第9話

文字数 1,090文字

 月日は流れ、三十四歳の誕生日を迎えるころ、水嶋は再び重い腰を上げた。占い業を再開しようと決意したのだ。
 前回の反省を踏まえ、今度は地元ではなく、知り合いのいない東京都内で開業することにした。残り少ない貯金をはたき、両親の反対を押し切る形になったが、仕方がないと割り切るしかなかった。
 都内といっても、神奈川との県境にあたる町田市。しかも予算の関係で人通りの少ない裏通りに佇む四階建ての雑居ビルの三階だった。
 当初は占いの館が集まる組合に所属し、それらの入ったビルの一室を間借りしようと計画していた。だが、甲相などという怪しげな占いでは、どこの組合も相手にしてもらえず、仕方なく個別で開業するしかなかった。
 家賃を節約するために自宅を兼ねることにした。家具も最低限とし、三坪ほどの店舗スペースには、敢えて物を置かず、コンクリートむき出しにしたまま、イスとテーブルだけを設置する。節電のため、照明はろうそくオンリーにした。
 ここでも『甲の館』の看板を掲げ、『水前寺堂乃丞(すいぜんじ、どうのじょう)』と名乗るようにした。
 予算削減のため、表に看板は出さず、すりガラスの扉にネーム入りのプレートを張り付けるだけにした。その代わりSNSに力を入れ、ホームページを開設した。シンプル極まりないサイトだったが、それでもないよりはマシに思えた。
 服装は着物ではなく、敢えて占いのイメージとは程遠い、黒の革ジャンにダメージジーンズ。髪は半分だけ白に染めて、まるでパンクロッカーのようないで立ちにした。これは趣味のハードロックを活かしたもので、著名なシンガーをモチーフにしている。今回はつけ髭をせず、サングラスだけ。サングラスは、内気な性格を隠すためのものであり、さらに既成概念を打ち破るため、敢えて占いとのミスマッチを演出したつもりだった。
 それでも直ぐに客が付くとは限らないので、営業は週末だけにし、予約の入った時にしか館を開かないと方針を決める。残りのウィークデーはアルバイトに費やすことにして、昼はビルの清掃、夜は居酒屋の皿洗いに精を出した。

 たまに訪れた客は、水嶋のあまりに不釣り合いな恰好と、みすぼらしい室内に最初は戸惑うものの、揺れるろうそくの明かりが神秘的な雰囲気を醸し出したのか、直ぐに水嶋のペースに引き込まれてしまう。やはり演出は大切だと、つくづく思い知らされる。元々怪しい商売なのだから、やりすぎなくらいが丁度いい。
 以前は客の信用を得るため、プライベートを洗いざらい当てまくっていたが、それが却って悪評を招く材料となった。そこで今回は家族構成や星座だけを当てることにした。
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