第73話
文字数 6,120文字
この菊池重方(しげかた)という男…
どこまで、信じていいのだろう?
考えた…
まだ、会ったのは、二度目だから、評価ができない…
信頼できるか?
と、問われれば、首を横に振る…
ならば、
信頼できないか?
と、問われれば、これもまた、首を横に振る…
つまり、見極められない…
これは、困った…
どう判断すれば、良いのか、わからなかった…
しかしながら、大抵の人間は、この重方(しげかた)と、いっしょだ…
普通は、誰もが、判断に苦しむ…
会って、すぐに、善人か、悪人か、わかる人間は少ない…
が、
たしかに、会ってすぐに、わかる人間も、少数ながら、存在する…
そして、それは、善人よりも、むしろ、悪人に多い…
出会ってすぐに、なにか、嫌な雰囲気を感じるのだ…
それまで、自分の見知っていた人間と、明らかに違う人間…
異質な人間だ…
だから、わかりやすい…
そして、そういう人間は、少数派…
明らかに異端だから、わかりやすく、目立っている…
そして、そういう人間が、なにが異質なのかと、いえば、雰囲気が、異なるのだ…
なにか、オーラ=雰囲気が、違う…
おそらく、自分自身は、気付かないと思うが、明らかに世間で、異質…
少し、おおげさに言えば、一般的な社会生活を営めないような、独自の雰囲気=オーラがある…
これは、ヤクザ=暴力的な雰囲気が、わかりやすいが、必ずしも、そうではない…
ヤクザとて、人間…
その多くが、一般的な社会生活を営んでいる…
だから、そうではなく、ただ、雰囲気が異質なのだ…
常人とは、異なっている…
私は、そういう人間をかつて、見たことがあった…
が、
逆に言えば、その人間以外、見たことがない…
それほど、異質だった…
それほど、わかりやすかった…
会社で、いえば、どこへいっても、まともな会社では、採用されない…
たとえ、東大を出ていても、だ…
なにか、変なのだ…
見たことのない、オーラ=雰囲気を持っている…
自分自身は、気付かないと思うが、明らかに異質…
そして、何度も言うが、それは、少数派…
私の体験でいえば、一人、二人と、数えるほど、しかいない…
私は、この菊池重方(しげかた)を、見ながら、そんなことを、考えた…
が、
重方(しげかた)は、重方(しげかた)で、別のことを、考えていたようだ…
「…寿さんの目的が分かりません…」
いきなり、重方(しげかた)が、言った…
「…目的?…」
「…ハイ…寿さんは、どうして、伸明クンと付き合っているんですか?…」
あまりにも、意外な質問だった…
自分でも、返答に詰まった…
「…失礼ながら、寿さんは、同居する恋人が、おありでしょ?…」
私は、重方(しげかた)の言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
まさか…
まさか、この菊池重方(しげかた)に、そんなことを、言われるとは、思わなかった…
気付いている…
私が、藤原ナオキと同居している事実に、気付いている…
私が、どう言おうか、躊躇していると、
「…もしかしたら、寿さん…天秤にかけてるんですか?…」
と、いきなり、佐藤ナナが、口を挟んだ…
「…天秤って?…」
「…だって、この菊池さんが、言った恋人って、あの藤原ナオキさんのことでしょ?…」
佐藤ナナが、告げる…
しまった!
遅まきながら、気付いた…
もしかしたら?
もしかしたら、罠にかかった?
この菊池重方(しげかた)と、佐藤ナナの罠にかかった…
そう、気付いた…
そして、おそらくは、この重方(しげかた)と、佐藤ナナは、あらかじめ、組んで、私をここへ、誘い出した…
だから、私が、佐藤ナナに会いに来たのではない…
佐藤ナナに誘い出されたのだ…
その事実に、気付いた…
…さて、どうするか?…
…さて、どうするべきか?…
自分自身に問うた…
まさか、この場所から、逃げ出すことはできない…
まさか、いきなり、これから、用事があるからと、この場から、逃げ出すことはできない…
さて、どうしよう?
いや、
この菊池重方(しげかた)の質問に、どう答えよう?
