第33話
文字数 8,431文字
五井家の騒動…
その中心人物が、菊池リンであることに、気付いた…
これは、まさか、だった…
まさか、菊池リンが、この騒動の中心人物であることは、予想だにしなかった…
いずれ、菊池リンが、出てくることは、わかっていた…
なぜ、わかっていたといえば、私が、ジュン君の運転するクルマにひかれて、この五井記念病院に、救急車で、運ばれたとき、事前に、菊池リンは、菊池冬馬に、五井記念病院で、受け入れるように、根回ししていた…
つまり、最初から、私を五井記念病人に入院させるべく、手配していた…
つまりは、彼女が、私を、この五井記念病院に入院させた主導者…
彼女=菊池リンこそが、私を、ジュン君の運転するクルマにはねられるように、仕向けた主導者だ…
ゆえに、いずれ、どこかのタイミングで、姿を現すことは、わかっていた…
ただ、このタイミングで、姿を現すとは、思ってもみなかった…
そういうことだ…
ただ、誰が、彼女の背後にいるのか?
確信が、持てなかった…
そして、なぜ、彼女が変貌したのかも、わからなかった…
以前の彼女は、諏訪野建造、昭子の指示で、私を監視していたにしろ、今回のようなキャラでは、なかった…
さっき、私に一言、
「…食えない女…」
と、吐き捨てるような言い方をするキャラではなかった…
あれでは、まるで、別人…
以前、見知った、菊池リンとは、まるで、別人だった…
一体、なにが、彼女にあったのだろう?
そう、考えざるを得なかった…
「…一体、なにが…彼女を変えたんだろ?…」
つい、私が、口に出すと、隣から、
「…男じゃないですか?…」
という声が聞こえた…
私は、その声の主を見た…
その声の主は、当たり前だが、隣で、ベンチに腰掛ける、佐藤ナナだった…
「…男?…」
私は、佐藤ナナの言葉を反芻した…
繰り返した…
「…だって、ほら、年頃の女のコが、一番変わるのが、男が出来たとき…それまで、お父さんや、お母さんの言うことを、守っていたコでも、男の言うことしか、聞かなくなっちゃう…両親のコントロールが効かなくなっちゃう…」
佐藤ナナが、あっけらかんと言った…
私は、驚いたが、さもありなん…
たしかに、一番、可能性が高い…
女は、初めて、男が出来たときが、大変…
親の言うことではなく、男の言うことを聞くようになる…
つまりは、親のコントロール下ではなく、男のコントロール下に置かれる…
そういうことだ…
私は、佐藤ナナの指摘に驚いた…
いや、
それ以前に、そんなことも考えもしない、自分に、苦笑した…
なぜなら、私には、そんな経験は、皆無…
なにもなかった(苦笑)…
すでに、高校時代に、藤原ナオキと会って、男女の関係になったが、藤原ナオキに引きずられることは、なかった…
これは、私が、しっかりしているのか?
それとも、元々、男に惑わせられない性格なのかは、わからない(苦笑)…
というか、私は、本質的に、人を好きになれない性格だったのかもしれない…
藤原ナオキと男女の関係になっても、引きずられることは、なかった…
普通の女ならば、ルックスが良く、才能もある、藤原ナオキに、溺れるところだった…
が、
私に、それはなかった…
藤原ナオキは、藤原ナオキ…
私は、私…
たとえ、男女の関係になろうと、しっかりと、距離は置いていた…
ある意味、しっかり者だが、これ以上、可愛げのない女も珍しいかもしれない…
好きになった男でも、しっかりと、距離は置く…
冷静に相手を評価する…
常に、自分が、今、どういう立ち位置にいるか、考える…
それが、私という女の基本だった…
自分でいうのも、おもはゆいが、元々、しっかり者だった、矢代綾子が、寿綾乃を名乗ることになった…
単純に言えば、入れ替わったわけだ…
ゆえに、それを知るものが、いては、困るので、慎重になる…
バレると困るので、慎重になる…
それが、元々、しっかり者だった矢代綾子に、さらに、輪をかけたというか…
常に、自分が、誰に、どう見られているか、考え、行動するようになった…
だから、男が出来ても、変わることがない…
変化することがない…
それゆえ、今、傍らの、佐藤ナナが、言ったように、
「…男ができたんじゃないですか?…」
という、ひどく当たり前の発想も、私には、まるでなかった…
言われてみれば、まさにその通りかもしれない…
しかし、私には、その発想がなかった…
これは、自分を、悔やむべきか?
自分を、笑うべきか?
わからない…
ただ、この佐藤ナナの発言を聞いて、つくづく自分は、普通ではないと、思った(笑)…
さんざ、若い頃から、藤原ナオキと、カラダを重ねたにも、かかわらず、男女の関係に疎い(笑)…
これでは、まるで、小学生かなにか?…
生まれたての、赤ん坊もいいところだ(笑)…
と、そこまで、考えたとき、
「…もしかしたら、冬馬理事長…」
と、佐藤ナナが言った…
「…冬馬理事長が、どうしたの?…」
「…菊池リンさんのお相手…冬馬理事長かもしれない…」
「…そんなバカな…」
私は、一笑に付した…
まさか、菊池冬馬にそんな魅力はない…
「…笑いましたね…」
佐藤ナナが、怒った…
「…冬馬理事長は、魅力がありましたよ…」
意外なことを、言った…
「…魅力? どこが、魅力があるの?…」
私は、佐藤ナナに聞いた…
聞きながらも、内心、吹き出しそうだった…
あの冬馬に、どんな魅力があるのだろうか?
