第95話

文字数 972文字

 逡巡した挙句、水嶋はその仮説を美穂子に打ち明けた。
 彼女は押し黙り、声を殺して肩を震わせた。相次ぐ不幸に、ただでさえショックを受けていた彼女にとって、それは受け入れがたい悲劇だったのかもしれない。

 しばらくの間ハンドルを操作していると、ハンバーガーショップの看板が目に入り、反射的に腹の虫が鳴った。それに呼応するように美穂子からもお腹の鳴る音が耳に入った。
 互いに苦笑いしながら「お腹すいたね」と空腹を訴え合う。水嶋としては、多少なりとも彼女の気がまぎれたことに安堵した。
 Uターンしてバーガーショップに向かおうと提案したが、そこで偶然目に付いた、道路わきにある立ち食い蕎麦屋に行きたいと美穂子が希望したので、それに従う。

 扉をくぐり、何気なく壁の時計を見やると、深夜十一時半過ぎだった。夕食時のピークを過ぎているにもかかわらず、店内は大勢の客で賑わっている。
 水嶋はきつね蕎麦、美穂子は天ぷら蕎麦の大盛を券売機で購入すると店員に渡す。すると二分もかからないうちに、お盆に乗せられた二杯のどんぶりが差し出された。
 水嶋がそれを受け取りると、客をかき分けながらカウンター奥の席に運び、二人並んで腰を下ろした。
 美穂子は、いつもの調子で一味唐辛子を大量に振りかける。何度見ても慣れないもので、水嶋の口の中が唾液で一杯になった。
「なあ、お姉さんも激辛好きだったのか?」不意に浮かんだ疑問を口にした。
 だが、美穂子はそれを否定する。
「いえ、姉は普通よ。どちらかというと苦手の方だったわね。昔から顔はよく似ていると言われていたけど、性格や食事の好みは正反対だったわ」
 同じ境遇に育っていたとしても、姉妹とはそんなものかもしれない。水嶋は一人っ子だったから実感はないが、同じような話はこれまでごまんと聞いたことがあった。

 唐辛子まみれの蕎麦を見ているうちに、頭の中で何かが弾けた。
 今まで複雑に絡み合っていた糸が次第にほつれ、まっすぐな一本の線につながっていく。
 こうなったらじっとしておくわけにはいかないと、まだ食べ止まない美穂子を強引に連れ出して、ポインセチアのマンションへと向かった。

 あそこが全ての始まりであり、ピリオドを打つにはちょうど良いと考えたのだ。

 だが、この決断こそが、のちに不幸への道のりとなろうとは、この時の彼は思ってもみなかった。
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