第38話
文字数 7,789文字
私は、大きくため息をついた…
…つくづく、自分は運がない(苦笑)…
矢代綾子が、寿綾乃を名乗り、生きてきた…
それから、ずっと、戦いの日々だった…
結果的に、ユリコから、藤原ナオキを奪った形で、ナオキとその息子、ジュン君の面倒を見てきた…
が、
女好きのナオキは、あっちの女、こっちの女と、女の間を行ったり来たりで、ナオキは、家を出て、いつのまにか、別の家を持つことになった…
それからは、ずっと、ジュン君と二人きりの生活…
そして、今、32歳になった…
もはや、結婚もない(笑)…
諏訪野伸明との結婚を、今も菊池冬馬が、言っていたが、自分としては、半信半疑…
いや、
半信半疑どころか、信じられないというか…
信じていない(笑)…
以前は、結婚も、妊娠も、真剣に考えたことは、あったが、ユリコとのゴタゴタを経て、そんな気持ちは、毛頭なくなった(笑)…
一体、この先、私は、どうなるのだろう?
漠然と、そんなことを、考えた…
いや、
そんなことを、考えながら、どうせ、もう何年も生きられないだろうと、思った…
癌は完治できない…
癌といっしょになって、生きてゆくしかない…
そんな、私が、未来を考えることが、あらためて、バカバカしくなった…
あと何年、生きれるか、わからない女が、結婚も、妊娠も、深刻に考えることではない…
そう考えると、深刻に考える自分自身を笑えたというか…
なるようになれ、という気分になった…
ある意味、ヤケクソ気味だった(笑)…
が、
それが、悪いといっているわけではない…
世の中、いくら考えたところで、どうにも、ならないことが、多々ある…
いや、
世の中、自分の力で、どうにか、なることの方が、少ないだろう…
結局、それが、私の気付いた、結論だった…
それから、二週間後に、念願の退院の日がやって来た…
長谷川センセイや、佐藤ナナが、病院の玄関口まで、見送りに来てくれた…
私は、藤原ナオキが、運転するBMWに、迎えられて、病院を退院した…
「…ありがとうございました…」
私は、丁寧に、二人に頭を下げた…
「…寂しくなりますね…」
長谷川センセイが、しみじみと、言った…
「…センセイは、寿さんが、好きだったから、ガッカリですね…」
佐藤ナナが、長谷川センセイをからかう…
が、
長谷川センセイは、
「…」
と、なにも言わなかった…
やはり、それは、隣に、藤原ナオキが、いたせいかもしれない…
「…綾乃さんのことを、アレコレ、面倒を見てくれて、ありがとうございました…」
ナオキが、深々と、長谷川センセイと、佐藤ナナに頭を下げた…
「…とんでも、ありません…」
長谷川センセイが、恐縮する…
「…これから、どうされる、おつもりですか?…」
長谷川センセイが、私に聞いた…
「…とりあえず、自宅に戻って、静養します…それで、今日は、社長に迎えにきてもらって…」
すでに、長谷川センセイも、藤原ナオキのことは、知っている様子だった…
おそらく、佐藤ナナが、教えたのだろう…
「…諏訪野さんのことは…」
遠慮がちに、長谷川センセイが、訊いた…
遠慮がちなのは、本当は、自分が訊くことではないと、わかっているからだろう…
長谷川センセイは、私の友人でもなんでもない…
ただの医者…
私が、入院した病院の担当医に過ぎない…
「…いえ、出過ぎたことかもしれませんが、冬馬が…」
「…冬馬さんが、なにか…」
「…人づてに、聞いたのですが、やはり、色々心配しているもので…」
そう言った、長谷川センセイだが、やはり、歯切れが悪い…
そして、その長谷川センセイの隣にいた、佐藤ナナもまた、なにやら、居心地の悪そうな顔をしていた…
それで、今、長谷川センセイが言った、人づてが、この佐藤ナナのことだと、気付いた…
佐藤ナナは、昭子さんから、私のことを、探れとでも、指示が出ているのだろう…
まさか、この場に、藤原ナオキが、クルマで、迎えにやって来るとは、思いもよらなかったに違いない…
なにしろ、今のところ、諏訪野伸明は、私と結婚することになっている…
当事者の私自身、半信半疑だが、それは、否定できない事実だった…
だから、伸明の母、昭子がいれば、私のかつての恋人だった、藤原ナオキが、私の退院に、迎えに来れば、いい気分でいるはずがない…
当たり前のことだ…
佐藤ナナは、昭子に報告すべく、長谷川センセイに、言わせたに違いなかった…
「…いえ、今日は、綾乃さんを、自宅に送り届けるだけですから…」
ナオキが、そういって、追及をかわした…
「…そうですか…」
