第32話

文字数 2,315文字

「父さんに手紙を書くよ。正直に僕のしようとしてることを、全部書く」
 クロードは黙ってシノワの長い話に耳を傾けていたが、最後にそれを聞くと深々とため息をついた。
「僕からも父さんに連絡しておくよ。お前一人じゃ誤解されかねないから」
 クロードの意外な言葉にシノワは目を丸くした。
「反対しないの?」
「まだ反対してるさ。だけど、お前がそうまでしてやろうと思うのなら、それだけの理由があるんだろうと、そう思っただけだ」
 クロードがモゴモゴ言うと、シノワは思い切り感動したという顔をした。
「ありがとう!」
「ただ、相当なリスクがあるってことだけはちゃんと心しておけよ。学院を辞めたってことは、それなりの目で見られるってことだ。塔の学院にも行きづらくなる。それに、本当に魔法を封じてしまったら、国中の人がお前や司祭を非難するかもしれない」

 その言葉にシノワはやはり胸が重く沈むのを感じた。非難されたいわけじゃない。どちらかと言えば、やっぱり賞賛されたい。自分は間違っていない、と思いたい。
 しかし、きっとガゼルの言うように、どちらを選んでも正解で不正解なのだ。どうせ不正解なのであれば、自分の望んだ不正解な世界がいい、そう思った。

「ガゼルは、僕にどうしろとも言わないし、どっちがいいとも言わない。旅を続けろとすら言わないんだ。だから僕は本当のことを自分で見極めなくちゃならない。それで自分が正しいと思ったことをやってみたい。でも、そのことで兄さんや父さんに迷惑がかかるんだとしたら、やっぱり、僕はやっぱり旅をやめた方がいいのかな……」
 シノワの言葉が尻つぼみに終わると、クロードは眉を寄せシノワの頬をぐいとつねった。
「痛いよ」
「そんなことだから、お前はいつまでたっても抜けてるって言われるんだ。自分で決めたことなら、最後まで信念を持ってやれ」
 なかば怒鳴るように言われて、シノワは出かかった言葉を飲み込んだ。

 昨日はバカなことを言うなと言っていたのに、どうして今そんなことを言うのか。確かにさっきは一生懸命説明したが、そもそも間違っていると思ったらその場で気が済むまで反論するのがクロードだ。シノワの話を黙って聞いていること自体、シノワの考えに反論するつもりがないということなのだ。
 この短い間にクロードの中でいったい何の変化が起こったのか、シノワにはさっぱりわからなかった。

 そのとまどっているシノワの顔を見ると、クロードはまた深々とため息をついた。
「何も、お前の話を丸ごと信用してるわけじゃない。これから先は僕も自分で調べてみる。もしお前の言うことが全部本当で、その、学院長がお前にしたことが本当なら、僕はいろいろ考え直さなければならないかもしれない」
「兄さん、でも……」
「何かわからないことがあった時、僕が、そうかもしれない、で放っておくのも、答えだけ聞いて自分の目で確かめないのも嫌いだってこと、お前はよくわかってるだろう? それに、むやみにお前が僕や父さんに迷惑をかけるようなら、僕が全力で阻止する。それだけだ」
 シノワは困り切った顔をしながらも、こくりとうなずいた。
「兄さんが一度決めたら、そうそう考えを変えたりしない頑固者だってことも知ってるよ」
 頬をつままれながらもシノワが何とか笑ってみせると、クロードはシノワの頬を解放した。そして、これからは何かあったらすぐに報告し合おうと言って、クロードは手のひらを差し出して小さく呪文(アンスール)を口にする。
「タウマンナズ」
 これは自分の印を相手にわたすときの呪文(アンスール)で、こうして印をもらっておけば、魔法をかけた鳥に手紙を届けてもらえるのである。長らくガゼルに魔法を禁止されていたシノワは思わず緊張したが、これぐらいは許してくれるだろう。同じように呪文(アンスール)を口にして、クロードの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
 するとその重ねたところから淡い光がこぼれる。その光に温度などないことはわかっていたが、シノワは手のひらに暖かく印をもらった。




「父上に手紙なんか書いて、本当にいいのか?」
 ガゼルが意地悪い笑みを浮かべてシノワをのぞき込むと、歩きながら必死に頭をひねり、ロンに文字を書き取ってもらっているシノワは、「いいんです」と面倒くさそうに答える。
 ガゼルがめずらしく先を急ごうと言うので、父親への手紙をゆっくりと書くひまもなく旅路に戻ってしまったため、こうして歩きながらガゼルの竜に書いてもらっているのである。

「私はとんでもない詐欺師で、退屈しのぎに君を引っ張り回して、君の父上を脅して財産を奪おうとしてるのかもしれないぞ」
「もうそんな手には乗りません。少し黙っててください」
 イライラと言って、シノワはまた眉間にシワを寄せて難しい顔になる。ガゼルはそれにくすくすと笑みをこぼし、やはり物干し棒をふりふり歩く。
「でも、どうして君がいい子に育ったのかわかった気がするよ」
「ええ? 何ですか?」
 面倒くさそうに言うシノワにガゼルはまた笑う。

──シノワは僕の大事な弟なんです。何かしたら、あなたがどんな地位にあるとしても、僕はあなたを許しませんよ
 別れ際、クロードはシノワにわからないようにそんなことを言った。
──一度家に戻って、父と話してみます。あなたやシノワの言うことを鵜呑みにするわけじゃありませんが、可能性のあるものを頭ごなしに否定するつもりもありません。シノワを助けてくださってありがとうございました

「領主の補佐官っていうのも、そう悪くないかもね」
「ああっ! ロン、ごめん、今のなし!」
 ロンは少しシノワをにらんでから、書き取った文字を面倒くさそうに消しつつ、勘弁してくれとでも言いたげにガゼルを見やった。
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