第91話 プロット作らずに長編小説書いたデメリットについて記録してみる(青)
文字数 2,641文字
2ページ前に書いた、チャットノベル版GRASSBLUE用の新作短編は無事に書き終わりました。
やったぜ
事前に心配していたよりはスムーズに、さくさく書けてたみたいだな
先に書いたTEARの短編よりも、チャットノベル向きのエピソードだったみたいですね。
でもこれを書いてみて実感というか痛感したんですが。私もう、今後一生、長編小説とか書けないんじゃないですかね〜……
確かに難航してましたけど、10年以上前に同じように「もう長い話は書けないだろう」と感じて引退していて、必要に迫られたらまた書けたじゃないですか〜
今は無理だと思っても、どうしてもやらなきゃってなったら結局やっちゃう性格だって、過去が証明してるわけで
今、あおくささんに必要な技術は長編の方ではない表現方法なんだと思って、気長に考えましょう!
おふたりの言うこと、どっちも一理ある。
せっかく経験したことなので、今日はひとつ失敗談を記録してみようと思います。
内容は記事タイトルの通り
これから長編小説を書かれる方は是非、教訓にしてあげてください!
恥を忍んで失敗談を表沙汰にする時って、たいてい、「気をつけろ こうなるぞ」って、同じ失敗をしないように役立てて欲しいからなんで
私は長編小説の「TEAR」と「GRASSBLUE」の時は、ストーリーのプロットは特に書かずに頭の中だけのイメージで書き進めました。と、いうことはこのエッセイのどこかで書いたと思います(特に参照する必要はないので何話なのかは書かない)
小説書くためにプロットは必要か不要か論ってあるらしいけど、作者の経験だと「作ってもいいけど、なくても書けた」
ので、プロット作りたくない(プロット作りのために時間を使うよりさっさと書き出したい)人はやらなくたっていいんじゃないか。
確か、こんな話だったっけ
このエッセイもプロットなしで書き始めて、完結までいけたんですよね?
確かに出来たんですがやはり弊害もあったなぁってことを、今回の書き下ろし短編を書いてて気がついたんです。
そもそも話、私はいったん完結宣言した作品に延々と追加エピソードを発表してきたわけです。今回の書き下ろしもそうです
このエッセイだって、完結済み詐称疑惑を抱かれそうに加筆してるしな
プロットなしで長編小説を書いた結果。自分では、
「必要最小限の、読者の作品理解に必要な情報は全て開示して完結に至った」
そう確信して書き終えたはずなんですけどね。
しばらく経って読み返すと、作者の脳内にはあるけど作品内には書き忘れた大事な描写の存在に気付いてしまったんですよ
別サイトでの加筆の際には私も思わず、
「どうしてそんな大事なことを書き忘れるんですか??」
って、コメントしてしまいました……
小説にして書き直したので現在その部分は非公開にしてますが、説明不足になっちゃったけど今更本文に入れられないな〜と思ったことを絵本にしてました
「イリサの一人称だから、イリサが見聞きしたわけじゃない情報を書き忘れた」っていう、プロットなしだったから以外の理由もちゃんとあるんだけどな
大事な情報を作者が書き忘れてしまう大きな理由に「一人称視点だから」と「プロットを作らなかった」のふたつの要因があると思うのです。
そうだとしても、プロットさえ作っておけば一人称視点であっても何らかの形で入れられたのかもしれないな〜と思うわけで
作者さんとしては、「書いてもいいけど、ご想像におまかせします」でいいかなと処理したものの、後でやっぱり明記したくなって加筆。ということもあるようです
「おまかせのつもりだったのが、気が変わってやっぱり書いた」のパターンも、この作者の場合何度もあった
今回の書き下ろし短編の場合はどうだったかというと……
「TEAR」
作品内で恋人同士とされている登場人物ふたりがいるのに、主人公(敦)一人称視点小説だったので、「彼らがふたりきりの時にはどんな会話や過ごし方をしているのか」を書き忘れた。(ネタバレ防止などで意図的に書いてなかった事情もある)
「GRASSBLUE」
イリサの一人称視点なので、ずーっと一緒に行動してきた旅の相棒であるコウ君(の、中の人)がどんな気持ちでイリサといたのかという心情を書き忘れた。
つまるところ、書き下ろしは書き忘れてたオレの気持ちを書いてもらえましたとさ
どうしてそんな大事なことを書き忘れちゃうんですかー!! やだー!!!!
イリサがしないタイプのシャウトをしちゃってる件について
私だってもっと早く知りたかったんですよ、今回の書き下ろしの情報〜っっ!
すまねぇ……すまねぇ……
てなわけで書き忘れたこの情報の一部は「エブリスタ限定エンディング」として絵本になって公開してましたが、チャットノベルでは新エピソードとして書き直して無事に本編に組み込んだのでした
絵本を小説に書き直して、って、さっきの画像と同じ流れなんだな
私の場合、本エッセイ72話で書いたように「本文で入れ忘れたことを自作品語り、落書き、絵本化」などを趣味で行っていたら、結果的にそれが後付けプロットみたいになってましたね
つまり失敗談というのは、最初から完璧なプロットを用意した上で書いていたらする必要のなかった加筆作業を、あおくささんは何度も何度もすることになった……
と、いったことでしょうか?
ぶっちゃけて今回のこの内容も、プロットなしで書いたエッセイで書き忘れたことを加筆してる感がある
そういうことなんですけどね。
でもねー。最初から完璧なプロットを作るっていうのが果たして可能なのか? っていうのは私にはわからないです。
もちろん、プロの小説家の方々は当たり前のようにやっているのかもしれませんが。編集の方も交えて
加筆しまくったっていうのも悪いことばかりじゃなくて、作者は書いてて楽しかったし。読者の人だって忘れた頃にまた新しい話来てるなぁって、楽しんでくれた人もいたかもしれない
↑こういう方がいたんだと思う経験があるのですが、相手のいることなので詳細は書きません。このエッセイの中で何度も出てますし
というわけでチャットノベル版のための短編(どちらも3千文字)を書き下ろしましたが、「小説家になろう」さんでは先行公開されているので、内容だけ先に知りたいという方がおられましたら是非そちらを覗いてみてください〜
あくまで「チャットノベル版で読んだ方が楽しめそうな、アイコンがあること前提の書き方」になっているんで、心苦しくもあるんですけどね……
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