悩んでいると、
「…寿さんって、イケメン好きなんですよね?…」
と、突如、佐藤ナナが、言った…
私は、驚いて、佐藤ナナを見た…
すると、褐色の肌の顔が、いたずらっぽく、笑っていた…
「…諏訪野伸明…藤原ナオキ…共に、長身のイケメン…寿さんは、イケメンが、好きなんですよね?…」
まるで、からかうように、言う…
佐藤ナナの以外な一面を見た感じだった…
五井記念病院で、看護師であったときは、決して、見せない姿だった…
「…そうね…」
私は、ニコニコ笑いながら、曖昧に、答えた…
すると、佐藤ナナが、怒った…
「…そうね、じゃありません…」
きつい口調で、言った…
「…そうに、決まってます…」
「…決まってる?…」
「…決まってます…」
強い口調で、断言した…
私は、そんな佐藤ナナの態度に驚きながらも、ふと、ある疑問に、気付いた…
「…佐藤さん…アナタ、何者?…」
「…エッ? …どういうことですか?…」
「…アナタの正体よ…」
「…どういうこと?…」
「…アナタが、五井南家の血を引く人間であることは、間違いないでしょう…でも、最近、日本にやって来たというのは、違うでしょう…」
「…違う? …どう違うんですか?…」
「…アナタの日本語の発音…イントネーション…」
「…イントネーション?…」
「…スラスラと、よどみなく答える…まるで、純粋な日本人のように…」
「…」
「…いえ、5年前、10年前に来日した外国人のように…」
「…」
「…アナタは、ウソ…私に、ウソをついていた…」
「…」
「…アナタが、来日したのは、ずっと、以前…おそらく、3年やそこらより、ずっと前…違う?…」
「…」
「…そして、佐藤ナナ…アナタは、この菊池重方(しげかた)さんの娘…」
「…」
「…この菊池重方(しげかた)さんが、ベトナム人の女性との間に、作った娘ね…」
私は、断言した…
重方(しげかた)が、絶句した…
そして、驚愕した表情になった…
それは、傍らの佐藤ナナも、また同じだった…
「…どうして、そんな、荒唐無稽な話を…」
重方(しげかた)が、緊張した声で、言う…
「…簡単ですよ…」
「…簡単?…」
「…私を見張るには、自分のもっとも、信頼できる人間を、つけるのが、一番…それは、肉親…」
「…でも、この佐藤ナナは、五井南家の人間…どうして、ボクが、彼女の父親なんですか?…」
「…重方(しげかた)さんが、本当は、南家の人間だからじゃないですか?…」
「…ボクが、南家?…バカな?…」
「…バカでも、なんでも、ありません…」
「…ふざけるな!…」
突如、重方(しげかた)が、激高した…
「…どうして、ボクが南家なんだ? …ふざけるにも、ほどがある…」
私は、その重方(しげかた)の怒りが、むしろ、私の指摘が正しいと、確信した…
「…証拠があるなら、言ってみろ!…」
「…証拠? …証拠…ですか?…」
「…そうだ?…」
「…証拠は、彼女です…」
目の前の佐藤ナナに視線を向けた…
「…彼女?…」
「…彼女が、五井南家の血を引くことは、菊池リンの祖母、和子さんも、断言しました…その佐藤さんのDNAと、重方(しげかた)さんのDNAを比べれば、父娘であることは、証明できるんじゃないですか?…」
私の言葉に、
「…」
と、重方(しげかた)は、答えなかった…
「…それとも、この後、3人で、五井記念病院に、行って、お二人のDNAを調べますか? …そうすれば、すぐに、わかるはずです…」
私の言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
「…どうしますか?…」
私は重ねて、問うた…
が、
重方(しげかた)は、返事をしない…
「…」
と、黙ったままだった…
…勝負あった…
…私の勝ちだ…
そう思った…
が、
ことは、そう単純ではなかった…
「…だったら…」
「…なんですか?…」
「…五井東家は、なんなんだ…ボクが、五井東家の当主だったんだぞ…息子は、冬馬は、ボクの…」
「…甥ですよね…息子ではなく…」
「…甥?…」
「…案外、冬馬さんの正体は、伸明さんの弟じゃないんですか?…」
「…弟? …バカな?…」
「…いえ、そう考えると、今回の騒動…色々、読めて来るんですよ…」
「…どう、読めて来るんだ?…」
「…菊池リンの祖母、和子さん…」
「…姉が、どうかしたのか?…」
「…彼女は、冬馬さんを、溺愛していると、言った…」
「…そうだ…」
「…真逆に、昭子さんは、冬馬さんを嫌っている…」
「…」
「…でも、ホントは、違うんじゃないんでしょうか?…」
「…どう、違うんだ?…」
「…昭子さんが、冬馬さんを、溺愛して、和子さんは、それほどでもない…」
「…なぜだ?…」
