第27話

文字数 8,747文字

 …菊池重方(しげかた)、菊池派の旗揚げを断念…

 私は、その記事を見ながら、考えた…

 …これは、事実なのだろうか?…

 …ブラフ、ハッタリの類ではないのだろうか?…

 考えた…

 普通に考えれば、その通りだと、思うかもしれないが、私には、額面通りに受け取れないというか…

 猜疑心が強いといっては、それまでだが、私は、異常なまでに、用心深く、考える…

 いったん、死んだふりをして、周囲の様子を窺っている可能性も排除できないからだ…

 我ながら、天の邪鬼かもしれないが、天の邪鬼でなければ、これまで、生きてこれなかった…

 私は、考える…

 一方、私の体調はというと、少しずつ、よくなってきた…

 松葉杖をつくのは、仕方ないが、以前と比べると、楽々とまでは、いわないが、傍から見ても、苦にならなくなった…

 だから、佐藤ナナも、あまり、口出ししなくなった…

 やはり、あの一件以来…

 あの佐藤ナナが、私を監視するスパイだと、私にバレて以来、なんとなく気まずくなった…

 当たり前だ…

 誰もが、自分を監視していた人間と、仲良くなるはずはないし、佐藤ナナもまた、私と距離を置くようになった…

 佐藤ナナもまた私に対して、気まずいに違いなかったからだ…

 要は、私と佐藤ナナの間に、見えない溝ができたということだ…

 だから、相変わらず、佐藤ナナは、私の担当の看護師だが、あの一件以来、めっきり会話が少なくなったというか…

 最低限の会話しか、しなくなった…

 お互いが、お互いを、警戒するようになったというか…

 にもかかわらず、毎日、二人で、病院のリハビリルームに向かって、いくのは、ある意味、皮肉というか…

 神様が、二人に与えた試練? だった(苦笑)…

 一方、珍しいお客というわけではないが、藤原ナオキが、私の見舞いにやって来た…

 「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」

 私が、病室のベッドで、一人、寝ていると、まるで、子供のように、病室に入るなり、藤原ナオキが、叫んだ…

 私は、その行動に、驚いた…

 まるで、子供…

 「…お母さん…元気になったんだって?…」

 と、叫ぶ子供だ(笑)…

 私は、そんなナオキをたしなめるように、

 「…ナオキ…そんな大声で、叫ばないで…」

 と、言った…

 これでは、まるで、母親…

 私は、藤原ナオキの母親だ…
 
 が、

 私がナオキを叱ったのは、まるで、効果がなかった…

 むしろ、逆効果…

 「…やっぱり、綾乃さんだ…」

 と、嬉しそうに、ナオキが言う。

 「…いつもの綾乃さんだ…」

 ニコニコして言う。

 「…ナオキ…私が、歩けるようになったのを、誰に聞いたの?…」

 「…諏訪野マミさん…」

 「…マミさんから?…」

 「…彼女から、電話があって…」

 ナオキが、嬉しそうに、言う。

 しかし、おかしい…

 私は、考えた…

 諏訪野マミが、やって来たのは、昨日、今日ではない…

 二週間ぐらい前だった…

 あのときは、まだ、歩けるようには、なったが、大変だった…

 なにより、あの日、諏訪野マミが、来た日は、体調が最悪だった…

 体調が、悪いことは、わからなかったが、諏訪野マミから、

 「…寿さん…歩いてみて…」

 と、言われ、実際、歩いてみると、思いのほか、カラダが動かなかった…

 それは、自分でも驚いた…

 ビックリした…

 ベッドで、寝ているときは、それほど、体調が悪いとは、思わなかった…

 しかし、いざ、松葉杖をついて、歩いてみると、最悪だった…

 昨日までは、軽々とまではいわないが、普通にできたことが、あの日だけは、できなかった…

 だから、体調が、悪いことを思い知ったというか…

 それが、今、藤原ナオキが、
 
 「…綾乃さん…歩けるようになったんだって…」

