第92話

文字数 5,799文字

 昭子の手元のスマホが、鳴った…

 それに、気付いた昭子が、パンパンと、手を叩いた…

 「…皆さん…申し訳ない…準備ができたようです…」

 それを合図に、部屋の扉が開いて、料理が運ばれてきた…

 テーブルに、料理が、並ぶ…

 懐石料理だった…

 日本料理だった…

 意外といえば、意外だった…

 てっきり、私は、フランス料理のコース料理でも、出てくるのかと、思った…

 それは、ユリコもまた、同じだったようだ…

 「…あら、てっきり、フランス料理が、出てくるものだと、ばかり、思ってた…」

 ユリコが言った…

 「…そうですか?…」

 昭子が、応じる…

 「…でも、私が好きじゃないんです…」

 「…好きじゃない?…」

 と、ユリコ…

 「…だって、日本人ですから、日本料理が、一番でしょ?…」

 昭子の言葉に、納得だった…

 私たちは、テーブルに続々並べられた皿の数々を見ながら、考えた…

 そして、不謹慎ながら、なにか、この料理に、意味があるのか、考えた…

 あるいは、あえて、日本料理を出す意味があるのか、考えた…

 なぜなら、この料理を出したのが、昭子だからだ…

 なにか、料理に込められたメッセージでも、あるのかと、深読みをした…

 あるいは、これは、考えすぎかもしれない…

 推理小説の読みすぎかもしれない…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…ひどい…」

 と、いう声がした…

 声の主は、佐藤ナナだった…

 「…これって、五井家…いえ、五井本家…いえ、そうじゃない…昭子さんが、私を受け入れないってことですか?…」

 「…なにを言っているの?…」

 と、ユリコ…

 「…たかが、料理じゃない…」

 と、ユリコが、続けた…

 「…いえ、たかが、料理じゃ、ありません…」

 と、佐藤ナナ…

 「…じゃ、この料理に、どんな意味があるの?…」

 と、ユリコ…

 「…この料理の意味は、純粋な日本人じゃなきゃ、受け入れないって、ことです…」

 佐藤ナナが、告げる…

 私は、仰天した…

 たかだか、出された料理を見て、そんなふうに、考えるなんて…

 そう、思った…

 そして、それは、ユリコも同じだったようだ…

 「…考え過ぎじゃない?…いくらなんでも、日本料理が出てきただけで、佐藤さんを受け入れないなんて…」

 「…でも…」

 「…だったら、昭子さんに、聞けば、いいじゃない?…」

 ユリコが提案する…

 すると、昭子が、

 「…料理に、意味があるか、否かは、そのひとの受け取り方次第…」

 と、曖昧に、言った…

 「…ちょっと、それ、どういうこと?…」

 と、ユリコが、突っかかった…

 「…やましいことが、心にあれば、動揺する…もしや、自分のしたことが、バレているのかと、動揺する…」

 「…」

 「…でも、なにもなければ、動揺しない…推理小説の殺人犯じゃないけれども、私を含め、この4人の中に犯人がいるとする…それで、主人公の、刑事か探偵に、この中に、犯人がいると、言われれば、犯人は、動揺する…いいえ、犯人だけが動揺する…」

 「…つまり、それって、この佐藤さんが、やましいことがあるってこと…」

 「…それは、佐藤さんが、なにより、わかっているんじゃなくて…」

 昭子が、言った…

 佐藤ナナは、俯いた…

 「…五井南家…南家はすべてをわかって、アナタを受け入れた…にもかかわらず、アナタは、相変わらず、重方(しげかた)の命で、動いている…」

 昭子が、断言した…

 「…冬馬が死んだのも、重方(しげかた)のせい…」

 …重方(しげかた)のせい?…

 …どういう意味だろう?…

 冬馬は、昭子さんに、見捨てられたから、自殺したんじゃないのか?…

 私が、思っていると、ユリコが、

 「…それって、冬馬さんが、自殺した原因?…」

 と、皮肉たっぷりに、言った…

 が、

 昭子は、そんなユリコを無視した…

 「…アナタと、伸明を結婚させるわけには、いきませんでした…」

 昭子が、ゆっくりと告げた…

 「…アナタと、伸明を結婚させれば、重方(しげかた)が、背後に、いることになる…」

 「…」

 「…そして、重方(しげかた)共々、重方(しげかた)の背後に、いる人物たちに、五井は、食い物にされる…」

 昭子の告白に、佐藤ナナの顔色が変わった…

 「…佐藤さん…」

 と、昭子が、続ける…

 「…アナタは、誰かの操り人形を演じる必要はないのよ…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…自分の人生を生きなさい…」

 「…」

 「…私のいう意味は、わかるはずよ…」

 昭子の指摘に、佐藤ナナは、なにも言わなかった…

 「…私が、重方(しげかた)を泳がせたのは、どこまで、やるか、見ておきたかったの…」

 「…」

 「…米倉平造と組んで、アナタを、この寿さんの担当看護師として、送り込んだ…冬馬の助けを借りて…」

 「…」

 「…冬馬は、こういってはなんだけれども、悪人には、なりきれない悪人だった…」

 「…どういう意味?…」

 と、ユリコ…

 「…根っからの悪人では、ないということです…」

 「…」

 「…だから、重方(しげかた」の行動を、私に告げた…)

