第27話
文字数 8,747文字
…菊池重方(しげかた)、菊池派の旗揚げを断念…
私は、その記事を見ながら、考えた…
…これは、事実なのだろうか?…
…ブラフ、ハッタリの類ではないのだろうか?…
考えた…
普通に考えれば、その通りだと、思うかもしれないが、私には、額面通りに受け取れないというか…
猜疑心が強いといっては、それまでだが、私は、異常なまでに、用心深く、考える…
いったん、死んだふりをして、周囲の様子を窺っている可能性も排除できないからだ…
我ながら、天の邪鬼かもしれないが、天の邪鬼でなければ、これまで、生きてこれなかった…
私は、考える…
一方、私の体調はというと、少しずつ、よくなってきた…
松葉杖をつくのは、仕方ないが、以前と比べると、楽々とまでは、いわないが、傍から見ても、苦にならなくなった…
だから、佐藤ナナも、あまり、口出ししなくなった…
やはり、あの一件以来…
あの佐藤ナナが、私を監視するスパイだと、私にバレて以来、なんとなく気まずくなった…
当たり前だ…
誰もが、自分を監視していた人間と、仲良くなるはずはないし、佐藤ナナもまた、私と距離を置くようになった…
佐藤ナナもまた私に対して、気まずいに違いなかったからだ…
要は、私と佐藤ナナの間に、見えない溝ができたということだ…
だから、相変わらず、佐藤ナナは、私の担当の看護師だが、あの一件以来、めっきり会話が少なくなったというか…
最低限の会話しか、しなくなった…
お互いが、お互いを、警戒するようになったというか…
にもかかわらず、毎日、二人で、病院のリハビリルームに向かって、いくのは、ある意味、皮肉というか…
神様が、二人に与えた試練? だった(苦笑)…
一方、珍しいお客というわけではないが、藤原ナオキが、私の見舞いにやって来た…
「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」
私が、病室のベッドで、一人、寝ていると、まるで、子供のように、病室に入るなり、藤原ナオキが、叫んだ…
私は、その行動に、驚いた…
まるで、子供…
「…お母さん…元気になったんだって?…」
と、叫ぶ子供だ(笑)…
私は、そんなナオキをたしなめるように、
「…ナオキ…そんな大声で、叫ばないで…」
と、言った…
これでは、まるで、母親…
私は、藤原ナオキの母親だ…
が、
私がナオキを叱ったのは、まるで、効果がなかった…
むしろ、逆効果…
「…やっぱり、綾乃さんだ…」
と、嬉しそうに、ナオキが言う。
「…いつもの綾乃さんだ…」
ニコニコして言う。
「…ナオキ…私が、歩けるようになったのを、誰に聞いたの?…」
「…諏訪野マミさん…」
「…マミさんから?…」
「…彼女から、電話があって…」
ナオキが、嬉しそうに、言う。
しかし、おかしい…
私は、考えた…
諏訪野マミが、やって来たのは、昨日、今日ではない…
二週間ぐらい前だった…
あのときは、まだ、歩けるようには、なったが、大変だった…
なにより、あの日、諏訪野マミが、来た日は、体調が最悪だった…
体調が、悪いことは、わからなかったが、諏訪野マミから、
「…寿さん…歩いてみて…」
と、言われ、実際、歩いてみると、思いのほか、カラダが動かなかった…
それは、自分でも驚いた…
ビックリした…
ベッドで、寝ているときは、それほど、体調が悪いとは、思わなかった…
しかし、いざ、松葉杖をついて、歩いてみると、最悪だった…
昨日までは、軽々とまではいわないが、普通にできたことが、あの日だけは、できなかった…
だから、体調が、悪いことを思い知ったというか…
それが、今、藤原ナオキが、
「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」
と、言ったのは、あの日、諏訪野マミが、見た、私の姿ではない…
おそらくは、諏訪野マミは、誰かから、最近の私の体調を聞いたに違いなかった…
そして、その誰かというのは、普通に考えれば、冬馬…
あの菊池冬馬しか、いなかった…
そして、その冬馬は、私の担当の看護師である、佐藤ナナから、逐一、私の様子を聞いているに違いなかった…
私は、考える…
だから、私は、それを、確かめるべく、
「…ナオキ…いつ、マミさんから、聞いたの?…」
と、ナオキに聞いた…
「…いつって、昨日かな?…」
「…そう、諏訪野マミさんが、この病室に見舞いにやって来たのは、二週間ぐらい前…そのときは、私、満足に歩けなかった…」
私の告白に、ナオキは、
「…エッ?…」
と、絶句した…
「…それじゃ、マミさん、どうして、綾乃さんが、歩けると言ったんだろ?…」
「…きっと、誰かから、聞いたのよ…」
「…誰かって、誰?…」
「…たぶん、この病院の理事長…」
「…理事長?…」
「…そう…マミさんと、同じ五井一族の五井東家の菊池冬馬…五井記念病院理事長…」
「…」
「…きっと、理事長から聞いたに決まってる…」
「…でも、どうして、理事長が? そんなに綾乃さんの病状に、詳しいの?…」
「…五井一族の内紛…」
「…五井一族の内紛?…」
「…五井家の当主の、諏訪野伸明さんを、追い出して、この病院の理事長の父である、菊池重方(しげかた)、衆院議員が、その当主の座に就こうとしている…そして、ナオキも知ってるように、伸明さんは、私と結婚しようとしている…だから、私の病状が、気になる…私の担当医の長谷川センセイと、担当の看護師の佐藤ナナさんから、逐一、私の病状の報告は、受けてるはず…」
