第50話

文字数 1,767文字

 三日が過ぎた。
 その間毎日、ATMで口座を確認するものの、神林からの入金は一切なく、遂に約束の一週間を過ぎてしまった。あてにしていただけに、落胆の度合いも著しい。
 もしかすると神林の気が変わったのかもしれないが、もしそうだとすれば、連絡があっても良さそうだ。しかし、スマートフォンは沈黙したままである。まさかとは思うが、詐欺と気づかれた可能性も否定できない。
 美穂子にメールして、神林には気を付けるようにと注意を促したが、『大丈夫よ。私もあなたに騙されふりをするから』と、あっけらかんとした答えが返ってきた。

 事件の方もこれといった手掛かりを得られずにいた水嶋は、退屈がてらゲームセンターに通い、メダルゲームでコインを浪費する。
 バーガーショップで昼食を済ませ、車に戻った途端、ポケットが震えだした。スマートフォンの画面を覗くと高野内からの着信だった。森村の調査が終了したのだろうと、水嶋は通話ボタンを押す。
 予想通り、森村の素性と居場所が特定されたという連絡だった。詳細は彼の事務所で聞くことになり、胸が躍る。
 良かった、これで捜査が進められる。
 通話を終えるなり美穂子にメールを入れると、彼女を拾って探偵の事務所へ出向いた。

 ノックをするとすぐに返事が来て、高野内が顔を出した。今日はどこにも出かけてはおらず、ちゃんと待機していたようだ。当然、これが常識なのだが、この前の件があったせいで、いまいち信用していなかった。
 高野内の提出した報告書によると、森村の素性はかなり辛辣のものだった。
 森村直哉(52)。富山県出身で、地元の大学を卒業後、上京してすぐに中堅どころの不動産会社に就職。六年後に独立して、自ら会社を立ち上げた。経営は順調だったが、十年を過ぎたあたりから景気が冷え込み、リーマンショックのあおりを受けて、倒産寸前にまで追い込まれた。
 神林と出会ったのはちょうどその頃で、起死回生とばかりに共同経営したキャバクラが大当たり。その後、ナイトクラブのゴールデンヘヴンを開店し、会社の経営も持ち直していった。
 だが、経営方針を巡って神林とトラブルとなり、今から五年前に袂を分かつこととなった。その後、彼の会社は破産宣告をして、その後の消息は不明だった。
 捜索の結果、現在は足立区に潜伏していることが判明した。住まいは『茂田名(もたな)荘』という1Kのアパートで、人目をはばかりながら独り暮らしをしているという。
 かつて六歳下の女性と結婚していて一男一女を設けていたが、破産を期に離婚をしていた。しばらくはアルバイトをしながら食いつないでいたが、二年前に心臓病を患い、今は生活保護を受けながら、その日暮らしをしているのだという。

 報告書を読み終えると、ため息交じりに高野内の淹れたコーヒーを飲んだ。前回と同じインスタントだったが、この前より薄く感じるのは気のせいだろうか。相変わらず美穂子は口すらもつけていない。
 だが、当の高野内はうまそうにカップを傾けている。よほど気に入っているのか、それともインスタントしか飲んだことがないのか判断がつかないが、別にどうでもいい話だ。
 高野内は飲み干したカップをテーブルに置くと、淡々と語りだした。
「その森村って男は、神林に多額の借金をつくったせいで姿をくらましたようだ。自己破産をしていたが、それでも顔を合わせづらいようで、今も引きこもっているみたいだな」
 他人事とはいえ、同じ引きこもりの経験がある水嶋としては、どうしても森村に同情してしまう。引きこもりとは世間が思っているほど単純なメカニズムではない。実際にどれだけの期間、引きこもりの生活を続けているのは判らないが、きっと彼も苦しんでいるに違いない。
 現在の住まいであるアパートの住所を確認すると、水嶋たちは謝礼を払い、事務所を去った。帰り際、自称名探偵は、今後もよろしくお願いしますと、にやけながら頭を下げてきた。
 水嶋としては、もう二度と依頼してたまるかという思いだったが、今後、捜査に行き詰まったら、再び頼らざる可能性も無きにしも非ずという予感がして、無性に歯がゆかった。美穂子も同じ思いだったらしく、露骨に顔を引きつらせている。

 結果として、その予感は別の形で的中することになる。彼のおかげで九死に一生を得たのだが……。
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