第44話
文字数 8,117文字
…五井の御曹司、結婚…
私は、その記事から、目が離せなかった…
それは、まるで、たとえは、悪いが、蛇に睨まれたようなものだった…
蛇に睨まれて、カラダが、金縛りにあい、蛇から目が離せなくなる…
それに、似ていた…
諏訪野伸明の顔写真と、結婚の二文字…
それに、目を奪われ、最初は、ショックで、ニュースの肝心な記事が、読めなかった…
頭に入ってこなかったのだ…
だから、諏訪野伸明の顔写真を見ながら、
「…冷静になれ!…」
「…心を落ち着かせろ!…」
と、必死になって、自分自身に言い聞かせた…
そうでなければ、とても、ニュースの記事は、読めなかった…
いや、
読むことは、できるのだが、内容が、頭に入って来なかった…
要するに、意味が理解できなかったのだ…
だから、必死になって、心を落ち着かせてから、記事を読んだ…
記事の内容は、ひどく単純なものだった…
五井家当主、諏訪野伸明氏が、近く結婚と、あるだけだった…
結婚相手の名前も、なにもない…
だから、諏訪野伸明の結婚相手の素性が、まるで、掴めなかった…
ことによると、それは、私かもしれない…
寿綾乃かもしれないと、思った…
我ながら、未練がましい(苦笑)…
そんなわけが、あるはずがないのに、まだ、そんな夢を見ている…
もし、諏訪野伸明が、私と本当に、結婚するのならば、すでに、ヤフーニュースに載る前に、一言、私に連絡があるはずだ…
それが、常識だ…
それがない以上、当たり前だが、諏訪野伸明の結婚相手は、私ではなかった…
と、考えながら、そのニュースの文面を、読んでいると、驚くべきことが、書いてあった…
仲人の名前だ…
仲人、媒酌人は、衆議院議員、大場小太郎が、執り行うと書いてあった…
大場小太郎…
自民党、大場派の領袖…
次期総理総裁候補の一人…
そして、五井一族のひとり、菊池冬馬の実父、菊池重方(しげかた)の、所属した、派閥の領袖だった…
前、五井東家当主、菊池重方(しげかた)のいた、派閥の領袖だった…
これは、一体、どういうことか?
これが、一体、なにを意味するのか?
考える…
考え続けた…
そんなときに、スマホのベルが鳴った…
誰からか、見ると、ナオキからだった…
おそらく、ナオキもまたネットニュースで、同じ記事を見たに違いなかった…
私は、迷わず、電話に出た…
「…綾乃さん?…」
間違いなく、ナオキの声だった…
「…なに、ナオキ…こんな時間に? …仕事はどうしたの?…」
私が言うと、少し間があった…
それから、
「…良かった…」
と、ホッとした声が、スマホの向こうから、聞こえた…
「…良かったって、なにが、良かったの?…」
「…綾乃さんが、平常運転というか…」
「…平常運転?…」
「…いつもの上から目線で、ボクを、叱責してくれて、安心した…」
ナオキが、答える…
私は、ナオキの言葉に、呆気に取られた…
「…上から目線って、いつから、私が、ナオキに上から目線なの?…」
「…いつも…綾乃さんは、基本ドSキャラだから…」
ナオキの返答に、私は、開いた口が塞がらなかった…
「…ドSキャラって?…」
「…SMの女王様…」
ナオキが、爆笑した…
これには、私も頭に来た…
「…ナオキ…アナタね…」
私が、怒りに任せて、口走ると、
「…それでこそ、綾乃さんだ…」
と、スマホの向こう側から、ナオキの声がした…
これで、私は、わざと、ナオキが、私を怒らせていることが、わかった…
わざと、怒らせて、私を元気づけようとしているのだ…
それに気付いた、私が、黙っていると、
「…今日出た、諏訪野伸明さんの結婚の記事だが、まだ、信じない方がいい…」
と、いきなり、本題の話をした…
「…どういうこと?…」
思わず、食いついた…
「…ボクもニュースを見て、急いで、あちこちの知人に電話をかけて、確かめたが、誰も、諏訪野さんが、結婚するのを、知らなかった…」
「…」
「…だから、本当か、どうか、怪しい…現に、綾乃さんにも、諏訪野さんから、連絡はきていないでしょ?…」
言われてみれば、その通りだった…
私は、諏訪野マミと、菊池冬馬から、別れてと、言われただけ…
自分もそれに納得したから、あえて、伸明に連絡しなかった…
本当は、連絡したかったが、未練たらしく、嫌だったのだ…
なんだが、それだけはしたくなかった…
突き詰めて考えてみれば、それは、私のなけなしのプライドのなせるわざかもしれない…
私は、思った…
自分から、どうして、アナタは、私を捨てたの?