 「…」

 「…その結果、重方(しげかた)を、五井から、追放するしか、なくなったということです…」

 穏やかに、告げた…

 「…だったら、冬馬さんは、どうして、自殺したの?…」

 と、ユリコが、聞いた…

 「…アレは、私のせいです…」

 と、昭子…

 「…昭子さんのせい?…」

 と、ユリコ…

 「…重方(しげかた)を追放する以上、冬馬もいっしょに追放するしかなかった…二人は、親子になってますから…ですから、菊池リンの夫として、戻らせようとしたんですが、伸明が…」

 と、ここまで、言って、言葉を切った…

 「…伸明さんが、どうしたの?…」

 と、ユリコ…

 「…伸明が、この佐藤さんに、心を奪われた…」

 「…エッ?…」

 ユリコと、当の佐藤ナナ本人が、驚いて、同時に、声を上げた…

 それを見て、

 「…事実です…」

 と、昭子が、告げた…

 その言葉に、佐藤ナナ本人が、絶句して、昭子を見た…

 「…私は、伸明の母親ですが、息子の女の好みまで、わからなかった…」

 と、苦笑した…

 「…伸明のことは、なんでもわかっているつもりでしたが、わかってなかった…もっとも、親子兄弟といえども、異性の好みは、わからない…ユリコさん…アナタも母親なら、わかるでしょ?…」