 と、言ったのは、あの日、諏訪野マミが、見た、私の姿ではない…

 おそらくは、諏訪野マミは、誰かから、最近の私の体調を聞いたに違いなかった…

 そして、その誰かというのは、普通に考えれば、冬馬…

 あの菊池冬馬しか、いなかった…

 そして、その冬馬は、私の担当の看護師である、佐藤ナナから、逐一、私の様子を聞いているに違いなかった…

 私は、考える…

 だから、私は、それを、確かめるべく、

 「…ナオキ…いつ、マミさんから、聞いたの?…」

 と、ナオキに聞いた…

 「…いつって、昨日かな?…」

 「…そう、諏訪野マミさんが、この病室に見舞いにやって来たのは、二週間ぐらい前…そのときは、私、満足に歩けなかった…」

 私の告白に、ナオキは、

 「…エッ?…」

 と、絶句した…

 「…それじゃ、マミさん、どうして、綾乃さんが、歩けると言ったんだろ?…」

 「…きっと、誰かから、聞いたのよ…」

 「…誰かって、誰?…」

 「…たぶん、この病院の理事長…」

 「…理事長?…」

 「…そう…マミさんと、同じ五井一族の五井東家の菊池冬馬…五井記念病院理事長…」

 「…」

 「…きっと、理事長から聞いたに決まってる…」

 「…でも、どうして、理事長が? そんなに綾乃さんの病状に、詳しいの?…」

 「…五井一族の内紛…」

 「…五井一族の内紛?…」

 「…五井家の当主の、諏訪野伸明さんを、追い出して、この病院の理事長の父である、菊池重方(しげかた)、衆院議員が、その当主の座に就こうとしている…そして、ナオキも知ってるように、伸明さんは、私と結婚しようとしている…だから、私の病状が、気になる…私の担当医の長谷川センセイと、担当の看護師の佐藤ナナさんから、逐一、私の病状の報告は、受けてるはず…」

 「…」

 「…変な話…私が、五井の内紛のキーマンみたいになってるみたい…」

 「…どういう意味?…」

 「…私が、この病室で寝ているだけなのに、さまざまな五井の人たちが、やって来る…それもこれも、私が、諏訪野伸明さんと結婚するかもしれないから…五井家当主夫人になるかもしれないから…笑っちゃうでしょ?…」

 「…いや、笑わない…」

 ナオキが、真顔で言った…

 「…どうして、笑わないの?…」

 「…綾乃さんには、それほど、魅力があるということさ…」

 ナオキが言った…

 「…魅力? …」

 「…そう…寿綾乃の魅力…」

 「…バカを言いなさい…そんな魅力、どこにあるの?…」

 「…あるさ…」

 「…どこにあるの?…」

 「…ここさ…」

 そう言って、藤原ナオキは、ツカツカと、病室の窓に歩み寄った…

 「…綾乃さん…見て…記者が集まっている…」

 「…記者が?…」

 私は、藤原ナオキの言葉に、促されて、ベッドから降りて、窓から、外を見ようとした…

 すると、ナオキが、松葉杖を私に手渡した…

 「…ありがとう…」

 「…どういたしまして…」

 私は、ナオキから、松葉杖を受け取ると、松葉杖をついて、窓際に言った…

 そして、窓の外を見た…

 たしかに、藤原ナオキが言うように、人が集まっている…

 「…どうして?…」

 私は、思わず、呟いた…

 「…五井の内紛さ…」

 「…」

 「…五井家が、正式に、菊池重方(しげかた)氏を、追放すると、宣言した…それに対して、重方(しげかた)氏が、抵抗…裁判に訴えると息巻いている…」

 「…それが、どうして、この五井記念病院に記者が?…」

 「…菊池重方(しげかた)氏の息子…菊池冬馬氏が、この五井記念病院の理事長であることから、冬馬氏が、どう出るか? 知りたいみたいだ…」

 思いもかけない展開だった…

 「…きっと、諏訪野マミさんは、これを、ボクに、いや、綾乃さんに見せたいが、ために、綾乃さんが、歩けるようになったと、昨日になって、いきなり、ボクに連絡したんだろう…」

