第28話

文字数 1,281文字

 閉店後、二人は昨夜と同じイタリアンレストラン――ヴィオレッタで落ち合った。
 今夜はナスとトマトのミートパスタを注文した水嶋だったが、美穂子はマルゲリータピザのLLサイズ。タバスコで真っ赤になっているのは、いうまでもなく、さらにチーズドリアを追加したのには、さすがに辟易せざるを得ない。先ほど、ローストビーフをたらふく食べたにもかかわらず、底なしの胃袋に、水嶋は舌を巻かずにはいられなかった。
 注文を待っている間、美穂子はまたも占いをせがんできた。
「お願い。もう一度、私の事を見て欲しんだけど」
 またかと呆れる水嶋。
 本当に女ってのは占いが好きなんだな。昨日は、あれだけ興味のない素振りを見せたくせに。まあ、それで商売が成り立っているんだから、仕方ないけど――なんてことを考えながら、差し出された右手を握る。
「で、何を占って欲しんだい?」
「私の欲しいものが何なのかよ。今度はピアノじゃないわ。あなたならできるわよね?」挑戦的な口ぶりが癪に障るが、それでもお安い御用だと、顔を近づけて右手を掴む。
 水嶋はじっと見つめ、甲相を読むふりをした。
 浮かんだ言葉は『だいやのゆ』。
 てっきり事件の真相だと思っていただけに、拍子抜けの答えだった。“だいやのゆ”とは、きっとダイヤモンドの指輪に間違いないだろう。まさかダイヤの湯とかの温泉ではあるまい。
「なるほど。何かキラキラしたもの、……例えば、宝石かなんかじゃないかな? それに丸い輪っかの相が出ている。きっとネックレスか指輪といったところだろう」そして手を放して、顔をしかめながら腕組みをする。「お姉さんが亡くなったばかりだというのに、よくアクセサリーの事なんて考えられるな」水嶋は呆れて目を細めた。
 微妙に美穂子の右眉が吊り上がった。一瞬、違うのかと肝を冷やしたが、どうやら、そうではないらしい。美穂子は、さすがね、といった口ぶりで礼を述べると、態度を一変して怒り顔となった。
「余計なお世話よ。女はいつだってオシャレの事しか考えていないの。男の人が常にスケベなことを考えているのと同じね」なるほど、いくら姉が死んだとはいえ、美穂子も所詮は女という訳か。
 だが、ののしられても否定は出来ない。確かに暇があれば、エロいことばかり想像していて、気恥ずかしかった。水嶋は咳払いをして誤魔化すと、何事もなかったかのごとく占いを続ける。
「……きっと三か月以内にチャンスが巡ってくる。但し、決して欲をかいてはいけないな。きみが強欲になればなるほど、ダイヤの指輪は遠ざかるだろう」こんなところだ。
 だが、何かが引っかかる。なぜ、美穂子は突然そんな事を占って欲しかったのだろう。初めて会った時には、占いなんて全く興味を示さなかったのに。もしかしたら、さっきの占いで目覚めたのかもしれないが、それにしては、不自然な質問だと思えてならなかった。今は、何よりも事件の解決を優先させるべきなのに、指輪ごときを占っている場合ではない……筈だ。
 何を考えているんだと、提言しようとした時に料理が運ばれてきた。指輪の件は、一先ず置いておくことにした。
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