第37話

文字数 3,150文字

「やられた」
 外へ出るなり、ガゼルは天を仰いだ。
 外の畑には見渡す限りお化け草が生い茂っていた。ラメールでシノワがよく襲われたどう猛な植物である。
「うわ、なんでお化け草がこんなに生えてるんですか?」
「ユルの嫌がらせだよ。君はよくポケットに物騒な贈り物をされるね」
「えっ、僕のポケット? すみません!」
「君のせいじゃないよ」と言ってガゼルは深々とため息をついた。「せっかく結界を張ったのに内側に生えてしまったら元も子もない」
 遅れてジーナが表へ出てくると、辺りの様子とガゼルがうなだれているのを見やっておかしそうに笑った。
「気をつけろと言ったばかりだけど、どうやら遅かったみたいだね。ちゃんと刈っておくれよ」
「わかってるよ」
「また法印(タウ)を解くんですか?」
「そんなことをしてたらどんどん逃げていってしまうよ。急を要する。シノワ、ちょっと手伝ってくれ」
「いいですけど、僕にできることなんて……」
「大丈夫大丈夫。さて、《物置》」
 ガゼルは路地の家でやったように、何もない空中に手を突っ込んだ。
「このあたりに入れてたはずなんだけど」
 どうやら空中を物置につなげたようで、ガゼルは肩まで差し込んで何かを探していた。そして「あったあった」と言って、何か細長い物を引っ張り出した。そしてそれをシノワの鼻先へ突き出す。それはずっしりと重い長剣だった。
「テュールの剣じゃないですか!」
 シノワが思わず声を上げると、ガゼルは剣を引っ張り出した時にこぼれ落ちた紙くずや、壊れた懐中時計を空中の物置に入れ直した。
「昔もらったんだ。それで草を刈ろう」
 テュールの剣は、剣を持つ者全てがあこがれる最高級品であり、家一軒分の値段が付くこともめずらしくない。
「まさか、テュールの剣を物置に突っ込んでたんですか?」
「私は使わないからね」
 信じられない、と今度はシノワが天を仰ぐ。
「錆びてボロボロの鎌はあんなに大切にするのに、どうして最高級の剣は大事にしないんですか!」
「価値観は人それぞれじゃないか」
「お前、レジンが聞いたらたたき切られるよ」
 ジーナも呆れて言ったが、ガゼルは気にする風もなく、物干し棒を指で弾く。と、二股に分かれていた部分が鋭く尖り、物干し棒は瞬く間に大きなハサミに変化した。
「さあ、草刈りしよう」
「剣でお化け草なんて切れるんですか?」
「エレメントの法則を忘れたのか」
 あ、とシノワは思わず手にある剣を見る。ユルの魔法はテュールの魔法に弱い。
「いいかい、法印はお化け草の全長のちょうど真ん中にある。どんな形でもそれは共通してる。草ごとその法印を切るんだ」
「わかりました」
 うなずいたものの、目の前には何百というお化け草の群れがうごめいていて、以前ラメールであの草の口へ運ばれかけたことを思い出して、シノワは身震いした。
「大丈夫大丈夫。少し動きの速い草だと思えばいいんだよ」
「草は普通動きませんよ」
「少しずつ伸びるじゃないか」
「そんなのは動くとは言いません!」
 いいからいいから、とガゼルはシノワの背中を押しつつ、迫ってきたお化け草を、物干し棒のハサミで真っ二つに切る。と、法印が砕けて光が散った。そして切られた蔓は、瞬く間に茶色く枯れてしまった。
「お化け草なんて、フィンに比べればどうってことないよ。さあ、刈って刈って」
 ガゼルはそのまま、お化け草の密集しているところへ走って行ってしまった。お化け草はガゼルの姿を見つけると、彼を食おうと更に絡まり合ったが、内側から光の粒がこぼれるとともに、どんどん枯れていった。
 ガゼルにはお化け草など恐がるようなものではないのかもしれないが、それでもあのグロテスクな植物を気味が悪いとは思わないのだろうかと、シノワは半ば呆れつつも、意を決してお化け草の群れへと向かった。