 昭子の問いかけに、ユリコは、苦笑するしかなかった…

 そして、ユリコは、そっと、私を見た…

 私、寿綾乃を見た…

 ユリコの息子、ジュン君とは、何度か、繋がった…

 男女の関係になった…

 それを、思い出した…

 私にとって、恥ずかしい過去だが、ユリコにとっては、忘れることのできない、忌々しい過去に違いない…

 ユリコが、忌み嫌う私と、自分の息子が、男女の関係になったのだ…

 まさに、ユリコにとっては、想定外…

 怒髪天を突く、想定外の事態だ…

 こんなことは、言いたくないが、ユリコは、自分の夫も、自分の息子も、私に盗られたことになる…

 それを思えば、今さらながら、ユリコが、私を忌み嫌う理由が、わかる気がする…

 私自身、悪意が、あったわけではないが、結果的に、ユリコを傷つけた事実は、重い…

 ただ、それを抜きにしても、私とユリコは、合わなかった…

 人間として、合わなかった…

 二人きりで、話すのは、嫌…

 近くで、ユリコのいる姿を見るのも、嫌…

 そして、それは、ユリコもまた、同じだったろう…

 ひとは、誰もが、聖人君子ではない…

 自分が、嫌いな人間は、誰もが、存在するし、真逆に、自分を嫌いな人間も、また存在する…

 私にとっては、ユリコがそれだし、ユリコにとっては、私が、それだった…

 つまり、犬猿の仲ということだ(笑)…

 そんな二人が、同じ男を取り合ったということだ…

 同じ、父子を取り合ったということだ…

 余計に、仲が悪くなる…

 関係が悪化するだけだった(笑)…

 私は、今さらながら、それを思い出した…

 「…伸明が、佐藤さんに、心を奪われた…」

 と、昭子が続けた…

 「…そして、そんな伸明を見て、私は、考えました…」

 「…なにを、考えたの?…」

 と、ユリコ…

 「…佐藤さんが、伸明の好みならば、佐藤さんと、似たようなルックスの異性を、伸明に、あてがえばいい、と…」

 仰天の告白だった…

 「…それが、菊池リンさん…ですか?…」

 と、思わず、私が、口を挟んだ…

 昭子は、私を見て、

 「…そう…」

 と、短く、呟いた…

 「…でも…」

 と、私は、言った…

 「…菊池さんは、以前、伸明さんと、結婚の話があって、それを断ったんじゃ…」

 「…その通りです…」

 「…じゃ、どうしてですか?…」

 「…どうしてって?…」

 「…だって、菊池さんを、再び、伸明さんと、結婚させようとしても、結果は、同じじゃ…」

 「…同じじゃ、ありません…」

 と、昭子が、断言した…

 すると、ユリコが、面白そうに、

 「…あら、どうして、同じじゃないの?…」

 と、聞いた…

 ぜひ、昭子の意見を聞きたいと、いう感じだった…

 「…若い女…」

 と、昭子が、言った…

 「…その良さに、目覚めたというか…歳を取って、若い女が、欲しくなったといえば、言い過ぎですが、自分が、若さがなくなった分…相手の若さが、羨ましくなった…」

 昭子が、説明する…

 すると、その場の雰囲気が、一気にシーンと、なった…

 シーンと落ち込んだ…

 なぜなら、その通りだからだ…

 昭子の言う通りだからだ…

 この佐藤ナナ当人は、除いて、私と、ユリコ、昭子の三人は、皆、歳を取っている…

 私は、32歳…

 ユリコは、40代前半…

 そして、昭子に至っては、70代だ…

 皆、23歳の佐藤ナナに、比べれば、はるかに、歳を取っている…

 佐藤ナナに、比べれば、若さが、なくなっている…

 だから、余計に、若さが、羨ましい…

 なにより、昭子の言っていることが、よくわかった…

 心に沁みたと言うか…

 それを思えば、ジュン君もまた、同じだろう…

 ふと、思った…

 さっきも、言ったように、ユリコの息子のジュン君とは、何度か、繋がった…

 ハッキリいえば、男女の関係になった…

 が、

 ジュン君は、二十歳…

 私は、32歳…

 十二歳も、違う…

 十二歳も、歳が離れている…

 ジュン君は、心の底から、私と結婚したがっていたが、それは、まだジュン君が若いから…

 後十年も経てば、ジュン君の心が離れる…

 ジュン君が、30歳になれば、私は、42歳…

 42歳のオバサンより、二十歳の若い娘が、欲しくなる…

 自分の若さが、なくなってくるからだ…

 人間は、男女の別なく、歳を取れば、若い人間に、憧れる…

 これは、おそらくDNAレベルで、そう決まっているのだろう…

 別段、男女とも、若い子と、不倫をするまでもなくても、なんとなく、若い子に、憧れるものだ…

 それが、私も、ユリコも、昭子さんも、わかっている…

 私は、今、拘置所の中にいる、ジュン君を思いながら、そう考えた…

 そして、その現実を、ジュン君の母親である、ユリコは、誰よりも、わかっていると、今さらながら、思った…

 そんなことを、考えていると、

 「…つまり、状況が変わったんです…」

 と、昭子が、続けた…

 「…状況って?…」

 と、ユリコが、聞いた…

 「…以前は、リンちゃんのことを、なんとも、思ってなかった…でも、この佐藤さんが、現れて、佐藤さんの若さに、惹かれた…」

 「…」

 「…そして、そういう目で、リンちゃんを見れば、今度は、リンちゃんを、以前とは、違った目で、見ることが、できる…」

 「…違った目?…」

 と、またも、ユリコが、口を出した…

 「…同じリンちゃんでも、以前は、親戚の歳の離れた女のコ…でも、佐藤さんを見て、同じようなタイプのリンちゃんを、あらためて、見れば、一人前の女として、見れる…」

 「…一人前の女…」

 と、今度は、私が、言った…

 「…そう…それが、同じ女でも、見方が異なるということ…」

 昭子が、告げた…

 そして、それを聞きながら、今さらながら、昭子の目的がわかった…

 おそらく、この昭子は、ピンチをチャンスに変えたのだ…

 この若い、佐藤ナナが、伸明の前に現れ、伸明の心を奪った…

 それに、昭子は、慌てたが、すぐに、それを、チャンスに変えた…

 この佐藤ナナと、菊池リンは、タイプが似ている…

 共に、愛くるしく、可愛らしい…

 ルックスも似ている…

 当たり前だが、一族だからだ…

 違いは、肌の色のみ…

 だから、この佐藤ナナを見て、菊池リンを見れば、見方が変わる…

 今さらだが、菊池リンを、女として、見れる…

 一人前の女として、見れる…

 そして、もし、伸明が、菊池リンを、伴侶として、選べば、万々歳…

 菊池リンは、昭子の一卵性双生児の妹、和子の孫…

 その菊池リンと、息子の伸明が、結婚すれば、自分たち姉妹の息子と孫が、結婚することになり、昭子と和子で、五井一族を支配することができる…

 つまりは、五井本家にあっては、強固な地盤ができる…

 そういうことだ…

 これまで、昭子と和子は、五井本家の建造と、義春の兄弟と、結婚することで、強固な繋がりがあった…

 それが、互いの息子と孫が結婚することで、さらに、繋がりが、深くなった…

 なにより、信頼できる…

 身近な一族だからだ…

 そして、昭子と和子が、この世から去っても、この強固な地盤は、変わらない…

 それを、思ったとき、

 …なんて、したたかな女!…

 あらためて、考えた…

 佐藤ナナに心を奪われた伸明の心を、うまく利用して、菊池リンと、結婚させようとする…

 なにより、本来、菊池リンと、伸明が結婚するのが、ベスト…

 一番だ…

 五井は、同じ五井一族と、結婚するのが、原則…

 なにより、その原則を当主自らが、破るのは、他の一族に、示しがつかない…

 つまり、時間がかかったが、伸明は、本来、一番、結婚するのが、ベストな相手と、結婚するかもしれないかもしれないのだ…

 まさに、災い転じて福となす…

 その実例だった…

 が、

 本当にそうか?

 ふと、疑惑が、心の隅をよぎった…

 これは、偶然か?

 はたまた、最初から、狙っていたのか?

 そんな考えが、脳裏をよぎった…

 果たして、偶然で、そんなにうまくゆくのだろうか?

 甚だ、疑問だった…

 目の前の、懐石料理を見つめながら、その思いが、膨らんだ…

                

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