長谷川センセイが、答える…
おそらくは、納得できないと思うが、さりとて、長谷川センセイの立場で、アレコレ、言うことはできなかった…
長谷川センセイは、病院の担当医に過ぎない…
私の私生活に、アレコレ立ち入ることはできない…
だから、私は、
「…ホントは、今日、諏訪野伸明さんに、来てもらいたかったんですが、色々忙しいようなので…」
と、わざと言った…
どうして、今日、諏訪野伸明が、この場にやって来ないのか、説明するためだ…
そして、その言葉を聞くと、長谷川センセイも、佐藤ナナも、
「…」
と、なにも言わなかった…
が、
なにより、今日、これで、この病院と縁が切れるわけではない…
長谷川センセイとも、縁が切れるわけではなかった…
定期的に検査が、必要だったからだ…
ジュン君のクルマに轢かれた後遺症もそうだが、癌はまだ治っていない…
だから、どうしても、検査を続ける必要がある…
仮に、この五井記念病院以外でも、いいから、どこかの病院で、定期的に検査し続ける必要がある…
「…今日は、これで、失礼しますが、また、定期的に、お世話になりますし…」
私が、そう言うと、二人とも、
「…」
と、なにも言わなかった…
その通りだったからだ…
「…今日は、見送りに来て頂いて、ありがとうございました…」
私は、言って、二人に頭を下げ、ナオキの運転するBMWに、乗って、五井記念病院を後にした…
実際、クルマが走り出すと、開放感に、身を包まれたというか…
おおげさにいえば、その場で、踊り出したいほどの喜びに包まれた…
これには、正直に言って、自分自身、驚いた…
五井記念病院にいて、私は、なんの不満もなかった…
清潔で、立派な大病院…
そこで、この数か月過ごして、なんの不満もなかった…
が、
今、ナオキの運転するクルマに乗って、病院を出てゆくと、なんとも言えず、嬉しくなった…
これは、自分でも、意外だった…
いかに、自分が、自分を、わかってない証(あかし)だった…
本当は、心の底では、入院しているのが、嫌だったのだろう…
今さらながら、自分のそんな気持ちに気付いた…
「…なにを考えているの、綾乃さん…」
ハンドルを握る、藤原ナオキが、訊く…
「…別に…」
私は、答えた…
「…なんでもないわ…」
「…なんでもないか…」
ナオキが繰り返す。
それは、ある意味、皮肉に聞こえた…
だから、私は、ナオキに、
「…なに、それ…嫌み?…」
と、返した…
「…いや、そうじゃない…」
ハンドルを握る、ナオキが、真顔で、返した…
「…綾乃さんの置かれた立場を考えたんだ…」
「…私の置かれた立場…どういうこと?…」
「…今、五井は、米倉平造と、事を構えようとしている…」
「…」
「…その最中に、五井家の当主、諏訪野伸明氏と、綾乃さんが、結婚しようとしている…」
「…」
「…果たして、そんなにうまくいくのかな?…」
ナオキが、当たり前のことを、言った…
言われてみるまでもなく、その通りだった…
五井に危機が訪れている…
そんな大切な時期に、当主が、結婚するのだろうか?
甚だ、疑問だ…
と、同時に、この藤原ナオキは、あらためて、信頼できる人間だと思った…
普通、誰もが、思っていても、相手が、嫌がることは、口にしないものだ…
だが、このナオキは、私が、嫌がることだとわかっていても、あえて、口にする…
嫌みでも、なんでもない…
私を本気で、心配してくれているからだ…
そして、私もまた、ナオキが、本気で、私を心配しているからこそ、言ってくれていると、思っている…
つまりは、私と、ナオキの間には、揺るぎない信頼関係がある…
思えば、これは、甚だ、幸運なことだった…
誰もが、家族のように身内を除けば、自分を本気で、心配してくれる人間は少ない…
身近な友人、知人でも、なにか、あったときに、手を差し伸べてくれる人間は、思いのほか、少ないものだ…
が、
藤原ナオキは、違った…
口先だけの人間ではない…
私の入院費用を払い、そして今、私が、ナオキとは、別の男と結婚するだろうと、思いながらも、こうして、病院の退院に迎えに来てくれる…
いくら、ずっと、以前、男女の関係にあったとしても、今現在の藤原ナオキの立場であれば、普通、ここまではしない…
なにより、ナオキは、FK興産という名前の上場企業の社長であり、テレビのキャスターも務める有名人であり、一言でいえば、成功者だった…
しかも、四十歳を過ぎたとはいえ、長身のイケメン…
それでいて、お金持ち…
32歳の私より、若い女は、いくらでも、寄ってくる…