と、聞くことは、嫌だった…
できなかった…
そういうことだ…
傍からみれば、私ごときが、プライドなんて、言葉を口にするのは、ちゃんちゃらおかしいかもしれないが、それが、真実だった…
私、寿綾乃の真実だった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…綾乃さん…聞いてる?…」
と、ナオキの声がした…
「…聞いてるわ…」
と、私。
「…だから、まだ諏訪野さんの結婚話は、鵜呑みにしない方が、いい…」
「…」
「…それは、報道は、信じるな、ということ?…」
私の質問に、ナオキが、沈黙した…
それから、しばらくたって、
「…っていうか…五井家…五井一族の間で、想像以上のゴタゴタが起こっている感じがする…」
「…ゴタゴタ?…」
「…綾乃さんも、知っているように、今、五井一族は、揺れている…米倉平造率いる、大日グループが、五井の関連会社の株を買って、自分のものにしようとしている…それで、五井に内紛が起こって…」
「…それって、もしかして、諏訪野伸明さんに、敵対する、五井家の人間が、伸明さんの結婚をリークしたってこと?…」
「…いや、違う…」
「…違う? …どう違うの?…」
「…リークでもなんでもなく、そもそも、諏訪野さんが、このタイミングで、結婚するか、どうかも、わからない…」
「…どういう意味?…」
「…つまり、結婚そのものが、フェイクの可能性もある…」
「…なに、それ?…」
「…要するに、ありもしない、結婚話をでっちあげてる可能性もある…」
私は、ナオキの言葉に、
「…」
と、文字通り、絶句した…
たしかに、ナオキの言うことは、わかる…
その可能性は、捨てきれない…
が、
それを、言えば、もはや、なにを信じていいか、わからない…
いや、
ひとつだけ、信じていいかもしれないことがある…
それは、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があったことだ…
私は、それに、気付いた…
だから、
「…大場小太郎…」
と、私は、ナオキに言った…
「…大場小太郎?…」
「…そう、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があった…これは、偶然かしら?…」
私の質問に、ナオキが、
「…」
と、沈黙した…
それから、しばし、考え込んでから、
「…面白いね…」
と、漏らした…
「…面白い?…」
「…そう…実に、興味深い…」
「…どういう意味?…」
「…大場小太郎は、五井東家の当主だった、菊池重方(しげかた)氏の、派閥のボスだ…重方(しげかた)氏は、大場派から、独立しようとして、失敗…結果、五井家からも、追い出された…だから、もし、諏訪野さんの結婚話が、本当で、そこに、大場小太郎が、絡んでいるとしたら、面白い…実に、意味深だ…」
「…それって、大場小太郎が、五井家の内紛に関係しているって、言いたいの?…」
「…それは、わからない…ただ、結果として、今、諏訪野さんの結婚の仲人、媒酌人として、大場小太郎の名前が出ている…そして、それが、本当か、どうかは、別としても、やはり、ここで名前が出る以上、なんらかの形で、五井家に関わっていると見るべきだろう…」
「…」
「…ボクも、仕事の合間に、友人、知人に電話をかけて、色々探ってみる…だから、綾乃さんも、この件については、あまりナーバスにならないことだ…」
言い終えると、ナオキは、電話を切った…
やはり、ナオキは、忙しいに違いない…
当たり前だが、ナオキは、FK興産の社長だ…
暇なわけはない…
そして、その暇なわけはない、藤原ナオキが、わざわざ、忙しい仕事の合間を縫って、私に電話をかけてくれた…
それを、考えると、つくづく、自分は、幸せな女だと思った…
すでに、自分が結婚する可能性のない女のために、わざわざ、動いてくれる…
なかなか、できることではない…
それを、思うと、ただ、嬉しかった…
そして、考えた…
今回の一連の騒動のことを、だ…
今、ナオキは、まるで、騒動のキーが、大場小太郎にあるような口ぶりだった…
が、
それは、本当だろうか?
疑問がある…
正直、わけが、わからない…
ただ、はっきりするのは、諏訪野マミと、菊池冬馬が、二人して、私に、諏訪野伸明との結婚を断念してもらいたいと、頼みにきたことだけだ…
これは、なぜか・
つまり、諏訪野マミと、菊池冬馬の言葉によると、あの五井記念病院の私の担当看護師だった佐藤ナナが、実は、五井南家の血筋を引く人間であり、彼女が、諏訪野伸明と結婚すれば、五井南家を、味方にすることができる…
五井南家を味方にすることで、五井本家に敵対する、他の五井の分家との戦いに勝つことができる…
そういう説明だった…
そして、私は、その説明を信じた…
そこに、ウソはないと思った…
なにより、私は、諏訪野マミを信じている…
信頼している…
それは、やはり、諏訪野マミと、私は、気があうことが大きい…
ウマがあうことが大きい…
だが、
果たして、諏訪野マミは、本当に信頼できるのだろうか?
