第24話

文字数 3,012文字

 ラメールは森に囲まれているということもあってか、少々暗い雰囲気を持った街だったが、建物も立派で小ぎれいな街だった。クロワほどの賑わいはないが、フェローチェほどすすけた印象も受けない。これと言った特徴もないが、強いて言うなら、道や建築が一分(いちぶ)の隙も見せないほど真っ直ぐだ、ということぐらいだろうか。
 ここはノービルメンテ学院の学生のための街、と言ってもいいようなところで、行き交う人々のほとんどが学院のガウンをまとっていた。どこを見ても身なりもよく、品のいい人ばかりで、この町では犯罪など起こらないに違いないとシノワは漠然と思った。
 しかし、その中をガタゴトと荷車を引いて歩くシノワと、物干し棒をふりふり歩くガゼルの姿は当然の如く人目を引いた。チラチラと(いぶか)しげな視線を向ける者もあれば、ヒソヒソと耳打ちし合う者、シノワと目が合うとあからさまに眉をひそめる者までいた。
「ちゃんと顔を上げたまえ。君は何も恥じ入る必要はない」
 ガゼルはいつものように朗らかに言ったが、こうも物めずらしげにジロジロと見られて気にしないでおくというのは、なかなか難しいものがある。そもそもこの風体に、シノワも納得しているわけではない。
「やっぱり野宿しましょうか。森の中なら、よさそうな場所も多いかもしれませんよ」
「バカ言うな。君は自分が何度お化け草に襲われたか忘れたのか。森の中はあんなのの巣だぞ」
「それなら何か結界を張ってくださいよ」
「バカなことを言っていないで、さっさと宿を探すぞ」
 少しぐらいこっちの気持ちも察してくれればいいのに、とシノワがため息をこぼしたところで、聞き覚えのある声が耳へ届く。
「シノワ? シノワか?」
 顔を上げると、見慣れた顔がこちらを見ており、シノワは驚いて荷車の柄を取り落とした。
 キッチリと整えられた栗色の髪、シワひとつないガウン、ぴしりと伸びた背筋。
「兄さん!」
 シノワが思わず叫ぶと、彼はハッとしたように辺りを見回してから、小走りに駆けよった。
「お前、こんなところで何をしてるんだ」
「兄さんこそ、どうしてここに?」
「僕は研修で来てるんだ。そんなことより、お前はどうしてここにいるんだ。その荷車は?」
 言いながら彼はちらりとガゼルに目をやった。その不審そうな目にガゼルはふふっと笑う。
「ああ、ガゼル。この人は僕の兄です」
 シノワがあわてて紹介すると、クロードはぺこりと頭を下げた。
「クロード・エオローです」
「私はガゼル・ウィルド。一応司祭だ」
 クロードは無表情のまま一瞬動きを止めたが、もう一度ガゼルの方を見てからにこりと笑う。
「もしお時間があれば、僕の部屋へいらっしゃいませんか? 久々にシノワとも話したいし」
「ああ、でも兄さん。僕たち宿を探さなくちゃならないんだ」
「それなら僕の所へ泊まればいい。部屋にまだ空きがあるし、僕もまだあと三日はここにいるから」
 口調はやわらかかったが、どこか有無を言わせない響きが含まれており、シノワは困ったようにガゼルをふり返った。
「ご厚意に甘えさせていただけばいいじゃないか。君の路銀にも限りがあることだし」
 兄の笑顔の奥に潜んでいるものに、シノワは大体の察しがついていたが、断る理由も思い浮かばず、兄の所へ身をよせることになった。