また、ナオキ自身、女好きだった…
にもかかわらず、大げさにいえば、私は、別格なのだろう…
うぬぼれではなく、そう思った…
だから、私のために、動く…
行動する…
まるで、ナオキは、私の騎士(ナイト)のような存在だった…
だから、
「…ナオキ…アナタ、いいひとね…」
と、言った…
「…いいひと…どうして?…」
「…だって、私が嫌がることでも、平気で、ズケズケ言ってくる…」
「…ズケズケ?…」
私の言葉に、ナオキが、苦笑した…
「…綾乃さん…そんなに美人なのに、口が悪い…」
私はナオキの指摘に、口をつぐんだ…
もっともだと、思ったのだ…
「…でも、ありがとう…心配してくれて…」
私の言葉に、藤原ナオキは、
「…」
と、黙った…
すぐに、口はきかなかった…
しばしの沈黙の後、
「…綾乃さんの結婚…なにか、裏がある気がする…」
と、ポツリと独り言のように、呟いた…
「…裏?…」
「…なにか、時間稼ぎのような…」
「…どういう意味?…」
「…今回の菊池重方(しげかた)氏の騒動もそうだけど、五井家は、ずっと、問題を抱えていた…それが、今回、表に出たというか…そこへ、あの米倉平造も出てきた…」
「…」
「…正直、起こるべくして、起こる危機だったのかもしれない…ボクも調べたが、米倉は、企業としては、異常な形態だった…」
「…どういうこと?…」
「…一族にもかかわらず、苗字が、バラバラ…それを象徴するように、団結心に欠ける…ボクが、五井を知る、複数の経営者に、尋ねると、皆、判を押したように、同じことを言った…」
「…」
「…つまり、傍から見ても、五井の問題点は、見えていた…」
「…」
「…それが、今回、公になった…そして、それを、五井の当事者が、逆手にとって、五井を改革しようとしても、おかしくはない…」
「…どういうこと?…」
「…今回の騒動が、起きる前から、対策を講じていたということさ…」
「…」
「…誰もが、そうだが、問題が、誰の目にも、明らかになっても、その問題を解決は、なかなかできないものだ…変な話、ボクの会社だって、コイツは、と、眉をひそめる社員はいる…でも、だからといって、すぐにその社員をクビにすることはできない…その社員を露骨にクビにすれば、社長は、こんなに冷酷なひとだとは、思いませんでしたと、言って、有能な社員が辞める危険もある…」
「…」
「…もっとも、誰が見ても、行動や能力に問題がある社員なら、クビにできるが、普通は、そんな社員は、滅多にいない…」
ナオキが笑った…
たしかに、ナオキのいうことは、わかる…
いかに、会社の社長でも、簡単に、従業員のクビを切ることはできない…
クビを切るのは、簡単だが、思わぬ余波に見舞われると、困ると言うか…
たとえば、今、ナオキが言ったように、誰が見ても、早く辞めてもらいたい社員をクビにしたとしても、その人間が、マスコミに登場して、会社の理不尽さを訴えるとする…
すると、その社員に同情が集まる危険がある…
実際に、その社員の適性や能力、そして、なにより人間性を見た場合は、誰もがその社員に一刻の早く辞めてもらいたいと思うかもしれないが、マスコミに登場した実際の社員の日頃の言動を間近に見た人間でなければ、その事実はわからない…
そして、そんな可能性を考えれば、考えるほど、なにもできなくなる…
ありとあらゆる可能性を考えたとき、怖くなり、なにもできなくなる…
そういうことだ…
だから、真逆にいえば、なにか、あったときは、その問題を解決できる好機かもしれない…
たとえば、会社でいえば、業績が悪くなって、リストラを避けられなくなったときが、その好機だ…
普段から、辞めてもらいたい社員を、リストラ候補の名簿に載せ、辞めてもらうことができる…
これなら、世間で、騒がれることはない…
なまじ、一人二人指名するから、騒がれるのだ…
大勢いれば、その中に紛れ込ませば、わからない…
五井もまた、それと同じかもしれない…
今、ナオキが言ったように、五井の弱点が、一族の団結心の弱さにあることは、誰もが、わかっている…
当事者の五井の人間なら、なおさらだろう…
だったら、以前から、対策を練り、今回の騒動を好機と捉え、五井を改革しようとしても、なんら、おかしくはない…
私は、そう思った…
「…五井の危機…それを好機と捉え、一族を改革する…」
藤原ナオキが、呟く…
「…誰もが、思い描くシナリオだ…」
「…誰もが、思い描く?…」
私は、繰り返した…
と、いうことは、どうだ?
五井一族もまた、この日が来ることを、漠然と、気付いていたのだろうか?
