第39話

文字数 3,648文字

「オセルは魔法を封じることに協力はしない」
 言葉とともにジーナの口から淡い光がほとばしり、ガゼルの手のひらに乗る。そしてダイスには、土を表す深い黄色の文字が浮かび上がった。
「本当に頑固だね」
「頑固はオセルの誇りだよ」
 ガゼルが呆れたように首をふると、ジーナはフンと鼻を鳴らして、よくガゼルが見せるような不敵な笑みを返す。その隣でシノワはがっくりとうなだれていた。
 シノワは何とか賛成の証文をもらおうと、ずいぶんねばったのだが、やはりジーナはこういう結論を出した。話す内に、もしかして賛成してもらえるのではないかという瞬間があったのだが、やはり魔女の意志は固かった。
 畑仕事の手伝いと、お化け草退治に加え、魔女との対決と敗北による疲れがどっと出て、シノワはそのまま眠りこけてしまった。やれやれとガゼルがソファへ運ぶが、シノワが目を覚ます様子はなかった。
「この子は本当に気の優しい子だね」
 言いながらジーナはガゼルの前にカップを置く。
「まったく、いい子だと思うんならあんまりいじめないでくれ」
「こういう子は若い内に鍛えておかないといけないんだよ」
「おっかない魔女だなあ。かわいい子にはなるべくつつがない人生を、と思うものじゃないのかい?」
「子を育てたこともないくせに、わかったような口を利くんじゃないよ。次期司祭を育てる前に、お前はせいぜい苦労して徳を積んでおくれよ」
 ガゼルがおかしそうに笑いだすと、ジーナもつられて奇妙な声で笑ったが、ふとそれをおさめる。
「お前、本当に大丈夫かい?」
「どうして」
「あの草の種を忍び込まされていたのに、発芽する寸前まで気づかなかったろう。杖なんか持って、本当は結構きついんじゃないのかい?」
「心配されるほどのことはない。ただ、アナシに来ると調子が出ないだけだよ」
 そう言っても心配そうな目をしているジーナに、ガゼルは苦笑する。
「私はこれでも司祭なんだから、もう少し信用してほしいもんだね」
「お前がきちんと自分の面倒を見ないからさ。クリフォードもそうだったけど、こうやってシノワに強い守りをかけたりして、人の面倒はちゃんとみるのに、自分のことをおろそかにするんじゃないよ。ジュストに賛同するつもりじゃないが、自分の力を過信するんじゃない。助けが必要な時は、すぐに連絡しな。いいね」
 わかったよ、とガゼルは不満げに口をとがらせた。