「…背が高いところ? …顔は、悪くないわ…でも、あの険のある目じゃ…」
私は、追い打ちをかけた…
「…違いますよ…ルックスじゃ、ないですよ…」
「…ルックスじゃない? じゃ、なに?…」
「…精一杯、突っ張ってるところです…」
「…突っ張ってる? どういう意味?…」
「…あの冬馬理事長…なんだか、一生懸命、自分を、大きく見せようとしているんです…それが、見え見えというか…それでいて、強くない…なんか、ガラス細工のように、もろいというか…」
考えてもみない、発想だった…
あの冬馬を、どこをどう見ても、私には、そんな見方はできなかった…
「…だから、案外、あの冬馬理事長は、女にモテると思いますよ…」
「…どうして、モテるの?…」
「…だって、面倒を見たくなるじゃないですか?…」
佐藤ナナが、爆笑した…
「…なんていうか、それほど実力もないのに、精一杯、突っ張っちゃって…なんだが、可愛いじゃないですか?…」
「…可愛い?…」
私は、驚いた…
あの冬馬を見て、可愛いなんて、考えたこともなかった…
だが、ふと、思い出した…
諏訪野マミのことを、だ…
諏訪野マミは、以前、私は、結構、冬馬と仲がいいと、私に告白した…
私は、諏訪野マミが、五井一族から、浮いているから、同じように、浮いているに違いない冬馬と、仲がいいと、思ったが、違うのかもしれない…
私は、気付いた…
諏訪野マミは、冬馬の面倒を見て、あげたいと思ったのかもしれなかった…
この佐藤ナナが、言ったように、諏訪野マミもまた、冬馬を見たのかもしれなかった…
私とは、全然違う視点というか…
私自身は、冬馬を、そんなふうに見たことは、一度もなかった…
菊池冬馬は、ただ生意気で、気に入らない男だった…
私には、それが、冬馬の評価のすべてだった…
が、
諏訪野マミも、この佐藤ナナも、違う…
私とは、男の好みが、違うのだ…
どっちが、まともなんだろうか?
私は、思った…
私が、まともなのか?
諏訪野マミや、この佐藤ナナが、まともなのか?
どっちなのだろう?
真剣に悩んだ(笑)…
ただ、当たり前だが、同じ人間でも、見方が違う…
評価が、違う…
と、いうのが、あるんだな、と、漠然と思った…
評価というのは、普通、あまり変わらない…
誰でも、東大を出ていれば、頭が良く、偏差値40の工業高校を出ていれば、頭が悪いと思う…
そして、それは、大抵の場合、やっていることを、見ていれば、わかるものだ…
仕事や勉強を見るのではなく、ただ、誰かと、おしゃべりをしていれば、なんとなく、わかるものだ…
そして、もし、わからなければ、よほど、頭が悪い人間に違いない(笑)…
普通は、なんとなくわかるものだ…
ずっと以前、亡くなった母が言っていた…
工業高校出身で、企業に入り、オレは、出世する…
偉くなると、豪語する人間がいた…
当然、頭は、偏差値40レベル…
だが、使える…
仕事の飲み込みも早く、手が早く、仕事ができる…
だが、ただ、それだけ…
いわゆる、末端の仕事といえば、言葉が悪いが、ひとに命じられて、アレコレやれと言われれば、テキパキとこなすことができる…
だから、自分は、優秀だと、考える…
この会社で、出世できると、考える…
そして、問題なのは、周りを見る力がまるでないこと(笑)…
自分の立ち位置というか…
周囲に、大卒がいれば、どこの大学を出ているか?
同じ高卒であれば、どこの高校を出ているか?
いわゆる偏差値を気にするものだが、まるで、考えない(笑)…
いや、
考える必要を感じないのであろう…
自分の与えられた仕事を、早く、的確に、こなせば、優れていると、自画自賛している…
心の底から、信じている(笑)…
が、
普通の人間であれば、周囲は、東大とまでは、言わずとも、六大学レベルが、ゴロゴロいたり、同じ高卒でも、自分より、偏差値が上の高校を出ていたりするのを、目の当たりにすれば、なんとなく、自分の立ち位置が、わかるものだ…
あるいは、自分と同じ偏差値レベル出身の会社の先輩を見れば、その人間が、どういう立ち位置で、仕事をしているのか?
主任なのか?
課長なのか?
平社員のままか?
