第44話

文字数 8,117文字

 …五井の御曹司、結婚…

 私は、その記事から、目が離せなかった…

 それは、まるで、たとえは、悪いが、蛇に睨まれたようなものだった…

 蛇に睨まれて、カラダが、金縛りにあい、蛇から目が離せなくなる…

 それに、似ていた…

 諏訪野伸明の顔写真と、結婚の二文字…

 それに、目を奪われ、最初は、ショックで、ニュースの肝心な記事が、読めなかった…

 頭に入ってこなかったのだ…

 だから、諏訪野伸明の顔写真を見ながら、

 「…冷静になれ!…」

 「…心を落ち着かせろ!…」

 と、必死になって、自分自身に言い聞かせた…

 そうでなければ、とても、ニュースの記事は、読めなかった…

 いや、

 読むことは、できるのだが、内容が、頭に入って来なかった…

 要するに、意味が理解できなかったのだ…


 だから、必死になって、心を落ち着かせてから、記事を読んだ…

 記事の内容は、ひどく単純なものだった…

 五井家当主、諏訪野伸明氏が、近く結婚と、あるだけだった…

 結婚相手の名前も、なにもない…

 だから、諏訪野伸明の結婚相手の素性が、まるで、掴めなかった…

 ことによると、それは、私かもしれない…

 寿綾乃かもしれないと、思った…

 我ながら、未練がましい(苦笑)…

 そんなわけが、あるはずがないのに、まだ、そんな夢を見ている…

 もし、諏訪野伸明が、私と本当に、結婚するのならば、すでに、ヤフーニュースに載る前に、一言、私に連絡があるはずだ…

 それが、常識だ…

 それがない以上、当たり前だが、諏訪野伸明の結婚相手は、私ではなかった…

 と、考えながら、そのニュースの文面を、読んでいると、驚くべきことが、書いてあった…

 仲人の名前だ…

 仲人、媒酌人は、衆議院議員、大場小太郎が、執り行うと書いてあった…

 大場小太郎…

 自民党、大場派の領袖…

 次期総理総裁候補の一人…

 そして、五井一族のひとり、菊池冬馬の実父、菊池重方(しげかた)の、所属した、派閥の領袖だった…

 前、五井東家当主、菊池重方(しげかた)のいた、派閥の領袖だった…

 これは、一体、どういうことか?

 これが、一体、なにを意味するのか?

