第78話

文字数 6,250文字

 …五井に乱あり…

 いまどき、そんな物騒というか、時代遅れなタイトルが、週刊誌の見出しに並んだ…

 それが、きっかけだった…

 そして、その内容は、当然、ネットでも、見れた…

 その内容はというと…

 五井の当主、諏訪野伸明と、他の親族の対立…

 それが、メインだった…

 他の親族というのは、やはりというか、菊池重方(しげかた)のことだった…

 あのとき、私が、菊池重方(しげかた)と会ったときに、伸明もやって来た…

 おそらくは、アレをきっかけに、伸明と重方(しげかた)が、余計に揉めたというか…

 抜き差しならないところに、来たのかもしれなかった…

 ただ、意外だったのは、その記事によると、重方(しげかた)は、一人ではなかったことだ…

 仲間がいたということだ…

 私は、重方(しげかた)は、五井家で、完全に孤立していると考えていた…

 が、

 そうではないと、記事には書いてあった…

 重方(しげかた)には、五井家内でも、味方がいると…

 ただ、それが誰であるのか、明確な名前はなかった…

 あくまで、情報通というか…

 事情通というか…

 匿名での情報だったからだ…

 が、

 私は、その記事を眉唾物だとは、思わなかった…

 なぜなら、菊池重方(しげかた)は、五井家出身…

 五井東家当主だった…

 五井の分家の一つに生まれ、五井の中で、生きてきた…

 だから、当然、五井一族と、生まれたときから、交流がある…

 だから、当然、気の合う人間もいるに違いないからだ…

 あのとき、諏訪野伸明が、

 …あらためて、五井家から、重方(しげかた)を追放する…

 と、私の前で言ったのは、それを知っていたからだ…

 すでに、形の上では、五井家から、追放されていたが、実際は、重方(しげかた)は、水面下で、他の五井一族の人間と繋がっていた…

 だから、それを断ち切るために、わざわざ、重方(しげかた)に向かって、

 …あらためて、五井家から、重方(しげかた)を追放する…

 と、通告したのだ…

 きっと、あの後、伸明は、五井家当主として、他の一族にも、同様の通達を出したに違いない…

 が、

 それに反発するというか…

 従わない一族もいるのだろう…

 だから、

 …五井に乱あり…

 という見出しになった…

 五井が割れたのだ…

 五井の分家が、五井本家の当主に、牙を剥いたのだ…

 私は、家で、そんな見出しの記事をパソコンで読んでいたが、同時に、私には、関係のないことだと思った…

 私と伸明は、もう終わったのだった…

 完全に、結婚はなくなったのだ…

 だから、本当は、そんな記事は見なくていい…

 見れば、どうしても、気になるからだ…

 が、

 見ないわけにはいかなかった…

 やはり、気になる…

 それは、ちょうど、テレビのグルメ番組で、自分の知っている街が、テレビに出ているようなものだ…

 自分の知っている街や店がテレビに映ることは、滅多にない…

 だから、気になる…

 見てみたくなる…

 それと、似ている…

 自分の知っている諏訪野伸明や、菊池重方(しげかた)が、どうなっているか、知りたい…

 やはり、それが、人情というか…

 すでに、伸明と結婚することは、なくなっていると、わかっている自分だから、その記事を読めば、余計に未練が残るというか…

 余計に、忘れがたくなる…

 それが、十分にわかっているくせに、読みたくなるのは、人間の性(さが)だろうか?

 それとも、

 私、寿綾乃の性格のなせるわざだろうか?