いや、
信頼していても、裏切る可能性はある…
ウソをつく可能性はある…
極端な話、私と、五井家が、どっちが大事かと、諏訪野マミに問い詰めれば、五井家を選ぶに決まっている…
そういうことだ…
だから、私にウソをつく気がなくても、五井家の人間に頼まれれば、私を騙すに違いない…
と、
ここまで、考えて、それは、諏訪野伸明にも、当てはまると、思った…
仮に、私と、五井家のどっちを選べと言われれば、躊躇うことなく、五井家を選ぶに決まっている…
諏訪野伸明は、五井家あっての諏訪野伸明だからだ…
以前、私が、五井記念病院に入院していたとき、伸明の母、昭子が、見舞いにやって来て、
「…私は、菊池リンさんよりも、寿さん、アナタの方が、伸明の妻として、ふさわしいと思います…」
と、告げた…
それもまた、単に伸明の妻というよりは、五井家当主である、諏訪野伸明の妻として、ふさわしいと言ったのだ…
つまりは、あくまで、五井家の当主の嫁として、ふさわしいと言っているのだ…
そして、その基準は、おそらく、私の方が、伸明をサポートするのに、的確と判断したのだろう…
まだ大学出たての菊池リンでは、40代前半の伸明をサポートできない…
そういうことだ…
つまりは、すべてにおいて、五井ありきだ…
五井家があっての、ことだ…
私は、考える…
が、
これは、当たり前のことだ…
私にしても、五井家の御曹司である、諏訪野伸明に求婚されてるから、心が揺れている…
ハッキリいえば、諏訪野伸明が、平凡なサラリーマンなら、ここまで、心が揺れない…
諏訪野伸明は、長身のイケメンだが、同じように、長身のイケメンは、ごまんといる…
諏訪野伸明が、金持ちだから、心が揺れているに過ぎない…
藤原ナオキもまた、お金持ちだが、桁が違う…
藤原ナオキは、成り上がり…
単に、ここ十数年で、成り上がった、成金だ…
なにより、私は、ナオキの無名時代から、知っている…
それは、ちょうど、今をときめく芸能人が、売れない時代から、付き合いがあったのと、同じ…
だから、どんなに有名になったり、偉くなったとしても、売れない時代を知っているから、正直、たいした人間とは思えない…
それと、似ている…
と、そこまで、考えると、私も金目当ての女だと気付いた…
自分自身のことだから、気付かなかったのだ…
私もきれいごとをずっと言い続けていたが、所詮、金目当ての性悪女だと、気付いた…
これが、諏訪野伸明が、五井家の御曹司でなければ、きっと、ここまで、執着しない…
なにより、身近に、藤原ナオキがいる…
ナオキは、長身のイケメンで、成功者…
楽天の三木谷や、ソフトバンクの孫から比べれば、足元にも及ばないが、成功者だった…
従業員を千人抱えている、会社の社長だ…
そのナオキと比べれば、大抵は小物…
小物だ…
私が、諏訪野伸明に惹かれたのは、やはり、金目当てだったのか?
自分自身、思った…
それまで、自分でも、よくわからない、意外な発見だった…
やはり、伸明の背後に五井の名前を見ていたのか?
自分で、自分のことが、よくわからなかった…
あまり、考えもしなかった、自分自身の発見だった…
自分自身、そこまで、金に目がくらんでいるとは、思わなかった…
そこまで、五井の名前に、惹かれているとは、思わなかった…
交通事故に遭い、奇跡的に助かった…
が、
すでに、癌が、カラダをむしばんでいる…
末期かと思ったが、五井記念病院の検査で、そこまでではないと、言われた…
だから、そこまで、悪くはない…
だが、
完治には、ほど遠い…
そういうことだ…
そして、その言葉で、つくづく、セカンド・オピニオンの重要性を思った…
要するに、どんな病気でも、2つ、3つ、別の病院で、検査してもらえと、いうことだ…
病院によって、出る結果が違うことがあるということだ…
私は、率直にいって、癌が進行していたので、やけのやんぱちというか、どこか、人生を投げた感じがあった…
誰だって、そうだろう…
余命、〇年と言われて、
「…ハイ…そうですか…」
と、なんのためらいもなく、言える人間は、少ない(笑)…
大抵は、最初は、どうにかならないものか? と、悪戦苦闘し、それが、ダメで、どうにもならないものと、わかって、ようやく、諦めがつくというか…
仕方がない…
とか、
世の中、なるようにしか、ならないものだ…
と、人生を達観する…
そういうものだ…
私の場合は、まさに、それだった…
最初は、どうにか、ならないものかと、思ったが、時が経つにつれ、どうにもならないことが、身に染みて、わかった…
それゆえ、開き直ったというか…
生来、気が強かった私のキャラにさらに磨きがかかったというか…
まさに、怖いものなしになった(笑)…
いつ死ぬか、わからないから、先のことを、考える必要がなかったからだ…
それが、一転したのは、ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に入院して、癌が、治るまでは、いかないが、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、知ったとき…
それまでの、どこか、投げやりな生き方に変化が生じた…
もしかしたら、もう少し、長く生きられるかも、と、思ったことが、その変化の理由だった…
もしかして、もう少し、長く生きられるかも、と、思った時点で、心に変化が生じた…
正直、ジュン君の運転するクルマにひかれて、五井記念病院に運ばれるまでは、諏訪野伸明のことは、あまり、思ってなかった…
お金持ちのボンボンということは、わかったが、それだけだった…
長身のイケメンで、もの凄いお金持ち…
それだけで、凄いと思ったが、正直、私とは、なんの関係もなかった…
ただ、キスをしただけの関係だった(笑)…
それ以上の関係ではない(笑)…
が、
今となっては、内心、どこかで、今すぐにでも、それ以上の関係になりたいと、夢想する自分がいる(笑)…
なぜなら、あのときは、自分が、余命いくばくもないと、思っていた…
だから、神風特攻隊ではないが、捨て身になれた…
先がないのだから、相手に遠慮することはない…
それができた…
が、
今は、それができない…
後、百年生きるわけではないが、思ったよりも長く生きれるかもしれない…
そう考えると、欲が出てきたというか…
せっかく、諏訪野伸明のようなお金持ちと知り合うことができたのだから、結婚したい…
そう思うようになった…
身分が違うから、そもそも結婚なんて、ありえない…
一方では、そう思いながらも、でも、もしかしたら?
