第33話

文字数 8,431文字

 五井家の騒動…

 その中心人物が、菊池リンであることに、気付いた…

 これは、まさか、だった…

 まさか、菊池リンが、この騒動の中心人物であることは、予想だにしなかった…

 いずれ、菊池リンが、出てくることは、わかっていた…

 なぜ、わかっていたといえば、私が、ジュン君の運転するクルマにひかれて、この五井記念病院に、救急車で、運ばれたとき、事前に、菊池リンは、菊池冬馬に、五井記念病院で、受け入れるように、根回ししていた…

 つまり、最初から、私を五井記念病人に入院させるべく、手配していた…

 つまりは、彼女が、私を、この五井記念病院に入院させた主導者…

 彼女=菊池リンこそが、私を、ジュン君の運転するクルマにはねられるように、仕向けた主導者だ…

 ゆえに、いずれ、どこかのタイミングで、姿を現すことは、わかっていた…

 ただ、このタイミングで、姿を現すとは、思ってもみなかった…

 そういうことだ…

 ただ、誰が、彼女の背後にいるのか?

 確信が、持てなかった…

 そして、なぜ、彼女が変貌したのかも、わからなかった…

 以前の彼女は、諏訪野建造、昭子の指示で、私を監視していたにしろ、今回のようなキャラでは、なかった…

 さっき、私に一言、

 「…食えない女…」

 と、吐き捨てるような言い方をするキャラではなかった…

 あれでは、まるで、別人…

 以前、見知った、菊池リンとは、まるで、別人だった…

 一体、なにが、彼女にあったのだろう?

 そう、考えざるを得なかった…

 「…一体、なにが…彼女を変えたんだろ?…」

 つい、私が、口に出すと、隣から、

 「…男じゃないですか?…」

 という声が聞こえた…

 私は、その声の主を見た…

 その声の主は、当たり前だが、隣で、ベンチに腰掛ける、佐藤ナナだった…

 「…男?…」

 私は、佐藤ナナの言葉を反芻した…

 繰り返した…

 「…だって、ほら、年頃の女のコが、一番変わるのが、男が出来たとき…それまで、お父さんや、お母さんの言うことを、守っていたコでも、男の言うことしか、聞かなくなっちゃう…両親のコントロールが効かなくなっちゃう…」

 佐藤ナナが、あっけらかんと言った…

 私は、驚いたが、さもありなん…

 たしかに、一番、可能性が高い…

 女は、初めて、男が出来たときが、大変…

 親の言うことではなく、男の言うことを聞くようになる…

 つまりは、親のコントロール下ではなく、男のコントロール下に置かれる…

 そういうことだ…

 私は、佐藤ナナの指摘に驚いた…

 いや、

 それ以前に、そんなことも考えもしない、自分に、苦笑した…

 なぜなら、私には、そんな経験は、皆無…

 なにもなかった(苦笑)…

 すでに、高校時代に、藤原ナオキと会って、男女の関係になったが、藤原ナオキに引きずられることは、なかった…

 これは、私が、しっかりしているのか?

 それとも、元々、男に惑わせられない性格なのかは、わからない(苦笑)…

 というか、私は、本質的に、人を好きになれない性格だったのかもしれない…

 藤原ナオキと男女の関係になっても、引きずられることは、なかった…

 普通の女ならば、ルックスが良く、才能もある、藤原ナオキに、溺れるところだった…

 が、

 私に、それはなかった…

 藤原ナオキは、藤原ナオキ…

 私は、私…
 
 たとえ、男女の関係になろうと、しっかりと、距離は置いていた…

 ある意味、しっかり者だが、これ以上、可愛げのない女も珍しいかもしれない…

 好きになった男でも、しっかりと、距離は置く…

 冷静に相手を評価する…

 常に、自分が、今、どういう立ち位置にいるか、考える…

 それが、私という女の基本だった…

 自分でいうのも、おもはゆいが、元々、しっかり者だった、矢代綾子が、寿綾乃を名乗ることになった…

 単純に言えば、入れ替わったわけだ…

 ゆえに、それを知るものが、いては、困るので、慎重になる…

 バレると困るので、慎重になる…

 それが、元々、しっかり者だった矢代綾子に、さらに、輪をかけたというか…

 常に、自分が、誰に、どう見られているか、考え、行動するようになった…

 だから、男が出来ても、変わることがない…

 変化することがない…

 それゆえ、今、傍らの、佐藤ナナが、言ったように、

 「…男ができたんじゃないですか?…」

 という、ひどく当たり前の発想も、私には、まるでなかった…

 言われてみれば、まさにその通りかもしれない…

 しかし、私には、その発想がなかった…

 これは、自分を、悔やむべきか?