それを見て、漠然と、自分の将来の姿を、重ねて見るものだが、それができない…
結果、当たり前だが、その人間は、入社以来、ずっと、同じ立ち位置で、仕事を続けたと、風の噂に、母は、聞いたそうだ…
つまりは、
「…○○さんは、手が早いから、これを頼むね…」
と、言われ、実践する…
その立ち位置が、入社以来、十年経っても、十五年経っても、変わらないということだ…
当たり前だが、その人間の後に入った後輩は、皆、その人間を追い抜いてゆく…
本人にとっては、想定外の事態だが、周囲の人間は、誰も驚かない…
納得の結果だ(笑)…
ただ、その人間をひとつ、擁護するとすれば、当時は、バブルで、その人間以下の人間も明らかにいたこと…
それゆえ、天狗になった…
周囲を見ても、自分が、劣っているとは、これっぽっちも思わなかったに違いない…
自分と似たような人間は、いっぱいいた…
そう言うに違いない…
しかしながら、その少し上の世代を見れば、明らかに、自分たちの入社した年次の人間は、皆、劣っていた…
出身大学を見れば、一目瞭然で、大学の偏差値レベルが、まるで、違っていた…
その現実に、まるで、気付かなかった…
気付く能力がなかった…
そして、そんなことに、気付かない人間が、会社で、出世できるはずがない…
いや、
会社だけではない…
たとえば、芸能界のような世界でも、無理…
なぜなら、今、自分の周囲で、なにが、起こっているか、まったく見えてないからだ…
なにが、起きているか、まるでわからないから、与えられた仕事を、忠実にこなせば、いいとだけ、考える…
それは、それで、間違ってはいない…
与えられた仕事をテキパキとこなすことは、一番重要だからだ…
だが、その先がない…
偏差値レベルが低いから、マネジメントができない…
ありていにいえば、部下に指示を下すことができない…
だから、ずっと入社以来、同じ立ち位置で、仕事を続けるしかない…
そういうことだ…
なにより、その人間がダメだったのは、ひとに好かれてなかったこと…
自分では、気付かなかったが、まるで、ひとに好かれてなかった…
だって、そうだろう…
偏差値40の工業高校を出て、オレは、優れている…
この会社で、出世すると、豪語していれば、苦笑して、誰も、まともに相手しない…
そういうことだ(笑)
そして、繰り返すが、その人間にとって、不幸だったのは、バブルだったので、その人間以下の人間もゴロゴロいたこと…
結果、その人間以下の人間は、バブルが弾け、会社をクビになった…
そして、その人間は、会社に残ったが、未来はない…
将来はない…
ただ、景気が良かったから、入社できたに過ぎない…
景気が悪くなれば、当然、その人間以上の偏差値レベルの高い人間が、入社する…
結果、その人間が出世できるはずもない…
なにより、その後、その会社は、高卒は採用しないことになったそうだ…
だから、下手をすれば、最後の高卒になっていたかもしれない…
ハッキリ言えば、自分が一番下…
その現実に耐えられるか、否か…
それが、すべてだろう…
話は、些か、脱線したが、要するに、ひとを評価する目は、誰でも、同じというか、似たようなものだと、感じていたが、違うものかもしれないと、私は、思った…
繰り返すが、私は、冬馬に魅力を感じなかった…
これっぽっちも魅力を感じなかった…
しかしながら、この佐藤ナナは、冬馬を守ってあげたくなるようなことを言った…
突っ張っているが、そのくせ、ガラス細工のように、繊細で、もろいと、言った…
だが、どうしても、私には、そうは、思えなかった…
これは、私が、間違っているのだろうか?
私の感覚が、おかしいのだろうか?
私は、悩んだ(苦笑)…
そして、その日を、境に、おおげさにいえば、運命が動き出した…
歯車が、回り始めた…
それが、わかったのが、冬馬…
菊池冬馬の復権だった…
週刊誌やネットに、菊池リンと、冬馬の婚約の記事が、載った…
これには、仰天したが、反面、さして、驚きもなかった…
今の菊池リンは、かつて、私が知っていた、菊池リンとは、違う…
また、なにより、あの佐藤ナナが、菊池冬馬が、魅力のある男だと言ったのが、大きかった…
私にとっては、これっぽっちも魅力もなかったが、冬馬に魅力を感じる女も、いるのだろう…
それは、ある意味、驚きだが、
…蓼食う虫も好き好き…
という言葉もある…
つまりは、人の好みは、千差万別…
美男美女ならば、必ずモテるわけではない…
これは、ある程度の年齢になれば、誰でも、わかるというか…
大抵の人間は、わかる(笑)…
もちろん、美男美女に生まれるのは、大きな武器だ…
誰もが、憧れる…
しかしながら、実際に付き合って、性格が悪かったり、話がまったく合わなかったりすれば、幻滅するというか…
ルックスは最高でも、中身がない場合も多々あると言うことだ(笑)…
話を戻そう…
だから、冬馬が、菊池リンと、婚約と聞いても、驚かなかった…
ただ、思ったのは、菊池リンの立ち位置だ…
菊池リンは、五井東家を継いだと聞いた…
五井東家は、元々、菊池重方(しげかた)、冬馬、父子の出身母体…
諏訪野伸明の母、昭子と、その妹、和子の出身母体でもある…
それを、追い出された菊池冬馬が、菊池リンと結婚すれば、冬馬が、五井家に復帰したことになる…
たとえていえば、王様の一族が、一族から追放されたが、一族の別の人間と結婚する形で、復権するようなものだ…
荒唐無稽というか…
普通ならば、あり得ない話だった…
妄想レベルで、あり得ない話だった…
が、実際に起こった…
これは、一体、どう説明すれば、いいのだろうか?