 考える…

 考え続けた…

 そんなときに、スマホのベルが鳴った…

 誰からか、見ると、ナオキからだった…

 おそらく、ナオキもまたネットニュースで、同じ記事を見たに違いなかった…

 私は、迷わず、電話に出た…

 「…綾乃さん?…」

 間違いなく、ナオキの声だった…

 「…なに、ナオキ…こんな時間に? …仕事はどうしたの?…」

 私が言うと、少し間があった…

 それから、

 「…良かった…」

 と、ホッとした声が、スマホの向こうから、聞こえた…

 「…良かったって、なにが、良かったの?…」

 「…綾乃さんが、平常運転というか…」

 「…平常運転?…」

 「…いつもの上から目線で、ボクを、叱責してくれて、安心した…」

 ナオキが、答える…

 私は、ナオキの言葉に、呆気に取られた…

 「…上から目線って、いつから、私が、ナオキに上から目線なの?…」

 「…いつも…綾乃さんは、基本ドSキャラだから…」

 ナオキの返答に、私は、開いた口が塞がらなかった…

 「…ドSキャラって?…」

 「…SMの女王様…」

 ナオキが、爆笑した…

 これには、私も頭に来た…

 「…ナオキ…アナタね…」

 私が、怒りに任せて、口走ると、

 「…それでこそ、綾乃さんだ…」

 と、スマホの向こう側から、ナオキの声がした…

 これで、私は、わざと、ナオキが、私を怒らせていることが、わかった…

 わざと、怒らせて、私を元気づけようとしているのだ…

 それに気付いた、私が、黙っていると、

 「…今日出た、諏訪野伸明さんの結婚の記事だが、まだ、信じない方がいい…」

 と、いきなり、本題の話をした…

 「…どういうこと?…」

 思わず、食いついた…

 「…ボクもニュースを見て、急いで、あちこちの知人に電話をかけて、確かめたが、誰も、諏訪野さんが、結婚するのを、知らなかった…」

 「…」

 「…だから、本当か、どうか、怪しい…現に、綾乃さんにも、諏訪野さんから、連絡はきていないでしょ?…」

 言われてみれば、その通りだった…

 私は、諏訪野マミと、菊池冬馬から、別れてと、言われただけ…

 自分もそれに納得したから、あえて、伸明に連絡しなかった…

 本当は、連絡したかったが、未練たらしく、嫌だったのだ…

 なんだが、それだけはしたくなかった…

 突き詰めて考えてみれば、それは、私のなけなしのプライドのなせるわざかもしれない…

 私は、思った…

 自分から、どうして、アナタは、私を捨てたの?

 と、聞くことは、嫌だった…

 できなかった…

 そういうことだ…

 傍からみれば、私ごときが、プライドなんて、言葉を口にするのは、ちゃんちゃらおかしいかもしれないが、それが、真実だった…

 私、寿綾乃の真実だった…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…綾乃さん…聞いてる?…」

 と、ナオキの声がした…

 「…聞いてるわ…」

 と、私。

 「…だから、まだ諏訪野さんの結婚話は、鵜呑みにしない方が、いい…」

 「…」

 「…それは、報道は、信じるな、ということ?…」

 私の質問に、ナオキが、沈黙した…

 それから、しばらくたって、

 「…っていうか…五井家…五井一族の間で、想像以上のゴタゴタが起こっている感じがする…」

 「…ゴタゴタ?…」

 「…綾乃さんも、知っているように、今、五井一族は、揺れている…米倉平造率いる、大日グループが、五井の関連会社の株を買って、自分のものにしようとしている…それで、五井に内紛が起こって…」

 「…それって、もしかして、諏訪野伸明さんに、敵対する、五井家の人間が、伸明さんの結婚をリークしたってこと?…」

 「…いや、違う…」

 「…違う? …どう違うの?…」

 「…リークでもなんでもなく、そもそも、諏訪野さんが、このタイミングで、結婚するか、どうかも、わからない…」

 「…どういう意味?…」

 「…つまり、結婚そのものが、フェイクの可能性もある…」

 「…なに、それ?…」

 「…要するに、ありもしない、結婚話をでっちあげてる可能性もある…」

 私は、ナオキの言葉に、

 「…」

 と、文字通り、絶句した…

 たしかに、ナオキの言うことは、わかる…

 その可能性は、捨てきれない…

 が、

 それを、言えば、もはや、なにを信じていいか、わからない…

 いや、

 ひとつだけ、信じていいかもしれないことがある…

 それは、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があったことだ…

 私は、それに、気付いた…

 だから、

 「…大場小太郎…」

 と、私は、ナオキに言った…

 「…大場小太郎?…」

 「…そう、結婚の仲人、媒酌人に、大場小太郎の名前があった…これは、偶然かしら?…」

 私の質問に、ナオキが、

 「…」

 と、沈黙した…

 それから、しばし、考え込んでから、

 「…面白いね…」

 と、漏らした…

 「…面白い?…」

 「…そう…実に、興味深い…」

 「…どういう意味?…」

 「…大場小太郎は、五井東家の当主だった、菊池重方(しげかた)氏の、派閥のボスだ…重方(しげかた)氏は、大場派から、独立しようとして、失敗…結果、五井家からも、追い出された…だから、もし、諏訪野さんの結婚話が、本当で、そこに、大場小太郎が、絡んでいるとしたら、面白い…実に、意味深だ…」

 「…それって、大場小太郎が、五井家の内紛に関係しているって、言いたいの?…」

 「…それは、わからない…ただ、結果として、今、諏訪野さんの結婚の仲人、媒酌人として、大場小太郎の名前が出ている…そして、それが、本当か、どうかは、別としても、やはり、ここで名前が出る以上、なんらかの形で、五井家に関わっていると見るべきだろう…」

