第14話

文字数 3,068文字

「魔法を解放しても、魔法使い五家に生まれた魔法使いは、それぞれのエレメントに支配されることには変化がなかった。他のエレメントの魔法も前より多く使えるようになったけど、やっぱり一番強い魔力を引き出せるのは生まれ持ったエレメントの魔法だった。一般人はエレメントにかかわる魔法は基本的に禁止だし、それほど強い強い力は使えないから、あまり意識するのことはないと思うが、厳密にはどれかのエレメントに属しているはずだ。エレメントの支配を受けるということは、魔法の得手不得手はもちろん、多少人格にも影響をおよぼす」

「はあ……」

 シノワが気の抜けた返事をするが、ガゼルは物干し棒をふりふり説明を続ける。
「炎のエレメントは、やはり激しい気性を持つし、水のエレメントは流されやすい。これはラーグに会ったからわかりやすいだろう? あの人は人の言うことに、あまり異を唱えないが、敵対する者同士両方の要求に頷いたりする。みんなの味方のようでいて、誰の味方にもならない人なんだ」

 はあ、とシノワはまた生返事をする。先ほどからガゼルは道ばたに生えた薬になる草や、月の動き、魔法の各エレメントについて講義しているのだが、シノワの耳に声は届けど、少しも内容が入ってこなかった。というのも。

「でやあああっ! 今度こそ覚悟しろ!」

 甲高い声とともに、近くの茂みから少年が飛び出し、大きな剣をふりかざしてガゼル目がけて突進する。
 しかしガゼルは、まるで落ち葉でも払うように、少年の剣をペイッと物干し棒で受け流し、少年は自分の勢いも手伝って、反対側の茂みへ豪快にダイブした。
 先ほどからこの作業を五回ほど繰り返している。

「それで、まずラーグにダイスの証文をもらったんだ。後に回すほど、誰かの影響を受ける。いくら流されやすいラーグでも、あの法印(タウ)をわたしてしまったら、発言をくつがえすことはできないからな」
 やはりガゼルは何事もなかったかのように説明を続け、シノワをふり返ると、そのいかにも上の空という顔に眉をよせた。
「聞いてるのか?」
「はあ、でも、あの」少年が沈んでいった茂みを見やりながら、シノワはもごもご言う。「あの子、ガゼルに用があるんじゃないですか?」
「気にするな」
 そんなことはどうでもいいというような口ぶりだったが、ただの通りがかりが、いきなり剣をふりかざして襲ってくるという事態はそうそうない。こういう場合、強盗目的であるとか、何かの復讐であるとか考えるのが普通ではないだろうか。

「でも、一度聞いてあげた方が……」
 何か恨みを買っているんじゃないか、という目でシノワがガゼルを見やったとき、後ろの方で笑い声がした。

「よく言ったぞ少年!」

 二人がふり返ると、先ほどの少年が腰に手を当てて仁王立ちになっていた。乱れた赤毛に木の葉がからまっていて、あちこちすりむいた上に泥だらけである。彼は背丈から言っても、シノワより少なくとも四つは下だろうと思われた。その口から出た「少年」という言葉がシノワを指していることに、シノワはしばらく気がつかなかった。

「こら、そこの魔法使い! この俺を無視するとはいい度胸だな! 俺を誰だと思ってる」
 少年は真っ直ぐに剣先をガゼルに向ける。ガゼルはやれやれと肩をすくめる。
「君はテュール家の子だろう」
「よくぞ見破った! 俺は石の魔法使いにして剣の長(アウルム)、テュール家当主レジン・テュール様だ!」
 彼は自信たっぷりに言ったのだが、シノワは眉間にしわをよせて首をかしげ、ガゼルはふっと吹き出した。

