第93話

文字数 6,046文字

 …本当にそうか?…

 このシナリオは、当初からのものだったのか?

 それとも、途中から、佐藤ナナが、出現したことで、昭子が、シナリオを作ったのか?

 考えた…

 どこから、シナリオを作ったのかが、重要だからだ…

 そう、考えたとき、昭子が、

 「…さあ、皆さん、お食べになって…」

 と、声をかけた…

 「…料理が、冷めないうちに…」

 そう言って、自らが、手本になるべく、料理を食べ出した…

 その昭子の姿を見て、私たち三人も、また料理に、箸をつけた…

 それから、四人は、黙々と、食べ続けた…

 一言も、会話がなかった…

 いや、

 そもそも、この四人は、敵対している(笑)


 だから、会話など、あるはずもなかった(爆笑)…

 私と、ユリコは、犬猿の仲…

 また、この佐藤ナナと、私は、諏訪野伸明を、巡って、争っている…

 そして、ユリコは、昭子と、五井造船の株を巡って、争っている…

 それを考えれば、なんというか…

 実に、凄い面子だ(爆笑)…

 この4人が、みんな誰かと、争っているのだ…

 これが、リングの上なら、どうだろう?

 考えた…

 私が、いきなり、ユリコをぶん殴るのだろうか?

 それとも、

 私は、佐藤ナナに、襲いかかるのだろうか?

 私にとって、ユリコと、佐藤ナナが、敵だからだ…

 が、

 ユリコにとっては、私以外に、もう一人、敵がいる…

 他ならぬ、昭子だ…

 だとすれば、私か、昭子、どちらかと、先に戦わなければ、ならない…

 果たして、ユリコの優先順位は、どちらが先だろうか?

 私だろうか?

 それとも、

 昭子だろうか?

 また、昭子の立場で、いえば、敵は、ユリコと、佐藤ナナ…

 佐藤ナナと、伸明が、結婚しては、困るからだ…

 ユリコとは、五井造船の株を巡って、対立している…

 だから、昭子にすれば、佐藤ナナと、ユリコのどっちと、先に戦うか?