「…」
「…変な話…私が、五井の内紛のキーマンみたいになってるみたい…」
「…どういう意味?…」
「…私が、この病室で寝ているだけなのに、さまざまな五井の人たちが、やって来る…それもこれも、私が、諏訪野伸明さんと結婚するかもしれないから…五井家当主夫人になるかもしれないから…笑っちゃうでしょ?…」
「…いや、笑わない…」
ナオキが、真顔で言った…
「…どうして、笑わないの?…」
「…綾乃さんには、それほど、魅力があるということさ…」
ナオキが言った…
「…魅力? …」
「…そう…寿綾乃の魅力…」
「…バカを言いなさい…そんな魅力、どこにあるの?…」
「…あるさ…」
「…どこにあるの?…」
「…ここさ…」
そう言って、藤原ナオキは、ツカツカと、病室の窓に歩み寄った…
「…綾乃さん…見て…記者が集まっている…」
「…記者が?…」
私は、藤原ナオキの言葉に、促されて、ベッドから降りて、窓から、外を見ようとした…
すると、ナオキが、松葉杖を私に手渡した…
「…ありがとう…」
「…どういたしまして…」
私は、ナオキから、松葉杖を受け取ると、松葉杖をついて、窓際に言った…
そして、窓の外を見た…
たしかに、藤原ナオキが言うように、人が集まっている…
「…どうして?…」
私は、思わず、呟いた…
「…五井の内紛さ…」
「…」
「…五井家が、正式に、菊池重方(しげかた)氏を、追放すると、宣言した…それに対して、重方(しげかた)氏が、抵抗…裁判に訴えると息巻いている…」
「…それが、どうして、この五井記念病院に記者が?…」
「…菊池重方(しげかた)氏の息子…菊池冬馬氏が、この五井記念病院の理事長であることから、冬馬氏が、どう出るか? 知りたいみたいだ…」
思いもかけない展開だった…
「…きっと、諏訪野マミさんは、これを、ボクに、いや、綾乃さんに見せたいが、ために、綾乃さんが、歩けるようになったと、昨日になって、いきなり、ボクに連絡したんだろう…」
「…どういう意味?…」
「…五井家の内紛が、週刊誌に出て、騒ぎになる…世間の耳目を集める…それを、遠回しに、伝えたかったんだろう…」
「…それって、マミさんが、週刊誌の記者にネタを提供したってこと?…」
「…ネタの提供は、マミさんとは、限らない…」
「…だったら、誰? 伸明さん? 母親の昭子さん?…」
ナオキは、無言で首を振る…
「…ほかにもいるだろ?…」
「…それって、菊池重方(しげかた)さんや、息子の冬馬理事長?…」
私の言葉に、ナオキが頷いた…
「…五井家の内紛…五井家の誰でも、マスコミに垂れ込んで、炎上させることができる…」
「…」
「…問題は、この炎上で、誰が、得をするかだ?…」
「…誰得?…」
「…得をしたものが、騒動を仕組んだと見るのが、普通だ…」
「…」
「…そして、ボクは思うに、この騒動の仕掛け人は、重方(しげかた)氏…」
「…重方(しげかた)氏?…」
「…自分が、五井家を追い出される悲劇のヒーローに見立てたに決まっている…そうなれば、世間が、同情をしてくれる…」
「…」
「…と、普通は見る…」
藤原ナオキが、笑った…
「…違うの?…」
「…わからない…」
ゆっくりと、首を横に振った…
「…五井家にちょっかいを出している、企業があると、聞いている…」
「…なにそれ?…」
初耳だった…
「…米倉…」
「…米倉?…」
「…米倉兵造…戦前から続く名門の米倉財閥の当主だ…戦後、彼になって、飛躍的に、米倉は大きくなった…やり手の経営者だ…」
「…それが、一体?…」
「…菊池重方(しげかた)を、唆(そそのか)した人物さ…」
「…唆(そそのか)した?…」
「…誰だって、なんの後ろ盾もないのに、五井家の当主の座を奪おうなんて、だいそれたことを、考えない…重方(しげかた)の背後に誰かいる? それが、暗黙の了解だった…だが、それが、誰か、わからなかった…」
「…重方(しげかた)氏の黒幕…」
「…言葉は悪いが、誰が、重方(しげかた)氏を操っているか、謎だった…」
「…」
「…その謎が解けた…」
「…」
「…だから、もしかしたら、あそこに集まった記者は、米倉兵造が、五井家の内紛をわざとリークして、集めたのかもしれない…それほどのやり手だ…彼は、マスコミにも、顔が利くと言われている…」
「…そんなことが…」
私は、驚いた…
しかし、なぜ、ナオキが、そんなに、五井家の内紛に詳しいのだろう…
疑問だった…
「…ナオキ…」
「…なに、綾乃さん?…」
「…どうして、ナオキは、そんなに五井家の内紛に詳しいの?…」
「…調べたのさ…」
「…調べた?…」
「…綾乃さんが、諏訪野伸明氏と、結婚する…自分の好きな綾乃さんが、嫁ぐ、五井家が、どんな状況になっているか、心配だったんだ…」
「…」
「…やはりというか、予想通り、混沌としている…」
「…予想通りって?…」
「…五井の闇…」
「…闇?…」
「…五井は、同じ一族でありながら、すべて、苗字が違う…三井は皆、三井姓…当たり前のことだ…だが、五井は、バラバラ…だから、求心力が、落ちる…一族が、団結しづらい…」
「…」
「…それが、おおげさに言えば、五井の闇…」
「…」
「…そして、その闇は、当たり前だが、当主の代替わりの時期に起きる…」
「…代替わりの時期?…」
