第51話

文字数 3,929文字

 杖をふりふり、時々「これ見てシノワ」をはさみながらも、ガゼルは急ぐでもなく、いつものようにシノワの少し前を楽しげに歩く。
 シノワも、もう足が痛くなることもなくなり、ガゼルのハシゴ以外の荷物もほとんど自分で担いで運んでいた。カデンツを出て半年ほど、毎日のように歩き通しの日々を送ってきたが、その分シノワの体も鍛えられていた。
 全員が大賛成というわけにはいかなかったが、ようやく五人の当主から証文を集め終わった。素直に浮かれることもできなかったが、これでようやく魔法を封じることができるのだと思うと、シノワはやはりうれしかった。しかしそんなシノワにガゼルは、喜ぶのはまだ早いと言った。
 テサはもはや魔法使いの国のようではあったが、王国には違いなく、王という存在をやはり無視するわけにはいかない。よく考えてみれば、五人の当主たちが証文を記したダイスには六つの面があり、もう一面まだ空きがあるのだ。それを埋めるべく、二人はカルムを出て、また旅に戻ったのである。
 魔法を封じることはテサ全体にかかわることなのだから、国王の許可を取るのは当然と言えば当然なのだが、まさか自分が国王に謁見するなどという事態になるとは思っていなかったシノワは、考えただけで変な汗をかいた。
「僕なんかが、王様の所について行って大丈夫なんでしょうか……」
「カデンツ領主の息子という、悪くないラベルを持っていながら、何言ってるんだよ。まあ、恐ければ私一人で行ってくるけど」
 ガゼルが意地悪く笑い、シノワはぎゅっと眉根を寄せる。
「恐いわけじゃありません。僕も行きます」
「国王はユルに負けず劣らず、感じの悪い大人だから気をつけるんだよ」
「わざわざ恐がらせないでください」
「あと、言ってなかったけど、実は【星】も行方不明になっててね。そっちを先に探そうと思ってるんだ」
「は? 行方不明?」
 何でもない風にガゼルが言ったので、シノワはさすがに驚いてオウム返しに聞き返す。
「解放してすぐに、盗まれてしまって」
「盗まれ……?」
 シノワがまた口を開いたまま固まっていると、ガゼルがぽんとシノワのあごを叩いた。
「【星】は魔力の固まりだから、持っていれば魔力も多く引き出せる、魅力的な代物なんだ」
「だからって、そんな……一体誰が」
「国王の末娘だ」
「王女様が盗んだんですか?」
「困った人なんだよ」
 シノワはめまいがした。
 魔法解放以来、司祭どころか【星】まで行方不明になっていたとは。ガゼルがあわてていないということは、それほど危険なことではないのかもしれないが、この国は本当に管理が杜撰(ずさん)すぎないだろうか。
「それで、どうして僕らは王都じゃなくて、カデンツに向かってるんですか?」
「王女は今【星】を持ってカデンツにご滞在なんだよ」
「え? でも王女様が滞在してるなんて、父さんはそんな話一言も……」
「当たり前だろう。わざわざ領主に居所を知らせる泥棒がどこにいるんだ」
 それもそうだとシノワは頭をかいたが、はた、とあることに思い至ってガゼルをふり返る。
「もしかして、【星】があるから、ガゼルはカデンツの路地裏にいたんですか?」
 ガゼルはにやっと笑う。
「遊んでたわけじゃないって言っただろう」
 それならそうと言えばいいのに、とシノワは内心ため息をつく。ガゼルが行方不明になっていたことで、ルイスの不信を買っていたのだ。
 そのシノワの表情を見て、ガゼルはチチッと舌打ちをする。
「さっきも言ったけど、【星】は持つだけで魔力が多く引き出せてしまう。なるべく誰にも教えたくないんだよ」
「さっさとガゼルが捕まえて、【星】を取り戻せばいいじゃないですか」
 とんでもない、とガゼルは首をふる。
「私が【星】なんか持ったら大変だよ。魔法が暴走しかねない」
「ああ、なるほど」
 普通の人が持っても魔力が多く引き出せるのだから、司祭であるガゼルが持つのは危険だということなのだろう。
「でも、どうしてカデンツになんか」
 カデンツ生まれのカデンツ育ちであるシノワは、この街に愛着を持っていたが、いろいろな街を見てきた身としては、敢えてカデンツを選ぶ理由があまりよくわからなかった。クロワのような華やかさもないカデンツは、王女なんて人種が訪れて楽しい場所とも思えない。
 その表情を見て、ガゼルがまたチチッと舌打ちをした。
「誰もがそう思うからだ。どうしてカデンツなんだ? ってね」