いや、
気付いていたに違いない…
なにしろ、今、藤原ナオキが、言ったように、五井を知る、複数の経営者に聞いても、五井の弱点は、団結心の弱さだと、答えたのだ…
当事者の五井一族に聞いても、同じことを言うに決まっている…
ただし、当時者となれば、たかをくくっていたというか…
それが、わかっていても、別段、どうのこうの言う必要はないと思っていたのかもしれない…
五井は、団結心に薄いと、世間で言われていても、それが、別段、直接、自分たちの生活に直結するわけでは、ないからだ…
五井が、解体したり、潰れたりするわけではないからだ…
直接、自分たちの生活が、脅かせられない限り、危機感が、薄いに違いない…
これは、誰もが同じだろう…
例えば、会社で、早期退職=リストラの募集があるとする…
普通ならば、誰もが、危機感を覚えるに違いないが、最初から、自分は、関係ないと、思っている輩(やから)もいる…
年齢が、早期退職の募集の年齢に入ってなかったり、自分は、出世コースに入っているから、安全だと、たかをくくっているのだ…
しかし、それは、あくまで、自己評価…
会社の評価ではない…
現実に、出世コースに乗っていても、みんなに嫌われていては、リストラされる場合もある…
そして、そういう人間は、会社にリストラ宣告されて、初めて、自分の立場がわかる…
それと、似ている…
誰もが、そうだが、体験して、初めて、大変なことになったと、実感するものだ…
それ以外は、おおげさに、いえば、他人事に過ぎない…
大変だなと、思うものの、所詮は、他人事…
自分とは、関係のない話だと、たかをくくっている…
別の言い方をすれば、対岸の火事程度にしか、見ていないのだ…
それと、同じだ…
五井は、団結心に薄いと世間で見られ、当の一族もまた、その通りと自覚しているが、別段、なにか、問題が、起きない限り、その弱点を、克服しようとは、思わないものだ…
五井の危機と世間で、騒がれ、初めて、実感するのだろう…
話を戻そう…
五井は、今、危機にある…
だが、今、現在、五井一族の中で、それを気付いている人間が、どれほど、いるか、甚だ、疑問だった…
五井本家の人間は、気付いている…
だが、残りの十二家は、どれほど、その危機に気付いているか、疑問だった…
…米倉平造…
ふと、思った…
そんなに、やり手なのだろうか?
私は、その名前を聞いたことはないが、今、隣で、BMWのハンドルを握る藤原ナオキが、以前、言っていた…
だから、
「…米倉平造…」
と、わざと言った…
隣で、ハンドルを握る、藤原ナオキが、どういう反応を示すのか、知りたかったのだ…
「…五井にとって、米倉平造は、どんな存在なの?…」
私の質問に、ナオキは、しばし、黙った…
それから、しばらくして、
「…例えるなら、黒船かな…」
と、口を開いた…
「…黒船?…」
「…そして、五井は、徳川幕府…」
「…」
「…それまでは、二百年以上、小さな騒動はあったが、幕府が倒れるようなことはなかった…それが、黒船が現れて、大騒動になった…とても、従来のやり方では、対処できなくなった…それと同じだ…」
「…」
「…傍から見ても、米倉平造と言う黒船に、五井が、対処できるのか、甚だ、疑問だ…」
「…」
「…諏訪野伸明さんと結婚して、五井家の人間になるかもしれない、綾乃さんに、こんなことを言うのは、どうかと、思うが、それが、本音だ…」
「…だったら、ナオキ…五井は、米倉平造に、食われると思うの?…」
「…そこまではないだろう…あくまで、黒船だ…」
「…どういう意味?…」
「…ペリーが浦賀に、黒船で、来航したのと同じ…ペリーは黒船で、やって来ただけで、幕府を倒したわけでも、なんでもない…ただ、幕府を弱体化する、きっかけを作っただけだ…」
「…」
「…それと、同じで、米倉平造が、五井にちょっかいを出しても、五井が、倒産するとか、そんな深刻な事態には、ならないだろう…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…それをきっかけに、徳川幕府ではないが、五井が、凋落するきっかけには、なるかもしれない…」
「…」
「…少なくとも、無傷ではいられない…」
ナオキが、断言した…
五井の未来を断言した…
そして、私は、ナオキの予言を信じた…
藤原ナオキは、有能な経営者だ…
その有能な経営者のナオキの予言が、間違っているとは、思えなかった…
いや、
ナオキでなくても、五井の現状を知れば、誰にも、わかる、予言だった(苦笑)…
私は、その予言を聞き、不安にならなかったといえば、ウソになる…
だが、世間一般の花嫁のような気持ちにはならなかった…
なぜなら、私自身、本当に、諏訪野伸明と結婚できるか、どうか、疑っているからだ…
だから、不安といっても、小さなものだった…
それより、なにより、不謹慎ながら、これから、米倉と五井は、どうなるか、興味津々だった…
血みどろのバトルが、繰り広がるのか?