 「…」

 「…ボクも、仕事の合間に、友人、知人に電話をかけて、色々探ってみる…だから、綾乃さんも、この件については、あまりナーバスにならないことだ…」

 言い終えると、ナオキは、電話を切った…

 やはり、ナオキは、忙しいに違いない…

 当たり前だが、ナオキは、FK興産の社長だ…

 暇なわけはない…

 そして、その暇なわけはない、藤原ナオキが、わざわざ、忙しい仕事の合間を縫って、私に電話をかけてくれた…

 それを、考えると、つくづく、自分は、幸せな女だと思った…

 すでに、自分が結婚する可能性のない女のために、わざわざ、動いてくれる…

 なかなか、できることではない…

 それを、思うと、ただ、嬉しかった…

 そして、考えた…

 今回の一連の騒動のことを、だ…

 今、ナオキは、まるで、騒動のキーが、大場小太郎にあるような口ぶりだった…

 が、

 それは、本当だろうか?

 疑問がある…

 正直、わけが、わからない…

 ただ、はっきりするのは、諏訪野マミと、菊池冬馬が、二人して、私に、諏訪野伸明との結婚を断念してもらいたいと、頼みにきたことだけだ…

 これは、なぜか・
 
 つまり、諏訪野マミと、菊池冬馬の言葉によると、あの五井記念病院の私の担当看護師だった佐藤ナナが、実は、五井南家の血筋を引く人間であり、彼女が、諏訪野伸明と結婚すれば、五井南家を、味方にすることができる…

 五井南家を味方にすることで、五井本家に敵対する、他の五井の分家との戦いに勝つことができる…

 そういう説明だった…

 そして、私は、その説明を信じた…

 そこに、ウソはないと思った…

 なにより、私は、諏訪野マミを信じている…

 信頼している…

 それは、やはり、諏訪野マミと、私は、気があうことが大きい…

 ウマがあうことが大きい…

 だが、

 果たして、諏訪野マミは、本当に信頼できるのだろうか?

