第18話
文字数 2,978文字
「レジンさん。誓約 をさせていただけませんか?」
レジンはまたしてもたっぷり五秒は間を開けてから、「はあ?」と言って飛び起きた。
「誓約 ?」
「はい」
誓約 とはテュール家が発祥と言われている、何かを賭けて行う正式な剣の勝負のことで、早い話が公式の決闘である。勝った方が、何でも相手に命令することができる。
「お前、そもそも剣なんか持ったあるのかよ」
「はい。階級は練習生 です」
それを聞くと、レジンは、へえ、と意外そうな顔をした。スタンヌムとは練習生という意味ではあるが、特別天才的な才能でもあるのでなければ、十代としては一番上の階級となる。しかしテュールと一般人の間には大きな差があり、一般人の練習生 はテュールではひとつ階級を下げた使部 だと言われている。
「本気で言ってるのか?」
「もう、それしか思いつかなくて」
「お前が勝ったら、魔法封じに賛成しろって?」
「ダメですか? でも誓約 ってそういうものでしょう?」
昔から自分の力ではどうにもできないことをくつがえすために、誓約 は行われてきたのである。
「そうだけど、俺だけの問題ならともかく、いくら俺が当主でも、一族のことは俺の一存では決められないからな」
「じゃあせめて、もう一度考えてもらうチャンスをもらえないでしょうか」
うーん、とレジンは腕組みをする。先ほど全会一致で魔法封じに反対すると決まってしまったものを、くつがえすのは難しいだろう。そもそも集まってもらえるかもあやしい。
「僕は真剣にやりますよ。テュールは本気で挑む者を拒むんですか?」
レジンは更に渋い声でうなる。確かに誓約 は昔からのテュールの作法であるし、もし本当にシノワが勝てば、もう一度会議を開くぐらいは問題ないだろう。
「いくらなんでも、お前と俺じゃハンデ付けたって勝負にならないから、お前に合いそうなやつを代理で出す、でいいか?」
「はい」
「……大怪我しても知らねえぞ」
「覚悟の上です」
笑ってごまかせそうにない、シノワの真剣な顔を見ると、レジンは心底困ったという顔をして、首の後ろをかいた。
テュールでは古くから、剣と、それにかける誇りとを重んじてきた。現在では鍛冶師としての印象が強くなったテュールだが、もっと戦争の盛んな頃は、多くの戦士や将軍を輩出し、歴代の軍幹部にもテュール家出身の者が多い。
そのテュールの本拠地であるフェローチェに男の子が生まれると、言葉の次に剣のあつかいを教え込まれる。そして十三歳になると真剣をふることを許され、そこで初めて大人のあつかいを受けることになるのである。
そしてその中で剣士 になるには、数千人いる剣を扱う者の中で、上位百人に入らなければならない。その剣士 を束ねる剣の長 が、テュール家当主ということになる。
そんな剣と共に育つようなテュール家の者に、一般人のシノワが誓約 を挑むというので、二人が立ち合うことになった広場には、多くの人だかりができていた。
女や子どもも集まっていたが、その他はどちらを向いても屈強な男ばかりで、その中の誰と試合をすることになるのかと思うと、シノワは胃がぎゅっと縮み上がる心持ちがした。そもそもシノワは、剣の教えは受けていたが一年前に辞めてしまっていて、もちろん誓約 など申し込むのは初めてなのだった。
「やっぱり僕ってバカなんでしょうか……」
シノワの口から弱々しい言葉がこぼれる。
「私はバカは好きだよ」
「こんな時ぐらい、そんなことないとか言ってくださいよ」
泣き出しそうな声にガゼルは、あはは、と声を上げて笑った。
「君は時々妙に現実的なのに、時々妙に向こう見ずだな」
「バカですみません」
シノワがふてくされてしゃがみ込むと、ガゼルもその隣にしゃがむ。
「大丈夫だシノワ。君は勝つよ」
「それって予言ですか?」
「いや、私の希望だ」
一瞬明るさを取り戻したシノワの顔が、また少しかげったのを見てガゼルはシノワの両ほほをつまむ。
「まずは望まなければ始まらない。君はテュールに勝って、もう一度議会を招集してもらって、協力するって証文をもらいたいんだろう?」シノワがこくりとうなずくと、ガゼルも満足げにうなずく。「テュール家の人間は強い。けど、まず心で負けてはダメだ。十中八九ダメでも、意思の力で勝つってこともたまにはある」
「何ですかそれ」
