第74話

文字数 2,991文字

 正式に法庁(バーカナン)に戻ってから、ガゼルは、てきぱきと指示を出し、ラメールのユル本家へ新たな当主の選任と、ノービルメンテの中枢組織からユル家の人間を全て解任することと、その後任はユル家以外の人物から選出するよう命令を出した。そんな命令をユル家が受け入れるとは、シノワには思えなかったが、ガゼルは淡々と書類を作成してロンにわたした。そして王城へは、きちんと使者を立てて、侍従長へと司祭の訪問についての文書が送られた。
 法庁へ戻ったガゼルは、いつもの薄い緑の法衣(ウルムス)ではなく、真っ黒な法衣を身につけていて、それが正式な司祭の法衣らしかったが、なんだかおかしな感じだった。黒い色はガゼルに少しも似合っていない。
 夕方近くになって、ようやくガゼルはシノワたちのいる法庁の隠し部屋に戻ってきて、シノワが父への報告のために書いていた手紙をのぞき込んだ。
「君は本当に真面目だなあ」
「うちは厳しいんですよ。ガゼルはもう仕事は終わったんですか?」
 うーん、とガゼルが渋い声を出す。
「急ぐものは大体片付いたんだけど、あとは、外の様子を見に行かないといけない」
 シノワは言葉に誘われるように窓の外へ目をやった。夕空の他には何も見えはしなかったが、ここにもかすかにざわめきが聞こえている。
「……僕も見に行っていいですか?」
「見て面白いものじゃないよ」
「ちゃんと見ておきたいんです」
 ガゼルは何か言いかけたようだったが、ひとつうなずいて、「ついておいで」と手でこまねいた。