 いや、

 信頼していても、裏切る可能性はある…

 ウソをつく可能性はある…

 極端な話、私と、五井家が、どっちが大事かと、諏訪野マミに問い詰めれば、五井家を選ぶに決まっている…

 そういうことだ…

 だから、私にウソをつく気がなくても、五井家の人間に頼まれれば、私を騙すに違いない…

 と、

 ここまで、考えて、それは、諏訪野伸明にも、当てはまると、思った…

 仮に、私と、五井家のどっちを選べと言われれば、躊躇うことなく、五井家を選ぶに決まっている…

 諏訪野伸明は、五井家あっての諏訪野伸明だからだ…

 以前、私が、五井記念病院に入院していたとき、伸明の母、昭子が、見舞いにやって来て、

 「…私は、菊池リンさんよりも、寿さん、アナタの方が、伸明の妻として、ふさわしいと思います…」

 と、告げた…

 それもまた、単に伸明の妻というよりは、五井家当主である、諏訪野伸明の妻として、ふさわしいと言ったのだ…

 つまりは、あくまで、五井家の当主の嫁として、ふさわしいと言っているのだ…

 そして、その基準は、おそらく、私の方が、伸明をサポートするのに、的確と判断したのだろう…

 まだ大学出たての菊池リンでは、40代前半の伸明をサポートできない…

 そういうことだ…

 つまりは、すべてにおいて、五井ありきだ…

 五井家があっての、ことだ…

 私は、考える…

 が、

 これは、当たり前のことだ…

 私にしても、五井家の御曹司である、諏訪野伸明に求婚されてるから、心が揺れている…

 ハッキリいえば、諏訪野伸明が、平凡なサラリーマンなら、ここまで、心が揺れない…

 諏訪野伸明は、長身のイケメンだが、同じように、長身のイケメンは、ごまんといる…

 諏訪野伸明が、金持ちだから、心が揺れているに過ぎない…

 藤原ナオキもまた、お金持ちだが、桁が違う…

 藤原ナオキは、成り上がり…

 単に、ここ十数年で、成り上がった、成金だ…

 なにより、私は、ナオキの無名時代から、知っている…

 それは、ちょうど、今をときめく芸能人が、売れない時代から、付き合いがあったのと、同じ…

 だから、どんなに有名になったり、偉くなったとしても、売れない時代を知っているから、正直、たいした人間とは思えない…

 それと、似ている…

 と、そこまで、考えると、私も金目当ての女だと気付いた…

 自分自身のことだから、気付かなかったのだ…

 私もきれいごとをずっと言い続けていたが、所詮、金目当ての性悪女だと、気付いた…

 これが、諏訪野伸明が、五井家の御曹司でなければ、きっと、ここまで、執着しない…

 なにより、身近に、藤原ナオキがいる…

 ナオキは、長身のイケメンで、成功者…

 楽天の三木谷や、ソフトバンクの孫から比べれば、足元にも及ばないが、成功者だった…

 従業員を千人抱えている、会社の社長だ…

 そのナオキと比べれば、大抵は小物…

 小物だ…

 私が、諏訪野伸明に惹かれたのは、やはり、金目当てだったのか?

 自分自身、思った…

 それまで、自分でも、よくわからない、意外な発見だった…

 やはり、伸明の背後に五井の名前を見ていたのか?

 自分で、自分のことが、よくわからなかった…

 あまり、考えもしなかった、自分自身の発見だった…

 自分自身、そこまで、金に目がくらんでいるとは、思わなかった…

 そこまで、五井の名前に、惹かれているとは、思わなかった…

 交通事故に遭い、奇跡的に助かった…

 が、

 すでに、癌が、カラダをむしばんでいる…

 末期かと思ったが、五井記念病院の検査で、そこまでではないと、言われた…

 だから、そこまで、悪くはない…

 だが、

 完治には、ほど遠い…

 そういうことだ…

 そして、その言葉で、つくづく、セカンド・オピニオンの重要性を思った…

 要するに、どんな病気でも、2つ、3つ、別の病院で、検査してもらえと、いうことだ…

 病院によって、出る結果が違うことがあるということだ…

 私は、率直にいって、癌が進行していたので、やけのやんぱちというか、どこか、人生を投げた感じがあった…

 誰だって、そうだろう…

 余命、〇年と言われて、

 「…ハイ…そうですか…」

 と、なんのためらいもなく、言える人間は、少ない(笑)…

 大抵は、最初は、どうにかならないものか? と、悪戦苦闘し、それが、ダメで、どうにもならないものと、わかって、ようやく、諦めがつくというか…

 仕方がない…

 とか、

 世の中、なるようにしか、ならないものだ…

 と、人生を達観する…

 そういうものだ…

 私の場合は、まさに、それだった…

 最初は、どうにか、ならないものかと、思ったが、時が経つにつれ、どうにもならないことが、身に染みて、わかった…

 それゆえ、開き直ったというか…

 生来、気が強かった私のキャラにさらに磨きがかかったというか…

 まさに、怖いものなしになった(笑)…

 いつ死ぬか、わからないから、先のことを、考える必要がなかったからだ…

 それが、一転したのは、ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に入院して、癌が、治るまでは、いかないが、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、知ったとき…

 それまでの、どこか、投げやりな生き方に変化が生じた…

 もしかしたら、もう少し、長く生きられるかも、と、思ったことが、その変化の理由だった…

 もしかして、もう少し、長く生きられるかも、と、思った時点で、心に変化が生じた…

 正直、ジュン君の運転するクルマにひかれて、五井記念病院に運ばれるまでは、諏訪野伸明のことは、あまり、思ってなかった…

 お金持ちのボンボンということは、わかったが、それだけだった…

 長身のイケメンで、もの凄いお金持ち…

 それだけで、凄いと思ったが、正直、私とは、なんの関係もなかった…

 ただ、キスをしただけの関係だった(笑)…

 それ以上の関係ではない(笑)…

 が、

 今となっては、内心、どこかで、今すぐにでも、それ以上の関係になりたいと、夢想する自分がいる(笑)…

 なぜなら、あのときは、自分が、余命いくばくもないと、思っていた…

 だから、神風特攻隊ではないが、捨て身になれた…

 先がないのだから、相手に遠慮することはない…

 それができた…

 が、

 今は、それができない…

 後、百年生きるわけではないが、思ったよりも長く生きれるかもしれない…

 そう考えると、欲が出てきたというか…

 せっかく、諏訪野伸明のようなお金持ちと知り合うことができたのだから、結婚したい…

 そう思うようになった…

 身分が違うから、そもそも結婚なんて、ありえない…

 一方では、そう思いながらも、でも、もしかしたら?