「…だって、冬馬さんは、昭子さんの息子でしょう…」
私は、断言した…
重方(しげかた)の表情が、固まった…
文字通り、固まった…
それは、隣の、佐藤ナナも同じだった…
「…そう考えると、色々見えてくるものがあるんですよ…」
「…なにが、見えてくるんだ?…」
「…例えば、重方(しげかた)さん、なぜ、アナタが、国会議員に立候補したか?…」
「…どういう意味だ?…」
「…だって、五井は、原則、国会議員になることは、禁止されてるのでしょ?…政治に関わることは、禁止されてるんでしょ?…」
「…」
「…にも、かかわらず、重方(しげかた)さんは、立候補できた…これは、なにか、あると、考えるのが、自然…」
「…なにが、あるんだ?…」
「…昭子さんの弱点を、握っているか、あるいは、逆に恩を売っているか? …そのどっちか?…」
「…どっちなんだ?…」
「…両方でしょう…」
「…」
「…昭子さんの息子を、自分の子供として、育てる…その見返りに、本来、五井が禁止している、国会議員に立候補することに、目をつぶった…」
「…」
「…昭子さんとしては、嫌でも、目をつぶるしか、なかった…なにしろ、弟とはいえ、自分の息子の面倒をみてもらっている…」
「…だったら、なんで、姉は、昭子姐さんは、冬馬に厳しいんだ…」
「…それは、簡単です…」
「…どう、簡単なんだ?…」
「…だって、優しくしたら、自分の息子だと、バレてしまうでしょ?…」
「…」
「…だから、自分は、いつも、厳しく冬馬さんに接して、代わりに、妹の和子さんに、優しく接するように、させた…そうすれば、バレない…」
「…バカバカしい?…」
「…いえ、バカバカしくは、ありません…」
「…」
「…私が、そのことに、気付いたのは、リンちゃん…菊池リンちゃんが、冬馬さんと結婚して、五井東家を継ぐと、聞いたときです…」
「…それが、どうして?…」
「…だって、普通なら、一度、五井家から追放した人間を戻すなんて、ありえないでしょ? 一体、どうして、そこまで、するのか?…」
「…」
「…そして、これが、あの昭子さんと、和子さんが、結託して、仕組んだことだと、思えば、納得します…昭子さんは、和子さんに、頼んで、孫の菊池リンと結婚させることで、五井家に復帰させようとした…」
「…だったら、ボクは…ボクは、どうして、五井家を追放されたんだ…」
「…重方(しげかた)さんは、やり過ぎたんじゃないんでしょうか?…」
「…やり過ぎた? …なにをやり過ぎたんだ?…」
「…上を狙い過ぎた…」
「…」
「…大場派の幹部でいる間は、いい…でも、自分の派閥まで、立ち上げようとした…それで、昭子さんの堪忍袋の緒が切れた…」
「…」
「…違いますか?…」
私の質問に、重方(しげかた)が、顔を真っ赤にして、私を睨んだ…
まさに、憤怒の表情だった…
「…だったら、さっきの話に戻そう…どうして、ボクが、この佐藤ナナさんの父親なんだ…いや、仮に、ボクが、彼女の父親だとしても、彼女は、五井南家の人間だ…この佐藤ナナさんを、五井本家の養女として、引き取る代わりに、五井南家は、本家側になった…五井の主流派になった…それを、どう説明するんだ?…」
「…説明する必要はありません…」
「…必要はない? …どうしてだ?…」
「…問題は、五井南家が主流派になることです…この佐藤さんが、南家の血を引いているかどうかは、関係ありません…」
私は、断言した…
「…バカバカしい…」
吐き捨てた…
「…寿さん…アナタが、こんなバカな女とは、思わなかった…」
「…」
「…伸明クンの妻として、失格だ…」
重方(しげかた)が怒鳴った…
当たり前だった…
私とて、この重方(しげかた)と、同じ意見だった…
私は、今、カマを賭けたのだ…
この菊池重方(しげかた)と、佐藤ナナ…
この二人を見て、思ったことを、わざと、口にした…
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理屈だ…
わざと、気付いたことを、言って、この重方(しげかた)と、佐藤ナナの態度を見た…
態度の変化を見た…
動揺を見た…
動揺したことが、真実…
真実に違いないからだ…
その結果、わかったことがあった…
やはりというか、この佐藤ナナと、菊池重方(しげかた)が、父娘ではないかという疑惑だ…
この佐藤ナナの日本語は、流暢すぎる…
うますぎる…
どう考えても、来日して、すぐの人間の日本語ではない…
現地で、日本語の先生に教わったと言っていたが、私にすれば、眉唾物…
信用できない…
そして、私に対する今の態度…
看護師時代には、見られなかった態度だ…
なぜ、いきなり、私に、諏訪野伸明と、藤原ナオキの名前を出すのか?