と、考える自分がいた(笑)…
まさに、高望みの極み…
自分では、偏差値40では、会社で、出世は、ムリと、他人を批判しても、自分は、これだ(笑)…
傍から、見れば、
「…アンタが、あんな大金持ちと、結婚できるはずがない…」
と、陰口を叩かれても、
「…でも、もしかしたら?…」
を、捨てることができない…
まさに、自分勝手…
自分勝手の極みだ(爆笑)…
だが、誰でも、皆、そうなのかもしれない…
自分のことは、甘く見る…
そういうことだ…
そして、それは、もしかしたら、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、思ったことから、始まった…
と、
ここまで、考えて、気付いた…
私の変化…
私の心の変化について、だ…
変化は、態度に出る…
当たり前だが、その変化を、諏訪野伸明は、感じたのかもしれないと、気付いた…
変な話、私が、諏訪野伸明との結婚を意識した時点で、私の諏訪野伸明に対する態度が、変化した可能性がある…
自分では気付かないが、ちょっとした変化をした可能性がある…
誰でもそうだが、無意識の間に、諏訪野伸明に、おもねったりした可能性がある…
男も女も、誰でも、そうだが、結婚を意識すれば、それまでと態度が変わるものだ…
それが、いい変化ならばいいが、変に、相手に取り入るような、下手に出るような態度に変化すれば、相手も興ざめするものだ…
まして、諏訪野伸明のような大金持ちは、そんな変化に敏感だ…
なせなら、そんな経験は、これまで、ごまんとあるだろう…
ただの長身のイケメンと、思っていたら、実は、そこに大金持ちが、加わった…
最初は、知らなかったが、実は、大金持ちと知った…
それから、態度を急変させた女を、これまで、無数に見てきたに違いない…
それが、ないから、諏訪野伸明は、私に惹かれたのかもしれない…
私としては、自分が、余命いくばくもないと、知っていたから、諏訪野伸明が、大金持ちでも、態度を変えなかった…
所詮、長く生きれないから、自分には、関係ないと、思っていたのだ…
それが、もう少し、長く生きれるかもしれないと、知って、欲が生まれた…
諏訪野伸明と結婚できるかもしれないと、思って、欲が生まれた…
その結果、諏訪野伸明に対する私の態度が、微妙に変わった可能性がある…
自分では、気付かないが、その可能性もある…
と、
ここまで、考えて気付いた…
諏訪野マミと、菊池冬馬が、誰に頼まれて、私の元へやって来たか?
それは、これまで、気付かなかったが、諏訪野伸明の可能性もあるのではないか?
その可能性に気付いた…
いや、
あの五井一族の二人が、やって来た以上、諏訪野伸明本人から、頼まれた可能性が高い…
だから、あのとき、私が、
「…伸明さんの母親の昭子さんから、頼まれたんですか?…」
と、聞いたとき、二人は、思わず、顔を見合わせたのではないだろうか?
私が、あのとき、昭子の名前を出したことで、
「…いや、違う…」
とも、言えず、互いに顔を見合わせたのではないか?
