第35話

文字数 2,546文字

 ガゼルは夜になっても目を覚まさなかった。ジーナが言うように、本当にこのまま二日でも三日でも寝ていそうな雰囲気だった。
 やっぱり疲れてたのだろうかと、そう思ってシノワがガゼルの寝顔に見入っていると、コツンとジーナに頭をこづかれた。
「お茶をいれたからお飲み」
 ジーナのいれるお茶はほどよい渋みがあり、飲むとお腹のあたりがほわっと暖かくなった。人となりは全く違うのに、シノワは何となくイディアの祖母を思い出して暖かい気持ちになった。彼女もまた、シノワが遊びに行くと、よくおいしいお茶をいれてくれた。
 魔法使いの当主も本当に様々なものだと、シノワはあらためて思った。貴族になるために生まれてきたようなラーグ。気のいい兄貴という雰囲気のテュール。見た目は女性のように美しいが恐ろしいユル。そして、名誉であるはずの当主の役目を貧乏くじだと言うオセル。
 まだ旅を続けるのなら、次に出会うのは炎の魔法使いカノ。その当主はいったいどんな人物なのだろうか。
「ジーナさん。ジーナさんはどうして魔法を封じるのに反対なんですか? やっぱり、オセルの皆さんが反対なんでしょうか」
 シノワが恐る恐る彼女の方を見やると、ジーナは少し憂うつそうにため息をついた。
「オセルの魔法使いは、前に言ったとおりマイペースで、他人の行動にも干渉しない。そもそも、私に当主を押しつけてるんだから、私が何と返事をしようと文句を言われる筋合いはないね」
「じゃあ、ジーナさんが反対なんですね」
 シノワはジーナの気に障らないよう気をつけながら、小さくため息をついた。ガゼルは何だかんだ言いつつも、彼女を信頼しているようだし、もしかしたら彼女の言葉には他の魔法使い三人分ぐらいの重みがあるかもしれない。
「私はガゼルに魔法の封印などさせたくはない」
「やっぱり魔法を封じるのは危険なんですか?」
 ジーナはゆるゆると首をふって、キセルに火を付けた。
「魔法を封じること自体は、司祭であれば充分やれることだ。クリフォードのように老いぼれてるわけでもないし、それほど危険なことじゃない」
 でもね、とジーナはため息と一緒に煙を吐き出す。
「カノはこのことに絶対に賛成したりしない。カノの認証を得ることは簡単なことじゃないよ。そうなると、テュールもそれに従うわけだから、二つのエレメントは反対することになる。たかだか二つと思うかもしれないけど、彼らの下には数百人の魔法使いと、その一族がいるんだ。ラーグもユルも邪魔こそできないが、どうせ魔法を封じることに諸手を挙げて賛成したわけじゃないんだろう? どこまで協力するかはわからない。どう考えても面倒なことにしかならないとわかっているのに、わざわざそんな苦労を背負うことはないと言ってるんだよ」
「どうしてカノ家は反対するって決まってるんですか?」
「カノの事情を知ったら、ガゼルよりも、あんたがまず魔法封じをやめようと言い出すんじゃないかねえ」
 それ以上詳しく説明するつもりはないようで、ジーナは口をつぐんでしまった。ガゼルよりもシノワがやめようと言い出すような理由。考えてみてもよくわからなかった。
「それでも、挑戦してみちゃいけないんでしょうか? 今までだって、うまくいくと思ったことなんかなかった。けど、何とか証文を集めて来れたんです」
 シノワの真摯なまなざしに、ジーナはチッチと舌打ちをする。
「あんたの考えは正しいよ。正しいけれど、間違ってもいる」
「ガゼルみたいなことを言うんですね」
「あんた、いくつだい?」
「十五です」
「ガゼルが三日で百年分の修行をした話は知ってるかい?」
「聞いてます」
「それがどういうことだか、想像してみたことがあるかい?」
 想像と言われても、そんな途方もないことができるということに驚くばかりで、考えもおよばない事だった。
「想像してごらんよ、これから三日の内にあんたは百年分の年を取る。しかも中身だけね。それだけ聞けばいいことのように思うかもしれないけど、恐ろしいことだよ」
 憂うつそうに言ってジーナは、カツンと大きな音を立ててキセルの灰を灰皿に落とし、新たな葉をキセルに詰める。
「クリフォードはあの時、もう二百五十七歳だった。つまり、魔法を封じれば命は尽きる。ふつうなら、ガゼルはあと八十五年はクリフォードと修行するはずだったんだけど、もう国中が混乱していて魔法解放することにクリフォードも承諾してしまった。そのために、ガゼルは三日の内に修行を終わらせなくちゃならなかった。
 一日目の修行を終えて戻ってきたときの様子が忘れられないよ。その日の朝までは私に憎まれ口をたたいて、他人の朝ご飯をつまみ食いしていった子が、戻ってきたら、私に対してどう口を利いていいのかわからない。当たり前だよ。私は半日ぶりに会うわけだけど、あの子にとってはもう三十年ぶりなんだからね。体は十数時間分しか年を取っていないのに、精神はもう三十年分の疲労を蓄積してる。これが自然なことだと思うかい?」
 ジーナはふとシノワから目をそらすと、長々と煙を吐いた。
「体の記憶と精神の記憶の、とてつもない隔たりに混乱して苦しんでいたよ。まだたった十五歳だったのに。たった三日で百十五歳だなんて。
 私はこんなに老いぼれていても、まだ七十四年しか生きていない。だけど、だからこそ、百年生きるというのがどれほどのことかよくわかる。自然に年を重ねたって相当疲れるもんだ。それを三日でこなすなんて、そんな不自然な話があるかい。こんな風にね、時間を不自然にいじってもろくなことにはならない。だから時の古代魔法は長く封印されていたんだ。それを掘り起こすなんて。クリフォードのバカを、気を失うまで殴ってやればよかったと後悔してるんだよ」
「でも、その後クリフォードさんは……」
 シノワが言いかけると、ジーナはうなずいた。
「魔法を解放するのには相当な魔力を使うからね。まあ、その後にさらに魔法をかけなきゃまだ生きてたかもしれないけどね」
「国境の縛りですか?」
「そうとも。クリフォードはこのろくでもない国を愛してた。だから星の魔力が国外へおよばないように魔法をかけた。この国が自分の解放した魔法のために、侵略者になることがないように。とんだお人好しだよ」
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