 見ものだ…

 つまり、昭子、ユリコ、佐藤ナナ、そして、私と、この4人が、複数の敵を、作っているということだ…

 見ように、よっては、これほど、面白いものはない…

 まさに、リング上で、戦って、誰が、誰と、戦うか、見てみたいものだ…

 不謹慎ながら、そう思った…

 そう、思いながら、懐石料理を、無言で、口に運んだ…

 また、私を除いた、残りの三人も、同様だった…

 無言で、料理を口に運んでいたが、その表情は、複雑というか…

 食事をしながらも、それぞれの顔を、ときどき、見回していた…

 まるで、敵が今にも、襲ってくるのを、警戒したような感じだった…

 獣でいえば、自分の餌を食べながらも、いつなんどき、敵が、襲ってくるか、わからない…

 そんな感じだった…

 人間でいえば、

 まるで、戦争だ…

 戦場だ…

 そう、思ったときだった…

 またも、どこかで、スマホの音がした…

 やはりというか、昭子のスマホだった…

 昭子は、

 「…ちょっと、失礼…」

 と、言いながら、食事をする手を止めて、スマホの電話に出た…

 それから、少しばかり、電話を聞くと、

 「…そう…わかりました…ありがとう…」

 手短に、言って、電話を切った…

 私たち3人は、そんな昭子の様子を、箸を止めて、見ていた…

 …一体、なんの電話だろう?…

 誰もが、そう思った…

 私たち3人の視線に、気付いたのだろう…

 電話を終えた、昭子が、

 「…たいしたことじゃないのよ…」

 と、恥ずかしそうに、言った…

 「…昔から、懇意にしていた方から、電話を頂いただけ…」

 「…懇意にしていた方? …それは、誰?…」

 と、ユリコが、遠慮なく聞いた…

 昭子は、一瞬、言おうか、どうか、迷った感じだったが、

 「…大場小太郎さん…」

 と、告げた…

 「…大場小太郎? …あの大場小太郎? …代議士の…」

 「…そうです…」

 「…その大場小太郎が、なんて…」

 ユリコが、興味津々に、尋ねる…

 まるで、昭子をからかうようだった…

 が、

 またも、昭子の方が、上だった…

 「…高雄さんが、手を引くと…」

 昭子の発言に、

 「…エッ?…」

 と、ユリコが、絶句した…

 「…アナタ…高雄さんを出しにしようとしたでしょ?…」

 …出しに?…

 …どういう意味だろ?…

 私は、思った…

 「…アナタが、手にした五井造船の株…高雄さんは、3倍で、買い取れなんて、一言も言ってないそうね…」

 ユリコが、物凄い形相で、昭子を睨んだ…

 「…せいぜい、二倍が、関の山…投資をするものなら、この株は、どこまで、上がるのか、見極めるのが、常識…」

 「…」

 「…アナタのスポンサーが、山田会の高雄組だという情報は、掴んでいた…アナタ、本当は、仕手戦を仕掛けるつもりだったでしょ?…」

 昭子が断言した…

 すると、佐藤ナナが、

 「…仕手戦って、なんですか?…」

 と、口を出した…

 「…簡単に言うと、株の売買…」

 と、昭子が説明する…

 「…ほら、今でいうオークションと同じようなもの…」

 「…オークション?…」

 「…ヤフオクとかあるでしょう…アレと同じ…」

 「…どういうことですか?…」

 「…株も、ヤフオクの出品物も同じ…誰かが、買おうとする…すると、別の誰かが、また、それを買おうとする…結果的に、競争相手が競りあうことで、出品物も、株も価格が上がる…」

 「…」

 「…ただ、オークションは、一番高い価格をつけなければ、その出品物を落札できないけれども、株は、みんなが買えば、上がる…」

 「…上がる?…」

 「…例えば、百円が、二百円、三百円と上がる…でも、それには、金を持つ協力者が、いなければ、ダメ…」

 「…協力者?…」

 「…オークションは、実際に買わずとも、入札すれば、価格が上がるけれども、株は、実際に買わなければ、価格が上がらない…だから、実際に、その株を買える財力がある人間が、必要となる…」

 「…」

 「…ね? …そうでしょ? …ユリコさん?…」

 昭子が、ユリコに語りかける…

 が、

 ユリコは、なにも、言わなかった…

 いや、

 言えるはずが、なかった…

 だから、私が、ユリコの代わりに、

 「…協力者って、誰ですか?…」

 と、聞いた…

 昭子は、すぐさま、

 「…中国政府…」

 と、答えた…

 「…中国政府?…」

 私は、仰天した…

 …まさか、中国政府の名前が、こんなところで、出るなんて…

 想像もしていなかった(苦笑)…

 「…といっても、堂々と、中国政府の名前は出してない…いわば、政府の名前を隠したダミー会社…」

 昭子が説明する…

 「…それを知って、高雄さんは、降りると、言ったそうよ…」

 昭子が、ユリコに、告げた…

 「…たかだか、ヤクザが、中国政府と、株の仕手戦を演じるつもりはないって…」

 「…」

 「…途中で、梯子を外される危険を恐れたみたい…」

 昭子が、苦笑した…

 「…つまり、ババを掴まされる危険を感じたって、ことですか?…」

 私が、口を挟んだ…

 「…その通り…仕手戦は、どこまで、株が上げるかで、上がりきったところで、今度は、売りに転じる…だから、うまく、逃げ切れなければ、ならない…例えば、百円が、三百円になっても、本当は、百円の価値しかない…だから、大量に買う人間が、いなくなれば、すぐに、下落して、元の百円に戻る…そして、相手が中国政府では、信用できないと、思ったのでしょう…例えば、今の例で、いえば、百円が、三百円になったところで、売りに転じると、約束しても、中国政府が、約束を反故にする可能性が、高いと、思った…中国人は、なにより、利益を追求することが、大切だから…だから、平気で、相手を裏切ると、思った…」