私は、悩んだ…
が、
そんなときに、諏訪野伸明が、見舞いに訪れた…
諏訪野伸明は、疲れ切っていた…
諏訪野伸明は、私を、見舞いという形をとっていたが、実際は、息抜きというか…
私に癒しを求めてやって来たのは、明らかだった…
要するに、愚痴を聞いてもらいたいのだ…
話し相手が欲しいのだ…
これでは、話があべこべだ…
入院患者が、見舞いに来た客を慰める…
そんな、思わず、笑ってしまう構図だった…
「…ほとほと、疲れたよ…」
私に会うなり、諏訪野伸明が、ぼやいた…
「…菊池リン…彼女が、冬馬と結婚したいと、言いだして、今、五井は、てんやわんやの大騒ぎだ…」
伸明が、苦笑する…
「…伸明さんも、大変ですね…」
私は、諏訪野伸明を慰めた…
伸明が、そうしてもらいたいのが、わかったからだ…
「…そう、大変です…」
苦笑いを浮かべながら、答える…
「…寿さんが、いてくれて、本当に良かった…」
「…どうして、ですか?…」
「…こうやって、愚痴をこぼせる…」
伸明が、即答した…
「…会社では、立場上、愚痴はこぼせない…なにしろ、五井家の当主だ…むやみに、周囲に愚痴をこぼしでもしたら、あの当主は、なんなんだと、尾ひれがついて、会社で、とんでもない噂が広がりでもしたら、目も当てられない…」
伸明がこぼす…
私は、苦笑した…
そして、同時に、この諏訪野伸明という人間を考えた…
たしか、以前、この伸明と初めて、デートしたときに、
「…自分は、不器用だ…」
というようなことを言っていた…
諏訪野伸明は、長身のイケメン…
おまけに、お金持ち…
絵に描いたように、恵まれた人生だ…
にもかかわらず、学生時代は、人間関係に悩まされたと、言っていた…
いわく、
自分が、身の回りのものを、ブランドで、固めれば、金持ちアピールが、鼻がつくと、言われ…
真逆に、安いクルマに乗れば、金持ちのくせに、わざと、金のないフリをしている…
と、嫌みを言われる…
つまりは、伸明が、なにをしようと、気に入らないのだ…
要するに、ある種のイジメ…
長身のイケメンで、お金持ち…
大げさにいえば、すべてを持って生まれたことが、周囲の反感を買う…
もちろん、伸明だって、お金持ちの集まる学校を出たに違いない…
そのお金持ちの中でも、飛びぬけて、お金持ちであったことは、想像に難くない…
しかも、イケメン…
いくら、お金持ちでも、イケメンや、美人は、少数に違いない…
これは、お金持ちの人間を身近に知らないものでも、想像がつく…
現に、世界の王族を見れば、イケメンも美人も滅多にいない…
つまり、そういうことだ(笑)…
要するに、伸明は、すべてを持って生まれたがゆえに、周囲の嫉妬を買った…
反感を買ったのだろう…
そして、問題は、伸明が、その洗練されたルックスには、ほど遠く、性格が不器用だということだ…
なぜなら、性格が、もっと器用に生まれれば、それほど、周囲の反感を買わないに違いない…
なにより、伸明と接して、性格の悪さを、微塵も感じない…
性格は、ルックス同様、生まれつきのもの…
そう簡単に変えられるものではない…
性格が悪い人間は、子供の頃から、悪い…
いや、
むしろ、子供の頃の性格が素を表している…
たとえば、3歳や5歳の子供は、自分が、どう周囲に見られるか、考えない…
その結果、自分の本能の赴くままに、行動する…
すると、性格が、もろにわかる(笑)…
もう少し、大人になれば、自分が、こういう行動をすれば、周囲にこう見られるから、やめておこう、とか、考えるが、まだ子供だから、それができないからだ…
つまりは、伸明は、不器用…
人間関係に、ことのほか、不器用に違いない…
だから、悩む…
五井家の当主として、苦悩する…
だから、そんな伸明に必要なのは、伸明をうまくサポートする女性…
もしかしたら、それが、私なのかもしれない…
ふと、思った…
伸明の母、昭子は、私にそれを期待したのかもしれない…
菊池リンでは、それが、できない…
菊池リンは、お子様…
ただのお子様だからだ…
が、
菊池リンは、ただのお子様かもしれないが、周囲を明るくする才能を持っていた…
その才能が、あれば、不器用な伸明を救うこともできるはずだ…
その才能は、私にはない…
伸明を癒すといえば、おおげさだが、話し相手になることは、私でもできるが、伸明を明るくすることは、私には、できない…
それを思えば、伸明の母、昭子は、菊池リンを、伸明の妻にしても、よいと思っても、おかしくはない…
が、
その明るさが、なくなっていた…
先日、会った菊池リンから、なくなっていた…
これは、一体、どうしたことだろう?
