第82話

文字数 5,651文字

「…帰ります…」

 私は、冬馬を置いて、さっさと歩き出した…

 そんな私を見て、冬馬が、焦った…

 「…帰るって? …アンタ…」

 歩き出した私の前に、慌てて、立ち塞がった…

 「…ちょっと、待ってくれ…」

 「…いえ、待ちません…」

 私は、まっすぐに、冬馬を見て、言った…

 「…ちょっと、待ってくれ…一体、なにが、不満なんだ?…」

 冬馬が、叫んだ…

 「…一体、なにが、不満なんだ?…」

 「…全部です…」

 私は、即答した…

 「…全部って?…」

 「…なにもかもです…」

 私は、怒って言った…

 「…とにかく、そこをどいて下さい…帰ります…」

 「…帰りますって…そんな…」

 冬馬は、明らかに、当惑していた…

 いきなり、私が、怒り出したのも、そうだが、どうして、怒り出したのか、わからなかったのだろう…

 だから、

 「…アンタ、一体、なにが、不満なんだ?  …どうして、いきなり怒り出したんだ?…」

 と、聞いてきた…

 「…私を利用しようとするからです…」

 私は、即答した…

 「…利用?…」

 「…私を使って、ユリコさんを、説得してもらいたいだなんて、私を利用することでしょ?…」

 私は、勢い込んで、言った…

 私の言葉に、冬馬は、最初、目を丸くして、驚いたが、すぐに、納得した…

 「…そうか…そういうことか…」

 「…」

 「…だから、アンタは、怒ったのか?…」

 納得した様子だった…

 それから、

 「…バカだな…アンタ…」

 と、私に言った…

 「…バカ? …どうして、私がバカなんですか?…」

 私は、冬馬に、食ってかかった…

 「…こっちは、アンタの能力を買ってるんだ…嬉しく思わなきゃ…」

 「…どうして、嬉しく思うんですか?…」

 「…美人のアンタが、美人以外のことで、評価されてるんだ…それが、嬉しくないのか?…」

 意外な言葉だった…

 目から鱗(うろこ)というか…

 「…アンタも、オレや伸明さんと、同じだ…」

 「…どういうことですか?…」

 「…オレも、伸明さんも、ルックスや、金で、女が、チヤホヤする…だから、それを目当てに、どんな美人が、言い寄ろうと、嬉しくはない…」

 「…」

 「…でも、それ以外のことで、美人にモテるのは、嬉しい…例えば、サッカーがうまいとか…歴史に詳しいとか…とにかく、金やルックス以外のことで、女からチヤホヤされれば、嬉しい…」

 「…」

 「…ハッキリ言って、金持ちに生まれたり、イケメンに生まれたのは、生まれつきだ…だから、それ以外で、評価されるのは、嬉しい…アンタも、そうじゃないのか?…」

 冬馬が、真顔で言う…

 私は、なんと言っていいか、わからなかった…

 たしかに、冬馬の言うことは、わかる…

 一方、そうは言いながらも、いかに、美人以外で、評価されたりするのは、嬉しいが、結局は、私が、利用されることに、変わりはないという思いも強かった…

 だから、どう言っていいか、わからなかった…

 だから、

 「…」

 と、押し黙ったままだった…

 「…どうした? …オレの考えは、おかしいか?…」

 …おかしくはない…

 私は、思った…

 冬馬の言うことを否定するつもりは、毛頭ない…

 ただ…

 ただ…

 やはり、私は、純粋に、私を欲しいとか、言ってもらいたかった…

 私の能力うんぬんをアレコレ、言ってもらいたくなかった…

 ひょっとして、これは、贅沢…

 贅沢な悩みなのかもしれない…

 私は、ルックスに恵まれて、生まれてきた…

 だから、それ以外で、評価されるのは、純粋に嬉しい?…

 喜ばなければ、ならないのだろうか?