私が、藤原ナオキと同居している事実に、気付いていても、以前なら、ここまで、あからさまに、突っ込むことはなかった…
普通に考えれば、すでに、看護師を退職しているから…
だから、以前のように、看護師と、患者という立場にこだわる必要は、ないともいえる…
しかしながら、一番考えられるのは、今、ここに、この菊池重方(しげかた)と、いっしょにいるからではないか?
この重方(しげかた)が、いるから、強気になれるのではないか?
私は、そう思った…
自分一人ではない…
後ろ盾がいる…
そして、問題は、その後ろ盾と、この佐藤ナナの関係だ…
普通に、考えれば、父娘の関係が、一番しっくりとする…
まさか、男女の関係とは、思えない…
だが、
本当にそうか?
今一つ、確信が持てない…
それは、やはり、この佐藤ナナが、五井南家の血を引いているといった和子の言葉だ…
やはりというか…
彼女が、本当に、五井南家の血を引いていなければ、彼女は、五井本家の養女にはなれなかったし、その見返りとして、五井南家が、五井の主流派になれない…
つまり、やはり、この佐藤ナナが、キーポイント…
この佐藤ナナの正体が、菊池重方(しげかた)の娘であることは、間違いない…
その点は、確信できる…
が、
ならば、どうして、この佐藤ナナが、五井南家の血を引くのか、納得のできる説明が、私には、できなかった…
どこまで、信じていいのだろう?
考えた…
まだ、会ったのは、二度目だから、評価ができない…
信頼できるか?
と、問われれば、首を横に振る…
ならば、
信頼できないか?
と、問われれば、これもまた、首を横に振る…
つまり、見極められない…
これは、困った…
どう判断すれば、良いのか、わからなかった…
しかしながら、大抵の人間は、この重方(しげかた)と、いっしょだ…
普通は、誰もが、判断に苦しむ…
会って、すぐに、善人か、悪人か、わかる人間は少ない…
が、
たしかに、会ってすぐに、わかる人間も、少数ながら、存在する…
そして、それは、善人よりも、むしろ、悪人に多い…
出会ってすぐに、なにか、嫌な雰囲気を感じるのだ…
それまで、自分の見知っていた人間と、明らかに違う人間…
異質な人間だ…
だから、わかりやすい…
そして、そういう人間は、少数派…
明らかに異端だから、わかりやすく、目立っている…
そして、そういう人間が、なにが異質なのかと、いえば、雰囲気が、異なるのだ…
なにか、オーラ=雰囲気が、違う…
おそらく、自分自身は、気付かないと思うが、明らかに世間で、異質…
少し、おおげさに言えば、一般的な社会生活を営めないような、独自の雰囲気=オーラがある…
これは、ヤクザ=暴力的な雰囲気が、わかりやすいが、必ずしも、そうではない…
ヤクザとて、人間…
その多くが、一般的な社会生活を営んでいる…
だから、そうではなく、ただ、雰囲気が異質なのだ…
常人とは、異なっている…
私は、そういう人間をかつて、見たことがあった…
が、
逆に言えば、その人間以外、見たことがない…
それほど、異質だった…
それほど、わかりやすかった…
会社で、いえば、どこへいっても、まともな会社では、採用されない…
たとえ、東大を出ていても、だ…
なにか、変なのだ…
見たことのない、オーラ=雰囲気を持っている…
自分自身は、気付かないと思うが、明らかに異質…
そして、何度も言うが、それは、少数派…
私の体験でいえば、一人、二人と、数えるほど、しかいない…
私は、この菊池重方(しげかた)を、見ながら、そんなことを、考えた…
が、
重方(しげかた)は、重方(しげかた)で、別のことを、考えていたようだ…
「…寿さんの目的が分かりません…」
いきなり、重方(しげかた)が、言った…
「…目的?…」
「…ハイ…寿さんは、どうして、伸明クンと付き合っているんですか?…」
あまりにも、意外な質問だった…
自分でも、返答に詰まった…
「…失礼ながら、寿さんは、同居する恋人が、おありでしょ?…」
私は、重方(しげかた)の言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
まさか…
まさか、この菊池重方(しげかた)に、そんなことを、言われるとは、思わなかった…
気付いている…
私が、藤原ナオキと同居している事実に、気付いている…
私が、どう言おうか、躊躇していると、
「…もしかしたら、寿さん…天秤にかけてるんですか?…」
と、いきなり、佐藤ナナが、口を挟んだ…
「…天秤って?…」
「…だって、この菊池さんが、言った恋人って、あの藤原ナオキさんのことでしょ?…」
佐藤ナナが、告げる…
しまった!