また、この明るさが、菊池リンの武器…
何事にも代えがたい、菊池リンの武器だった…
その明るさが、なくなれば、伸明と結婚する資格がないと、昭子は、思ったのかもしれない…
私は、目の前の諏訪野伸明を見ながら、そんなことを、考えた…
そして、それは、目の前の伸明ではなく、その背後にいる、伸明の母、昭子の目的を、考え続けることでもあった…
その中心人物が、菊池リンであることに、気付いた…
これは、まさか、だった…
まさか、菊池リンが、この騒動の中心人物であることは、予想だにしなかった…
いずれ、菊池リンが、出てくることは、わかっていた…
なぜ、わかっていたといえば、私が、ジュン君の運転するクルマにひかれて、この五井記念病院に、救急車で、運ばれたとき、事前に、菊池リンは、菊池冬馬に、五井記念病院で、受け入れるように、根回ししていた…
つまり、最初から、私を五井記念病人に入院させるべく、手配していた…
つまりは、彼女が、私を、この五井記念病院に入院させた主導者…
彼女=菊池リンこそが、私を、ジュン君の運転するクルマにはねられるように、仕向けた主導者だ…
ゆえに、いずれ、どこかのタイミングで、姿を現すことは、わかっていた…
ただ、このタイミングで、姿を現すとは、思ってもみなかった…
そういうことだ…
ただ、誰が、彼女の背後にいるのか?
確信が、持てなかった…
そして、なぜ、彼女が変貌したのかも、わからなかった…
以前の彼女は、諏訪野建造、昭子の指示で、私を監視していたにしろ、今回のようなキャラでは、なかった…
さっき、私に一言、
「…食えない女…」
と、吐き捨てるような言い方をするキャラではなかった…
あれでは、まるで、別人…
以前、見知った、菊池リンとは、まるで、別人だった…
一体、なにが、彼女にあったのだろう?
そう、考えざるを得なかった…
「…一体、なにが…彼女を変えたんだろ?…」
つい、私が、口に出すと、隣から、
「…男じゃないですか?…」
という声が聞こえた…
私は、その声の主を見た…
その声の主は、当たり前だが、隣で、ベンチに腰掛ける、佐藤ナナだった…
「…男?…」
私は、佐藤ナナの言葉を反芻した…
繰り返した…
「…だって、ほら、年頃の女のコが、一番変わるのが、男が出来たとき…それまで、お父さんや、お母さんの言うことを、守っていたコでも、男の言うことしか、聞かなくなっちゃう…両親のコントロールが効かなくなっちゃう…」
佐藤ナナが、あっけらかんと言った…
私は、驚いたが、さもありなん…
たしかに、一番、可能性が高い…
女は、初めて、男が出来たときが、大変…
親の言うことではなく、男の言うことを聞くようになる…
つまりは、親のコントロール下ではなく、男のコントロール下に置かれる…
そういうことだ…
私は、佐藤ナナの指摘に驚いた…
いや、
それ以前に、そんなことも考えもしない、自分に、苦笑した…
なぜなら、私には、そんな経験は、皆無…
なにもなかった(苦笑)…
すでに、高校時代に、藤原ナオキと会って、男女の関係になったが、藤原ナオキに引きずられることは、なかった…
これは、私が、しっかりしているのか?
それとも、元々、男に惑わせられない性格なのかは、わからない(苦笑)…
というか、私は、本質的に、人を好きになれない性格だったのかもしれない…
藤原ナオキと男女の関係になっても、引きずられることは、なかった…
普通の女ならば、ルックスが良く、才能もある、藤原ナオキに、溺れるところだった…
が、
私に、それはなかった…
藤原ナオキは、藤原ナオキ…
私は、私…
たとえ、男女の関係になろうと、しっかりと、距離は置いていた…
ある意味、しっかり者だが、これ以上、可愛げのない女も珍しいかもしれない…
好きになった男でも、しっかりと、距離は置く…
冷静に相手を評価する…
常に、自分が、今、どういう立ち位置にいるか、考える…
それが、私という女の基本だった…
自分でいうのも、おもはゆいが、元々、しっかり者だった、矢代綾子が、寿綾乃を名乗ることになった…
単純に言えば、入れ替わったわけだ…
ゆえに、それを知るものが、いては、困るので、慎重になる…
バレると困るので、慎重になる…
それが、元々、しっかり者だった矢代綾子に、さらに、輪をかけたというか…
常に、自分が、誰に、どう見られているか、考え、行動するようになった…
だから、男が出来ても、変わることがない…
変化することがない…
それゆえ、今、傍らの、佐藤ナナが、言ったように、
「…男ができたんじゃないですか?…」
という、ひどく当たり前の発想も、私には、まるでなかった…
言われてみれば、まさにその通りかもしれない…
しかし、私には、その発想がなかった…
これは、自分を、悔やむべきか?
自分を、笑うべきか?
わからない…
ただ、この佐藤ナナの発言を聞いて、つくづく自分は、普通ではないと、思った(笑)…
さんざ、若い頃から、藤原ナオキと、カラダを重ねたにも、かかわらず、男女の関係に疎い(笑)…
これでは、まるで、小学生かなにか?…
生まれたての、赤ん坊もいいところだ(笑)…
と、そこまで、考えたとき、
「…もしかしたら、冬馬理事長…」
と、佐藤ナナが言った…
「…冬馬理事長が、どうしたの?…」
「…菊池リンさんのお相手…冬馬理事長かもしれない…」
「…そんなバカな…」
私は、一笑に付した…
まさか、菊池冬馬にそんな魅力はない…
「…笑いましたね…」
佐藤ナナが、怒った…
「…冬馬理事長は、魅力がありましたよ…」
意外なことを、言った…
「…魅力? どこが、魅力があるの?…」
私は、佐藤ナナに聞いた…
聞きながらも、内心、吹き出しそうだった…
あの冬馬に、どんな魅力があるのだろうか?