また情けない顔をするシノワのほほをぺちぺちと叩き、シノワの名前が呼ばれると、ガゼルはシノワを立たせて背を押した。
「負けても勝つ気で行きたまえ」
わけのわからない励まし方だったが、シノワは腹をくくるしかないと、精一杯背筋を伸ばし、広場の中央で待つレジンの元へと踏み出した。
レジンの隣には一人の少年が木剣を携えて立っていて、シノワがその前に立つと、その木剣をシノワに手渡した。少年はシノワより幾つか年下のようで、背もシノワより拳ひとつ分ほど低かった。しかし肩や袖からのぞく腕が筋張っていて、鋭い目つきにシノワは気圧されそうになる。
レジンの話では、彼は最近シノワと同じ練習生 に昇格したばかりだと言い、シノワと他の少年との打ち合いを少し見てレジンが決めた。
「フィンだ」
レジンが短く紹介すると、フィンはシノワを睨んだまま小さく頭を下げた。
「シノワと言います。よろしくお願いします」
シノワは丁寧に挨拶をしたが、フィンは黙ってシノワを睨んでいた。
「じゃあ、お前はテュールの会議の再開催をかける、フィンは俺の代理とはいえ、勝負するのはフィンだから、勝ったらフィンの望みをきく、でいいか、シノワ」
「もちろんです」
「フィンは初対面のお前に、特にやってもらいたいこともないから、次の昇格試合への出場権を望んでる。それで問題ないな?」
「はい。それで大丈夫です」
「それじゃ、決まりだな」
シノワがぺこりと頭を下げると、レジンは位置に付けと手をふる。今回はレジンが審判 を務めるらしい。
試合のルールは流派ごとに細かい決まり事があるのだが、誓約 に関してはごくシンプルなルールしかない。相手を戦闘不能にするか、降参させた方が勝ちとなる。もちろん、魔法を使うのは反則になる。
今では木剣を使うのが一般的だが、古くは真剣で、相手が命を落とすまで戦ったらしい。今でも打ち所が悪ければ命を落とすこともあるという話だが、基本的には相手を殺すことは良しとされない。
とにかく、剣で相手が戦えなくなるまで打ちのめす。それが誓約 のルールだ。
「抜刀 」
審判 の声と共に、二人は長剣を抜く仕草をして、木剣を右手に持つ。
「礼 」
フィンは美しい所作でシノワの肩に木剣の刃先を載せる。テュール一族の者として、一般人に負ける気などないという強い気迫が伝わった。
シノワもまたフィンの肩に木剣の刃先を載せる。
「手加減なんてしないからな」
「はい」
二人は同時に軽く膝を折り、数歩ずつ下がると剣を構えた。
「始め !」
深く息をつき、シノワは心を決め、駆けた。
ヒョウ、と剣が鳴く。
レジンは目をみはる。シノワの剣はレジンが思っていたほどには、遅くも軽くもなかった。
「練習生 っていうの、本当みたいだなあ」
誰に言うとでもなくつぶやいて、レジンは面白そうに二人の打ち合いを目で追う。自分から誓約 を申し込んだのだから、それなりに剣を使えるのだろうとは思ったのだが、普段のシノワの少し気弱な雰囲気からはなかなか想像できない。
レジンはまたしてもたっぷり五秒は間を開けてから、「はあ?」と言って飛び起きた。
「
「はい」
「お前、そもそも剣なんか持ったあるのかよ」
「はい。階級は
それを聞くと、レジンは、へえ、と意外そうな顔をした。スタンヌムとは練習生という意味ではあるが、特別天才的な才能でもあるのでなければ、十代としては一番上の階級となる。しかしテュールと一般人の間には大きな差があり、一般人の
「本気で言ってるのか?」
「もう、それしか思いつかなくて」
「お前が勝ったら、魔法封じに賛成しろって?」
「ダメですか? でも
昔から自分の力ではどうにもできないことをくつがえすために、
「そうだけど、俺だけの問題ならともかく、いくら俺が当主でも、一族のことは俺の一存では決められないからな」
「じゃあせめて、もう一度考えてもらうチャンスをもらえないでしょうか」
うーん、とレジンは腕組みをする。先ほど全会一致で魔法封じに反対すると決まってしまったものを、くつがえすのは難しいだろう。そもそも集まってもらえるかもあやしい。
「僕は真剣にやりますよ。テュールは本気で挑む者を拒むんですか?」
レジンは更に渋い声でうなる。確かに
「いくらなんでも、お前と俺じゃハンデ付けたって勝負にならないから、お前に合いそうなやつを代理で出す、でいいか?」
「はい」
「……大怪我しても知らねえぞ」
「覚悟の上です」