そう、気付いた…
諏訪野伸明本人に頼まれれば、二人とも嫌とは言えないし、また、堂々と、私に、
「…この話はなかったことにしてくれ…」
と、言える…
そういうことだ…
そして、もし、そうだとしたら、伸明の心の変化に気付かない、私の愚かさを、思った…
要するに、あの女も、また金目当てだと、気付いたから、嫌になった…
そういうことだ…
それに、気付かない私も愚かだし、そう思われる私も嫌だった…
さんざ、偏差値40の人間を、バカにしていたが、自分も同じだった…
似たようなものだった…
それに、気付いた瞬間だった…
私は、その記事から、目が離せなかった…
それは、まるで、たとえは、悪いが、蛇に睨まれたようなものだった…
蛇に睨まれて、カラダが、金縛りにあい、蛇から目が離せなくなる…
それに、似ていた…
諏訪野伸明の顔写真と、結婚の二文字…
それに、目を奪われ、最初は、ショックで、ニュースの肝心な記事が、読めなかった…
頭に入ってこなかったのだ…
だから、諏訪野伸明の顔写真を見ながら、
「…冷静になれ!…」
「…心を落ち着かせろ!…」
と、必死になって、自分自身に言い聞かせた…
そうでなければ、とても、ニュースの記事は、読めなかった…
いや、
読むことは、できるのだが、内容が、頭に入って来なかった…
要するに、意味が理解できなかったのだ…
だから、必死になって、心を落ち着かせてから、記事を読んだ…
記事の内容は、ひどく単純なものだった…
五井家当主、諏訪野伸明氏が、近く結婚と、あるだけだった…
結婚相手の名前も、なにもない…
だから、諏訪野伸明の結婚相手の素性が、まるで、掴めなかった…
ことによると、それは、私かもしれない…
寿綾乃かもしれないと、思った…
我ながら、未練がましい(苦笑)…
そんなわけが、あるはずがないのに、まだ、そんな夢を見ている…
もし、諏訪野伸明が、私と本当に、結婚するのならば、すでに、ヤフーニュースに載る前に、一言、私に連絡があるはずだ…
それが、常識だ…
それがない以上、当たり前だが、諏訪野伸明の結婚相手は、私ではなかった…
と、考えながら、そのニュースの文面を、読んでいると、驚くべきことが、書いてあった…
仲人の名前だ…
仲人、媒酌人は、衆議院議員、大場小太郎が、執り行うと書いてあった…
大場小太郎…
自民党、大場派の領袖…
次期総理総裁候補の一人…
そして、五井一族のひとり、菊池冬馬の実父、菊池重方(しげかた)の、所属した、派閥の領袖だった…
前、五井東家当主、菊池重方(しげかた)のいた、派閥の領袖だった…
これは、一体、どういうことか?
これが、一体、なにを意味するのか?
考える…
考え続けた…
そんなときに、スマホのベルが鳴った…
誰からか、見ると、ナオキからだった…
おそらく、ナオキもまたネットニュースで、同じ記事を見たに違いなかった…
私は、迷わず、電話に出た…
「…綾乃さん?…」
間違いなく、ナオキの声だった…
「…なに、ナオキ…こんな時間に? …仕事はどうしたの?…」
私が言うと、少し間があった…
それから、
「…良かった…」
と、ホッとした声が、スマホの向こうから、聞こえた…
「…良かったって、なにが、良かったの?…」
「…綾乃さんが、平常運転というか…」
「…平常運転?…」
「…いつもの上から目線で、ボクを、叱責してくれて、安心した…」
ナオキが、答える…
私は、ナオキの言葉に、呆気に取られた…
「…上から目線って、いつから、私が、ナオキに上から目線なの?…」
「…いつも…綾乃さんは、基本ドSキャラだから…」
ナオキの返答に、私は、開いた口が塞がらなかった…
「…ドSキャラって?…」
「…SMの女王様…」
ナオキが、爆笑した…
これには、私も頭に来た…
「…ナオキ…アナタね…」
私が、怒りに任せて、口走ると、
「…それでこそ、綾乃さんだ…」
と、スマホの向こう側から、ナオキの声がした…
これで、私は、わざと、ナオキが、私を怒らせていることが、わかった…
わざと、怒らせて、私を元気づけようとしているのだ…
それに気付いた、私が、黙っていると、
「…今日出た、諏訪野伸明さんの結婚の記事だが、まだ、信じない方がいい…」
と、いきなり、本題の話をした…
「…どういうこと?…」
思わず、食いついた…
「…ボクもニュースを見て、急いで、あちこちの知人に電話をかけて、確かめたが、誰も、諏訪野さんが、結婚するのを、知らなかった…」
「…」
「…だから、本当か、どうか、怪しい…現に、綾乃さんにも、諏訪野さんから、連絡はきていないでしょ?…」
言われてみれば、その通りだった…
私は、諏訪野マミと、菊池冬馬から、別れてと、言われただけ…
自分もそれに納得したから、あえて、伸明に連絡しなかった…
本当は、連絡したかったが、未練たらしく、嫌だったのだ…
なんだが、それだけはしたくなかった…
突き詰めて考えてみれば、それは、私のなけなしのプライドのなせるわざかもしれない…
私は、思った…
自分から、どうして、アナタは、私を捨てたの?