「…背が高いところ? …顔は、悪くないわ…でも、あの険のある目じゃ…」
私は、追い打ちをかけた…
「…違いますよ…ルックスじゃ、ないですよ…」
「…ルックスじゃない? じゃ、なに?…」
「…精一杯、突っ張ってるところです…」
「…突っ張ってる? どういう意味?…」
「…あの冬馬理事長…なんだか、一生懸命、自分を、大きく見せようとしているんです…それが、見え見えというか…それでいて、強くない…なんか、ガラス細工のように、もろいというか…」
考えてもみない、発想だった…
あの冬馬を、どこをどう見ても、私には、そんな見方はできなかった…
「…だから、案外、あの冬馬理事長は、女にモテると思いますよ…」
「…どうして、モテるの?…」
「…だって、面倒を見たくなるじゃないですか?…」
佐藤ナナが、爆笑した…
「…なんていうか、それほど実力もないのに、精一杯、突っ張っちゃって…なんだが、可愛いじゃないですか?…」
「…可愛い?…」
私は、驚いた…
あの冬馬を見て、可愛いなんて、考えたこともなかった…
だが、ふと、思い出した…
諏訪野マミのことを、だ…
諏訪野マミは、以前、私は、結構、冬馬と仲がいいと、私に告白した…
私は、諏訪野マミが、五井一族から、浮いているから、同じように、浮いているに違いない冬馬と、仲がいいと、思ったが、違うのかもしれない…
私は、気付いた…
諏訪野マミは、冬馬の面倒を見て、あげたいと思ったのかもしれなかった…
この佐藤ナナが、言ったように、諏訪野マミもまた、冬馬を見たのかもしれなかった…
私とは、全然違う視点というか…
私自身は、冬馬を、そんなふうに見たことは、一度もなかった…
菊池冬馬は、ただ生意気で、気に入らない男だった…
私には、それが、冬馬の評価のすべてだった…
が、
諏訪野マミも、この佐藤ナナも、違う…
私とは、男の好みが、違うのだ…
どっちが、まともなんだろうか?
私は、思った…
私が、まともなのか?
諏訪野マミや、この佐藤ナナが、まともなのか?
どっちなのだろう?
真剣に悩んだ(笑)…
ただ、当たり前だが、同じ人間でも、見方が違う…
評価が、違う…
と、いうのが、あるんだな、と、漠然と思った…
評価というのは、普通、あまり変わらない…
誰でも、東大を出ていれば、頭が良く、偏差値40の工業高校を出ていれば、頭が悪いと思う…
そして、それは、大抵の場合、やっていることを、見ていれば、わかるものだ…
仕事や勉強を見るのではなく、ただ、誰かと、おしゃべりをしていれば、なんとなく、わかるものだ…
そして、もし、わからなければ、よほど、頭が悪い人間に違いない(笑)…
普通は、なんとなくわかるものだ…
ずっと以前、亡くなった母が言っていた…
工業高校出身で、企業に入り、オレは、出世する…
偉くなると、豪語する人間がいた…
当然、頭は、偏差値40レベル…
だが、使える…
仕事の飲み込みも早く、手が早く、仕事ができる…
だが、ただ、それだけ…
いわゆる、末端の仕事といえば、言葉が悪いが、ひとに命じられて、アレコレやれと言われれば、テキパキとこなすことができる…
だから、自分は、優秀だと、考える…
この会社で、出世できると、考える…
そして、問題なのは、周りを見る力がまるでないこと(笑)…
自分の立ち位置というか…
周囲に、大卒がいれば、どこの大学を出ているか?
同じ高卒であれば、どこの高校を出ているか?
いわゆる偏差値を気にするものだが、まるで、考えない(笑)…
いや、
考える必要を感じないのであろう…
自分の与えられた仕事を、早く、的確に、こなせば、優れていると、自画自賛している…
心の底から、信じている(笑)…
が、
普通の人間であれば、周囲は、東大とまでは、言わずとも、六大学レベルが、ゴロゴロいたり、同じ高卒でも、自分より、偏差値が上の高校を出ていたりするのを、目の当たりにすれば、なんとなく、自分の立ち位置が、わかるものだ…
あるいは、自分と同じ偏差値レベル出身の会社の先輩を見れば、その人間が、どういう立ち位置で、仕事をしているのか?
主任なのか?
課長なのか?
平社員のままか?
