第93話
文字数 6,046文字
…本当にそうか?…
このシナリオは、当初からのものだったのか?
それとも、途中から、佐藤ナナが、出現したことで、昭子が、シナリオを作ったのか?
考えた…
どこから、シナリオを作ったのかが、重要だからだ…
そう、考えたとき、昭子が、
「…さあ、皆さん、お食べになって…」
と、声をかけた…
「…料理が、冷めないうちに…」
そう言って、自らが、手本になるべく、料理を食べ出した…
その昭子の姿を見て、私たち三人も、また料理に、箸をつけた…
それから、四人は、黙々と、食べ続けた…
一言も、会話がなかった…
いや、
そもそも、この四人は、敵対している(笑)
…
だから、会話など、あるはずもなかった(爆笑)…
私と、ユリコは、犬猿の仲…
また、この佐藤ナナと、私は、諏訪野伸明を、巡って、争っている…
そして、ユリコは、昭子と、五井造船の株を巡って、争っている…
それを考えれば、なんというか…
実に、凄い面子だ(爆笑)…
この4人が、みんな誰かと、争っているのだ…
これが、リングの上なら、どうだろう?
考えた…
私が、いきなり、ユリコをぶん殴るのだろうか?
それとも、
私は、佐藤ナナに、襲いかかるのだろうか?
私にとって、ユリコと、佐藤ナナが、敵だからだ…
が、
ユリコにとっては、私以外に、もう一人、敵がいる…
他ならぬ、昭子だ…
だとすれば、私か、昭子、どちらかと、先に戦わなければ、ならない…
果たして、ユリコの優先順位は、どちらが先だろうか?
私だろうか?
それとも、
昭子だろうか?
また、昭子の立場で、いえば、敵は、ユリコと、佐藤ナナ…
佐藤ナナと、伸明が、結婚しては、困るからだ…
ユリコとは、五井造船の株を巡って、対立している…
だから、昭子にすれば、佐藤ナナと、ユリコのどっちと、先に戦うか?
見ものだ…
つまり、昭子、ユリコ、佐藤ナナ、そして、私と、この4人が、複数の敵を、作っているということだ…
見ように、よっては、これほど、面白いものはない…
まさに、リング上で、戦って、誰が、誰と、戦うか、見てみたいものだ…
不謹慎ながら、そう思った…
そう、思いながら、懐石料理を、無言で、口に運んだ…
また、私を除いた、残りの三人も、同様だった…
無言で、料理を口に運んでいたが、その表情は、複雑というか…
食事をしながらも、それぞれの顔を、ときどき、見回していた…
まるで、敵が今にも、襲ってくるのを、警戒したような感じだった…
獣でいえば、自分の餌を食べながらも、いつなんどき、敵が、襲ってくるか、わからない…
そんな感じだった…
人間でいえば、
まるで、戦争だ…
戦場だ…
そう、思ったときだった…
またも、どこかで、スマホの音がした…
やはりというか、昭子のスマホだった…
昭子は、
「…ちょっと、失礼…」
と、言いながら、食事をする手を止めて、スマホの電話に出た…
それから、少しばかり、電話を聞くと、
「…そう…わかりました…ありがとう…」
手短に、言って、電話を切った…
私たち3人は、そんな昭子の様子を、箸を止めて、見ていた…
…一体、なんの電話だろう?…
誰もが、そう思った…
私たち3人の視線に、気付いたのだろう…
電話を終えた、昭子が、
「…たいしたことじゃないのよ…」
と、恥ずかしそうに、言った…
「…昔から、懇意にしていた方から、電話を頂いただけ…」
「…懇意にしていた方? …それは、誰?…」
と、ユリコが、遠慮なく聞いた…
昭子は、一瞬、言おうか、どうか、迷った感じだったが、
「…大場小太郎さん…」
と、告げた…
「…大場小太郎? …あの大場小太郎? …代議士の…」
「…そうです…」
「…その大場小太郎が、なんて…」
ユリコが、興味津々に、尋ねる…
まるで、昭子をからかうようだった…
が、
またも、昭子の方が、上だった…
「…高雄さんが、手を引くと…」
昭子の発言に、
「…エッ?…」
と、ユリコが、絶句した…
「…アナタ…高雄さんを出しにしようとしたでしょ?…」
…出しに?…