 自分を、笑うべきか?

 わからない…

 ただ、この佐藤ナナの発言を聞いて、つくづく自分は、普通ではないと、思った(笑)…

 さんざ、若い頃から、藤原ナオキと、カラダを重ねたにも、かかわらず、男女の関係に疎い(笑)…

 これでは、まるで、小学生かなにか?…

 生まれたての、赤ん坊もいいところだ(笑)…

 と、そこまで、考えたとき、

 「…もしかしたら、冬馬理事長…」

 と、佐藤ナナが言った…

 「…冬馬理事長が、どうしたの?…」

 「…菊池リンさんのお相手…冬馬理事長かもしれない…」

 「…そんなバカな…」

 私は、一笑に付した…

 まさか、菊池冬馬にそんな魅力はない…

 「…笑いましたね…」

 佐藤ナナが、怒った…

 「…冬馬理事長は、魅力がありましたよ…」

 意外なことを、言った…

 「…魅力? どこが、魅力があるの?…」

 私は、佐藤ナナに聞いた…

 聞きながらも、内心、吹き出しそうだった…

 あの冬馬に、どんな魅力があるのだろうか?

 「…背が高いところ? …顔は、悪くないわ…でも、あの険のある目じゃ…」

 私は、追い打ちをかけた…

 「…違いますよ…ルックスじゃ、ないですよ…」

 「…ルックスじゃない? じゃ、なに?…」

 「…精一杯、突っ張ってるところです…」

 「…突っ張ってる? どういう意味?…」

 「…あの冬馬理事長…なんだか、一生懸命、自分を、大きく見せようとしているんです…それが、見え見えというか…それでいて、強くない…なんか、ガラス細工のように、もろいというか…」

 考えてもみない、発想だった…

 あの冬馬を、どこをどう見ても、私には、そんな見方はできなかった…

 「…だから、案外、あの冬馬理事長は、女にモテると思いますよ…」

 「…どうして、モテるの?…」

 「…だって、面倒を見たくなるじゃないですか?…」

 佐藤ナナが、爆笑した…

 「…なんていうか、それほど実力もないのに、精一杯、突っ張っちゃって…なんだが、可愛いじゃないですか?…」

 「…可愛い?…」

 私は、驚いた…

 あの冬馬を見て、可愛いなんて、考えたこともなかった…

 だが、ふと、思い出した…

 諏訪野マミのことを、だ…

 諏訪野マミは、以前、私は、結構、冬馬と仲がいいと、私に告白した…

 私は、諏訪野マミが、五井一族から、浮いているから、同じように、浮いているに違いない冬馬と、仲がいいと、思ったが、違うのかもしれない…

 私は、気付いた…

 諏訪野マミは、冬馬の面倒を見て、あげたいと思ったのかもしれなかった…

 この佐藤ナナが、言ったように、諏訪野マミもまた、冬馬を見たのかもしれなかった…

 私とは、全然違う視点というか…

 私自身は、冬馬を、そんなふうに見たことは、一度もなかった…

 菊池冬馬は、ただ生意気で、気に入らない男だった…

 私には、それが、冬馬の評価のすべてだった…

 が、

 諏訪野マミも、この佐藤ナナも、違う…

 私とは、男の好みが、違うのだ…

 どっちが、まともなんだろうか?

 私は、思った…

 私が、まともなのか?

 諏訪野マミや、この佐藤ナナが、まともなのか?

 どっちなのだろう?

