第77話

文字数 2,890文字

 広間は水を打ったように静まりかえった。
「──お前の養い親が命をかけて解放した魔法を、たった五年で、お前が再び封じると申すのか」
「はい」
「様々な計画が立ち消えになるのだぞ。そんなことをすれば、どれほど国内が混乱するか」
 ガゼルはやれやれと息をつく。
「魔法を封じることによって頓挫しそうな計画は、できるかぎり法庁で持ちましょう。そして、ナウシズ様とユル家の監視、ノービルメンテ学院での違法な研究についても、私の方で引き受けます」
「それだけか?」
 ヤラは疲れたように節くれ立った指で目頭を押さえた。
「王家に派遣する魔法使いの増員を検討いたしましょう」
 そう言ってガゼルは立ち上がると、深々と頭を下げた。
「どうかお聞き届けいただきますよう、よろしくお願い申し上げます」
 シノワは思わずぎゅっとガゼルの肩に置いた足をにぎりしめ、頭を下げた。竜の姿をしている自分が頭を下げたところで、何の意味もないが、それでも、ガゼル一人に頭を下げさせたくなかった。
 ふん、とヤラは鼻を鳴らした。そして手が虫を払うように動いた。
「もう下がれ」
「どうか熟考いただきますよう」
 ガゼルが席を離れようとしたところで、ヤラの低い声が呼び止めた。
「証文はやろう。魔法は封じるがいい」
 一斉に周りがどよめいたが、ヤラは静かにそれを手で制する。
「よろしいのですか?」
 ガゼルが問うと、ヤラはあからさまに不快だという表情を浮かべた。
「他に道がないと申したのはそなたではないか。小憎らしい男よ。ナウシズのことも、お前の好きにするがよい。所詮役にも立たない王女だ。位は剥奪、王都追放で収めてやるから、嫁にやるなりどこかでこき使うなり、好きにすればよい。正式な文書はまたよこしてやる。だが、ジュスト・ユルはこちらに差し出せ。裁きの上で処分する。それまでは王城の牢への禁固とせよ」
「ご判断が早くて助かります」
 では、とガゼルがテーブルの上のダイスを差し出した。
「国王ヤラ・ラスクの名において、魔法を封じることを許す」
 ヤラの口から光がこぼれ出て、ダイスに残っていた最後の面に、王家を表す文字が浮かび上がった。


 手のひらの上に、全ての証文がそろったダイスがある。シノワはそれを本当に大事そうに眺めた。これで、魔法を封じることができる。
「やっとそろったね」
 シノワがうなずいてダイスをにぎりしめると、ガゼルは「ああ肩がこった」と言ってぐるぐると肩を回した。シノワも人間に戻った体を伸ばす。
 二人は法庁の部屋には戻らずに、屋上に来ていた。二人とも、長らく空気の重苦しい場所にいたために、外の空気を吸いたかったのだ。
 まだ灰色の人々の群れがあちこちに見られたが、軍や魔法使いたちが鎮圧に出てきたおかげで、いくらか数が減っていた。
「あんな中途半端なところで帰ってきてよかったんですか?」
「どうして?」
「だって、この騒ぎを止めてもらうとか、そういう具体的な話はしなかったじゃないですか」
「あの人だってバカじゃない。何とかするさ」
「信用できるんですか?」
「君らしくない発言だな」
 にやにやするガゼルに、シノワは真面目に言っているんだぞと顔をしかめる。
「だって、本当に感じが悪い人だったので」
 以前ガゼルは、国王は感じが悪いと言っていたのだが、本当にその通りだった。あの場でわざわざクリフォード前司祭のことを出すなんて意地が悪い。
「感じは悪いけど、仕事はできる人だよ」
 なんだか納得いかずにシノワがふくれると、ガゼルはなだめるようにポンとシノワの背を叩いた。
「ガゼル、王様なんて必要なんでしょうか。法庁(バーカナン)だけではダメなんですか?」
「ジュストみたいなことを言うんだな」
 シノワはその名前に怯んだが、かまわず続ける。
「だって、自分の娘なのに、あんなに簡単に極刑にしようだなんて。そんな人が国の大事なことを決めるんですよ?」
「どこの国でも、簒奪や反逆は大罪だよ」
「でも、ロゼリアさんは罪だというほどのことなんて、まだなにもしてないじゃないですか。大体、国王に成り代わったわけじゃなくて、ただの代理ですよ。それでも極刑なんですか?」
「そういうものだよ。まあなにはともあれ、今回は何とか予定通り、位の剥奪と王都追放で済んだんだからいいじゃないか」
──所詮役にも立たない王女だ
 ひどい言いようだったが、これでロゼリアはカデンツで暮らしていくことができる。それで良かったのだと思うほかなかった。
「僕の父は領主なので、権力を持つ家のことを、それなりに理解してるつもりでしたが、王族はまた特別だってことなんですね。ロゼリアさんがお城に戻りたくないって言った気持ちが、わかった気がします」
 不意に強い風が吹き、近くに立てられていた法庁の旗が、バタバタと舞い上がった。
「ロゼリア、箱の中に閉じ込められたとき、取り乱さなかったかい?」
「はい。すごく恐がってるみたいでしたけど、明かりを灯したら何とか落ち着いてくれました」
 なるほど、とガゼルは満足げにうなずく。
「彼女は暗闇をとても恐れてる。どうしてだと思う?」
「わかりません」
「彼女がまだ小さい頃、母親である第四王妃がしつけと称して、ことあるごとに彼女を一筋の光も届かない地下室に閉じこめた。時には丸一日出してもらえないこともあったらしい。泣いても叫んでも扉は開かない。それが小さな女の子にとってどれだけ恐ろしいことかわかるかい?」
「──どうしてそんなことを?」
「私も人づてに聞いた話だから、詳細はよくわからない。でも、たぶん、ロゼリアの弟王子が亡くなって、第四王妃にはもう後がなくて必死だったんだ」
 自分の息子が亡くなったことと、後がないと必死になることと、娘を地下室に閉じこめることにいったい何のつながりがあるのだろうか。
「彼女はそういう場所で生きてきたんだ。だから、君がどんなに誠実に向き合っていても、それを彼女に伝えるのは簡単なことじゃないよ。もしかすると一生かかっても無理かもしれない。だけど、途中で手を放してはいけない。本当の意味で彼女に最後まで向き合う自信がなければ、今から距離を保っておきたまえ。君の証文は、彼女が城と牢獄以外で暮らせれば、それですむんだからね」
 シノワは軽い気持ちでロゼリアに証文をわたしたわけではなかったが、これからのことを思うと不安なのも確かだった。ガゼルの言うように、シノワが一生懸命なだけではダメなこともある。
 大丈夫だとは言ったものの、あのかんしゃく持ちなお姫様と母が仲良くやってくれるか、かなり不安でもある。そもそも先日、何てことをしてくれたんだと言って母に殴られたところなのだ。父への言い訳も考えなければならない。
「でも、きっと君なら彼女をいい方向に向かせることができると思うよ」
「そう思いますか」
 君があきらめなければね、と言ってガゼルはシノワに目を合わせると、ありがとうと礼を言った。シノワはそれをきょとんと見返す。
「立場上、私にはロゼリアに何かしてあげることはとても難しいんだ。君に彼女の面倒を見てほしかったわけじゃないけど、ありがとう」
 シノワはゆるゆると首をふる。
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