第78話

文字数 2,482文字

──魔法使いの中で一番ひどい人間はガゼルなのよ

 ロゼリアのガゼルに対する誤解を解きたかったが、あえて解かない方がいいような気もして、持ちあぐねたやるせなさにシノワは深々と息をついた。

 ロゼリアはガゼルを好きなくせに、ガゼルを信じないで、信用もしていないジュストの手を取った。

──ジュストは潔くていいわ。あいつは優しいふりなんてしないもの

 話を聞く限り、ジュストはロゼリアに優しくも誠実でもなかった。シノワには、ロゼリアが本当は何を求めていたのかよくわからなかった。
 ジュストはそんなロゼリアまで利用して、法庁ばかりか王城まで乗っ取ろうとしていたのだろうか。役所の上層部を自分の息のかかった者にすげ替え、本当にテサを手中に収めるつもりでいたのだろうか。本当にそんなことができると思っていたのだろうか。

「学院長……ジュスト・ユルはどうなるんでしょうか──」
 王城への禁固だけでも充分重いのに、その上での処分となれば、極刑まで行かないとしても、それ相応の刑になることが想像できた。
「ジュストのことは、これ以上私にはどうしようもないよ。あの人はそれだけのことをしたんだ。私だってかなり頭にきてるから、これ以上かばい立てするつもりもないしね」
「極刑になったりするんでしょうか」
「君は彼に殺されそうになったのに、心配をしてるのかい?」
「そういうわけじゃ、ないですけど……」

 シノワだってジュストには腹を立てているのだ。彼は条件さえ合っていれば、ガゼルのことも殺そうと考えていた。もしシノワが魔法を斬れずに、ガゼルの魂があの箱に囚われてしまっていたら、ガゼルはあの真っ暗な中に死ぬまで閉じ込められてしまっていたかもしれない。あんなハサミでしか開けられないなんて、ガゼルでなければ気がつくことなどできなかっただろう。そう思うと、許せないという気持ちでいっぱいになったが、それでも、ジュストが死んでしまえばいい、ともシノワには思えないのだった。
 
そんなことを考えていると、またポンと背中を叩かれる。
「そんな顔するな。君はちょっと気が優しすぎるね。もうこれで魔法を封じられる。世界は君の思うようになるんだよ。元気を出したまえ」
「魔法を封じる代わりに、いろいろな面倒事を引き受けてましたが、大丈夫なんですか?」
 まだ他人の心配をしているシノワに、ガゼルはやれやれと苦笑する。
「しかたないよ。こういうことには落としどころっていうのがあるからね。君もお兄さんを手伝って領主の補佐官になるとしたら、覚えておかなきゃいけないところだよ」

 言いながら何気なく肩に手をやって、何かに気づいたガゼルがふっと吹き出した。
「穴が開いてる」
 見れば、ガゼルの肩の所──ちょうど竜になったシノワが乗っていた所──に小さな穴がいくつか開いていた。
「ああ! ごめんなさい。僕が爪を立てたから」
「君の気合いは充分伝わってきたよ。ウロコが逆立ってた」
 なんだか、か弱いくせに毛を逆立てる子猫のようで気恥ずかしくなり、シノワが頭をかくと、おかげで助かったよ、とガゼルが言った。
「君が吠えてくれたおかげで、国王を怒鳴りつけないで済んだ」
「怒ってたんですか?」
「あの人のことは、子どもの頃から嫌いなんだ」
 今度はシノワが吹き出す。
「ガゼルでも嫌いな人っているんですね」
「当たり前だ」
「煮豆とどっちが嫌いですか?」
 君ねえ、とガゼルはわざとらしく眉根をよせてみせるが、それも長くは続かず、ガゼルはうんと伸びをした。やわらかい風がふわりと吹いて、ガゼルの麦わら色の髪をさらさらと吹き上げる。

「ガゼル、魔法を封じたら、その後どうするんですか?」
 うん、とガゼルはめずらしく曖昧な声を出した。
法庁(バーカナン)に戻って、真面目に司祭をやらなくちゃならないね」
 当然そうなのだろうとわかっていたが、やはり胸にじわりと淋しさが広がる。もうすぐ、シノワの願いが叶うと同時に、旅は終わる。ガゼルはもう、あの路地裏には戻ってこないのだ。
「手紙を書いてもいいですか?」
 もちろん、とガゼルは眉を持ち上げる。
「また渋るかもしれないけど、ロンに配達を頼もう」
「はい! 僕からも丁重にお願いしておきます!」
 シノワが張り切って言うと、ガゼルはおかしそうに笑った。

 それから二日後、魔法をふたたび封印する旨が王城から正式に告示された。




 国王からは『魔法の違法使用による事件の多発』が魔法封じの主な原因と説明され、同時に魔法使いの存続と五年前と同じく国民を支援すること、国王と第五王女の行方不明事件が誤報だったこと、ジュスト・ユルが処分を受けること、ノービルメンテ学院の人事異動や、各役所での人事の見直しを行うこと等が記された分厚い文書が、各領主の元に届けられた。

 国王による正式な文書の告示とあってか、王都に押し寄せていた群衆は少しずつ減ってゆき、三日後にはほぼ全ての団体が解散した。ただ、魔法封じに反対していた団体だけは、根強く法庁の周りに集まって声を上げ続けていた。

 そして各地で魔法封じ反対派の団体が続々と結成されているとの話が出始めた。当然のようにノービルメンテ学院からは、組織の上層部からユル家の者を閉め出す人事への、猛烈な抗議文がガゼルの元に届いていた。しかし、ガゼルはそれに取り合うつもりはないらしかった。それどころか、上層部からユル家以外の魔法使いを排除する案まで考えているようだった。

 ノービルメンテ学院は揉めていたが、ユル家の新しい当主は案外早くに決まった。跡を継いだのはジュストの甥のエガル・ユルという若者だった。まだ二十五歳だと言い、ノービルメンテ学院を主席で卒業し、研究員としてまだ籍を置いていた人物だという話だった。ノービルメンテ学院の強い後押しがあったことがうかがえる。
 ガゼルは渋い顔をしていたが、当主の選任は各一族に一任されており、司祭といえども口出しすることはできないらしかった。


 そして、ジュストが王城の牢へ身柄を移された日、ガゼルはシノワを伴って王城へと向かった。彼にランタンに入った【星】を持たせて。魔法を封じるために。
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