それを見て、漠然と、自分の将来の姿を、重ねて見るものだが、それができない…
結果、当たり前だが、その人間は、入社以来、ずっと、同じ立ち位置で、仕事を続けたと、風の噂に、母は、聞いたそうだ…
つまりは、
「…○○さんは、手が早いから、これを頼むね…」
と、言われ、実践する…
その立ち位置が、入社以来、十年経っても、十五年経っても、変わらないということだ…
当たり前だが、その人間の後に入った後輩は、皆、その人間を追い抜いてゆく…
本人にとっては、想定外の事態だが、周囲の人間は、誰も驚かない…
納得の結果だ(笑)…
ただ、その人間をひとつ、擁護するとすれば、当時は、バブルで、その人間以下の人間も明らかにいたこと…
それゆえ、天狗になった…
周囲を見ても、自分が、劣っているとは、これっぽっちも思わなかったに違いない…
自分と似たような人間は、いっぱいいた…
そう言うに違いない…
しかしながら、その少し上の世代を見れば、明らかに、自分たちの入社した年次の人間は、皆、劣っていた…
出身大学を見れば、一目瞭然で、大学の偏差値レベルが、まるで、違っていた…
その現実に、まるで、気付かなかった…
気付く能力がなかった…
そして、そんなことに、気付かない人間が、会社で、出世できるはずがない…
いや、
会社だけではない…
たとえば、芸能界のような世界でも、無理…
なぜなら、今、自分の周囲で、なにが、起こっているか、まったく見えてないからだ…
なにが、起きているか、まるでわからないから、与えられた仕事を、忠実にこなせば、いいとだけ、考える…
それは、それで、間違ってはいない…
与えられた仕事をテキパキとこなすことは、一番重要だからだ…
だが、その先がない…
偏差値レベルが低いから、マネジメントができない…
ありていにいえば、部下に指示を下すことができない…
だから、ずっと入社以来、同じ立ち位置で、仕事を続けるしかない…
そういうことだ…
なにより、その人間がダメだったのは、ひとに好かれてなかったこと…
自分では、気付かなかったが、まるで、ひとに好かれてなかった…
だって、そうだろう…
偏差値40の工業高校を出て、オレは、優れている…
この会社で、出世すると、豪語していれば、苦笑して、誰も、まともに相手しない…
そういうことだ(笑)
そして、繰り返すが、その人間にとって、不幸だったのは、バブルだったので、その人間以下の人間もゴロゴロいたこと…
結果、その人間以下の人間は、バブルが弾け、会社をクビになった…
そして、その人間は、会社に残ったが、未来はない…
将来はない…
ただ、景気が良かったから、入社できたに過ぎない…
景気が悪くなれば、当然、その人間以上の偏差値レベルの高い人間が、入社する…
結果、その人間が出世できるはずもない…
なにより、その後、その会社は、高卒は採用しないことになったそうだ…
だから、下手をすれば、最後の高卒になっていたかもしれない…
ハッキリ言えば、自分が一番下…
その現実に耐えられるか、否か…
それが、すべてだろう…
話は、些か、脱線したが、要するに、ひとを評価する目は、誰でも、同じというか、似たようなものだと、感じていたが、違うものかもしれないと、私は、思った…
繰り返すが、私は、冬馬に魅力を感じなかった…
これっぽっちも魅力を感じなかった…
しかしながら、この佐藤ナナは、冬馬を守ってあげたくなるようなことを言った…
突っ張っているが、そのくせ、ガラス細工のように、繊細で、もろいと、言った…
だが、どうしても、私には、そうは、思えなかった…
これは、私が、間違っているのだろうか?
私の感覚が、おかしいのだろうか?
私は、悩んだ(苦笑)…
そして、その日を、境に、おおげさにいえば、運命が動き出した…
歯車が、回り始めた…
それが、わかったのが、冬馬…
菊池冬馬の復権だった…
週刊誌やネットに、菊池リンと、冬馬の婚約の記事が、載った…
これには、仰天したが、反面、さして、驚きもなかった…
今の菊池リンは、かつて、私が知っていた、菊池リンとは、違う…
また、なにより、あの佐藤ナナが、菊池冬馬が、魅力のある男だと言ったのが、大きかった…
私にとっては、これっぽっちも魅力もなかったが、冬馬に魅力を感じる女も、いるのだろう…
それは、ある意味、驚きだが、
…蓼食う虫も好き好き…
という言葉もある…
つまりは、人の好みは、千差万別…
美男美女ならば、必ずモテるわけではない…
これは、ある程度の年齢になれば、誰でも、わかるというか…
大抵の人間は、わかる(笑)…
もちろん、美男美女に生まれるのは、大きな武器だ…
誰もが、憧れる…
しかしながら、実際に付き合って、性格が悪かったり、話がまったく合わなかったりすれば、幻滅するというか…
ルックスは最高でも、中身がない場合も多々あると言うことだ(笑)…
話を戻そう…
だから、冬馬が、菊池リンと、婚約と聞いても、驚かなかった…
ただ、思ったのは、菊池リンの立ち位置だ…
菊池リンは、五井東家を継いだと聞いた…
五井東家は、元々、菊池重方(しげかた)、冬馬、父子の出身母体…
諏訪野伸明の母、昭子と、その妹、和子の出身母体でもある…
それを、追い出された菊池冬馬が、菊池リンと結婚すれば、冬馬が、五井家に復帰したことになる…
たとえていえば、王様の一族が、一族から追放されたが、一族の別の人間と結婚する形で、復権するようなものだ…
荒唐無稽というか…
普通ならば、あり得ない話だった…
妄想レベルで、あり得ない話だった…
が、実際に起こった…
これは、一体、どう説明すれば、いいのだろうか?
