第40話

文字数 2,140文字

 そっちの旅は順調か? 父さんからの手紙はもう着いたか? 僕はあれから家に戻って父さんと話したけど、父さんはお前のことを信頼すると言ってたよ。もっといろいろ話したいことがあるんだが、こっちでちょっと動きがあったから報告する。
 僕がカデンツに戻ったあたりから、変な噂が広がりはじめて少し混乱してる。いろんなパターンの話が飛び交ってるんだが、一貫しているのは「魔法を封じる呪術のために、領主の息子が偽司祭にさらわれた」というものなんだ。実際にお前がいないもんだから、ちょっと信憑性があってすごい勢いで広まったんだ。今は僕と父さんで、きちんとした先生に預けてるんだって説明したりして、噂の方は何とか治まってきてるんだが、また何かわかったらすぐに報告する。
 とりあえずお前は旅を続けてくれ。こっちのことは父さんと僕とで何とかするから。

「ガゼル、どうしましょう」
 兄からの手紙を手にしたまま固まっているシノワに、ガゼルは寝そべっている木の上からチラリと目を落とす。
「旅をやめる?」
「どうしてそうなるんですか。今こそ使い時です。ハシゴを貸してください!」
「残念ながら、天井に二階へ通じる穴のある家を見つけないと使えない」
「じゃあ、探しましょう!」
「この辺りには昔から二階を作る習慣がないんだ」
 ええぇ、と情けない声を出してシノワはガックリとうなだれた。それならアナシで使った大きな鳥を呼んでもらえれば、と顔を上げると、そこにガゼルの顔があり、驚いてのけぞった拍子にシノワは背にしていた木に頭をぶつけた。
「いたっ」
「落ち着きたまえ」
「落ち着いてなんかいられませんよ!」
 いまいましそうに頭をさすりながらシノワが怒鳴ると、ガゼルはギュムとシノワの両頬をつまんた。
「カデンツに戻って、君はいったい何をするつもりなんだ。カデンツには領主である君の父上と、ノービルメンテ候補生のクロードがいる。それじゃあ不足だって?」
「いえ、その……」
「カデンツの問題を収めるのが君の父上の仕事じゃないか。だから、カデンツのことは父上に任せて、君はクロードの言うように旅を続けるべきじゃないのか。それとも何か妙案でも?」
 ガゼルが首をかしげてみせると、シノワはしゅるしゅると空気が抜けるように肩を落とす。そう言われればそうなのだ。噂の方はもう治まってきているのだし、そこへ戻ったところで、シノワができることなど、わたわたとあわてることぐらいだった。
「……すみません。落ち着きます」
 よろしい、とうなずいて見せたものの、ガゼルは少し考えるような顔をした。
「何か気になることでもあるんですか?」
「クロードに返事を書くなら、ユル家の魔法使いと、ノービルメンテ出身者に気をつけるようにって書いておいて」
 学院長のことかとシノワはうなずいて、紙とペンを出してくると、ガゼルはスッと地面をなでて平にした。でこぼこの土の上だというのに、ガゼルがなでるだけで木の机よりも平になるのだから不思議である。どうやっているのかとシノワがたずねると、単純に魔法で砂粒や小石を綺麗に並べ替えているだけらしかった。
「ガゼル、学院長に意地悪を言ったって言ってましたけど、何て言ったんですか?」
「お化け草の研究をやめないと、ノービルメンテを廃校にするぞって言ったんだ」
「そんなこと言ったんですか?」
 シノワが信じられないという顔でふり返ると、ガゼルは「だって」と口をとがらせた。
「あんまり腹が立ったから」
「ガゼルでもそんなに怒ることがあるんですね」
「当たり前だ。私を何だと思ってるんだ」
「だって、僕はガゼルが怒ってるのを見たことがありませんよ」
「機嫌がいい時に怒ってみせる必要はない」
「いつも機嫌がいいってことですか?」
「ジーナに落とし穴にはめられた時は、ちょっとムカッとしたけどね」
 あの時の様子がぱっと思い浮かんで、シノワはおかしそうに声を上げて笑った。あんなにきれいに人が消えるのは見たことがない。それがいつも飄々(ひょうひょう)としているガゼルだということがなおさらおかしかった。
「とにかく手紙を書いてしまえ。もうすぐ迎えが来る」
「迎え?」
「カルムの街から、カノ家当主のよこした魔法使いが来るんだ」
 へえ、とシノワは少し驚いた。いつも突然押しかけてばかりで、わざわざ当主が迎えを送ってよこす、というのは初めてのことだった。自ら竜や落とし穴をこしらえて出迎えたジーナはともかく。
 しばらくして、ガゼルが「クロードの鳥よりも君の方が速い」と言って嫌がるロンにシノワの手紙を押しつけていると、道の向こうから数人の男が姿を見せた。
 男たちは一様に、赤い縫い取りのある白い外套をまとっていて、その個性を抑えた風貌が独特の雰囲気を(かも)していた。ガゼルによれば、カノは炎をつかさどる魔法使いであるとともに、火の神(ケン)を崇める人々の神官(シーワス)を勤める一族でもあるらしかった。白い外套はその制服のようなものなのだろう。
 彼らの対応はとても紳士的で、シノワの荷物を代わりに持とうと申し出てくれたのだが、シノワはそれを丁重に断った。彼らは本当に道案内のために遣わされただけのようだったのだが、ガゼルの笑みの中に、どこか張りつめたものを感じて、シノワは無意識に腰に吊った剣の柄頭に手をやっていた。
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