第72話
文字数 2,216文字
「シノワは大丈夫かな」
走りながらアレフは、ポケットのガゼルにつぶやく。
「ロンはシノワに甘えてただけで、本当のところ強い竜だから大丈夫だよ」
「獅子 もだが、さっきからわいて出てくる魔法使いも気になる」言いながらアレフは辺りを見回す。「植物の魔法を使ってきてるから、どう考えてもユルの魔法使いだが、俺は相性が悪い」
「そうだね。君は水の魔法使い だから、補佐するには適役だけど、対抗するには難があるね」
「それなんだが、どうもケレス地区に入ってから水の匂いがする気がするんだ」
「確かに、さっきの魔法、当主でもないのに植物の生長が早すぎるな。ラーグの魔法使いも噛んでるのか」
「植物が育ちやすいように、ラーグの魔法使いが何か細工をしてるかもしれない。それに、なぜか彼らはシノワの顔を知ってる。ラーグには水鏡に人や景色を映し出す魔法があるが、それを使ったのかもしれん」
「シノワの顔を共有するのに使った可能性があるってことだね」
「でもあれはややこしい魔法だ。何でもかんでも映し出せるわけじゃない。映し出すものを水鏡を作る魔法使いが知っているか、すでに作られた水鏡に対象を写して記憶させておく必要がある」
「あらかじめ水鏡にシノワを写しておいた、なんてことはないだろうから、シノワの顔を知っている魔法使いが協力してるのか。それなら、私たちはもう向こうの罠にかかってしまったかな。図書館で王女が消えたんだから、逃げた【星】を取り戻しに来ることは、向こうもわかってるだろうしね」
「やれるだけのことはやってやるさ」
そう言って、アレフはクマの頭をポンとなでた。
駆け込んできた魔法使いらしき男たちを、狭い路地に身を潜めてやり過ごし、足音が遠ざかっていく様子に、シノワはほうっと息をついた。ロンがそっと壁際から顔を出して様子をうかがい、大丈夫だという風に尻尾で合図した。
「獅子 は近くにいそう?」
ロンは風の匂いをかぐようにひくひくと鼻を動かし、首をふった。どうやら身を潜めている間に遠のいてしまったらしい。
「アレフさんと合流した方がいいかな」
獅子 を見失ったのなら、あまり離れてしまわない方がいい。
ロンはまたひくひくと鼻を動かすと、ついて来いという風に尻尾をふって飛び始めた。
しばらく細い路地を進むと、十メートルほど先の路地を不意に黒い影が横切り、ロンがガウガウと何か言いながら、黒い影の去って行った方を尻尾で指し示した。
「獅子 だね!」
「ガウ!」
シノワは急いで黒い影を去って行った路地へと走った。
角を曲がると、そこは少し広い袋小路になっており、行き止まりをウロウロしていた獅子 は、駆け込んできたシノワの姿に驚いて跳び上がった。そして壁を蹴ってシノワを跳び越えるように跳躍する。
「待て!」
とっさに伸ばしたシノワの手が、獅子 の後ろ足にわずかに届き、さっきのお返しとばかりにロンが獅子 のふさふさした巻き毛の尻尾に噛み付いた。そしてバランスを崩した獅子 をシノワは必死に抱き込んだ。
「捕まえた!!」
シノワは絶対に放すまいと腕に力を込めたが、獅子 もシノワの腕から逃れようと必死になってもがいた。シノワは獅子 を閉じ込めるためのランタンを持っていたが、両手がふさがっていて扉が開けられない。ロンもまた必死に獅子 の尻尾に噛み付いている。
「シノワ!」
声にふり返ると、急いでこちらへ走ってくるアレフの姿があった。
まるで釣り上げられた魚のように暴れる獅子 は、シノワの腕を引っかき、シノワが怯んだ隙にその腕から抜け出る。
「アレフさん!」
アレフが必死に手を伸ばしたのが見えた。
その瞬間──
ざわめきと共に、獅子 の首輪から視界をおおい尽くすような蔓 が四方に伸び上がった。
そして蛇のようにうごめいて、剣を抜こうとしたシノワの手を絡め取り、あっという間にがんじがらめに縛り上げてしまった。
「シノワ!」
アレフの声がしたが、彼もまた蔓に絡め取られて地面に縫い止められていた。
そして根元から伸びた蔓が絡まり合って、そこから人の形が現れ、同じく蔓にがんじがらめになっている獅子 を拾い上げた。
「学院長……」
長い、銀の髪の間から美しい顔がシノワを見下ろした。そこにはいつものような微笑は浮かんでおらず、ゾッとするような冷たい視線がシノワを射た。
「司祭と、第五王女の行方を知っていますね?」
シノワはジュスト・ユルの冷たい瞳をキッと睨み上げた。
「知ってたとして、言うと思うんですか」
「誘拐は罪になりますよ」
「そんな脅しには乗りません」
ジュストは小さく息をついた。
「まあいいでしょう。あなたに隠せる場所など知れています。あなたを始末してから探せばよいだけです」