「…当主が、変わったばかりだから、五井が、ゴタゴタしている…そして、元々、団結心に欠ける一族だから、誰かが、当主になにか、しても、様子見というか…」
「…様子見?…」
「…要するに、ヤクザの親分じゃないが、あらたに、当主になった人物に、どれほどの力量があるか、試しているんだ…」
「…それで…」
「…それで、今回は、五井東家の当主、菊池重方(しげかた)が、仕掛けた…だが、当然、重方(しげかた)が、仕掛けるには、理由がある…」
「…理由? …それは、重方(しげかた)氏が、自民党で、菊池派を立ち上げたいためじゃ…」
「…それにしたって、自分の派閥を立ち上げたいという気持ちにさせた、きっかけがある…」
「…きっかけ?…」
「…サラリーマンが、独立したいと思うのと、いっしょさ…会社から、リストラされたり、あるいは、昇進が、絶望的になったり、とにかく、普通は、なにか、きっかけがある…」
「…」
「…菊池重方(しげかた)氏が、自分の派閥を立ち上げたいと、考えたのは、おそらく、みんなが、考えるのと、逆だった…」
「…どういう意味?…」
「…重方(しげかた)氏は、菊池派を立ち上げたいがために、五井家の当主になりたいわけじゃなかった…」
「…どういう意味?…」
「…米倉兵造が、菊池重方(しげかた)に、接近して、協力を求めたんだ…」
「…協力?…」
「…具体的には、重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井関連の会社と、提携して、協力する…そして、重方(しげかた)氏に、米倉の後ろ盾を得て、五井家当主になりたいと、思わせたんだ…」
「…」
「…当主になれば、今以上の金を動かせる…そうなれば、自民党で、自分の派閥を持つこともできると、唆(そそのか)したんだ…」
「…」
「…そして、重方(しげかた)氏は、その気になった…」
「…ナオキ…どうして、そんなことを、知ってるの?…」
「…調べたんだ…」
「…調べた…」
「…これでも、FK興産の社長で、テレビのキャスターもしている…だから、知り会った人間も多い…政界、財界ともにね…そのネットワークを駆使したんだ…」
「…そう…」
短く、呟いた…
まさか、そんな裏があるとは、思わなかった…
やはりというか、病院のベッドの上で、寝ているだけでは、情報は得られない…
それにしても、ナオキの情報収集能力には、舌を巻いた…
よくぞ、これほど、調べたものだ…
「…ナオキ…凄いわね…」
私は、ナオキを褒めた…
が、
ナオキは、
「全然、凄くない…」
と、笑った…
「…ただのビジネスだ…」
「…ビジネス?…」
「…政界、財界、問わず、いろんな人たちと、酒を飲み、仲良くなる…狙いは、人脈作り…少しでも、自分のビジネスに役に立たないか、考えてる…」
「…」
「…そして、そんな自分が、ときどき、心底、嫌になる…もっと、純粋にビジネスを楽しみたいと思ってるのに、こんなことをやっている…」
「…」
「…でも、まあ、これは、みんな同じだろう…会社でも、学校でも、なんでも、皆、人間関係に悩まされる…とにかく、それが、今回、綾乃さんの役に立って、良かった…」
ナオキが、笑った…
私は、なんだか、ナオキに申し訳ない気持ちになった…
まさか、ナオキが、そんなに、私のために、動いていてくれるとは、思ってもみなかった…
「…それで、米倉兵造の狙いだけれども…」
「…米倉の狙い? なんなの?…」
「…たぶん、五井の会社の取得、いや、乗っ取り…」
「…どういうこと?…」
「…重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井家の関連会社に資本提携を持ち掛けて、いずれは、乗っ取る腹積もりだったんだろう…」
「…」
「…それが、五井本家にバレて、ご破算になったと、聞いている…そして、それが、五井の内紛の真相というか、重方(しげかた)氏の反乱の真相だと、聞いている…」
「…」
「…そして、その反乱が未遂に終わって、決着がついたから、五井家は、公式に、菊池重方(しげかた)氏を、五井家から、追放すると、宣言したんだ…」
藤原ナオキが、告げた…
…驚愕…
…まさに、驚愕の内容だった…
…まさか、そんなことが?…
…信じられない内容だった…
いや、
信じられないではない…
先日、諏訪野マミが、今、この藤原ナオキが言った、ほぼ同じ内容を、私に、ほのめかした…
ということは、どうだ?
諏訪野マミもまた、今回の騒動の真相をすべて、知っていたということか?
気付いていたということか?
私は、あらためて、気付いた…
そして、諏訪野マミと、この藤原ナオキの共通点…
二人とも、会社の社長であるということだ…
そして、おそらく、二人は、同じフィールドで、活躍している…
同じフィールド…
つまりは、同じ経営者同士が集まる場に出向いて、情報を得ている…
だが、おそらく、いや、確実に、諏訪野マミの方が、上…
人脈が、広いに決まっている…
なぜなら、諏訪野マミは、五井家の一族だからだ…
ただし、五井家が、弱いのは、昔ながらの名門だから…
だから、普通なら、今、この藤原ナオキのように、新興のIT企業の集まりのような会の情報が、入らない…
店ではないが、昔ながらの百貨店と、新興のスーパーと同じだ…
昔ながらの百貨店の会合に集ってばかりいては、新興のスーパーの情報は、なにも集まらない…
だからか!