 考えた(笑)…


 そんなときだった…

 あの菊池冬馬から、連絡があったのだ…

 私は、仰天した…

 まさか、冬馬が…

 あの菊池冬馬が、私のケータイの電話番号を知っているとは、夢にも思わなかったからだ…

 最初、ケータイに見知らぬ番号から、着信があったときは、着信に気付いていたが、用心して、電話に出なかった…

 が、

 留守録のメッセージを、冬馬が入れている最中で、ハッキリと、

 「…冬馬…菊池冬馬です…五井記念病院の理事長だった…」

 と、告げられたときは、慌てて、ケータイを握り締めて、電話に出た…

 どんな内容なのか、興味津々だったからだ…

 「…寿です…」

 慌てて、ケータイで、名前を告げると、冬馬が、驚いた様子だった…

 「…いらしたんですか?…」

 「…ハイ…」

 「…でも、今、留守録にメッセージを入れている最中には…」

 「…いえ…どなたからか、わからなかったものですから…」

 私の言葉に、一呼吸置いてから…

 「…それは、そうですね…」

 と、冬馬が、相槌を打った…

 「…どうして、私のケータイの番号がわかったんですか?…」

 「…伸明さんに、聞きました…」

 「…伸明さんに…」

 言いながら、それは、決して、眉唾物だとは、思わなかった…

 なぜなら、この冬馬は、伸明の弟…

 血を分けた伸明の本当の弟だとわかったからだ…

 ただ、問題は、その事実を冬馬が知っているか、否か、だった…

 これは、わからない…

 いや、

 もしかしたら、それは、ウソで、あの諏訪野マミから、聞いたのかもとも、気付いた…

 なぜなら、以前、二人は、連れ立って、私に会いに来たことがある…

 あのときは、二人して、私に、伸明との結婚を諦めてくれと、頼んで来た…

 南家出身の佐藤ナナと、伸明が、結婚するためだ…

 が、

 結局、結婚はなかった…

 佐藤ナナは、伸明と結婚することなく、伸明の義理の妹になった…

 五井本家と、佐藤ナナが、養子縁組をしたからだ…

 これで、正式に、五井南家が、本家側につくことになった…

 私は、この事実を思い出した…

 が、

 これは、ウソだった…

 佐藤ナナは、五井南家の血を引いているわけではなく、菊池重方(しげかた)の娘だった…

 にもかかわらず、南家の血を引いていると、名乗り、五井本家に養女として、入った…

 一体、これは、どういうことだろう?…

 あの後、考えた…

 察するに、アレは、形だけ…

 形式だけのことだろうと、気付いた…

 五井南家を本家側につかせるために、そう見せかけたに過ぎない…

 他の分家を納得させるために、そう見せかけたに過ぎない…

 五井南家と、五井本家…

 双方、納得の上でのお芝居だったのだろう…

 これは、例えば、大昔の豊臣秀吉が、そうだ…

 秀吉が、百姓出身であることは、誰もが、わかっている…

 しかしながら、実質的には、天下人…

 それに見合う地位が必要…

 そのために、関白の近衛前久(さきひさ)の猶子(ゆうし)と、なった…

 百姓出身では、征夷大将軍や、関白など、責任ある地位には就けない…

 だから、関白の猶子(ゆうし)=養子となった…

 だから、形式的には、関白の息子…

 関白の息子ゆえに、関白の地位を継いでも、おかしくはない…

 そういうことだ…

 誰もが、秀吉は、元々、百姓出身であることが、わかっている上での猿芝居…

 それと、似たようなもので、本当は、佐藤ナナが、五井南家の人間ではないとわかっているにも、かかわらず、五井南家の人間と言い張った…

 なにより、佐藤ナナは、菊池重方(しげかた)の娘…

 重方(しげかた)の娘ならば、昭子にとっては、姪に当たる…

 だから、養女として迎えることにも、躊躇いがなかったのかもしれない…

 そんなふうに、考えた…

 そんなことを、今、冬馬と、電話で、話しながら、考えた…

 すると、

 「…寿さん…」

 と、冬馬が、電話の向こうから、言ってきた…

 「…なんでしょうか?…」

 「…一度、外で、お会いできませんか?…」

 仰天の申し出だった…

 一瞬、どう答えて、いいか、わからなかった…

 まさか…

 まさか、冬馬が、私と二人きりで、外で会えないか?