興味津々だった…
諏訪野伸明に、対しては、申し訳ないが、私の気持ちは、伸明に対してよりも、五井と米倉の争いの方が、気になった…
これが、本音だった…
不謹慎ながら、ウソ偽りのない、私の本心だった…
…つくづく、自分は運がない(苦笑)…
矢代綾子が、寿綾乃を名乗り、生きてきた…
それから、ずっと、戦いの日々だった…
結果的に、ユリコから、藤原ナオキを奪った形で、ナオキとその息子、ジュン君の面倒を見てきた…
が、
女好きのナオキは、あっちの女、こっちの女と、女の間を行ったり来たりで、ナオキは、家を出て、いつのまにか、別の家を持つことになった…
それからは、ずっと、ジュン君と二人きりの生活…
そして、今、32歳になった…
もはや、結婚もない(笑)…
諏訪野伸明との結婚を、今も菊池冬馬が、言っていたが、自分としては、半信半疑…
いや、
半信半疑どころか、信じられないというか…
信じていない(笑)…
以前は、結婚も、妊娠も、真剣に考えたことは、あったが、ユリコとのゴタゴタを経て、そんな気持ちは、毛頭なくなった(笑)…
一体、この先、私は、どうなるのだろう?
漠然と、そんなことを、考えた…
いや、
そんなことを、考えながら、どうせ、もう何年も生きられないだろうと、思った…
癌は完治できない…
癌といっしょになって、生きてゆくしかない…
そんな、私が、未来を考えることが、あらためて、バカバカしくなった…
あと何年、生きれるか、わからない女が、結婚も、妊娠も、深刻に考えることではない…
そう考えると、深刻に考える自分自身を笑えたというか…
なるようになれ、という気分になった…
ある意味、ヤケクソ気味だった(笑)…
が、
それが、悪いといっているわけではない…
世の中、いくら考えたところで、どうにも、ならないことが、多々ある…
いや、
世の中、自分の力で、どうにか、なることの方が、少ないだろう…
結局、それが、私の気付いた、結論だった…
それから、二週間後に、念願の退院の日がやって来た…
長谷川センセイや、佐藤ナナが、病院の玄関口まで、見送りに来てくれた…
私は、藤原ナオキが、運転するBMWに、迎えられて、病院を退院した…
「…ありがとうございました…」
私は、丁寧に、二人に頭を下げた…
「…寂しくなりますね…」
長谷川センセイが、しみじみと、言った…
「…センセイは、寿さんが、好きだったから、ガッカリですね…」
佐藤ナナが、長谷川センセイをからかう…
が、
長谷川センセイは、
「…」
と、なにも言わなかった…
やはり、それは、隣に、藤原ナオキが、いたせいかもしれない…
「…綾乃さんのことを、アレコレ、面倒を見てくれて、ありがとうございました…」
ナオキが、深々と、長谷川センセイと、佐藤ナナに頭を下げた…
「…とんでも、ありません…」
長谷川センセイが、恐縮する…
「…これから、どうされる、おつもりですか?…」
長谷川センセイが、私に聞いた…
「…とりあえず、自宅に戻って、静養します…それで、今日は、社長に迎えにきてもらって…」
すでに、長谷川センセイも、藤原ナオキのことは、知っている様子だった…
おそらく、佐藤ナナが、教えたのだろう…
「…諏訪野さんのことは…」
遠慮がちに、長谷川センセイが、訊いた…
遠慮がちなのは、本当は、自分が訊くことではないと、わかっているからだろう…
長谷川センセイは、私の友人でもなんでもない…
ただの医者…
私が、入院した病院の担当医に過ぎない…
「…いえ、出過ぎたことかもしれませんが、冬馬が…」
「…冬馬さんが、なにか…」
「…人づてに、聞いたのですが、やはり、色々心配しているもので…」
そう言った、長谷川センセイだが、やはり、歯切れが悪い…
そして、その長谷川センセイの隣にいた、佐藤ナナもまた、なにやら、居心地の悪そうな顔をしていた…
それで、今、長谷川センセイが言った、人づてが、この佐藤ナナのことだと、気付いた…
佐藤ナナは、昭子さんから、私のことを、探れとでも、指示が出ているのだろう…
まさか、この場に、藤原ナオキが、クルマで、迎えにやって来るとは、思いもよらなかったに違いない…
なにしろ、今のところ、諏訪野伸明は、私と結婚することになっている…
当事者の私自身、半信半疑だが、それは、否定できない事実だった…
だから、伸明の母、昭子がいれば、私のかつての恋人だった、藤原ナオキが、私の退院に、迎えに来れば、いい気分でいるはずがない…
当たり前のことだ…
佐藤ナナは、昭子に報告すべく、長谷川センセイに、言わせたに違いなかった…
「…いえ、今日は、綾乃さんを、自宅に送り届けるだけですから…」