 「…どういう意味?…」

 「…五井家の内紛が、週刊誌に出て、騒ぎになる…世間の耳目を集める…それを、遠回しに、伝えたかったんだろう…」

 「…それって、マミさんが、週刊誌の記者にネタを提供したってこと?…」

 「…ネタの提供は、マミさんとは、限らない…」

 「…だったら、誰? 伸明さん? 母親の昭子さん?…」

 ナオキは、無言で首を振る…

 「…ほかにもいるだろ?…」

 「…それって、菊池重方(しげかた)さんや、息子の冬馬理事長?…」

 私の言葉に、ナオキが頷いた…

 「…五井家の内紛…五井家の誰でも、マスコミに垂れ込んで、炎上させることができる…」

 「…」

 「…問題は、この炎上で、誰が、得をするかだ?…」

 「…誰得?…」

 「…得をしたものが、騒動を仕組んだと見るのが、普通だ…」

 「…」

 「…そして、ボクは思うに、この騒動の仕掛け人は、重方(しげかた)氏…」

 「…重方(しげかた)氏?…」

 「…自分が、五井家を追い出される悲劇のヒーローに見立てたに決まっている…そうなれば、世間が、同情をしてくれる…」

 「…」

 「…と、普通は見る…」

 藤原ナオキが、笑った…

 「…違うの?…」

 「…わからない…」

 ゆっくりと、首を横に振った…

 「…五井家にちょっかいを出している、企業があると、聞いている…」

 「…なにそれ?…」

 初耳だった…

 「…米倉…」

 「…米倉?…」

 「…米倉兵造…戦前から続く名門の米倉財閥の当主だ…戦後、彼になって、飛躍的に、米倉は大きくなった…やり手の経営者だ…」

 「…それが、一体?…」

 「…菊池重方(しげかた)を、唆(そそのか)した人物さ…」

 「…唆(そそのか)した?…」

 「…誰だって、なんの後ろ盾もないのに、五井家の当主の座を奪おうなんて、だいそれたことを、考えない…重方(しげかた)の背後に誰かいる? それが、暗黙の了解だった…だが、それが、誰か、わからなかった…」

 「…重方(しげかた)氏の黒幕…」

 「…言葉は悪いが、誰が、重方(しげかた)氏を操っているか、謎だった…」

 「…」

 「…その謎が解けた…」

 「…」

 「…だから、もしかしたら、あそこに集まった記者は、米倉兵造が、五井家の内紛をわざとリークして、集めたのかもしれない…それほどのやり手だ…彼は、マスコミにも、顔が利くと言われている…」

 「…そんなことが…」

 私は、驚いた…

 しかし、なぜ、ナオキが、そんなに、五井家の内紛に詳しいのだろう…

 疑問だった…

 「…ナオキ…」

 「…なに、綾乃さん?…」

 「…どうして、ナオキは、そんなに五井家の内紛に詳しいの?…」

 「…調べたのさ…」

 「…調べた?…」

 「…綾乃さんが、諏訪野伸明氏と、結婚する…自分の好きな綾乃さんが、嫁ぐ、五井家が、どんな状況になっているか、心配だったんだ…」

 「…」

 「…やはりというか、予想通り、混沌としている…」

 「…予想通りって?…」

 「…五井の闇…」

 「…闇?…」

 「…五井は、同じ一族でありながら、すべて、苗字が違う…三井は皆、三井姓…当たり前のことだ…だが、五井は、バラバラ…だから、求心力が、落ちる…一族が、団結しづらい…」

 「…」

 「…それが、おおげさに言えば、五井の闇…」

 「…」

 「…そして、その闇は、当たり前だが、当主の代替わりの時期に起きる…」

 「…代替わりの時期?…」

 「…当主が、変わったばかりだから、五井が、ゴタゴタしている…そして、元々、団結心に欠ける一族だから、誰かが、当主になにか、しても、様子見というか…」

 「…様子見?…」

 「…要するに、ヤクザの親分じゃないが、あらたに、当主になった人物に、どれほどの力量があるか、試しているんだ…」

 「…それで…」

 「…それで、今回は、五井東家の当主、菊池重方(しげかた)が、仕掛けた…だが、当然、重方(しげかた)が、仕掛けるには、理由がある…」

 「…理由? …それは、重方(しげかた)氏が、自民党で、菊池派を立ち上げたいためじゃ…」

 「…それにしたって、自分の派閥を立ち上げたいという気持ちにさせた、きっかけがある…」

 「…きっかけ?…」

 「…サラリーマンが、独立したいと思うのと、いっしょさ…会社から、リストラされたり、あるいは、昇進が、絶望的になったり、とにかく、普通は、なにか、きっかけがある…」

 「…」

 「…菊池重方(しげかた)氏が、自分の派閥を立ち上げたいと、考えたのは、おそらく、みんなが、考えるのと、逆だった…」

 「…どういう意味?…」

 「…重方(しげかた)氏は、菊池派を立ち上げたいがために、五井家の当主になりたいわけじゃなかった…」

 「…どういう意味?…」

 「…米倉兵造が、菊池重方(しげかた)に、接近して、協力を求めたんだ…」

 「…協力?…」

 「…具体的には、重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井関連の会社と、提携して、協力する…そして、重方(しげかた)氏に、米倉の後ろ盾を得て、五井家当主になりたいと、思わせたんだ…」