 真剣に悩んだ(笑)…

 ただ、当たり前だが、同じ人間でも、見方が違う…

 評価が、違う…

 と、いうのが、あるんだな、と、漠然と思った…

 評価というのは、普通、あまり変わらない…

 誰でも、東大を出ていれば、頭が良く、偏差値40の工業高校を出ていれば、頭が悪いと思う…

 そして、それは、大抵の場合、やっていることを、見ていれば、わかるものだ…

 仕事や勉強を見るのではなく、ただ、誰かと、おしゃべりをしていれば、なんとなく、わかるものだ…

 そして、もし、わからなければ、よほど、頭が悪い人間に違いない(笑)…

 普通は、なんとなくわかるものだ…

 ずっと以前、亡くなった母が言っていた…

 工業高校出身で、企業に入り、オレは、出世する…

 偉くなると、豪語する人間がいた…

 当然、頭は、偏差値40レベル…

 だが、使える…

 仕事の飲み込みも早く、手が早く、仕事ができる…

 だが、ただ、それだけ…

 いわゆる、末端の仕事といえば、言葉が悪いが、ひとに命じられて、アレコレやれと言われれば、テキパキとこなすことができる…

 だから、自分は、優秀だと、考える…

 この会社で、出世できると、考える…

 そして、問題なのは、周りを見る力がまるでないこと(笑)…

 自分の立ち位置というか…

 周囲に、大卒がいれば、どこの大学を出ているか?

 同じ高卒であれば、どこの高校を出ているか?

 いわゆる偏差値を気にするものだが、まるで、考えない(笑)…

 いや、

 考える必要を感じないのであろう…

 自分の与えられた仕事を、早く、的確に、こなせば、優れていると、自画自賛している…

 心の底から、信じている(笑)…

 が、

 普通の人間であれば、周囲は、東大とまでは、言わずとも、六大学レベルが、ゴロゴロいたり、同じ高卒でも、自分より、偏差値が上の高校を出ていたりするのを、目の当たりにすれば、なんとなく、自分の立ち位置が、わかるものだ…

 あるいは、自分と同じ偏差値レベル出身の会社の先輩を見れば、その人間が、どういう立ち位置で、仕事をしているのか?

 主任なのか?

 課長なのか?

 平社員のままか?

 それを見て、漠然と、自分の将来の姿を、重ねて見るものだが、それができない…

 結果、当たり前だが、その人間は、入社以来、ずっと、同じ立ち位置で、仕事を続けたと、風の噂に、母は、聞いたそうだ…

 つまりは、

 「…○○さんは、手が早いから、これを頼むね…」

 と、言われ、実践する…

 その立ち位置が、入社以来、十年経っても、十五年経っても、変わらないということだ…

 当たり前だが、その人間の後に入った後輩は、皆、その人間を追い抜いてゆく…

 本人にとっては、想定外の事態だが、周囲の人間は、誰も驚かない…

 納得の結果だ(笑)…

 ただ、その人間をひとつ、擁護するとすれば、当時は、バブルで、その人間以下の人間も明らかにいたこと…

 それゆえ、天狗になった…

 周囲を見ても、自分が、劣っているとは、これっぽっちも思わなかったに違いない…

 自分と似たような人間は、いっぱいいた…

 そう言うに違いない…

 しかしながら、その少し上の世代を見れば、明らかに、自分たちの入社した年次の人間は、皆、劣っていた…

 出身大学を見れば、一目瞭然で、大学の偏差値レベルが、まるで、違っていた…

 その現実に、まるで、気付かなかった…

 気付く能力がなかった…

 そして、そんなことに、気付かない人間が、会社で、出世できるはずがない…

 いや、

 会社だけではない…

 たとえば、芸能界のような世界でも、無理…

 なぜなら、今、自分の周囲で、なにが、起こっているか、まったく見えてないからだ…

 なにが、起きているか、まるでわからないから、与えられた仕事を、忠実にこなせば、いいとだけ、考える…

 それは、それで、間違ってはいない…

 与えられた仕事をテキパキとこなすことは、一番重要だからだ…

 だが、その先がない…

 偏差値レベルが低いから、マネジメントができない…

 ありていにいえば、部下に指示を下すことができない…

 だから、ずっと入社以来、同じ立ち位置で、仕事を続けるしかない…

 そういうことだ…

 なにより、その人間がダメだったのは、ひとに好かれてなかったこと…

 自分では、気付かなかったが、まるで、ひとに好かれてなかった…

 だって、そうだろう…

 偏差値40の工業高校を出て、オレは、優れている…

 この会社で、出世すると、豪語していれば、苦笑して、誰も、まともに相手しない…

 そういうことだ(笑)