…どういう意味だろ?…
私は、思った…
「…アナタが、手にした五井造船の株…高雄さんは、3倍で、買い取れなんて、一言も言ってないそうね…」
ユリコが、物凄い形相で、昭子を睨んだ…
「…せいぜい、二倍が、関の山…投資をするものなら、この株は、どこまで、上がるのか、見極めるのが、常識…」
「…」
「…アナタのスポンサーが、山田会の高雄組だという情報は、掴んでいた…アナタ、本当は、仕手戦を仕掛けるつもりだったでしょ?…」
昭子が断言した…
すると、佐藤ナナが、
「…仕手戦って、なんですか?…」
と、口を出した…
「…簡単に言うと、株の売買…」
と、昭子が説明する…
「…ほら、今でいうオークションと同じようなもの…」
「…オークション?…」
「…ヤフオクとかあるでしょう…アレと同じ…」
「…どういうことですか?…」
「…株も、ヤフオクの出品物も同じ…誰かが、買おうとする…すると、別の誰かが、また、それを買おうとする…結果的に、競争相手が競りあうことで、出品物も、株も価格が上がる…」
「…」
「…ただ、オークションは、一番高い価格をつけなければ、その出品物を落札できないけれども、株は、みんなが買えば、上がる…」
「…上がる?…」
「…例えば、百円が、二百円、三百円と上がる…でも、それには、金を持つ協力者が、いなければ、ダメ…」
「…協力者?…」
「…オークションは、実際に買わずとも、入札すれば、価格が上がるけれども、株は、実際に買わなければ、価格が上がらない…だから、実際に、その株を買える財力がある人間が、必要となる…」
「…」
「…ね? …そうでしょ? …ユリコさん?…」
昭子が、ユリコに語りかける…
が、
ユリコは、なにも、言わなかった…
いや、
言えるはずが、なかった…
だから、私が、ユリコの代わりに、
「…協力者って、誰ですか?…」
と、聞いた…
昭子は、すぐさま、
「…中国政府…」
と、答えた…
「…中国政府?…」
私は、仰天した…
…まさか、中国政府の名前が、こんなところで、出るなんて…
想像もしていなかった(苦笑)…
「…といっても、堂々と、中国政府の名前は出してない…いわば、政府の名前を隠したダミー会社…」
昭子が説明する…
「…それを知って、高雄さんは、降りると、言ったそうよ…」
昭子が、ユリコに、告げた…
「…たかだか、ヤクザが、中国政府と、株の仕手戦を演じるつもりはないって…」
「…」
「…途中で、梯子を外される危険を恐れたみたい…」
昭子が、苦笑した…
「…つまり、ババを掴まされる危険を感じたって、ことですか?…」
私が、口を挟んだ…
「…その通り…仕手戦は、どこまで、株が上げるかで、上がりきったところで、今度は、売りに転じる…だから、うまく、逃げ切れなければ、ならない…例えば、百円が、三百円になっても、本当は、百円の価値しかない…だから、大量に買う人間が、いなくなれば、すぐに、下落して、元の百円に戻る…そして、相手が中国政府では、信用できないと、思ったのでしょう…例えば、今の例で、いえば、百円が、三百円になったところで、売りに転じると、約束しても、中国政府が、約束を反故にする可能性が、高いと、思った…中国人は、なにより、利益を追求することが、大切だから…だから、平気で、相手を裏切ると、思った…」
昭子が、笑った…
が、
当たり前だが、ユリコは、笑うどころではなかった…
自分の目論見が、すべてバレたのだ…
まさに、顔面蒼白だった…
すると、佐藤ナナが、楽しそうに、
「…バレバレ?…」
と、笑った…
が、
ユリコは、なにも、言わなかった…
怒るどころでは、なかったのだろう…
「…ユリコさん…」
と、昭子が、ユリコに話しかけた…
「…アナタは、高雄組にスポンサーになってもらって、今回、仕手戦を仕掛けようとした…それで、仕手戦をしかけるのに、もう一方の相手に、中国政府を選んだ…」
「…」
「…でも、それを、高雄さんに、伝えなかった…伝えれば、高雄さんが、手を引く可能性が、あったから…」