ナオキが、そういって、追及をかわした…
「…そうですか…」
長谷川センセイが、答える…
おそらくは、納得できないと思うが、さりとて、長谷川センセイの立場で、アレコレ、言うことはできなかった…
長谷川センセイは、病院の担当医に過ぎない…
私の私生活に、アレコレ立ち入ることはできない…
だから、私は、
「…ホントは、今日、諏訪野伸明さんに、来てもらいたかったんですが、色々忙しいようなので…」
と、わざと言った…
どうして、今日、諏訪野伸明が、この場にやって来ないのか、説明するためだ…
そして、その言葉を聞くと、長谷川センセイも、佐藤ナナも、
「…」
と、なにも言わなかった…
が、
なにより、今日、これで、この病院と縁が切れるわけではない…
長谷川センセイとも、縁が切れるわけではなかった…
定期的に検査が、必要だったからだ…
ジュン君のクルマに轢かれた後遺症もそうだが、癌はまだ治っていない…
だから、どうしても、検査を続ける必要がある…
仮に、この五井記念病院以外でも、いいから、どこかの病院で、定期的に検査し続ける必要がある…
「…今日は、これで、失礼しますが、また、定期的に、お世話になりますし…」
私が、そう言うと、二人とも、
「…」
と、なにも言わなかった…
その通りだったからだ…
「…今日は、見送りに来て頂いて、ありがとうございました…」
私は、言って、二人に頭を下げ、ナオキの運転するBMWに、乗って、五井記念病院を後にした…
実際、クルマが走り出すと、開放感に、身を包まれたというか…
おおげさにいえば、その場で、踊り出したいほどの喜びに包まれた…
これには、正直に言って、自分自身、驚いた…
五井記念病院にいて、私は、なんの不満もなかった…
清潔で、立派な大病院…
そこで、この数か月過ごして、なんの不満もなかった…
が、
今、ナオキの運転するクルマに乗って、病院を出てゆくと、なんとも言えず、嬉しくなった…
これは、自分でも、意外だった…
いかに、自分が、自分を、わかってない証(あかし)だった…
本当は、心の底では、入院しているのが、嫌だったのだろう…
今さらながら、自分のそんな気持ちに気付いた…
「…なにを考えているの、綾乃さん…」
ハンドルを握る、藤原ナオキが、訊く…
「…別に…」
私は、答えた…
「…なんでもないわ…」
「…なんでもないか…」
ナオキが繰り返す。
それは、ある意味、皮肉に聞こえた…
だから、私は、ナオキに、
「…なに、それ…嫌み?…」
と、返した…
「…いや、そうじゃない…」
ハンドルを握る、ナオキが、真顔で、返した…
「…綾乃さんの置かれた立場を考えたんだ…」
「…私の置かれた立場…どういうこと?…」
「…今、五井は、米倉平造と、事を構えようとしている…」
「…」
「…その最中に、五井家の当主、諏訪野伸明氏と、綾乃さんが、結婚しようとしている…」
「…」
「…果たして、そんなにうまくいくのかな?…」
ナオキが、当たり前のことを、言った…
言われてみるまでもなく、その通りだった…
五井に危機が訪れている…
そんな大切な時期に、当主が、結婚するのだろうか?
甚だ、疑問だ…
と、同時に、この藤原ナオキは、あらためて、信頼できる人間だと思った…
普通、誰もが、思っていても、相手が、嫌がることは、口にしないものだ…
だが、このナオキは、私が、嫌がることだとわかっていても、あえて、口にする…
嫌みでも、なんでもない…
私を本気で、心配してくれているからだ…
そして、私もまた、ナオキが、本気で、私を心配しているからこそ、言ってくれていると、思っている…
つまりは、私と、ナオキの間には、揺るぎない信頼関係がある…
思えば、これは、甚だ、幸運なことだった…
誰もが、家族のように身内を除けば、自分を本気で、心配してくれる人間は少ない…
身近な友人、知人でも、なにか、あったときに、手を差し伸べてくれる人間は、思いのほか、少ないものだ…
が、
藤原ナオキは、違った…
口先だけの人間ではない…
私の入院費用を払い、そして今、私が、ナオキとは、別の男と結婚するだろうと、思いながらも、こうして、病院の退院に迎えに来てくれる…
いくら、ずっと、以前、男女の関係にあったとしても、今現在の藤原ナオキの立場であれば、普通、ここまではしない…
なにより、ナオキは、FK興産という名前の上場企業の社長であり、テレビのキャスターも務める有名人であり、一言でいえば、成功者だった…
しかも、四十歳を過ぎたとはいえ、長身のイケメン…
それでいて、お金持ち…
