第15話

文字数 2,932文字

「それはそうと、ウィルド。一人であちこち放浪してるって聞いてたけど、いったいどうしてそんなガキなんか連れてんの?」
 ガキという単語に、茶を吹き出しそうになってむせているシノワを、レジンは腰に手を当てて見下ろした。確かにレジンは長身で、ほどよく筋肉の付いたしなやかな体の上に、女の子が好みそうな、少しきついが品良く整った顔が乗っている。彼と並んで立つのは気が引ける、と確かにシノワは思った。思ったが、初対面の相手にガキ呼ばわりされるのは心外だった。
 何とか言ってくれとガゼルをふり返ると、彼は声を上げて笑った。
「いや、そろそろ魔法を封じるのも良いかなと思ってね」
 ガゼルが笑いながら言うと、レジンはたっぷり五秒ほど間を開けて「はあ?」と目をむいた。
「何言ってんだ」
「何って、そういうことだ」
「バカ言うなよ。そんなことできるわけないだろ」
「そう?」
 ガゼルが首をかしげるとレジンは「ありえない」を繰り返しながら、テーブルの横をウロウロと歩き回った。
「どうして今さらそんなことを?」
「君の言いたいことはわかるよ。それに、まだ決定じゃない」
「当たり前だ! そんなことが承認されるわけがない」
「そうだねえ。今はまだラーグの証文しかもらってない」
 レジンはそれを聞くと、何か言い返そうと口を開きかけたが、ラーグならしかたがないと思ったのか、疲れたように椅子に腰を下ろした。
「で、それとこのガキとどういうつながりがあるんだよ」
「ガキって、君と二つしか違わないよ」
「そんなことはどうでもいいだろ」
 レジンの苛立った様子に、ガゼルは小さく息をついた。
「まあ、私も退屈してたから、久々に誰かと旅に出るのも良いかなと思ってね」
 ガゼルの気軽な口ぶりに、レジンはどこからつっこめば良いのかわからないという顔をし、シノワはその気持ちが痛いほどわかった。
「ちょっと考えさせてくれ。俺の独断というわけにもいかねえし」
 なかばうめくように言うレジンに、ガゼルはやはりにこりと笑う。
「もちろん。ゆっくり考えてくれてかまわない」
 レジンは深いため息をついた。

 レジンが悩んでいる間は、彼の家に泊めてもらえることになり、あてがわれた部屋にシノワが荷物を運び込んでいると、横からガゼルが古いハシゴを抱え上げた。
「いいものを見せてあげよう」
 そう言ってガゼルはシノワを指でこまねいた。なんだか嫌な予感がしたが、シノワは誘われるままについていくと、母屋から少し離れた所に建つ古い小屋に入っていった。
 この小屋は本当に物置でしかないらしく、魔法が使われている気配が少しもしなかった。薄暗い中に干し草が積んであるのが見え、独特の匂いが鼻先をかすめる。
 シノワの家にもこういう納屋があり、天井に開いた四角い穴にハシゴをかけて登ると狭い屋根裏が広がっていて、そこを秘密基地と呼んで兄と遊んだ記憶が自然とよみがえった。
「最近はこういう古い建築が減ってしまって、なかなか使う機会がないんだけど」
 ガゼルは天井の穴にかけてあったハシゴをはずし、自分の古いハシゴをかけ直すと、ついて来い、と楽しげに言ってハシゴを登っていった。あまり恐ろしいことがないよう祈りながら、シノワが恐る恐る登っていくと、やはりとんでもないことが起こっていた。
「ようこそシノワ」
 ガゼルが笑って手を差し出し、シノワが呆然とそれをつかむと、グイと一気に引き上げられた。確かにシノワは古い小屋の屋根裏に登ったはずだったのに、目の前には鮮やかな緑が広がっていた。
「なかなかいいところだろう?」
 また口が開いたままになっていたシノワのアゴを、ガゼルがポンと叩く。
「ここどこですか? 小屋の中じゃないですよね?」
 どんなに見回しても、そこには木と草と落ち葉と木もれ日しか見あたらない。そればかりか、さわさわと心地よい風がシノワの頬をなでてゆき、いろいろなところから鳥の声が聞こえてくる。
「ここはラルゲットの森だ」
「ラルゲットって、ラスカーとの国境あたりの森じゃないですか!」
 ラルゲットはカデンツの東にある土地で、フェローチェからでは魔法を使っても、少なくとも十日はかかる。
 そうだよ、と笑ってガゼルは緩やかに歩き出す。
「星の魔力は、テサの中心に行くほど強く、国境が近づくほどに弱くなり、境を越えると消え失せるようにできている。それなのに、魔法が届いていない場所は、もうここしか残ってないんだ」
「小屋の屋根裏が森につながっているなんて」
 ガゼルの後を追って歩きながら、せわしなく辺りを見回していると、ガゼルが笑ってふり返った。
「ハシゴの価値がわかったろう?」
「あのハシゴの魔法なんですか?」
「そうとも。あのハシゴはかけた者のもっとも好きな場所、行きたい場所につなげてくれるんだ」
 へえ、と感嘆の声を上げるとともに、シノワが木の根に足を取られて倒れこむと、ガゼルはやはりおかしそうに笑った。
「ハシゴは君でも使えるから、家が恋しいなら貸してあげよう。まあでも、まだ家を出て半月だし、もう少ししてからの方がいいかな」
 どうして自分の心にふとわいた「行きたい場所」が、ガゼルにわかってしまうのか。何となく気恥ずかしくなって、シノワはバタバタと乱暴に外套に付いた土と落ち葉を払った。
「ガゼルは故郷に帰ったりしないんですか? まさかこんな森の中で生まれたわけじゃないでしょう?」
 この森は美しいが、どう見ても人が住んでいる様子はない。
 ガゼルは、うーん、とうなった。
「君の言う故郷が、育った場所のことを言うのなら、私は長らく前司祭と放浪しながら育ったから、故郷は国中にある。もし、生まれた家のある場所を指すのなら、私はその場所を知らない」
「知らないって、どういうことですか?」
「魔法使いの各家の当主は、それぞれ一族の者の世襲や推挙でもって受け継いでいるが、司祭だけは別なんだ。その時が来れば、星を持った子どもがテサのどこかに生まれる。それを星から知らされた司祭が連れに行って、自分の手元で育てるんだ。
 司祭はあんまり身内に執着を持たないように、親も生まれた場所も知らされない。親も親戚も名乗り出てはいけないし、私も探してはいけないんだよ。まあ、いくら赤ん坊だって言っても、魔力が強すぎて星を持った子どもは普通の親じゃ手に余るだろうしね。妥当なシステムだ」
 ガゼルは淡々と説明したが、シノワは聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、申し訳なさそうな顔をした。
「じゃあ、ガゼルはご両親の顔も知らないんですか?」
 ガゼルは自然と声が小さくなったシノワに、そんな顔をするなよ、と笑った。
「両親については、見たことも聞いたこともないよ。でも、私の周りは何かと騒がしくてね、親がいないことを気にしてる暇なんかなかったよ。毎日毎日魔法の勉強。クリフォードのじじいは厳しいし、口うるさいばあさんなんかもいて、結構大変な青春だったね」
 前司祭をじじい呼ばわりするなどシノワには信じられなかったが、それも仲が良かった証拠なのだろう。きっとガゼルにとっては、前司祭とその口うるさいばあさんが親代わりだったに違いない。何となく幸せな想像に行き着いて、シノワはこっそりと笑みをこぼした。
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