第103話 木蓮の花の散る時

文字数 1,384文字

エピローグ 



   

 あなたへの手紙

 静子です。ずいぶんと迷っていましたが、ようやくあなたの手記を読みました。あなたが亡くなる直前まで書き残していた手記です。自分の気持ちを整理するのに少し時間がかかりました。読み終えて、今までまともに文章など綴ったことのない私ですが、どうしても続きを書いてみたいと思いました。

 あなたと友里さんのことは、あなたが亡くなった今でも、思い出すたびに胸が締め付けられる思いがします。でも、許します。あなたのことを許します。すべて許します。

 直也の支援学校の卒業式でのことです。なんと直也は卒業生代表で答辞を読んだのですよ。あなたも雲の上から見ていましたか?

 その直也の言葉を少し引用して書いてみたいと思います。

 

 ――父さんは僕に対してたいへん厳しかった。

 たくさん叱られたし、僕の我儘をなかなか聞いてくれませんでした。父さんが病気で入院している時に、僕は母さんといっしょに住んでいました。そして母さんに「父さんはいつも厳しくて、僕の欲しい物とか買ってくれない。けちんぼや」と文句を言うと、母さんは僕に言いました。

「そんなこと言うものじゃないよ。父さんはあんたのことを一生懸命に育ててくれてる。毎日お弁当も作ってくれるし、晩ご飯だって作ってくれてる。あんたのことをいつでも一番に考えてくれているのは父さんやで。それから、父さんがいなかったらあんたはこの世には生まれてないんやで」

 父さんは病気で死んでしまったけれど、僕は天国の父さんに言いたいです。

 父さん、僕に命を与えてくれてありがとう。感謝しています。

 私は卒業式会場でこの直也の言葉を聞いて、感動で涙が止まりませんでした。まわりの保護者の人たちもみんな泣いていました。幼い頃、私を悩ませ、ひかりの家ではやんちゃで手に負えなかったあの直也が、なんと立派になったことか。あなたの頑張りがきっと神様に通じたのでしょう。あなたはとてもよく頑張りました。だから私はあなたを許します。

 卒業式を終えて、あなたと直也が暮らしていた、私も昔いっしょに暮していた、あなたのマンションに直也を連れて戻った時のことです。

 昔、あなたは私に、木蓮の花の散る音を聞いたことはあるか? と尋ねましたね。私はいいえ、と答えました。その日、マンションの前まで着いた時のことです。

 エントランス横の大ぶりの白い花を付けた木蓮の花が、私と直也と遼太の目の前で、ぽとりと落ちました。そして一つまた一つと落ち始めて、やがて一斉に落ちたのです。バラバラと道路に大きな音を立てて落ちたのです。私は初めてその音を聞きました。まるであなたがすぐ傍にいて、やさしく微笑んでいるような気がしました。

 直也も遼太も、私が責任を持って一生懸命に、そう、あなた以上に懸命に育てますので、どうか安心してください。最後に、私はあなたの妻であったことを誇りに思っています。こんな私と少しでもいっしょに居てくれたことを心からお礼を言います。

 秀俊さん、ありがとう。ずっといっしょに居たかったです。

                                  静子



「んー、それはおかしいな、カードでは『永遠の愛』と出ているんですけどね……」

                  

                         木蓮の花の散る時  了
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