「…どうして、手を引く可能性が、あったんですか?…」
思わず、私は、口を挟んだ…
「…ヤクザというものは、危険なことに、手を出しません…」
「…ヤクザが、危険なものに手を出さないって?…」
思わず、私は、素っ頓狂な声を上げた…
「…彼らは、ばくち打ちでは、ありません…投資家です…確実に、儲かるものしか、手を出しません…」
昭子が断言する…
「…五井造船の株は、たしかに、儲かる可能性が高いです…でも、相手が、中国政府では、高雄さんも尻込みしたんでしょう…」
昭子が、笑う…
「…彼らに、ビジネスマナーは、ありません…弱ければ、徹底的に、食い物にする…相手として、これ以上、厄介な相手は、いません…彼らが、相手だと知った時点で、高雄さんは勝負を降りた…裸足で逃げ出したでしょう…」
昭子が、笑った…
「…だから、ユリコさんは、高雄さんに、教えなかった…違いますか?…」
昭子の質問に、
「…どこから…」
と、ゆっくり、ユリコが、口を開いた…
「…どこから、それを聞いたの…」
「…私は、大場さんと、長い付き合いなの…大場さんは、高雄さんと、仲がいい…だから…」
「…大場小太郎と…」
と、ユリコは、声を上げた…
それから、
「…そうね…菊池重方(しげかた)も、大場派だから…それを忘れていた…」
「…重方(しげかた)は、関係ありません…」
昭子が、語気を強めた…
ぴしゃりと言った…
「…重方(しげかた)は、別です…」
昭子の強い語気に、今さらながら、昭子の重方(しげかた)に対する怒りを感じた…
決して、許さない!
そう、思えた…
そして、その怒りの裏には、冬馬の死があるのだろうと、思った…
重方(しげかた)共々、五井家を追放するしかなかった冬馬…
重方(しげかた)が、米倉平造と組んで、五井にちょっかいを出さなければ、冬馬を追放する必要はなかった…
そう思っているのかも、しれない…
冬馬は、五井家で、評判が、悪い…
だから、父親の重方(しげかた)を、追放すれば、本当は、息子の冬馬に、後を継がせればいい…
五井東家を継がせればいい…
が、
それができなかった…
一族内で、嫌われていたからだ…
だから、一度、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる…
そんな、裏ワザというか、ウルトラCを考えたのだろう…
しかし、またも、重方(しげかた)が、邪魔をした…
実の娘の、佐藤ナナを、伸明のお嫁さん候補として、出現させたからだ…
結果、伸明は、この佐藤ナナに心奪われ、それを知った、昭子は、それを妨害するために、本来、冬馬と結婚させるべきだった、菊池リンを、再び、伸明と結婚させようとした…
その結果、五井に復帰できなかった冬馬は、自殺した…
だから、この昭子が、重方(しげかた)を許すわけがなかった…
すべては、重方(しげかた)のせい…
重方(しげかた)が、自分の利益のために、米倉平造と組んで、佐藤ナナを、伸明に近付けなければ、冬馬は、自殺に、追い込まれなかった…
そう、考えたのだろう…
それを、思えば、昭子が、重方(しげかた)を許すはずもなかった…
そして、今さらながら、考えた…
この昭子が、実は、冬馬を溺愛していたのではないか?
という事実を、だ…
昭子は、冬馬を嫌っていた…
誰が、見ても、嫌っていた…
が、
それは、演技の可能性が高い…
嫌って見せることで、周囲の人間が、誰もが、昭子は、冬馬を嫌っていると、思わせる…
が、
本当は、違う…
昭子は、冬馬を、五井家内に、留めたかったに違いない…
が、
それは、できない…
冬馬が、一族で、嫌われているからだ…
だから、あえて、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる裏技を使った…
五井家に復帰はさせるが、従来の五井一族の権利は、制限する…
権利は、はく奪する…
そうすれば、他の五井一族を納得させることができるからだ…
が、
なぜ、そこまで、溺愛するのだろうか?