 と、考える自分がいた(笑)…

 まさに、高望みの極み…

 自分では、偏差値40では、会社で、出世は、ムリと、他人を批判しても、自分は、これだ(笑)…

 傍から、見れば、

 「…アンタが、あんな大金持ちと、結婚できるはずがない…」

 と、陰口を叩かれても、

 「…でも、もしかしたら?…」

 を、捨てることができない…

 まさに、自分勝手…

 自分勝手の極みだ(爆笑)…

 だが、誰でも、皆、そうなのかもしれない…

 自分のことは、甘く見る…

 そういうことだ…

 そして、それは、もしかしたら、思ったよりも、長く生きられるかもしれないと、思ったことから、始まった…

 と、

 ここまで、考えて、気付いた…

 私の変化…

 私の心の変化について、だ…

 変化は、態度に出る…

 当たり前だが、その変化を、諏訪野伸明は、感じたのかもしれないと、気付いた…

 変な話、私が、諏訪野伸明との結婚を意識した時点で、私の諏訪野伸明に対する態度が、変化した可能性がある…

 自分では気付かないが、ちょっとした変化をした可能性がある…

 誰でもそうだが、無意識の間に、諏訪野伸明に、おもねったりした可能性がある…

 男も女も、誰でも、そうだが、結婚を意識すれば、それまでと態度が変わるものだ…

 それが、いい変化ならばいいが、変に、相手に取り入るような、下手に出るような態度に変化すれば、相手も興ざめするものだ…

 まして、諏訪野伸明のような大金持ちは、そんな変化に敏感だ…

 なせなら、そんな経験は、これまで、ごまんとあるだろう…

 ただの長身のイケメンと、思っていたら、実は、そこに大金持ちが、加わった…

 最初は、知らなかったが、実は、大金持ちと知った…

 それから、態度を急変させた女を、これまで、無数に見てきたに違いない…

 それが、ないから、諏訪野伸明は、私に惹かれたのかもしれない…

 私としては、自分が、余命いくばくもないと、知っていたから、諏訪野伸明が、大金持ちでも、態度を変えなかった…

 所詮、長く生きれないから、自分には、関係ないと、思っていたのだ…

 それが、もう少し、長く生きれるかもしれないと、知って、欲が生まれた…

 諏訪野伸明と結婚できるかもしれないと、思って、欲が生まれた…

 その結果、諏訪野伸明に対する私の態度が、微妙に変わった可能性がある…

 自分では、気付かないが、その可能性もある…

 と、

 ここまで、考えて気付いた…

 諏訪野マミと、菊池冬馬が、誰に頼まれて、私の元へやって来たか?

 それは、これまで、気付かなかったが、諏訪野伸明の可能性もあるのではないか?

 その可能性に気付いた…

 いや、

 あの五井一族の二人が、やって来た以上、諏訪野伸明本人から、頼まれた可能性が高い…

 だから、あのとき、私が、

 「…伸明さんの母親の昭子さんから、頼まれたんですか?…」

 と、聞いたとき、二人は、思わず、顔を見合わせたのではないだろうか?

 私が、あのとき、昭子の名前を出したことで、

 「…いや、違う…」

 とも、言えず、互いに顔を見合わせたのではないか?

 そう、気付いた…

 諏訪野伸明本人に頼まれれば、二人とも嫌とは言えないし、また、堂々と、私に、

 「…この話はなかったことにしてくれ…」

 と、言える…

 そういうことだ…

 そして、もし、そうだとしたら、伸明の心の変化に気付かない、私の愚かさを、思った…

 要するに、あの女も、また金目当てだと、気付いたから、嫌になった…

 そういうことだ…

 それに、気付かない私も愚かだし、そう思われる私も嫌だった…

 さんざ、偏差値40の人間を、バカにしていたが、自分も同じだった…

 似たようなものだった…

 それに、気付いた瞬間だった…

               

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