 襲いかかってきた植物の、おおよその全長を目で測り、シノワはその中心部に斬りかかる。シノワが思っていたほどの衝撃もなく、植物はあっさりと切れて、ちょうどそこにあったらしい法印が砕けて光がほとばしった。すると植物はみるみるしおれて茶色くにごってゆき、すぐに動かなくなった。
「ほらほら、どんどん刈って!」
 どこからともなくガゼルの声が響く。
「はい! がんばります!」
 ガゼルが大ハサミでじゃんじゃん刈っていき、シノワも一本ずつではあるが着実にお化け草を減らしていく。しかしシノワは半日ほどジーナにこき使われたおかげで、少々疲れていた。
 ドサリと倒れこんできたお化け草に気を取られ、何か踏んだと思った時にはもう遅かった。またシノワは(つる)に捕まって宙づりにされてしまった。
「うわ、ちょっと、放せ!」
 手にある剣をふってみるが、どうにも刃先がお化け草まで届かない。
「センサイ!」
 声とほぼ同時に、ジョキンという音がして、お化け草が大きなハサミで切られて倒れる。いつものようにシノワはドサリと地面に落とされ、またしても額をしたたかに打った。
「いた……」
 うめきながら起き上がると、物干し棒のハサミを持ったガゼルが立っていた。
「君も懲りないなあ」
「ちょっと油断しただけですよ」
「お疲れ様。終わったよ」
 辺りを見回すと、枯れた草が畑に散らばっていたが、もう動いているものは見当たらなかった。
 ガゼルがハサミで地面をトンと打つと、ハサミはみるみる縮んで元の物干し棒に戻った。
「久々に良い運動になったなあ」
 楽しげなガゼルの様子に、なんだか疲れが押し寄せてきて、シノワは起き上がっているのも面倒になって、ごろんと草の上に寝そべった。
「何、そんなに疲れたのか?」
「僕はガゼルが寝てる間に、ジーナさんの畑の(うね)を作ったり、荷物運んだりしてたんですよ」
 シノワが非難がましく見上げると、ガゼルは声を上げて笑った。
「それは申し訳ない。ジーナの長話に付き合わされて、体が固まってると思ってたよ。人使いの荒いばあさんだな」
 ガゼルは物干し棒をすいすいとふって、辺りに積もっていたお化け草の残骸を一カ所に集めた。最終的には、ジーナの家の屋根より高く積み重なっていたが、ガゼルが火をつけると、あっという間に燃え尽きて、後にはわずかな灰しか残らなかった。
 シノワは剣の汚れを綺麗に拭き取り、あらためてじっくりと観察したが、やはり一筋の傷もなかった。テュールの剣が多くの者に求められているのは、この鋼の強さにあった。そして。
「ガゼル、この剣には何の魔法が彫ってあるんですか?」
 剣の腹には、法印と、複雑な文字のような文様が彫りつけてあった。テュールの鍛冶師は剣が打ち上がると、鏨でこの文様を刻んで魔法を剣に宿らせるのである。しかし、魔法使いではないシノワには、剣に何が彫ってあるのかがわからなかった。
 ガゼルはシノワの座っている丸太の隣に腰かけると、剣に彫られた文様をのぞき込む。どうやら何の魔法か把握していないと見て、自分のもらった剣の魔法も知らないでいるなんてと、シノワは更に肩を落とした。本当にガゼルの好みはわからない。
「ああ、魔法を斬る魔法だね。一般人でも、その剣で魔法を防ぐことができるんだよ。魔法の解放前に、もてはやされていたものだよ」
「それで法印が切れたんですね」
「そうでもないよ。魔法がなくてもテュールの剣はユルの魔法にはとても強いから」
「こんな価値のあるものを物置にしまい込んでおくなんて」
「しばらくそれは君が持ってるといいよ」
「え、でも……」
「またユルが嫌がらせしてこないとも限らないし、物置にしまっておくより、君が使ってくれた方がレジンも喜ぶだろう」
 確かに、剣を持つ者としては、こんな素晴らしい代物を、また紙くずと一緒に物置に放り込ませるわけにはいかない。鞘もベルトもなんだか薄汚れているし、きちんと手入れしてやらなければならない。
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