ふと、思った…
自分の息子だから…
腹を痛めた、自分の息子だから…
それが、弟の重方(しげかた)の息子として、育てたから…
いや、
それをいえば、この昭子は、自殺した、伸明の弟の秀樹の死も、冷淡だった…
いや、
秀樹は、冬馬とは、違った…
秀樹は、策士だった…
策を巡る男だった…
そして、その秀樹を、実の父親である、五井本家の先代当主である、建造は、嫌っていた…
だから、実の息子の秀樹ではなく、血の繋がらない、兄の伸明を、後継者に推していた…
伸明は、欲がなかったからだ…
対して、秀樹は、欲望の塊だった…
上昇志向の塊だった…
それが、嫌だったのだろう…
なにより、欲望の強い人間は、嫌われる…
他人に譲ることができないからだ…
手柄を独り占めする人間…
そんな人間が、好かれるはずがない…
それを、建造は、見抜いていた…
だから、血が繋がった自分の息子にも、かかわらず、自分の後継者に推さなかった…
秀樹では、五井をまとめらないと、見抜いていたからだ…
そして、それは、この昭子も同じだった…
昭子から、秀樹のことを、聞いたことがなかった…
つまりは、秀樹は、それほど、両親に好かれていなかったのだろう…
今さらながら、思った…
そして、好かれてなかったゆえに、秀樹は、五井家の当主を目指したのではないか?
ふと、思った…
両親に好かれてなく、能力も、実績も、乏しい…
だから、当主になって、見返してやりたかったのではないか?
ふと、気付いた…
秀樹は、誰にも認められない…
だから、当主になることで、皆に、認めてもらいたかったのではないか?
そして、真逆に、周囲の者は、秀樹のそんな姿勢を見て、余計に嫌悪したのではないか?
そう、思った…
能力がない人間が、高望みをしている…
それが、あからさまだから、余計に、恥ずかしい…
そう、思ったのではないか?
と、そこまで、考えて、あらためて、冬馬のことを、考えた…
冬馬は、険のある目を持つ男で、嫌な男だったが、周囲の評判ほど、嫌な人間には、思えなかった…
ありていにいえば、なぜ、そこまで、嫌われているのか、わからなかった…
そして、それは、冬馬と二人で、建造の墓にクルマで、行ったときに、感じた…
それは、やはり、冬馬が、私に恋をしていたせいであろうか?
私を好きだったからだろうか?
どんな性格の悪い人間でも、好きな人間の前では、素直になれる…
優しくなれる…
そういうことだろうか?
私は、考えた…
考え続けた…
このシナリオは、当初からのものだったのか?
それとも、途中から、佐藤ナナが、出現したことで、昭子が、シナリオを作ったのか?
考えた…
どこから、シナリオを作ったのかが、重要だからだ…
そう、考えたとき、昭子が、
「…さあ、皆さん、お食べになって…」
と、声をかけた…
「…料理が、冷めないうちに…」
そう言って、自らが、手本になるべく、料理を食べ出した…
その昭子の姿を見て、私たち三人も、また料理に、箸をつけた…
それから、四人は、黙々と、食べ続けた…
一言も、会話がなかった…
いや、
そもそも、この四人は、敵対している(笑)
…
だから、会話など、あるはずもなかった(爆笑)…
私と、ユリコは、犬猿の仲…
また、この佐藤ナナと、私は、諏訪野伸明を、巡って、争っている…
そして、ユリコは、昭子と、五井造船の株を巡って、争っている…
それを考えれば、なんというか…
実に、凄い面子だ(爆笑)…
この4人が、みんな誰かと、争っているのだ…
これが、リングの上なら、どうだろう?
考えた…
私が、いきなり、ユリコをぶん殴るのだろうか?
それとも、
私は、佐藤ナナに、襲いかかるのだろうか?
私にとって、ユリコと、佐藤ナナが、敵だからだ…
が、
ユリコにとっては、私以外に、もう一人、敵がいる…
他ならぬ、昭子だ…
だとすれば、私か、昭子、どちらかと、先に戦わなければ、ならない…
果たして、ユリコの優先順位は、どちらが先だろうか?
私だろうか?
それとも、
昭子だろうか?
また、昭子の立場で、いえば、敵は、ユリコと、佐藤ナナ…
佐藤ナナと、伸明が、結婚しては、困るからだ…
ユリコとは、五井造船の株を巡って、対立している…
だから、昭子にすれば、佐藤ナナと、ユリコのどっちと、先に戦うか?