 半年ぶりに戻ってきたカデンツは、シノワにとって懐かしい場所になっていた。
 見慣れたはずの街並みも、誰ともわからない道行く人も、くすんだ石畳の色までもが、シノワの心を温めた。半年でこれなのだから、何十年も故郷を離れて戻ったときなど、どれほど心が揺さぶられるのだろうか。
 そんな風に感慨に浸っているシノワを、ガゼルはシノワの自宅でも領主館でもなく、薄暗い路地に連れて行った。半年前、シノワがガゼルをたずねて来た場所である。
「あれ?」
 シノワはまたぽかんと口を開けて、青銅の呼び鈴を見上げた。シノワが初めてガゼルの元を訪れた日、確かにガゼルは家を崩して大鹿(エオロー)に変えてしまったはずだが、目の前には【司祭(ウィルド)】と書かれた札のかかった、古びた家が元あったように建っていた。
「まあまあ、細かいことは気にせず入りたまえ」
 そう言ってガゼルはシノワを古びた家に押し込んだ。
 ガゼルはひとまず大事なハシゴを壁に立てかけ、机の前に置かれたソファへ、シノワを座らせてお茶を入れた。机の上には以前と同じように本が積み上がっており、ガゼルは同じように机の前の椅子に腰を下ろす。
 あの時の大鹿(エオロー)を元に戻したにしては、部屋の中は以前と同じように古びていて、家具の配置も何もかも以前と同じように見える。シノワは不思議そうに部屋を見回していたが、ガゼルのすることをいちいちい考えてもしかたがないと、ガゼルの入れた熱いお茶をすすった。シノワの好きな、甘い香りのするお茶だった。ロンが飲みたそうに鼻先を近づけてきたので、少し分けてやる。この竜は熱いお茶も上手に飲む。
「ガゼルは五年間ずっとここにいたんですか?」
 窓の外に見えるものと言えば、隣の家のくすんだ壁ぐらいだったが、それでもわずかに空が見え、部屋の中に光が差し込んでいた。しかし、シノワはこんな薄暗い路地に、ずっと一人でいることを想像すると気が滅入った。
「ずっとってわけじゃないけど、大半はここにいたね」
 それを聞くと、ロンが首を持ち上げて何か言い、そうか、とガゼルは何かを思いおこすように視線を天井に向けた。
「ロンは何て?」
「ここにいたのは二年半ぐらいだったってさ」
「そうか、ロンも一緒にいたんだね」
 ロンはこくりとうなずき、その動きとともに長い髭がなびいた。
 ロンは、シノワたちの言葉はちゃんとわかるのに、どういうわけかシノワにはわからない竜の言葉でしか話してくれないのだった。どうしてかと聞くと、いつも不機嫌そうにプイッとそっぽを向いて教えてくれない。
 ロンの小さな頭をシノワが指先でなでると、ロンは気持ちよさそうに目を細めた。
「さあ、シノワ。【星】を引き取りに行こうか」
「もう向かうんですか?」
「なるべく早く【星】を回収しておきたい。万が一ユルの手に渡ると厄介だから」
「【星】の行方について、学院長はまだ気がついてないんですか? 待ち伏せされてたりしないでしょうか」
 どうだろう、とガゼルはめずらしく曖昧な言い方をした。
「今のところ、カデンツにユルがいる様子はないし、一応気をつけて戻ってきたから、まだ知られてないとは思う」
 魔法使いは領地から移動する場合は、法庁(バーカナン)に届け出が必要であるらしく、それを見る限りでは、カデンツに魔法使いはほとんどおらず、学院長はいつも通りラメールにいるらしい。
 ラメールからカデンツまでは、歩いて十日ほどかかる距離があり、いくら魔法使いでもこの距離を移動するにはそれなりに時間がかかる。カルムでルイスがどこからともなく現れたり消えたりしたように見えたのは、魔法使いの本拠地には、いろいろな場所に魔法で通り道が作られているのだとガゼルが説明した。
「でもまあ、十中八九、君が偽司祭にさらわれたとか、魔法が封じられるという噂をカデンツに流したのはユルだろうから、何か企んでることは間違いないよ。せっかく故郷に戻ってきたところ申し訳ないけど、【星】を取り戻したら、しばらく様子を見させてくれ」
 憂うつそうに言って、ガゼルは奥の部屋へ出て行ってしまったが、すぐに戻ってきて、シノワの目の前に古びたランタンを突き出す。
「本当のところ、君を連れて行きたくはないんだけど、私が【星】を持つわけにもいかないからね。【星】を回収したら、このランタンに入れて君が持っていてくれるかい」
 ガゼルの手にあるのは、小さなロウソクが一本入るだけの、小ぶりなランタンだった。
「【星】ってこんなに小さなものなんですか?」
「どんなのを想像してたんだ。ほんの栗の実ほどの大きさだよ」
 笑ってガゼルはランタンをシノワの手のひらに載せたが、その表情が少し険しくなる。
「たぶん、王女は簡単には【星】をわたさないだろうから、また魔法でデタラメなことになると思う。君にはまた守りを付けてあるけど、あの子は魔法使いじゃないから、魔法はうまくないけど力だけは強い。正直、私にも何が起こるかわからないから、充分に注意しておいてくれ」
「わかりました」
 シノワがうなずくと、ガゼルはシノワをつま先から頭のてっぺんまでじっくりと見て、ふむ、とひとつうなずく。シノワの上着の(えり)をつまんでぐいっと引き延ばし、フードを作ってシノワにかぶせた。
「君はこの町に知り合いが多そうだし、慎重に行こう」
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