32歳の私より、若い女は、いくらでも、寄ってくる…
また、ナオキ自身、女好きだった…
にもかかわらず、大げさにいえば、私は、別格なのだろう…
うぬぼれではなく、そう思った…
だから、私のために、動く…
行動する…
まるで、ナオキは、私の騎士(ナイト)のような存在だった…
だから、
「…ナオキ…アナタ、いいひとね…」
と、言った…
「…いいひと…どうして?…」
「…だって、私が嫌がることでも、平気で、ズケズケ言ってくる…」
「…ズケズケ?…」
私の言葉に、ナオキが、苦笑した…
「…綾乃さん…そんなに美人なのに、口が悪い…」
私はナオキの指摘に、口をつぐんだ…
もっともだと、思ったのだ…
「…でも、ありがとう…心配してくれて…」
私の言葉に、藤原ナオキは、
「…」
と、黙った…
すぐに、口はきかなかった…
しばしの沈黙の後、
「…綾乃さんの結婚…なにか、裏がある気がする…」
と、ポツリと独り言のように、呟いた…
「…裏?…」
「…なにか、時間稼ぎのような…」
「…どういう意味?…」
「…今回の菊池重方(しげかた)氏の騒動もそうだけど、五井家は、ずっと、問題を抱えていた…それが、今回、表に出たというか…そこへ、あの米倉平造も出てきた…」
「…」
「…正直、起こるべくして、起こる危機だったのかもしれない…ボクも調べたが、米倉は、企業としては、異常な形態だった…」
「…どういうこと?…」
「…一族にもかかわらず、苗字が、バラバラ…それを象徴するように、団結心に欠ける…ボクが、五井を知る、複数の経営者に、尋ねると、皆、判を押したように、同じことを言った…」
「…」
「…つまり、傍から見ても、五井の問題点は、見えていた…」
「…」
「…それが、今回、公になった…そして、それを、五井の当事者が、逆手にとって、五井を改革しようとしても、おかしくはない…」
「…どういうこと?…」
「…今回の騒動が、起きる前から、対策を講じていたということさ…」
「…」
「…誰もが、そうだが、問題が、誰の目にも、明らかになっても、その問題を解決は、なかなかできないものだ…変な話、ボクの会社だって、コイツは、と、眉をひそめる社員はいる…でも、だからといって、すぐにその社員をクビにすることはできない…その社員を露骨にクビにすれば、社長は、こんなに冷酷なひとだとは、思いませんでしたと、言って、有能な社員が辞める危険もある…」
「…」
「…もっとも、誰が見ても、行動や能力に問題がある社員なら、クビにできるが、普通は、そんな社員は、滅多にいない…」
ナオキが笑った…
たしかに、ナオキのいうことは、わかる…
いかに、会社の社長でも、簡単に、従業員のクビを切ることはできない…
クビを切るのは、簡単だが、思わぬ余波に見舞われると、困ると言うか…
たとえば、今、ナオキが言ったように、誰が見ても、早く辞めてもらいたい社員をクビにしたとしても、その人間が、マスコミに登場して、会社の理不尽さを訴えるとする…
すると、その社員に同情が集まる危険がある…
実際に、その社員の適性や能力、そして、なにより人間性を見た場合は、誰もがその社員に一刻の早く辞めてもらいたいと思うかもしれないが、マスコミに登場した実際の社員の日頃の言動を間近に見た人間でなければ、その事実はわからない…
そして、そんな可能性を考えれば、考えるほど、なにもできなくなる…
ありとあらゆる可能性を考えたとき、怖くなり、なにもできなくなる…
そういうことだ…
だから、真逆にいえば、なにか、あったときは、その問題を解決できる好機かもしれない…
たとえば、会社でいえば、業績が悪くなって、リストラを避けられなくなったときが、その好機だ…
普段から、辞めてもらいたい社員を、リストラ候補の名簿に載せ、辞めてもらうことができる…
これなら、世間で、騒がれることはない…
なまじ、一人二人指名するから、騒がれるのだ…
大勢いれば、その中に紛れ込ませば、わからない…
五井もまた、それと同じかもしれない…
今、ナオキが言ったように、五井の弱点が、一族の団結心の弱さにあることは、誰もが、わかっている…
当事者の五井の人間なら、なおさらだろう…
だったら、以前から、対策を練り、今回の騒動を好機と捉え、五井を改革しようとしても、なんら、おかしくはない…
私は、そう思った…
「…五井の危機…それを好機と捉え、一族を改革する…」
藤原ナオキが、呟く…
「…誰もが、思い描くシナリオだ…」
「…誰もが、思い描く?…」
私は、繰り返した…
と、いうことは、どうだ?
五井一族もまた、この日が来ることを、漠然と、気付いていたのだろうか?