と、聞くことは、嫌だった…
できなかった…
そういうことだ…
傍からみれば、私ごときが、プライドなんて、言葉を口にするのは、ちゃんちゃらおかしいかもしれないが、それが、真実だった…
私、寿綾乃の真実だった…
私が、そんなことを、考えていると、
「…綾乃さん…聞いてる?…」
と、ナオキの声がした…
「…聞いてるわ…」
と、私。
「…だから、まだ諏訪野さんの結婚話は、鵜呑みにしない方が、いい…」
「…」
「…それは、報道は、信じるな、ということ?…」
私の質問に、ナオキが、沈黙した…
それから、しばらくたって、
「…っていうか…五井家…五井一族の間で、想像以上のゴタゴタが起こっている感じがする…」
「…ゴタゴタ?…」
「…綾乃さんも、知っているように、今、五井一族は、揺れている…米倉平造率いる、大日グループが、五井の関連会社の株を買って、自分のものにしようとしている…それで、五井に内紛が起こって…」
「…それって、もしかして、諏訪野伸明さんに、敵対する、五井家の人間が、伸明さんの結婚をリークしたってこと?…」
「…いや、違う…」
「…違う? …どう違うの?…」
「…リークでもなんでもなく、そもそも、諏訪野さんが、このタイミングで、結婚するか、どうかも、わからない…」
「…どういう意味?…」
「…つまり、結婚そのものが、フェイクの可能性もある…」
「…なに、それ?…」
「…要するに、ありもしない、結婚話をでっちあげてる可能性もある…」
私は、ナオキの言葉に、
「…」
と、文字通り、絶句した…
たしかに、ナオキの言うことは、わかる…
その可能性は、捨てきれない…
が、
それを、言えば、もはや、なにを信じていいか、わからない…
いや、
ひとつだけ、信じていいかもしれないことがある…
それは、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があったことだ…
私は、それに、気付いた…
だから、
「…大場小太郎…」
と、私は、ナオキに言った…
「…大場小太郎?…」
「…そう、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があった…これは、偶然かしら?…」
私の質問に、ナオキが、
「…」
と、沈黙した…
それから、しばし、考え込んでから、
「…面白いね…」
と、漏らした…
「…面白い?…」
「…そう…実に、興味深い…」
「…どういう意味?…」
「…大場小太郎は、五井東家の当主だった、菊池重方(しげかた)氏の、派閥のボスだ…重方(しげかた)氏は、大場派から、独立しようとして、失敗…結果、五井家からも、追い出された…だから、もし、諏訪野さんの結婚話が、本当で、そこに、大場小太郎が、絡んでいるとしたら、面白い…実に、意味深だ…」
「…それって、大場小太郎が、五井家の内紛に関係しているって、言いたいの?…」
「…それは、わからない…ただ、結果として、今、諏訪野さんの結婚の仲人、媒酌人として、大場小太郎の名前が出ている…そして、それが、本当か、どうかは、別としても、やはり、ここで名前が出る以上、なんらかの形で、五井家に関わっていると見るべきだろう…」
「…」
「…ボクも、仕事の合間に、友人、知人に電話をかけて、色々探ってみる…だから、綾乃さんも、この件については、あまりナーバスにならないことだ…」
言い終えると、ナオキは、電話を切った…
やはり、ナオキは、忙しいに違いない…
当たり前だが、ナオキは、FK興産の社長だ…
暇なわけはない…
そして、その暇なわけはない、藤原ナオキが、わざわざ、忙しい仕事の合間を縫って、私に電話をかけてくれた…
それを、考えると、つくづく、自分は、幸せな女だと思った…
すでに、自分が結婚する可能性のない女のために、わざわざ、動いてくれる…
なかなか、できることではない…
それを、思うと、ただ、嬉しかった…
そして、考えた…
今回の一連の騒動のことを、だ…
今、ナオキは、まるで、騒動のキーが、大場小太郎にあるような口ぶりだった…
が、
それは、本当だろうか?
疑問がある…
正直、わけが、わからない…
ただ、はっきりするのは、諏訪野マミと、菊池冬馬が、二人して、私に、諏訪野伸明との結婚を断念してもらいたいと、頼みにきたことだけだ…
これは、なぜか・
つまり、諏訪野マミと、菊池冬馬の言葉によると、あの五井記念病院の私の担当看護師だった佐藤ナナが、実は、五井南家の血筋を引く人間であり、彼女が、諏訪野伸明と結婚すれば、五井南家を、味方にすることができる…
五井南家を味方にすることで、五井本家に敵対する、他の五井の分家との戦いに勝つことができる…
そういう説明だった…
そして、私は、その説明を信じた…
そこに、ウソはないと思った…
なにより、私は、諏訪野マミを信じている…
信頼している…
それは、やはり、諏訪野マミと、私は、気があうことが大きい…
ウマがあうことが大きい…
だが、
果たして、諏訪野マミは、本当に信頼できるのだろうか?