笑ってごまかせそうにない、シノワの真剣な顔を見ると、レジンは心底困ったという顔をして、首の後ろをかいた。
テュールでは古くから、剣と、それにかける誇りとを重んじてきた。現在では鍛冶師としての印象が強くなったテュールだが、もっと戦争の盛んな頃は、多くの戦士や将軍を輩出し、歴代の軍幹部にもテュール家出身の者が多い。
そのテュールの本拠地であるフェローチェに男の子が生まれると、言葉の次に剣のあつかいを教え込まれる。そして十三歳になると真剣をふることを許され、そこで初めて大人のあつかいを受けることになるのである。
そしてその中で
そんな剣と共に育つようなテュール家の者に、一般人のシノワが
女や子どもも集まっていたが、その他はどちらを向いても屈強な男ばかりで、その中の誰と試合をすることになるのかと思うと、シノワは胃がぎゅっと縮み上がる心持ちがした。そもそもシノワは、剣の教えは受けていたが一年前に辞めてしまっていて、もちろん
「やっぱり僕ってバカなんでしょうか……」
シノワの口から弱々しい言葉がこぼれる。
「私はバカは好きだよ」
「こんな時ぐらい、そんなことないとか言ってくださいよ」
泣き出しそうな声にガゼルは、あはは、と声を上げて笑った。
「君は時々妙に現実的なのに、時々妙に向こう見ずだな」
「バカですみません」
シノワがふてくされてしゃがみ込むと、ガゼルもその隣にしゃがむ。
「大丈夫だシノワ。君は勝つよ」
「それって予言ですか?」
「いや、私の希望だ」
一瞬明るさを取り戻したシノワの顔が、また少しかげったのを見てガゼルはシノワの両ほほをつまむ。
「まずは望まなければ始まらない。君はテュールに勝って、もう一度議会を招集してもらって、協力するって証文をもらいたいんだろう?」シノワがこくりとうなずくと、ガゼルも満足げにうなずく。「テュール家の人間は強い。けど、まず心で負けてはダメだ。十中八九ダメでも、意思の力で勝つってこともたまにはある」
「何ですかそれ」
また情けない顔をするシノワのほほをぺちぺちと叩き、シノワの名前が呼ばれると、ガゼルはシノワを立たせて背を押した。
「負けても勝つ気で行きたまえ」
わけのわからない励まし方だったが、シノワは腹をくくるしかないと、精一杯背筋を伸ばし、広場の中央で待つレジンの元へと踏み出した。
レジンの隣には一人の少年が木剣を携えて立っていて、シノワがその前に立つと、その木剣をシノワに手渡した。少年はシノワより幾つか年下のようで、背もシノワより拳ひとつ分ほど低かった。しかし肩や袖からのぞく腕が筋張っていて、鋭い目つきにシノワは気圧されそうになる。
レジンの話では、彼は最近シノワと同じ
「フィンだ」
レジンが短く紹介すると、フィンはシノワを睨んだまま小さく頭を下げた。
「シノワと言います。よろしくお願いします」
シノワは丁寧に挨拶をしたが、フィンは黙ってシノワを睨んでいた。
「じゃあ、お前はテュールの会議の再開催をかける、フィンは俺の代理とはいえ、勝負するのはフィンだから、勝ったらフィンの望みをきく、でいいか、シノワ」
「もちろんです」
「フィンは初対面のお前に、特にやってもらいたいこともないから、次の昇格試合への出場権を望んでる。それで問題ないな?」
「はい。それで大丈夫です」
「それじゃ、決まりだな」
シノワがぺこりと頭を下げると、レジンは位置に付けと手をふる。今回はレジンが
試合のルールは流派ごとに細かい決まり事があるのだが、
今では木剣を使うのが一般的だが、古くは真剣で、相手が命を落とすまで戦ったらしい。今でも打ち所が悪ければ命を落とすこともあるという話だが、基本的には相手を殺すことは良しとされない。
とにかく、剣で相手が戦えなくなるまで打ちのめす。それが
「
「
フィンは美しい所作でシノワの肩に木剣の刃先を載せる。テュール一族の者として、一般人に負ける気などないという強い気迫が伝わった。
シノワもまたフィンの肩に木剣の刃先を載せる。
「手加減なんてしないからな」
「はい」
二人は同時に軽く膝を折り、数歩ずつ下がると剣を構えた。
「
深く息をつき、シノワは心を決め、駆けた。
ヒョウ、と剣が鳴く。
レジンは目をみはる。シノワの剣はレジンが思っていたほどには、遅くも軽くもなかった。
「
誰に言うとでもなくつぶやいて、レジンは面白そうに二人の打ち合いを目で追う。自分から