第4話

文字数 845文字

 それは、まだ物心つく前のころ。水嶋猛の特殊能力は既に兆候があったようだ。
 これはのちに聞いた話だが、母親自身の機嫌が良い時、猛は離乳食を喜んで食べ、逆の時は、嫌々口にしていたらしい。母親は同じように接したつもりだったが、ずいぶん勘の鋭い子だと思っていたという。
 これくらいであれば、特に珍しいエピソードではなく、どこにでもありふれた話と言えよう。母親の微妙な心境の変化を、赤子が読み取るといった話はごまんとある。
 だが、猛の場合は、それだけではなかった。
 保育園に預けられるようになると、その能力は徐々に発揮され始めた。同じ組の園児たちと手を繋いで遊んでいると、無意識に相手の気持ちが読めるようになった。当時はその都度、素直に口にしていたので、周りから気味悪がられ、卒園を待たずして退園する羽目になってしまった。

 小学校に通い出す頃には、その能力がテレパシーだと、ハッキリ認識するようになっていた。他人とは違う特別な力があるのだと。

 他人の肌に直接触れると、その人物の考えがメッセージとして頭に浮かんでくる。
 だが、全てでは無い。
 脳裏にプリントされるのは、あくまでも最初の五文字までで、それ以上は、読み取れなかった。
 分かりやすいエピソードとして、小学生時代に実際にあった光景を挙げよう。
 小学三年のある休み時間でのこと。
 仲の良いクラスメートと昨夜のテレビの話題で盛り上がり、さりげなく手を触ってみると、『ばんごはん』と浮かんだ。きっと今夜の晩御飯のことを考えていたに違いない。
 ショックでゲンナリしたが、それが本心なのだから、猛は受け入れるしかなかった。
 このような例はごまんとあり、枚挙にいとまがない。
 水嶋猛は憂鬱となり、やがて誰とも接しなくなっていったのは必然といえよう。
 この不思議な力は、これまで誰にも話したことはなかった。友達や担任教師はもちろん、家族ですら打ち明けられずにいた。もし誰かに知られるようなことがあったら、このまま生き続けることさえ困難と思えるほどだった。
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