見ものだ…
つまり、昭子、ユリコ、佐藤ナナ、そして、私と、この4人が、複数の敵を、作っているということだ…
見ように、よっては、これほど、面白いものはない…
まさに、リング上で、戦って、誰が、誰と、戦うか、見てみたいものだ…
不謹慎ながら、そう思った…
そう、思いながら、懐石料理を、無言で、口に運んだ…
また、私を除いた、残りの三人も、同様だった…
無言で、料理を口に運んでいたが、その表情は、複雑というか…
食事をしながらも、それぞれの顔を、ときどき、見回していた…
まるで、敵が今にも、襲ってくるのを、警戒したような感じだった…
獣でいえば、自分の餌を食べながらも、いつなんどき、敵が、襲ってくるか、わからない…
そんな感じだった…
人間でいえば、
まるで、戦争だ…
戦場だ…
そう、思ったときだった…
またも、どこかで、スマホの音がした…
やはりというか、昭子のスマホだった…
昭子は、
「…ちょっと、失礼…」
と、言いながら、食事をする手を止めて、スマホの電話に出た…
それから、少しばかり、電話を聞くと、
「…そう…わかりました…ありがとう…」
手短に、言って、電話を切った…
私たち3人は、そんな昭子の様子を、箸を止めて、見ていた…
…一体、なんの電話だろう?…
誰もが、そう思った…
私たち3人の視線に、気付いたのだろう…
電話を終えた、昭子が、
「…たいしたことじゃないのよ…」
と、恥ずかしそうに、言った…
「…昔から、懇意にしていた方から、電話を頂いただけ…」
「…懇意にしていた方? …それは、誰?…」
と、ユリコが、遠慮なく聞いた…
昭子は、一瞬、言おうか、どうか、迷った感じだったが、
「…大場小太郎さん…」
と、告げた…
「…大場小太郎? …あの大場小太郎? …代議士の…」
「…そうです…」
「…その大場小太郎が、なんて…」
ユリコが、興味津々に、尋ねる…
まるで、昭子をからかうようだった…
が、
またも、昭子の方が、上だった…
「…高雄さんが、手を引くと…」
昭子の発言に、
「…エッ?…」
と、ユリコが、絶句した…
「…アナタ…高雄さんを出しにしようとしたでしょ?…」
…出しに?…
…どういう意味だろ?…
私は、思った…
「…アナタが、手にした五井造船の株…高雄さんは、3倍で、買い取れなんて、一言も言ってないそうね…」
ユリコが、物凄い形相で、昭子を睨んだ…
「…せいぜい、二倍が、関の山…投資をするものなら、この株は、どこまで、上がるのか、見極めるのが、常識…」
「…」
「…アナタのスポンサーが、山田会の高雄組だという情報は、掴んでいた…アナタ、本当は、仕手戦を仕掛けるつもりだったでしょ?…」
昭子が断言した…
すると、佐藤ナナが、
「…仕手戦って、なんですか?…」
と、口を出した…
「…簡単に言うと、株の売買…」
と、昭子が説明する…
「…ほら、今でいうオークションと同じようなもの…」
「…オークション?…」
「…ヤフオクとかあるでしょう…アレと同じ…」
「…どういうことですか?…」
「…株も、ヤフオクの出品物も同じ…誰かが、買おうとする…すると、別の誰かが、また、それを買おうとする…結果的に、競争相手が競りあうことで、出品物も、株も価格が上がる…」
「…」
「…ただ、オークションは、一番高い価格をつけなければ、その出品物を落札できないけれども、株は、みんなが買えば、上がる…」
「…上がる?…」
「…例えば、百円が、二百円、三百円と上がる…でも、それには、金を持つ協力者が、いなければ、ダメ…」
「…協力者?…」
「…オークションは、実際に買わずとも、入札すれば、価格が上がるけれども、株は、実際に買わなければ、価格が上がらない…だから、実際に、その株を買える財力がある人間が、必要となる…」
「…」
「…ね? …そうでしょ? …ユリコさん?…」
昭子が、ユリコに語りかける…
が、