 昭子が、笑った…

 が、

 当たり前だが、ユリコは、笑うどころではなかった…

 自分の目論見が、すべてバレたのだ…

 まさに、顔面蒼白だった…

 すると、佐藤ナナが、楽しそうに、

 「…バレバレ?…」

 と、笑った…

 が、

 ユリコは、なにも、言わなかった…

 怒るどころでは、なかったのだろう…

 「…ユリコさん…」

 と、昭子が、ユリコに話しかけた…

 「…アナタは、高雄組にスポンサーになってもらって、今回、仕手戦を仕掛けようとした…それで、仕手戦をしかけるのに、もう一方の相手に、中国政府を選んだ…」

 「…」

 「…でも、それを、高雄さんに、伝えなかった…伝えれば、高雄さんが、手を引く可能性が、あったから…」

 「…どうして、手を引く可能性が、あったんですか?…」

 思わず、私は、口を挟んだ…

 「…ヤクザというものは、危険なことに、手を出しません…」

 「…ヤクザが、危険なものに手を出さないって?…」

 思わず、私は、素っ頓狂な声を上げた…

 「…彼らは、ばくち打ちでは、ありません…投資家です…確実に、儲かるものしか、手を出しません…」

 昭子が断言する…

 「…五井造船の株は、たしかに、儲かる可能性が高いです…でも、相手が、中国政府では、高雄さんも尻込みしたんでしょう…」

 昭子が、笑う…

 「…彼らに、ビジネスマナーは、ありません…弱ければ、徹底的に、食い物にする…相手として、これ以上、厄介な相手は、いません…彼らが、相手だと知った時点で、高雄さんは勝負を降りた…裸足で逃げ出したでしょう…」

 昭子が、笑った…

 「…だから、ユリコさんは、高雄さんに、教えなかった…違いますか?…」

 昭子の質問に、

 「…どこから…」

 と、ゆっくり、ユリコが、口を開いた…

 「…どこから、それを聞いたの…」

 「…私は、大場さんと、長い付き合いなの…大場さんは、高雄さんと、仲がいい…だから…」

 「…大場小太郎と…」

 と、ユリコは、声を上げた…

 それから、

 「…そうね…菊池重方(しげかた)も、大場派だから…それを忘れていた…」

 「…重方(しげかた)は、関係ありません…」

 昭子が、語気を強めた…

 ぴしゃりと言った…

 「…重方(しげかた)は、別です…」

 昭子の強い語気に、今さらながら、昭子の重方(しげかた)に対する怒りを感じた…

 決して、許さない!

 そう、思えた…

 そして、その怒りの裏には、冬馬の死があるのだろうと、思った…

 重方(しげかた)共々、五井家を追放するしかなかった冬馬…

 重方(しげかた)が、米倉平造と組んで、五井にちょっかいを出さなければ、冬馬を追放する必要はなかった…

 そう思っているのかも、しれない…

 冬馬は、五井家で、評判が、悪い…

 だから、父親の重方(しげかた)を、追放すれば、本当は、息子の冬馬に、後を継がせればいい…

 五井東家を継がせればいい…

 が、

 それができなかった…

 一族内で、嫌われていたからだ…

 だから、一度、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる…

 そんな、裏ワザというか、ウルトラCを考えたのだろう…

 しかし、またも、重方(しげかた)が、邪魔をした…

 実の娘の、佐藤ナナを、伸明のお嫁さん候補として、出現させたからだ…

 結果、伸明は、この佐藤ナナに心奪われ、それを知った、昭子は、それを妨害するために、本来、冬馬と結婚させるべきだった、菊池リンを、再び、伸明と結婚させようとした…

 その結果、五井に復帰できなかった冬馬は、自殺した…

 だから、この昭子が、重方(しげかた)を許すわけがなかった…

 すべては、重方(しげかた)のせい…

 重方(しげかた)が、自分の利益のために、米倉平造と組んで、佐藤ナナを、伸明に近付けなければ、冬馬は、自殺に、追い込まれなかった…

 そう、考えたのだろう…

 それを、思えば、昭子が、重方(しげかた)を許すはずもなかった…

 そして、今さらながら、考えた…

 この昭子が、実は、冬馬を溺愛していたのではないか?