 その二人の様子に、自称テュール家当主は、パンと足を踏み鳴らす。
「何がおかしい!」
「確かに、テュール家当主は年少だけどねえ」
 ガゼルの笑い顔に、少年はみるみる頭に血を上らせた。
「俺をなめると後悔するぞ!」
 そう言って少年は剣を構え、その刃がキラリと光を返す。と、その時、通りがかった風の男に少年は背中を蹴られて、前のめりに転んだ。
「こら、クミン。真剣なんか持ち出して何やってんだ」
 男はのぞきこむようにして少年の背中を踏みつける。少年は必死にバタバタともがいたが、彼の足はびくともしない。
「やめろ! 苦しい!」
「お前、また当主を騙って辻斬りやってたな。ダメだっつったろ」
「これは修行なんだよ! ちゃんと相手は魔法使いを選んでやってるだろ!」
「木剣ならともかく、真剣なんか使っていいわけねえだろ。こりゃあ、また仕置きだな」
 そう言ってにやりと笑う男に、少年はみるみる青ざめる。
「修行だって言ってるだろ!」
 はいはい、と笑って男は少年の首根っこをつかんで立たせ、剣を奪い取って鞘に収めると、そのままシノワらの元へ引きずってくる。
「すみませんでしたね。こいつ、最近ようやく使部(プルムブム)に昇格したもんで、腕試しをしたくてしょうがないみたいなんすよ」
 男はそう言って少年の頭を押さえ込み、無理矢理に頭を下げさせるが、ガゼルと目が合うと男は思わず「げっ!」と声を上げ、あわててその口を押さえた。

「久しぶりだね、レジン・テュール」

 ガゼルの笑みに、男は先ほど少年がそうしたように、みるみる青ざめた。




「旅人に襲いかかるなんて、なんて子だ! しかも司祭様に剣を向けるなんて、恥知らずもいいところだ!」
 ぎゃっ、と短く悲鳴が上がる。
 クミンは見るからに恐ろしげな老女に尻を叩かれていた。そのしわがれた手のひらが、クミンの尻を襲うたびに火花が散っているところを見ると、ただ叩かれているだけというわけでもなさそうだった。

 それを横目に、レジンはガゼルに頭を下げた。
「本当に申し訳ない」
 まだ少し幼さの残るその表情が、まるで先生に叱られている学院生のようだとシノワは思った。
 実際彼はまだ十七で、実力主義のテュール家当主は、長子の世襲という形は採っておらず、前当主の死亡に際して、レジンが厳しい審査に合格して当主を継いだらしかった。

「あの子がまだ法印(タウ)で魔法を喚べないにしても、あの剣はちょっと危険だな」
 ガゼルは渋い顔をして出されたお茶をすする。このお茶には魔法の匂いがなく、ガゼルは少し表情をゆるめた。
 ラーグの豪邸とはうって変わって、レジンの自宅はシノワの家より少し古く、この国古来の様式の残る家だった。ここフェローチェの街がテュールの本拠地らしいのだが、クロワとは違い装飾性の薄い簡素な造りの家が並び、どこかすすけた印象を受ける。

「あの剣はいつもは武器庫にしまってある物で、昨日たまたま研ぎ師から戻ったものが家に置いてあって……その、よく言って聞かせるよ」
 レジンは、ばつが悪そうにモゴモゴ言った。
「もしあの剣の法印(タウ)が発動したら、子どもでも人を真っ二つに斬ることもできる。そんな物を家に置いておくなんて、どうかと思うね。そもそも、今の時代にそんな剣が必要かどうかも私は疑問だ」
 それを聞くと、レジンのきつそうな目がさらに少し鋭さを増した。
「あの剣は俺たちテュールの誇りだ」
「それは承知しているよ。ただ、ね」
 ガゼルは少し物憂げに言うと、頬杖をついた。

 テュール家は石の魔法使いであるとともに、鍛冶師の一族でもあった。彼らにかかれば、加工できない鉱物はなく、特に(はがね)を鍛えることに関しては右に出るものはない。彼らの鍛えた刃物、特に剣は最高級品として取引されている。
 先ほどクミンが持っていたような、法印(タウ)が刻まれたものは、切れ味が増すとか、連動して魔法が発動する物などもあり、剣に法印(タウ)を刻む技術がテュール家の秘伝とあって、一般人が一生かかっても稼げないような高値が付くこともあった。
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