 そして、繰り返すが、その人間にとって、不幸だったのは、バブルだったので、その人間以下の人間もゴロゴロいたこと…

 結果、その人間以下の人間は、バブルが弾け、会社をクビになった…

 そして、その人間は、会社に残ったが、未来はない…

 将来はない…

 ただ、景気が良かったから、入社できたに過ぎない…

 景気が悪くなれば、当然、その人間以上の偏差値レベルの高い人間が、入社する…

 結果、その人間が出世できるはずもない…

 なにより、その後、その会社は、高卒は採用しないことになったそうだ…

 だから、下手をすれば、最後の高卒になっていたかもしれない…

 ハッキリ言えば、自分が一番下…

 その現実に耐えられるか、否か…

 それが、すべてだろう…

 話は、些か、脱線したが、要するに、ひとを評価する目は、誰でも、同じというか、似たようなものだと、感じていたが、違うものかもしれないと、私は、思った…

 繰り返すが、私は、冬馬に魅力を感じなかった…

 これっぽっちも魅力を感じなかった…

 しかしながら、この佐藤ナナは、冬馬を守ってあげたくなるようなことを言った…

 突っ張っているが、そのくせ、ガラス細工のように、繊細で、もろいと、言った…

 だが、どうしても、私には、そうは、思えなかった…

 これは、私が、間違っているのだろうか?

 私の感覚が、おかしいのだろうか?

 私は、悩んだ(苦笑)…

 
 そして、その日を、境に、おおげさにいえば、運命が動き出した…

 歯車が、回り始めた…

 それが、わかったのが、冬馬…

 菊池冬馬の復権だった…

 週刊誌やネットに、菊池リンと、冬馬の婚約の記事が、載った…

 これには、仰天したが、反面、さして、驚きもなかった…

 今の菊池リンは、かつて、私が知っていた、菊池リンとは、違う…

 また、なにより、あの佐藤ナナが、菊池冬馬が、魅力のある男だと言ったのが、大きかった…

 私にとっては、これっぽっちも魅力もなかったが、冬馬に魅力を感じる女も、いるのだろう…

 それは、ある意味、驚きだが、

 …蓼食う虫も好き好き…

 という言葉もある…

 つまりは、人の好みは、千差万別…

 美男美女ならば、必ずモテるわけではない…

 これは、ある程度の年齢になれば、誰でも、わかるというか…

 大抵の人間は、わかる(笑)…

 もちろん、美男美女に生まれるのは、大きな武器だ…

 誰もが、憧れる…

 しかしながら、実際に付き合って、性格が悪かったり、話がまったく合わなかったりすれば、幻滅するというか…

 ルックスは最高でも、中身がない場合も多々あると言うことだ(笑)…

 話を戻そう…

 だから、冬馬が、菊池リンと、婚約と聞いても、驚かなかった…

 ただ、思ったのは、菊池リンの立ち位置だ…

 菊池リンは、五井東家を継いだと聞いた…

 五井東家は、元々、菊池重方(しげかた)、冬馬、父子の出身母体…

 諏訪野伸明の母、昭子と、その妹、和子の出身母体でもある…

 それを、追い出された菊池冬馬が、菊池リンと結婚すれば、冬馬が、五井家に復帰したことになる…

 たとえていえば、王様の一族が、一族から追放されたが、一族の別の人間と結婚する形で、復権するようなものだ…

 荒唐無稽というか…

 普通ならば、あり得ない話だった…

 妄想レベルで、あり得ない話だった…

 が、実際に起こった…

 これは、一体、どう説明すれば、いいのだろうか?

 私は、悩んだ…

 が、

 そんなときに、諏訪野伸明が、見舞いに訪れた…

 諏訪野伸明は、疲れ切っていた…

 諏訪野伸明は、私を、見舞いという形をとっていたが、実際は、息抜きというか…

 私に癒しを求めてやって来たのは、明らかだった…

 要するに、愚痴を聞いてもらいたいのだ…

 話し相手が欲しいのだ…

 これでは、話があべこべだ…

 入院患者が、見舞いに来た客を慰める…

 そんな、思わず、笑ってしまう構図だった…

 「…ほとほと、疲れたよ…」

 私に会うなり、諏訪野伸明が、ぼやいた…

 「…菊池リン…彼女が、冬馬と結婚したいと、言いだして、今、五井は、てんやわんやの大騒ぎだ…」

 伸明が、苦笑する…

 「…伸明さんも、大変ですね…」

 私は、諏訪野伸明を慰めた…

 伸明が、そうしてもらいたいのが、わかったからだ…

 「…そう、大変です…」

 苦笑いを浮かべながら、答える…

 「…寿さんが、いてくれて、本当に良かった…」

 「…どうして、ですか?…」

 「…こうやって、愚痴をこぼせる…」

 伸明が、即答した…

 「…会社では、立場上、愚痴はこぼせない…なにしろ、五井家の当主だ…むやみに、周囲に愚痴をこぼしでもしたら、あの当主は、なんなんだと、尾ひれがついて、会社で、とんでもない噂が広がりでもしたら、目も当てられない…」