ユリコは、なにも、言わなかった…
いや、
言えるはずが、なかった…
だから、私が、ユリコの代わりに、
「…協力者って、誰ですか?…」
と、聞いた…
昭子は、すぐさま、
「…中国政府…」
と、答えた…
「…中国政府?…」
私は、仰天した…
…まさか、中国政府の名前が、こんなところで、出るなんて…
想像もしていなかった(苦笑)…
「…といっても、堂々と、中国政府の名前は出してない…いわば、政府の名前を隠したダミー会社…」
昭子が説明する…
「…それを知って、高雄さんは、降りると、言ったそうよ…」
昭子が、ユリコに、告げた…
「…たかだか、ヤクザが、中国政府と、株の仕手戦を演じるつもりはないって…」
「…」
「…途中で、梯子を外される危険を恐れたみたい…」
昭子が、苦笑した…
「…つまり、ババを掴まされる危険を感じたって、ことですか?…」
私が、口を挟んだ…
「…その通り…仕手戦は、どこまで、株が上げるかで、上がりきったところで、今度は、売りに転じる…だから、うまく、逃げ切れなければ、ならない…例えば、百円が、三百円になっても、本当は、百円の価値しかない…だから、大量に買う人間が、いなくなれば、すぐに、下落して、元の百円に戻る…そして、相手が中国政府では、信用できないと、思ったのでしょう…例えば、今の例で、いえば、百円が、三百円になったところで、売りに転じると、約束しても、中国政府が、約束を反故にする可能性が、高いと、思った…中国人は、なにより、利益を追求することが、大切だから…だから、平気で、相手を裏切ると、思った…」
昭子が、笑った…
が、
当たり前だが、ユリコは、笑うどころではなかった…
自分の目論見が、すべてバレたのだ…
まさに、顔面蒼白だった…
すると、佐藤ナナが、楽しそうに、
「…バレバレ?…」
と、笑った…
が、
ユリコは、なにも、言わなかった…
怒るどころでは、なかったのだろう…
「…ユリコさん…」
と、昭子が、ユリコに話しかけた…
「…アナタは、高雄組にスポンサーになってもらって、今回、仕手戦を仕掛けようとした…それで、仕手戦をしかけるのに、もう一方の相手に、中国政府を選んだ…」
「…」
「…でも、それを、高雄さんに、伝えなかった…伝えれば、高雄さんが、手を引く可能性が、あったから…」
「…どうして、手を引く可能性が、あったんですか?…」
思わず、私は、口を挟んだ…
「…ヤクザというものは、危険なことに、手を出しません…」
「…ヤクザが、危険なものに手を出さないって?…」
思わず、私は、素っ頓狂な声を上げた…
「…彼らは、ばくち打ちでは、ありません…投資家です…確実に、儲かるものしか、手を出しません…」
昭子が断言する…
「…五井造船の株は、たしかに、儲かる可能性が高いです…でも、相手が、中国政府では、高雄さんも尻込みしたんでしょう…」
昭子が、笑う…
「…彼らに、ビジネスマナーは、ありません…弱ければ、徹底的に、食い物にする…相手として、これ以上、厄介な相手は、いません…彼らが、相手だと知った時点で、高雄さんは勝負を降りた…裸足で逃げ出したでしょう…」
昭子が、笑った…
「…だから、ユリコさんは、高雄さんに、教えなかった…違いますか?…」
昭子の質問に、
「…どこから…」
と、ゆっくり、ユリコが、口を開いた…
「…どこから、それを聞いたの…」
「…私は、大場さんと、長い付き合いなの…大場さんは、高雄さんと、仲がいい…だから…」
「…大場小太郎と…」
と、ユリコは、声を上げた…
それから、
「…そうね…菊池重方(しげかた)も、大場派だから…それを忘れていた…」
「…重方(しげかた)は、関係ありません…」
昭子が、語気を強めた…
ぴしゃりと言った…
「…重方(しげかた)は、別です…」
昭子の強い語気に、今さらながら、昭子の重方(しげかた)に対する怒りを感じた…
決して、許さない!