ふと、気付いた…
五井家での諏訪野マミの役割を、だ…
諏訪野マミは、35歳と、若手ながら、亡くなった先代当主の父の建造から、資金を得て、会社を経営している…
諏訪野マミは、五井一族にあって、異端…
諏訪野マミは、積極的に、マスコミに出て、会社をアピールしたり、その縁で、この藤原ナオキと対談して、知り会った…
つまりは、諏訪野マミは、フィールドを選ばないというか、むしろ、積極的に、新興の企業と接触している…
それは、例えば、百貨店の三越関係者が、新興のスーパーの集まりに、積極的に顔を出しているようなもの…
おそらく、それをすることで、諏訪野マミは、いや、五井は、新興企業にも、食い込もうとしているに違いない…
いわゆる、昔ながらの名門の枠に捉われず、あらゆる業種や業態の人間と知り合って、知己を得る…
その結果、五井のフィールドが広げる…
おそらく、諏訪野マミは、五井の先兵のような役割を担っているに違いない…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
ということは、どうだ?
もしかしたら、諏訪野マミは、それほど、五井家内で、嫌われてない…
浮いていないということになる…
なぜなら、諏訪野マミは、五井家の従来の立場では、侵入できないフィールドに、積極的に関わっているからだ…
そして、それをするには、五井本家の絶対的な信頼がなければ、ならない…
下手をすれば、五井を裏切るような人間ならば、とても、その役割を任せられないからだ…
これは、もしかしたら、諏訪野マミという人物を見る目を、根底から、変えなければ、ならないかもしれない…
私は、思った…
あの菊池リンではないが、もしかしたら、諏訪野マミという人物の本性というか、正体は、これまで、私が、思っていたのと、まるで、違うかもしれない…
ぬえ…
とっさに、思った
脳裏に閃いた…
伝説の妖怪…
どこか、つかみどころがなく、得体の知れない人物…
いや、
人物ではなく、五井そのものが、ぬえなのかもしれなかった…
同じ一族にもかかわらず、苗字が違う…
傍から見れば、他人同士の集まりにしか、見えない…
だが、一族…
血が繋がった一族だ…
だから、ぬえのように、得体の知れない一族…
そして、得体の知れないが、ゆえに、どう動くのか、わからない…
行動が、読めないのだ…
もしかしたら?
もしかしたら、そんなことはないと思うが、今、藤原ナオキが、言った、米倉兵造とて、五井に使われてる可能性もなきにしもあらず…
どういうことかと言うと、菊池重方(しげかた)を、五井家から、追い出すために、あの昭子が、その米倉兵造をけしかけた可能性も否定できない…
米倉兵造に、重方(しげかた)が、まんまと騙され、五井家の当主の座に就きたいと、思わせる…
要するに、反乱というか、謀反を起こさせるのだ…
そして、その謀反を鎮圧する…
その後、当然、謀反を企てた人間は、追放する…
五井家で、謀反を企てた人間は、無事、排除できる筋書きだ…
だが、
だとしたら、どうだ?
当然、米倉兵造には、なんらかの見返りがある…
わかりやすい見返りと言えば、お金だが、今、ナオキは、米倉は、五井同様、戦前からの名門の財閥だといった…
だとすれば、当たり前だが、チンケな金額ではない…
たとえば、重方(しげかた)が、社長を務める、五井傘下の企業のどれかの株式を、米倉に譲渡する…
それぐらいのことをしなければ、米倉は、納得しないのではないか?
