことをされては、困る…
まさかとは、思うが、佐藤ナナが、なにかを冒しては、困る…
なまじ、佐藤ナナと、菊池リンが、似ているから、心配なのだろう…
伸明の苦悩が、わかった…