第73話

文字数 2,399文字

 ザクッ
 低いうなり声が響き、シノワが思わず閉じた目を開くと、見たこともないような大きな竜が、ジュストに噛み付いていた。ジュストの頭から胸の辺りまでが大きな口に収まっている。竜は首をふってジュストを引きちぎると、ペッと石畳の上に吐き出した。それはもう人ではなく、ただの蔓に戻っていた。
 あまりのことに、シノワは息もできないでそれを見ていたが、日の光を浴びてきらめく竜の鱗には見覚えがあった。
「──ロン。君は本当はすごく大きいんだね」
 シノワが言うと、ロンは誇らしげにヒゲを持ち上げると、ガジガジとシノワに絡まった蔓をかじった。しかし、そのロンの大きな体の向こう側で、再び蔓がうごめくのが見えた。
「ロン! 後ろ!」
 シノワがあわてて叫んだ時には、大量の蔓がロンに襲いかかっていた。蔓は瞬く間にロンの巨体も縛り上げてしまい、ロンが体を元のように小さく縮めて逃れようとしたのにも巻き付いて絡め取ってしまった。
「ダメだ。あれはジュストの形をしてるだけで、実態はこっちにいないんだ」
 アレフが叫ぶと、そのすぐ横で蔓が巻き上がり、再び美しい姿を形作った。その手にはいつか見たような真っ直ぐに尖った杖があった。そこから放たれた魔法が、ロンを包むと、彼はそのまま動かなくなってしまった。
「ロン!」
 ジュストはゆっくりと獅子を拾い上げ、石畳の上に転がっているシノワの元まで歩いてくると、ほんの半歩先で足を止める。
「まったく。司祭の竜まで懐いているのですか。竜は気位が高いので、めったに人に懐いたりはしないものなんですがね。あなたは本当に読めない子ですね。私はあなたのことを少しあなどっていたようです」
 冷たい声音だった。
「あなたは危険です。排除します」
 ジュストは杖をふり上げた。
 が、杖はふり下ろされる少し手前で唐突に止まり、放たれようとしていた魔法の光が散って消えた。
「あなたは、私のこともあなどりすぎてますよ」
 そう言った人物は、麦わら色の髪をして、薄い緑色の法衣をまとっていた。
 彼はいつものように、にやりとすると、つかんでいた杖を放して、代わりにジュスト・ユルの銀色の髪をつかんだ。
「こっちへ出て来ていただこうかな」
 そう言って彼は思い切りその美しい髪を引っ張ると、メリメリと蔓から引き剥がされるように、ジュストが引き出されて、どさりと石畳の上に転がった。しかし彼は素早く起き上がると、獅子を抱えて再び杖をふり上げる。
 まばゆい光が散って、叫び声が上がる。
 シノワが恐る恐る目を開くと、地面に転がったジュストの胸の上に、すっかり元の姿に戻ったガゼルが、アレフの杖を突きつけていた。するとシノワに絡まっていた蔓がみるみる枯れてゆき、体が自由になったロンが、再びシノワのシャツの中にもぐりこんできた。
「シノワを殺そうとするなんて、本気ですか」
 ジュストは獅子を抱えたまま、もがくように何度も杖を動かしていたが、光が散るばかりで何も起こらなかった。
「あなたは何か勘違いをしてるのかな。【星】さえ手に入れれば、当主でも司祭の魔法に勝るとでも思ってたんでしょうか? 確かに、以前あなたがおっしゃったように、魔法が解放されて私の魔力はずいぶんと弱まりました。杖が必要だったのもそのためです。でも、司祭が普段、何に一番魔力を使ってると思ってるんです? 歴代の司祭が一体何に心を砕いてきたと。魔法を使うためじゃない。うっかり魔法を使いすぎない(、、、、、、)ために、最も魔力を使ってるんですよ。あなたをうっかり灰にしてしまわないように、こうして抑えてるのも、実はわりと骨が折れるんですよ」
 ジュストが歯を噛みしめるのがわかった。
「あなたが酒場で使った魔法、とてもよくできていましたよ。私の強い魔力を考慮してよく研究されていました。でも、少々目算が甘すぎましたね。私にも優秀な友人がいるんですよ。おかげでこうして元に戻れました。あなたが油断するかなと思って、もう少し隠れていることにしたんですが、正解でしたね」
 ガゼルがにこりと笑うと、ジュストは燃えるような目でガゼルを睨んだ。
「放しなさい! あなたには何もわかっていないのです! あなたはこの国の可能性をにぎりつぶしてしまおうとしているのですよ。いいですか、この国はもっと豊かになれるのです。あなたが縛めなければ、もっと豊かで、強い国に!」
「まあ、それもひとつの考え方ですが、歴代の司祭はそれを良しとしてきませんでした」
「愚かな!」
「前にも言いましたよね、私はあなたに心底頭にきてるって」
「黙りなさい!」
「魔法解放の頃、王族に解放するすべがあると教え、陰で暴動を扇動し、ナウシズ様に【星】を奪わせるよう仕向けたのも、あなたですね?」
「バカげている。証拠でもあると言うのですか?」
 ガゼルは黙って杖の先で何かの法印を描いた。すると光が散って、《ユル》を表す青い文字が浮かび上がる。そして、ガゼルはそれを杖で砕く。
「ユル家当主の位と魔法使いの称号を剥奪します。これで今日からあたなも一般人です」
「バカな! あなたの独断でそんなこと!」
「私は司祭です。ひっくり返したければ、五人の当主にかけあってください」
 ジュストが息を詰める。
 司祭の決定を覆すには五人の当主の反対が必要だ。その五人の当主に反対してもらうためには、五人目の当主、つまりユル家の新しい当主を選任する必要がある。
「あなたは何もわかっていない!」
 ジュストがわめくが、ガゼルはその胸に当てていた杖をどける。もうその必要がないからだ。そして彼が抱えていた獅子を杖で操って持ち上げると、シノワの近くに落ちていたランタンの中に閉じ込めた。
「あともうひとつ」と、ガゼルはカツンと杖の先を石畳に下ろす。「前にも言った通り、あなたは考えを改める気がないようですから、ノービルメンテ学院は解体します」
 いつになく、ガゼルの言葉は揺るぎなかった。
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