第29話

文字数 2,239文字

 二人は、互いに目いっぱい頬張りながら、ゴールドヘヴンで得たばかりの情報について話し合った。
 棚にあった名簿から神林の住所を見つけ出したと豪語する美穂子は、志垣店長が彼を恨んでいることを知ると、ことさら驚いた表情となった。そこに何らかの動機が隠されているのではないかと二人は見当を付ける。
 翌日の水曜日はゴールドヘヴンの定休日なので、水嶋と美穂子は神林と対面することにして、明日の段取りを決めていく。
 とはいえ、神林が自宅にいるとは限らず、不在だった時のことも考慮せねばなるまい。電話番号までは探れなかったようなので、在宅確認の電話を入れる訳にもいかない。志垣から聞いた話によると、神林は深夜遅くまで飲み明かすことが多く、午前中は大体において自宅で寝ているとのこと。つまりもし神林が在宅していたとしても、アポなしで訪ねていっては機嫌を損なう恐れがあった。だが、ここで手をこまねいてばかりはおられず、無駄足を覚悟で行ってみるしかないと結論付けた。
 不意に手を止めた美穂子は、急に暗い顔になった
「でも、どうやって神林から情報を引き出すつもり?」真剣な目で言った。
「それは占いしかあるまい。君も知っての通り、甲相は大概の事が占えるからな」
 しかし、彼女の顔は曇ったままで、優れようとはしない。
「これも店長から聞いた話だけど、どうも神林は占いが苦手らしいの。あんなものに頼る奴は、『自分で何も決められない人間のクズ』とまでに毛嫌いしているらしいわ」ピザを持つ手が再稼働し、ひとピースをペロリと平らげた。そして「とても、今まで通りにはいかないと思う」と付け加える。
 そうだったのかと、ため息をつかずにはいられない。美穂子は、追い打ちをかけるように、衝撃的な一言を放った。
「水嶋さん。あなた、もしかして人の心が読めるんじゃないの?」
 一瞬、パスタを吐き出しそうになった。だが、何事もなかったかのように振る舞う。
「それは光栄だな。甲相占いをそんなに信じてもらえるだなんて」
 しかし、美穂子の目は穏やかではなかった。
「いいえ、あれは占いの範疇を越えていたわ。いくら何でも当たり過ぎよ」
「じゃあ、占いじゃなければ何だっていうんだい?」
 美穂子は食べかけのドリアからフォークを抜き、対面に座る水嶋の鼻っ柱に向けた。
「本当はインチキなんでしょう?」
 いきなりなんてことを言う女だ。しかし、その顔は自信に満ち溢れていて、とても冗談とは思えない。何か確信があるように思えて仕方がなかった。
「どうしてそう思うんだい? あくまでも占いだから、当たるも八卦、当たらぬも……」
「じゃあ、どうして私が、ダイヤの指輪を欲がっているなんてわかったの? 甲相なんて嘘っぱちなんじゃなくて?」
 冷や汗が流れずにはいられない。そこで初めて自分が罠にかかったのだと気づき、水嶋は動揺を抑えることが出来ないでいた。
「……」
 言葉を出せず、口をパクパクさせたところで、美穂子は決定的な一言を放つ。
「本当はダイヤの指輪なんて欲しくないの。確かに、昨日は咄嗟にピアノを想像したけれど、本当は欲しいものなんて何も無いわ。今の私は事件が解決してくれたら、それで満足よ。……でも、あなたの事がいまいち信用できなかったから、一か八か試してみたってワケよ」美穂子は妖艶な瞳を浮かべ、「からくりを教えましょうか? あなたに手を握られた時から……」
「わざとダイヤの指輪の事を思い描いていた……」美穂子の言葉を遮るように、水嶋は続きを述べた。
 ご名答とほほ笑んで、美穂子はフォークを皿に戻し、勝ち誇ったような目をしながら残りのドリアを全て平らげた。
 してやられたとは、まさにこの事だ。七つも歳下の、しかもド素人の小娘に一杯食わされるとは、占い師としては最低といって良いだろう。
「では、どうやって考えを読み取ったというのかい?」水嶋としては反撃ののろしを上げたつもりだったが、それすら打ち砕かれることになる。
「テレパシーでしょう? 非現実的だけど、それしか考えられないわ。それに……」
 まだあるのかと顔をしかめずにはいられない。
「それに?」
「読み取れるのは、せいぜい最初の五文字ってところかしら? 間違いないわ」
「なぜ?」
 これ以上訊ねるのが怖くなっていたが、どうしても訊かずにはいられない。
「私、本当はダイヤの湯たんぽが欲しいと思っていたのよ。それを指輪と勘違いしたってことは、『ダイヤのゆ』までしか読めなかったってことよね?」
 コテンパンに打ちのめされた格好だ。温泉と結びつけたのは、まんざら遠くなかったというわけだ。しかし、いくら占いのインチキを暴くためとはいえ、ダイヤの湯たんぽとは。……いや、これ以上考えるまい。
 こうなったら無駄な抵抗をするのは得策ではない。降参だとばかりに両手を上げ、テレパシー能力について説明した。水嶋のミートパスタは半分以上が残っていたが、それ以上食欲がわかず、逆に吐き気を催すほどだった。

 一時間ほどじっくり時間をかけて話し終えると、美穂子は、「なるほどね」と、ため息をついた。
「……事情は判ったわ。こうなったら、その力を存分に発揮してもらうしかないわね」
「何に?」答えは判っていたが、敢えて尋ねてみた。
「事件の解決に決まっているでしょう! 他に何があるっていうの?」
 美穂子はウェイトレスを呼びつけると、デザートとしてパフェを三つ頼んだ。もちろん一つは水嶋の分……なワケがなく、美穂子ひとりで全部胃袋に収めた……。
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