いや、
信頼していても、裏切る可能性はある…
ウソをつく可能性はある…
極端な話、私と、五井家が、どっちが大事かと、諏訪野マミに問い詰めれば、五井家を選ぶに決まっている…
そういうことだ…
だから、私にウソをつく気がなくても、五井家の人間に頼まれれば、私を騙すに違いない…
と、
ここまで、考えて、それは、諏訪野伸明にも、当てはまると、思った…
仮に、私と、五井家のどっちを選べと言われれば、躊躇うことなく、五井家を選ぶに決まっている…
諏訪野伸明は、五井家あっての諏訪野伸明だからだ…
以前、私が、五井記念病院に入院していたとき、伸明の母、昭子が、見舞いにやって来て、
「…私は、菊池リンさんよりも、寿さん、アナタの方が、伸明の妻として、ふさわしいと思います…」
と、告げた…
それもまた、単に伸明の妻というよりは、五井家当主である、諏訪野伸明の妻として、ふさわしいと言ったのだ…
つまりは、あくまで、五井家の当主の嫁として、ふさわしいと言っているのだ…
そして、その基準は、おそらく、私の方が、伸明をサポートするのに、的確と判断したのだろう…
まだ大学出たての菊池リンでは、40代前半の伸明をサポートできない…
そういうことだ…
つまりは、すべてにおいて、五井ありきだ…
五井家があっての、ことだ…
私は、考える…
が、
これは、当たり前のことだ…
私にしても、五井家の御曹司である、諏訪野伸明に求婚されてるから、心が揺れている…
ハッキリいえば、諏訪野伸明が、平凡なサラリーマンなら、ここまで、心が揺れない…
諏訪野伸明は、長身のイケメンだが、同じように、長身のイケメンは、ごまんといる…
諏訪野伸明が、金持ちだから、心が揺れているに過ぎない…
藤原ナオキもまた、お金持ちだが、桁が違う…
藤原ナオキは、成り上がり…
単に、ここ十数年で、成り上がった、成金だ…
なにより、私は、ナオキの無名時代から、知っている…
それは、ちょうど、今をときめく芸能人が、売れない時代から、付き合いがあったのと、同じ…
だから、どんなに有名になったり、偉くなったとしても、売れない時代を知っているから、正直、たいした人間とは思えない…
それと、似ている…
と、そこまで、考えると、私も金目当ての女だと気付いた…
自分自身のことだから、気付かなかったのだ…
私もきれいごとをずっと言い続けていたが、所詮、金目当ての性悪女だと、気付いた…
これが、諏訪野伸明が、五井家の御曹司でなければ、きっと、ここまで、執着しない…
なにより、身近に、藤原ナオキがいる…
ナオキは、長身のイケメンで、成功者…
楽天の三木谷や、ソフトバンクの孫から比べれば、足元にも及ばないが、成功者だった…
従業員を千人抱えている、会社の社長だ…
そのナオキと比べれば、大抵は小物…
小物だ…
私が、諏訪野伸明に惹かれたのは、やはり、金目当てだったのか?
自分自身、思った…
それまで、自分でも、よくわからない、意外な発見だった…
やはり、伸明の背後に五井の名前を見ていたのか?
自分で、自分のことが、よくわからなかった…
あまり、考えもしなかった、自分自身の発見だった…
自分自身、そこまで、金に目がくらんでいるとは、思わなかった…
そこまで、五井の名前に、惹かれているとは、思わなかった…
交通事故に遭い、奇跡的に助かった…
が、
すでに、癌が、カラダをむしばんでいる…
末期かと思ったが、五井記念病院の検査で、そこまでではないと、言われた…
だから、そこまで、悪くはない…
だが、
完治には、ほど遠い…
そういうことだ…
そして、その言葉で、つくづく、セカンド・オピニオンの重要性を思った…
要するに、どんな病気でも、2つ、3つ、別の病院で、検査してもらえと、いうことだ…
病院によって、出る結果が違うことがあるということだ…
私は、率直にいって、癌が進行していたので、やけのやんぱちというか、どこか、人生を投げた感じがあった…
誰だって、そうだろう…
余命、〇年と言われて、
「…ハイ…そうですか…」
と、なんのためらいもなく、言える人間は、少ない(笑)…
大抵は、最初は、どうにかならないものか? と、悪戦苦闘し、それが、ダメで、どうにもならないものと、わかって、ようやく、諦めがつくというか…
仕方がない…
とか、
世の中、なるようにしか、ならないものだ…
と、人生を達観する…
そういうものだ…
私の場合は、まさに、それだった…
最初は、どうにか、ならないものかと、思ったが、時が経つにつれ、どうにもならないことが、身に染みて、わかった…
それゆえ、開き直ったというか…
生来、気が強かった私のキャラにさらに磨きがかかったというか…
まさに、怖いものなしになった(笑)…
いつ死ぬか、わからないから、先のことを、考える必要がなかったからだ…
それが、一転したのは、ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に入院して、癌が、治るまでは、いかないが、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、知ったとき…
それまでの、どこか、投げやりな生き方に変化が生じた…
もしかしたら、もう少し、長く生きられるかも、と、思ったことが、その変化の理由だった…
もしかして、もう少し、長く生きられるかも、と、思った時点で、心に変化が生じた…
正直、ジュン君の運転するクルマにひかれて、五井記念病院に運ばれるまでは、諏訪野伸明のことは、あまり、思ってなかった…
お金持ちのボンボンということは、わかったが、それだけだった…
長身のイケメンで、もの凄いお金持ち…
それだけで、凄いと思ったが、正直、私とは、なんの関係もなかった…
ただ、キスをしただけの関係だった(笑)…
それ以上の関係ではない(笑)…
が、
今となっては、内心、どこかで、今すぐにでも、それ以上の関係になりたいと、夢想する自分がいる(笑)…
なぜなら、あのときは、自分が、余命いくばくもないと、思っていた…
だから、神風特攻隊ではないが、捨て身になれた…
先がないのだから、相手に遠慮することはない…
それができた…
が、
今は、それができない…
後、百年生きるわけではないが、思ったよりも長く生きれるかもしれない…
そう考えると、欲が出てきたというか…
せっかく、諏訪野伸明のようなお金持ちと知り合うことができたのだから、結婚したい…
そう思うようになった…
身分が違うから、そもそも結婚なんて、ありえない…
一方では、そう思いながらも、でも、もしかしたら?