 いや…

 それが、わかっていても、利用されるのは、嫌だった…

 なんといっても、利用されるのは、嫌…
 
 嫌だった…

 それに尽きる…

 「…オレの考えは、おかしいか?…」

 冬馬が、今一度、聞いた…

 私は、

 「…おかしくは、ありません…」

 と、答えた…

 「…でも…」

 「…でも、なんだ?…」

 「…私は、利用されるのは、嫌…」

 「…」

 「…使われるのは、嫌…我慢できない…」

 「…」

 「…それならば、いっそのこと、ウソでもいいから、アンタが好きだ…アンタが欲しいとでも、言ってもらいたかった…」

 私は、思いのたけをぶちまけた…

 自分でも、自分の行動に驚いた…

 自分で言うのも、なんだが、自分で、自分を抑えられなくなっていた…

 自分で、自分を制御できなくなっていた…

 そんな私を目の当たりにして、冬馬は、目を丸くした…

 が、

 冷静に、

 「…薬のせいかも…」

 と、冬馬が呟いた…

 「…薬?…」

 「…抗がん剤のせいかもしれない…自分で、自分を抑えられなくなっているのかも…」

 意外なことを言った…

 同時に、この冬馬が、五井記念病院の理事長だったことを、思い出した…

 「…どんな薬でも、なんらかの福作用がある…」

 意味深に言った…

 「…自分を抑えられなくなっても、無理はない…」

 冷静に、言った…

 私は、冬馬の意外な姿を見て、目を見張った…

 この冬馬という男…

 意外というか…

 案外、賢い…

 そう、思った…

 と、同時に、なんだが、カラダの力が、一気に抜けたというか…

 立っているのさえ、しんどくなった…

 すると、自分でも、意外だが、ふらりと、倒れそうになった…

 自分でも、驚いた…

 と、

 冬馬が、慌てて、私のカラダを支えた…

 「…ありがとう…」

 礼を言った…

 「…どういたしまして…」

 冬馬が、返す…

 私は、冬馬の腕の中で、冬馬と睨み合った…

 互いの瞳が、バチバチと、火花を散らした…

 互いに、

 「…ありがとう…」

 「…どういたしまして…」

 と、礼を言ったにも、かかわらず、態度が、違った…

 ある意味、敵同士…

 そんな感じだった…

 まるで、旧敵同士が、再会した感じだった…

 互いが、互いを、ジッと、目をそらさずに、見ていた…

 「…寿綾乃…」

 冬馬が、言った…

 「…なんですか?…」

 「…アンタはズルい…」

 「…ズルい? …どうして?…」

 「…そんな目で、見られちゃ、こっちはお手上げだ…」

 「…お手上げ?…」

 「…アンタを口説きたくなる…」

 …まさか…

 …まさか、そんな言葉が、この冬馬の口から、聞けるとは、思わなかった…

 「…美人はいいな…」

 冬馬が、私のカラダから、手を離して、言った…

 「…そんな目で、男を見れば、男がなびく…」

 そういうアンタは、どうなんだ?…

アンタだって、イケメンだろ?

と、言いたくなった…

それに、気付いたのだろう…

「…オレは、ダメだ…」

笑いながら、言った…

「…この目だ…ひとから、好かれない…」

冬馬が、告白する…

「…昔、付き合った女に、アンタの性格が、その目に表れてると、言われて、驚いた…」

「…」

「…そんなことを、他人に言われたのは、初めてだと、言ったら、誰でも、一目見たら、わかることを、誰も教えてくれないなんて、よっぽど、好かれてないんだねと、言われて、落ち込んだよ…」

「…」

「…今、思い出しても、人生で、一番落ち込んだときだった…」

「…」

「…さあ、自宅まで、送って行こう…今日は、体調が、悪いのに、こんなところへ、連れ出して、悪かった…」

冬馬が、私にキチンと、頭を下げて、詫びた…

私は、

「…」

と、無言だった…

正直、なにか、言いたかったが、なんと言っていいか、わからなかった…

そして、それ以上に、体力…

なんだか、カラダの力が、一気に抜けてゆくような…

そんな感じだった…

自分でも、自分の体調が、不安だった…

やはり、外出が無理なのか?

まだ、外出が、無理なのか?

そう、思った…

そう、思うと、ドッと疲れが出た…

まるで、今にも、その場で、倒れそうなほどだった…

すると、

「…大丈夫か…」

と、冬馬が声をかけてきた…

私は、

「…大丈夫です…」

と、返したかったが、とても、大丈夫ではなかった…

それを見た冬馬が、私のカラダに軽く手を触れ、まるで、私を支えるように、サポートした…

「…ゆっくり…ゆっくり…」

冬馬が、まるで、子供に言うように、私に言った…

「…このまま、ゆっくりと、駐車場まで…」

「…」

「…駐車場に置いてあるクルマに乗って、しばらく横になろう…」

冬馬が、説明する…

私は、冬馬の説明を聞きながら、ゆっくりと、駐車場に向けて、歩いた…

ここへ来たときとは、ウソのように、体調が悪化した…

冬馬に支えられながら、やっとのことで、駐車場に着いたときは、大げさにいえば、息も絶え絶えだった…

死にそうだった…

冬馬が、助手席のドアを開け、私は、冬馬に支えられながら、助手席に座った…

冬馬は、助手席のシートを倒して、まるで、ベッドのようにした…

「…こうすれば、少しは、楽になる…」

「…ありがとう…」

私は、言うと、いつのまにか、意識が、薄れた…

まるで、スイッチを切ったように、眠りに落ちた…


目が覚めると、何時だか、わからなかった…

隣の運転席で、冬馬もまたシートを倒して、寝入っていた…

私は、ただ、唖然としたというか…

一体、なんのために、ここへやって来たのだろう?

