第7話

文字数 3,230文字

 【六人の魔法使い】というのは、これを知らなければテサの国民ではない、というほど浸透した建国物語だった。
 昔、テサ人の祖先となった人々は、南の大きな大陸に住んでいた。しかし、その国が荒れたために、新天地を求めて二人の王子が善良な者だけを集め、この【中大陸(テルリア)】へと渡ってきた。しかし、このテルリアにもやはり先住民がいて、争いが起こってしまった。そこへ【星】が現れる。
 それはテルリアの民が【地の星】と呼ぶもので、それが地上に現れるときには大きな幸いが国におとずれる、幸運のしるし。強大な魔力を秘めた星だった。
 その【星】を発見したのはウィルドという、一人の青年だった。彼は兵士の一人で、戦死した者の墓を掘っていて星を見付けた。そして、【星】を持ち帰ると二人の王子は自分たちの勝利を確信し、大変に喜んだ。
 しかし、その【星】をどちらが手元に置くかを巡った諍いが元で、二人の王子は互いに、自分こそが真の王であると言って争いを始め、しだいにそれが拡大し軍は二つに分かれてしまった。そしてテルリアの軍に押され始める。
 ウィルドは【星】を見出したことを悔やみ、それをどこかへ封じる決意をする。そして、そのために集めた仲間が、ユル、カノ、オセル、テュール、ラーグの五人だった。その中で、オセルはテルリアの民だったとも言われている。
 そして五人は力を合わせて【星】を封じようとしたが、【星】はそれを拒んだ。自分は人間に力を与えこそすれ、禍(わざわい)のごとく封じられるいわれはないと言うのである。だからといって引き下がるわけにもいかない六人は、【星】に戦いを挑む。
 しかし、そもそも六人もまた魔力を【星】から受けており、初めから勝負は見えていた。そして五日の戦いの末に、とうとう彼らは力尽きたが、【星】はその意志の強さを認め、ようやく鎮まることを承諾した。そこで五人は【星】と契約を結ぶ。
 【星】を、地の果てではなく、人の行き交う場所に封印することを条件に、ユルは植物の魔力、カノは炎の魔力、オセルは大地の魔力、テュールは石の魔力、ラーグは水の魔力、星を最初に見付けたウィルドは、それら全てのエレメントの魔力を授けられる。こうしてテサに魔法使いが誕生した。
 その魔力の偉大さに、テルリアの軍は三日の内に撤退を始め、あっという間に争いは収まった。そして魔法使いたちは二人の王子を和解させると、この国テサを建国したのである。
 後に、王家は分裂しテサとラスカーとに分かれたが、その王家が現在も続いており、魔法使いもまた、初めの六人を祖としてその名を継ぎ、現在まで続いている。
 しかし、こうして封じられていた星を五年前、人々は解放してしまったのである。


