第13話

文字数 1,562文字

 運ばれてきたばかりのコーヒーをスプーンでかき回すと、幸田志穂の妹は口をつけないまま、香りだけを嗅いだ後で、水嶋を睨みつけた。
「つまり、あなたは、姉が助けを求めているにも関わらず、何もしなかったという訳ね」彼女は大げさにため息を吐き、「呆れた」と漏らした。
 言葉の通り、彼女は呆れ顔になった。あの場ではどうしようもなかったと焦燥しながら、反論せずにはいられない。
「お姉さん一人だったらそうしたかもしれないけど、向こうには男がいたんです。しかも、二人はただならない関係。彼女としても、直接、助けを求めるような素振りは見せなかったし、下手に口出ししたら、こっちがやられてしまうかもしれないだろう?」
 ついため口になってしまった。だが彼女の方は気にする様子もなく、表情に変化は見られない。今さら言葉遣いを戻しても不自然なので、このままため口を続けることにした。
「だからこうしてやって来た。ニュースをみて罪悪感を憶えたから……」
 やり場のない怒りの矛先をコーヒーにぶつけるべく、カップに手を伸ばす。普段はブラックしか飲まないが、無性に甘いものが欲しくなり、スティックシュガーの中身を全部カップにぶち込んだ。予想以上に甘ったるい感触が口の中に広がったが、その方が却って気が紛れるような思いがした。
 不意に女が疑問を突く。
「ところで、姉たちはどうして

だと? もしかして、姉自身がそう言ったんですか?」
 断定的な言い方をしてしまい、後悔せずにはいられない。これでは怪しまれても仕方なく、ここは機転を利かせて占いのせいにした。
「……もちろんそういう相が出ていたのさ。これでも僕に占えないことはないんでね。甲相占いはまだ、あまり知られていないが、運命や人柄ってのは、手の甲にこそ宿るもんなんだよ」
 かなり強引だったが、それでも納得がいったらしく、「へえ」と返事が来た。
「ところで君の話を聞かせてくれないか? まずは名前から。まだ聞いて無かったよね」
 素直に答えるかと思いきや、まだ警戒心を解いていないらしく、彼女はこう切り出してきた。
「あなた占い師なんでしょう? だったら私の名前を当ててみてよ。そしたら信用してあげるわ」
 そんな事は容易いが、さすがにそれははばかられる。仮に名前を当ててしまえば、逆に怪しまれるに決まっている。かといって、先ほど偉そうなことを言った手前、今さら断るとしても、良い口実が思いつかなかった。
 そこで水嶋は険しい表情を作り、低めの声を放った。
「……判りました。では左手の甲を見せてください。よろしいですか?」
 占いモードに切り替えると、口調が丁寧語に戻る。これも一種の職業病みたいなものだ。
 志穂の妹は、さも当ててみろと言わんばかりに左の手を出してきた。それを両手で軽く握ると、すぐに『みほこ』浮かんだ。顔色を変えないように頭を近づけると、もっともらしく唸ってみせた。
「……あなたの名前には、『み』という文字が含まれていますね。しかも三文字ではありませんか」
 全ては言わず、部分だけを伝えた。普段からよく使う方法だったが、それでも充分に効果があるは経験上、理解していた。彼女も例外ではないようで、両目を見開き、自分は美穂子だと打ち明けた。
「……もしかして昨日、姉から聞いていたの? 私の名前のこと」
 そう来ると思った。だから全部言わなかったのに。
「もし疑うのであれば、別の事を占いますよ。お姉さんが知らないことでも構いません。むしろ、その方が良いかもしれませんね」そこで一旦、言葉を切った後でこう付け加えた。「本当は三十分五千円なのですが、今日はお近づきのしるしとして、特別に無料にしておきます」
 もちろん最初から金を取るつもりはなかったのだが、売り言葉に買い言葉で、ついムキになってしまったのだ。
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