第67話

文字数 3,094文字

「王様を城に封じ込めたって、どれはどういう……」
「そのまんまよ。閉じ込めてやったの。いい気味だわ」
「──どうしてそんなことを……」
 ロゼリアの青い瞳が、炎を映してきらりと光を返した。
「王位を継げない王族なんて、どれだけ惨めな人生が待ってると思ってるの? 執政の席でも空いていなければ、王子は街をひとつもらって、そこの領主ていどに収まるしかないし、王女は堅苦しい作法に縛られながら、見たこともない遠縁の家に嫁がされて、見た目だけはきれいな牢獄につながれて一生死んだように暮らすのよ。そんな人生まっぴら。だから私は私のやり方で、自分の力で、運命を切り開いたの。
 あなたが妙なことを言い出さないで、私が国王代理になれれば、私はこの国を手に入れて、もう何にも縛られないですむはずだったのに、あんたたちのせいでめちゃくちゃよ! どうしてくれるのよ!」
 ロゼリアはクマをつかむと、力任せに床に投げつけたが、クマはポフッと弾んで転がった。視界がぐらりと揺らいだものの、身構えたほど痛くもなく、シノワはもぞもぞと立ち上がると、てくてく歩いてロゼリアの隣へ座った。
 ロゼリアはそのまま膝を抱えて泣き出してしまった。シノワは何だか力が抜けて、彼女の泣くのを呆然と眺めた。
 ずいぶんと妖艶な雰囲気を持つ人だが、もし始めから真っ暗闇の中で出会ったのであれば、中等学院生だと思ったかもしれない。シノワはロゼリアの言葉の端々に幼なじみのイディアを感じていた。彼女は三人の兄を持つ末っ子で、少々わがままなところがある。
 さめざめと泣くロゼリアの隣で、シノワはじっと何かを考える風に黙っていたが、顔を上げる。
「つまり、ロゼリアさんは、牢獄につながれるのと、元のようにお城に戻るのが嫌だってことですね?」
「それだけは嫌よ」
「じゃあ、カデンツに来ませんか?」
「は?」
「もう何年もカデンツにいたってことは、それなりに気に入ってるってことですよね?」
「何が言いたいのよ」
「もし、無事魔法を封じられたら、僕の家に来ませんか? 特に何もない街ですが、僕はカデンツで暮らしていて不幸だと思ったことはありません」
「あなた、バカなの? 何を言ってるのよ。カデンツなんかで一生暮らせって言うの?」
「今の僕にはそれ以上の提案はできません。確かに僕の家はお金持ちじゃないので、あんまり贅沢はできませんが、元のようにお城に戻るよりはいいと思いますよ。だって死ぬほど嫌なんでしょう?」
 ロゼリアはかっと顔を赤らめる。
「バカ言わないで。カデンツにいたのは暇つぶしよ。気に入ってたわけじゃないわよ」
「父はカデンツ領主ですから、頼み込めば、力を貸してくれるはずです。ここから出たらガゼルにも相談してみましょう。何かいい知恵を貸してくれるはずです」
「ガゼルなんかに頼むのは嫌よ! あいつが私の言うことを聞くわけがないじゃない」
「どうしてですか?」
「バカね、あなたが今どうしてクマになってるのか忘れたの?」
 ロゼリアのしかめっ面に、小さなため息がシノワの口からもれ出る。
「良くも悪くも、ガゼルは自分のことで怒ったりするような人じゃありませんから大丈夫ですよ。それに、ちゃんとわけを話せばわかってくれるはずです」
「本当に何もわかってないのね。魔法使いの中で一番ひどい人間はガゼルなのよ。あいつは優しいけど、優しいふりをしてるだけ。本当は誰がどうなろうとどうでもいいのよ」
「まさか」
「ガゼルも私とたいして変わりはないの。あいつも法庁(バーカナン)を抜け出して、自由にこの国を歩き回りたかったのよ。だから、私が【星】を盗んでも月を増やしても、昼を二度繰り返してもほったらかし。ガゼルならそれを止められたのに。もう法庁(バーカナン)の仕事なんて嫌なのよ。この国のことも、あなたのことだって、本当はどうでもいいのよ。