と、考える自分がいた(笑)…
まさに、高望みの極み…
自分では、偏差値40では、会社で、出世は、ムリと、他人を批判しても、自分は、これだ(笑)…
傍から、見れば、
「…アンタが、あんな大金持ちと、結婚できるはずがない…」
と、陰口を叩かれても、
「…でも、もしかしたら?…」
を、捨てることができない…
まさに、自分勝手…
自分勝手の極みだ(爆笑)…
だが、誰でも、皆、そうなのかもしれない…
自分のことは、甘く見る…
そういうことだ…
そして、それは、もしかしたら、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、思ったことから、始まった…
と、
ここまで、考えて、気付いた…
私の変化…
私の心の変化について、だ…
変化は、態度に出る…
当たり前だが、その変化を、諏訪野伸明は、感じたのかもしれないと、気付いた…
変な話、私が、諏訪野伸明との結婚を意識した時点で、私の諏訪野伸明に対する態度が、変化した可能性がある…
自分では気付かないが、ちょっとした変化をした可能性がある…
誰でもそうだが、無意識の間に、諏訪野伸明に、おもねったりした可能性がある…
男も女も、誰でも、そうだが、結婚を意識すれば、それまでと態度が変わるものだ…
それが、いい変化ならばいいが、変に、相手に取り入るような、下手に出るような態度に変化すれば、相手も興ざめするものだ…
まして、諏訪野伸明のような大金持ちは、そんな変化に敏感だ…
なせなら、そんな経験は、これまで、ごまんとあるだろう…
ただの長身のイケメンと、思っていたら、実は、そこに大金持ちが、加わった…
最初は、知らなかったが、実は、大金持ちと知った…
それから、態度を急変させた女を、これまで、無数に見てきたに違いない…
それが、ないから、諏訪野伸明は、私に惹かれたのかもしれない…
私としては、自分が、余命いくばくもないと、知っていたから、諏訪野伸明が、大金持ちでも、態度を変えなかった…
所詮、長く生きれないから、自分には、関係ないと、思っていたのだ…
それが、もう少し、長く生きれるかもしれないと、知って、欲が生まれた…
諏訪野伸明と結婚できるかもしれないと、思って、欲が生まれた…
その結果、諏訪野伸明に対する私の態度が、微妙に変わった可能性がある…
自分では、気付かないが、その可能性もある…
と、
ここまで、考えて気付いた…
諏訪野マミと、菊池冬馬が、誰に頼まれて、私の元へやって来たか?
それは、これまで、気付かなかったが、諏訪野伸明の可能性もあるのではないか?
その可能性に気付いた…
いや、
あの五井一族の二人が、やって来た以上、諏訪野伸明本人から、頼まれた可能性が高い…
だから、あのとき、私が、
「…伸明さんの母親の昭子さんから、頼まれたんですか?…」
と、聞いたとき、二人は、思わず、顔を見合わせたのではないだろうか?
私が、あのとき、昭子の名前を出したことで、
「…いや、違う…」
とも、言えず、互いに顔を見合わせたのではないか?
そう、気付いた…
諏訪野伸明本人に頼まれれば、二人とも嫌とは言えないし、また、堂々と、私に、
「…この話はなかったことにしてくれ…」
と、言える…
そういうことだ…
そして、もし、そうだとしたら、伸明の心の変化に気付かない、私の愚かさを、思った…
要するに、あの女も、また金目当てだと、気付いたから、嫌になった…
そういうことだ…
それに、気付かない私も愚かだし、そう思われる私も嫌だった…
さんざ、偏差値40の人間を、バカにしていたが、自分も同じだった…
似たようなものだった…
それに、気付いた瞬間だった…