そう、思えた…
そして、その怒りの裏には、冬馬の死があるのだろうと、思った…
重方(しげかた)共々、五井家を追放するしかなかった冬馬…
重方(しげかた)が、米倉平造と組んで、五井にちょっかいを出さなければ、冬馬を追放する必要はなかった…
そう思っているのかも、しれない…
冬馬は、五井家で、評判が、悪い…
だから、父親の重方(しげかた)を、追放すれば、本当は、息子の冬馬に、後を継がせればいい…
五井東家を継がせればいい…
が、
それができなかった…
一族内で、嫌われていたからだ…
だから、一度、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる…
そんな、裏ワザというか、ウルトラCを考えたのだろう…
しかし、またも、重方(しげかた)が、邪魔をした…
実の娘の、佐藤ナナを、伸明のお嫁さん候補として、出現させたからだ…
結果、伸明は、この佐藤ナナに心奪われ、それを知った、昭子は、それを妨害するために、本来、冬馬と結婚させるべきだった、菊池リンを、再び、伸明と結婚させようとした…
その結果、五井に復帰できなかった冬馬は、自殺した…
だから、この昭子が、重方(しげかた)を許すわけがなかった…
すべては、重方(しげかた)のせい…
重方(しげかた)が、自分の利益のために、米倉平造と組んで、佐藤ナナを、伸明に近付けなければ、冬馬は、自殺に、追い込まれなかった…
そう、考えたのだろう…
それを、思えば、昭子が、重方(しげかた)を許すはずもなかった…
そして、今さらながら、考えた…
この昭子が、実は、冬馬を溺愛していたのではないか?
という事実を、だ…
昭子は、冬馬を嫌っていた…
誰が、見ても、嫌っていた…
が、
それは、演技の可能性が高い…
嫌って見せることで、周囲の人間が、誰もが、昭子は、冬馬を嫌っていると、思わせる…
が、
本当は、違う…
昭子は、冬馬を、五井家内に、留めたかったに違いない…
が、
それは、できない…
冬馬が、一族で、嫌われているからだ…
だから、あえて、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる裏技を使った…
五井家に復帰はさせるが、従来の五井一族の権利は、制限する…
権利は、はく奪する…
そうすれば、他の五井一族を納得させることができるからだ…
が、
なぜ、そこまで、溺愛するのだろうか?
ふと、思った…
自分の息子だから…
腹を痛めた、自分の息子だから…
それが、弟の重方(しげかた)の息子として、育てたから…
いや、
それをいえば、この昭子は、自殺した、伸明の弟の秀樹の死も、冷淡だった…
いや、
秀樹は、冬馬とは、違った…
秀樹は、策士だった…
策を巡る男だった…
そして、その秀樹を、実の父親である、五井本家の先代当主である、建造は、嫌っていた…
だから、実の息子の秀樹ではなく、血の繋がらない、兄の伸明を、後継者に推していた…
伸明は、欲がなかったからだ…
対して、秀樹は、欲望の塊だった…
上昇志向の塊だった…
それが、嫌だったのだろう…
なにより、欲望の強い人間は、嫌われる…
他人に譲ることができないからだ…
手柄を独り占めする人間…
そんな人間が、好かれるはずがない…
それを、建造は、見抜いていた…
だから、血が繋がった自分の息子にも、かかわらず、自分の後継者に推さなかった…
秀樹では、五井をまとめらないと、見抜いていたからだ…
そして、それは、この昭子も同じだった…
昭子から、秀樹のことを、聞いたことがなかった…
つまりは、秀樹は、それほど、両親に好かれていなかったのだろう…
今さらながら、思った…
そして、好かれてなかったゆえに、秀樹は、五井家の当主を目指したのではないか?
ふと、思った…
両親に好かれてなく、能力も、実績も、乏しい…
だから、当主になって、見返してやりたかったのではないか?
ふと、気付いた…
秀樹は、誰にも認められない…
だから、当主になることで、皆に、認めてもらいたかったのではないか?
そして、真逆に、周囲の者は、秀樹のそんな姿勢を見て、余計に嫌悪したのではないか?
そう、思った…
能力がない人間が、高望みをしている…
それが、あからさまだから、余計に、恥ずかしい…
そう、思ったのではないか?
と、そこまで、考えて、あらためて、冬馬のことを、考えた…
冬馬は、険のある目を持つ男で、嫌な男だったが、周囲の評判ほど、嫌な人間には、思えなかった…
ありていにいえば、なぜ、そこまで、嫌われているのか、わからなかった…
そして、それは、冬馬と二人で、建造の墓にクルマで、行ったときに、感じた…
それは、やはり、冬馬が、私に恋をしていたせいであろうか?
私を好きだったからだろうか?
どんな性格の悪い人間でも、好きな人間の前では、素直になれる…
優しくなれる…
そういうことだろうか?
私は、考えた…
考え続けた…