 変な時間に眠ったせいか、シノワはまだ夜が明けないうちに目を覚ました。起き上がってみると、やはりガゼルは眠ってはおらず、窓辺に腰かけて外を眺めていた。小さなロウソクの火が作った長い影が、壁にゆらゆらと揺れている。
「おはよう、って言うにはまだ早いよシノワ」
「眠らないんですか?」
 ガゼルは暗がりの中で手招きした。
「あれ見て」
「うわ、月が三つも」
 明け方とあって、月はもう西の林に呑まれようとしていたが、その月が満月、半月、三日月と三つも連なっていた。
「何度も壊しているんだけど、どうにも月を作るのが好きな人がいるみたいで、ほっとくとああやって月を増やすんだ。まあ、太陽を増やされるよりマシだけど」
 また開いたままになっていたシノワのアゴを、ポンと持ち上げるように叩いてガゼルはどれが本物かわかるかと聞いた。しかし、どれも本物らしく作られていて見分けようがない。
 シノワが当てずっぽうに満月を指すと、ガゼルは「はずれ」と笑ってロウソクを吹き消すようにフッと息を吐く。すると満月と三日月がパリンと割れて、その破片が白み始めた空をキラキラと舞った。
「きれいですね」
「あの月をたよりに海を渡る鳥もいるんだ。少しずれただけでも道に迷ってしまう」
 何かを変えれば、良くも悪くもどこかに必ず影響が出る。だから、特に自然にあるものは簡単にいじってはいけないのだとガゼルは言った。
 魔法使いの一族に生まれたのであれば、そういったことも学んだ上で魔法使いになる。しかしそれを知る前に、誰もが簡単に魔法を使えるようになっていて、月を作るなどというのは素人には難しい魔法だが、それでもやってみたい人間がいるのだろう。とはいえ、素人と断定できないのも憂うつな問題だった。
「ジーナさん、賛成してくれませんでしたね」
「君はがんばったと思うよ。あの頑固なオセルが、「反対だ」と言ったのを、「協力はしないに変えたんだから」
「どうせ同じことじゃないですか」
 シノワがため息をつくと、ガゼルはいつものようにチチッと舌打ちをする。
「協力はしないっていうのは、反対もしないってことじゃないか。つまりこの件に関して干渉しないってことだ。私たちはそもそも、封じてる最中に邪魔されないように証文を集めてるんだから、目的は果たしてるよ」
 何だかへりくつのようにも思えるが、ガゼルがそう言うのならそうなのだろう。
「ねえ、ガゼル。魔法を封じて、本当に死んじゃったりしませんよね?」
「しないってば。なんだよ、そんなにジーナに脅かされたのかい?」
「そういうわけじゃないですけど」
 しかし、ジーナから解放の時に前司祭が亡くなったと聞いて、指先が冷たくなるほど不安になったのも確かだった。ガゼルは司祭で、百二十歳で、魔力もとても強いのだと頭ではわかっているのだが、どうしてか不安だった。理屈ではどうしてもなだめられない、こういう根拠のない不安を、シノワはどうしたらいいのかわからなかった。
「大丈夫だよ。私はずいぶん丈夫にできてるし、案外したたかだからね。魔法を封じることに関しては、君は何も心配する必要はない。でも、これから先はちょっと大変になるかもしれないよ。ジーナが何と言ったか知らないけど、炎の魔法使いカノに賛成してもらうのは難しい。それに、おそらくカノはジーナみたいに、協力も干渉もしないという態度はとらない。反対するなら全力で阻止しようとするだろう。それにはテュールも逆らえない。だから、カノの賛成なしに魔法を封じるのはとても難しいよ」
「どうしてカノは聞く前から反対って決まってるんですか?」
「私も頭の痛い話なんだ。まあ、彼がどう出るかは、結局行ってみないとわからないけどね」
 と言ったきり、ガゼルは黙ってしまった。
 さわさわと庭の木が風に揺れる音がかすかに聞こえ、そのざわめきの間に、遠くで鳴くフクロウの声が混じる。
「朝が来るまで寝てろ。今日の内に出発するから」
「ガゼルは?」
「充分寝た」
「何かすることがあるんですか?」
 いや、とガゼルが首をふると、シノワはガゼルの腕を無理矢理に引っぱってベッドに座らせる。
「暇なんならガゼルも寝ててください」
「だから私は別に……」
「気になって眠れませんから」
 言いながら強引に毛布をかぶせると、シノワも隣のベッドに戻ってボスッと勢いよく寝ころぶ。その様子にガゼルは呆然としていたが、しかたなく言われるままに横になる。何だか幸せな夢を見たい気分だった。


 朝食をとっていると、(ペオース)のロンが手紙を持って戻ってきた。それはシノワの父、カイル・エオローからだった。
 シノワはロンから手紙を受け取ると、緊張しながら紐を解く。内容はイディアの返事よりも短く、紙の大半が白いままだった。しかしその短い文章を、シノワは何度も読み返した。

《元気そうで安心した。自分の信念に従って行動しなさい。たまには連絡するように。》

 口を真一文字に引き結んだまま、じっと手紙に見入っているシノワの手元をガゼルが隣からのぞき込む。
「ほら、やっぱり理解ある父上じゃないか。本当に君は善い人に囲まれて育ったんだね」
「何だい、自分はそうじゃなかったみたいな口ぶりだね」
 空いた皿を下げながらジーナがちくりと言う。
「まさかまさか。まあ、私の人となりを見ていただければ一目瞭然でしょう」
「まったく、口の減らない子だね」
「おかげさまで」
 それから二人はすぐに身支度をととのえ、荷物をまとめた。そうしているとジーナはあれこれと様々な野菜を荷車に積んでくれ、別れ際ガゼルに袋をひとつ差し出した。
「餞別の煎り豆だよ。今年のはなかなかいいできだ」
「ありがとうジーナ!」
 ガゼルはこの上なくうれしそうにジーナを抱きしめた。その様子にシノワはいぶかしげな顔になる。
「あの、豆嫌いじゃなかったんですか?」
「何言ってるんだ。私が嫌いなのは煮豆であって、断じて煎り豆ではない!」
「偉そうなことを言いながら、好き嫌いが多いんだ。何でも食べるように見張っておいておくれ」
「わかりました。煮豆の作り方も教えてもらいましたから、がんばります」
「何てことだ」
 ガゼルは大げさに悲愴な顔をすると、これ以上長居すると余計なことをますます吹き込まれる、と言ってシノワの腕を引いた。シノワはジーナにぺこりと頭を下げると、さっさと歩き出したガゼルを追う。
「あんまりがらくたを拾うんじゃないよ」
 ジーナの声が追ってくると、ガゼルはくるっとふり返りべっと舌を出した。その子どもっぽい仕草にシノワは呆れていたが、遠目にもジーナが笑っているのが見えた。
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