 などと、言ってくるとは、思わなかったからだ…

 いや、

 まだ、二人きりとは、言っていない…

 だから、

 「…マミさんも、いらっしゃるんですか?…」

 と、聞いた…

 「…いえ、ボクと二人きりです…」

 冬馬が、答える…

 私は、その答えに、つい、

 「…ふたりきり…」

 と、呟いた…

 あまりにも、気のない返事に、冬馬もどうしていいか、わからなかったのかもしれない…

 「…寿さんが、ボクを嫌いなのは、わかります…」

 「…」

 「…でも、一度、どうしても、寿さんにお会いしたい…」

 「…私に会いたい?…」

 「…これは、伸明の意思でもあります…」

 思いがけない名前が出た…

 「…伸明さんの…」

 「…ハイ…」

 「…そうですか…でしたら…」

 私は、答えた…

 我ながら、調子がいいというか…

 諏訪野伸明の名前が出た途端、態度が豹変する…

 まさに、金目当ての女そのもの(笑)…

 金持ちの御曹司狙いそのものだ(笑)…

 「…承知したのでしたら、後日、あらためて、お迎えに上がります…」

 そう言って、冬馬は、電話を切った…

 
 伸明が、私に会いたい…

 あの伸明が…

 電話が終わった後、考えた…

 嬉しくて、考えた…

 やはり、伸明は、私を好き?

 私を忘れられない?

 そう思いながらも、

 …そんなバカな?…

 とも、思った…

 そんなことは、すべて、わかっているはずだ…

 あのとき、菊池重方(しげかた)と、私が、話しているときに、伸明が、突然、やって来て、重方(しげかた)に、五井家から、追放すると、宣言した…

 そして、私に、

 「…ご苦労様…」

 と、告げた…

 すべては、伸明が、五井家内での自分の地位を固めるために、自分の結婚を隠れ蓑に使った…

 自分が、五井家以外の女と結婚すると、見せかけて、その間に、おそらくは、敵が、動き出すのを待っていた可能性もある…

 そして、その敵が、重方(しげかた)であり、米倉平造でもあったのだろう…

 つまりは、五井に乱の芽がすでにあり、その芽を取り除くために、あえて、自分の結婚を餌に、五井に騒動を巻き起こしたのかもしれない…

 当主である自分が、五井家以外の人間と結婚すると、見せかけることで、それに反対する勢力が出ることを見越して、あえて、私と結婚すると、言った…

 そして、それに反対する勢力を、五井家から追放したいと、考えたのかもしれない…

 結婚は、あくまで、隠れ蓑…

 口実に過ぎない…

 要するに、結婚に反対するのは、口実で、反対する者は、なにが、あっても、反対する…

 嫌いなものは、なにがあっても、嫌い…

 好きになれないのと、いっしょだ…

 私は、今さらながら、そう思った…

 そう、気付いた…

 ならば、一体?

 一体、伸明は、私に会って、なにがしたいのだろう?

 どうしたいのだろう?

 イマイチ、その目的がわからなかった…

 その目的がわからなかった…

 それとも…

 それとも、冬馬が、伸明の名前を出したのは、ウソ?

 伸明の名前を出せば、私が、出向くと思って、あえて、伸明の名前を出した…

 そういうことだろうか?

 考えた…

 いや、

 いや…

 そもそも、さっき、冬馬は、伸明の意思と言っただけだ…

 伸明が、私と会いたいと言ったわけでもなんでもない(苦笑)…

 私が、今、勘違いしただけだ…

 早とちりしただけだった…

 それに、気付いた…

 我ながら、バカげている…

 冬馬が、今、伸明の名前を出したことで、我ながら、みっともないほど、動揺して、いた…

 今さらながら、それに、気付いた…

 ということは?

 ということは、どうだ?

 私は、まだ、諏訪野伸明に惚れている?

