第16話

文字数 3,103文字

   ***

 剣の生まれる様は、本当に美しいものだった。

 ただの黒い固まりだった物が、炎をはらんで緋色(ひいろ)に輝き、それを(つち)で打つたびにきらきらと火花がこぼれ出る。そしてまた水の中に浸されて黒く戻った固まりを、ふたたび炎にくべて火を含ませる。そしてまたそれを打つ。
 これを何度も繰り返す内に、固まりは剣へと姿を変えてゆく。そうしてできた剣に、竜の()の付いた(たがね)法印(タウ)を刻む様子もまた幻想的で、(たがね)を槌で打つたびに赤い光がほとばしり、それが(たがね)のえぐった溝を流れてゆく。そうして刻まれた法印(タウ)に、鍛冶師がふっと息を吹きかけると法印(タウ)全体がまばゆい光を放ち、剣が魔法を含む。

 その様子をシノワは戸口の脇から一日中()くことなく眺めていた。鍛冶場は神聖な場所であるので、鍛冶師以外の者の立ち入りは禁止されているのだが、戸口の脇からのぞくのは許してもらえた。

 昔テュールの魔法使いが、何でもないように土からナイフを取り出すのを見たときは本当に驚いたが、テュールの剣は、今でもこうして手作業で作られているということにも驚かされた。

「大きくなったら俺も鍛冶師になるんだ」
 シノワの隣にしゃがみ込んでいたクミンが、誇らしげに言った。剣を鍛える様子を食い入るように見ているものの、敷居のぎりぎり手前でしゃがんでいる。彼もまだ中には入れてもらえないのだ。
「魔法の剣を作るの?」
「そうさ。世界一の剣ができあがったら、それを持って軍に入るんだ。そんでもって、悪い奴をいっぱいやっつけるんだ」
 そう言ってクミンは剣をふる真似をした。そのとがったまなざしが、従兄弟だというレジンそっくりで、クミンもまた、長身で女の子にもてそうな男に育つだろうとシノワは思った。

「またお前はそんなバカなことを言ってるのかい」
 何の前ぶれもなく二人の耳元でしわがれた声が言い、驚いて二人は声にならぬ叫び声を上げて飛び退いた。それを、先ほどクミンの尻を叩いていた老女が、腰に手を当てて見下ろしていた。怒っている風でも、笑っている風でもなく、深いシワの奥に潜んでいる感情の読み取れない目が、恐ろしさに拍車をかけている。

「シリカばあちゃん、急に出てこないでよ」
 クミンは泣き出しそうな声で言いながら、ぱたぱたと服を汚した砂を払った。シノワもまだバクバク言っている胸をなでながら立ち上がる。
「お前が抜けたことを言ってるからだよ。何が悪い奴をやっつけるだ。バカ言ってんじゃないよ」
 シリカはわずかに眉をよせて、クミンの頭をパコンと殴る。彼女のこぶしはシノワが思う以上に攻撃力が強いらしく、クミンはしばらく頭を押さえたままうめいていた。
「俺だってテュールの子だぞ! 大きくなったら世界一の剣を打つんだ! そんで軍に入って将軍になるんだよ!」
 それを聞くとシリカはやれやれと首をふった。
「どうしてテュールには、こんなバカばっかり生まれてくるんだろうね」
「だからどこがバカなんだよ!」
「強いのは結構さ。でもね、その悪い奴ってのはいったいどこからわいてくるんだい」
「それは……」
「まったく。魔法が解放されたのをいいことに、最近じゃその空っぽの頭をしぼって、ラスカーに攻め入るための法印(タウ)を軍で研究しているって言うじゃないか。どうがんばっても、魔法は国境を越えられないようになってるってのに。しかもテュールからも、多くの魔法使いがその研究に参加してるって言うじゃないか。まったく先が思いやられるね。
 いいかいクミン。本当の悪い奴っていうのは、そういうよからぬことを考えるバカのことを言うんだよ。正義の味方をやりたいってんなら、軍なんかに入っちゃ元も子もないね」
 そこまで息つく間も与えずにしゃべりきると、老女はその青い目をシノワに向ける。シノワはその眼光の鋭さにびくりと体を強ばらせた。