私は、思った…
が、
これは、あくまで、私の想像…
空想に過ぎない…
もし、その米倉の陰に、昭子がいるならば、いずれ、それもわかるだろう…
しかし、そこまで、考えると、かえすがえすも、重方(しげかた)が、哀れだった…
政界では、大場小太郎…
財界では、米倉兵造に、操られたと、言っていい…
いいように、操られて、捨てられた…
それが、事実だったろう…
己の力も省みず、自民党で、菊池派を立ち上げようとしたり、五井家の当主になりたいと思ったり、愚の骨頂を繰り返したが、やはり、惨めと言わざるを得なかった…
そして、そんな行動を繰り返す人間だからこそ、昭子は、排除しなければ、ならないと、思ったのだろう…
重方(しげかた)を、このまま、放置すれば、いずれ、息子の伸明の邪魔になると、考えたに違いない…
五井家の当主となった伸明の邪魔になると、考えたに違いなかった…
つまりは、伸明のために、邪魔になる人間は、全力で、排除するということだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
あの昭子は、本当に、私を、伸明の嫁に迎えたいと、思っているか、否か、だ…
つまりは、私の利用価値…
たとえば、私を利用して、誰か、伸明の邪魔になる、人間を、重方(しげかた)同様、排除しようとしている…
その可能性は、否定できない…
疑えば、きりがないが、その可能性は、排除できない…
私は、藤原ナオキと、いっしょに、病室の窓際の窓から、外に集まったマスコミ関係者と、思われる人たちを、見ながら、そんなことを、考えた…
事態が、予想外に、動いている…
それを、実感した瞬間だった…
私は、その記事を見ながら、考えた…
…これは、事実なのだろうか?…
…ブラフ、ハッタリの類ではないのだろうか?…
考えた…
普通に考えれば、その通りだと、思うかもしれないが、私には、額面通りに受け取れないというか…
猜疑心が強いといっては、それまでだが、私は、異常なまでに、用心深く、考える…
いったん、死んだふりをして、周囲の様子を窺っている可能性も排除できないからだ…
我ながら、天の邪鬼かもしれないが、天の邪鬼でなければ、これまで、生きてこれなかった…
私は、考える…
一方、私の体調はというと、少しずつ、よくなってきた…
松葉杖をつくのは、仕方ないが、以前と比べると、楽々とまでは、いわないが、傍から見ても、苦にならなくなった…
だから、佐藤ナナも、あまり、口出ししなくなった…
やはり、あの一件以来…
あの佐藤ナナが、私を監視するスパイだと、私にバレて以来、なんとなく気まずくなった…
当たり前だ…
誰もが、自分を監視していた人間と、仲良くなるはずはないし、佐藤ナナもまた、私と距離を置くようになった…
佐藤ナナもまた私に対して、気まずいに違いなかったからだ…
要は、私と佐藤ナナの間に、見えない溝ができたということだ…
だから、相変わらず、佐藤ナナは、私の担当の看護師だが、あの一件以来、めっきり会話が少なくなったというか…
最低限の会話しか、しなくなった…
お互いが、お互いを、警戒するようになったというか…
にもかかわらず、毎日、二人で、病院のリハビリルームに向かって、いくのは、ある意味、皮肉というか…
神様が、二人に与えた試練? だった(苦笑)…
一方、珍しいお客というわけではないが、藤原ナオキが、私の見舞いにやって来た…
「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」
私が、病室のベッドで、一人、寝ていると、まるで、子供のように、病室に入るなり、藤原ナオキが、叫んだ…
私は、その行動に、驚いた…
まるで、子供…
「…お母さん…元気になったんだって?…」
と、叫ぶ子供だ(笑)…
私は、そんなナオキをたしなめるように、
「…ナオキ…そんな大声で、叫ばないで…」
と、言った…
これでは、まるで、母親…
私は、藤原ナオキの母親だ…
が、
私がナオキを叱ったのは、まるで、効果がなかった…
むしろ、逆効果…
「…やっぱり、綾乃さんだ…」
と、嬉しそうに、ナオキが言う。
「…いつもの綾乃さんだ…」
ニコニコして言う。
「…ナオキ…私が、歩けるようになったのを、誰に聞いたの?…」
「…諏訪野マミさん…」
「…マミさんから?…」
「…彼女から、電話があって…」
ナオキが、嬉しそうに、言う。
しかし、おかしい…
私は、考えた…
諏訪野マミが、やって来たのは、昨日、今日ではない…
二週間ぐらい前だった…
あのときは、まだ、歩けるようには、なったが、大変だった…
なにより、あの日、諏訪野マミが、来た日は、体調が最悪だった…
体調が、悪いことは、わからなかったが、諏訪野マミから、
「…寿さん…歩いてみて…」
と、言われ、実際、歩いてみると、思いのほか、カラダが動かなかった…
それは、自分でも驚いた…
ビックリした…
ベッドで、寝ているときは、それほど、体調が悪いとは、思わなかった…
しかし、いざ、松葉杖をついて、歩いてみると、最悪だった…
昨日までは、軽々とまではいわないが、普通にできたことが、あの日だけは、できなかった…
だから、体調が、悪いことを思い知ったというか…
それが、今、藤原ナオキが、
「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」
と、言ったのは、あの日、諏訪野マミが、見た、私の姿ではない…
おそらくは、諏訪野マミは、誰かから、最近の私の体調を聞いたに違いなかった…
そして、その誰かというのは、普通に考えれば、冬馬…
あの菊池冬馬しか、いなかった…
そして、その冬馬は、私の担当の看護師である、佐藤ナナから、逐一、私の様子を聞いているに違いなかった…
私は、考える…
だから、私は、それを、確かめるべく、
「…ナオキ…いつ、マミさんから、聞いたの?…」
と、ナオキに聞いた…
