第79話

文字数 2,914文字

「テサの最初の司祭ウィルド・クルクスは、兵士になる前は教師だった。戦死した教え子の墓を掘ってて【星】を見つけたんだ。テサ建国までの戦争は長く続いてて、【星】が相当な魔力を持ってるとわかって、これでようやく戦争が終わると、ウィルド・クルクスは喜んだ。
 ウィルド・クルクスの期待通りに【星】は素晴らしい魔力を発揮し、テサ軍は中の大陸(テルリア)の連合軍をどんどん制圧していった。だけど、その魔力に二人の王が目をくらませた。【星】を所有するのは、自分だと互いに主張し始め、ついにはテサ軍は分裂してしまう。そればかりか、分裂した軍隊は互いに争い始める。
 そこでテルリアの連合軍が巻き返しに出て、ふたたびテサ軍は押されて、死者ばかりが増えた。【星】は力を与えはしても幸福を生まないとわかって、彼は【星】を元通りに封じようと決心した。
 それに五人の仲間が賛同したものの、【星】は封じられるのは嫌だと言った。自分はお前たちが望んだからこそ力を貸しただけであって、何も悪いことなどしていないと」
「そりゃそうですよね」
 反響する自分の声に惑わされないように、シノワは前を行くガゼルの背中に意識を集中させる。
 もうどれぐらいこうしているかわからない。しかし、まだ底にはたどりつかず、見上げたところで、もう入り口は見えない。
 二人はただひたすらに白い螺旋階段を下っている。白いのは階段だけではなく、何もかも全てが白だった。その中で、魔法の金糸だけが複雑な幾何学模様をきらきらと描いていて、時折その上を古代魔法の星が滑ってゆく。
 明るくはあったが、まるでラメールの森がたたえる暗闇のように、底知れぬ白に意識を絡め取られそうで恐ろしい。白も黒も本質的には同じ物なのだと、シノワは感覚的に悟った。これが王城、テサ最大の星の塔最深部である。
 ガゼルはシノワの前に立って、相変わらず杖をふりふり、手すりもない細い階段を軽やかに下っていく。ジュストに襲われた時に、お気に入りの物干し棒をなくしてしまったので、ガゼルは特に飾りもない、ごくシンプルな木の杖を持っていた。前から使っていたものなのだという。
「だけど、そもそもこれだけ強大な魔力を秘めた【星】がどうして土に埋まってたのか」
「土から生まれたんじゃないんですか?」
「それなら土のエレメントに属するはずだ」そうか、と言ってシノワが難しい顔をしていると、ガゼルは笑って続ける。「【星】は、古代の賢者たち、つまり、中の大陸(テルリア)の古い魔法使いによって封じられていたんだよ。だけど、南の大陸(リュイリア)から渡ってきたテサの人々はそんなことなど知るよしもなく、その【星】が封じられた遺跡の上と知らずにウィルド・クルクスは墓を掘ってしまったんだ」
 初代司祭であるウィルド・クルクスは、テサに魔法をもたらした英雄のように伝えられているのだが、ガゼルの話が本当ならなんだか情けない話である。
「どうして中の大陸(テルリア)の人は【星】を封じてたんですか?」
「そりゃあ、私たちと同じような理由だと思うよ。古代魔法があれば充分だと彼らは知ってたんだ」
「それじゃあ、まるっきりテサの人がバカみたいな話ですね」
「でもまあ、そこで【星】が発見されなかったら、戦争に負けてテサは滅んでたかもしれないし、仮にテサが建国されてても、魔法使いがいなければ王家はとっくに崩壊していただろう。そうすればまた混沌(こんとん)とした世の中が続くよ」
「結局は【星】も、良いものでも悪いものでもない、ってところに行き着くんですね」
 そういうこと、とガゼルは笑って杖をふってみせる。
「でも、ちょっと力が強すぎるね。【星】を持ってるだけで魔法使いになれるんだから困ったもんだよ。君も強い魔法を使ってみたければ今の内だぞ」
 ガゼルが意地悪そうな顔をしてふり返ると、シノワはとんでもないと頭をふった。
 ガゼルが持つことができないので、シノワが【星】をランタンに入れて持っているのだが、そこからしみ出す魔力でずっと腕がざわざわしている。その腕に乗っているロンも魔力を感じるのか、少しウロコが逆立っている。
 ロゼリアはこんなものを持ち歩いていて、何ともなかったのだろうか。あの獅子(シン)が呑み込んでいたのだから、魔力がもっと抑えられていたのかもしれないが、シノワにはなんだか落ち着かないでそわそわしていた。
「まあ、私の個人的な意見を言わせてもらえれば、妙な契約など結ばずに、ちゃんと【星】を元通りに戻しておいてほしかったけどね」
 それは限りなく願いに近いガゼルの本心だろうとシノワは思った。魔法のためにあきらめなければならなかったものが、ガゼルには多くある。
「さて、到着」
 ガゼルは白い階段の最後の数段をぴょんと飛び降りた。
 塔の底は、やはり白い床に白い壁、魔法の金糸と星以外には何の色もなく、祭壇があるわけでもなければ、椅子のひとつもない。本当に何もない場所だった。
「こんな所に【星】を祀ってあったんですか?」
「ここは入り口なんだよ」
 ガゼルが指し示した壁には四角い扉がひとつあった。これまた白い、何でもないような木の扉である。
「あの扉がウィルド・クルクスが【星】を封じた場所につなげてくれる」
「じゃあ、別にわざわざお城に来なくても、直接その場所に行けばよかったんじゃないですか」
 ようこそ、と両手を広げてこの王城の地下に迎え入れられたわけではない。再びあの感じの悪い国王に会いに行き、嫌みと共に王城の地下へ降りる許可をもらい、まるで囚人でもあるかのように、数十人の武装した兵士に取り囲まれながら、この白い空間への入り口まで、ほとんど連行されるようにしてやってきたのである。
 ガゼルや他の魔法使いに代わって【星】を持つ役目があるため、さすがに今回ばかりは小竜になっているわけにもいかず、父親に頼んで司祭の従者として登城する許可を取ってもらい、兄の正装を借りて城までやってきたのだが、兵士の槍が今にも触れそうな距離にあって落ち着かなかった。
 しかしガゼルはやはりチチッと舌打ちをする。
「星の塔とは言っても、王城はそこらへんの星の塔とはわけが違うんだ。いろいろとしかけがあるんだよ。王に許可をいただいて、王城の兵士の群れを抜け、ここを通って鍵をもらわなければ、【星】を祀る場所にたどり着けたとしても、【星】の封じ場所に触れるどころか見ることすらできないんだ。そもそも鍵がなければ、司祭は【星】には触れないしね。
 王家の対抗勢力として法庁(バーカナン)があると言っただろう? 王家は魔法使いが【星】を独占しないように、魔法使いは王家が【星】を乱用しないように牽制(けんせい)し合ってる。互いに合意した時のみ、【星】に触れることができるようにね。だから、ここでは古代魔法しか使うことができないんだけど、ジュストはいったいどこから知識を得たんだか。何か打つ手を考えなくちゃならないな」
 憂うつそうに言ってからガゼルは息を整え、口を開く。
 テッラ・ラジヤート、クラヴィス
 呼び声に答え、それまでゆったりと金糸の上を滑っていた星が一斉に動きを変える。次々と複雑に滑って複雑な記号を金糸の上に描き出し、まばゆい光がガゼルの手のひらに落ちると、あたりに激しく光が散った。
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