「たとえ、ガゼルとロゼリアさんを見つけたって、あなたの思い通りになんてなりませんよ」
ジュストの整った眉がぴくりと引きつり、シノワを縛り上げている蔓がギリギリと体に食い込んだ。
「うっ……」
「あなたは危険ですね」抑揚のない声だった。「どうもあなたは私の計画を狂わせる。頭が切れるわけでもないし、魔法使いですらない。ただの凡庸 な子どもにすぎないというのに、どうしてなんでしょうね。司祭があなたを気に入っているようなのも、私には理解できません。こんなことなら、もっと早くに始末しておくのでした。これは私のミスです。しかし、これでおしまいにしましょう」
冷ややかな言葉と共に、蔓がうごめく。
「シノワ!」
アレフのあわてた声が響く。
走りながらアレフは、ポケットのガゼルにつぶやく。
「ロンはシノワに甘えてただけで、本当のところ強い竜だから大丈夫だよ」
「
「そうだね。君は
「それなんだが、どうもケレス地区に入ってから水の匂いがする気がするんだ」
「確かに、さっきの魔法、当主でもないのに植物の生長が早すぎるな。ラーグの魔法使いも噛んでるのか」
「植物が育ちやすいように、ラーグの魔法使いが何か細工をしてるかもしれない。それに、なぜか彼らはシノワの顔を知ってる。ラーグには水鏡に人や景色を映し出す魔法があるが、それを使ったのかもしれん」
「シノワの顔を共有するのに使った可能性があるってことだね」
「でもあれはややこしい魔法だ。何でもかんでも映し出せるわけじゃない。映し出すものを水鏡を作る魔法使いが知っているか、すでに作られた水鏡に対象を写して記憶させておく必要がある」
「あらかじめ水鏡にシノワを写しておいた、なんてことはないだろうから、シノワの顔を知っている魔法使いが協力してるのか。それなら、私たちはもう向こうの罠にかかってしまったかな。図書館で王女が消えたんだから、逃げた【星】を取り戻しに来ることは、向こうもわかってるだろうしね」
「やれるだけのことはやってやるさ」
そう言って、アレフはクマの頭をポンとなでた。
駆け込んできた魔法使いらしき男たちを、狭い路地に身を潜めてやり過ごし、足音が遠ざかっていく様子に、シノワはほうっと息をついた。ロンがそっと壁際から顔を出して様子をうかがい、大丈夫だという風に尻尾で合図した。
「
ロンは風の匂いをかぐようにひくひくと鼻を動かし、首をふった。どうやら身を潜めている間に遠のいてしまったらしい。
「アレフさんと合流した方がいいかな」
ロンはまたひくひくと鼻を動かすと、ついて来いという風に尻尾をふって飛び始めた。
しばらく細い路地を進むと、十メートルほど先の路地を不意に黒い影が横切り、ロンがガウガウと何か言いながら、黒い影の去って行った方を尻尾で指し示した。
「
「ガウ!」
シノワは急いで黒い影を去って行った路地へと走った。
角を曲がると、そこは少し広い袋小路になっており、行き止まりをウロウロしていた
「待て!」
とっさに伸ばしたシノワの手が、
「捕まえた!!」
シノワは絶対に放すまいと腕に力を込めたが、
「シノワ!」
声にふり返ると、急いでこちらへ走ってくるアレフの姿があった。
まるで釣り上げられた魚のように暴れる
「アレフさん!」
アレフが必死に手を伸ばしたのが見えた。
その瞬間──
ざわめきと共に、
そして蛇のようにうごめいて、剣を抜こうとしたシノワの手を絡め取り、あっという間にがんじがらめに縛り上げてしまった。
「シノワ!」
アレフの声がしたが、彼もまた蔓に絡め取られて地面に縫い止められていた。
そして根元から伸びた蔓が絡まり合って、そこから人の形が現れ、同じく蔓にがんじがらめになっている
「学院長……」
長い、銀の髪の間から美しい顔がシノワを見下ろした。そこにはいつものような微笑は浮かんでおらず、ゾッとするような冷たい視線がシノワを射た。
「司祭と、第五王女の行方を知っていますね?」
シノワはジュスト・ユルの冷たい瞳をキッと睨み上げた。
「知ってたとして、言うと思うんですか」
「誘拐は罪になりますよ」
「そんな脅しには乗りません」
ジュストは小さく息をついた。
「まあいいでしょう。あなたに隠せる場所など知れています。あなたを始末してから探せばよいだけです」
「たとえ、ガゼルとロゼリアさんを見つけたって、あなたの思い通りになんてなりませんよ」
ジュストの整った眉がぴくりと引きつり、シノワを縛り上げている蔓がギリギリと体に食い込んだ。
「うっ……」
「あなたは危険ですね」抑揚のない声だった。「どうもあなたは私の計画を狂わせる。頭が切れるわけでもないし、魔法使いですらない。ただの
冷ややかな言葉と共に、蔓がうごめく。
「シノワ!」
アレフのあわてた声が響く。