遅まきながら、気付いた…
もしかしたら?
もしかしたら、罠にかかった?
この菊池重方(しげかた)と、佐藤ナナの罠にかかった…
そう、気付いた…
そして、おそらくは、この重方(しげかた)と、佐藤ナナは、あらかじめ、組んで、私をここへ、誘い出した…
だから、私が、佐藤ナナに会いに来たのではない…
佐藤ナナに誘い出されたのだ…
その事実に、気付いた…
…さて、どうするか?…
…さて、どうするべきか?…
自分自身に問うた…
まさか、この場所から、逃げ出すことはできない…
まさか、いきなり、これから、用事があるからと、この場から、逃げ出すことはできない…
さて、どうしよう?
いや、
この菊池重方(しげかた)の質問に、どう答えよう?
悩んでいると、
「…寿さんって、イケメン好きなんですよね?…」
と、突如、佐藤ナナが、言った…
私は、驚いて、佐藤ナナを見た…
すると、褐色の肌の顔が、いたずらっぽく、笑っていた…
「…諏訪野伸明…藤原ナオキ…共に、長身のイケメン…寿さんは、イケメンが、好きなんですよね?…」
まるで、からかうように、言う…
佐藤ナナの以外な一面を見た感じだった…
五井記念病院で、看護師であったときは、決して、見せない姿だった…
「…そうね…」
私は、ニコニコ笑いながら、曖昧に、答えた…
すると、佐藤ナナが、怒った…
「…そうね、じゃありません…」
きつい口調で、言った…
「…そうに、決まってます…」
「…決まってる?…」
「…決まってます…」
強い口調で、断言した…
私は、そんな佐藤ナナの態度に驚きながらも、ふと、ある疑問に、気付いた…
「…佐藤さん…アナタ、何者?…」
「…エッ? …どういうことですか?…」
「…アナタの正体よ…」
「…どういうこと?…」
「…アナタが、五井南家の血を引く人間であることは、間違いないでしょう…でも、最近、日本にやって来たというのは、違うでしょう…」
「…違う? …どう違うんですか?…」
「…アナタの日本語の発音…イントネーション…」
「…イントネーション?…」
「…スラスラと、よどみなく答える…まるで、純粋な日本人のように…」
「…」
「…いえ、5年前、10年前に来日した外国人のように…」
「…」
「…アナタは、ウソ…私に、ウソをついていた…」
「…」
「…アナタが、来日したのは、ずっと、以前…おそらく、3年やそこらより、ずっと前…違う?…」
「…」
「…そして、佐藤ナナ…アナタは、この菊池重方(しげかた)さんの娘…」
「…」
「…この菊池重方(しげかた)さんが、ベトナム人の女性との間に、作った娘ね…」
私は、断言した…
重方(しげかた)が、絶句した…
そして、驚愕した表情になった…
それは、傍らの佐藤ナナも、また同じだった…
「…どうして、そんな、荒唐無稽な話を…」
重方(しげかた)が、緊張した声で、言う…
「…簡単ですよ…」
「…簡単?…」
「…私を見張るには、自分のもっとも、信頼できる人間を、つけるのが、一番…それは、肉親…」
「…でも、この佐藤ナナは、五井南家の人間…どうして、ボクが、彼女の父親なんですか?…」
「…重方(しげかた)さんが、本当は、南家の人間だからじゃないですか?…」
「…ボクが、南家?…バカな?…」
「…バカでも、なんでも、ありません…」
「…ふざけるな!…」
突如、重方(しげかた)が、激高した…
「…どうして、ボクが南家なんだ? …ふざけるにも、ほどがある…」
私は、その重方(しげかた)の怒りが、むしろ、私の指摘が正しいと、確信した…
「…証拠があるなら、言ってみろ!…」
「…証拠? …証拠…ですか?…」
「…そうだ?…」
「…証拠は、彼女です…」
目の前の佐藤ナナに視線を向けた…
「…彼女?…」