 「…」

 「…当主になれば、今以上の金を動かせる…そうなれば、自民党で、自分の派閥を持つこともできると、唆(そそのか)したんだ…」

 「…」

 「…そして、重方(しげかた)氏は、その気になった…」

 「…ナオキ…どうして、そんなことを、知ってるの?…」

 「…調べたんだ…」

 「…調べた…」

 「…これでも、FK興産の社長で、テレビのキャスターもしている…だから、知り会った人間も多い…政界、財界ともにね…そのネットワークを駆使したんだ…」


 「…そう…」

 短く、呟いた…

 まさか、そんな裏があるとは、思わなかった…

 やはりというか、病院のベッドの上で、寝ているだけでは、情報は得られない…

 それにしても、ナオキの情報収集能力には、舌を巻いた…

 よくぞ、これほど、調べたものだ…

 「…ナオキ…凄いわね…」

 私は、ナオキを褒めた…

 が、

 ナオキは、

 「全然、凄くない…」

 と、笑った…

 「…ただのビジネスだ…」

 「…ビジネス?…」

 「…政界、財界、問わず、いろんな人たちと、酒を飲み、仲良くなる…狙いは、人脈作り…少しでも、自分のビジネスに役に立たないか、考えてる…」

 「…」

 「…そして、そんな自分が、ときどき、心底、嫌になる…もっと、純粋にビジネスを楽しみたいと思ってるのに、こんなことをやっている…」

 「…」

 「…でも、まあ、これは、みんな同じだろう…会社でも、学校でも、なんでも、皆、人間関係に悩まされる…とにかく、それが、今回、綾乃さんの役に立って、良かった…」

 ナオキが、笑った…

 私は、なんだか、ナオキに申し訳ない気持ちになった…

 まさか、ナオキが、そんなに、私のために、動いていてくれるとは、思ってもみなかった…

 「…それで、米倉兵造の狙いだけれども…」

 「…米倉の狙い? なんなの?…」

 「…たぶん、五井の会社の取得、いや、乗っ取り…」

 「…どういうこと?…」

 「…重方(しげかた)氏が、社長を務める、五井家の関連会社に資本提携を持ち掛けて、いずれは、乗っ取る腹積もりだったんだろう…」

 「…」

 「…それが、五井本家にバレて、ご破算になったと、聞いている…そして、それが、五井の内紛の真相というか、重方(しげかた)氏の反乱の真相だと、聞いている…」

 「…」

 「…そして、その反乱が未遂に終わって、決着がついたから、五井家は、公式に、菊池重方(しげかた)氏を、五井家から、追放すると、宣言したんだ…」

 藤原ナオキが、告げた…

 …驚愕…

 …まさに、驚愕の内容だった…

 …まさか、そんなことが?…

 …信じられない内容だった…

 いや、

 信じられないではない…

 先日、諏訪野マミが、今、この藤原ナオキが言った、ほぼ同じ内容を、私に、ほのめかした…

 ということは、どうだ?

 諏訪野マミもまた、今回の騒動の真相をすべて、知っていたということか?

 気付いていたということか?

 私は、あらためて、気付いた…

 そして、諏訪野マミと、この藤原ナオキの共通点…

 二人とも、会社の社長であるということだ…

 そして、おそらく、二人は、同じフィールドで、活躍している…

 同じフィールド…

 つまりは、同じ経営者同士が集まる場に出向いて、情報を得ている…

 だが、おそらく、いや、確実に、諏訪野マミの方が、上…

 人脈が、広いに決まっている…

 なぜなら、諏訪野マミは、五井家の一族だからだ…

 ただし、五井家が、弱いのは、昔ながらの名門だから…

 だから、普通なら、今、この藤原ナオキのように、新興のIT企業の集まりのような会の情報が、入らない…

 店ではないが、昔ながらの百貨店と、新興のスーパーと同じだ…

 昔ながらの百貨店の会合に集ってばかりいては、新興のスーパーの情報は、なにも集まらない…

 だからか!

 ふと、気付いた…

 五井家での諏訪野マミの役割を、だ…

 諏訪野マミは、35歳と、若手ながら、亡くなった先代当主の父の建造から、資金を得て、会社を経営している…

 諏訪野マミは、五井一族にあって、異端…

 諏訪野マミは、積極的に、マスコミに出て、会社をアピールしたり、その縁で、この藤原ナオキと対談して、知り会った…

 つまりは、諏訪野マミは、フィールドを選ばないというか、むしろ、積極的に、新興の企業と接触している…

 それは、例えば、百貨店の三越関係者が、新興のスーパーの集まりに、積極的に顔を出しているようなもの…

 おそらく、それをすることで、諏訪野マミは、いや、五井は、新興企業にも、食い込もうとしているに違いない…

 いわゆる、昔ながらの名門の枠に捉われず、あらゆる業種や業態の人間と知り合って、知己を得る…

 その結果、五井のフィールドが広げる…

 おそらく、諏訪野マミは、五井の先兵のような役割を担っているに違いない…

 私は、ようやく、その事実に気付いた…

 ということは、どうだ?