 クロードは、とりあえず二人を部屋に通してお茶を出した後、ガゼルに気取られぬよう、器用な言い回しで、さりげなくシノワを別室に連れて行った。
 クロードの部屋は、ガゼルの家と違って小綺麗に片付いており、チリひとつ落ちていなかった。カデンツの家にいた頃も、クロードの部屋は全てがきっちりと整えられていたなと、シノワは少し懐かしく思った。もうかれこれ一年は会っていない。しかし会わぬ間に背が伸びて、頬のラインも少し鋭くなっていた。
「お前はいったい何をやってるんだ。学院はどうしたんだ?」
 絶対に聞かれると思っていたが、やはりシノワはどう答えたものかと言葉を詰まらせる。どう見ても、クロードはガゼルに不信感を抱いている。
「学院は、辞めたんだ。父さんにも許可はもらった」
「辞めたって、どうして」
 兄の目を見ると、シノワは反射的に身がすくんだが、どうにか腹に力を込め口を開く。
「僕は魔法を封じてもらうために旅をしてるんだ。そのために学院は辞めた」
 クロードは一瞬目を丸くしたが、すぐに力なく天を仰いだ。
「なんてことだ」
「兄さん、ガゼルは本当の司祭だよ」
「バカか! さっきの男が司祭かどうかよりも、魔法を封じるって、いったいお前は何を考えてるんだ。それも父さんに話したのか?」
 シノワはうっとふたたび言葉を詰まらせた。それを一番聞かれたくなかった。
「父さんには、言ってない。先生について勉強してくるって言ってきた。心配するといけないから」
 それを聞くとクロードは絶望的なため息をついた。
「お前は昔から、頭がいいようでどこか抜けてるし、突然突飛なことをやり出すことがあったけど、ここまで来ると重傷だぞ」
「僕は間違ってるとは思わない」
 シノワは真っ直ぐにクロードの目を見たが、クロードはそれを、すいとそらした。
「シノワ。お前がどれだけバカなことを言ってるか、一度落ち着いてよく考えてみろ」
「兄さん、魔法のせいでどんなバカげたことが起こってるか知ってる? 今はまだよくても、これからもっと大変なことになるに決まってる。わかるでしょう? こんなのは間違ってる」
「間違ってるのはお前の方だ。魔法がなくなって生活なんかできるもんか」
 クロードはシノワの方を見もしないで、疲れたように言う。それにシノワは重苦しい息をついた。
「それでも、もう僕は決めたんだ。学院長に会って、魔法を封じる許可をもらって、旅を続ける」
「お前が学院長に会うだって? そんなことができるもんか。ノービルメンテの学院長はユル家当主だぞ。お前みたいな学院を中退したような子どもと、会ってもらえるわけがない。仮に会えたとして、学院長がそんなの承諾するもんか。恥をかきに行くだけだからやめてくれ」
「僕は、これまでも他の当主に会ってきたよ。それに、学院長は聡明な方だから、きっとわかってくださるはずだよ」
 クロードは、魂まで吐ききってしまうのではないかというほど、長いため息をついた。
「あの男にいったい何を吹き込まれたのか知らんが、まだ父さんには報告しないでやるから、さっさとカデンツへ戻れ」
「僕がガゼルにお願いしたんだ。騙されてるわけじゃないよ。だってワナおばあちゃん死んじゃったんだよ? 魔法がなきゃ、あんなことにはならなかったのに」
「まったく何を考えているんだ。魔法を封じるなんて、そんなことができるはずがないじゃないか。僕がノービルメンテに入るために、どれだけ勉強しているか知ってるだろう? 僕の邪魔をしないでくれ。お前は将来、僕の仕事を手伝うんじゃなかったのか?」
 シノワは思わず怯んだが、ぐっと手のひらをにぎる。
「兄さんに迷惑はかけないよ」
 クロードはまた深々とため息をつく。
「僕が塔の学院に戻るまでに考え直せ」
「兄さん」
「話はここまでだ。これ以上お前と、このことを議論するつもりはない」
 そう言ってクロードはシノワから顔をそむける。こうなったクロードは、何を言っても話を聞いてくれはしないのだ。彼を納得させるためには、学院長の許可をもらうしかなさそうだった。
 シノワは暗い気持ちで、彼の部屋を後にした。
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