私は、悩んだ…
が、
そんなときに、諏訪野伸明が、見舞いに訪れた…
諏訪野伸明は、疲れ切っていた…
諏訪野伸明は、私を、見舞いという形をとっていたが、実際は、息抜きというか…
私に癒しを求めてやって来たのは、明らかだった…
要するに、愚痴を聞いてもらいたいのだ…
話し相手が欲しいのだ…
これでは、話があべこべだ…
入院患者が、見舞いに来た客を慰める…
そんな、思わず、笑ってしまう構図だった…
「…ほとほと、疲れたよ…」
私に会うなり、諏訪野伸明が、ぼやいた…
「…菊池リン…彼女が、冬馬と結婚したいと、言いだして、今、五井は、てんやわんやの大騒ぎだ…」
伸明が、苦笑する…
「…伸明さんも、大変ですね…」
私は、諏訪野伸明を慰めた…
伸明が、そうしてもらいたいのが、わかったからだ…
「…そう、大変です…」
苦笑いを浮かべながら、答える…
「…寿さんが、いてくれて、本当に良かった…」
「…どうして、ですか?…」
「…こうやって、愚痴をこぼせる…」
伸明が、即答した…
「…会社では、立場上、愚痴はこぼせない…なにしろ、五井家の当主だ…むやみに、周囲に愚痴をこぼしでもしたら、あの当主は、なんなんだと、尾ひれがついて、会社で、とんでもない噂が広がりでもしたら、目も当てられない…」
伸明がこぼす…
私は、苦笑した…
そして、同時に、この諏訪野伸明という人間を考えた…
たしか、以前、この伸明と初めて、デートしたときに、
「…自分は、不器用だ…」
というようなことを言っていた…
諏訪野伸明は、長身のイケメン…
おまけに、お金持ち…
絵に描いたように、恵まれた人生だ…
にもかかわらず、学生時代は、人間関係に悩まされたと、言っていた…
いわく、
自分が、身の回りのものを、ブランドで、固めれば、金持ちアピールが、鼻がつくと、言われ…
真逆に、安いクルマに乗れば、金持ちのくせに、わざと、金のないフリをしている…
と、嫌みを言われる…
つまりは、伸明が、なにをしようと、気に入らないのだ…
要するに、ある種のイジメ…
長身のイケメンで、お金持ち…
大げさにいえば、すべてを持って生まれたことが、周囲の反感を買う…
もちろん、伸明だって、お金持ちの集まる学校を出たに違いない…
そのお金持ちの中でも、飛びぬけて、お金持ちであったことは、想像に難くない…
しかも、イケメン…
いくら、お金持ちでも、イケメンや、美人は、少数に違いない…
これは、お金持ちの人間を身近に知らないものでも、想像がつく…
現に、世界の王族を見れば、イケメンも美人も滅多にいない…
つまり、そういうことだ(笑)…
要するに、伸明は、すべてを持って生まれたがゆえに、周囲の嫉妬を買った…
反感を買ったのだろう…
そして、問題は、伸明が、その洗練されたルックスには、ほど遠く、性格が不器用だということだ…
なぜなら、性格が、もっと器用に生まれれば、それほど、周囲の反感を買わないに違いない…
なにより、伸明と接して、性格の悪さを、微塵も感じない…
性格は、ルックス同様、生まれつきのもの…
そう簡単に変えられるものではない…
性格が悪い人間は、子供の頃から、悪い…
いや、
むしろ、子供の頃の性格が素を表している…
たとえば、3歳や5歳の子供は、自分が、どう周囲に見られるか、考えない…
その結果、自分の本能の赴くままに、行動する…
すると、性格が、もろにわかる(笑)…
もう少し、大人になれば、自分が、こういう行動をすれば、周囲にこう見られるから、やめておこう、とか、考えるが、まだ子供だから、それができないからだ…
つまりは、伸明は、不器用…
人間関係に、ことのほか、不器用に違いない…
だから、悩む…
五井家の当主として、苦悩する…
だから、そんな伸明に必要なのは、伸明をうまくサポートする女性…
もしかしたら、それが、私なのかもしれない…
ふと、思った…
伸明の母、昭子は、私にそれを期待したのかもしれない…
菊池リンでは、それが、できない…
菊池リンは、お子様…
ただのお子様だからだ…
が、
菊池リンは、ただのお子様かもしれないが、周囲を明るくする才能を持っていた…
その才能が、あれば、不器用な伸明を救うこともできるはずだ…
その才能は、私にはない…
伸明を癒すといえば、おおげさだが、話し相手になることは、私でもできるが、伸明を明るくすることは、私には、できない…
それを思えば、伸明の母、昭子は、菊池リンを、伸明の妻にしても、よいと思っても、おかしくはない…
が、
その明るさが、なくなっていた…
先日、会った菊池リンから、なくなっていた…
これは、一体、どうしたことだろう?
また、この明るさが、菊池リンの武器…
何事にも代えがたい、菊池リンの武器だった…
その明るさが、なくなれば、伸明と結婚する資格がないと、昭子は、思ったのかもしれない…
私は、目の前の諏訪野伸明を見ながら、そんなことを、考えた…
そして、それは、目の前の伸明ではなく、その背後にいる、伸明の母、昭子の目的を、考え続けることでもあった…