と、自分で、思った…

まさか、車中で、昼寝をするために、やって来たわけでもあるまい…

そう考えると、自分でも、笑えた…

まさか、車中泊ではないが、冬馬と二人して、シートを倒して、クルマの中で、寝ているとは、思わなかったからだ…

昼寝をしたおかげで、少しは、体力が、回復した…

あのままでは、自分が、運転せずとも、冬馬が、運転する横で、助手席に座っているのも、きつかった…

 冬馬の運転するクルマの行き先が、病院か、火葬場になるかもと、思われるほど、体調が、どん底だった…

 それを思うと、あらためて、この冬馬に感謝せざるを得なかった…

 そんなことを、考えていると、

 「…やっと、目が覚めたか…」

 と、声がした…

 見ると、冬馬が、シートを倒したまま、目を開けていた…

 私は、どう答えていいか、わからず、ただ、

 「…ありがとうございます…」

 と、礼を言った…

 が、

 冬馬は、そのままの姿勢で、

 「…いや、悪いのは、オレだ…アンタの体調を考慮しなかったオレが、悪い…」

 と、私に、詫びた…

 私は、

 「…」

 と、絶句した…

 まさか、冬馬が、こう何度も、私に詫びるとは、思わなかった…

 「…すまなかった…」

 重ねて、私に詫びた…

 私は、どう言っていいか、わからなかったので、

 「…」

 と、黙っていた…

 「…アンタを連れてきて、申し訳なかった…」

 もう何度目か、冬馬が詫びた…

 「…オレは、医者じゃないが、五井記念病院の理事長だった…少しは、病人を見る目を持っている…アンタを、今日、呼び出したのは、オレのミスだ…謝る…」

 シートを倒した姿勢のまま、冬馬が言った…

 私は、シートを元に戻した…

 すでに、カラダは起こしていたから、シートを元に戻した方が、楽だった…

 それから、運転席の冬馬を見た…

 冬馬は、相変わらず、シートを倒したまま…

 そのままの姿勢で、いた…

 私が、冬馬を見ると、

 「…もう少し…」

 と、冬馬が言った…

 「…もう少し…このままで…」

 「…」

 「…お互い、目が覚めたばかりだ…頭がしっかりとするまで、もう少し、待とう…」

 冬馬が、当たり前のことを言った…

 私は、ドアを開け、クルマの外に出た…

 これまで、ずっとシートを倒して、寝ていたので、カラダが、ほぐれると思ったからだ…

 外に出ると、気持ちが良かったが、やはりというか…

 誰もなにもしていないのに、いきなり、倒れそうになった…

 私は、焦ったが、倒れかかった私のカラダを大きなカラダが、スッと支えた…

 冬馬だった…

意外にも、冬馬が、しっかりと私を支えてくれた…

 冬馬の大きなカラダが、しっかりと、私を支えてくれた…

 冬馬が、すでに、クルマから、降りていたのは、驚きだった…

 そして、倒れかかった私を支えてくれたのは、もっと驚きだった…

 「…ありがとうございます…」

 「…いいえ、どういたしまして…」

 さっき言った言葉を繰り返した…

 それから、

 「…」

 と、黙った…

 お互い、無言だった…

 沈黙した…

 黙って、互いの瞳を見ていた…

 「…寿綾乃…」

 冬馬が、口を開いた…

 「…アンタはズルい…」

 「…なにが、ズルいの?…」

 「…そんな目で、見られちゃ、男は、ドキドキする…」

 「…」

 「…だから、ズルい…」

 「…」

 「…そんな目で、見られちゃ、そのキレイな顔にキスをしたくなる…」

 「…だったら、キスをすれば…」

 私は提案した…

 「…そんなに、キレイだと思うなら、キスをすれば…」

 私が、言うと、

 「…策士…」

 と、笑って、冬馬が、私から、離れた…

 私は、驚いて、

 「…どうして、策士なの?…」

 と、聞いた…

 「…キスをすればと言われれば、一気に冷める…」

 「…」

 「…キスは、黙ってするものだ…」

 冬馬が、笑う…

 たしかに、冬馬の言う通り…

 「…それを先に言われれば、これは、キスをするなという意味だと受け取る…」

 冬馬が、笑った…

 なるほど、うまいことを言う…

 私は、思った…

 「…いずれにしろ、言葉遊び…ゲームの延長だ…」

 「…ゲームの延長?…」

 「…相手の言葉尻を捉えて、あれこれ言う…それだけのことだ…」

 「…」

 「…だが、それもありだ…」

 「…あり? …どういうこと?…」

 「…今まで、そんな経験はなかったということ…」

 冬馬が、笑った…

 だが、その笑いは、寂しそうだった…

 冬馬の孤独が、その笑いに表れていたといえば、言い過ぎだろうか?

 私は、なんとなく、この冬馬が、好きになった…

 いや、

 好きではないが、以前に比べれば、好きになったというか…

 私の変化に気付いたのだろうか?

 「…なんだ、その顔は…まるで、オレを好きになったようだな…」

 冬馬が、冗談めかして、言った…

 私は、

 「…」

 と、黙っていた…

 ただ、黙って、目の前の冬馬を見た…

 大柄な菊池冬馬の顔を見た…

 なんだか、冬馬がこれまでとは、違って見えた…

 別人に見えた…

 なんだか、恋が始まるような…

 そんな予感がした(笑)…

                
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