「…彼女が、五井南家の血を引くことは、菊池リンの祖母、和子さんも、断言しました…その佐藤さんのDNAと、重方(しげかた)さんのDNAを比べれば、父娘であることは、証明できるんじゃないですか?…」
私の言葉に、
「…」
と、重方(しげかた)は、答えなかった…
「…それとも、この後、3人で、五井記念病院に、行って、お二人のDNAを調べますか? …そうすれば、すぐに、わかるはずです…」
私の言葉に、
「…」
と、言葉もなかった…
「…どうしますか?…」
私は重ねて、問うた…
が、
重方(しげかた)は、返事をしない…
「…」
と、黙ったままだった…
…勝負あった…
…私の勝ちだ…
そう思った…
が、
ことは、そう単純ではなかった…
「…だったら…」
「…なんですか?…」
「…五井東家は、なんなんだ…ボクが、五井東家の当主だったんだぞ…息子は、冬馬は、ボクの…」
「…甥ですよね…息子ではなく…」
「…甥?…」
「…案外、冬馬さんの正体は、伸明さんの弟じゃないんですか?…」
「…弟? …バカな?…」
「…いえ、そう考えると、今回の騒動…色々、読めて来るんですよ…」
「…どう、読めて来るんだ?…」
「…菊池リンの祖母、和子さん…」
「…姉が、どうかしたのか?…」
「…彼女は、冬馬さんを、溺愛していると、言った…」
「…そうだ…」
「…真逆に、昭子さんは、冬馬さんを嫌っている…」
「…」
「…でも、ホントは、違うんじゃないんでしょうか?…」
「…どう、違うんだ?…」
「…昭子さんが、冬馬さんを、溺愛して、和子さんは、それほどでもない…」
「…なぜだ?…」
「…だって、冬馬さんは、昭子さんの息子でしょう…」
私は、断言した…
重方(しげかた)の表情が、固まった…
文字通り、固まった…
それは、隣の、佐藤ナナも同じだった…
「…そう考えると、色々見えてくるものがあるんですよ…」
「…なにが、見えてくるんだ?…」
「…例えば、重方(しげかた)さん、なぜ、アナタが、国会議員に立候補したか?…」
「…どういう意味だ?…」
「…だって、五井は、原則、国会議員になることは、禁止されてるのでしょ?…政治に関わることは、禁止されてるんでしょ?…」
「…」
「…にも、かかわらず、重方(しげかた)さんは、立候補できた…これは、なにか、あると、考えるのが、自然…」
「…なにが、あるんだ?…」
「…昭子さんの弱点を、握っているか、あるいは、逆に恩を売っているか? …そのどっちか?…」
「…どっちなんだ?…」
「…両方でしょう…」
「…」
「…昭子さんの息子を、自分の子供として、育てる…その見返りに、本来、五井が禁止している、国会議員に立候補することに、目をつぶった…」
「…」
「…昭子さんとしては、嫌でも、目をつぶるしか、なかった…なにしろ、弟とはいえ、自分の息子の面倒をみてもらっている…」
「…だったら、なんで、姉は、昭子姐さんは、冬馬に厳しいんだ…」
「…それは、簡単です…」
「…どう、簡単なんだ?…」
「…だって、優しくしたら、自分の息子だと、バレてしまうでしょ?…」
「…」
「…だから、自分は、いつも、厳しく冬馬さんに接して、代わりに、妹の和子さんに、優しく接するように、させた…そうすれば、バレない…」
「…バカバカしい?…」
「…いえ、バカバカしくは、ありません…」
「…」
「…私が、そのことに、気付いたのは、リンちゃん…菊池リンちゃんが、冬馬さんと結婚して、五井東家を継ぐと、聞いたときです…」
「…それが、どうして?…」
「…だって、普通なら、一度、五井家から追放した人間を戻すなんて、ありえないでしょ? 一体、どうして、そこまで、するのか?…」
「…」
「…そして、これが、あの昭子さんと、和子さんが、結託して、仕組んだことだと、思えば、納得します…昭子さんは、和子さんに、頼んで、孫の菊池リンと結婚させることで、五井家に復帰させようとした…」
