第53話

文字数 1,084文字

 足立区屋良瀬警察署に連行された水嶋は、取調室で事情聴取を受けることになった。
 そこには二人の刑事がいた。うなだれながらパイプ椅子に座る彼の前には、警視庁から派遣された村崎という警部補が腰を下ろし、訝し気な眼を向けている。年齢は四十半ばと見られ、あごの尖った面長で小太りの体形暑苦しい印象だった。幅の広い黒縁の眼鏡をかけ、その奥に細い目がうかがえるが、そこに警察官特有の鋭さは感じなかった。
 その村崎という小太りの刑事には見覚えがあった。何処であったのか脳内を探ると、つい先日、テレビのニュースで幸田志穂の転落事故について、彼が会見していたことを思い出す。きっと志穂と森村の関係を調査しているのだろう。さすがは警察、情報が早い。
 もう一人、村崎の傍らには、彼の部下らしき、まだ二十代後半らしき男性が構えていて、インテリ風のフチなし眼鏡をかけている。彼は巡査部長の肩書らしく、黒木と名乗った。ひょろりと背が高く、イケメンの面構えだが、彼の眼球は、村崎とはまた別の意味で何も語らず、ポーカーフェイスを決め込んでいるようだった。水嶋の推測通りまだ二十代だとすれば、その年で巡査部長とは、なかなかのやり手なのかもしれない。

 話を聞き終えた村崎警部補は、両手を机の上で組みながら上半身を前のめりにした。
「……つまり、あなたが茂田名荘という、あのアパートに来た時には、森村は既に刺されていたわけですね」
 素直に頷くしかなかった。もう何度も同じことを繰り返している。水嶋の発見した死体は、森村で間違いないらしく、いくら第一発見者を疑うのは捜査の基本とはいえ、部屋の鍵は掛かったままだったし、村崎の説明によると、ガラス戸の内側からもロックがかかっていた。
 部屋の鍵は森村のズボンのポケットから発見され、一般的にいうところの密室状態である。水嶋が合鍵を持っているのではないかと疑われたが、持ち物検査では当然、何も出てこず、水嶋の指紋も、玄関のドアノブ以外からは検出されなかった。凶器の包丁からは、森村本人以外の指紋は検出されていない。部屋のどこからも髪の毛すらも発見されず、人が侵入した痕跡は見つからなかった――らしい。
 まだ断定は出来ないものの、鑑識によると、森村が殺された時間は、ちょうど水嶋があのアパートを訪れた時刻とほぼ一致するとのことだった。つまり、その時犯人は直ぐ近くにいたことになる。
 水嶋はほっと胸をなでおろす。本人が提案したとはいえ、駐車場に待機させておいて正解だった。もし、あの時美穂子を連れて茂田名荘へ行き、犯人に遭遇でもしたら、彼女が襲われた危険性があったのだ。
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