第21話

文字数 2,550文字

「無理言ったあげくに、ご心配をおかけしてすみません」
「いや、俺の方こそ悪かった」レジンは深々と頭を下げた。「あれからどうも様子がおかしいからフィンを問い詰めたら、あいつ、魔法を使ったって白状した。これは重大なルール違反だ。それに、見落とした俺にも責任がある。本当に申し訳なかった」
「あ、いえ、そんな……」
 シノワが恐縮してわたわたと手をふると、レジンはようやく顔を上げた。
「あの、フィンは……」
「今は謹慎中だ。処分はこれから考える」
「処分……」
 シノワは思わずつぶやく。フィンはこれからどうなってしまうのだろうか。

「魔法を使うなんて、誓約(ファーン)冒涜(ぼうとく)だ。誓約(ファーン)はテュールにとって神聖なものだ。まだ子どもだからって、簡単に許すわけにはいかない」
 でも、とシノワは口を開きかけたが、フィンが魔法を使ったのは確かで、よそ者のシノワが口を挟む問題ではないと思い直す。結局自分は話をややこしくしただけだったのではないかと思うと、シノワはいたたまれない気持ちになった。
 そんなしょげたシノワを見ると、レジンはイライラと頭をかいた。
「ああもう! なんでお前がそんな顔してんだよ!」
「すみません」
「謝るなよ! お前は何も悪くないんだから」
「すみ……」
 また謝りそうになって、シノワが口を押さえると、ガゼルが笑い声をたてながら戻ってきた。
「外まで聞こえてたよ。その様子だと、フィンの魔法のことは片が付いたのかい?」
「気づいてたのかよ」
 レジンはいまいましそうに、ほとんど口の中で言った。

「テュール、シノワがいいって言っても、私はこの問題をこれで良しとはしない。あの時、君がフィンを止めるべきだった。ほんの些細な魔法だとはいえ、見落としたのは君の落ち度だ」
「わかってる。フィンには何か処分が下るし、再発防止の対策も検討中だ」
 言いながらレジンはあの時、怒ってガゼルの胸ぐらをつかんだことを思い出して、額に手を当てた。
「申し訳なかった。もう少しシノワの具合が良くなったら、あらためてフィンと一緒に謝りに来る。俺にも処分が出されるなら、謹んで受けるよ」
 小さく縮こまってしまったレジンの肩を、ガゼルがぽんぽんとなだめるように叩いた。やっぱりこういう所を見ていると、先生に叱られている学院生にしか見えない。

 レジンはしおれたまま戻ってゆき、三日ほどしてシノワが歩き回れるようになるとフィンを連れて謝りに来た。
「本当に、ごめんなさい」
 フィンはシノワに深々と腰を折って謝った。
 結局彼は一年間の試合や昇格試合への出場権を失い、階級はひとつ下の使部(プルムブム)に戻されてしまった。

 誓約(ファーン)で魔法を使ったことは、テュールの中では大問題だったが、フィンがまだ未成年であること、当主の代理での誓約(ファーン)であったこと、シノワの怪我も大事に至らず、シノワ自身にもこれ以上問題にする気持ちがなかったことなどを(かんが)みて、これ以上のお咎めはなしということで決着したらしい。

「あ、あの、稽古がんばってね」
 シノワが声をかけると、彼はこらえるようにぎゅっと口元を引き結び、何も言わないで部屋から出て行った。
「あ、こら、フィン!」
「あ、大丈夫です、レジンさん」
 シノワが追って行こうとしたレジンを引き留めると、まったく、とレジンは深々とため息をついた。

 フィンはまだ、いろいろと納得できていないのだろう。自分がまいた種とはいえ、十三歳という伸び盛りに、一年間も試合に出られないのはつらい。

 レジンは部屋に戻ると、所在なさげに窓辺にもたれて立った。
「さっき、長老たちと集まってたんだけど、今回の件もあって、シノワの具合が良くなったら、シノワも入れて魔法封じについての会議をもう一度やろうかって話になってんだけど……」
「本当ですか!」
 シノワが嬉しそうに大きな声を上げると、レジンは、うん、と曖昧にうなずいた。
「会議を再開することにはなると思う……だけど、会議では、賛成できるように、俺が長老たちを説得しようと思う」
 シノワは目を丸くする。
「ウィルド、テュールは魔法封じに協力する」
「どういうことですか、レジンさん!」
 シノワが思わずレジンの袖を引くと、レジンはいつになく真剣な顔つきになってうなずいた。

「魔法が解放されてから、俺の周りじゃ特に問題は起こってなかった。だけど、俺はこのフェローチェしか見てこなかったんだって気づいたんだ。でも、今回フィンが誓約で魔法を使ったのを知って、シノワが言ってるのは、こういうことなんじゃないかって思ったんだ。
 フェローチェは建国当時からの、魔法使いの街だ。街の住人の半分以上はテュール家の人間で、知識のあるやつが大半を占めてた。だから、魔法が一般人に解放されても大した騒ぎにもならなかったし、ある程度統制が取れてたんじゃないかと思う。でも、魔法使いのほとんどいない街じゃ、魔法の基本も知らないやつが、見よう見まねでおかしな魔法を使ってるんじゃないか。規定違反をしたって、それを取り締まる魔法使いもいないような場所じゃ、ルールも何もないんじゃないかと思って、あれから俺なりにいろいろと調べてみたんだ。テサの中で、起こってることをさ」
「何か見つかったのかい?」
 レジンはちらっとガゼルの方を見やったが、すぐに窓枠に置いた自分の手に目を落とした。
「クロワのおもちゃの話も聞いたよ。その他にもいろいろ」
 それに、とレジンは言葉を継ぐ。
「シノワが本気で魔法を封じようと思ってるってのは、わかったからさ」
 シノワは思い切り感動したという顔をした。
「レジンさん! ありがとうございます!」

「テュール、本当にそれでいいのかい? 君のところの長老たちは、なかなか手強そうだけど」
「俺が、テュール家当主として、そう決めた。ただ、テュールは剣を鉄から鍛えて作るために、カノ家と契約を結んでる。だから、カノのと争うわけにはいかないんだ。これだけは承知してもらいたい」
「それでいいよ」
 ガゼルはそう言ってポケットからダイスを取り出した。
「テュールは、魔法を封じることに関し、カノの反対がない場合は協力する」
 レジンの言葉とともに、その口から光がこぼれ出てガゼルの手のひらの上に乗る。
「ありがとう。テュール」

 ダイスには新たにひとつ、石を表す、うす赤い文字が浮かび上がった。
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