「…だったら、ボクは…ボクは、どうして、五井家を追放されたんだ…」
「…重方(しげかた)さんは、やり過ぎたんじゃないんでしょうか?…」
「…やり過ぎた? …なにをやり過ぎたんだ?…」
「…上を狙い過ぎた…」
「…」
「…大場派の幹部でいる間は、いい…でも、自分の派閥まで、立ち上げようとした…それで、昭子さんの堪忍袋の緒が切れた…」
「…」
「…違いますか?…」
私の質問に、重方(しげかた)が、顔を真っ赤にして、私を睨んだ…
まさに、憤怒の表情だった…
「…だったら、さっきの話に戻そう…どうして、ボクが、この佐藤ナナさんの父親なんだ…いや、仮に、ボクが、彼女の父親だとしても、彼女は、五井南家の人間だ…この佐藤ナナさんを、五井本家の養女として、引き取る代わりに、五井南家は、本家側になった…五井の主流派になった…それを、どう説明するんだ?…」
「…説明する必要はありません…」
「…必要はない? …どうしてだ?…」
「…問題は、五井南家が主流派になることです…この佐藤さんが、南家の血を引いているかどうかは、関係ありません…」
私は、断言した…
「…バカバカしい…」
吐き捨てた…
「…寿さん…アナタが、こんなバカな女とは、思わなかった…」
「…」
「…伸明クンの妻として、失格だ…」
重方(しげかた)が怒鳴った…
当たり前だった…
私とて、この重方(しげかた)と、同じ意見だった…
私は、今、カマを賭けたのだ…
この菊池重方(しげかた)と、佐藤ナナ…
この二人を見て、思ったことを、わざと、口にした…
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理屈だ…
わざと、気付いたことを、言って、この重方(しげかた)と、佐藤ナナの態度を見た…
態度の変化を見た…
動揺を見た…
動揺したことが、真実…
真実に違いないからだ…
その結果、わかったことがあった…
やはりというか、この佐藤ナナと、菊池重方(しげかた)が、父娘ではないかという疑惑だ…
この佐藤ナナの日本語は、流暢すぎる…
うますぎる…
どう考えても、来日して、すぐの人間の日本語ではない…
現地で、日本語の先生に教わったと言っていたが、私にすれば、眉唾物…
信用できない…
そして、私に対する今の態度…
看護師時代には、見られなかった態度だ…
なぜ、いきなり、私に、諏訪野伸明と、藤原ナオキの名前を出すのか?
私が、藤原ナオキと同居している事実に、気付いていても、以前なら、ここまで、あからさまに、突っ込むことはなかった…
普通に考えれば、すでに、看護師を退職しているから…
だから、以前のように、看護師と、患者という立場にこだわる必要は、ないともいえる…
しかしながら、一番考えられるのは、今、ここに、この菊池重方(しげかた)と、いっしょにいるからではないか?
この重方(しげかた)が、いるから、強気になれるのではないか?
私は、そう思った…
自分一人ではない…
後ろ盾がいる…
そして、問題は、その後ろ盾と、この佐藤ナナの関係だ…
普通に、考えれば、父娘の関係が、一番しっくりとする…
まさか、男女の関係とは、思えない…
だが、
本当にそうか?
今一つ、確信が持てない…
それは、やはり、この佐藤ナナが、五井南家の血を引いているといった和子の言葉だ…
やはりというか…
彼女が、本当に、五井南家の血を引いていなければ、彼女は、五井本家の養女にはなれなかったし、その見返りとして、五井南家が、五井の主流派になれない…
つまり、やはり、この佐藤ナナが、キーポイント…
この佐藤ナナの正体が、菊池重方(しげかた)の娘であることは、間違いない…
その点は、確信できる…
が、
ならば、どうして、この佐藤ナナが、五井南家の血を引くのか、納得のできる説明が、私には、できなかった…