 未練がある…

 その証拠だった(笑)…

 諏訪野伸明は、私のことを、どう思っているか、わからないが、私は、まだ、伸明を諦めていない…

 伸明に気がある…

 その証拠だった…

 我ながら、未練がましいというか…

 あれほど、あっさりと、

 「…ご苦労様…」

 と、伸明に言われて、すでに、自分の役目は終わったはずだった…

 それが、自分でも、十分わかっているはずだった…
 
 それが…

 それが、こんなにも、未練たらしく…

 まさか…

 まさか、自分が、これほど、未練たらしい女だとは、思わなかった…

 まさか、自分が、これほど、伸明に執着するとは、思わなかった…

 それは、やはり、伸明の金が目当てなんだろうか?

 伸明が、あの五井の御曹司だからだろうか?

 平民の寿綾乃が、手の届かない存在だからだろうか?

 わからない…

 自分でも、よくわからなかった…

 伸明が、金があるから、これほど、執着するのか?

 それとも、違うのか?

 自分でも、よくわからなかった…

 自分でも、わかっていることと、言えば、私は、これまで32年生きてきて、これほど、男に執着したことは、なかった…

 これほど、好きになるというか…

 気になる存在の男は、いなかった…

 だったら、同居する、藤原ナオキは、どうだったんだ?

 といえば、すでに、何度も説明したように、ナオキとは、いっしょにいても、ドキドキがなかった…

 ときめく感覚がなかった…

 ただ、いっしょにいれば、安心する…

 はっきり言えば、それだけ…

 だが、それは、やはり得がたい存在…

 誰もが同じだが、いっしょにいて、安らいだり、安心したりする存在が、どれほど、いるだろうか?

 だから、私にとって、藤原ナオキは、得がたい存在であり、唯一無二の存在だった…

 おまけに、長身のイケメンで、お金持ちだった(笑)…

 だから、なんの不満もない…

 ただ、出会った当初から、トキメキがなかった…

 ドキドキがなかった…

 思えば、これが、唯一の難点…

 それに、比べ、諏訪野伸明には、トキメキがあった…

 出会った当初は、感じなかったが、夜中に、突然、クルマで、私の自宅の近くにやって来たと、告げられ、外に呼び出された…

 そして、深夜に二人して、ドライブに出かけ、しまいには、亡くなった建造の前で、二人で、キスをした…

 どうして、そんなことになったのか、説明しろと、言われれば、自分でも、説明できないが、とにかく、そうなった(苦笑)…

 自分でも、よくわからない展開だった(笑)…

 ただ、そんなことになったことで、私は、伸明にときめいた…

 これまでは、一度もときめいた感情を、男に感じたことは、なかった…

 仕事を含め、プライべートでも、イケメンと、知り合ったことは、数えきれないほどあるが、ときめいた感覚はない…

 ドキドキした覚えはない…

 伸明が、初めてだった…

 これは、一体なぜだろうか?

 思うに、私は、本質的に、恋をしない体質なのではないか?

 思った…

 恋をしない=ひとを好きになれない体質なのではないか?

 そう、思った…

 これまで、セックスをした男は、藤原ナオキだけではないが、やはり、他の男にも、ときめいた経験はない…

 ドキドキした経験はない…

 いわば、諏訪野伸明は、私が、生まれて、初めて、ときめいた男だった…

 ドキドキした男だった…

 ドキドキした=恋をした男だった…

 恋かもしれない…

 違うかもしれない…

 今さらながら、思う…

 今さらながら、考える…

 すでに32歳になり、いまさら、処女でも、なんでもない…

 バージンでもなんでもない…

 にもかかわらず、恋をした経験がない…

 ときめいた経験が、まるでない…

 これは、もしや、私が異常なのだろうか?

 私は、考える…

 だから、だろう…

 私は、伸明に執着する…

 伸明が、イケメンだから、執着するのか?

 金持ちだから、執着するのか?

 率直に言って、自分でも、よくわからない…

 ただ、男にドキドキした経験は、伸明が初めてだった…

 とめめいた経験は、伸明が初めてだった…

 だから、今、もしかしたら、私は、恋をしている…

 生まれて、初めて、恋をしているのかもしれなかった…

                
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