「やれやれ、こりゃあ大変だね」
 ガゼルはのんきに言ったが、法庁の周りは大変な騒ぎだった。
 王と王女の暗殺疑惑を信じた者たちや、ジュストの行った人事の無効や、ノービルメンテ学院長及び、ユル家当主退任を求める抗議団体と、魔法封じへの反対派と推進派が王都でぶつかって、大混乱に陥っているのだった。
 特に法庁の周りにいる集団は、司祭を出せと騒いでいた。全ての元凶は無能な司祭が行方をくらまし、魔法使いを統率できていないことにあると。
 ガゼルはこの騒ぎの鎮圧に必要そうな魔法使いの数や、いろいろな指示をメモに書き、事務室へつながっているらしい、見えない引き出しの中にそれを入れた。
「いつもなら綺麗な夕日が見られたんだけど、これじゃ台無しだね」
 ガゼルは屋上の塀の上に座って、下界の騒ぎをのぞき込んでいる。
 ガゼルの言ったように、王都は夕日に照らされて、金色に輝いていた。街全体が白っぽい石造りの建物が多いため、夕日を照り返して美しく金色に染まるのである。これが、この王都ホルトゥス・レグルスが黄金の街とも呼ばれている所以(ゆえん)である。
 しかしシノワたちの眼下には、何万という灰色の人の波が押し寄せていた。そこから司祭を出せ、司祭を断罪しろという声が響いてくる。
 シノワは唇を噛みしめる。
 人の上に立つということ。それはこういうことなのだとシノワは思った。何かを決めれば、そこに生じた批判は上に立つ者に向かう。たとえ、本人には何の罪もなかったとしても。その役目を負うことを、ガゼルは生まれた時から決められてしまっている。
「──こんなのは嫌です」
「魔法封じをやめたくなったかい?」
 ガゼルがいつものようににやりとするが、シノワは口元を引き結んだ。その顔を見て、ガゼルはめずらしく苦笑した。
「みんな、何もわかってない。ガゼルはずっと司祭として正しいことをやってきた。法庁にいなかったのも【星】とロゼリアさんを見張っていたからで、学院長のことだって、あの人が無理矢理に推し進めたことで、ガゼルの責任じゃありません。ガゼルは止めようとしたのに」
 でも、ここに集まっている人々にはそれがわからない。知ることができない。ただ、渦巻く不満や不安をぶちまけることしかできない。
「大丈夫。こんなのは想定内だ。君が心を痛める必要はない」
「……ガゼルは、こうなることがわかってたんですか?」
 ガゼルはまた、眼下の人々に目を落とす。
「魔法を解放すれば、ユルが何かしでかすことも、魔法を使ったデタラメな事件が多発することも、それが行きすぎれば、こうして法庁や私に対しての批判が爆発するだろうということも、クリフォードも私もわかってたし、私にはこれをどうにかすることができるよ。だから、大丈夫。君は魔法を封じるか封じないか、それだけを考えてくれればいいんだよ」
 その言い方にハッとする。
「ガゼルは──」シノワは思わずガゼルの袖を引く。「僕が魔法を封じると決めたら、その責任を全部一人で引き受けるつもりですか」
 ガゼルは最初からそのつもりだったのではないかとシノワは思った。当主の元を巡っているときも、シノワのことは旅の道連れだとしか言わなかったではないか。シノワが魔法を封じてほしいと言ったから旅に出た、などとは言わなかった。
 ガゼルはいつものように、笑って首をふる。
「大丈夫だよ。ちゃんと当主たちにも、おうかがいを立てたじゃないか」
「そういうことじゃなくて、ガゼル、僕は──」
 言葉をさえぎるように、人差し指でツンとシノワの眉間をつつき、ガゼルはチチッと舌打ちをした。
「私が君を、こんなことの矢面に立たせるとでも?」
「ガゼル」
「心配するな。見てごらんよ。君の他にも、魔法の解放で痛い目を見た人だってたくさんいて、魔法を封じてほしい団体もこうしてできあがって騒いでる。解放された魔法を使って、魔法使いが悪巧みをする危険性も知れわたった。世の中はうまく君の思う方へ転がってるんだよ。大丈夫。手はいくらでもある。なんとでもなるよ」
 鼻の奥がつんとして、シノワはうつむいた。悔しくてシノワは奥歯を噛みしめる。
「ごめんなさい、ガゼル。僕はガゼルの力になりたいのに、僕はいつまでたっても、何もわかってないお子様で──」
 一生懸命やってきたつもりだったが、物事の本質もわからず、結局はずっとガゼルに守られているだけの子どもでしかなかった。
 ふっとガゼルが吹き出す。
「何言ってるんだ。君は本当に自分のことがわかってないね。君はまだ、路地裏まで私を訪ねてきた時と、同じ場所に立ってるつもりでいるのかい?」
 ちゃんと顔を上げたまえ、とアゴを持ち上げられる。
「いいかい、よく思い出してごらんよ。君は旅に出る時、ご両親に自分の意見を言うことすらできなかったんだよ。特に父上には気を遣いすぎて、目を見て話すこともできなかった。なのに、この間は私のために、父上にあんなに苦しい言い訳をしながら、一生懸命頭を下げてくれたじゃないか。
 ユルの放った魔法も斬ってくれた。魔法を斬ったこともないのに、他でもない、当主の魔法を斬ったんだよ。あの時は、君がいなかったら、本当に危なかったんだ。フェローチェじゃ、自分より年下の男の子との勝負にも、あんなに緊張してたのに、当主に立ち向かったんだ。
 それにロゼリアのことも、うまく説得して【星】を取り戻してくれたじゃないか。あのわがままなお姫様からだよ。それを君は全部なかったことにしてるのかい?」
 ロゼリアに証文をわたしたのはちょっとやり過ぎだけど、とガゼルは苦笑した。
「今だって、私は好き勝手言われてるけど、べつにこんなのはどうってことないんだよ。君は私のことを知っていてくれるだろう? 私はそれで充分だ。私は何度も君に助けられてる。君はちゃんと前へ進んでるんだよ、シノワ」
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