「…いつって、昨日かな?…」
「…そう、諏訪野マミさんが、この病室に見舞いにやって来たのは、二週間ぐらい前…そのときは、私、満足に歩けなかった…」
私の告白に、ナオキは、
「…エッ?…」
と、絶句した…
「…それじゃ、マミさん、どうして、綾乃さんが、歩けると言ったんだろ?…」
「…きっと、誰かから、聞いたのよ…」
「…誰かって、誰?…」
「…たぶん、この病院の理事長…」
「…理事長?…」
「…そう…マミさんと、同じ五井一族の五井東家の菊池冬馬…五井記念病院理事長…」
「…」
「…きっと、理事長から聞いたに決まってる…」
「…でも、どうして、理事長が? そんなに綾乃さんの病状に、詳しいの?…」
「…五井一族の内紛…」
「…五井一族の内紛?…」
「…五井家の当主の、諏訪野伸明さんを、追い出して、この病院の理事長の父である、菊池重方(しげかた)、衆院議員が、その当主の座に就こうとしている…そして、ナオキも知ってるように、伸明さんは、私と結婚しようとしている…だから、私の病状が、気になる…私の担当医の長谷川センセイと、担当の看護師の佐藤ナナさんから、逐一、私の病状の報告は、受けてるはず…」
「…」
「…変な話…私が、五井の内紛のキーマンみたいになってるみたい…」
「…どういう意味?…」
「…私が、この病室で寝ているだけなのに、さまざまな五井の人たちが、やって来る…それもこれも、私が、諏訪野伸明さんと結婚するかもしれないから…五井家当主夫人になるかもしれないから…笑っちゃうでしょ?…」
「…いや、笑わない…」
ナオキが、真顔で言った…
「…どうして、笑わないの?…」
「…綾乃さんには、それほど、魅力があるということさ…」
ナオキが言った…
「…魅力? …」
「…そう…寿綾乃の魅力…」
「…バカを言いなさい…そんな魅力、どこにあるの?…」
「…あるさ…」
「…どこにあるの?…」
「…ここさ…」
そう言って、藤原ナオキは、ツカツカと、病室の窓に歩み寄った…
「…綾乃さん…見て…記者が集まっている…」
「…記者が?…」
私は、藤原ナオキの言葉に、促されて、ベッドから降りて、窓から、外を見ようとした…
すると、ナオキが、松葉杖を私に手渡した…
「…ありがとう…」
「…どういたしまして…」
私は、ナオキから、松葉杖を受け取ると、松葉杖をついて、窓際に言った…
そして、窓の外を見た…
たしかに、藤原ナオキが言うように、人が集まっている…
「…どうして?…」
私は、思わず、呟いた…
「…五井の内紛さ…」
「…」
「…五井家が、正式に、菊池重方(しげかた)氏を、追放すると、宣言した…それに対して、重方(しげかた)氏が、抵抗…裁判に訴えると息巻いている…」
「…それが、どうして、この五井記念病院に記者が?…」
「…菊池重方(しげかた)氏の息子…菊池冬馬氏が、この五井記念病院の理事長であることから、冬馬氏が、どう出るか? 知りたいみたいだ…」
思いもかけない展開だった…
「…きっと、諏訪野マミさんは、これを、ボクに、いや、綾乃さんに見せたいが、ために、綾乃さんが、歩けるようになったと、昨日になって、いきなり、ボクに連絡したんだろう…」
「…どういう意味?…」
「…五井家の内紛が、週刊誌に出て、騒ぎになる…世間の耳目を集める…それを、遠回しに、伝えたかったんだろう…」
「…それって、マミさんが、週刊誌の記者にネタを提供したってこと?…」
「…ネタの提供は、マミさんとは、限らない…」
「…だったら、誰? 伸明さん? 母親の昭子さん?…」
ナオキは、無言で首を振る…
「…ほかにもいるだろ?…」
「…それって、菊池重方(しげかた)さんや、息子の冬馬理事長?…」
私の言葉に、ナオキが頷いた…
「…五井家の内紛…五井家の誰でも、マスコミに垂れ込んで、炎上させることができる…」
「…」
「…問題は、この炎上で、誰が、得をするかだ?…」
「…誰得?…」
「…得をしたものが、騒動を仕組んだと見るのが、普通だ…」
「…」
「…そして、ボクは思うに、この騒動の仕掛け人は、重方(しげかた)氏…」
「…重方(しげかた)氏?…」
「…自分が、五井家を追い出される悲劇のヒーローに見立てたに決まっている…そうなれば、世間が、同情をしてくれる…」
「…」
「…と、普通は見る…」
藤原ナオキが、笑った…
「…違うの?…」
「…わからない…」
ゆっくりと、首を横に振った…
「…五井家にちょっかいを出している、企業があると、聞いている…」
「…なにそれ?…」
初耳だった…
「…米倉…」
「…米倉?…」
「…米倉兵造…戦前から続く名門の米倉財閥の当主だ…戦後、彼になって、飛躍的に、米倉は大きくなった…やり手の経営者だ…」
「…それが、一体?…」
「…菊池重方(しげかた)を、唆(そそのか)した人物さ…」
「…唆(そそのか)した?…」
「…誰だって、なんの後ろ盾もないのに、五井家の当主の座を奪おうなんて、だいそれたことを、考えない…重方(しげかた)の背後に誰かいる? それが、暗黙の了解だった…だが、それが、誰か、わからなかった…」
「…重方(しげかた)氏の黒幕…」
「…言葉は悪いが、誰が、重方(しげかた)氏を操っているか、謎だった…」
「…」
「…その謎が解けた…」
「…」
「…だから、もしかしたら、あそこに集まった記者は、米倉兵造が、五井家の内紛をわざとリークして、集めたのかもしれない…それほどのやり手だ…彼は、マスコミにも、顔が利くと言われている…」
「…そんなことが…」
私は、驚いた…
しかし、なぜ、ナオキが、そんなに、五井家の内紛に詳しいのだろう…
疑問だった…
「…ナオキ…」
「…なに、綾乃さん?…」
「…どうして、ナオキは、そんなに五井家の内紛に詳しいの?…」
「…調べたのさ…」
「…調べた?…」
「…綾乃さんが、諏訪野伸明氏と、結婚する…自分の好きな綾乃さんが、嫁ぐ、五井家が、どんな状況になっているか、心配だったんだ…」
「…」