 という事実を、だ…

 昭子は、冬馬を嫌っていた…

 誰が、見ても、嫌っていた…

 が、

 それは、演技の可能性が高い…

 嫌って見せることで、周囲の人間が、誰もが、昭子は、冬馬を嫌っていると、思わせる…

 が、

 本当は、違う…

 昭子は、冬馬を、五井家内に、留めたかったに違いない…

 が、

 それは、できない…

 冬馬が、一族で、嫌われているからだ…

 だから、あえて、重方(しげかた)共々、追放して、菊池リンの夫として、五井家に復帰させる裏技を使った…

 五井家に復帰はさせるが、従来の五井一族の権利は、制限する…

 権利は、はく奪する…

 そうすれば、他の五井一族を納得させることができるからだ…

 が、

 なぜ、そこまで、溺愛するのだろうか?

 ふと、思った…

 自分の息子だから…

 腹を痛めた、自分の息子だから…

 それが、弟の重方(しげかた)の息子として、育てたから…

 いや、

 それをいえば、この昭子は、自殺した、伸明の弟の秀樹の死も、冷淡だった…

 いや、

 秀樹は、冬馬とは、違った…

 秀樹は、策士だった…

 策を巡る男だった…

 そして、その秀樹を、実の父親である、五井本家の先代当主である、建造は、嫌っていた…

 だから、実の息子の秀樹ではなく、血の繋がらない、兄の伸明を、後継者に推していた…

 伸明は、欲がなかったからだ…

 対して、秀樹は、欲望の塊だった…

 上昇志向の塊だった…

 それが、嫌だったのだろう…

 なにより、欲望の強い人間は、嫌われる…

 他人に譲ることができないからだ…

 手柄を独り占めする人間…

 そんな人間が、好かれるはずがない…

 それを、建造は、見抜いていた…

 だから、血が繋がった自分の息子にも、かかわらず、自分の後継者に推さなかった…

 秀樹では、五井をまとめらないと、見抜いていたからだ…

 そして、それは、この昭子も同じだった…

 昭子から、秀樹のことを、聞いたことがなかった…

 つまりは、秀樹は、それほど、両親に好かれていなかったのだろう…

 今さらながら、思った…

 そして、好かれてなかったゆえに、秀樹は、五井家の当主を目指したのではないか?

 ふと、思った…

 両親に好かれてなく、能力も、実績も、乏しい…

 だから、当主になって、見返してやりたかったのではないか?

 ふと、気付いた…

 秀樹は、誰にも認められない…

 だから、当主になることで、皆に、認めてもらいたかったのではないか?

 そして、真逆に、周囲の者は、秀樹のそんな姿勢を見て、余計に嫌悪したのではないか?

 そう、思った…

 能力がない人間が、高望みをしている…

 それが、あからさまだから、余計に、恥ずかしい…

 そう、思ったのではないか?

 と、そこまで、考えて、あらためて、冬馬のことを、考えた…

 冬馬は、険のある目を持つ男で、嫌な男だったが、周囲の評判ほど、嫌な人間には、思えなかった…

 ありていにいえば、なぜ、そこまで、嫌われているのか、わからなかった…

 そして、それは、冬馬と二人で、建造の墓にクルマで、行ったときに、感じた…

 それは、やはり、冬馬が、私に恋をしていたせいであろうか?

 私を好きだったからだろうか?

 どんな性格の悪い人間でも、好きな人間の前では、素直になれる…

 優しくなれる…

 そういうことだろうか?

 私は、考えた…

 考え続けた…

                
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