 その点、ジュストは潔くていいわ。あいつは優しいふりなんてしないもの。口調こそ丁寧だけど、いつも野心と敵意に満ちてて、心配だとか寒気がするようなウソをついたりしないもの」
 早口に言い放つ。すぐにシノワが何か反論するかとロゼリアは待ちかまえていたが、シノワは自分のまあるい足先あたりを見つめたまま、じっと押し黙っていた。ロゼリアが勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らすと、ようやくシノワは口を開いた。
「……月を増やしてたの、ロゼリアさんだったんですね。
 ロゼリアさん、ガゼルはあなたのこともこの国のことも、ほったらかしにしたわけじゃないですよ。僕と旅に出るまで、ガゼルはカデンツの路地裏にいたんです。ちょうどロゼリアさんがいた酒場の西側です。あなたのことが心配で、たぶん、あなたがお城から姿を消してから、ずっと見守ってたんです」
「何言ってるのよ。私はカデンツでガゼルを見かけたことなんかないし、大体ずっとガゼルは行方不明だったじゃない。ジュストはずっと行方を捜してたのよ?」
「もし、ガゼルがあなたがカデンツにいるって報告したら、王家も法庁(バーカナン)や軍を使ってあなたを捜し出して、お城に連れ戻したはずです。ガゼルはそうしたくなかったんじゃないでしょうか」
「……どうあってもガゼルを善人だと思いたいわけね。でもね、早く目を覚ました方がいいわ。魔法使いなんて、ろくでもない人種よ」
 シノワは首をふる。
「ガゼルは信じていい人です」
「魔法使いなんて信用しないわ」
 キッパリとしたロゼリアの言いように、シノワは困ったなあと頭をかいた。やはりガゼルのようには、うまく言葉が出てこない。
 そもそも、シノワも始めはガゼルのことを信用していなかったわけで、彼の態度や説明不足がいろいろと誤解を招きやすいこともよくわかっている。こういう時のためにも、もう少し自分のことも大事にしてくれればいいのだが、ガゼルはそういうことにはいっこうに無頓着なのだ。
 困ったものだとシノワは胸の内にため息をこぼすと、顔を上げる。
「魔法使いの証文のわたし方をご存じですか?」
「今度は何?」
「魔法使いがダメなら、僕のことを信用してくれませんか?」ロゼリアがまたうんざりとした顔をして、何か言いかけたが、それを押しとどめて続ける。「ここを出て魔法を封じた後、ロゼリアさんが牢獄に入れられたりお城へ連れ戻されたりしないように、力を尽くします。僕にできることはそんなに多くありませんが、できるだけのことはしますし、ガゼルや領主の父にも協力してもらえるように頼んでみます」
 ロゼリアはいぶかしげに眉をひそめる。
「その証文をわたしたいってこと?」
「はい。証文がなくても僕はそうしますが、あった方がいいでしょう? どちらにせよ、ロゼリアさんに損はないはずです」
 証文に反すれば、証文をわたした者の命は消える。つまり証文をわたすということは、約束に命を預けるということである。
「ここから出られないって言ってるのに」
「出られますよ。ガゼルは外にいるんですから、必ずどうにかしてくれます」
「……条件は?」
「【星】を返してください」
「嫌だってさっき言ったわ」
「でも、ロゼリアさんはいつまで国王代理をやるんですか? いつまでも国王陛下を封じ込めてしまったことを隠し通していけるとは思えません」
「ジュストが何とかするわよ」
「学院長のことは、本当に信用できるんですか? 学院長は本当にロゼリアさんのことを考えてくれてるんでしょうか?」
 ロゼリアはぐっと言葉を詰まらせた。ジュストがロゼリアの身を案じることなどないだろう。彼にとって大切なことは、ロゼリアが上手く動く手駒かどうかだ。ロゼリアがあまり彼の思うように動かなければ、うまく切り捨てられるだろう。
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