「…やはりというか、予想通り、混沌としている…」
「…予想通りって?…」
「…五井の闇…」
「…闇?…」
「…五井は、同じ一族でありながら、すべて、苗字が違う…三井は皆、三井姓…当たり前のことだ…だが、五井は、バラバラ…だから、求心力が、落ちる…一族が、団結しづらい…」
「…」
「…それが、おおげさに言えば、五井の闇…」
「…」
「…そして、その闇は、当たり前だが、当主の代替わりの時期に起きる…」
「…代替わりの時期?…」
「…当主が、変わったばかりだから、五井が、ゴタゴタしている…そして、元々、団結心に欠ける一族だから、誰かが、当主になにか、しても、様子見というか…」
「…様子見?…」
「…要するに、ヤクザの親分じゃないが、あらたに、当主になった人物に、どれほどの力量があるか、試しているんだ…」
「…それで…」
「…それで、今回は、五井東家の当主、菊池重方(しげかた)が、仕掛けた…だが、当然、重方(しげかた)が、仕掛けるには、理由がある…」
「…理由? …それは、重方(しげかた)氏が、自民党で、菊池派を立ち上げたいためじゃ…」
「…それにしたって、自分の派閥を立ち上げたいという気持ちにさせた、きっかけがある…」
「…きっかけ?…」
「…サラリーマンが、独立したいと思うのと、いっしょさ…会社から、リストラされたり、あるいは、昇進が、絶望的になったり、とにかく、普通は、なにか、きっかけがある…」
「…」
「…菊池重方(しげかた)氏が、自分の派閥を立ち上げたいと、考えたのは、おそらく、みんなが、考えるのと、逆だった…」
「…どういう意味?…」
「…重方(しげかた)氏は、菊池派を立ち上げたいがために、五井家の当主になりたいわけじゃなかった…」
「…どういう意味?…」
「…米倉兵造が、菊池重方(しげかた)に、接近して、協力を求めたんだ…」
「…協力?…」
「…具体的には、重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井関連の会社と、提携して、協力する…そして、重方(しげかた)氏に、米倉の後ろ盾を得て、五井家当主になりたいと、思わせたんだ…」
「…」
「…当主になれば、今以上の金を動かせる…そうなれば、自民党で、自分の派閥を持つこともできると、唆(そそのか)したんだ…」
「…」
「…そして、重方(しげかた)氏は、その気になった…」
「…ナオキ…どうして、そんなことを、知ってるの?…」
「…調べたんだ…」
「…調べた…」
「…これでも、FK興産の社長で、テレビのキャスターもしている…だから、知り会った人間も多い…政界、財界ともにね…そのネットワークを駆使したんだ…」
「…そう…」
短く、呟いた…
まさか、そんな裏があるとは、思わなかった…
やはりというか、病院のベッドの上で、寝ているだけでは、情報は得られない…
それにしても、ナオキの情報収集能力には、舌を巻いた…
よくぞ、これほど、調べたものだ…
「…ナオキ…凄いわね…」
私は、ナオキを褒めた…
が、
ナオキは、
「全然、凄くない…」
と、笑った…
「…ただのビジネスだ…」
「…ビジネス?…」
「…政界、財界、問わず、いろんな人たちと、酒を飲み、仲良くなる…狙いは、人脈作り…少しでも、自分のビジネスに役に立たないか、考えてる…」
「…」
「…そして、そんな自分が、ときどき、心底、嫌になる…もっと、純粋にビジネスを楽しみたいと思ってるのに、こんなことをやっている…」
「…」
「…でも、まあ、これは、みんな同じだろう…会社でも、学校でも、なんでも、皆、人間関係に悩まされる…とにかく、それが、今回、綾乃さんの役に立って、良かった…」
ナオキが、笑った…
私は、なんだか、ナオキに申し訳ない気持ちになった…
まさか、ナオキが、そんなに、私のために、動いていてくれるとは、思ってもみなかった…
「…それで、米倉兵造の狙いだけれども…」
「…米倉の狙い? なんなの?…」
「…たぶん、五井の会社の取得、いや、乗っ取り…」
「…どういうこと?…」
「…重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井家の関連会社に資本提携を持ち掛けて、いずれは、乗っ取る腹積もりだったんだろう…」
「…」
「…それが、五井本家にバレて、ご破算になったと、聞いている…そして、それが、五井の内紛の真相というか、重方(しげかた)氏の反乱の真相だと、聞いている…」
「…」
「…そして、その反乱が未遂に終わって、決着がついたから、五井家は、公式に、菊池重方(しげかた)氏を、五井家から、追放すると、宣言したんだ…」
藤原ナオキが、告げた…
…驚愕…
…まさに、驚愕の内容だった…
…まさか、そんなことが?…
…信じられない内容だった…
いや、
信じられないではない…
先日、諏訪野マミが、今、この藤原ナオキが言った、ほぼ同じ内容を、私に、ほのめかした…
ということは、どうだ?
諏訪野マミもまた、今回の騒動の真相をすべて、知っていたということか?
気付いていたということか?
私は、あらためて、気付いた…
そして、諏訪野マミと、この藤原ナオキの共通点…
二人とも、会社の社長であるということだ…
そして、おそらく、二人は、同じフィールドで、活躍している…
同じフィールド…
つまりは、同じ経営者同士が集まる場に出向いて、情報を得ている…
だが、おそらく、いや、確実に、諏訪野マミの方が、上…
人脈が、広いに決まっている…
なぜなら、諏訪野マミは、五井家の一族だからだ…
ただし、五井家が、弱いのは、昔ながらの名門だから…
だから、普通なら、今、この藤原ナオキのように、新興のIT企業の集まりのような会の情報が、入らない…
店ではないが、昔ながらの百貨店と、新興のスーパーと同じだ…
昔ながらの百貨店の会合に集ってばかりいては、新興のスーパーの情報は、なにも集まらない…
だからか!