 伸明がこぼす…

 私は、苦笑した…

 そして、同時に、この諏訪野伸明という人間を考えた…

 たしか、以前、この伸明と初めて、デートしたときに、

 「…自分は、不器用だ…」

 というようなことを言っていた…

 諏訪野伸明は、長身のイケメン…

 おまけに、お金持ち…

 絵に描いたように、恵まれた人生だ…

 にもかかわらず、学生時代は、人間関係に悩まされたと、言っていた…

 いわく、

 自分が、身の回りのものを、ブランドで、固めれば、金持ちアピールが、鼻がつくと、言われ…

 真逆に、安いクルマに乗れば、金持ちのくせに、わざと、金のないフリをしている…

 と、嫌みを言われる…

 つまりは、伸明が、なにをしようと、気に入らないのだ…

 要するに、ある種のイジメ…

 長身のイケメンで、お金持ち…

 大げさにいえば、すべてを持って生まれたことが、周囲の反感を買う…

 もちろん、伸明だって、お金持ちの集まる学校を出たに違いない…

 そのお金持ちの中でも、飛びぬけて、お金持ちであったことは、想像に難くない…

 しかも、イケメン…

 いくら、お金持ちでも、イケメンや、美人は、少数に違いない…

 これは、お金持ちの人間を身近に知らないものでも、想像がつく…

 現に、世界の王族を見れば、イケメンも美人も滅多にいない…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 要するに、伸明は、すべてを持って生まれたがゆえに、周囲の嫉妬を買った…

 反感を買ったのだろう…

 そして、問題は、伸明が、その洗練されたルックスには、ほど遠く、性格が不器用だということだ…

 なぜなら、性格が、もっと器用に生まれれば、それほど、周囲の反感を買わないに違いない…

 なにより、伸明と接して、性格の悪さを、微塵も感じない…

 性格は、ルックス同様、生まれつきのもの…

 そう簡単に変えられるものではない…

 性格が悪い人間は、子供の頃から、悪い…

 いや、

 むしろ、子供の頃の性格が素を表している…

 たとえば、3歳や5歳の子供は、自分が、どう周囲に見られるか、考えない…

 その結果、自分の本能の赴くままに、行動する…

 すると、性格が、もろにわかる(笑)…

 もう少し、大人になれば、自分が、こういう行動をすれば、周囲にこう見られるから、やめておこう、とか、考えるが、まだ子供だから、それができないからだ…

 つまりは、伸明は、不器用…

 人間関係に、ことのほか、不器用に違いない…

 だから、悩む…

 五井家の当主として、苦悩する…

 だから、そんな伸明に必要なのは、伸明をうまくサポートする女性…

 もしかしたら、それが、私なのかもしれない…

 ふと、思った…

 伸明の母、昭子は、私にそれを期待したのかもしれない…

 菊池リンでは、それが、できない…

 菊池リンは、お子様…

 ただのお子様だからだ…

 が、

 菊池リンは、ただのお子様かもしれないが、周囲を明るくする才能を持っていた…

 その才能が、あれば、不器用な伸明を救うこともできるはずだ…

 その才能は、私にはない…

 伸明を癒すといえば、おおげさだが、話し相手になることは、私でもできるが、伸明を明るくすることは、私には、できない…

 それを思えば、伸明の母、昭子は、菊池リンを、伸明の妻にしても、よいと思っても、おかしくはない…

 が、

 その明るさが、なくなっていた…

 先日、会った菊池リンから、なくなっていた…

 これは、一体、どうしたことだろう?

 また、この明るさが、菊池リンの武器…

 何事にも代えがたい、菊池リンの武器だった…

 その明るさが、なくなれば、伸明と結婚する資格がないと、昭子は、思ったのかもしれない…

 私は、目の前の諏訪野伸明を見ながら、そんなことを、考えた…

 そして、それは、目の前の伸明ではなく、その背後にいる、伸明の母、昭子の目的を、考え続けることでもあった…

                 
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