 もしかしたら、諏訪野マミは、それほど、五井家内で、嫌われてない…

 浮いていないということになる…

 なぜなら、諏訪野マミは、五井家の従来の立場では、侵入できないフィールドに、積極的に関わっているからだ…

 そして、それをするには、五井本家の絶対的な信頼がなければ、ならない…

 下手をすれば、五井を裏切るような人間ならば、とても、その役割を任せられないからだ…

 これは、もしかしたら、諏訪野マミという人物を見る目を、根底から、変えなければ、ならないかもしれない…

 私は、思った…

 あの菊池リンではないが、もしかしたら、諏訪野マミという人物の本性というか、正体は、これまで、私が、思っていたのと、まるで、違うかもしれない…

 ぬえ…

 とっさに、思った

 脳裏に閃いた…

 伝説の妖怪…

 どこか、つかみどころがなく、得体の知れない人物…

 いや、

 人物ではなく、五井そのものが、ぬえなのかもしれなかった…

 同じ一族にもかかわらず、苗字が違う…

 傍から見れば、他人同士の集まりにしか、見えない…

 だが、一族…

 血が繋がった一族だ…

 だから、ぬえのように、得体の知れない一族…

 そして、得体の知れないが、ゆえに、どう動くのか、わからない…

 行動が、読めないのだ…

 もしかしたら?

 もしかしたら、そんなことはないと思うが、今、藤原ナオキが、言った、米倉兵造とて、五井に使われてる可能性もなきにしもあらず…

 どういうことかと言うと、菊池重方(しげかた)を、五井家から、追い出すために、あの昭子が、その米倉兵造をけしかけた可能性も否定できない…

 米倉兵造に、重方(しげかた)が、まんまと騙され、五井家の当主の座に就きたいと、思わせる…

 要するに、反乱というか、謀反を起こさせるのだ…

 そして、その謀反を鎮圧する…

 その後、当然、謀反を企てた人間は、追放する…

 五井家で、謀反を企てた人間は、無事、排除できる筋書きだ…

 だが、

 だとしたら、どうだ?

 当然、米倉兵造には、なんらかの見返りがある…

 わかりやすい見返りと言えば、お金だが、今、ナオキは、米倉は、五井同様、戦前からの名門の財閥だといった…

 だとすれば、当たり前だが、チンケな金額ではない…

 たとえば、重方(しげかた)が、社長を務める、五井傘下の企業のどれかの株式を、米倉に譲渡する…

 それぐらいのことをしなければ、米倉は、納得しないのではないか?

 私は、思った…

 が、

 これは、あくまで、私の想像…

 空想に過ぎない…

 もし、その米倉の陰に、昭子がいるならば、いずれ、それもわかるだろう…

 しかし、そこまで、考えると、かえすがえすも、重方(しげかた)が、哀れだった…

 政界では、大場小太郎…

 財界では、米倉兵造に、操られたと、言っていい…

 いいように、操られて、捨てられた…

 それが、事実だったろう…

 己の力も省みず、自民党で、菊池派を立ち上げようとしたり、五井家の当主になりたいと思ったり、愚の骨頂を繰り返したが、やはり、惨めと言わざるを得なかった…

 そして、そんな行動を繰り返す人間だからこそ、昭子は、排除しなければ、ならないと、思ったのだろう…

 重方(しげかた)を、このまま、放置すれば、いずれ、息子の伸明の邪魔になると、考えたに違いない…

 五井家の当主となった伸明の邪魔になると、考えたに違いなかった…

 つまりは、伸明のために、邪魔になる人間は、全力で、排除するということだ…

 と、ここまで、考えて、気付いた…

 あの昭子は、本当に、私を、伸明の嫁に迎えたいと、思っているか、否か、だ…

 つまりは、私の利用価値…

 たとえば、私を利用して、誰か、伸明の邪魔になる、人間を、重方(しげかた)同様、排除しようとしている…

 その可能性は、否定できない…

 疑えば、きりがないが、その可能性は、排除できない…

 私は、藤原ナオキと、いっしょに、病室の窓際の窓から、外に集まったマスコミ関係者と、思われる人たちを、見ながら、そんなことを、考えた…

 事態が、予想外に、動いている…

 それを、実感した瞬間だった…

                
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