ふと、気付いた…
五井家での諏訪野マミの役割を、だ…
諏訪野マミは、35歳と、若手ながら、亡くなった先代当主の父の建造から、資金を得て、会社を経営している…
諏訪野マミは、五井一族にあって、異端…
諏訪野マミは、積極的に、マスコミに出て、会社をアピールしたり、その縁で、この藤原ナオキと対談して、知り会った…
つまりは、諏訪野マミは、フィールドを選ばないというか、むしろ、積極的に、新興の企業と接触している…
それは、例えば、百貨店の三越関係者が、新興のスーパーの集まりに、積極的に顔を出しているようなもの…
おそらく、それをすることで、諏訪野マミは、いや、五井は、新興企業にも、食い込もうとしているに違いない…
いわゆる、昔ながらの名門の枠に捉われず、あらゆる業種や業態の人間と知り合って、知己を得る…
その結果、五井のフィールドが広げる…
おそらく、諏訪野マミは、五井の先兵のような役割を担っているに違いない…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
ということは、どうだ?
もしかしたら、諏訪野マミは、それほど、五井家内で、嫌われてない…
浮いていないということになる…
なぜなら、諏訪野マミは、五井家の従来の立場では、侵入できないフィールドに、積極的に関わっているからだ…
そして、それをするには、五井本家の絶対的な信頼がなければ、ならない…
下手をすれば、五井を裏切るような人間ならば、とても、その役割を任せられないからだ…
これは、もしかしたら、諏訪野マミという人物を見る目を、根底から、変えなければ、ならないかもしれない…
私は、思った…
あの菊池リンではないが、もしかしたら、諏訪野マミという人物の本性というか、正体は、これまで、私が、思っていたのと、まるで、違うかもしれない…
ぬえ…
とっさに、思った
脳裏に閃いた…
伝説の妖怪…
どこか、つかみどころがなく、得体の知れない人物…
いや、
人物ではなく、五井そのものが、ぬえなのかもしれなかった…
同じ一族にもかかわらず、苗字が違う…
傍から見れば、他人同士の集まりにしか、見えない…
だが、一族…
血が繋がった一族だ…
だから、ぬえのように、得体の知れない一族…
そして、得体の知れないが、ゆえに、どう動くのか、わからない…
行動が、読めないのだ…
もしかしたら?
もしかしたら、そんなことはないと思うが、今、藤原ナオキが、言った、米倉兵造とて、五井に使われてる可能性もなきにしもあらず…
どういうことかと言うと、菊池重方(しげかた)を、五井家から、追い出すために、あの昭子が、その米倉兵造をけしかけた可能性も否定できない…
米倉兵造に、重方(しげかた)が、まんまと騙され、五井家の当主の座に就きたいと、思わせる…
要するに、反乱というか、謀反を起こさせるのだ…
そして、その謀反を鎮圧する…
その後、当然、謀反を企てた人間は、追放する…
五井家で、謀反を企てた人間は、無事、排除できる筋書きだ…
だが、
だとしたら、どうだ?
当然、米倉兵造には、なんらかの見返りがある…
わかりやすい見返りと言えば、お金だが、今、ナオキは、米倉は、五井同様、戦前からの名門の財閥だといった…
だとすれば、当たり前だが、チンケな金額ではない…
たとえば、重方(しげかた)が、社長を務める、五井傘下の企業のどれかの株式を、米倉に譲渡する…
それぐらいのことをしなければ、米倉は、納得しないのではないか?
私は、思った…
が、
これは、あくまで、私の想像…
空想に過ぎない…
もし、その米倉の陰に、昭子がいるならば、いずれ、それもわかるだろう…
しかし、そこまで、考えると、かえすがえすも、重方(しげかた)が、哀れだった…
政界では、大場小太郎…
財界では、米倉兵造に、操られたと、言っていい…
いいように、操られて、捨てられた…
それが、事実だったろう…
己の力も省みず、自民党で、菊池派を立ち上げようとしたり、五井家の当主になりたいと思ったり、愚の骨頂を繰り返したが、やはり、惨めと言わざるを得なかった…
そして、そんな行動を繰り返す人間だからこそ、昭子は、排除しなければ、ならないと、思ったのだろう…
重方(しげかた)を、このまま、放置すれば、いずれ、息子の伸明の邪魔になると、考えたに違いない…
五井家の当主となった伸明の邪魔になると、考えたに違いなかった…
つまりは、伸明のために、邪魔になる人間は、全力で、排除するということだ…
と、ここまで、考えて、気付いた…
あの昭子は、本当に、私を、伸明の嫁に迎えたいと、思っているか、否か、だ…
つまりは、私の利用価値…
たとえば、私を利用して、誰か、伸明の邪魔になる、人間を、重方(しげかた)同様、排除しようとしている…
その可能性は、否定できない…
疑えば、きりがないが、その可能性は、排除できない…
私は、藤原ナオキと、いっしょに、病室の窓際の窓から、外に集まったマスコミ関係者と、思われる人たちを、見ながら、そんなことを、考えた…
事態が、予想外に、動いている…
それを、実感した瞬間だった…