いや、
気付いていたに違いない…
なにしろ、今、藤原ナオキが、言ったように、五井を知る、複数の経営者に聞いても、五井の弱点は、団結心の弱さだと、答えたのだ…
当事者の五井一族に聞いても、同じことを言うに決まっている…
ただし、当時者となれば、たかをくくっていたというか…
それが、わかっていても、別段、どうのこうの言う必要はないと思っていたのかもしれない…
五井は、団結心に薄いと、世間で言われていても、それが、別段、直接、自分たちの生活に直結するわけでは、ないからだ…
五井が、解体したり、潰れたりするわけではないからだ…
直接、自分たちの生活が、脅かせられない限り、危機感が、薄いに違いない…
これは、誰もが同じだろう…
例えば、会社で、早期退職=リストラの募集があるとする…
普通ならば、誰もが、危機感を覚えるに違いないが、最初から、自分は、関係ないと、思っている輩(やから)もいる…
年齢が、早期退職の募集の年齢に入ってなかったり、自分は、出世コースに入っているから、安全だと、たかをくくっているのだ…
しかし、それは、あくまで、自己評価…
会社の評価ではない…
現実に、出世コースに乗っていても、みんなに嫌われていては、リストラされる場合もある…
そして、そういう人間は、会社にリストラ宣告されて、初めて、自分の立場がわかる…
それと、似ている…
誰もが、そうだが、体験して、初めて、大変なことになったと、実感するものだ…
それ以外は、おおげさに、いえば、他人事に過ぎない…
大変だなと、思うものの、所詮は、他人事…
自分とは、関係のない話だと、たかをくくっている…
別の言い方をすれば、対岸の火事程度にしか、見ていないのだ…
それと、同じだ…
五井は、団結心に薄いと世間で見られ、当の一族もまた、その通りと自覚しているが、別段、なにか、問題が、起きない限り、その弱点を、克服しようとは、思わないものだ…
五井の危機と世間で、騒がれ、初めて、実感するのだろう…
話を戻そう…
五井は、今、危機にある…
だが、今、現在、五井一族の中で、それを気付いている人間が、どれほど、いるか、甚だ、疑問だった…
五井本家の人間は、気付いている…
だが、残りの十二家は、どれほど、その危機に気付いているか、疑問だった…
…米倉平造…
ふと、思った…
そんなに、やり手なのだろうか?
私は、その名前を聞いたことはないが、今、隣で、BMWのハンドルを握る藤原ナオキが、以前、言っていた…
だから、
「…米倉平造…」
と、わざと言った…
隣で、ハンドルを握る、藤原ナオキが、どういう反応を示すのか、知りたかったのだ…
「…五井にとって、米倉平造は、どんな存在なの?…」
私の質問に、ナオキは、しばし、黙った…
それから、しばらくして、
「…例えるなら、黒船かな…」
と、口を開いた…
「…黒船?…」
「…そして、五井は、徳川幕府…」
「…」
「…それまでは、二百年以上、小さな騒動はあったが、幕府が倒れるようなことはなかった…それが、黒船が現れて、大騒動になった…とても、従来のやり方では、対処できなくなった…それと同じだ…」
「…」
「…傍から見ても、米倉平造と言う黒船に、五井が、対処できるのか、甚だ、疑問だ…」
「…」
「…諏訪野伸明さんと結婚して、五井家の人間になるかもしれない、綾乃さんに、こんなことを言うのは、どうかと、思うが、それが、本音だ…」
「…だったら、ナオキ…五井は、米倉平造に、食われると思うの?…」
「…そこまではないだろう…あくまで、黒船だ…」
「…どういう意味?…」
「…ペリーが浦賀に、黒船で、来航したのと同じ…ペリーは黒船で、やって来ただけで、幕府を倒したわけでも、なんでもない…ただ、幕府を弱体化する、きっかけを作っただけだ…」
「…」
「…それと、同じで、米倉平造が、五井にちょっかいを出しても、五井が、倒産するとか、そんな深刻な事態には、ならないだろう…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…それをきっかけに、徳川幕府ではないが、五井が、凋落するきっかけには、なるかもしれない…」
「…」
「…少なくとも、無傷ではいられない…」
ナオキが、断言した…
五井の未来を断言した…
そして、私は、ナオキの予言を信じた…
藤原ナオキは、有能な経営者だ…
その有能な経営者のナオキの予言が、間違っているとは、思えなかった…
いや、
ナオキでなくても、五井の現状を知れば、誰にも、わかる、予言だった(苦笑)…
私は、その予言を聞き、不安にならなかったといえば、ウソになる…
だが、世間一般の花嫁のような気持ちにはならなかった…
なぜなら、私自身、本当に、諏訪野伸明と結婚できるか、どうか、疑っているからだ…
だから、不安といっても、小さなものだった…
それより、なにより、不謹慎ながら、これから、米倉と五井は、どうなるか、興味津々だった…
血みどろのバトルが、繰り広がるのか?
興味津々だった…
諏訪野伸明に、対しては、申し訳ないが、私の気持ちは、伸明に対してよりも、五井と米倉の争いの方が、気になった…
これが、本音だった…
不謹慎ながら、ウソ偽りのない、私の本心だった…