「兄ちゃん、あんた司祭様の旅に同行させていただいてるんなら、ちゃんと目を開いて世の中を見ることだよ。魔法やテュールの剣なんてのはろくでもないものさ。司祭様のお考えは正しいよ。あのお方も解放の際には反対なさったんだ。国境の縛りだって、前司祭様のご慈悲だっていうのに、その結界を断ち切ろうなんて動きもある。そのことに充分注意するよう司祭様に言っておいておくれよ」
 そこまで言うとシリカは唐突に口をつぐみ、シノワに軽く頭を下げるとそのままどこかへ立ち去った。シノワはあまりの迫力に圧倒され、彼女が去ってからもしばらく呆然とその場に立ちつくしていた。



 その日の午後、今度は空から舟が降ってきた。
 悲鳴とともに、何かが激しくぶつかる音や割れる音が、フェローチェの街に響きわたった。

 シノワが駆けつけた時には、舟は木くずになり果てて、乗っていた男が三人、その下から引き出されようとしていた。彼らは皆、あちこちから血を流してぐったりと四肢をたれていた。落ちたのが草原ということもあって、巻き込まれた者はいなかったが、三人は、やはり助からなかった。

 彼らが乗っていたのは、最近ちょくちょく見かけるようになった、空を水のようにこいで進むボートだった。見た目は池に浮かんでいる手こぎボートとたいした差はないが、船底の法印(タウ)によって空にこぎ出すことができるのだ。しかしその見た目に似合わず、このボートの法印(タウ)はかなり複雑なものであるらしく、ほぼ動力の法印(タウ)のみのため天候にかなり左右され、強い風など吹くとひとたまりもないらしかった。

「こりゃクロワから来たみたいだな。誰か知らせを出してくれ」
 舟を調べていた男が言うと、それを聞き取ったらしい女が街へ走って戻っていった。
「やっぱりこいつら魔法使いじゃなさそうだな。魔法使いならこういう法印(タウ)は組まない」
「素人が無茶するなあ」
「まったく、空を舟で行く必要があったのかねえ」
「今日はいい天気だし、そりゃあこんな日にボートに乗るのは気持ちがよかろうよ」
「俺はボートに乗るなら水の上でいい」
「当たり前だ。俺たちは魔法使いだぞ。俺たちがこんなことになったら、一族の恥だ」
「こういう宙に浮く類の魔法は、司祭かカノの魔法使いじゃないとむずかしいだろう。この前も、どっかの魔法使いが空に道を敷いたのはいいが、失敗して逆さまになって歩いてたらしいからな。魔法使いでもそんな風なのに、一般人には無理だね」
「まあ、一般人は突飛なことを考えるもんじゃないってことだな」
「素人は素人の分をわきまえるこった」
「やっぱり魔法を封じなくちゃ──」
 それまでグダグダ言っていたくせに、シノワの小さなつぶやきに視線が集まった。

「お前、司祭と一緒に来た子だな」
 シノワがうなずくと、男たちはみなそれぞれにまいったなという顔をした。
「そりゃ考えが短絡的ってもんだよ、坊っちゃん」
「そうでしょうか」
「気の毒ではあるが、こいつらは扱い方を間違ったんだ。封じるなんてそれは大げさだ」
「そうさ。魔法で困ることより、封じて困ることの方が多いだろう」
 何とかなだめようという空気を悟って、シノワは顔を引きしめた。
「少し前に、友達のおばあさんが、空から降ってきた家の下敷きになって亡くなったんです。こんなことばかり、バカみたいじゃないですか」
 男たちは、やはり困った顔になる。
「そりゃあ、気の毒だったな。しかしな、それも魔法のせいじゃないさ」
「魔法じゃなくとも、火や水だって、使い方を間違えれば人を殺すだろう? それと同じことだ。君が考えている問題点はちょっとずれてるよ」
「司祭と一緒にいるんだから、もう少し魔法について教えてもらった方がいいな」

 辺りでいくつか小さな笑いが起こり、シノワはぐっと口を引き結ぶと、彼らに一礼し、その場を離れた。
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