 メチド草の効果で治ったように見えたシノワの足は、しばらく歩くとやはりじくじく痛み始めた。
「そんなにすぐに治るわけないだろう」
 そう言って高らかに笑うガゼルを、シノワは恨めしそうに見たが、やはりガゼルに荷車引きを手伝うつもりはないらしかった。
「そうひどい顔をするなよ」
「ひどい顔にもなりますよ。あてもなく歩き続ける僕の身にもなって下さい」
「あてがないって誰が言った」
「僕が、どこに向かうんですかって聞いても、あっち、としか言わなかったじゃないですか」
「目的はあるさ」と機嫌良くガゼルは物干し棒をふる。「始めに言っただろう、魔法を封じるのは簡単じゃないって。これだけ当たり前になった魔法を封じようと思うなら、やっぱり五人の魔法使いたちの認証を得る必要がある」
「五人?」
 魔法使いは、【星】が解放された五年前の時点でも千人はいたはずだった。
「五つの魔法使いの家の、当主に会わなきゃならないってことだよ」
「でも、解放の時は司祭がお一人で行ったと聞きましたよ?」
「封じるだけなら私一人でもいいんだけど、封じることをおもしろく思わない奴に邪魔されると面倒だろう。だいたい、どうして魔法の解放という、魔法使いにとって不利とも思えることを望んだ魔法使いが出たと思う?」
「それは、魔法がみんなの役に立つと思って……」
 シノワが言いかけると、ガゼルはまたチチッと舌打ちをする。
「司祭以外の魔法使いは、まあ、今は全ての人がってことになるけど、それぞれのエレメントに支配されている。ユルは植物の魔法、カノは炎の魔法というふうにね。そりゃあ多少は他のエレメントの魔法を覚えて組み合わせたりもするが、火と水とが混ざり合わないように、他のエレメントの魔法を完全にマスターすることは不可能なんだ。それぞれに相性というのもあるし。
 でも、魔法を解放すれば、その垣根もなくなって、もっと自由に強大な魔法を使えるようになるだろう?」
 シノワは思わず目をみはった。
「そんなことをやってみたい魔法使いがいたってことですか?」
「そりゃあもう、たくさんね。私はともかく、ふつうの魔法使いは、星から魔力を引き出すのに結構疲れるみたいだしね。魔法が解放されれば、いくらでもってわけにはいかないけど、ずいぶんと楽になったはずだよ」
 シノワはそんなことがあるなんて、思ってもみなかった。結局みんな自分のことばかりで、なんだか腹が立ってきたが、シノワはふと顔を上げる。
「それはそうと、当主に会うことと旅と、どういう関係があるんですか? 当主はみんな法庁(バーカナン)にいるはずでしょう」
「まさか! 今は代理人を置いてるだけで、みんなそれぞれの本拠地に戻ってるさ」
 シノワは愕然とした。確かに魔法使いを統べていた法庁(バーカナン)はろくに機能していないという話だったが、それでも当主は形だけでも登庁していると思っていた。その体制すらも実がないものになっているのか。
 呆然として歩くのをやめたシノワの肩を、ガゼルが励ますように叩く。
「がんばれシノワ。もう少しでクロワの街へ着く」
 言われて顔を上げるが、道の先にはまだ平野が続いていて、街らしい影は見あたらなかった。
 テサは、シノワが思っていたよりもずっと広いらしかった。シノワはカデンツの中ですら、少し遠出するような時は馬車を使っていたため、歩くとどれぐらい時間がかかるものなのかを全くわかっていなかった。
 それに加えて、ガゼルが言うには、この地域は宿場がほとんどないらしく、カデンツを出てから一度も宿には泊まっていない。農家にでも泊めてもらおうと言うシノワに、ガゼルは「これも経験」と楽しそうに言って野宿を強要しているのである。こんなものは初心者のする旅ではない。
「クロワにはラーグがいる。手始めにあいつの所へ行こう」
 当主をアイツ呼ばわりしたガゼルを非難をこめて見上げると、やはり何とも楽しげな顔をしていた。どうもガゼルは、シノワが困ったり弱ったりしているのを見るのを楽しんでいる風がある。意地の悪い男である。
「クロワへ着いたら、宿に泊まるといい」
「本当ですか?」
 シノワが叫ぶように言って、ガゼルはまたおもしろそうに笑う。
「まあ、長い旅になるだろうから、路銀は大切にね」
「はい!」
 満面の笑みで言い、シノワは軽快に歩き始めた。
「あっ、見てシノワ!」
 また何かを見付けたらしいガゼルが、道の脇へしゃがみ込んだが、宿のことでだいぶ心が浮き立っていたシノワは、しかたないなと荷車の取っ手を置く。
「今度は何を見付けたんですか?」
 言いながらガゼルの足元をのぞき込んでみて、シノワは顔から笑みを消した。
「見てシノワ。こんなところに古い鎌が置いてある」
「それは捨ててあるって言うんですよ!」
「錆びてなお鋭さを失わない刃先、使い込まれて黒ずんだ柄」
 またうっとりし始めたガゼルの腕を、シノワは必死につかんで立たせる。
「それはもう刃が錆びて使い物になりません。がらくたを拾わないでください。さあ、行きますよ」
「待てよシノワ。この鎌も持って行こう。刃は使えるようにしてやるから!」
 ガゼルが言い募ったが、シノワはそれを無視してずんずんとまだ見ぬクロワに向かって歩いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み